DIVE(10)
地べたに倒れ伏す、ミリタリースーツの男たちを見て思い知る。
美玲さんもアイリスさんも、そしてお兄ちゃんも規格外に強い。
息を切らしながら、廊下を走る。
曲がり角を曲がった直後、目に映るのはライフル銃を構える10数名の伏兵。
間発入れず、アイリスは常時展開している腕の魔法陣を向けた。
バチバチバチバチ!!!
何人かの伏兵が、トリガーを引く間もなく紫電に打たれ倒れる。
そして、何とか堪えながらも立っている、伏兵達は私たちを睨みつけた。
が、息をつく間もなく飛び込む美玲さんとお兄ちゃん。
美玲さんは、常人とは思えない身のこなしで廊下の天井、床、壁を立体的に飛び回り、伏兵の1人を蹴り飛ばす。
着地の瞬間には、既に前に飛び込み、殴打!殴打!殴打!
腹に拳の形が残るほど、正確に強力な力で打たれた男は白目を剥きながら倒れた。
「お、お前ら何者だ……!!」
ここの班長なのか、1番後方で焦り顔の男の顔に1粒、水滴が垂れる。
「いや、この際何者だろうと関係ねー!!」
男は、銃のトリガーを引いた。
ズガガガガガガガガ!!!
廊下に充満する、火薬の匂いと白煙。
急いで顔を伏せ、前方を睨む。
だが、不思議と銃弾は私の方へ飛んでこない。
白煙が晴れる。
そこには、銃口を天井に固定した。
否、銃口を固定されていた男の姿が。
男の体は、壁に張り付いたワイヤーによって封じられている。
後ろから、お兄ちゃんに抱きつかれるようにして、銃を握られている男は脂汗を滲ませる。
そんな男に、お兄ちゃんは余裕綽々と言った感じで話しかけた。
「普通、仲間諸共打とうとするか?まだ生きてんの分かっててやってるだろ……。やれ!ミレ!!」
白煙の中で、伏兵を狩っていた美玲さんの目が、怪しく輝く。
美玲さんは、ゆっくりと助走をつけ、右腕を上半身ごと後方へ捻る。
「いぃー!!よいしょぉ!!!」
美玲さんの拳が、深々と男の鳩尾へめり込んだ。
泡を吹きながら、白目を剥いて脱力する男。
吹いた泡を被らないように、美玲さんは刺さった拳を抜き取り、拳銃でも打った後かのように拳に息を吹きかけた。
余りにも一方的、そんな戦いが幾度となく、廊下を曲がる事に展開される。
あいも変わらず私は、慣れることはなくついて行くので精一杯だった。
体感的には、1時間ほど走っただろうか、急に廊下が開け、大広間に出る。
何故か、廊下にはあれだけ兵士が居たにも関わらず、広間には人1人居ない。
正面には鉄の門。
お兄ちゃんが叫ぶ。
「こじ開ける!!ミレ!突入だ!お嬢は深里の面倒見ながら氷結!ここらで仕掛けてくる頃合だろう!!」
叫びながら、両足でブレーキをかけ、腕からワイヤーを生やすお兄ちゃん。
「何それ、キモ!!どうやってんの?魔法?」
「魔法でもワイヤーでもねぇ!!触手だ!!」
「やっぱりキモ!!」
お兄ちゃんは私の言葉をスルーしながら、鉄門と背面の壁に触手を伸ばす。
ビシ!!ビスビス!!
触手が鉄と、コンクリートに刺さる。
「うぉりゃぁぁああああ!!!!」
ギギギ!!バキバキバキバキ!!!
バァン!!!
鉄の門が耳障りな音を立て引っ張られ、ひしゃげながら壊れた。
現れたのは、階段と闇。
つかさず美玲さんが飛び込む。
アイリスさんは、新しい魔法陣を構築、発動しながら闇の中に右手を振るった。
パキパキ……
キン……
闇の中から漂う冷気と高い音。
続いて、男たちの悲鳴が響き渡る。
私には、中で何が起きているのか、知る由もなかった。
暗い部屋の中、暗視スコープをつけた男たちが獲物が来るのを待っていた。
上層階同様、ライフル銃を装備した兵士に加え、阿形、吽形には及ばないものの、海外での傭兵経験もある魔法士が複数名、そして黒服を身にまとい、マチェットナイフを手にする暗殺者。
男達は、万が一にも上層階のもの達が突破されるのを見越し、確実にここで処分出来るよう、この部屋に招集された強者たちだ。
一人の魔法士が、声を発する。
「簡易探知に引っかかった。連中、1つ上の階まで来てるよ」
「ガハハハハ!本当にここまでたどり着くとわなぁ!!阿吽の兄弟もやられたってことはぁ、そこそこやるようだな!!楽しみだぜぇ」
筋骨隆々の、身体中に傷のある男は笑う。
突如、階段上の鉄門が大きな音を立てて外れた。
「来たか!!」
各々が階段を見上げ、構える。
いきなり飛び込んで来る長身の女。
「撃て!!撃てぇ!!」
兵士と魔法士、それぞれが攻撃を開始。
弾丸と魔法が飛び交う。
が、壁や天井を蹴りながら立体的に攻撃を避け、女は地面に着地した。
暗闇の中で女のグレーの双眸が薄ぼんやりと光る。
瞬間、膝を曲げた女は消え、皆が気付かぬうちに魔法士の頭上に現れる。
そして、そのまましなやかに、空に浮いた状態で長い足を振り抜いた。
「ぐっ!!」
たちまち魔法士の意識は刈り取られ、倒れる。
「な、なんだコイツは!!この闇の中で見えているのか!!うわ!!」
唾を飛ばしながら叫んだ、魔法士が後ろに吹き飛ぶ。
僅か、数秒の間に2人もやられた!!
男たちは焦っていた。
そんな中でも、冷静に事態を客観視していた男が1人。壁の隅で完全に闇と同化している暗殺者だ。
その男が、初めて声を上げる。
「皆、音を立てるな!!魔法士は今すぐ魔法を使うのをやめろ!!こいつは見えている!!聞いているぞ!!」
「へぇ……」
女はニヤリと笑い、暗殺者が声を発した部屋の隅に蹴りを放つ。
ドガア!!!
コンクリートの砕ける音。
男達は暗視スコープ越しに見ていた。
暗殺者は音もなく避け、女は虚空を殴った。
やはり見えていないのか。
敵の位置は音で判断していたようだ。
その証拠に、音がしなくなった部屋で、女は立ち尽くしている。
ライフルを持ったこの部屋で1番の権限を与えられている男は、周りの兵士に向かって、『俺がやる』とジェスチャーを送り、暗視スコープ越しに女の顬にゆっくり照準を合わせてゆく。
男は、手柄と言う欲に呑まれていた。
背中を伝う、冷や汗。
傭兵経験のある自分が、恐怖しているのだろうか。
汗が、嫌に冷たく感じる。
いや、冷たすぎる……。
指先が震え、上手く照準が合わない。
なんだ、これは!!
パキパキ……
キン……!
空中で、何かが砕ける音がした。
降り注ぐ、何かの破片。
これは……、氷?なぜ?仲間の魔法士か?
疑問に思ったが、特に気にすることなく、再度照準を合わせようとし────────
女と目が合った。
身を低くし、地を這うように……、まるで見えているかのように兵士を避けながら、こちらへ向かってくる女。
男は、トリガーを引き、乱射!乱射!乱射!!
何人かの兵士に当たるが、気にしている場合ではない。
くそっ!!
当たれ当たれ当たれ当たれ!!!
あっ……、
目の前まで、迫る拳。
男の意識は、数瞬もしないうちに途切れた。