DIVE(1)
眼下に広がる、オレンジとコバルトブルーのミックス。
いつもよりも青が深く見える。
思えばちゃんと空を見たのも久しぶりな気がする。
「うぁ……」
オレンジ色の、日の眩しさに右頬に深く染み付いた古傷がうずいた。
轟音。
耳元で風の唸る音が響く。
そして、頭上に広がっているのはオレンジ色の雲の絨毯。
三路地 深里、14歳。
地表まで残り4分弱。
私の人生はあと少しで幕を閉じようとしていた。
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神奈川、西区某所の寂れたダンジョンのなか。
乾いた土の上で倒れ伏せる。
時刻は昼を過ぎたぐらいだろうか。しんと静まり返った洞窟の中、脇腹から流れる血は止まることを知らず、錆びた鉄のような匂いを充満させる。
「しくったなぁ……。止血剤は、もうないや……」
周りを見渡すも、冒険者などの姿はない。
当たり前か、ここは既に探索され尽くされ、魔法石などの鉱物も取り尽くされている。
人間も来ないし、魔物も駆逐されていて、寝床にちょうどいいかと思い、入ったのが運の尽きであった。
カシカシカシカシカシ
爪が地面を蹴る音が聞こえる。
私の血の匂いを追ってきたのか、大型犬ほどある狼型の魔獣が、影から姿を現す。
魔獣の腹には、刃渡り30センチ程の包丁が刺さっており、痛むのか、少しばかり気にしている様子だ。
「なんだよ。食ったって美味しくないぞ。あっち行けよ」
「グルルルルルルル……」
石を投げるも、避けることはせずに額にhitする。
が、そんだけ。
魔獣は未だに私の事を睨み、いつでも飛びかかれるよう、距離を測ってるように見える。
そっと、カバンの中に手を入れ、札を握る。
ママに貰った3枚の御札。
幼い頃、ママが『もしもの時に使いなさい。これは貴方を守ってくれるわ』と渡してくれたものだ。
元々、5枚あった御札だが、1枚は預けられた孤児院で私にイタズラしようとした年上のガキを燃やすのに使い、2枚目は学校の同級生に喧嘩を売られ、ボコボコにするために使った。
幸い、死傷者は出なかったが、
そのせいで、私は学校でも里親の家でも腫れ物扱いだ。
そんな事があってから、御札は大事にしまってあったのだが……。
今、使うしかないか。
血溜まりに移った顔は、歳を重ねる毎に生みの母親に似てきている。
おかげであれから11年たった今でも、ママの顔を忘れる事はない。
感傷に浸っている場合ではなかった。
カクつく足でゆっくり立ち上がる。
血が足りなくなってきているのか、足元が震えだしたようだ。
今、仕掛けるか……。
「来いよ……わん公。ぶち殺してやる」
御札を、血溜まりに浸すと魔法陣が現れる。
元々札に刻まれていた魔術に、己の血を媒介にすることで血の情報を元に使用者の身体能力を向上させる、身体強化の魔法。
身体が軽くなる感覚。
私が走り出したのを見て、魔獣も飛びかかってくる。
スライディングで魔獣の下に潜り、そのまま上方向に蹴り飛ばす。
それなりのパワーで蹴ったつもりだが、魔獣は器用に天井、床を蹴り着地。
あまり効果は無さそうだ。
息を吸い、再度突撃。
身を低く保ち、身体に速度を載せる。
学習したのか、魔獣は飛び上がることなく左右に身体を揺らしフェイントを混ぜながら、低い軌道で迫ってくる。
ポケットから取り出した御札を、血まみれの手で握り込み、魔法を発動。
瞬時に右腕、上腕から手首にかけて魔法陣が展開される。
魔獣が牙を剥き、私に噛み付こうとする瞬間、
大きく開けた口の中に火球を発射!発射!発射!!
三発打った所で、魔法陣は薄くなり虚空に散りながら消えてゆく。
「今ので、死んでくれてればいいんだけど……」
黒煙が上がると炎が混じる中から、ゆっくりと狼型の魔獣は姿を現した。
「そう、上手くはいかないか」
もうすぐ、身体強化も切れる。
そしたら私は本当に動けなくなってしまうだろう。
「……っし!!」
力強く地面を蹴り、魔獣に接近。
爆炎で嗅覚が鈍くなっているのか、反応が遅れた魔獣は、驚いたのか後ろへ飛び退く。
「まてごらぁ!!」
もう一歩、地面を踏みしめ接敵。
「うらぁ!!」
魔獣の顔の横、フサフサと風に靡く毛皮を引っつかみ、空中に固定する。
「死ねぇ!!」
そのまま、勢いをつけ刺さっている包丁の柄を蹴り込む。
「ギャン!!」
蹴りこんだ包丁は、そのまま魔獣の反対に突き抜け、魔獣は短く鳴いた後、バタリとその場に倒れ附した。
包丁が突き抜けた傷口からは、ダクダクと血が流れている。呼吸は短く、もう立ちあがる力も残っていないらしい。
「……そんな目で見るなよ…、先に殺そうとしたのはお前だからな……?」
トドメを刺すべく、魔獣の前に立ち、首に包丁を当てる。
「おっ…?おろろ?」
視界がぐらつき、ふらっと倒れる。
どうやら身体強化の魔法も切れてしまったようだ。
目が、霞み始めた。
どうやら、私の人生もここでゲームオーバーらしい。
倒れたまま、這って進み魔獣の腹に頭を乗せる。
「犬は嫌いだけど……、1人で死ぬよかマシか……」
息も絶え絶えのまま、震える手を伸ばして魔獣の頭を撫でる。
「パトラッシュ……、疲れたろう……?私も疲れたよ……。なんだかすごく眠いんだぁ」
勝手に名前を付けた上に、ふざけたことに、憤慨したのだろうか、魔獣はしっぽを私の横顔に叩きつける。
「いたぁい」
「ヴぉん」
魔獣が小さく鳴いた。
「なーに?」
「グルルルルルル……」
魔獣は、横たわったまま唸り声を上げ続ける。
どこからともなく、足音が聞こえ出した。
複数の、人間のものでは無い足音。
影から出てきたのは、横たわっている魔獣より少し小柄な、同種の魔獣の群れだ。
「勘弁してよ……、もう戦う力も残ってないよ……」
「グルルルルルル…………」
なおも威嚇を続ける大型の魔獣。
そんな私達を嘲笑うかの様に、群れ達は飛びかかってくる。
と、その瞬間─────
ピタッと、空中に磔にされる魔獣の群れ。
そして、
「うぃーす。やってる?」
カッターシャツにスラックスという、とてもダンジョンには似つかわしくない格好で、私の目の前に男が現れたのだった。