表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

砂漠の蜃気楼

 歴史も朧ろげな古代中国に、トゥルファンというオアシス都市がありました。その南西には大きな砂漠が果てしなく広がり、その砂漠を取り囲むようにオアシスの道がありました。


 トゥルファンに行くために、二人の親子がオアシスの道を歩いていました。普通なら、隊商の一行が歩くはずの砂漠の道を、二人の親子が歩いていたのです。熱砂と太陽のギラギラする熱で、今にも倒れてしまいそうな様子でした。


 それでも、二人は一生懸命歩きました。時折、強い熱風が吹いて、二人の周りに小さな砂の嵐が現れたり消えたりしていました。その風で子供が倒れそうになると、父親は必ず子供を励まして手を引きました。


「大丈夫か、しっかりしろ」


 子供は歯を食いしばって、一歩一歩歩きました。父親は子供の様子を気にしながら、息も絶え絶えな様子で歩いていました。


 どこまで歩いても、砂とギラギラする青い空しかありませんでした。二人は砂漠の所々にあるラクダや馬の乾いた骨を頼りに、オアシスの道を歩いていました。


 気が遠くなるほど歩いた時、二人の遥か前方にユラユラと揺れた湖が見えました。二人は、それが砂漠の蜃気楼であることは知っていましたが、それでも微かに心が救われたように感じました。


「お父さん、湖が見えるよ」


「ああ、あれは蜃気楼の湖だ」


「うん。だけど、なんだか気が楽になった」


「そうだな。しかし、所詮は蜃気楼だ。かえって、喉が渇いてくるよ」


「そう言えば、蜃気楼の湖には神様が住んでいらっしゃるんでしょ? もし、それが本当だったら、お父さんにお水をくださるようにお願いするよ」


「だったら、私はお前にお水をくださるようにお願いするよ」


 二人は立ち止まって、砂漠の湖を見ていました。


「お父さん……大分歩いたけど、なかなか都市につかないね」


「夕方頃にはニヤという都市につくはずだから、もう少しがんばろう」


「トゥルファンは、まだまだ先の方だね」


 子供はとても疲れていましたが、父親が心配しないように笑って言いました。父親は子供の気持ちを知ってか、とても辛そうな顔をしていました。


 二人は疲れ果てた顔をしながら、ゆっくりと前へ進みました。父親は妻と子供のために、子供は母親と父親のために、歩き続けました。


 トン、トン、トン……。


 トン、トン、トン、トン、トン、トン……。


 トン、トン、トン……。トン、トン、トン……。


 どこからともなく、小太鼓の音が聞こえてきました。砂漠では、心身の疲労で幻覚を見たり、幻聴を聞いたりすることがあるので、二人は幻聴だと思っていました。


 トン、トン、トン。トン、トン、トン。


 小太鼓の音は行ったり来たりするように、小さくなったり大きくなったりしました。二人はとうとう、頭がおかしくなったように感じました。


 トン、トン、トン。トン、トン、トン。ヒュー、ヒュールルー。


 今度は、小太鼓といっしょに横笛の風のような音が聞こえてきました。笛の音は、小太鼓と絡み合うように美しい音色をしていました。


「お……お父さん、あれを見て……」


 子供はワナワナと震えながら、前方を指差しました。父親は驚きのあまり、声も出ませんでした。


 蜃気楼の湖が、二人のすぐ目の前にありました。その湖の上に、二人の美しい男女が浮かんでいました。白い衣を着た美しい男女は、フワフワと上空に浮かびながら楽器を奏でていました。


 男は横笛を吹き、女は小太鼓を叩いていました。その音楽は、心に浸透するような透明な幻想曲でした。二人の親子は、ただ呆然とその曲を聞いていました。その曲を聞いていると、さきほどまで砂漠にいたのが嘘のようです。


 トン、トン、トン。ヒューヒュールルー。トン、トン、トン。


 美しい男女の音楽は、透き通った水のように広がりました。音楽の水は、二人を包むように広がると、ゆっくりと消えていきました。


 トン、トン、トン。ヒューヒュールルー。


 音楽が少しずつ遠ざかるにつれ、蜃気楼の湖はだんだんと遠くの方へと消えていきました。


 しばらくしてから、子供が言いました。


「……なんだか、疲れが取れたような……」


 それは気のせいかとも思いましたが、父親は無言で頷きました。幻覚とは言え、子供の言うように少しだけ疲れが取れたような気がしたからです。


 ふと我に帰ると、夕方になっていました。砂漠の西には、大きな夕日が空に溶け込むように、地平線の中に半分沈んでいました。


「どうしたというのだ。さっきまで、太陽は真上にあったはずなのに」


「お父さん、あそこに街並みが見えるよ」


「あれは……ニヤの都市だ……」


父親は、呆然としながらポツリと呟きました。



いつ、どこで、蜃気楼の湖を見ることができるのか分かりませんが、遠くて近くにあることは確かです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ