第3話
体の奥底から女の声がする。
俺はこの女の声、基「左京」のせいで、異世界に飛ばされてしまった。左京は俺に自分を助けろと脅迫してきた。左京の目的は王の側近、宰相の橋本アンドリューに囚われた自分を救うこと。ただ、その話は今から10年前のことだといった。
俺は異世界に来て何度目かの素っ頓狂な声を上げた。そうして俺はどうしても言いたいことを口にした。
「王様もう殺されてない? それ」
手遅れだと思う。だからさっさと俺をもとの世界に返して欲しい。
そう願わずにはいられなかった。そういえば俺が買ったアイスはどうなったの? 妹のために高めのなんとかダッツの期間限定味アイスを購入したのに。
金が無駄になったと後悔せずにはいられない俺だ。
『問題ありません。10年前というのはあなたの世界の時間軸のお話で、この世界の時間で換算すると、約10時間前のお話です』
左京は元いた世界の1年がここの1時間だと説明した。なんともご都合主義な世界だな。
『さて、あなたに今日お願いしたいのは、チンパンジーでも余裕な簡単なお仕事です』
きな臭いアナウンスが体の奥底から響いた。
あれ? 俺、なんかねずみ講かなんかに引っかかろうとしている? そんな不安な気持ちだけが募っていた。
目の前に広がる景色はどこまで行っても草原だ。
喉が渇きすぎて口の中がなんだか土の味がしてきた。ただ前を向き歩きながら、のどの渇きを唾液を飲み込みごましつつ、俺は左京との会話を続ける。
「そのチンパンジーでもできる仕事、万に一つでも死亡リスクとか無いよな?」
『はい、大丈夫です。私を誰だと思っているんですか? 何度も言いますがこう見えても私は人一倍魔力保有量の多い人間。大魔法士です。あなたの世界でいうところの「チート」です』
こう見えてもって……お前のことは見たことはないんだがな。
『それに、死亡リスクが高いのであればあなたのようなお子様ではなくて、交渉術や駆け引きがしっかりとできるであろうもっと精神的に自立した方をお呼びします。なのでご安心ください』
「煽ってます?」
『いいえ全く。それに、チンパンジーでもできるというのは大体本当のことです』
「で、俺はどうすれば良いんだ?」
『はい、まず。今向かっている町に美純ミスミという子がいます。その子に会っていただきたい。その子は私の弟子。専門は薬学ですが、魔法を使うこともできます。ミスミの協力を仰ぎ、次に王都に渡るのです。そこからなんですが……』
左京は少しばかり間を貯め、こう述べた。
『あなたの体を私に貸してください』
「はいぃ?」
俺は素っ頓狂な声をあげた。3度目です。
俺の体を一時的に左京に乗っ取らせ、そうして左京は自分の体を助けに行く。左京が説明したのはそういうことだった。
ふむ……。
「ちょっと聞きたいんだが、俺は何か、俺にしか持っていない特別なスキルを異世界に来る時に何かの恩恵で付与されていたりするか?」
『そんなのあるわけないじゃないですか』
左京は即答した。笑みが含まれている気がするが腹立つので無視することにした。
考えれば考える程おかしな話だ。ラノベや異世界系アニメから習うに、やはりこの場合肉弾戦や固有スキルを有した戦いが始まるはずだ。しかし俺は空手や柔道、剣道と言った習い事をしたことはないし、固有スキルなんて持っていないと言う。
そんな俺の体を乗っ取ったところで左京が存分に力を発揮することができるのか。謎である。
謎を謎のままにしておくのも癪だし、なんだか第3話は説明回な気もするので、俺はそのまま丸々同じ疑問を左京に問いかけた。
「やはり俺はお前を助けるには力不足な気がするんだ。時間の流れが違うなら、少しばかりの猶予もあるだろうし、今から俺を元の世界に戻して別の人間に力を借りた方が良いと思うんだが」
『それは嫌です』
「なんで!? できないとかじゃなく、嫌なので!?」
『はい、嫌です。なんせ、あなた今、固有スキルとかは無いんですが、10年間私と共に過ごしたせいか、私の魔力が馴染んでるんです』
だからなんだと言うのか。
「その心は……」
『あなた、今、魔力があるです。魔法が使えるんですよ』
「なんだってえ?」
俺は4度目の素っ頓狂な声をあげた。
『説明するよりも実践してみたほうが早いでしょう。手のひらを前に出してください』
俺は言う通り手のひらを前に突き出してみた。指の間から覗く景色は変わらない。
側から見ると滑稽なことだろう。
『魔法というのは「こうしたい」と言う想像と願望です。あなたが今思いついたことをより鮮明に想像してみてください。それから魔法を使いたいと脳の中でお願いしてみてください』
……誰にお願いするの?
疑問はあれどとにかく実践だな、うん。
俺は左京の言う通り今やりたいことを想像してみた。そうしてやりたいことに必要なものをより鮮明に想像する。それからお願い……誰にお願いするのかは謎だったので。
「お願いしまーす!」
俺は普通に誰かに口頭でお願いした。なんかのアニメ映画みたいなセリフである。今すぐ鼻血を垂らしながらエンターキーを押したい気分に駆られた。
後ろから、不自然に、風が吹いた。
風はなんだか俺の手のひらに集まっている感覚に陥る。風がどんどん強くなり、目が痛くなってまばたきをしたその瞬間。
どう言う原理かは本当に分からないが、俺の手のひらの前に水が現れた。よく見る、これは、クリスタルカイザーだ。
俺はペットボトルをつかんだ。キンキンに冷えてやがるやつだ。
『水が飲みたかったのですか?』
左京がそう聞いてきたので俺は深く頷いた。
蓋を外し、摂りたくて摂りたくて仕方なかった水分を摂取する。
生き返る……。魔法ってすげえ。
サウナから上がった時に飲む水くらい美味い。ラーメン食べた後に飲む水くらい美味い。至高である。
『こう言うわけです。その魔力は私があなたの中で過ごした長い年月によるものです。私の魔力が馴染むことで、私はあなたの体をうまく動かしやすくなるのです。……が、魔力が馴染んで魔法が使えるようになったのは私にも嬉しい誤算でした。こんな都合の良い状況をまた10年かけて改めて作るのも骨が折れるってもんです。だから嫌なのです』
500mlの水をほぼほぼノンストップで飲みきり、大きくゲップをし、左京から『これだから男子は……』と軽く引かれたその時、目の前に小さくだが、家の屋根が見えた。
何十分、何時間歩いたが分からないが、ようやく一つ目のゴールが見えた。