第2話
俺の名前は東雲 右京。
そこそこな普通に準じた生活をしていたごく普通の高校3年生だ。高校最後の夏休み、妹に頼まれてコンビニまでアイスを買いに行った帰り道、暴風が吹いた。
耐えきれぬほどのその風は俺の体を浮かせ、抗えぬまま気づけば俺はbutter-flyしていた。
何も考えられずなすがままだった俺がただ一つ感じていたのは、妙な心のざわつきだけだった。
その心のざわつきは、正解だったようだ。
さっきの暴風とは打って変わってやわらかい風がそよぐ。いつも感じていた気温や生ぬるい風は感じない。昔家族で旅行した軽井沢のように涼しく澄んだ空気。
一面に広がる野原。空は青い。
目を覚まと、そこは知らない世界だった。
「どこなんだ、ここは」
俺がいままでいたところではない、ということは明瞭だった。まさかほんとにデジタルワールドに来てしまったのか? 誰かに話しを聞きたいが、民家のようなものは見当たらないし、見える生き物といえば蝶くらいだ。
俺はその場に立ち尽くした。
あの風は一体なんだったんだ。これからどうすればいいんだ? ここはどこだ? どうやって家に帰ればいいんだ? いや、そもそもここに俺の家はあるのか?
疑問は止まらない。頭の中は混乱している。真っ白だ。何から考えればいいのかがわからない。俺はごく普通の高校生だ。こんな時どうすればいいのかなんて習っていない。
頭がぐるぐるする。
『ようやく、来てくれましたね』
例のつぶやきが、俺の混乱を一瞬にして払拭した。
天の声かと勘違いするほど、落ち着いた、それでいて昔から良く聞いた女の声だった。どこを見渡しても、目の前には誰もいない。それはそうだ。
こいつは俺の体の奥底から響いている。
『東雲右京君、よく来てくれました。初めまして。ずっとお話したかった』
今まで違う、明らかに俺に向けて話している声だった。いつも感想や意見しか述べないその声が、明確に俺に向けて声を発している。
「もしかして……俺と、話せるのか?」
『ええ、話せます。ずっと話したかった。昔から一方通行でしたから、少し緊張しますね』
俺はびっくりした。
小学校低学年から、話したくて、お前は誰だとずっと聞いていた声。それでも返答はなく、それが今、俺と話せている。
「お……お前は、いったい、誰なんだ?」
俺は改めて、ずっと聞きたいことを聞いてみた。
『私の名前は左京と言います。あなたをここに呼んだのは私です。ご迷惑おかけして申し訳ありません。本当は数年前にあなたをここにお連れしたかったのですが、軽い事故があり、それは叶いませんでした。改めて、あなたにお願いがあるのです』
「お…お願い?」
『はい、あなたへの、あなたにしかできないお願いです。この世界に戻るためにも、断ることはできません』
「お…脅しだ……」
『もう少し言い方にご配慮お願いします。これはお願いです。ええと、実はですね、あなたに、私を救ってもらいたいのです』
「なんだって?」
素っ頓狂な声が出て、自分でも驚いた。
俺は普通の高校生だ。あらかたこういった人気のアニメや漫画、ラノベは見ている。
「こういう時は、世界を救うお願いをするのでは?」
『世界単位のお話をすると、実はこの世界は平和です。なので世界を救ってもらう必要はありませんし、もしお願いをするのであればもっとふさわしい人がいます』
「さいですか」
『なので、私は私を救ってもらうのに相応しいあなたにお願いしています。私を救ってください』
俺これ、煽られてません?
そんな感想が浮かんだが、くっと堪えた。ここでけんか腰になると「これだからゆとり世代は…」と言われかねん。
俺はああいった言葉は大嫌いだ。好きでゆとりで生まれたわけではないのだから。
「俺がお前を救う、そうすることで、俺は確実に元の世界に戻ることができるんだな?」
『はい。了承していただけるのであれば、詳細をお伝えいたします。いかがでしょうか』
「拒否権ないよね? それ」
俺は了承した。
『では、歩きながら話ましょう。ここには誰もいませんが、このまままっすぐ進むと小さな町があります』
歩きながら、声……基、左京は話しだした。
『まずはこの世界についてお話します。あなたの考えている通り、ここはあなたにとって異世界に該当します。あなたの世界には存在しない生き物や、にんげん種以外の種族も存在しています。あなたの見ていたラノベの世界が近いですかね。ただ、この平和な異世界で魔王や魔族なんかはここには存在しないのですが……』
「その平和な世界で、お前は何で俺に助けてほしいんだ……?」
『はい。あなたの見ていたラノベの世界ともう一つ違うところが存在します。この世界にはグラディエーターやファイター、ソルジャーといったジョブが存在します。が、魔法使いというジョブは今まで存在しませんでした。魔法という概念自体は存在しているのですが、人間にはもともと魔力というものが付随されませんので、職業としての魔法使いは存在しないのです。しかし稀に魔力を持った人間というのが存在します。そう、ご名答です、何を隠そう、それが私なのです』
いや、俺はまだ何も言っていない。
ただ目の前に広がる民家のみの字も見えない野原をひたすらに歩いているだけだ。
そろそろ喉が渇いてきた。
『私は稀な魔力をもった人間の中でも人一倍魔力保有量が高い人間なのです。それはもう、異世界の住人であるあなたを呼び寄せるくらいには』
「ああ、そうだ。それで、お前を助けるって、お前は今どういう状況なんだ?」
『はい。実は私、今囚われの身なんです。私を捕らえているのは、この世界の平和と安寧を保つ王の側近、宰相の橋本アンドリューです』
「芸名ですか?」
『本名です。続けます。現王はそれは心優しく平和を求め、人民へも心暖かく接してくれる素晴らしき方です。しかし宰相の橋本アンドリューは現王を殺し、王の座を奪い、自らがこの世界の王になろうとしているのです。私は王にこのことを伝えようと王都に渡りました。しかしアンドリューにそれを見つかってしまった。そうして私は囚われました。それが10年前のことです』
「10年!? 10年前の話だってのか? それが?」
『はい、囚われてしまった私は誰の助けも借りられず、この世界の人間との精神をとうしての通信もアンドリューによる妨害でできなくなってしまった。そこで私は異世界人であるあなたに助けを求めたのです』
「なんだって?」
俺は素っ頓狂な声をあげた。