7章_0099話_王子、社長になるらしい 3
「急進派の……カシエル枢機卿が……隷属……いえ、従属する一派を引き連れて聖教から離別……いえ、離反、で合ってます?」
「うんあってるよ」
日課のモーニングニュースの時間は、俺の情報収集とともにガノの聖教公語の勉強時間でもある。帝国よりひときわ紙質の悪い新聞をブツブツと読み上げながら、ときどき俺に読み方や意味を聞いてくる。
俺はイングリッシュ・ブレックファーストな朝ご飯を食べ終えて、デザートにムーサ茶とちっちゃなババロアを食べながら新聞を読む。
「あ、でてるでてる。『ラウプフォーゲル、砂糖の生産をかいし。来年は砂糖のかかくが半額以下までさがるみとおし』……ついに皇帝陛下が砂糖の規制をゆるめてくれる! ここ1年は買いびかえで、値があばれるかもね」
(※値が暴れる=価格が安定せず、乱高下する意味)
「ええ、しかし王国と競技した結果の発表ですので、王国でもさほど大きな話題にはなっていないようですね。今はまだファッシュ分寮とユヴァフローテツの一部でしか作られていませんが、今年の年末頃からは先行作付した農家の一部で収穫が始まります」
「1年も準備期間を設けたのですから、王国への配慮は十分でしょう。ケイトリヒ様、こちらの一文はどういう意味でしょうか」
「It remains to be seen whether……『どうなるかまだわからない』ってとこかな」
「なるほど、天気のように不確かということですか」
「え? あー、いや、天気はweatherでしょ。こっちはwhether。音はすごく似てるけど『〜かどうか』、って意味だよ」
「むむむ……!?」
ガノは聖教公語は話せるらしいんだけど、新聞のような改まった文語体は苦手らしい。
そこに、騎士が「お手紙です」といってトレイに乗った封筒を渡してきた。
ペシュティーノが受け取って、1通だけガノに手渡して残りをババロアの横に置いた。
「う……これは」
「ケイトリヒ様、ここまで来ている手紙は全て御館様のご判断が通ったものです。1度は目を通し、断るなら断るためのお返事を書かねば失礼ですよ」
そう、ラブレターだ。いや、もっと有り体に言うと婚約の打診だ。
父上が次期領主指名をしてくれたおかげで毎日どこからかお手紙が来る。そしてそのお手紙は、たいていこんもりと分厚いのでマジで開く気にならないんだな。
一応、父上は手紙に付箋みたいなものを付けてくれている。
「側近の相手に回してもよい」とか、「家格は合わないが中立領の人脈を求めている場合には有用」とか、ものすごく事務的な付箋が。
ジュンは「嫁不足のラウプフォーゲルでも王子が相手となるとこんな数の打診がくるだなあ」なんて感心してたけど、ひたすら面倒です。
パトリックに代筆たのもーっと。
「ガノにとどいたのはなに?」
「バルフォア商会の父からの返信です。ケイトリヒ殿下直営の商会立ち上げに身を捧げてくれるようなところがないか調査を依頼したのですよ。シャルルとリストを作ったのですが、表面的な情報から候補にしたところでも、精霊様の情報では微妙だったりして……」
新聞を四苦八苦しながら読んでいたときと違って、ガノが生き生きしてる。
手紙を開いて読むと、ガノの片眉だけが上がり、もう片方はすこし悩ましげに下がった。
器用だね。
「ふむ……先だって帝都で行われた大規模な不正取引の検挙を受けて、優秀な人材は体力のある商会のなかで奪い合いになったことは想像の範疇ですが……少なくない数がここユヴァフローテツを目指しているそうですよ」
「え……ふせいとりひきの検挙って、けっこう前だよね」
「ええ、ですが彼らは後ろ盾も縁故もない、帝都で少々身を立てただけの商人です。まずラウプフォーゲルに来るまででも相当な路銀を必要としますし、商隊でもない個人の移動であれば交通手段は乗合馬車か徒歩です。いくら街道が整備されていても、1ヶ月はかかるでしょう?」
雇用保険なんて存在しないから、商会が潰れてしまえば頼りになるのは自らの蓄えだけ。商売の元手にする予定があれば簡単には切り崩せない。
そうなると簡単な商売をしながらの移動となり、2、3ヶ月、中には半年ほどかかるものもいるだろう、というのがガノの話。
「ラウプフォーゲルじゃなくてユヴァフローテツなの?」
「ええ、父が言うには、ですが。帝都や諸々の領地で貴族に不当に扱われた研究者がユヴァフローテツに集っているという話は帝都でも有名ですからね。そのユヴァフローテツがラウプフォーゲル王子を主として迎え入れた。商人界隈ではなかなか衝撃情報ですよ」
うーん、もしかして……。
「どっかのきぞんの商会をかかえこむより、1から立ち上げたほうがよさげ?」
「ええ、私も情報を集れば集めるほどそう思います。旧ラウプフォーゲル領主に人材の斡旋を打診してもいいかもしれません。商館はいずれ大陸全土を揺るがす大事業になります。身分や伝手に関係なく大々的に募集するとなれば、先見の明ある領主はよい協力者になるかもしれませんよ」
1からの商会立ち上げは俺には難しいよな、と思っていたけど、既存の商会を抱え込むのは従来のやり方を変えたがらないとか、こちらの要求をすぐに受け入れないとか、逆に牛耳られるなどのリスクもある。
ここはどどんと、いっぱつ。オープニングスタッフ募集! みたいな?
「新規設立の公営商会幹部を募集で……? 例がありませんね」
「それに公開募集となるととんでもない数が集まって、選考するのに時間がかかりすぎてしまいますよー?」
ペシュティーノとシャルルが懸念するけど、そこはほら。
「精霊が見ればいっしゅんじゃない?」
「わあ〜! 主、大好き〜! 主のためなら、やるよ、やるよ! 一瞬で! でもさすがに、側近採用のときみたいな書類だけじゃ難しいかな! ユヴァフローテツみたいに戸籍板があれば別だけどぉ〜……」
「書類ではなく、何か魔力を注ぐような器を渡してそれを集めれば……そうですね、小さな空のトリュー魔石にすこしだけ魔力を注ぎ、それを募っていただければ我々精霊でも分霊体を出して、身辺の追跡調査や思考調査が可能になるかと存じます」
それだ!
「ちいさい魔石と書類……くっつけてはこぶの面倒そう。このさい、書類にはりつけちゃう? あ、紙にねりこむ! どう!? できるかな!」
「ケイトリヒ様、それは魔法紙です」
「ふぇ?」
「既に自身の魔力を保持する紙はあり、魔法紙と呼ばれています。だいたいスクロール1枚分で800FR。何も規定を設けなければおそらく募集人数は万単位。その分全て用意するとなると、とんでもない値段になります」
1枚8まんえんの紙!!
うせやろ! 1万人募集がきたら書類渡すだけで8おくえん!!
いくら大金持ちになったからって、さすがに採用活動にこんな出費はしたくないよ!!
「そこは……ほら……せ、製紙業で……! あ、いや……魔法陣で、そういうの組めないかな……? ほかからの魔力的な影響を遮断して、てきせいな手順で流しこまれた少量の魔法をいっさい変質させずに保持する魔法陣……あ、できそうな気がする」
俺の中でざっと描いた魔法陣設計であれば、問題ない気がする。
「……魔法紙の変わりになる、紙に施す魔法陣……」
ペシュティーノが頭を抱え、シャルルが腕組みをして苦笑い。
あ、これマズいやつ?
「……ディングフェルガーせんせえがつくったことにすれば」
「ものには限度というものが……はぁ……まあいいです、それで」
ペシュティーノがあきらめた!
「まあ、流通させるつもりがないのなら良いのではないですか。その場で回収される紙なので解析もされないでしょう。費用を抑える手段は重要ですよ」
シャルルも呆れたように笑いながらため息をついて、ペシュティーノをなだめる。
なんかビミョーな納得のされかただったけど、気にしない!
と、いうわけで。
大・採用計画、始動!
その前に、募集用紙を作らないとね。
父上に相談したら新規設立でもぜんぜんいいって。ラウプフォーゲルは資本力があるから新規案件におおらかだな〜。そのおおらかさで、ゲイリー伯父上は空前の大損を叩きだしたわけだけどね!
「各領地の商業組合を介して帝国全土へ告示するには、それなりに手数料がかかります。こちらがその見積もりです」
「ケイトリヒ様の事業で新たに作られた植物紙を用意しました。スクロールサイズで各領地に……そうですね、最初は200枚程度配布すればよいでしょうか」
「取り扱いについて魔法紙とも従来の紙とも違うので、商業組合への説明書きを作成しましょう。連絡は?」
「すでに色よい返事をもらっています。意欲も能力もある商人見習いがあくどい商会に流れるのを防止する良い案件だとかなり好意的な姿勢です」
「採用の合否についての連絡方法は……」
「移動手段の補助について……」
「王子殿下! 魔力性質保持の魔法陣を開発すると聞いてやってまいりました!」
いつもの執務室、飛び交うたくさんの報告、そしてなんか1人働く気ないひといる。
「せんせえ、作ってくれてもいいんだよ?」
「何をおっしゃいます! 魔力保持の魔法陣など、聞いたことがありませんよ。そもそも魔法陣は魔力を流すことで発動するのです、流した時点で変質するのが当たり前なんですから、理論的には」
「せんせえ」
「はい」
「つくってくれてもいいんだよ?」
「私の知識では難しいです。でも、殿下にはもう設計の算段がグエッ」
「今は会議中です、控えなさい。あと、ケイトリヒ様の執務室に来るときは正装を」
ペシュティーノがディングフェルガー先生の襟首を掴み、猫の子みたいに引きずって部屋の外にポイした。相変わらず扱いがひどい。一応、魔導騎士隊の宿舎を快適にする様々な魔法陣を設計してくれた功労者なんだけど。
まあ確かに、寝間着で来られるのはちょっと迷惑かもしれない。
結局、そのあと俺がオリジナルのCADくんで設計して、先生は設計の様子を見てまた気絶するというルーチンが繰り広げられただけだった。新しい記号を見て今までの研究の努力が水の泡になったらしく、けっこう絶望したって。かわいそう。
「採用人数については最初に立ち上げメンバーと後続の採用者の指導係として12人ほどを予定しております。それぞれ、農業、工業、流通、金融、宿泊、統括の6つの専門家として2人ずつ雇い入れ、ケイトリヒ様の目指すところを徹底的に叩き込み……」
「その者たちは、『商館幹部候補』としましょう。全員、誓言の魔法を受け入れてもらう必要があります」
「農業は、アヒムとラウリではダメなのか?」
「あれは研究者です。商業にはフワムクの目玉ほども知見のない者ですよ」
「うーん、じゃ、能力はもちろんだけど絶対的に主に傾倒するような性質がいいよね」
「誓言で縛ってしまえば口をつぐんで従うか死ぬか、それだけです」
「それはダメ〜。自由や思考をうばうようなことはしないで」
いきなり複合企業を作るって、わかってたけどやっぱたいへん。
最初の12人を受け入れたら、下部組織をどうするかはそれぞれに決めてもらおう。
ガノも直接関わるのは幹部候補の選抜と育成だけで、あとは自走してもらわなければ困ると言い切った。つよつよの強気姿勢。
「当然でしょう、実際強いのですから。弱い手駒は必要ありません」
涼しげにそう言って、今後の計画書と教育のための指針書みたいなものをバリバリ書き上げるガノ。つよい。
内側にいるからときどき忘れてしまうけど俺、というかラウプフォーゲルは強い。
経済的にも、軍事的にも、権力的にも、なにもかも。
現代に例えるなら貧しい未開の土地にアメリカ合衆国がやってきて、いきなりその土地の産業全てを牛耳る会社を設立しますと宣言したようなもんだ。各領地は別に貧しくないけど、俺とラウプフォーゲルが持つ資本力と比べたらそんな感じ。
ちびっこ弱小王子でも、身分と権威だけはつよつよだ。
「じゃーそのつよつよ本部つくるかー」
俺は父上のチェックから戻ってきて、精霊たちがちょっと手直しした商館の設計図を見てちょっと意識を飛ばした。
宇宙センターが魔改造されて天空城になってる。
いや、浮いてはいないんだけどオベリスクのみで支えられいて、その上に規模感でいうとユヴァフローテツの数倍もあるガラスドーム、その中には中世の街並み。土星の輪みたいな設定は気に入ったみたいで、そこが農場や研究施設になってるらしい。
「これ、つくるの」
「つくれるよ! 主の父君がね、やっぱ多少は見慣れたものがあったほうが今までにない形で存在するほうが、革新性がより際立つっていうからさ!」
「今回は建築資材にも設計にもなんの制限はなく、我々精霊の思うがままに作ってみよというお話ですので、手加減はしません。主の玉座にふさわしい理想郷を作り上げてご覧に入れましょう」
いつも無表情のウィオラが口の端をニコリと釣り上げると、サッと窓の外へ掌を向けた。
「え……え? えっ!?」
窓の向こうに見えていた、空を縦に区切るように伸びたオベリスクの中間あたりからニョキニョキと数本、木の枝のようなものが生えているのが見えた。
「あれなに!?」
「土台をつくります。数日すれば上に建物をたてても揺るがないくらいに成長するかと」
「木なの!?」
「いえ、木のように見えるでしょうが伸びているものは鉱物です。魔力に満ちた鉱物は崩れることも折れることもなく、我らの意のままに形を変えます」
「……」
複合企業の社長に就任……とおもってたけど、こんな非常識な建造物が実現しちゃったら、ひとあし先に神になりそう。
「……周囲からはみえてないんだよね?」
「ええ、もちろん。隠匿の術を施してございますので、ユヴァフローテツの街以外からは影も形も見えません。相変わらず、オベリスクが見えるだけです」
どういう仕組みなのか気になるけど、魔法だし気にしない。
たぶん、幻影的なものだろう。
「やっぱり僕、なにもすることがな……」
「ケイトリヒ様、精霊様のお眼鏡にかなった第1陣ですよ。これは掘り出し物です!」
ガノがちょっと興奮気味で書類を持ってやってきた。
やることあったわ。
インターネットもメールも電話も、郵便さえも整備されていないこの世界だけど、魔法があるこの世界。優れた連絡手段というのはいつだってカネのあるところにはある。
商業組合の連絡網はどの軍事施設よりも整備されていて、反社会的とか犯罪に関わる連絡でない限りは、金を出せばけっこう快く貸してくれるのだ。なにせ商人にとっては情報も商売道具。貸すことで耳寄りな情報を手に入れられることもある。
いずれは通信も普及させたいと思っているけど、まあそれは未来の話。
サッと俺の勉強机に並べられたのは4枚だけだったけど、軽く目を通しただけで俺にも共通点がすぐにわかった。
「これ……転職組?」
「そうです。彼は老舗のエルドラード商会の生え抜きと言われる手工業系に特化した百発百中の目利き。彼に目をつけられた工房は、彼の助言を受けて全て大成功しているという生粋の商人ですよ。ただ、エルドラード商会の頭目とは反りが合わず、独立の噂が囁かれていたそうです」
スクロール型の履歴書を見ると、輝かしすぎて経歴欄が足りず別の紙にずらずらと書き連ねられている。紙に直接プリントされたような絵紙は、静かな自信を抱えているような穏やかな笑顔の青年だ。おもいのほかギラギラしてない。
「残りは彼ほど大物ではありませんが、ゾーヤボーネ領の食品系の大手、ゴロド商会の三男。それとやはり絡んできましたね、グランツオイレ領の宿屋長者の頭目が自ら。彼は望みの人員を可能な限り提供するという話です。さらにこちらは10年ほど前に新進気鋭の流通業を立ち上げた期待株でしたが、根回しが不十分だったためにここ最近業績を落としてきたバイナック商会の頭目ですが実力は確かですよ? その4人です」
宿屋長者の頭目だけはかなりおじいちゃんみたいだけど、望みの人員を出すというのはおそらく息子か子飼いの部下を送り込み、動向を探りたいのだろう。
おじいちゃんの履歴書の後ろに、クリップで3人ほどくっつけられてる。やっぱりね、息子を1人混ぜ込んできてる。
「まだ商業組合に応募用紙がくばられたばかりだろうに、行動がはやいなあ」
「そりゃあ、判断と行動の速さこそが生死を分ける世界ですから」
ガノが「こいつらなかなかやりおる」といわんばかりにニヤついた顔で履歴書を睨みつける。黒っぽい笑顔。でもこういうときのガノは直感も行動も頼りになる。
「今回は誰よりも先に駆けつけることで、ケイトリヒ様との距離が近くなります。現に、この4人……いえ、正確には6人ですか。もう覚えられたでしょう?」
「たしかに」
この世界は、被雇用者の権利が低い。
日本もひとむかし前はブラック企業だの企業戦士だの、企業に命を捧げてナンボみたいな風潮もあったようだけど、俺の時代では過去の話。社員同士のなんとかハラスメントで訴訟になれば株価は暴落だし、訴訟にならなくてもデタラメなSNS投稿だけで痛手を食らう時代だった。
そして、こちらの世界はまだ、というか完全に雇用主は王様で非雇用主はお金がもらえるだけで待遇は奴隷。という商会が多いらしい。
なので商人はたいてい名のある商会に勤めていても、ある程度資金が溜まったら早々に独立するのが一般的だ。しかし、独立すればうまくいくというものでもない。
「ふーん……ガノがいいっていうなら、いいよ。僕としては、このゴロド商会の三男がゾーヤボーネとのつながりをつくってくれて、大豆がていきてきに手に入ればいいなーって思ってる」
「そこだけですか」
「う。ごめん、そこだけ……」
いやいや、俺も前世はお飾り社長だったけど、こっちの就労法や会社法とかはまだ馴染がなさすぎるから経営に関する前世チートはないよ? ちょっとわかりがいいくらい?
俺のチートは扱いにくい魔力だけです。たまにアイデア。
「……ケイトリヒ様、そういえば異世界……いえ、前世ではどのような事業を?」
「あれ、いってなかったっけ? ちいさなIT企業だよ。えーと、ITっていうのは……うーん、魔法陣設計と、ちょっとにてるかな? そういうのを、うけおう会社……商会」
親戚が経営する巨大な企業のシステム部を切り離して設立された会社。
社員は20人もおらず、実際の作業の大半は派遣や委託。そして受注する仕事は90%がその親戚が経営する親会社とズブズブだったからだいぶユルイ会社だった。
俺、肩書は社長だけど元の大企業の規模からすると、部長レベル。
しかも縁故採用でいきなり部長抜擢という昭和人事。なのにオフィスはすごい立派な立地のビルの一角で、大学の同級生からは相当やっかみ半分でからかわれたもんだ。
見栄えはいいけど給料はさほど高くなかったよ?
「なるほど……魔法陣設計の請け負い事業の商会……! それで……!」
ガノはなんかすごく納得してるけど、プログラマーの知識はないので前世と関係ないよ。異世界に来てからの、世界記憶から得たチートです。
あ、結局それもチートではあるか?
「ディングフェルガー卿が手駒としてあるのです、そういった事業を興してもよろしいかもしれませんね。今は魔法陣設計といえば、個人が請け負うものですから」
異世界IT社長!? フリーランスをまとめて……おもしろいかもしれない! でも。
「ディングフェルガーせんせえ、能力はあるけどしごとには向いてないよ」
「それもそうですね」
納得がはやい!
そうして。
年末に商館の提案をして、商団の原型となる幹部候補が集まるまで、なんと1ヶ月もかからなかった。商人のスピード感やばい。前世と同じかそれ以上に早い。
スピード感は中小企業の強みだ。大企業みたいに会議にかけたり何人もの承認者が必要ない。「王」である商会の頭目が決めればすぐに動けるもんね。
集まった幹部候補は11人。
農業部門は、2人採用予定だったけどアヒムとラウリがいるから彼らのどっちかを研究部門の長にするとして、お金に繋げられるヒトを農業部長として採用した。
ゾーヤボーネ領ゴロド商会のアントン・ツァイアー。
ふくよかな恵比寿さんみたいな人物で、どこか既視感が……ゾーヤボーネ領は食糧事情がいいんだろうか。
工業部門は、手工業と重工業の2つに分けた。理由は、集まった人材がそんな感じだったから、というテキトーな分け方だけど、最初はこんなもんでいいよね。
手工業部長は、件のエルドラード商会の生え抜きといわれる人物、百発百中のヒットメイカー、オリバー・ボーデンシャッツ。帝都で一代限りの準男爵位を授かった半貴族。
絵紙では「静かな自信」に見えた人物は、実際見たら自信満々でエリート感プンプンのビジネスマンだ。長い髪を束ねて、いつも自身に満ちた笑み。
こりゃ一部の人からは嫌われそう。
重工業部長はオリバーとは正反対、ハーフドワーフのゴゴ・バウザンカリ。小柄な筋肉マン、無愛想なしかめっ面。建築学のハンマーシュミット先生の紹介でやってきた人物で、土木建築、造船、軍用馬車の製造に加えて、兵器設計も得意らしい。
こちらはオリバーとは違った意味で取り扱い注意だ。
流通部門は管理部と開発部にわけた。これも雇い入れた人物の能力に沿ったもの。
流通管理部長にはラウプフォーゲル、バイナック商会の若き頭目、アシュトン。
流通開発部長には……なんとギンコたちゲーレからの推薦で、少女にしか見えない獣人、セキレイ。名前と獣人であることは聞いたけど何の獣人かはいまのところ不明。見た目ではわからない。名前からするともしかして、鳥……?
金融部門はかなりの抜擢人事だ。
融資部……いわゆる「金貸し」業は、前世では中世から今に至るまで、まあまあ反社会勢力との癒着の強い事業だ。魔法のあるこちらでもイメージは同じ。だがお金を上手に運用するうえでは欠かせないのが「金貸し」でもある。
その部長に、エルフ女性のイルメリと名乗る女性を就任させた。
この人物、実はハイエルフで精霊たちいわく「ガノと同じくらいお金が好き」ということだ。こりゃ信用できる。変に思想に左右されるくらいなら、守銭奴のほうがカネに忠実だからラクでしょ。そして何故か彼女には、エルフの部下が2人いる。こっちは本物のエルフで、同じく女性。イルメリと同様、お金が大好きらしい。まだ正式雇用じゃないけどひとまず部下たちとは仮契約。お金が大好きって言い切る潔さ、キライじゃないよ。
そして金貸し業に欠かせない、銀行業。
これについても、前世とほぼ同じイメージ。名分的には民間企業だけど、経済に及ぼす影響力が強すぎるので実質は半官半民。この部門は、とにかく「クリーンさ」と「信用」がなによりも大事。つまり並の商人では難しいし、カネの扱いに慣れない貴族でもまずい。
と、いうわけで身内から来てもらいました。
父上の伯父で、実際にその職に就いたことはないのに「ラウプフォーゲルの財務大臣」と言われ続けてきたヘルフリート・ファッシュ卿。俺からすると、お祖父様の兄。
ゲイリー伯父上の大失態を挽回した人物でもあり、ラウプフォーゲル経済は彼なしでは破綻してといわれる人物、御年66歳。ファッシュの男らしく白髪交じりの美丈夫。
これは……モテるおじいさん!!
宿泊部門長はグランツオイレのヴィレド商会をある程度受け入れることにして、部長にはその一番の実力者である女性、カサンドラ。ラウプフォーゲル女性にしては小柄だが、鼻っ柱の強い勝ち気な性格で、将来はヴィレド商会の頭目になるのではないかと言われたほどの実力者。このへんは精霊の調査なんだけど、頭目の息子ではなくカサンドラを採用したことでヴィレド商会にはかなり激震が走ったらしい。
そして彼女の補佐をするための副部長はラウプフォーゲルで小さな宿屋を経営する一家の次男坊、ハルトヴィン。おっとりした性格でニコニコしているが、とても気の利くアイデアマンでもあり、精霊いわく「買い」らしい。何を聞いてもとにかく「いい」とか「逸材」ということしかわからなかったが、とりあえず精霊が言うなら間違いないだろう。
統括部門、統括管理部長。俺と大商会をつなぐ人物であり、実質、俺の片腕。
意外な……というか妥当な人物が自ら名乗りを上げてくれた。
俺の専属御用商人、マグニート族のトビアス。あらゆる分野にルートを持ち、目利きであり、貴族からの信用も厚い御用商人はこの地位にピッタリだ。自ら名乗りを上げてくれたのは喜ばしいが、意外にも野心家だったことに驚き。
そしてかなりの重責を担う、統括部門広報部長。
これは俺の映像技術系の秘密を扱うということもあり、精霊たちが協力してニンゲンにしか見えない無機生命体を生み出した。
名前はロロ。シャルルが命名したそうだ。俺が名前をつけるとマズイらしい。
何がマズイのかよくわからなかったけど、とりあえずロロはかなりジオールに似てる。
髪は色んな色が混ざってて、オッドアイで、突然現れたり消えたりしないだけだ。
「しょくん、よくきてくれた。キミたちはラウプフォーゲル次期領主であるケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュのもと、きょう設立される大商会のいちいんとなる」
11人の新規雇用者に、ラウリを入れて12人。
ユヴァフローテツの白の館のエントランスに集まった彼らは、恭しく膝をついて頭を垂れている。即席で精霊が作った校庭の朝礼台みたいな台は、異世界らしくめっちゃゴージャス。その上に立って「なるべくエラソーに話してください」というペシュティーノのオーダーに応えるべく声を張る。噛まないようにするので精一杯よ。
「設立する大商団の名は、『白き鳥商団』。ともに、たかきリソーをじつげんするためにちゅ、ついてきてほしい」
俺の声に合わせて俺の背面で大きな布が2階の廊下からバサリと広がる。そこにはシマエナガに似た小鳥が中央に、さらに小さなシマエナガが12匹配置された商団旗。葉っぱやらリボンやらでゴージャスに縁取られてて旗のテイは保ってるけど……。
……かわいすぎんか?
顔を上げた幹部候補たちが「おおっ!」なんて目をキラキラさせてる。ほんとにおおって思ってる?
「そ、そしてキミたちの職場は、うしろだ」
俺のちょっと締まりの無い声に合わせて、幹部候補たちの背面の正面玄関の巨大な扉が開く。そこには先程まで見えていなかったはずのもの。
天を突くオベリスクの中腹から規則正しく広がる建造物。雲がかかる隙間から見える巨大なドームを前にして、幹部候補たちは言葉を失った。
「みかんせいだけどね」
俺の新しいもちもの、白き鳥商団の設立式は完了。
俺が抱えている事業のいくつかはそちらへ回すつもりだ。
そうなると俺、ヒマになっちゃうかも〜?
身軽になったら、以前ペシュティーノたちから聞いたマーマンやエルフ、マグニートの里を見に行きたいな! うん、何者になるにしても、まずは世界を知らないとね。
異世界の生活は、まだたったの3年目。
俺達の冒険はまだまだつづく! ……なんてね。
まだ終わりません。