7章_0098話_王子、社長になるらしい 2
俺の計画した商館は、形を変えても呼び名はそのままとなった。
父上に提出した書類は規模感を示す数字と場所のみ記載されていて、設計案は特にない。というか作成が間に合わなかった。
建築予定地は、ユヴァフローテツの街の中心広場、オベリスクの塔近辺。
精霊と俺でざっと計画したその設計案はその塔を主軸にして、下がすこし潰れた紡錘型、あるいはレモン型の高層ビルを作ることだった。
高層ビルといっても、前世の西新宿にあるようなレベルじゃない。せいぜい大体その半分の20階建てくらいの規模感で考えてたのだが……。
「ケイトリヒ様、トリューのときは次々と革新的なデザインを生み出したのに、建物となるとやや安定志向ですね。なんというか、あまり目新しさがありません」
「ぐぬぬ」
ガノが俺の草案を見て残念そうに言う。残念とか思うな! 地震大国日本出身だぞ!
どっしりと地に足ついたデザインとなると、大体豆腐がベースになるんだ。仕方ない。
がんばってひねり出してようやくレモン型だよ!
というか、城下町がガウディ建築に似てるって、なかなか標準ラインがすでにエキセントリック。素人の俺がそれ超えるデザインなんてムリでしょうよ!
この世界ではザハ・ハディッド建築だって「目新しくない」と言われる可能性大。
なにせ重力も地震も、はては火事や風圧だって考えなくていいなんて、宇宙船を考えろっていわれてるレベルだ。
ん。宇宙船……?
「いや。宇宙ステーションだ!」
今まで鉛筆描きで色々と書き込んでいた紙をクシャクシャ……にはせずに、サッと横にスライドさせると、ガノが新しい紙を用意してくれる。
書き損じ紙も資源ですから、大切に。
発想を切り替えると、次々と浮かんでくるアイデア。
いや、これ俺のアイデアというよりもどっかの映画で見たとかどっかのイラストで見覚えがとか、そういうヒトサマのアイデアだ。でもまあいい。こちらではそれが、実際に建築されるんだから。
「おお……ほう、なるほど。これは……革新的です。この輪は、空中に浮いているのですか? 下の輪とつなげて……螺旋状にしてはいかがです? ああ、いえ輪のほうがエレガントかもしれません」
ざっと描いた俺の草案は、長細いシャープな紡錘型の中央に球体がくっついてて、その球体に土星の輪のようなものが複数浮いている形。……俺の中の宇宙ステーションはこれだったんだよ。本当は球体から輪っかにむけて車輪のように渡り廊下をつけたかったけど、転移魔法陣があるならそれもナシで構わない。
……長めのロケットの中央に土星がついてる。……ダサい。けど、もうこれでいいや!
「これは興味深い!」
ガノは俺が描きあげた草案をじっくり見ながら、自身も鉛筆を手にして「こうしてはどうです?」なんて手を加えてくる。
「ここはバイオプランター。野菜とか、植物、動物……じゃなくて魔獣がほうぼくされていて、ひんしゅかいりょうとかをする研究施設もあるの」
「それはユヴァフローテツの市民が喜びそうですね。では、その近くには専用の居住区を隣接させては? 一般の居住区とはすこし趣向を変えて……」
「主、商業施設はここに集めちゃえば? 生産ゾーンと商業ゾーンをわけて……」
「ヒトが住むとなれば生活レベルを向上させる豊かな森と水、美しい風景もヒトには必要でしょう。精霊を集めれば簡単に再現可能です」
「水の制御はここに集中させれば、全体を循環させ……」
「ふーむ、空中に浮く土壌か。ちっと精霊の力は落ちるだろうが、ちゃんと循環されるようになればそこで生まれる精霊も出てくる。そうなったらもうここは新しい大陸だ」
「あーしたちがいれば温度も湿度も風もおもいのまま! ねえ主、あんまり建物密集させちゃヤだ! 風を通して、コントロールしやすくしてー!」
「熱も、カルがコントロールすル! 暑いのモ寒いのモない、でも必要なトコはどっちもできル。楽しい! 精霊ノ、遊び場みたイ!」
さらにそこにウィオラとジオールが参加して、さらに他の精霊たちも追加。なかなかいい助言もあれば、台無しにしてくるものもあっていろいろと攻防戦を繰り広げて、ようやく完成。土星ロケットはいろいろ追加&改良されて、まあなんか風変わりな城かな、って感じに落ち着いた。
「いいかんじじゃない!?」
「……ケイトリヒ様。うーむ、もうこの規模感、商館とは呼べませんよ」
はっ。
「たしかにーー!!」
「これではもう、空中都市です」
「ユヴァフローテツ市民をくみこんだのがわるかったのかな」
「いえ、それはよろしいのではないですか。いずれそうなるのが必然です」
「え? なんで?」
「そりゃあ、オベリスクの上に建設されるのですよ? 頭上にある楽園には住みたくなるものでしょう。ましてや研究者には夢のような施設と快適な空間。最初から市民に移住を強いるのではなく、希望者は優先的に移住させるという方向で設定しておきましょう」
みんなで書き込んだ草案の紙を手早く丸めてガノはさっさと俺の勉強部屋から出ていった。精霊たちも「あの部分は任せてほしい」なんていいながらガノについてった。
ぽつーん。
ですが?
「ようやっと終わったか。主は大忙しじゃの」
コガネがチャッチャッチャッと爪を鳴らして近づいてきて、俺のスリッパの足にスリスリ頬ずりしてくる。なにこれかわいい!
椅子から降りようと身を乗り出すと、後ろからバブさんがガシッと俺の脇腹を抱えてぴょいと飛び降りた。かほご。
「主! 我らは暇じゃ! たまには構って欲しいのじゃぞ!」
クロルがすごく偉そうにかわいいこと言いながら俺の足にまとわりついてくる。
その後は犬たちと一緒にいっぱい遊んだ。
数日後。
アヒム・ハニッシュがようやく魔導学院からユヴァフローテツにやってきた。故郷であるグランツオイレに戻り、そのあとさらに魔導学院に戻ったと聞いていたので来年まで来ないかとおもってたけどちゃんときた。よかった。
……ものすごいお土産を持って、来てくれたよ。
「王子殿下、こちら改良型ウルバウムの苗木です。精霊によれば、ごく自然な魔力の土地であれば3、4年、魔力を注げば注ぐほど早く15〜20シャルクの高さとなり、10〜15カレッツァほどの実をつけます。原種が60〜70シャルクの高さで5〜7カレッツァしか実がならないことを考えると、革新的な改良です。その分栄養が多く必要ですので、砂漠ではなく熱帯雨林気候に適した環境でよりー」
サッカーボールほどの玉から50センチほどの若木が生えたものを手渡され、ものすごい早口で説明されるけど、ちょっとまって欲しい。
「アヒム、おすわり!」
「ですから新環境でも私が育成担当を……はいっ」
高速念仏のようにブツブツと息継ぎなしで話していたアヒムが我に返って慌てて膝をつく。別に跪いてほしかったわけじゃないけど、落ち着かせるためね。
「おかえり。これからはここがアヒムの家になるよ。きてくれてありがとうね」
「……!! 身に余るお言葉、ありがとう存じます……!」
アヒムは一瞬目を潤ませ、深々と頭を下げる。が。
「手土産と言ってはなんですがこちらの抽出した油を献上いたします。精霊によると精製せずともクセがないので食用も可能で、量が確保できるため石鹸やロウソクといった工業製品にも」
「アヒム!」
「は、はい」
「きてくれたのはうれしいけど、まずは自分のすむとことか気にならないの!」
「はっ! ああ、できれば庭園の近い場所で、いえ、研究施設があるのならそこで寝泊まりでも構いません、寝具は木板があれば自分で調温魔法が使えますので」
ククク、と笑いが堪えられなかったのはシュレーマンとパーヴォだ。
キミたちはこういうヒト慣れてるよね……。
その隣で目をむいているのが、ユヴァフローテツの農業担当のラウリ。
「最大15カレッツァ|(約55キログラム)もの実をつけるウルバウムだと!? 素晴らしい! そしてそこにある樽は、実から搾油したものか! こんなに!?」
あ、だめだ。ラウリも同じ人種だった。
「まって、まって! ふたりではなしこむ前に! アヒムにあずけた植物の精霊は?」
「ああ、運んできた苗や野菜、果実の積荷といっしょに連れてまいりました。本当にファッシュ分寮の庭園は魔力に満ちた素晴らしい場所ですが、やはり主である殿下のおそばに戻りたいものもいるようで40体……いえ、40柱と呼ぶべきでしょうか? それくらいは付いてまいりましたよ。残りはファッシュ分寮で庭園の維持のため、留まりました」
「え? よんじゅう? のこり?? それいじょういるってこと???」
精霊って自力で増えるの?
「ああ、流石にそれは契約主の殿下でも察知できないのですね、だいぶ増えましたよ。ガノ殿が庭園に運ぶと聞いておりますが、ご紹介したほうがよろしかったでしょうか?」
「いや……え、けいやくしてないのに僕のなの? あとさっき『精霊によると』っていってたよね? しょくぶつの精霊、はなせるようになったの?」
「ええ、なんとなくですが意思疎通はできますよ。実際に音声として言葉を話すわけではありませんが」
へえ、そういうもの? この世界の精霊の常識は俺にはわからないので、なんとなくラウリを見るとめちゃめちゃショックうけた顔!! たぶん非常識なこと言ってる!
「わ……私は、一度も……精霊の言葉を解したことなどないのに……短命なヒト種が……こんなにもあっさり……い、いえ! おそらく彼は、植物の精霊と特別に相性がよいのでしょう! 王子殿下、私もこの者……いえ、この方と一緒に研究をしたいのですが、お許しいただけるでしょうか!」
このエルフ、精霊から避けられてなかったっけ。大丈夫かな。
「アヒムがいいならいいよ。アヒム、これからもよろしくね。作物の品種改良については農業が主産業のラウプフォーゲルではいつでもかんげいされるよ。がんばってね」
アヒムは一瞬、ピタリと俺を見つめてふと考え込んでしまった。
なになに? 俺、なんか変なこと言った?
「……ウルバウムの研究に没頭しすぎて実感できておりませんでしたが……もう私は中央の研究所のご機嫌を伺うような真似をしなくてもよいのですね。ラウプフォーゲルの次期領主指名を受けたケイトリヒ殿下が後ろ盾となる……」
それ、興奮しながら「ざまあみろ」って感じで同じこと言ってなかった?
覚えてないのかな、大丈夫? やっぱり多重人格的な……?
アヒムの肩に、ラウリがぽんと手を置く。その衝撃で我に返ったみたいだ。
「その通り。我々に中央の圧力はもうかけられない。植物研究所の太った虚瓜など、もう恐るるに足らん存在だ」
今度はアヒムがカッと目を見開いて、ラウリにバッと手を差し出す。ラウリはその手をがっしり掴んで力強い握手を交わした。なにか深いところで通じ合ったみたいだ。
とりあえず仲良くなれそうでよかったよ。
ちなみに虚瓜というのはピーマンとほぼ同じ野菜。平民は「パピーカ」と呼んでいて、貴族は「パプリカ」と呼び、帝国では比較的どこででも作られる露地野菜。
可食部は表面だけで中は空洞、種は食べられたものじゃないという評価のせいで「外面はまともだが頭は空っぽな嫌われ者」といった意味の悪口に使われる。子供に泣くほど嫌われるいう部分も前世のピーマンと同じだ。
つまり……多分、野菜の話題ではなく、誰かそう称する人物がいるんだろうな。
とりあえず農業関係はラウリとアヒムのコンビにお任せできそうで何より。
新種の農作物は商館でも目玉になるだろうから、たっぷり研究してほしい。そしてキミたちを冷遇した帝立植物研究所なんて、見返してやればいい。
「ところでラウリ、とうとつだけど古代エルフ語ってはなせる?」
「は……」
「あ、うん、やっぱいいや。きいてごめん」
なんとなく気になって聞いてみたら、今まで輝いていた瞳から明らかに光が失せた。
ピンと立っていた長耳も、見るからにしおしおと力なく重力に負ける。
「いえ、そんな滅相もない! 殿下、エルフにとって古代エルフ語は、上流家庭の教養ですのでエルフの全てが流暢に喋れるというわけではないのですよ」
「ラウリのヘイヘ一族はじょうりゅうじゃないの?」
ラウリは今度は全くの無表情になり、口角だけがすこし上がったアルカイックスマイルになってる。誰の影響かしらないけど、表情豊かになったなー。
「まあ……その……そう言われることもありますが……古代エルフ語は、詩を奏でるためだけに存在しているような言語でして。私にはそういった分野は、その、苦手というか」
ものすごく恥ずかしそうにラウリがモゴモゴしている。
なんか聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな。上流家庭で施される高度な教養が苦手……苦労したのかもしれない。
「だれにでも苦手なことはあるよ」と軽く慰めて、この話は終わりにしておいた。
ユヴァフローテツに戻ってきてそろそろ2ヶ月。
地味に年が明けて、9歳になりました! 身長はじわじわ伸びて、27スールにちょっぴり届いてないくらい。メートル法に換算すると80センチくらいかな。
ぜんぜん気づかなかったけど、ちゃんと伸びてたんだね。ちょっとだけど。
レオいわく、ようやく1歳時の平均よりちょっと大きくなったかなくらいで、相変わらずちっちゃいです。それがどうした! ちっちゃくてもペンだって持てるし書けるし、実際の1歳時と違って走ったりできるもん! それに側近たちもいるから生活に不便はない。
ローレライでアンデッド魔晶石を大量に確保できたから、もうちょっと成長スピードは早くなる、かも? というのはジオール談。ほんとかな? 今までもアンデッド魔晶石は不足してなかったと思うけど。
保護したルナ・パンテーラとはまだ会えていない。
理由は「完全に危険を排除しきれてないから」と「見苦しいから」だそうで。
前者はともかく後者はひどくない?
でもシャルルいわく、子どもたちは順調に回復したらしいが、大人だった1人は長年の奴隷生活でかなり衰弱していて、なかなか回復しないそうだ。
そして俺に会わせたいのは当然、その成人した人物。
あまり見た目にダメージがわかるような状態だと、俺が回復魔法を使いそうだから、という理由で会うのを先延ばしにしてる。
さすがにそこまで見ず知らずの人物に情はかけられないとおもうけど?
ただ、スタンリーの前例があるからな。
まあ俺を慮っての判断だということにしておこう。
さて、新年を迎えて数日後のある日。
「皇帝陛下と、御館様から書状が届いております」
「いやなよかん……」
真紅の封蝋がされた仰々しい金色の筒と、紫紺の封蝋がされた白金の筒。
どっちを開ける? まずは父上からいこう。
ちなみにこの世界では、金と白金にはさほど価値や意味合いの違いはない。
単に色の好みの差、くらいだ。前世では白金のほうが価値や地位が上だったけどね。
「こ………………こうしつ、ぶとうかい……だ、と……!!」
父上の手紙には、毎年恒例に皇帝が主催する舞踏会に出席しろ、とほぼ命令口調で書かれている。そしてそのフォローとして、当然ながら踊る必要はないし、社交の必要もない、ただ父上と一緒に出て、皇帝と食事をするだけだから、と書いてある。
「ええ〜〜! それでもめんどくさー!」
皇帝陛下からの書状は、その皇室舞踏会の招待状だった。
「めんどーー! めんどぉーー!!」
「ケイトリヒ様、皇室舞踏会への招待は貴族の誉れですが、夕食会への招待はさらに上を行く名誉なのですよ?」
「魔導学院でたべたでしょ、帝都だとペシュいきにくいじゃん、やだーやだー」
ブーブー言う俺を、ペシュティーノがちょっと困ったような顔で笑って見ている。
「2月……このころは、僕、おねつだしてるとおもう」
「滅多なことを仰らないでください」
いいや! 出るね! むしろ出す!
「ほんきでやだ」
「御館様に抱っこされているだけでよい、と書いてあるではありませんか。通常、次期領主指名をしたらその次に開催される皇室舞踏会で華々しく公表するのが恒例なのですよ」
聞けば、跡継ぎが1人しかいない場合などは洗礼年齢前の子供でも出席することがあるそうだ。幼いので当然父上が言うように、おみそ扱い。
「ただ、ケイトリヒ様は既に小領主でありますし魔導騎士隊という強力な軍隊を既にお持ちです。多少は慣例と違った趣向を御館様はお望みかとおもいますが……」
「そうよ! 魔導騎士隊! 6月にしきてんやるのに、そのまえにまた帝都なんて! めんどうのきわみー!!」
「式典のための前準備でもあるのでは?」
ガノから冷静なツッコミを受けて、あえなく何も言えなくなる俺。
カウチの足元で行儀よくおすわりしていたギンコとコガネとクロルが、嫌がってる俺を心配そうに見てる。くっ。かわいい。
「主が嫌がることをする皇帝ならば、私が首をもいで差し上げましょう」
「ヒトごときの頂点が、主に命を下すなど。成敗してくれる!」
「事を構えるならば、我ら10万の兵を用意致しまする!」
「ヤメテ……」
ひとしきり駄々をこねたけど、もうここは腹をくくるしかない。
俺……オトナだし……。
「そういえば、ギンコ殿も含め、ゲーレは全員もうヒト型になれるのでしたね。帝都に行くとなれば、ヒト型になって護衛を務めていいかもしれません。エグモントとスタンリーが抜けましたので……あっ、そうでした。明日、エグモントがユヴァフローテツに到着しますよ」
「エグモントが! やっとだね、えっと、それもうれしいけど、じょせいの護衛はよくないんじゃなかったっけ?」
「ええ、それは変わりないのですが、今はラーヴァナ様という代母がいらっしゃいますので。帝都訪問に伴う臨時としてラーヴァナ様の護衛を借りたという名目が立ちます」
あそういう。
ほんとにただの名目だね。
「ラーヴァナ様のご出席も必須でしょうから、今回は親子3人で参加ですね」
ラーヴァナと父上は夫婦ではないけど、どちらも俺の親。まあ、どちらも代理だから当然だけど、なんだか不思議な関係だ。
翌日。
ペシュティーノと魔導騎士隊がエグモントを迎えにトリューを出す。
俺はおるすばん。
ラウプフォーゲルの護送はユヴァフローテツ近くの街道まで。そこから転移魔法陣をつかわないといけないんだけど、迎えに出たほうがエグモントの見栄えがいいから、らしい。
見栄え、だいじね。今のエグモントには特に。
ほどなくして、ペシュティーノがエグモントを連れて戻ってきた。
かなり痩せて目元なんてクマがすごいけど、服も小綺麗なものを着せてもらってるし、扱いはそれほど悪くなかったみたいで安心した。
白の館のエントランスホールに入った瞬間、力なくガクンと膝をついて平身低頭で泣きじゃくる。
「殿下、殿下ッ……もうし、わけっ……ありません……私は、ずっと、殿下を、欺いて」
「エグモント、かおをあげて」
貴族然としていつもポーカーフェイスだったエグモントが、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。ペシュティーノに聞いたけど、父親であるリーネル男爵には幼い頃から厳しくされていたようで、逆らえなかったという話だ。
あまりにも嗚咽が続くので、つられて泣きそうになっちゃう。
「エグモント、ペシュをまもってくれてありがとう。こくはつすると決めたときは、つらかったよね。たいへんな決断をしてまもってくれたおかげで、僕だいすきなペシュといられる。エグモントのおかげだよ。ね、ペシュ。そうでしょ?」
「まったく、ケイトリヒ様は甘いですね。リーネル男爵の策略は、たとえエグモントが告発しなかったとて達成できていなかったでしょう。エグモント、本当は父親を助けるために告発したのではありませんか?」
エグモントは嗚咽を堪え、力なく頷く。
「……はい。私は殿下に、お情けを賜るような身ではありません。私は殿下やペシュティーノ殿のためではなく自分のために告発しました。今からでもこの首、差し出す覚悟はできております。最期に、殿下にお目通りがかなって、もう、悔いは……ありません」
バッと顔をあげたエグモントのおでこを、ちっちゃい手でぺちんと叩く。
「エグモントのパパは、けっきょくたすけられなかったんでしょ? エグモントは、じゅうぶん罰をうけた。命をなげだすのは、カクゴがいるけど簡単なことだよ。でも生きるのはむずかしい。つらいこともあるし、思いどおりにいかないこともある。死んでほしくないっていう僕のお願いは、エグモントも苦しめるかもしれないね」
エグモントはポカンと俺を見ている。
その目の前に座って、手を伸ばしてよしよしと頭をなでてあげる。ちょっとゴワゴワした髪は、ペシュティーノともスタンリーとも誰とも違う。当然だけど。
「殿下の……お願い……ですか」
「うん。エグモント、僕のユヴァフローテツのために、治安維持隊……せいしきめいしょうはまだ決まってないんだけど、そこの隊長やってもらえない? めいもくとしては民間の有志でけっせいされるんだけどね、出資は僕がする」
「殿下は……殿下の大切な方を害そうとした、私を、まだ求めてくださるのですか」
「そー言ってるでしょー。それに加担はしたんだろーけど、とめてくれたんだから、それでチャラね!」
「ちゃら……?」
「えっと、さしひきゼロ。悪いことと良いこと、マイナス10とプラス10でゼロ! だから、しんき雇用ということで」
エグモントは戸惑うように俺を見つめた後、ペシュティーノと、その場に集まった側近たちに目を向ける。非難する目つきのものはいない。シャルルは興味なさそうだけど。
「エグモント、あのね、僕ほんとはぼんやりしってたよ。でも、これってラウプフォーゲルの領のなかのせいじの一環だとおもってほうっておいたの。父上もそうしろって。どうせ、計画はうまくいかないって」
精霊たちの情報収集力は、規格外だ。
エグモントも、俺に精霊がついていてそれが情報収集をしていることは秘密にしてたけどある程度わかってたはずだ。だからうまく行かないということもわかっていた。
エグモントは「そうだと思ってました」といって自嘲気味に笑った。
「しゅぼうしゃがエグモントの伯父だってことも、しってた。だからね、僕、父上にせいがんしたんだよ。でも内緒ね、ぜったい内緒だからね?」
「……?」
エグモントが俺の語調に不思議そうに目をしばたかせている。
俺の目線と、側近たちがわざとらしく目線で促すので恐る恐る後ろを振り向くと、エグモントの後ろにはその父親がいた。
「ち……ちち、うえ」
「エグモントよ、おお、おお……すまなかった……本当にすまなかった……!」
「本当に父上なのですかっ!? し……処刑、された、はず、では……」
「私から嘆願書を御館様に提出させていただきました」
ペシュティーノがボソリと言うと、エグモントは弾けるようにそちらを見て「そんな」と呟いた。ま、信じられないよね。狙われたのはペシュティーノなんだから。
エグモントの父、ニクラウス=ディーターは涙を流して膝をつき、四つん這いになっておいおい泣いている。泣き方まで似るなんて、親子って不思議。
その後ろから黒髪の青年が2人、顔をのぞかせた。
「エグモント……」
「兄貴」
「スタニス!! クラーク……!」
エグモントの兄弟だ。兄弟たちに罪はないが、父親が反逆罪で捕まれば妻も子供も連座処刑。それがラウプフォーゲルの常識。
だが、エグモントの兄スタニスはリーネル家の跡取りとして会計と税法に長けた人物だったし、弟のクラークも高い教育を受けて法律関係の仕事につくことを目指していた。
要は、「処刑するには惜しすぎる」人物たちだ。
「もともと、リーネル卿……いえ、今は家名が剥奪されたのでニクラウス卿ですが、彼の連座処刑には議会から反対意見もあったのです。なにせ、狙われたのはケイトリヒ様ではなく私ですから」
さらには首謀者であるエグモントの伯父……ガスマー男爵というらしいが、彼にも助命嘆願書が出ていた。理由はペシュティーノの言う通り、標的が俺じゃなかったから。
だが、俺の最側近であるペシュティーノの地位を脅かすようなことをしたくなかった父上はこれを受け入れるわけにはいかなかったわけだ。
だからエグモントと兄弟は助けたが、ひとまずはそこまで。父親は公的には処刑されたことになっているけど、深く反省していると聞いて秘密裏に助けることにした。
ペシュティーノは首謀者のガスマー男爵まで許してもいいといってたけど、さすがにそこは父上も俺も譲れなかったね!
さすがにお咎めナシはマズいでしょ!
「ケイトリヒ殿下……ほんとうに、ほんとうによろしいのですか」
「うん、僕はいいよ。むしろ僕はペシュティーノが許さないっていったら許さないとこだったけど。それにエグモントの一家はりょうちにこうけんできる人材でしょ? ユヴァフローテツはこれからどんどん発展するから、すぐに人材ぶそくになるのが目にみえてるもの。もし感謝してくれてるなら、生きて、そのきもちを領の発展にいかしてほしい。それが僕の考える、エグモントへの罰だよ。あ、あと兄弟はいいけど、父君は生きてること内緒ね! ラウプフォーゲルの貴族とかにはぜったい内緒! 僕のパパがこまっちゃう」
ニクラウスと3兄弟は時代劇のひとのように跪いて深く頭を下げ、「殿下の深い温情に心より感謝申し上げます」と唱和した。そゆの苦手だけど、1回だけね?
「うむ! これにてこの件、てうちにいたす! パーヴォ、あたらしい住まいに案内してやるがよいー!」
「は、はい」
ポカンとしていたパーヴォが泣き崩れて抱き合う父子を立ち上がらせて連れて行く。
「ケイトリヒ様、てうち、とはなんですか?」
ボソッ、とペシュティーノが聞いてくる。
「……おわりってこと」
ちょっと言ってみたかっただけだい!