7章_0097話_王子、社長になるらしい 1
今回父上に提出した報告書は、ローレライのアンデッド討滅作戦の記録映像と、商館の企画案、そしてルナ・パンテーラの存在。
あとは細々した既存事業の報告だったんだけど……。
「ど、どれについてだろう」
父上から、急に「すぐにラウプフォーゲルに戻ってきて説明するように」というちょっとプリッとした書状が届いたんだもんなー。
「記録映像に決まってるでしょう」
ディアナが俺の着替えを手伝う中、ペシュティーノが脇からため息をつきながら言う。
「ええ〜!? シャルルがちゃんとじぜんに説明してくれたんじゃなかったの」
「……ひとまず御館様の呼びつけには応じなければなりません。さ、参りましょう」
今日のお召し物は、父上に謁見するとあって純王子様スタイル。
短パン&ニーソであること以外はほぼ前世の王子コスプレと変わりない。てかなんでいつも俺だけ短パン&ニーソなんだ……。ディアナか誰かの嗜好なんじゃないかと最近は疑っている。だって俺以外にみかけたことないもん! 聞いてもはぐらかされるし。
とにかく、急な呼びつけに応じるために、いざトリューに乗ってラウプフォーゲル城へ。
随行の魔導騎士隊が……制服になってる!!
「えー! すごくかっこいい!」
上下とも純白のカッチリした制服は、明るい日差しの下では輝くようだ。
肩章や襟飾りは青みのある金属製で、中世ヨーロッパをベースにしつつ、SF映画で出てくる衣装みたい。将来的にはサッシュの色かデザインで階級を出したいという話らしいけど今はまだ階級が決まってないからみんな白。階級については検討中です。
普通の騎士と違うのは、俺のオーダーでもあり、隊員からの要望でもあった具足。
ヒザ下のブーツは甲冑のような具足で、かなりゴツい。
つま先が猛禽の爪のように鋭く尖っていて、トリューに乗ったまま足で攻撃するという独自の戦闘スタイルのためのデザイン。
俺が隊員をひとりひとり見てその周囲をぐるぐるまわり、何度も何度もカッコイイカッコイイ言うもんだから、隊員たちもちょっと照れ。
騎士は子供に憧れられてナンボの職業ですからね!
「まだ人数分揃っていないのですが、今回の訪問でついでに御館様にお目にかけようと思いまして」
「すごくいい! かっこいいー! さすがディアナ!」
俺も純白の王子様スタイルだし、俺、いますごい元帥っぽい! ちっちゃいけど!
そんなウキウキ気分でラウプフォーゲル城上空に到着すると、下からはラウプフォーゲル市民が歓声をあげている。
「なんかさわがしいね?」
「どうやら我々に向けて歓声を上げているようですが……」
『間違いねえ、下の映像を確認したけど、みんな白い布を持って振り回してる。ケイトリヒ様万歳、だってよ』
「え、なんで?」
「アンデッド討滅成功の武勲が知れ渡っているのでしょうか?」
困惑しながらラウプフォーゲル城の馬車回しにトリューを着陸させると、またまた仰々しい軍部のお出迎え。ずらりと並んだラウプフォーゲル軍の特別儀仗隊と音楽隊がトリューの到着に合わせ、華やかなファンファーレ。それに合わせて、儀仗隊が一斉に四翼鷲の大きな旗を掲げる。
壮観!
だけど、なんですかこれ!
ソロリとトリューを降りた俺の後ろからペシュティーノが「背筋を伸ばして、しっかり領旗に目線を向けてください」というので言われた通りピシッと立っておく。
ふと横を見ると、魔導騎士隊も側近たちも全員右の掌を左胸にあてて、領旗を見つめている。
突然の式典。
前もってゆっといてくれませんかねえ!
ファンファーレがやむと、領旗の下で立派な装いをしていた父上が拡声魔法を使って厳かな声で告げた。
「我が息子、ケイトリヒよ。よくぞ戻った。海を越えたローレライの地で、カテゴリエ7のアンデッドを見事討滅せしめた功績をここに讃えよう」
「え、でもそれは魔導騎士隊が」
「ケイトリヒ様、シッ! 『謹んで承ります』と仰ってください」
後ろからペシュティーノが言うけど、俺だけの功績にされるのはちょっと納得いかない。
「でも」
「隊への名誉はおそらく、その後に賜りますので」
「そう?」
「はやく仰ってください」
俺とペシュティーノのやり取りを聞いて、ラウプフォーゲル軍の儀仗隊と音楽隊の騎士たちが口をモニョモニョして笑いを堪えているのが見える。
「つくしんでうけたまーりますっ」
……だいたい、叫ぶと噛むな。
ラウプフォーゲル軍の騎士たちは数名、堪えきれずに「グフッ」という声が上がった。
「うむ。此度の作戦に参加した魔導騎士隊、並びにローレライ防衛軍の砂漠の槍にも、ラウプフォーゲル公爵の名において褒章を与えよう」
「え?」
ん? ローレライって自治区だから皇帝の直轄領になるんじゃなかった?
そこの防衛軍にラウプフォーゲル公爵が褒章あげていいのかな。
俺の「え?」にニヤリとした父上は、続けた。
「此度のアンデッド討伐の功績を大きく見た皇帝陛下は、ローレライの統括権をラウプフォーゲルに移譲された。これからは『ラウプフォーゲル領ローレライ』となる」
まじか。
と思った瞬間、またけたたましいファンファーレが鳴った。
生演奏の迫力すごい。
同時に、ラウプフォーゲル城の下からも市民の歓声が上がった。
もしかして……この状況……下の城下町に中継生配信されているのでは!?
たしか、音声なしで生中継する技術は既にペシュティーノが確立してたはず。
音声は俺が装置を開発したから、リアルタイムで投影するだけならペシュティーノやシャルルでも流用可能なはず。
「よって、ここに最大功績者となるケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュを、ラウプフォーゲルの正式な次期領主として、ザムエル・ファッシュ・ヴォン・ラウプフォーゲルが指名する」
「え゛っ!!」
俺のカエルを潰したような声はいっそう華やかなファンファーレでかき消された。その後に式典的な催しは続いたんだが、頭が軍服とおなじくらい真っ白になって覚えてない。
「どうしてひとこと、じぜんにいってくれなかったの」
「すみません、この件については私は何も存じ上げず……」
その後、西の離宮でブーブーと不満げな俺をペシュティーノがなだめる。
ペシュティーノも知らなかったなんてありえる? ほんと?
「今回の報告はすべてシャルルに……」
そこまで言って、ペシュティーノの目が据わった。ほんとに、ギラリと。
タイミングよくノックして入ってきたのは件のシャルル。
「シャルル、貴方……」
「ウフフ、驚いたでしょう! ケイトリヒ様の次期領主指名のかわいらしい瞬間は、城下町の3個所の大型空中投影で市民に時差なし放映されましたよ。こういうのを異世界では『ナマハイシン』と呼ぶらしいですね? 市民は王子殿下の子供らしいお姿を拝観して、喜んでおります」
「なんでそうゆうの先にいわないの!?」
「先に言ってしまうと驚く様子が見られないではありませんか。ごく普通の子どものように、戸惑ったり驚いたりする姿を見て市民はとても親近感を抱いていましたよ。本来、洗礼年齢前の王子はお姿を見せることは禁忌とされてきましたが、次期領主指名をするにあたりお披露目を兼ねた『ナマハイシン』です。これは帝国史に残る衝撃でしょう」
もうダメだこいつ。全然反省してないし、むしろ成功を喜んでる感ある。
絶対シャルルのことは好きになれない!
聞けば、ローレライのアンデッド討滅映像は俺がユヴァフローテツにいる間に大型空中投影の試運転として父上の一存で市民に公開されたらしい。
その映像効果は抜群。
アンデッドの恐怖を再認識させるのと同時に、日々討伐を担う騎士や冒険者、そしてそれらを安定して運用する統治への感謝と尊敬と支持が集まり、今や城下町はお祭り騒ぎ。
カテゴリエ7という人類存続の危機レベルのアンデッドをたった3日、実際には15時間程度で討滅したことの喜びも相まって今日のこの日を語り継ぐために記念日にしよう、なんて動きもあるそうだ。
さっそくプロパガンダに利用されてますやん!!!
一連の映像関係の発明でいちばん危惧していたプロパガンダだけど、父上が中央に先んじてその有用性と効力と脅威を示してくれた。まあ……こちらの世界でそういう実績がある方が、説得力があるのはわかるけども。俺には言っといてほしかったわぁ……。
西の離宮でひとやすみして、父上のもとに行く。
執務室で俺の訪問を待ち構えていた父上は、俺を見て目を細める。
「おかえり、ケイトリヒ」
「ちちうえ……ただいま、もどりました」
口をとがらせて不満げに言うと、父上は笑いながら手を広げる。
不満だけど父上に会えたのは嬉しいからテクテクと近寄ると、高く抱き上げられた。
「どうした、英雄王子? 何故不満げなんだ」
「だれもじぜんにおしえてくれなかったです」
「当然だ。次期領主指名は、領主の一存で決められる」
「とわいえですね〜……」
「それより、魔導騎士隊の制服は素晴らしいな! これはまさにケイトリヒの直属軍であることが一目瞭然だ。ちかく帝都で式典が催されることが決定したが、他領にも他国にも深く印象付けられることだろう」
「しきてん」
俺がフリーズしていると、父上が嬉しそうにニヤニヤしてる。
これ事前リーク? こういう形、のぞんでないんですけども。
「しき……てん……」
「以前からトリューのお披露目式典をやるという話はしていただろう。それが、アンデッド討滅の褒章授与と一緒になっただけだ。来年の6月頃になる予定だ。再来年になると洗礼式と皇位継承順位準備会もあるから、さっさと終わらせたほうがいいぞ。どんどん規模が大きくなる」
なんそれ。すっごいめんどくさい!!
「やだー……」
「名誉なことだぞ。それに、其方の名誉はラウプフォーゲルの名誉。ひいては、ラウプフォーゲルに連なるすべての領や人々の名誉となるのだ。逃げは許されんぞ?」
父上が意地悪な笑みを浮かべるけど、ほんとにやだ。
「じゃあトリューのお披露目も、討伐の名誉も魔導騎士隊にあげてほしい」
「その魔導騎士隊とトリューを作ったのは誰だ?」
俺の平穏な異世界ライフが……台無し!!
もともと平穏さとは無縁だったって? そうかもしれないけども!
「あんましゅっせすると神になっちゃうぅ……」
「本当にイヤなのだな。いずれにしろ、すぐにではないのであろう? 50年、60年くらい待てるとヴルカーヌス卿も仰っていたではないか。そう嘆くでない」
父上は苦笑いしながらのヒゲキッス。
そう言われてみればそうか。次期領主候補になっただけで、領主になるわけじゃないもんな。父上は若くて元気だし、ラウプフォーゲルのような大きな領の領主になるにはたくさん勉強しなきゃならない。
これから数年で実現することじゃないなら、嘆くのも嫌がるのも今じゃない気がする。
「それもそっか」
「立ち直りが早いな。良いことだ。それで、報告のあった諸々を詰めていきたいと思うのだが、その前に領内でのお披露目を済ませてしまいたい。明日、家臣会議があるから所信表明の言葉を考えておきなさい」
WHAT? なんて?
「それ、ぜんじつにいうことじゃないです!」
「はっはっは、所信表明の重要性が分かっているだけよい。なに、8歳の……いや、もうすぐ9歳か。そんな子供の言葉を重要視する者はおらん。気楽でよいぞ」
逆にムッ。ちちうえ、為政者なのにわかってない。
大役を担う人物の所信表明がテキトーだと、その後の扱いもテキトーになる。
「実力もないのに誰かに据えられた大役」であることを表明するのと同じだ。
ラウプフォーゲルはファッシュというだけで無条件に平伏してきた領ってのは事実。
けど、俺には兄が3人もいて、それを差し置いて次期領主に指名されたのだ。兄たちを擁護する派閥を黙らせるくらいの言葉を用意しないと後が面倒なことになる。
「ちちうえ! 僕にはあにうえが3人もいるんだよ!?」
「関係ない。なにせ、カテゴリエ7のアンデッド討滅作戦とその功績を持つ王子となれば言葉や理念に多少の不備があっても問題にならん。それだけのことをやってのけたということだ、喜びなさい」
むむう。てごわい!
「あと商館についてだが、トリューに続く最優先事項として進めなさい。その前に、商会を設立すること。ゼロから設立となると遅いから、どこかの商会を取り込むといい。なるべくラウプフォーゲルの商会がいいが、無理はいわん。シャルルとガノにリストを作らせておる、すぐに動くのだ」
「え、商会? あの、で、でも商館はユヴァフローテツにひとが集まらないとあまり効果がないです」
「集客はいったん気にせずとも良い。ユヴァフローテツには其方とペシュティーノ、シャルルに、さらに帝国一の魔法陣設計士ディングフェルガーという優秀な人材と無限の魔力が揃っておるだろう。ユヴァフローテツを開放せずとも、人を集める方法はある」
街を開放せず、施設だけを……あ、転移魔法陣?
そうか、例えばラウプフォーゲルから商館に直接転移する魔法陣をこさえて、転移した人々を商館から出られないように結界を張れば、街の大改造は必要ない。
「なるほど!」
「ほう、すぐに思い至ったか。さすが才子と呼ばれるだけあるな」
ふたたびのヒゲキッス。
転移魔法陣の設置は許可制だから想定してなかったけど、父上が許可してくれるなら何も問題ない。
「ん……そうなると」
転移魔法陣でしか出入りできない施設となれば、入口を国外に設けることも可能なんじゃないか? 国外はゆくゆくとしても、帝国の他領が望めば話し合いを詰めれば設置できるかもしれない。そうすれば帝国の各地からたくさんのヒトと商品が集まることになる。
つまり、大陸規模で超多面的な情報と流通の中心地になりえる。
「イ◯ンモールじゃ足りない……ビッグサイトと連結した商館? 幕張? ホテルも必要だよね……エリアまるごと開発するイメージ?」
「ん? なんと?」
「あ、んんん、なんでもないです!」
「……しかし、野望は見えたな? 目指すは小さな営業利益などではない。大陸を左右する存在になることだ」
「んふう」
元社長の前世から考えると夢みたいな野望だけど……今の俺には、どうしてもその先に避けたい結果が見える。神になっちゃうぅぅ。
それにしてもたぶん大陸を牛耳るのは、時間はかかれども今や現実的な路線。
「ふふ、分かりがよいな。算段がついたのであろう? あの映像記録装置を併用すれば、帝国を掌握するのは時間の問題だ」
商館の存在を、ヒトの多い場所でコマーシャルする。
これは効果絶大だ。ラウプフォーゲルの街は日本の中核都市レベルのマーケットである上に、他領や外国からの商人も集まる。
前世のテレビ普及は、ブラウン管から始まった。ブラウン管は大型化が難しい技術なので各家庭で視聴する小型テレビが最初だったが、異世界は違う。
映像技術の始まりは、街頭大型投影画面から。うーん、これまた魔法による技術力の不均衡というかなんというか……ちょっと前世を参考にしづらい。
「帝国をしょうあくなんて……そんなこと言っていいんですか」
「ケイトリヒよ。今はラウプフォーゲル領主になるということは、皇帝にはならんということだ。だが中央は、そのことについてかなり抗議してくるだろう。いや、せざるを得ないのだ。あちらはケイトリヒの能力をとりこみ、傀儡にするのが理想とする目的。それが叶わぬとはまだ思っておらん。皇位継承順は原則、次期領主候補を除く、と規定があるがそれを曲げてくる可能性もある」
それで再来年が忙しくなるっていう話か。
「でもまげたところで、ラウプフォーゲル領主と皇帝はけんにんできないですよね」
「さあ、どうなるかな。それは成人になったときの、其方の存在感次第かもしれん」
え。
兼任するとなると……もう、ラウプフォーゲル帝国になっちゃうんじゃ?
嫌な予感に目を眇めると、父上はそれを見てさらにご機嫌になった。
なんでよ。
父上との不穏な会話を終えて、ふたたび西の離宮でおやすみ。
「御館様が、こちらに目を通しておくようにとのことです」
ユヴァフローテツから転送された夕食をたいらげると、ペシュティーノが俺の身長くらいある巨大な本を4冊持ってきてくれた。でかすぎないか。
ちなみに今日はすこし冷え込むので、夕飯のメニューはつみれ肉たっぷりのクリームシチュー。サイドメニューにはかまぼこもあったよ!
はふはふしながら食べたら、汗かいちゃった。
「でっかいね、なんの本?」
「……いちばん大きいのが『帝国憲法』で、こちらの色が違うのが『帝国六法概要』、すこし小さめのものが『貴族法』と『商法』の全文です。各領地に1冊ずつしか持てない貴重な本ですので、扱いは慎重に。精霊様に複製していただきますか?」
突然の法律覚えなさいムーブ。
あれですか、商会を作れっちゅーはなしからの派生ですか。
「息子よ、会社を作るのだ!」って言われて然六法全書わたされたかんじ。
どうしろと?
「お、おぼえろってことかな」
「いえ、商法はガノが、貴族法は私もシャルルも熟知しておりますので、おそらく単純に興味があるのではないかと慮ってくださっただけかと」
ちちうえ、配慮が重いです。
最初はゲンナリしたけど、湯浴みしてちょっと気合い入れて、いざ読んでみると結構おもしろかった。
日本の法律みたいに小難しい言い回しではなく、割とさっぱりした文章で書かれてるから読みやすい。商法に連なる「陸運法」では、魔導学院で習った街道での馬車同士の挨拶や譲り合いの仕方までこと細かに書いてある。
「えー! 街道でウンチすると罰金なんだー!」
「ケイトリヒ様、することは問題ではありません。その後、処理しなかった場合に罰金となる可能性があると書いてあるはずです」
「あほんとだ」
「一部の魔物を呼び寄せますから、安全を考慮した面もあるのです」
そういえば日本でもノグソは違法だったわ。立ち小便もね。
さておき、商団設立のために必要な手続きや提出すべき書類なども図入りで書いてあり、興味深い。俺、ひとりで商団設立できるかも!
しばらくしたらガノとパトリックもやってきて、俺とパトリックは習う側、ペシュティーノとガノは教える側で楽しく勉強できちゃった気がする。
翌日。
かっちり軍服で家臣会議に臨む。
ま、父上の抱っこつきなので、あまり気負う必要はないけど、いちおー所信表明しないとだし、ちょっと緊張。以前、兵員輸送用トリューを開発のご褒美にフォーゲル山をもらった会議で経験ありなので勝手はわかってる。
「じきりょうしゅしめいの座にみあうこうけんとせいかを、ラウプフォーゲルにもたらすことをちかいます」
なんて殊勝にスピーチしてみせればおじさん家臣はみんな拍手喝采だ。
すごい「がんばったね!」感だしてくる! 子供に甘いラウプフォーゲル人。
ちょっとだけ不満げなおじさんたちもいたけど、それはきっとアロイジウスを領主に据えたかったひとたちだろう。それでも父上が言っていた通り、アンデッドの討滅作戦の成功は何にも代えがたい功績らしい。不満げではあるが、反対意見は出なかった。
というわけで家臣会議はおわり!
会議がおわったら父上と一緒に商館と映像技術についてすりあわせだ。
その前に!
「ケイトリヒ、やあ! 次期領主指名、おめでとう! ひさしぶりだね、さすがずいぶんカッコイイ服を着ているじゃないか」
「お前、カテゴリエ7のアンデッドを全滅させたらしいじゃねえか。すげえな!」
「ケイトリヒ、次期領主指名、おめでとう〜」
「あにうえー!」
俺が駆け寄ると、迎え入れるように手を広げてくれる。
アロイジウス兄上と、クラレンツ兄上、そしてカーリンゼン兄上と昼食だ、
ひょっとするとアロイジウス兄上は俺のことを良く思ってないかもしれないと不安だったけど、なんだか前より優しくなった気がする。
俺がジッとみつめると、困ったように笑った。
「ケイトリヒ、ラウプフォーゲルの信条は『兄弟仲良く』だ。私は周囲から次期領主を望まれていたことは事実だが、それは周囲の話。私自身は、ケイトリヒを押しのけてその座を狙うような真似はしないよ。そんなヤツがいたら私が許さない」
「そーだぜ。父上も言ってた。次期領主指名は決定とは限らない。その座をまだ狙うなら能を示せ、ってな。ま、すくなくとも俺はケイトリヒの指名を認める。お前はすげーよ、いちばんちっちゃいのにな!」
アロイジウスとクラレンツに、帽子をとられてぐりぐりと頭をなでまわされる。
カーリンゼンは特に意味もなく俺のフワフワ頭を撫で回す。
「あー、ぐちゃぐちゃー!」
優しい兄たちに囲まれてしあわせ!
「あにうえたち、だいすきー!!」
「うんうん、私もケイトリヒのことが大好きだよ」
「ったく、甘えんのがうまいな」
「ケイトリヒはかわいいなあ」
昼食会のメニューはイタリアンのアラカルト大皿料理だ。
パスタ、ピザ、カプレーゼにカルパッチョにでっかい肉のトマト煮込み、バーニャカウダ風のサラダ、そして大皿のパエリア! ……ん、パエリアってイタリアンだったっけ?
ユヴァフローテツのレオからペシュティーノが転送してくれるごちそう三昧!
こども4人じゃ食べきれないので、お城の料理長と父上も途中から参加。
お肉だいすきファミリーだけど、イタリアンは彩りがキレイだからね。
いつもよりお野菜がはかどる。
料理長は熱心にメニューを解析しながら食べてた。
野菜嫌いのクラレンツと父上がピザとパエリアの野菜をもりもり食べてたのには料理長も驚いてたからね、さっそくレオにレシピを聞きたいと言ってた。
お腹がポンポンになるまで食べて、西の離宮でちょっと一休みしたら父上の執務室へ。
ペシュに抱っこされ、ガノとシャルルを引き連れて父上の執務室へ行くと、父上が待ち構えていた。
「来たか。クラッセン、『審議の間』を」
「はい、ただいま」
「しんぎのま?」
「本来、未成年……それも洗礼年齢前の子供を入れるような部屋ではないのだが、ケイトリヒについては色々と仕方あるまい」
父上は、壁一面を覆うほど巨大な額縁に入った真っ白なキャンバスにズボッと半身をめり込ませて消えてった。不自然な絵だなあとは思ってたけど、やっぱり隠し部屋みたいになってたんだ?
ペシュティーノに抱っこされたまま白いキャンバスをくぐるとそこは真っ白な部屋。
お城の会議室よりももっと広いのに、真ん中にぽつんと8人掛けくらいのテーブルセットが置いてあるだけ。どれもこれも真っ白だ。
「……ケイトリヒ、あまり驚いておらんな?」
「まっしろな絵、へんだなあとはずっと思ってたので。魔法のかくしべやだったんだな、っていま納得しました」
「真っ白? 本来ならラウプフォーゲルの山野の風景が描かれてるはずだが」
「はじめてみたときからまっしろでしたよ」
父上は不思議そうにペシュティーノを見るが、肩をすくめるだけだ。ま、いっか。ってことにしたらしい。全員がテーブルにつくと、ガノが手際よく書類を配る。
「昨夜、ケイトリヒ様が御館様とお話しになってすぐ手直しを加えた商館の事業計画書です。だいぶ規模が膨らんでいます」
そりゃあ、イ◯ンモールとビッグサイトでは目的も規模感も違うから変更しないと。
ユヴァフローテツの街へのアウトサイダー流入を考えなくていいとなれば、規模は可能な限り大きくして、比肩するもののないほど圧倒的に作りたい。
……精霊が手を加えれば、そんな建造物を作るのもさほど費用が必要ないし!
それに、この世界では……というか精霊の管理化にある建造物ならば、重力負荷や災害による影響を考えなくていい。と、言うのは精霊談。まじかよ、すごいな。
「ふむ。最終的な着地はこれくらいが妥当であろう」
「ええ、私もそう思います。ひとまずその事業計画書の前半40%の部分を根幹に作り上げ、価値を存分に周知したあとに段階的に増築して解放という形がよろしいかと。常に革新的なものを発信する場において、客が『見慣れる』のは避けたいことです」
シャルルの発言に、ガノが大きく頷く。
「ラウプフォーゲル人は好奇心が強い。その分、理解しおわると次に興味が向きます。商業的に見れば中央のほうが保守的で、ラウプフォーゲルのほうが熱しやすく冷めやすいというのは常識。シャルル殿のご意見は、私の提案とも大筋で一致します」
ガノのプレゼンは聞き慣れているけど、今日はいつも以上に熱が入ってる。
やっぱカネの話になるとアツいね、ガノ。
俺とペシュティーノはもっぱら聞き役。
映像記録装置との絡みの部分では特に「ということですよね、ケイトリヒ様?」みたいに確認を取られるけど、俺がやるのは計画の設計だけで、その設計を元に肉付けをするのは今回はどうやらガノが担うようだ。
一通り説明と問答が終わると、父上がフウと息を吐いた。
俺、ちょっとおねむ。
お腹に添えられたペシュティーノのでっかい手をモニモニしてみたりするけど、寝ちゃいそう。
「こうなると多岐にわたる組合を束ねる大連合組合の結成は不可欠だな」
父上がひとりごちるように呟いた声で、俺はハッと目が覚める。
「ちちうえ、大連合組合……って」
「うむ。ちゃんと商法を勉強してきたようだな。たしかに、今の帝国の商法では禁じられておる」
組合は、狭いジャンルの技術を深堀りする技術者たちの集団。組合内で互いに技術を研鑽しあうほか、国外への技術流出を防ぐ目的もある。
組合は国の技術の粋であり、土台だ。日本で言えば中小企業。
それならそれをまとめる大企業、つまり大連合組合があってもおかしくないのだが、帝国にはない。なぜなら、法律で禁止されてるから。
「あれはさすがに、くにのはってんを妨げる法律なんじゃないかとおもいました」
「うむ。事実、そうだ」
「え」
「商人が支配者層よりも力をつけすぎないように作られた法律ということだ」
実際、その法律は商人が裏で糸を引いたことで起こった反乱がきっかけで制定された。
その反乱の前後50年はひどい技術崩壊が起こり、当時の市民は原始人のような生活を強いられたという。今でも技術力が王国や共和国に一歩劣るのはそのせいだと言い張る学者もいるらしい。100年つづいたとはいえ、さすがに500年前のことなんだからそれを理由にしちゃいけないと思うぞ?
日本は戦後30年で世界のトップレベルに追いついたんだから。
さらに、それはそれでいいけどさ、もうちょっと知恵絞って、そうならないような法制度を改めて考えるとかできなかったのかな?
うーん、前の世界と比べても仕方ないと思うけど、どうにも納得行かない部分が多い。
「じゃあムリ?」
「いや、商人よりも支配者層が強ければいいだけの話だ」
え。
それってもしかして……。
「……ちちうえ、商団つくるってのは、公営……?」
「うむ。と、いうより、そうでなければムリだ。つまり、商業特化の大連合組合……いや、大連合商団とよんだほうがいいか。それを設立し、その頭目としてケイトリヒ、其方が立つ」
……。
ててーん! 俺のビルドアップ計画に、突然のタスク発生!
領主ルートが確定し、その道中には複合企業社長のマイルストーンが設定されました!
どゆことだよ!!




