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7章_0096話_発明王子 3

「うん、いいね」

「音声もしっかり整合性がとれています」


「ユヴァフローテツ情報部」として新規採用された18人の技術者は、操作装置(コンソール)の使い方をほとんど1日で習得した。順応力の高さにびっくりよ。

それから数日、ローレライ派兵の動画編集も滞りなく最終調整の段階まで進んだ。

やっぱり人員が十分に確保できてるってすばらしい。


技術者には、体が不自由なヒトも含めて何らかの理由で兵役に就けないヒトに加え、女性も多い。ラウプフォーゲルでは基本的に女性は望めば仕事につかなくても生きていけるんだけど、どういうわけかユヴァフローテツの女性は仕事を求める人が多い。


なんでだろうね?


全員、誓言の魔法にも快く応じてくれた愛国者、ならぬ愛領者だ。


「……ストップ。今、砂漠の槍(ヴュステランツェ)の隊員がトリュー魔石を懐から取り落とした場面は削除をお願いします。光属性付与武器の魔力の源がトリュー魔石であることは、なるべく中央には知られたくありません」


小気味よく返事をした女性技術者が、大人向けにすこし大ぶりに作り直した操作装置(コンソール)をなれた手つきで操作し、ものの数秒で動画を編集する。


「なんでけしたの?」

「トリュー魔石さえあれば同じことが帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)にもできると思われたくありませんから。それに、トリュー限定の制限魔法を外すだけでこういった使い方ができるということもあまり広められたくない事実です」


ペシュティーノが憮然と言い放つと、作業していた技術者たちはくすくす笑った。

帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)はかの有名なシュティーリ家のぼんくら息子、ヒルでベルトが設立した【精鋭】魔導士部隊だが、その名は不名誉な意味で帝国中に知られている。


今回新規採用した技術者たちは全員平民だが、彼らがくすくす笑うほどに帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)の無能っぷりは有名ということ。

今回のローレライ、本来は帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)の仕事だからね。それなのに実績もない魔導騎士隊(ミセリコルディア)が担当できたのは、ひとえにその無能のおかげなんだけども!


「最終確認が終わりましたので、こちらをどうぞ」


技術者が差し出してきたのは、CDのような薄い円盤。虹色ってわけでもないただの白い板だし、穴も開いてないのでお皿みたいだけど、これこそ俺が開発した新作。

映像記録装置(ビデオレコーダ)・兼・映像再生装置(ビデオプレイヤ)だ。

名前はまだない。決めろって言われてるけど、製品化しないんじゃなかったの!


ペシュティーノがその円盤に魔力を流すと、円盤の上には大人が両手を広げたくらいの半透明ディスプレイが浮かび上がり、映像が最初から流れる。もちろん音声つき。


技術者たちからは「おおっ」なんて歓声があがった。

彼らはずっと兵舎を改築した厳戒態勢の「情報室」でたくさんのディスプレイを目にしながら作業していたので、俺の開発した新作魔道具での再生を見るのは初めてなんだ。


「問題なさそうですね。こちらを御館様にお送りしましょう」

「皇帝陛下にはその後ですか?」


ペシュティーノの言葉に、シャルルがからかうような声色で口を挟んでくる。


「当然でしょう。ケイトリヒ様はラウプフォーゲルの寵児ですよ」

「まあ、そうなんですけどね……」


シャルルは少し苦笑い。

さすがに皇帝陛下と直接やり取りするのはちょっとまだ怖いな。

まだ父上の庇護の下にいたいです。


というわけで、その新発明の映像記録装置(ビデオレコーダ)・兼・映像再生装置(ビデオプレイヤ)は書状といっしょに使者に渡し、残務処理はこれでおわり。



「よーし! 今日からはアンデッドの融合変異をそしする魔道具をかんがえよー!」


途中からはほとんど見守るだけだったが映像記録の仕事が終わった。最初の作業でかなりの練度となった技術者は、今は練習と称してすべての映像をチェックして、映像城の不審な点やカメラと操作装置(コンソール)の改善案をまとめるお仕事。


「最後の不可解な動きをしたアンデッドについては中央でもおそらく驚きのものとなるでしょう。アンデッドの情報は広く帝国全土に共有されますが、あのように素早く攻撃を回避する融合アンデッドは報告例がありません。いえ、あるにはあるのですが個体が小さすぎる……少ない融合であれほどの能力をもつとなると、帝国研究所が定めたランク基準に影響があるかもしれませんね」


俺が魔法陣とアンデッドの本を勉強机に広げてペラペラと所在なくめくっていると、ペシュティーノが考え込んでいる。


「ユヴァフローテツのぶよぶよアンデッドは?」

「あれは、海岸以外の水辺ではよく見られる形態です。ジュンもオリンピオも驚いていなかったでしょう? ……そうですね、よいタイミングです。アンデッドについて、もう少し詳しい補講をしましょうか」


それからは、ペシュティーノ、ジュン、オリンピオにガノ、そしてシャルルと側近が入れ代わり立ち代わり教師になって「アンデッド学」の授業。魔導学院にそんな学科ないんだけど。


記憶の新しい今だととても興味深く聞ける。


アンデッドは神出鬼没で発生が予測できず、発見したときにはもうかなり融合が進んでいたということがほとんど。のろのろゾンビの発生から融合までの経緯を追えることは、ものすごく稀だ。だいたい融合する前に倒されるし。

そのため分類分けできるほど情報がないのだが、ある程度その討伐のしにくさを基準としたランク付けがある。

討伐のしにくさに関係なく、数が増えると融合して巨大アンデッドになってその能力が飛躍的に上がる。総合して、人類に被害を与える被害予測をカテゴリ分けしたものが、いわゆる「カテゴリエ◯」|(◯は数字。大きいほどヤバい)ってやつだ。

これくらいは魔導学院でもサラリと習う内容。


では、融合したらどうなるか。

帝国がアンデッド討滅に力を入れてきた証、500年前からの記録|(蓄積はあれど内容は微妙に薄い)によるといくつかのパターンがあるらしい。


・とにかくただ集まっただけの不定形パターン

 水辺で融合したものや、融合の初期段階に多く見られる形態で、最も発生頻度が多い。狩猟小屋で兄上たちと見たものや、ユヴァフローテツで見たものはどちらもこれに該当する。攻撃力は低く頭脳的な動きもできないのでランクも低め。だがいかんせん不定形なので決定打がなく、すこしずつ削るしか討滅方法がないため、討伐はとにかく面倒。

迷子になったときの地下遺跡で見たのもこれに当てはまるのかな。

俺や精霊が一瞬で倒せるのは、チートのようだ。

個体レベルはランク1〜3、想定被害レベルはカテゴリエ0〜3程度。


・ヒト型以外のなんらかの生物の形を模すパターン

 厄介なのがこれ。ユヴァフローテツでは蜘蛛のような虫の特性を持っていたが、記録によればパターンは様々。帝国の記録では昔のものにしか登場しないがムカデやドラゴン、狼やライオンのような生き物から、大樹のような植物をとることもあるらしい。

厄介とはいえ、見た目から能力をある程度想像しやすいという点ではランクは中程度。

ただし中には巨大化しすぎて王国のひとつの領を無人にするほどの被害もあった。

個体レベルはランク3〜4、被害想定レベルはカテゴリエ3〜6。

ちょっと弱小の領でも、騎士隊がしっかり機能すれば討滅できるレベル。


・ヒト型をとるパターン

 帝国、王国ともに甚大な被害を引き起こしたアンデッドは常にヒト型、という事実があるためランクはもちろん最高。発生直後ののろのろゾンビもヒト型ともいえるんだけど、こちらはヒトと見分けがつかないくらいしっかりした見た目をしていることが多い。

その上、会話ができて知能が高く、集落や街にこっそり紛れ込むなんて芸当もできる場合があるんだそうだ。

戦闘能力はピンキリではあるものの、ヒトに紛れられるのというのは別軸で怖い。

集落にまぎれて次々と生者をアンデッド化するという最悪のシナリオがあるので、最大の脅威だ。個体レベルの最高ランク5は、超巨大化したものとヒト型の2パターンがある。

見分けのつかないヒト型アンデッドを帝国以外では魔人(ロイエ)と呼ぶこともある。


また被害想定レベルがカテゴリエ7〜最高の9となると、いくつかの街や集落を放棄することもあり、国単位の軍が動く。

個体レベルはあまり関係がなく、とにかく数が多い場合があてはまる。

ローレライは数こそ多いが被害が閉鎖区間だったため最低ランクの7だが、数が集まれば個体レベルも自然と上がるので「災害級」といえるだろう。

カテゴリエ7以上で被害が広範囲に及ぶ場合はアンデッド大発生(トート・ヴィレ)とも呼ばれる。


帝国では400年前に2度「魔人(ロイエ)」クラスのアンデッドが出現し、討滅のために大きな街を壊滅させる必要があったという。それ以降帝国ではアンデッドの早期発見・討滅に力を入れ、300年前の出現を最後に一度も出現していない。


「……アンデッドの魔人(ロイエ)と、クモミさんとヘビヨさんの魔人って」

「おそらく、同じ意味でしょう。魔人(ロイエ)とはヒトの姿をして意思疎通が可能にも関わらず、強大な力を持ち人類を滅ぼさんとする邪悪な存在……という意味合いもあります。精霊様によって魔人(ロイエ)という種族が存在しないことは明らかになりましたが、魔人(ロイエ)自体は歴史の中で存在してきたのです」


そっか。人々の妄想がつくりあげた都市伝説というわけでもなかったんだね。


俺は話を聞きながら、アンデッド融合阻止の道具をサラサラと紙に書き込んでいく。

形はまんま、バズーカ砲。出てくるものは破裂する粉の玉。それだけだ。

粉の玉は色々と素材を試す必要があるけど、バズーカ砲はだいたいこんなもんだろ。


「仕組みは投石機と大差ありませんね」

「うん、しゃしゅつするほうは、遠くに飛ばせて狙いをつけられればそれでいい。けど、玉のほうはいろいろ考える必要があるよ」


「ふむ……商館の件も含めて、一度御館様に相談しましょう」

「ルナ・パンテーラのはなしは?」


「その件は、いったん保護したことだけ報告し、詳細はもう少し本人たちから綿密な聞き取りをします。もしかすると、彼らの存在はラウプフォーゲル軍……いえ、帝国軍を動かす存在になるかもしれません」

「え、なんで?」


「獣人、奴隷、流民。この3つの組み合わせですよ」


奴隷制を廃止した立場と、流民を徹底的に排除するという方針から後者のふたつはわかるとして。


「じゅうじん? 問題なの?」

「……ケイトリヒ様、ラウプフォーゲル城下町で獣人を見かけましたか?」


そういえば、見てない。フードを被ったりしてるヒトはいたけど、明らかに獣人、ってわかるひとはいなかったような。


「旧ラウプフォーゲルは比較的獣人に対して寛容な風潮ですが、帝国全体でいうとまだ完全とはいえないのです。特に旧帝国時代は獣人の奴隷制度があり、それは酷い扱いをしていました」

「え!? そんなこと教科書にのってなかったよ!」


旧帝国とは、旧ラウプフォーゲルと合併する前の時代や地域を指す。

旧ラウプフォーゲルを敵視していた地域や時代もあったけど、さすがに合併して500年たってるし友好関係があるのであまり話題に出てくることはない。


「ええ、そうでしょう。旧帝国の汚点となる政策ですからね。ヒトのほうは語り継がれずに世代交代してその事実を忘れかけていますが、その次代の悪しき考えだけがごくわずかに残っています。さらに獣人はヒトよりも長い寿命を持つものもいます。ヒトへの恐れを消すのには、まだ時間が足りないのですよ。ともかく、彼らのことは今しばらくお任せください」

「うん、わかった……でもさでもさ、ユヴァフローテツにも獣人がいたよね? そういえばまだちゃんと見たことないけど」


「彼らはもとより、研究者の協力者としての立場なので数は少ないですし、ユヴァフローテツが閉じられた街とはいえ堂々と歩くこともしないようですね」

「きょうりょくしゃ?」


「……昨今の獣人たちは、自力で肉体変化させる能力が落ちているそうです。四つ足の獣の姿をとる『獣体化』もそうですが、耳や尻尾や爪など獣人の特徴を消してヒトとほとんど変わらない姿になることも難しい。それを補助するような魔道具や衣類の開発をする研究者が、結構な数いるのです。もちろん、獣人の研究者もいます」


自力で肉体変化できることのほうが異常だからね?

前世の感覚でいうと!


「ギンコたちみたいな?」

「彼女らは神の眷属ですが……獣人からはどう見えているのでしょうね」


ペシュティーノはすこし考える仕草をして、ハッと思いついたように俺の方を見た。


「そういえば! アンデッド騒動で忘れていましたが、ルナ・パンテーラと会話した言葉は、もしや異世界の記憶によって話せた言葉ですか?」

「うん、異世界ではフランス語って呼ばれてたよ」


「二度と人前では話さぬようお願いします。シャルルいわく、あれは古代エルフ語。エルフの中でも廃れつつある言語ですので、ケイトリヒ様があのように流暢に話せるのは異常です」


魂が異世界出身であることを疑われるというより、エルフと非公式のつながりがあることを疑われるのでダメなんだそうだ。シャルルはハイエルフであることを隠してるし、エルフ族のなかでも古代エルフ語は聖なる言葉として秘匿されている。


「じゃあなんでルナ・パンテーラがその古代エルフ語を?」

「そこを、今シャルルが聞き取りしている最中なのですよ。彼らは共通語もできますが、日常的に古代エルフ語を使っていた地域で生まれたようです。帝国が把握している地域ではないでしょう」


俺が地図をみてふむふむしていると、ペシュティーノが頭をふわりとなでてきた。


「ルナ・パンテーラのことはシャルルにまかせて、ケイトリヒ様は足元をご覧になるべきですよ。魔導騎士隊(ミセリコルディア)の体制改革も宿題としてあるのですから、近いうちに彼らの宿舎を見学してみてはどうでしょう?」


そうだった。

漫然と彼らを受け入れていたけど、近いうちに入隊式をやりたいというジュンの提案や先日のローレライでの活躍についてしっかり話し合わないと。


「見学! いく!」

「……アンデッド融合防止の魔道具はいいのですか?」


「これは、僕あんまり設計かかわらなくていいとおもう。ユヴァフローテツの研究者にこんなの作りたい、って雑になげればいい感じにしてくれそうだし」

「まあ……そうですね、確かに仕組みはそう革新的でもありませんから、それでいいでしょう。では今から?」


「いまから!」


バブさんの膝の上でボスボス縦揺れすると、それをサポートするようにバブさんが脇に手を入れてきて持ち上げ、ボスボスからポヨンポヨンと一瞬体が浮く感じになった。

なにこれたのしい!!


ひときわ高く弾んだところで、パシッとペシュティーノにキャッチされた。


「では、外出の準備をしましょう。ディアナ、ケイトリヒ様が魔導騎士隊(ミセリコルディア)の訓練所をご訪問されます。お着替えを」


以前カッコイイから気に入った軍帽と軍服に着替えて、いざ魔導騎士隊(ミセリコルディア)の訓練所&宿舎へ。


と、言ってもすぐそこなのでトリュー・コメート(ケイトリヒ専用機体)に乗るまでもないんだが……一応、体裁を保つために飛ぶか、って程度。


ちょっと浮いてちょっと進んだらすぐ第4(フィーアト)の峰を越えた北側へ。

天気の良い日は白の館からも飛行訓練をする魔導騎士隊(ミセリコルディア)の姿が見えるのだけど、今日はやってないみたい。


先触れを出していたこともあって、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の本部施設の前ではローレライで隊長クラスを担っていた12人が出迎えてくれた。


トリューから降りた俺の脇にはラテさん。そして後ろからはバブさんが俺と同じ歩調でテクテクついてくる。両脇にはペシュティーノとガノ。

俺達を認めると、魔導騎士隊(ミセリコルディア)たちは跪いて深く頭を下げた。


「王子殿下のお運びを歓迎申し上げます」


俺が指名したわけではないけど、集められた騎士たちのリーダー格として魔導騎士隊(ミセリコルディア)の代表的な扱いになっているマリウス・フォルクマンが口を開く。


「でむかえ、ごくろう。今日は魔導騎士隊(ミセリコルディア)のそしきたいせいについて話したい」


「心よりお待ち申し上げておりました。ご案内いたします」


なんか妙に心情がこもった口調。ほんとに待ってたんだ。


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の本部は、魔導学院の比じゃないくらいキレイ。

豪華さはないけど、スッキリしたシンプルモダンなデザインで、現代日本の建築と言ってもいいくらい洗練されている。床材が大理石なのを除けば、明るい近代建築の学校みたいなイメージだ。

日本で軍事施設に入ったことはないから学校っぽく見えるのかもしれない。


「こちらへどうぞ。元帥である殿下がお越しの際は、ぜひここにと我々から精霊様にお願いして整えた部屋にございます」

「うんうん! 魔導騎士隊(ミセリコルディア)とも協議を重ねた自信作だから!」


いつの間にかジオールいた。

マルクスが得意げに開けたドアは、厚さが10センチほどもある金属と木が組み合わさった扉で、その向こうはこの部屋に来るまでの廊下の明るさとは正反対。

シックな暗い色合いの壁材に、紺色のカーペット。紺色のカーテンの向こうは、訓練場がよく見えるバルコニーつきの窓。そして……。


緞帳(どんちょう)のような分厚いカーテンは高い天井から床まで伸び、今はしっかりと開かれて壁にくくりつけられている。閉じたら間仕切りできるっぽい。

その向こうには白い机と、立派な白い椅子と、白鷲がでかでかと掲げられた旗。


「いがいとふつうにいい」

「精霊様が自慢げに仰るから身構えてしまいましたが、どうやらこちらの世界の常識をもう体得したようですね。素晴らしい、威厳ある装いです!」


ジオールが一瞬、俺の反応の薄さにがっかりしたけどガノがすごい褒めるもんだから嬉しそう。


「ケイトリヒ様、どうぞお座りください」


マリウスが勧めてくるもんだから、なんか座らないとマズい雰囲気。

テクテクと椅子に近づくと、ペシュティーノが抱き上げて座らせてくれる。見た感じだと大人向けに作られてるのでどうせ合わないだろうと思ってたのに、ぴったり!


両袖机(ペデスタルデスク)の天板の下には引き出しがなく、椅子の座面が高くてもちゃんと書き物ができるくらいのちょうどいい高さ。


「なんかすごいしっくりくる!」

「精霊様の設計ですからね」


袖の引き出しも、引き出しそのものが引き出し式。何言ってるかわかんねーだろうが、引き出し全体が小さな力でフワッと移動して、さらにフワッと浮く。小さな体では届きにくい下の引き出しも、全体が浮くからすぐ手が届く。なにこのムダに高機能な机!


「背面の旗の後ろには、白の館の主の部屋に直結する転移魔法陣を配置しようと思うんだけどどうかなあ?」

「え、それすごい! ゼロ秒しゅっきん! 僕の勉強部屋よりかんきょうよすぎ」


高機能机にはしゃいでいると、目の前の魔導騎士隊(ミセリコルディア)たちがなんだかすごい嬉しそうに目を細めて俺たちを見てる。どういう感情?


「あ、ごめんね、机にむちゅうになっちゃった」

「いえ! 滅相もない。我々魔導騎士隊(ミセリコルディア)は王子殿下より名を賜りましたが、すぐに魔導学院に赴かれてしまったため……先日のローレライの一件と今で、ようやく我々は王子殿下の直属軍になったのだと感慨深く拝見していた次第にございます」


あ、そうか。

いままで半年間は放置してたから、王子の直属とは名ばかりでテキトーにアンデッド倒してこいって言われる軍だと勘違いされててもおかしくないね。


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の存在は、ケイトリヒ様とラウプフォーゲルを高みに導く重要な軍。魔導学院にいる間も、もちろん気にかけていらっしゃいましたよ」


ガノがさも当然のように言うと、魔導騎士隊(ミセリコルディア)たちも嬉しそう。

……ご、ごめんて。


「早速、組織体制について話しましょう。今日は貴方達から現状の確認と、要望の聞き取りを行います」


ペシュティーノがいうと、12人の魔導騎士隊(ミセリコルディア)は静かに頷いた。


ラウプフォーゲル王子の直属軍になるということが騎士たちにとって重要で、これほどまでに名誉あることだとは正直、想像が足りていなかった。

ラウプフォーゲル騎士隊長のナイジェルさんは常に忠義者だけど、魔導士のおじさんは俺を軽んじてた。そういうふうに忠義にも濃淡があるものだと想像してたけど。


おまけに、赤ん坊みたいな俺の直属だ。

屈強な騎士たちから「こんな子どもの直属か」みたいに失望されるのがイヤでなんとなく対面を避けていたけど、そんなことはゼロだった。いや、正反対だった。

魔導騎士隊(ミセリコルディア)の騎士たちは先日のローレライの出兵前からずっとキラキラした目で俺を見てくるんだもんな。



「僕、正直……げんすいになったっていうカクゴがたりてなかった」


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の本部での会議が終わり、食堂に側近を集めて一緒に夕食を食べる。ミーナたちメイドやディアナたちお針子も交えた夕食会を、定期的に開こうと提案した第一回目だ。


「まだ設立されて半年、さらにケイトリヒ様は8歳ですよ? 覚悟とは大仰です。ただ、元帥としての努めを、徐々に覚えてゆけばよろしいのです」


ペシュティーノも食事の席に同席してるけど、俺の世話をしながらだからゆっくりはできないだろう。サーブ以外は自分でできますので、ゆっくりしてほしい。


「そーだぜ、王子。まだ子供の主の負担になるなんて騎士のほうが不名誉だ。ちっと気にかけてやるくらいでいいんだよ、本来は!」


ジュンがでっかい角煮を飲むように食べながら言うけど、この言葉に甘んじちゃダメだ。


「とはいえ、側近に騎士出身者がいないのは考えものですね。いかがでしょう、本日改めて見た魔導騎士隊(ミセリコルディア)の中に、側近に召し上げても良いと思える者はおりましたか?」


オリンピオが大きな肉を上品に切り分けながら言う。王国の元小領主であるオリンピオには色々と俺の至らぬ点が見えてるに違いないのに「自分は王国人ですから」と言ってあまり意見しようとしないのが困る。でも、いまのはおそらく提言だ。


「順当にいけばマリウスなのでしょうが……すこし年上過ぎますかね」


ガノが食事の手を止めて、ひとりごちるように言う。

マリウスは俺から見たら30台半ばにしか見えなかったが、実際には50歳。魔導騎士隊(ミセリコルディア)の人選はナイジェルさんにおまかせだったけど、おそらく事務方の長として組み込んでくれたんだろう。

おかげで俺が放置しててもそれなりに統率がとれていた。


「王子殿下! 領主子息として直属軍の魔導騎士隊(ミセリコルディア)から側近を召し上げるのは妥当だと思いますよ? それなら、ジェビン・ガットシュルトはいかがでしょう!? 光属性の上級魔導をいち早く覚えた、若くて才能ある騎士ですよ」

「ちょっと、アン! それは抜け駆けよ! 王子殿下、側近にするならジュン殿と同じ年齢の男爵家二男、トビアス・キンダーマンを推挙いたしますわ! キンダーマン家は御館様からも重宝される情報通の一家で、傍系が商団を興しておりますので経済面でも有用かと!」

「リコ、それにアン。我らお針子風情が王子殿下の側近を推挙するなど! 王子殿下の温情につけこむような真似は許しませんよ」

「でもディアナ様! 私たち、こうやって王子殿下と食事の席をご一緒させていただいているのですもの。私たちならではの視点で推挙というのも、わずかながら一助となるのではないでしょうか?! 」

「そうです、そうです!」


お針子衆がキャッキャしてる。ちょっと待って、持ってる情報深すぎない?


「まあ、それなら私たちメイド衆も推挙いたしましてよ。私、ミーナからはユヴァフローテツの治安維持任務で市民から人望熱い18歳、ラウプフォーゲル子爵家の長男ピピン・ブライトウェルを推薦しますわ。小さい弟妹がいるせいか、子供や後輩に対してとても愛情深く接しているようですからね」

「まあ、ミーナったら。私は断然、リコ殿と同じトビアス・キンダーマンね。次点は少し年上のヨナタン・ジーゲルトかしら。でも、やはり王子殿下の側近ともなれば、見目の良さは必須ですもの。その点で言えば能力はこれからですけれどニクラス・アスムスも捨てがたいわ」

「ララ、面食いだからなあ。アタシは平民だから、平民出身を推したいねえ。裏工作もやってのけそうな胆力のあるエルマーを推すよ。ああ、でも今の王子にはラウプフォーゲル貴族が足りないかもしれないねえ……それならやっぱり、トビアス・キンダーマンかな」


メイドたちまで!


「じょ、じょせいじんのじょうほうりょくが」


「当然でしょう! ラウプフォーゲル女性であれば、『男の値踏み』は(たしな)みでもありますから。ある意味、騎士隊の上官や側近たちよりも本質的で鋭い審美眼をお持ちだと思いますよ」


シャルルがニコニコしながらお針子衆とメイドたちにニコリと微笑みかける。


「エグモントの除名とスタンリーの異動は魔導騎士隊(ミセリコルディア)でも知られるところですからね。今回のお運びもありましたので、魔導騎士隊(ミセリコルディア)内では、誰か側近に召し上げられるのではないかともっぱら話題です」


えぇ……今この瞬間まで、側近を増員することも魔導騎士隊(ミセリコルディア)から選ぶことも考えていなかったよ。


「いま初めてかんがえはじめたところだけど……魔導騎士隊(ミセリコルディア)からさいようするのは、いいことだよね?」


俺が言うと、その場にいる全員が深く頷いた。


「じゃあちゃんとかんがえる!」


決心したように言うと、これまた全員がニコニコとそれを褒めるように笑いかける。

……王子様の身分、ちょっと忘れかけてました。


人口が増えてきて、いよいよ領地経営も本格化している。


こりゃ、ぼんやり生きてる場合じゃないぞ!

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