7章_0095話_発明王子 2
「色々と試行錯誤した結果、やはり日本のトラディショナルスタイルというか、原点回帰というか……」
ローレライから帰ってきて数日後。
レオが差し出したかまぼこのおやつ案のお目見えだ。
食堂のテーブルには大きなトレイがあり、同じく大きなクローシュをちょっと気恥ずかしそうにレオが開いて見せる。
「ちくわじゃん」
「ちくわです」
目の前に山積みになっているのは、ちくわ。むき出しのものと、何かに包まれたもの。
そういえばちくわもかまぼこの一種だったね。
煮てよし、焼いてよし、生のまま具材を詰めても調理してもよし、という万能食材であることは知ってるけど、あまり意識して食べたことなかった。
差し出された生のちくわにかぶりつくと、魚の香ばしい香り。
「おいしい!」
「ありがとうございます。しかし持ち運びとなるとやはり……容器に難がありまして」
ラウプフォーゲルの城下町を見て回ったときに肉を包んでいた蝋布ににた、ぶあつい布に包まれたちくわは、ぶっとい。ぺりぺりと蝋布をめくってでてきたちくわにかぶりつくとちょっと蝋のニオイが染み付いてる。
「へんなニオイ」
「そうなんですよ。調理前の生肉を包むには調理でニオイが取れるので問題ないのですが……かまぼこはニオイ移りしやすいようで。もっと無臭の包装材がないと、なかなか難しいですね」
キャンディを包むために使われる贅沢な紙は内側がつるつるした素材だが、水気に弱い。ちくわを包むと汁気を吸ってしまって魚のニオイが外に染み出してくるので、適材とはいえないのだそうだ。
前世の日本で当たり前につかわれてた技術って、一朝一夕にマネできるもののじゃないんだなあ。
「レオ殿、これも大変美味しいのですが……もっと、陸の魔獣の肉を使ったものを取り入れていただけないでしょうか。ケイトリヒ様の『命』属性不足については、今回のアンデッド討伐で十分な魔晶石を得られましたが、食から得るには魚よりも肉の方が良いと精霊様に聞いておりまして」
ペシュティーノがオーダーすると、レオはまってましたと言わんばかりにもう一つの大きなクローシュを開いてみせた。
「ご安心ください! このちくわの良いところは、中の空洞に何でも詰められるというところです。ラリオールクックのひき肉を詰めて揚げたものがこちら! こちらがムーム肉で、こちらはチーズ……こちらはポルキート肉と野菜を詰めたギョーザスタイルです!」
「素晴らしい……! ギョーザが何なのかわかりませんが、どれも美味です」
「これは味も良いですが、食べごたえがありますね。軍の携行食としても良さそうです」
「たしかにウメえ! 腹にたまるな!」
「そうだ、ギョーザも作りましょう! あれも中の具材や調理法で様相が変わる、バラエティに富んだ料理です。ラウプフォーゲル城の料理人に伝えればきっと色んなアイデアが出てきますよ! ああ、こういう事ができるのは帝国だけですよ。楽しいなあ」
何故かガノとジュンも参加して試食会になってた。
俺はお肉詰まってるやつちょっと苦手。重いんだもん。
レオの食品に関しては、早急に樹脂素材……つまりプラスチックの開発が不可欠だ!
その日は、包装材が開発されるまではちくわをおやつにするにはお弁当型しかない、という結論になった。
おやつと呼ぶにはちょっとヘビー。おもに容器が。木製か金属製しかないんだもん。
まあ、俺が持つわけじゃないけどね。
「それで、ケイトリヒ様。映像再生装置の開発の進捗はいかがですか」
「シャルルが扱うことを想定するだけでいいんでしょ? すぐにできるよ」
製品化をガン無視して作った映像録画装置に映像記録装置。たしかにこの2つはいろいろとガン無視で構わないのだが、映像再生装置だけはちょっとある程度の製品化、というか一般化が必要という話になった。
それもそうだ、父上や皇帝陛下に映像を見せるためだけにいつも俺が同行しなきゃいけないとなるとかなり面倒なことになる。
「編集機能についてはどうでしょう?」
「それはちょっと装置も操作もふくざつになるから、理解がはやくてきような操作者がほしいんだけど……いるかなあ?」
「そうなると、技術者がよいでしょうか……適任がいるかどうか、シュレーマンに相談してみましょう。技術的にはそうでもありませんが、情報的にはかなりケイトリヒ様の深部に入り込む人物になります。誓言をかけたほうが良いですね」
ローレライのアンデッド討滅作戦は、事前の準備、夜間の警戒も含めるとざっと38時間ほどの記録がある。それが、カメラの6台分。
さらに、これはローレライに内緒の記録だが魔導騎士隊の隊長の10人の耳目にも同じ機能を持たせてある。つまりカメラは全部で16台分あるということだ。
600時間、つまり25日分にも及ぶ映像記録をいい感じに編集する作業が必要なんだが……まあ当然、俺が1人でやっていたら苦言を呈された。
いわく、「総指揮官の仕事ではない」と。
そんなこと言っても、操作装置を扱えるのが今は俺しかいないんだもんな。
「はい! はいはいはーい! そういうことならあーしにまかせて! あーしとキュアなら、もうこのユヴァフローテツのすみずみまで知り尽くしちゃってるから!」
「手始めにユヴァフローテツの掌握から始めたのですが、やはり以前と比べたら情報収集の精度が全く違います。人の心の何たるかを知れば、集めるべき情報が自ずと分かる。これに気づけた今、私に知り得ぬものはありません」
アウロラは天真爛漫に、キュアはニタリと笑って俺の執務室に現れる。
2人|(2柱?)いわく、ユヴァフローテツにいる技術者と市民たちの職業適性や性格を徹底的に調べたのだそうだ。なんのために。というと、こういうときのため、らしい。
助かったけどさ。
「主のまわりにはこれからもいっぱいいっぱい、ヒトが集まって、主を助けて主を補佐して主を崇める存在が必要でしょ? 適性のあるニンゲンを、キュアと吟味してたんだよねえ、この主の支配する土地でさ!」
「まって、あがめるってなに」
「当然でしょう。ともあれ、敵意や叛意はもちろんのこと、仕事の内容に求める適性を持つ人物をお探しならば小生にお任せを」
なんか流された気がする。
「素晴らしい。では映像編集の人員確保の件はアウロラ様とキュア様、そしてパトリックに担ってもらいましょう。よろしいですね、ケイトリヒ様」
ペシュティーノと精霊の間でサクッと話は進み、編集作業は俺から取り上げられた。
俺がその後やったのは、操作装置を複製すること。
新しく採用する技術者に、カメラの操作も覚えてもらいたいらしい。
……確かに、作戦中俺がずっと操作しなきゃいけないのは割とつらかった。
すぐに眠くなるのもそうだし、眠ってる間は操作できない。ローレライ側も、カメラ操作を王子である俺に依頼するのは恐れ多いと改善意見を挙げてきたらしい。
今回の作戦は魔導騎士隊の初めての本格的な仕事だったので、色々とローレライ側に所感を求めたそうだ。今後しばらくはそういうことに協力的な派遣先を選びたい。
「……と、いうわけで僕はヒマになったわけですが」
「ヒマなどありませんよ。市民からの陳情がこんなに来ています」
ペシュティーノが執務室の机に、紙の束をドサリと置いた。
「ちんじょう! こんなに!?」
「これでもシュレーマンが粗方さばいた後の残りです。大規模なものや、ユヴァフローテツの根幹の方針に関わるものを厳選してあります」
よりすぐりの判断むずかしいやつってことじゃん!
「そういえばりゅうみんの大家族はどうしてる?」
「ああ、アンデッド討滅ですっかり忘れておりました。全員順調に回復していますよ。シュレーマンが指揮して建てた宿泊所が一時保護施設として活用されています」
「宿泊所?」
「ええ、認可された者は転移魔法陣で簡単に来れるといっても、商人たちの出入りは厳しく制限されています。一度に大量の商品をさばけるように、商品も人員も大量に運んでくるのでどうしても滞在時間が長くなるそうで」
陸の孤島であるユヴァフローテツの市民にとって、認可商人の商品は唯一といってもいい外界とのつながり。市民からも認可商人を増やして欲しいという陳情がある。
「そっか。しょうぎょうのことは後でかんがえるとして、ルナパン?ってなに?」
「ルナ・パンテーラですね。むしろそっちを後で考えましょう。後で本人たちに説明させますから、今は陳情書に目を通してください」
脱出しっぱい。
面倒だなとおもっていたが、黙々と市民の陳情書を読みつづけると興味深い意見も多い。
「小領主さまのお城をたててほしい」
なんで? 意味がわからないとおもったけど、ペシュティーノいわく市民にとって城のある街に住んでいるということは非常に意味があるらしい。イイトコ住んでます、的なステータスってこと? そのためだけに城つくるのやだよ。
「ちゃんとした市場をつくってほしい」
これは大事かもしれない。ラウプフォーゲル城下町でもみた、広大な市場。でもテントで商品が野ざらしというのは個人的にいただけないので、ショッピングモールみたいな建物を作ったらどうかな。
「冒険者組合の支部が欲しい」
これを見て、俺の手は止まった。
「ペシュ、冒険者組合って、どういうきじゅんで作られるの?」
「組合の判断なのでなんとも。ただ、ユヴァフローテツはラウプフォーゲルでは珍しい素材が取れますからケイトリヒ様が設立許可を出せばすぐにできると思いますよ」
冒険者組合は人口とか街の規模とかはあまり関係なく、「金になる素材が集まる場所かどうか」で決まるらしい。周囲にヒトが少なくても冒険者組合のメンバーは知識と経験が豊富なので自活できるし、組合ができれば自然とヒトは集まってくる。
「冒険者組合ができて、そこに街ができるっていうこともあるんだ」
「帝国では政治が安定しているので稀ですが、ありえますね。しかし冒険者組合を入れるとなると、ヒトの出入りが激しくなるので管理面をしっかり見直さなければなりませんよ」
「なるほどー。ざっと目をとおしたけど、無理めなものから面白いものまであった。いくつかは会議にかけようとおもう!」
「ほう、どれですか」
俺がいくつかの紙束を渡すと、ペシュティーノは器用に片眉をあげた。
「で、これから街にでれるかな!」
「……承知しました、調整しましょう」
俺の「外遊」は、ユヴァフローテツ市内に限ってはジュンとオリンピオ、そしてほか8名の護衛がいればOKということになっている。護衛は側近でなく魔導騎士隊から選んでもいい。ほぼいつでも出れるのだがジュンとオリンピオだけは必須なのでそこを調整しないといけないのだ。
「魔導騎士隊の訓練場にいたようです。今から戻って準備するそうなので半刻ほどお時間を」
「うん、わかった」
「次の外遊には是非同行したいと言っていたのですが、シャルルは間が悪いですね」
ペシュティーノが杖先に何かを話しかけると、すぐにお針子たちが衣装を持って部屋へやってきて、着替えさせてくれた。シャルルは外出中なんだって。
ふんわりしたシャツの上からサーコートをかぶり、その上からボレロのような前が短く、後ろは長めのマント。首元のどでかいふんわりリボンは水マユの虹色が眩しい。
背中にはでかでかと白鷲のモチーフが水マユ糸で刺繍されている。
「市内をめぐるだけなのにごうかすぎない?」
「今の時間はラウプフォーゲルだけでなくシュペヒト領、ハービヒト領からの商人や技術見習いの者も多く街に出ています」
なるほど、水マユの宣伝ですか。
時間通りにジュンとオリンピオが現れ、いざ市内視察。
ギンコの背にのって白の館から街を見下ろしたとたん、前とかなり変わっていることに気がついた。遠目に見たときは、ただ「やけに白っぽい街並みになったな」と思っただけだったが……。
「めぬきどおり、舗装しなおした?」
「ええ、多くの施策の舗装材の中から最も強靭で審美性に優れたものを製品化し、ユヴァフローテツ市街地の60%に舗装済みです」
やさしい色合いの網代模様のブロックで舗装された目抜き通りは、明るくて清潔感がある。舗装だけみれば前世の都会によくあるシャレた通りって感じ。
しかし改めてラウプフォーゲルの城下町と比べると、商業施設は圧倒的に少ない。肉を扱っている店の中に鍋なんかが売ってたりしるし、布を売ってる店で野菜を売ってたりもする。さらにそういう店では品数もバリエーションも少ない。
「よくこれで市民はせいかつできてるね?」
「……店の品揃えについてですか? 技術者はお互いに生活必需品を自作しますし、興味のないところはとことん興味がないようですからね。今ようやく、技術者以外の市民が増えて不足に気づいたのではないでしょうか」
ほんと、ユヴァフローテツの元市民ってへんに生活能力が高いんだか低いんだか。
しかしごく普通の一般人……というべきかわからないが、ディングフェルガー先生やアヒム、魔導騎士隊の騎士にその家族といったヒトたちは生活必需品はもっぱら買うほう。これからの市民増加に備えて、商業施設を作りたい。
「しょうかんをつくろうとおもうの」
「はい!?」
ペシュティーノがものすごい形相で俺を振り返るけど、なんで?
「しょうかん。いっかしょに、いろんなお店があつまっててなんでも買えるしせつ」
「あ……ああ、商館ですね」
なんか、ジュンがワンテンポ遅れて吹き出した。なんだろ?
「せっかくユヴァフローテツで水マユも化粧品もつくられてるんだから、市民にもそのおんけいを手にできる商品を……あっ、しょうかんって娼館だとおもったの!?」
「理解したのなら頭の中に留めておいていただけるとありがたかったのですが」
ムスッとしてペシュティーノが面白くて俺も吹き出しちゃった。
「ブハッ!! もう無理ッ! プッ、クックック、違法だろそれ! 王子が、ブフッ、そんなもの作るわけ……ブフッフッフ!!!」
ジュンが堪えきれず笑ってるし、オリンピオも口角が上がってる。
魔導騎士隊の数名もなんか不自然に顔をそらしてるので、多分笑ってる。
ペシュティーノがちょっとふてくされたように半眼になってるのがなんかかわいい。
「あと、かまぼここうじょう!」
「かまぼこについては今しばらくお待ちを。用地はいくらでもありますから、御館様と、できればハービヒト領主夫人にも相談しましょう。社交界で人気が出れば帝国全土への出荷も視野に入れなければなりません。水マユやトリューなどと違ってこちらは高級品でも嗜好品でもなく、一般化が可能な食品です。工場を作るならば社交界の反応を見て、ある程度生産量を出せるものにしたほうが良いでしょう」
ペシュティーノが取り繕うような真面目さで反応するのがよほど面白かったのか、まだジュンの肩が震えてる。
「あと……私が娼館と取り違えた理由も、あるにはあるのです」
ペシュティーノが苦々しい顔で言うと、ジュンも笑うのをやめた。
「化粧品の工場が女性に人気の職場となっているのですが、その評判につられてか、単身女性や、女性だけの家族の移住者申請が増えています。それが少し……異様な数で」
「じょせいが1人でユヴァフローテツに? いいことじゃない? それに、職はじゅうぶんにあるんだよね?」
女性が1人で住める街。移住したい街。そう聞くと、治安が良くて住みやすそうな街のイメージがあるんだけど……?
先程まで肩を震わせていたジュンは、俺の反応を見て複雑そうな顔をしている。
「今のところ職に困る者がいるっつー話は聞いてねえな。それよりも、女性の移住者は他国からの移民が簡単だって言ったろ。王国……はともかく、共和国にアイスラー、ドラッケリュッヘンあたりからの女には、諜報活動を目的としたヤツもいるかもしれねえ」
諜報活動……スパイ?
「なにをちょうほうするの?」
「あのなあ、王子。お前にどれだけ秘密があるのか忘れてねえよな?」
ジュンがじろりと俺をにらみながら言う。
助けを求めてペシュティーノを見ると、胸元に杖を立てて持っている。盗聴防止の範囲魔法を使ってるみたいだ。かほご!
「でもそういうのを防ぐために戸籍登録があるんでしょ?」
「それはそうなのですが……あれも完璧なものとは言えません。もしかするとあの術式を欺くような対策法が立てられている可能性もありえない話ではないかと」
まあ、確かに……完璧に破られないセキュリティというのは、前世でも存在しなかった。
ヒトが作るものである以上、絶対はありえない。
でも、精霊がつくれば?
「……ぼうえいのことは、あとでかんがえよ。いまは、街づくりのこと!」
オベリスクの広場に、郊外型のイ◯ンモールみたいなでっかい商業施設をつくる!
前世ではアパレルがメインのイメージだけど、こちらでは食材やレストラン、生活用品の比重をあげた生活密着型。
さらに、街の技術者たちが考えた製品の試験的販売を行うのもいいかもしれない。
製品開発と商業施設が一体化した、ユヴァフローテツ領営の商業試験場!
その名も……い、イオ◯モール? か、ら◯ぽーと……?
名前のことは後で考えよう……。
「なるほど、それはいいですね。商業用地が限られているユヴァフローテツでは、目抜き通りから外れた土地は今となっては見向きもされません。それをあえて一極集中させ、施設そのものを城のように、上へと伸ばして拡大させるおつもりですか」
「上階の娯楽施設案はどういったものをお考えで!? 以前お見せ頂いた幻影魔法陣もよろしいですが、トリュー試乗体験などはいかがでしょう?」
俺がざっと描いてみせた草案を見て、シュレーマンとパーヴォがはしゃいでる。
こういった大掛かりな提案は、さすがに彼らでは多少考えたとしても言い出しにくいだろう。だって建設費用のこと考えたら途方もないもんね。
会議室は統治官とその補佐の3人と、俺の側近たちが大きな四角いテーブルに並ぶ。
エグモントとスタンリーがいないので、なんだかずいぶん数が減ったように見える。
お誕生日席の俺の後ろには、大きなホログラムディスプレイ。
そこには俺が書いた草案が写っていて、俺の手元で拡大したり手書きの書き込みができるようになっている。ハイテクに見えるけど、実は俺の手元の書類をカメラに写してディスプレイに映すだけの簡単な仕組み。要はペシュティーノの映像投影装置をそのまま会議用にアレンジしただけだ。
「ごらく施設もそうだけど、ユヴァフローテツの技術者たちにスペースを貸与して構想や企画をぐげんかする場所にもしたいんだよね。だから、そこにはすこし遊びをもたせるというか……」
「なるほど。以前ケイトリヒ様が兄君への手土産を選んだ際の、光る武器。あれは親戚会でクラレンツ様が自慢したおかげで、旧ラウプフォーゲル貴族のあいだで子供向けの贈答品として人気が上がり、今は着実に注文が入っています。そのような『場』と『機会』をその施設で与えるということですか」
ペシュティーノが口添えすると、シュレーマンもパーヴォもなるほど、と頷く。
ずっと黙っていたラウリも、食材売り場の広さを見て頷いた。
「試験作物の発表の場にもなりそうですね。他領の者も、この場所に来れば、我々が研究する作物を目にすることができる。そして自分の領地にあった作物を選び取れるかもしれない。研究者は、協力者を得られる……これは、可能性が広がる施設です」
「しかし、これはヒトが集まらなければ意味がありません」
ガノがぴしゃりと言い放つ。
それは、俺も考えたところなんだよねー。
今までみたいに来訪者を拒む姿勢を崩さないようでは、この施設の価値はハッキリ言って半減、いや8割は失われる。
「確かに……研究作物についてはラウプフォーゲルはおろか、希望を言えば帝国全土、欲をいえば海外からも見に来てもらいたいくらいだ」
ラウリの言う通り、実をいうと寒害に強い作物は温かい帝国でほとんど需要がないにも関わらず、研究の段階でいくつか生まれている。だがそれを無償で王国や共和国に渡すことは国益に反するために禁じられているのだ。で、あれば有償ならいいわけだが、その作物をアピールする機会もなければ王国や共和国が知る機会もない。
そしてこれはアヒム・ハニッシュを調査するときに分かったことだが。
そういう新しい作物は中央の帝立植物研究所が汚い手を使ってでもかき集めている。アヒムの提出した研究作物が返ってこなかったように、半分強奪に近い形で。
そしてそれを1世代限りの作物に改悪して、その種や苗をボッタクリ値段で共和国や王国に売りつけているという。
王国の国難で儲けようなんて、信じられない悪徳機関だ。
「……ケイトリヒ様、これは、控えめに申し上げても帝国の商業に革命を起こす存在になり得ます。草案をまとめて、ペシュティーノ様から御館様へ、私からは皇帝陛下へ奏上しご意見を賜ったほうがよろしいかと存じます」
外出から戻ってきたシャルルが口をひらくと、ラウリがうっとりした目で「仰るとおりですね」と言った。
どうもエルフ族というのは、ハイエルフ族に抗いがたい憧れのようなものがあるらしい。
なんでも「竜脈との絆をより強く持つ存在だから」らしいけど……言ってることはかなり世俗まみれだよ?
「それで、ケイトリヒ様が提唱された仮称についてですが……『ショッピングモール』の『ショッピング』は、聖教公語ですよね?」
ペシュティーノが不満そうに言う。聖教公語(ほぼ英語)だめですか。
古代語(ほぼドイツ語)にするとだいたい『アインカフスゼントム』。かたいのよ!
「じゃあ『モール』だけでもいいよ」
英語圏でも「商業施設」という意味で「モール」を使うから、それでもいい。
語源はなんだったか忘れたけど、たしかイギリスでも同じように使っていたはずだ。
「では大型総合商業施設……仮称を『モール』としましょう。こちらのケイトリヒ様から頂いた草案を……」
「私が清書します」
「では、ガノに任せます。その後、それを持って御館様へ、御館様のご意見を鑑みたうえで皇帝陛下へ奏上します。ケイトリヒ様、この件はいったん我々にお任せください」
さて、次の議題。
「お探しの、映像編集の技術者の件ですが。魔導騎士隊の家族や話を聞きつけた移住者からも希望者が応募してきています」
採用は最初3、4人と考えていたけど、10倍以上の応募だ。
「デスクワークで報告書を作成する必要のない技術者、しかも新しい技術で他に誰も先人がいないとなると、人気なのはわかります。それに、今までにない仕事の形態ですのでケガで引退した軍人や冒険者、体の弱い者にも可能性のある職種です」
応募者が増えたのはそういう面もあるらしい。
手と目と耳を使う作業なので、それ以外に何らかの不自由を負っている人物でも働ける。
なかにはアウロラとキュアが自らスカウトしにいった応募者もいるそうだ。
「そっか、しょうがい者雇用に……たしかにいい職種かも!」
「しょうがいしゃ? 異世界ではケガ人をそのように呼ぶのですか?」
「ん〜、ケガだけじゃないんだけど……なんらかの不自由をかかえたヒトのことをさす言葉かな。不自由なことはあってもなにもできないわけじゃないヒトは、仕事をするヒトもいたよ」
「確かに、この作業は歩き回る必要もありませんし、むしろじっと作業に集中する仕事なので戦闘で足を失った兵士にも可能ですね」
「集中力を要する作業なので、少し多めに採用してもいいかもしれません」
「募集者も皆、ユヴァフローテツ内の信用できる筋がほとんどです」
「映像記録装置の技術はおそらくこれからどんどん需要が伸びます。先に技術者を育成しておいたほうがいいかもしれません」
そういうわけで、映像編集者は予定していた3、4人から一気に枠を広げて、15人程を採用することになった。
教えるのが俺だからね……さっさと技術者を増やして育成して、俺がキレイさっぱり手放すのを望んでるんだろう。まあわからんでもない。
俺、忙しいし。王子だし、学生だし、こどもだし!
じゃ、次の議題。
「で、ルナ・パンテーラってなんなの」
俺が言うと、シャルルがチラリとペシュティーノを見た。
「その前に……ケイトリヒ様。先日お話した、女性の移住者が増えている件。これは、ケイトリヒ様が流民である彼らを受け入れたことも原因としてあるようです」
「……よかったね、っていう話じゃないんだね?」
「あまり歓迎できる事ではありません。が、同時に、親子連れの申し開きを聞くこともなく斬り捨てたという話も出回ってますので、流石に街の出入り口に居座るような真似をする者はいなくなりましたが」
ペシュティーノは何故かシャルルをじろりと睨みつける。シャルルは肩を竦めるだけだ。
なんだかこの2人、似てるようで仲悪そう。
「今後の流民対応は慎重に……と苦言を呈すのと同時に、今回の受け入れはご慧眼にございました。ルナ・パンテーラは絶滅したと言われていた古カッツェ系獣人の一族で、ドラッケリュッヘン大陸の集落で大々的に行われた『人狩り』被害の生き残りだそうです」
カッツェ系……ってことは、猫? イヤまって、それよりも……「人狩り」?
穏やかじゃないね。けど外国の話だから、ひとまず突っ込まずに置いておこう。
聞き取りできてるってことは、フランス語はこの世界でもなんらかの公用語なんだな。
ちらりと足元のギンコを見ると、眠るように伏せたまま、耳だけがピクピク動いている。
狼って猫と相性悪いんじゃなかった? 気にしないのかな。
「それが、なんで『ご慧眼』なの?」
「ルナ・パンテーラは素晴らしい『技魔法』の使い手で、戦闘能力に長けた希少種族なのです。それに、不法に奴隷化された獣人を保護したと知られれば帝国内での評判は上がることはあっても非難する者はおりません。あれを見分けられたのは、ケイトリヒ様だけだったことでしょう。彼らはヒトに擬態するのも子供の頃からとても上手ですから」
技魔法……?
またなんか新しい要素きた。
学校でも習ってないよそんな魔法!
不満げな俺の表情に気づいたペシュティーノが「いずれ魔導学院でも習いますよ」と教えてくれた。
……ふむ、ならいっか。