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7章_0094話_発明王子 1

『アルファ班、撤退。追撃なし』

『ブラボー班、アルファ班の背後で待機。交代します』


光属性の武器がアンデッドに効果てきめんであることがわかり、砂漠の槍(ヴュステランツェ)が勢いづいて1度目の部隊入れ替えがうまくいくと、あとはもう作業だ。

通信の向こうから、「こりゃスゲエ!」とか「全然臭わないな」とか騎士たちの声が聞こえてくる。どうやら光属性武器はアンデッドの腐臭も消し飛ばすみたい。


『チャーリー班、撤退します。追撃はなし』

『デルタ班、交代します!』


「本部も上空から交代を確認した。素晴らしい勢いだ、谷の両端からアンデッドがすさまじい勢いで消えていっているのがわかる。油断せず、討滅を進めてくれ。工兵が魔晶石の搬出に専念できるよう、交代後の部隊はカバーを」


『チャーリー班、了解』


ヴォルケファンゲン山脈の底なし谷は、両端が北東と南西にあり、やや「く」の字に曲がっている。アルファ班とブラボー班は北東から、チャーリー班とデルタ班は南西から谷底へ降りて黙々とアンデッドを狩っている。


少しも油断できない過酷な肉体労働なので、1部隊が1時間戦ったらもう1部隊と交代して、設営班の真心こもった野営地で疲弊した体と心を休める。そして予備のエコー班は、北東と南西を行き来してどの部隊も2時間休めるタイミングを作る。


「なるほど、これがシフト制……どの部隊も、1時間を上限に連続することがないので適度な集中力を保てる。さらに体力と気力を保持したまま最後まで戦闘力を劣えさせない」

「これまでの我が軍からすると、なかなかに過保護な気もしますが」


フーゴと砂漠の槍(ヴュステランツェ)隊長が画面を見ながら話している。


「今回は谷底という限定された地での作戦だからできたことです」


「確かに、市街地や森などであればこのような形は難しいかもしれませんね。狭い谷だから人数を絞る必要があり、戦線の変動がほぼないから交代もスムーズ。同じことはできなくても、応用すれば対人戦でも……」

「実戦に入るまで不安だったが、光属性の武器の効果は尋常ではない。王子殿下、光属性の武器をお作りになるご予定はないのですか?」


俺は6機のドローンカメラのうちの一つ、次々と谷から搬出されるアンデッド魔晶石をとらえていたので、それをしげしげと見ていたのだがふいに呼ばれて我に返る。


「え、なんですか?」

「集中されているところ失礼しました。光属性の武器についてですが……」


「あ、うーん。どうだろ。ジオール、どう思う?」

「えー、恒久的に属性を付与するのは大変だよ〜。使用者の魔力が高くても……あ、でも素材によっては不可能じゃないかも? たしかブライトミスリルとかいう」


「ゴホッ! ゴホ、ゴホン!! ジオール様、実現可能か、という話のご相談ですよ。夢物語はお控えください」


ペシュティーノが慌てて割って入ってきたので、ブライトミスリルとかいうものは本来ヒトの手に渡るような存在ではないんだろう。

ジオールも空気読んで「テヘ」みたいな顔して周囲の注目をやりすごす。


「やはりこれはジオール様のご助力がないと不可能ということですね……」


「あ」


すっかり忘れてた。


「……ねえペシュ、この映像ってちゅうおうにていしゅつするんだよね……?」

「ええ、そのつもり……はっ」

「あっ」


ガノも気づいたみたいだ。

めっちゃ抜けてた!! これジオールの存在が帝国で問題になるわ!


「……御館様に相談を……」


ペシュティーノが頭を抱えていると、シャルルがニコニコしながら歩み寄って「私に任せてください」と言って部屋を出ていった。

中央の出方を熟知しているから、確かにシャルルのほうが適任かも。

ペシュティーノはお株を奪われたようで不満げだが、もっと重要なお仕事があるよ!


「ペシュ……そろそろつかれた、だっこ……」


ほんとのところ目がめっちゃショボショボしてきちゃったのでわざとらしく甘えると、不満げだった顔が一気に菩薩スマイルになった。


「集中していらっしゃいましたものね。少しお腹に入れて、お昼寝しましょうか。あまり深く寝ると起きるのが大変なので、ここで抱っこしたまま寝ましょうね」


「かまぼこ」

「はいはい」


俺のつぶやきを聞いてパトリックがサッと姿を消したかと思ったら、大きめの小鉢に入った何かと小さなおにぎりたくさんをトレイに乗せて戻ってきた。


「ケイトリヒ様がお気に召したと知って、レオが喜んでおりましたよ。かまぼこのダイスサラダとおにぎりです。さ、私が食べさせて差し上げますので!」


パトリックはだらしない笑顔で俺の口元にスプーンをさしだしてくる。それは俺の小さなお口に合わせた細かいダイスサラダで、ゆるいマヨネーズであえてあるみたいだ。

ぱくりと口にいれると、かまぼこのぷりぷりと、他にもシャクシャクとかホクホクとか色んな食感がある。なんだろう、よくわからないけどとりあえずかまぼこ美味しい。


小さなおにぎり1個とスプーン2口であえなく終了。


意識が遠のくなかでフーゴの「食べる量も妖精みたいですね!」という声が聞こえたような気がしたけど、どゆこっちゃ。


その後目を覚まして、集中して監視しつつまた目のショボショボに負けてペシュティーノの腕の中で眠る、というのを2回ほど繰り返して1日めの討滅作戦は終わり。日が暮れると谷底は真っ暗になるので、夜間の作業はしない。


5班すべてが1人も欠けずに古都ラインへ戻ってきて、現場に残しているのはカメラと少数の監視部隊のみ。

軽いけが人は何人かいるみたいだが、すり傷とかそれくらいのものだ。

作戦を終えて誇らしげな騎士たちが俺の前に整列している。ねぎらって、って言われたけどそういうのはフーゴがやったほうがいいんじゃないかな……。


「みんな、作戦おつかれさま。あすもあるから、今日はゆっくりやすんで。あしたもよろしくね」

おねむな俺のそっけないねぎらいでは、騎士たちもどこか不満げだ。


「王子殿下は作戦中、何度かお休みになってました」


ふいにガノがぶっこんでくる。ちょっと、なんでバラすの!?


「……小さな子供である殿下が、不安に思うこともなく眠りにつくほどに安定した戦いであったという、何よりも素晴らしい証拠です。手に汗にぎりハラハラするような戦いではなかった。それこそが貴方たちの戦力の高さ、技量の素晴らしさ、作戦への適応力。つまり高い能力を証明します。明日も今日と同じように、高い集中力と技能を維持した素晴らしい戦いを見せて欲しいと王子殿下は仰っています」


めっちゃ盛るやん。原型ないやん。でも騎士たち満足げ!!

諸般の注意事項をフーゴが告げ、解散の号令がかかっても広場はどこか浮ついている。

魔導騎士隊(ミセリコルディア)は割とポーカーフェイスだけど、砂漠の槍(ヴュステランツェ)は明らかに喜色に満ちている。


全体の進捗は40%ほど。明日はさらに進捗が進むはずだから3日で終わりそうだね、と2日めも安心して眠った。


しかし、そう万事が上手くいくわけではない、というのも世の常で。


3日めの作戦中、北東をブラボー班が、南西をエコー班が担当しているときだった。

「底なし谷」と名前がついたわりには、しっかり平らな谷底の地面が見えてきた頃。

谷の両サイドからちょうど同じくらいの距離の中央部分に、不穏な気配が見えた。

見えたのは、どうやら俺だけだ。


「……ペシュ、あれ」

「どうされました?」


「⑤のカメラの映像。あれ、おかしくない?」

「……どれでしょう、私にはかわりなく思えますが……」


ペシュティーノの返事を待たず、ヒュッ、と喉が詰まる。

だが、言わなければ。絞り上げるように声を上げた。


「ガノ、ぜんぐんたいひ! きんきゅうでたいひー!」

「!? 緊急! 緊急! 谷底のブラボー班、エコー班、急いで退避を! くり返す! 退避、退避!!」


俺の金切り声に、その場にいた全員が動揺した。

両軍を監視していたカメラを見ると、命令に従い速やかに退避する騎士たちが見える。

さすが訓練された兵士だ、武勲をあげたいなんて無茶をするバカはいない。

理由を問うこともなく速やかに撤退行動に移り、騎士たちと中央の黒い塊からはかなりの距離が開いた。


これまで動きの鈍いヒト型の群れだったはずのアンデッドが、中央部分でどす黒いダンゴ状に丸まってひとかたまりになっている。さっきはペシュティーノにもわからなかった変化だが、今や誰もが異常に気づいている。

小さなヒト型のシルエットが崩れ、ダンゴのなかに飲み込まれていく。


「あれは……アンデッドの融合!? ばかな、毒霧で融合できないはずでは……」

「ブラボー班、遅れています。急いで退避を」


カメラを見ると、北東のブラボー班が全員が谷から登れるように工兵が調整した極細の道に向かって走っているのだが、7、8人ほどが遅れている。2人ほど足を負傷していて、それをフォローする者と後ろで殿(しんがり)を務める者のようだ。


「融合したら変異する。どういう形になるのかわからないが、素早いタイプだと間に合わないかもしれない」

フーゴが口元を押さえて画面にかじりつくように見つめる。

アンデッドの融合にもなんらかパターンがあるんだね?と不思議に思っていると、ガノが手早く指示を出す。


「アルファ班、チャーリー班、デルタ班の魔導騎士隊(ミセリコルディア)は光魔導が使える者を優先して5人ずつ上空へ。谷の中央部分で上位アンデッドが発生。くり返す、上位アンデッドが発生」


『アルファ班5名、現地到着。待機します』

『デルタ班、同じく』

『チャーリー班、今到着しました! ご指示を!』


チャーリー班の連絡が入った瞬間、中央のアンデッドの塊からにょき、と触手のようなものが出てきてズシンと地面を踏みしめた。バッタの足のような曲がり方をした、ニンゲンの足だ。同じようにニョキニョキと伸びた触手が足になり、中心はまだグニョグニョしたダンゴ状態だが、バッタの後ろ足のような足が7本。


「え、なんで奇数?」


俺がわけのわからない感想を述べた瞬間、そのダンゴに足が生えた巨大なアンデッドはブラボー班のほうへ向かってものすごいスピードで動き出した。

これ、素早いタイプで間違いない!


「だめだ、間に合わない!!」

魔導騎士隊(ミセリコルディア)、足止めせよ! 魔導での攻撃を許可する!」


命令を受けた魔導騎士隊(ミセリコルディア)から2人が飛び出し、一気にトリューで下降してブラボー班とバッタ足アンデッドの間に入り、猛スピードで飛び抜ける。

アンデッドとすれ違いざまに魔導を放つと谷底に雷のような音が響き、画面が一瞬真っ白になった。


白い画面が落ち着くと、7本足だったはずが進行方向から左側の4本を残して全体の4分の1が魔晶石化している。バランスを崩したアンデッドは足を失ったほうを谷底の絶壁にぶつけ、転がっている。


「す、すごい! あれが魔導騎士……」

魔導騎士隊(ミセリコルディア)、再始動する前に追撃を。ブラボー班に当たらない魔導で食い止めよ」


転がったアンデッドはすこしもがくような動きをしたが、やがて先程のように触手を伸ばしはじめる。それらはすぐに足になって、動き出すだろう。

そのアンデッドのすぐ上で、向かい合った3人の魔導騎士隊(ミセリコルディア)が杖をかざす。

すると3人の杖先から真下に向かって巨大な光の柱が落ち、ものすごい轟音をあげた。


「なんという威力だ! 魔導騎士隊(ミセリコルディア)の魔導は素晴らしい!!」

興奮気味のフーゴの声をきいて、ペシュティーノがそっと耳打ちしてきた。

「おそらく魔導騎士隊(ミセリコルディア)の杖にもジオール様の付与が……」

「まあ、それはいいんじゃない。魔導騎士隊(ミセリコルディア)にならジオールがいつでも付与できるでしょ」


3人がかりの大魔導だったが、最初の大きさからすると10分の1ほどになったものが残った。それはウゴウゴしながらもまだブラボー班の遅れた騎士たちに迫ろうとしている。

ヒト型にすれば10体分ほどの、十分に大きな融合アンデッドだ。大きな足を作り出すのは諦めたのか、ヒトと同じくらいの足を何本も生み出して動き始める。

うっ。素早いダンゴムシみたいで気持ち悪い。


けどヒトの足の形では関節の動きに無理があるのか、一瞬その場を左右に揺れたり回転したりしていたけど、すぐに動きに統制がとれたようだ。

なるほど、変異には単なるパターンで無条件に成立するのでなく、ヒトの脳のような動きをする部分と運動部分、そしてそれらをつなぐ神経の構築が必要というわけか。


いやそれよりも、ブラボー班の負傷者が危ない。


遅れている騎士たちを守るように魔導騎士隊(ミセリコルディア)の残りの騎士たちが谷底に立ちはだかり、彼らを背にして一斉に光魔導を放った。


ダンゴムシのアンデッドは最初の2、3発の魔導を気味が悪いほど軽やかな動きで避けたが、そのあとは隙間なく魔導を打ち込まれ、成すすべもなく倒れる。そこには、ゴトリと巨大なアンデッド魔晶石が転がった。


「……やったのか?」

「上空の魔導騎士隊(ミセリコルディア)は周辺を確認せよ」


『こちらアルファ班副班長のジェビン、敵影は見えません』

『デルタ班通信部のエルマー、敵影見当たりません』

『チャーリー班班長のケリオンだ。谷底で動くヒト以外のモノは見えねえ』


「……ご苦労だった。王子殿下の映像入力装置(カメラ)が谷全体の安全を確認する。全員野営地にて待機せよ」


ブラボー班の負傷者は、魔導騎士隊(ミセリコルディア)たちの手で抱えられて谷の上まで搬送された。元気な騎士たちが細い道をヤギのように軽やかに上がっていくのを見守って、谷の両端からカメラを入れてじっくりと確認する。


本部の騎士たちも画面を食い入るようにみつめ、動くものがあれば絶対に見逃さないという気迫だ。


「うん。だいじょうぶそう」

「先程の大物が、最後だったようですね!」


こちらの確認の声を聞いて、通信の向こうの騎士たちからこらえたような喜びが漏れ伝わってくる。


「ケイトリヒ様、宣言を」


ガノがずっとつけていたインカムっぽい通信装置を、俺に渡してくる。

肝心なとこ任せてくるね。まあ、俺ってそういう役割か。王子だもんね。


魔導騎士隊(ミセリコルディア)砂漠の槍(ヴュステランツェ)のごうどうさくせんは、じょうきょう、しゅうりょう! くりかえす! じょうきょう、しゅうりょう! みんな、おつかれさま!」


俺の宣言で、こらえていた喜びが弾けたようだ。

通信機の向こうでものすごく野太い叫び声が上がる。


あまりにうるさいのでインカムをパッと外してガノに手渡したけど、うるささは変わらなかった。本部の騎士たちも拳を突き上げたり手をたたきあったりして野太い歓声をあげている。こっちは耳が痛いというよりも肌でビリビリ感じるほどの歓声だ。生音すごい。


「ケイトリヒ様、この映像は6機すべて保存されているのですよね?」

「え? うん、そうだけど」


ペシュティーノが野太い歓声の中、怪訝な顔で確認してくる。


「……最後のアンデッドの動きに不可解な点があります」

「ああ、なんだかきもちわるいほど動きがすばやかったね」


「ええ。ケイトリヒ様、アンデッドにも魔物と同様にランクがついているのはもう習いましたか」

「うん、ならった。でもさっきフーゴが言ってた、すばやいタイプって?」


「融合アンデッドにはいくつかその形状にパターンがあるのです……この話はまた今度改めて、じっくりいたしましょう。今は……お眠いのではないですか?」

「ばれた?」


ペシュティーノが説明を始めたら「また今度おねがいします」って言おうと思ってたのにバレちゃった。


抱っこされてトロンと今にも寝そうになっていると、フーゴが近づいてきて俺の手を握ってきた。


「殿下、ありがとうございます、ありがとうございます……! アンデッドの脅威が去った今、防衛に充てられるはずだった血税は街道整備や水資源の確保に回せるでしょう。全てケイトリヒ様の……魔導騎士隊(ミセリコルディア)のおかげです!」


熱く語ったあと、フーゴはふと冷静になったみたいだ。


「おててが熱いですね? 眠いのでしょうか」


「うんねむい」


フーゴはニコリと笑って俺のマシュマロおててを撫でてチュッとキスしてくる。


「此度は本当にありがとうございました。残務処理は我々大人の仕事ですから、どうぞごゆっくりお休みください。……ペシュティーノ様、今夜は」

「王子殿下含め全軍、ユヴァフローテツへ戻ります。残務処理はそちらのトリュー隊で賄って頂きたい」


「承知しました。差し支えなければささやかな祝賀会でも……」

「いえ、お心遣いはありがたく存じますが、そういった歓待は今後の恒例になってしまいますので辞退いたします。まだ魔導騎士隊(ミセリコルディア)の詳細な出張費用については今回の遠征が初で算出中ですので、改めてガノとすり合わせをお願いいたします」


「承知しました。ではせめてお見送りを」


ペシュティーノの肩口でウトウトしているところに、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の数人が俺の操作装置(コンソール)を片付けている。指揮はジオールがしてるみたいだから心配ないか……。


この後、この映像記録装置(ビデオレコーダ)が帝国のみならず共和国と王国、クリスタロス大陸全土を揺るがす存在になることはこの時点では露ほども想定していなかった。



それが見えた瞬間、「あ、これ夢だ」と理解した。明晰夢ってやつだな。


黒いシルエットだったニンゲンの形をしたものが、たくさん集まってぐにゃりと輪郭を崩してダンゴ状になる。さっきローレライで見た融合アンデッドだ。


そしてダンゴ状のそれはどんどんヒト型サイズのアンデッドを取り込んで大きくなる。

谷にいたはずなのに、そこはかつて見慣れた東京の街の中だった。


「クルシイ……クルシイ……モウイヤダ……カエリタイ……カエリタイヨォ……」


ボスチェンジしたような電子音の声が、たくさん重なるように響いてそう言っている。

それを聞いて俺は(やっぱりアンデッドも苦しいのか)と納得した。

じゃあ俺の手から砂が出る謎のマジックみたいな魔法、「永遠に眠れフュー・イマー・シュラフン」で開放してあげようと思い立ったけど、どうやるんだったっけ、と方法がわからない。


考え込んでいるあいだに、膨れ上がった融合アンデッドに雷が落ちた。

空から次々と落ちる雷はダンゴ状になったそれに次々と落ちて、あたった部分が黒水晶のようになって崩れ落ちる。


「イタイ! イタイ! イタイヨォ、ドウシテ、ドウシテ……イタイ……!」


(え、すごい可哀想)

俺がそう思った瞬間、ダンゴ状のアンデッドは確かにこちらを見た。目がどこにあるかもわからないのに、俺を見た、と俺が思った。


「タスケテ……タスケテ……イヤダ、モウイタイノハ、イヤダ……タスケテヨォ」


助けてあげたい。痛いのは、ヒトだけじゃない、動物だって、魔獣だって、誰だってなんだってイヤに違いない。苦しくてつらいに違いない。かわいそう、力になりたい、助けてあげたい。


「優しい子だなぁ」


すぐ横で誰かがそういった。

そちらを見ると、ぼんやりとしたヒト型の、白いモヤみたいなものだ。


「ん……ジオール?」


「違うぞお」


「……竜脈?」


「それも違う……が、少し近いなあ」


「だれ?」


「それは、―――――が決めることだぞお」


「え? いまなんて?」


「聞き取れぬかぁ。まだ仕方ない」


まだ? ってことは、いずれ聞き取れるようになるの?

……もしかして、そういうのって……神の権能に関係することのような気がする……。


「勘がいいのぉ」


「じ、じゃあ知らなくていいや……」


「知らぬままでは力にならんぞお」


「力はわりと今はじゅうぶんなんですけど……」


()()を助けたいのではなかったのかあ」


白いモヤがビルとビルの合間で雷に打たれつづけ、悶える融合アンデッドを指差す。


「知ったらたすけられるの?」


「思いのままさね」


なんだかおじいちゃんみたいな喋り方だな、と思った瞬間、白いモヤのシルエットがぼんやりと腰の曲がった老人のような姿勢に変わる。


「……もしかして、僕の認識があなたの存在を決めるの?」


「そういうことだあ」


「えっと、じゃああなたは……この世界のなに?」


「それは&%✕―#>%Å」


「えっなに!?」


「✕✕◯$#¥……」


「なんて?」


「ケイトリヒ様?」


「それは僕!」


ハッと目が覚めると、ペシュティーノのライムグリーンの瞳が心配そうに俺を覗き込んでいた。キョロキョロと見渡すけど、あの白いモヤの老人はどこにもいない。


「夢をみていたんですか? ずいぶんと寝言を言ってましたけど……」

「僕、なんていってた?」


「何かモニョモニョと言ってましたが、『それは僕』しか聞き取れませんでしたね」


周囲を見渡すと、戦闘機型トリューの中でペシュティーノに抱っこされているようだ。空は夕日の赤と夜の紫のグラデーションがきれい。ペシュティーノの顔の半分は輝く赤に染まって、もう半分は高い鼻の影が落ちて暗く見える。


それを見た瞬間、理由はわからないけどピンときた。


「わかった、あれは……あれだ!」

「はい?」


ペシュティーノがクス、と笑って俺の方を向くと、ライムグリーンの両方の瞳に赤い光があたって、まるで光ってるみたいに眩しく見えた。すごくきれい。


ものすごくひらめいた!感ではっきりと理解したつもりなのに、紅茶の中で溶けていく角砂糖のようにそのひらめきが消えていく。


(あれは……ええと、あれはたぶん、『死』の精霊だ。たぶん……)


ほどけていくひらめきをなんとかすくい取って言葉とつなげるが、微妙に何か違ってる気がする。


「ジオール、ウィオラ!!」


「はいはーい?」

「お呼びですか」


俺の髪の毛からシュポン、と毛玉とシーツお化けが出てくる。


「あれはなんなの!」

「あれ?」

「……あれ、とは。先程のアンデッドでしょうか?」


「いまみた夢!」

「あ〜……夢? いや、知らないけど、どういう夢?」

「申し訳ありません、主。我々は精霊神に昇格してからというもの、明確な自我が生まれたことで主の精神とは切り離されました。故に、主の夢を常に共有しているわけではありません。意図的に接続すれば、今までよりも濃密な意思疎通が可能ではあるのですが……今接続しますので、思い出せる限り思い出していただけますか?」


そんな弊害があったのか。

そういえば「脳内会話はできないこともないけど難しくなる」みたいなこと言ってたな。


「じゃあしつもん。『死』の精霊って、いる?」

「あ〜、それは〜……うーん、いるといえばいる……けどいないといえばいない……」

「主。主は、この世界の成り立ち……現代でいうところの……創世記を学ぶべき時が来たようです。創世記は、聖教の教えとして現代にも残っているはずですが、正確かどうかは我々にもわかりかねます」


でた、濁してくるパターン。

はいはい、神になっても答えられないことはあるのね。


「聖教の教えですか……一応、魔導学院に学科がありますが、あまり選択して欲しいものではありませんね。当然ですが共和国の影響力が強く、また中央貴族も多いですから」


ペシュティーノがちょっと眉をしかめる。

聖教の話が出ると、みんな微妙に嫌がるよね。ま、俺も熱心なのは苦手なんだけどさ。

とりあえず精霊神になったとはいえ、「死の精霊」についてはジオールやウィオラにも話せない内容ってことだけはわかった。じゃあいいや。


「……その話は、また来年の魔導学院の始業式のときにでもビューローと考えましょう。もうユヴァフローテツに着きますよ」

「えっ! あ!? 僕、フーゴさんに挨拶してない!」


「あの映像記録装置(ビデオレコーダ)の操作でだいぶお疲れだったのでしょう? フーゴ様は理解してくださったので大丈夫ですよ。来年の親戚会で会おうと仰っていました」

「フーゴさん、親戚会くるの?」


「ケイトリヒ様と縁ができましたからね。招待状を送りたいと言えば、御館様も認めてくださるはずですよ」

「しょうたいせいなんだ」


「遠縁とはいえもともとファッシュ一族なので参加資格はあるのですが、ローレライ統治官になったことで気安く顔を出せない立場になってしまったのです。御館様はフーゴ様と縁をつなぐことも含めて、ケイトリヒ様の訪問を認めたのだと思いますよ」

「ジップのしんゆうだから?」


「ジップ? ああ、実父ですか。そうですね、クリストフ様との縁もありましたが……」


今は切れてしまったので、という言葉を飲み込んだのかペシュティーノは「着陸します」と話を変えた。ペシュティーノも実父と何かしらのつながりがあったはずなのに、話を聞いたことはないな。こんど改めて聞いてみようか。


ところでなんで俺が実父って言っても一回で聞き取ってもらえないんだろ?

発音? アクセント? なんで?


「ケイトリヒ様、おかえりなさいませ! 夕食に間に合ってよかったですー! それに、かまぼこを気に入っていただけたようで嬉しいです! 実は加工場の方に試食いただいて、製法を教えてすぐにでも量産に入れそうなんですよー!」


レオがかまぼこ板にのったピンク色の、俺の記憶の中で正しくかまぼこらしいかまぼこをトレイに山積みにして迎えてくれた。


「かまぼこー!」


俺がトレイに向かって走り出そうとすると、後ろからペシュティーノがむんずと胴を掴み上げて「きちんと座って食べましょうね」と言いながら食堂に運んでくれる。

さすがに駆け寄ってむさぼり食うようなマネはしないつもりでしたけど!?


「レオ、かまぼこ、おやつ用にもちはこびしやすいやつかんがえて!」

「かまぼこを持ち運び!? ……それは、前世にもなかった商品ですね……考えます!」


レオがやる気。


かまぼこのおやつ、楽しみだな!

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