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7章_0093話_宿題 3

ローレライの自衛軍砂漠の槍(ヴュステランツェ)魔導騎士隊(ミセリコルディア)の合同作戦計画会議は夕方過ぎて夜まで及び、出立は翌日にすることになった。


夜の間は魔導騎士隊(ミセリコルディア)の調査部隊が俺の作った映像記録装置(ビデオカメラ)を持って事前調査し、その映像を見て作戦の最終調整をしつつ出兵準備をすることに。

白い球体にちょっぴりでっぱった円柱がくっついただけの映像入力装置(カメラ)はフォルムだけなら現代日本のWebカメラにも似てる。全部で6個。

それを先行部隊に空からポイポイと投げてもらえば、勝手にフワフワ飛んでこちらの思い通りの位置に遠隔操作で移動させられるってわけ。

異世界のドローン空撮部隊だ。今回は開けた山岳地帯だから上からの撮影にうってつけ。


そして俺の手元にはちょっと大振りなキーと左手にコントロールレバー、右手には十字キーみたいなものが並ぶキーボード。キーボードというよりゲームコントローラーっぽい。

キーは前世のものよりだいぶ少ないけど、文字入力の必要がないから単純。


道具系は全部バジラットがゼロから作ってくれたせいか、妙にできがいい。

肌触りが素焼きの陶器で、異様に軽い。ボタン感やコントロールレバーの動きも滑らかで前世のゲームコントローラーと遜色ない仕上がりだ。

これすごい。バジラットすごい。


「工兵とその護衛のグループを2つ、設営部隊を5つ先行させております。朝までには谷へ降りるルートを確保できるかと」

「待て、毒霧はどうなった?」

「先程の定時連絡では不安定だった風向きが一定するようになり、作業には全く影響がないと聞いております。王子殿下の風の精霊様のおかげかと。毒霧のほとんどは谷底に沈殿しているようで、アンデッドの様子に変わりはありません」

「設営ごとに魔導騎士隊(ミセリコルディア)砂漠の槍(ヴュステランツェ)の混合部隊を5つに分け、交代で北東と南西……画面の③と⑤ですね、あの部分から……」


夜になって俺の映像記録装置(ビデオカメラ)の映像が届くと、作戦会議もヒートアップした。

画面ごとに番号をふったのも正解だったね。ついでに言うとレーザーポインタで画面の位置を指し示すような道具もあったほうが良かったかもしれない。これは改善課題だな。


暗視機能がついて真昼のような明るさで見られるリアルタイム映像に、魔導騎士隊(ミセリコルディア)もローレライの人々が驚いたのもつかの間。入ってきた映像情報をもとに、夕方に立てた作戦をブラッシュアップしていく。

場合によってはその場で臨機応変に対応するとしても、事前計画は密なほどいい。

軍事作戦となればなおさら。


謁見室のような会議室の壁一面に大きく映し出された6つの画面を見て、フーゴも言葉を失くした。


「谷底が……アンデッドで、埋め尽くされている。実際に目にすると、とんでもないな。この機会に討滅できることを幸運に思わねば。もしもこれが溢れ出て古都ラインに到達したら、いくら完全防御体制を敷いても1日も持たないだろう」

「ええ、実際に映像として見ると報告として聞くよりもずっと緊急度が高まりますね。この映像が記録され、皇帝陛下の御目にも触れると思うと……やや、不安です」


フーゴと副官の会話を聞いて、俺もちょっと考える。

たしかにこんなものを見せられたら、現場のことなんて何も知らずに「なぜこんなになるまで放置したんだ!」と言い出すヤツがいてもおかしくないかもしれない。

それくらい衝撃映像だもんね。


「じゃあ、どれだけきづくのがむずかしい土地だったかがわかるような記録映像ものこしておきましょう」


6つのカメラのうちの1つを、谷底にフォーカスしたまま上昇させ全体像が見えるように調整する。そこから険しい岩だらけの山脈とカラカラな砂砂漠が入るようにバックしながら高速移動させて古都ラインまでのルート映像を記録。


途中からは自動操縦だったので俺は何もしていないのだが、フーゴたちは素晴らしい素晴らしいの連呼。


「このアンデッドを発見できたのも、トリューのおかげです」


フーゴは感慨深そうに俺を見つめて、深く頭を下げた。


「そうなの?」

「ええ、我が領はトリューが発表されてすぐに導入を決めたのですが、半年待ってようやく20機が届きました。それでも今までの哨戒任務は劇的に楽になりましたよ。馬を休める必要もありませんし、常に馬の全速力と同程度の速さが出せるのは画期的です。ローレライのような砂漠と山しかないような領には、今回のように隠れたアンデッド溜まりがあるかもしれません」


アンデッド溜まりってヤな言葉だな。でもフーゴの言うこともわかる。


父上から聞いていたのだが、現在各領地に売れまくっているトリュー・バイン(一般販売機体)は俺が設計したものからもう少し改良されて、地表から3メートルほどを飛ぶことができるようになっている。

ところがローレライは特別仕様で、5メートルまで上昇できるようになってるそうだ。

それを説明すると、フーゴは驚いた。


「ローレライだけに、そのような特別な機体を? 何故ですか!?」

「ちちうえがいうには、あくろが多すぎるからって。さばくを飛ぶのも、じめんが近ければ近いほどあついでしょ? ほかの領にも、そのとちにあわせたとくべつ機能をつけてるみたいだよ」


たとえばグランツオイレは険しい山岳地帯の中に首都があり、街も街道も激しい高低差があることで知られている。それに合わせたトリューは、高所から飛び降りたとしても滑空してゆっくり落ちるように設計されている。

他にも森の多いシュペヒト領には小回りの聞く機体の長さが短いものを、溶岩地帯や森や海岸線など地形の変化に富んだシュヴァルヴェ領には様々なタイプを渡して試験運用してもらっていたり。

トリュー事業はもはや旧ラウプフォーゲル全体の協力のもとに成り立っている。


さすが父上は各領地を把握しているので細やかな配慮が行き届いてるね。

俺だったらこうはいかないよ。


ウチのパパすごいでしょ!


「……ケイトリヒ様、あの投影機(ヴァイツフィルム)は記録されているのですよね? 少し時間を戻して改めて同じ部分を見るような機能はありますでしょうか?」


父上の配慮に感動していたフーゴが、緊張をはらんだ声で1つの画面を指さして言う。


「ん? できるよ、ちょっとまって」


カタカタとキーボードもどきを操作すると、指さした画面に大きく「操作中」という文字が表示されて画像が逆再生の動きになる。


「すごい……あ、そこです! もう少し戻って……そこ」


フーゴが指さした画面には、山と砂漠で画面が半々に別れているようなシーン。その画面の砂漠の方に、黒い点が動いているのが確かに見える。


「こんな砂漠に……まじゅうかな?」

「いえ、あれはおそらくヒトです。同じ場所の、現在の状況を見ることはできますか?」


俺がタン、とキーボードもどきを叩くと画面の「操作中」の文字が消え、リアルタイム映像が流れた。先ほど人影が見えた当たりの先から、細長い煙のスジが空に伸びている。


「こんなところに、ヒト?」

「……まさか。魔獣さえいない砂漠ですよ」


「ちょっと近づいてみる」


ズームには限界があるので、カメラを移動させて観察すると煙のスジの登る地面には、砂の間にぼこぼこと筋状の穴があいている。底から煙が漏れているようだ。

これ、どうなってるんだろう?


「んん? あ、ぎゃくがわはガケになってる。ってことは、この砂のしたは硬い岩盤があって、どうくつがあるのかも? 岩盤、砂とおなじいろだから遠目じゃわからないね」

「ケイトリヒ殿下、この位置を正確に割り出すことはできますでしょうか?」


「できるよ」


そう言ったけど、ちょっとしまったな。

あの精巧な地図は今のところ門外不出の極秘事項だった。

実をいうと今回の作戦に合わせて精巧なローレライの地図は魔導騎士隊(ミセリコルディア)に共有してるんだけど、ローレライ側には見せないようにといい含めてたんだった。


チラリとペシュティーノを見ると、まだ喧々諤々(けんけんがくがく)と作戦のブラッシュアップが続く会議中の机からすっとスクロール紙を引き抜いて俺に渡してきた。それをフーゴが横からさり気なく奪って手際よく開いてくれる。

ありがとう。俺にわたされても、って思ってた。

地図はちょっと精度が低いけど、頭の中の地図と照らし合わせるには十分。

俺が指差すとフーゴには伝わったみたい。

沈痛な面持ちで深くため息をついて、絞り出すように言う。


「ケイトリヒ様、この件はローレライにお任せください。今回のアンデッド派兵部隊とは別に、トリュー部隊を向かわせます」

「うん? うん、わかった」


よくわからないのでチラリとペシュティーノを見ると、こちらも険しい顔。説明求む。


「……おそらく、流民の居住区ができているかと」

「あっ、そういう」


20人以上の居住区をつくれば殺処分。

それは騎士や領主にとっても重苦しいルールなんだろう。

フーゴの後ろで控えていた砂漠の槍(ヴュステランツェ)の隊長も渋い顔。


「あとは私たちで調査いたします。位置の特定ができただけでも、広大な砂漠で兵士を駆け回らせずに済みました。大変ありがとう存じます」


無理やりニコリと笑うフーゴは、俺に苦しみを負わせまいとしてくれているんだろう。


「精霊にたのんで、どうくつをほうらくさせることもできるけど……」

「ケイトリヒ様。流民対策は魔導騎士隊(ミセリコルディア)の任務でも、ましてやケイトリヒ様が手を出すべきことでもありません」

「お心遣い、いたみいります。しかしこれも統治官の責務ですので、大丈夫ですよ。ケイトリヒ殿下はお優しい心をお持ちですね。本当にクリストフによく似ていらっしゃる……あ、失礼、クリストフ様に、です」


「フーゴは僕のジップとおともだちだったんだよね?」

「ジップ? ああ、実父、ですね。はい、私は旧ラウプフォーゲルで最も若い領、ハービヒト領の出身です。私が生まれた頃はまだラウプフォーゲルでしたが……子供の頃から、クリストフ様とは兄弟のように育ったのですよ」


ニコリと笑ったフーゴは改めて俺をまじまじと見て、目を細めた。


「殿下、もうお眠いのではないですか?」

「うん、じつはねむい」


実をいうとカメラ操作してるあたりからすごい眠かったんだよね。

カメラ操作は俺にしかできないから頑張ったけど、そろそろ限界。

とりあえず寝落ちしなかっただけ褒めてもらいたい。


「引き止めて申し訳ありません。今夜は古代遺跡を改築したライン城の、自慢の客室でごゆっくりお休みください」

「うん……くぁ」


思わずあくびをすると、フーゴは優しく笑った。


「フーゴ殿、恐縮ですが私は夕食の後片付けをしなければならないので、ケイトリヒ様を客室まで抱っこしていただけませんか?」


眠くてフラフラしていたところでペシュティーノが何か言ったきがするけど、あんま聞き取れなかった。


「よ、よいのですか!?」

「統治官であるフーゴ殿にこのようなお願いをするのは誠に申し訳ないのですが……」


「いえ、とんでもない! 喜んで!」


ふわ、と体が浮くように抱っこされて腕の中に収まる感覚。

もう目も開けられなくなってきた……。



――――――――――――



「なんと可愛らしい……小さなお体なのに、あのような素晴らしい魔道具を開発されるとは、まさに才子ですね。クリストフもきっと、誇らしく思っていることでしょう」


一瞬で寝入ってしまったケイトリヒを見て、フーゴが目を潤ませながら優しく小さな背中を撫でる。ずいぶん子どもの扱いに慣れてると思ったが、そういえば彼にはまだ小さい子供がいた、とペシュティーノは思い出す。


「ペシュティーノ殿、ありがとうございます。今、このような場でなければ、私がケイトリヒ殿下を腕に抱く機会は得られなかったでしょう。本当に……ありがとうございます」


潤んだ目からぽたりと雫がこぼれる。

それを見て、ペシュティーノは思い出したくない夜を思い出した。


ケイトリヒの実父であるクリストフは、ペシュティーノにとっても恩人。


身重のカタリナを乗せた馬車にアンデッドが迫ろうとしていたその瞬間が、ついさっきのことのように思い出される。

乗せていた荷物を全て落としてもアンデッドの群れはひるまず追いかけてくる。

ペシュティーノは魔力を使い切り、ひどいめまいに意識が朦朧としていた中、万策尽きたクリストフが馬車の最後尾でこちらを振り向いて言った。


「カタリナと、私の子を頼む」


彼はそう言って剣を抜くと、ふわりと飛び降りたと思った次の瞬間には、闇色の手のようなものに飲み込まれてしまった。


「クリストフの最期は、ザムエル様から聞いています」


フーゴの声でペシュティーノは我に返る。


何度も夢に見る、あの瞬間。最近はクリストフの顔がケイトリヒになることもあった。

その夢で飛び起きて、隣の部屋で寝ているケイトリヒの寝息を確かめに行った夜は1度や2度ではない。


「クリストフの最期を伝えてくれて、ありがとうございます。私が言えたことではないですが、ケイトリヒ様を大事に育ててくれてありがとう。この子に、あなたがいてくれて本当によかった」


フーゴは、そう言ってケイトリヒの柔らかい髪に頬ずりをした。



――――――――――――



「ケイトリヒ様、朝食ができてますよ」

「んあ」


ペシュティーノの声がする。

むにゃむにゃと枕に顔を擦り付けると……ん? 妙に温かくて硬い枕だな。と、思って顔をあげると、ライムグリーンの瞳がすぐ近く。ドアップのペシュだ。毛穴レスである。

仰向けのペシュティーノの上で寝てたらしい。


「まくら、ペシュのきょうきんだった」

「きょうきん? ……レオが魚の加工品の試作品を作ったので食べてほしいと連絡がありました。昨夜の夕食同様、ユヴァフローテツから転送させますので早く起きて準備しましょう。工兵と設営部隊はもう出発してますよ」


「うそ!」


コロコロと横に転がってペシュの胸からベッドに落ちると、その先ではガノが待機していて温かいおしぼりで顔を拭われる。


「んむゅぅ、いいにおいする」

「古代カナーロで愛されたフリーダーヴァッサー(ライラック水)です。特別な貴賓にだけ使われるそうですよ」


「これ貴族にウケそうじゃない?」

「もちろん私もそう思って聞きましたよ。ヒトの手で育てると匂いの質が変わって香料として抽出できなくなってしまうのだそうです。惜しいですね」


ざんねん。ローレライってなんかいろいろ不遇だよね。


「しょくぶつの精霊にたのめば……」

「そうすると結局ローレライではなくケイトリヒ様の事業になってしまうではありませんか。さすがによその領のために精霊を貸し出すようなマネは、収拾がつかなくなるのでおやめください」


いつのまにかパジャマだし、いつのまにか体さっぱり。

子供ってすごいラク。


「ケイトリヒ様、レオの試作品です」

「わーい!」

「あっ、お待ち下さい、まだスリッパが」


「ぴゃあ! つめたっ!」

「ですからスリッパをと」


ペシュティーノが朝食をセットしているテーブルに駆け寄ろうと床に足をおろした瞬間、今まで感じたことない冷たさにびっくりしちゃった。

ガノが片腕で俺を持ち上げてスリッパを履かせてくれる。子供、ラクが過ぎる。


「びっくりしたあ。こっちでは床、いしなんだ」

「ええ、ローレライの数少ない産業のひとつ、大理石(マルモア)です」


大人用の椅子には既にバブさんがセットされていて、クッション代わりにその上に座らされる。なんか尻の座りがわるくてモゾモゾしているとバブさんもモゾモゾした。


「あ、バブさんうごいてる?」

「バブさんは動きますよ」


そうだったね。


ペシュティーノがセットした皿の上には、たくさんの鮮やかな色あいのお花や、かわいいマスコットキャラのような形をした、謎の……。


「なにこれ?」

「魚のすり身で作る『かまぼこ』だそうです。そう言えば伝わると聞きましたが」


かまぼこ板はよく見た気がするけど、かまぼこ本体は初めて見る!

そして板にはくっついていない。俺のかまぼこ像をどうしてくれる。


ポケットなモンスターの代表キャラクターみたいな黄色いあいつをオマージュしたようなかまぼこに、無情にフォークを刺してぱくり。かまぼこって、前世ではあまり積極的に食べた記憶が……。


「むぁっ!?」


「ど、どうしました?」

「何かヘンなものでも入っていましたか!?」


「んん! ちあう! ふごいおいひい!!!」


「美味しいのですか」

「それはよかったです」


もぐもぐ噛んだときのプリプリの歯ざわりも、ほんのり香る魚の風味も、なんかすごく美味しい! ご丁寧にマヨネーズ用意してくれてるけどぜんぜんいらない!


「すごくおいしい! ペシュ、食べてみた!? ガノは?」


「いえ、先程届いたばかりなので」

「私は開発段階を存じておりますが、かなり苦戦したようですよ。魚の種類や蒸し時間など……そういえば完成品は頂いておりませんね」


「たべて! すごいおいしい! これうれる! うれるよ!!」


ペシュティーノとガノが俺のあまりの勢いにちょっと困惑してる気配がするけど、全然気にならないくらい美味しい。かまぼこってこんなに美味しかったんだ!


「ふむ、これは……魚と言われなければ、わかりませんね」

「確かにクセのない、上品な味です。さらにこのように変化に富んだ見た目の違いを出せるとなれば、たしかに貴族向けでしょう」


バターで軽く炒めたようなもの、みじん切りの野菜を混ぜて揚げたもの、蒸しただけの真っ白なもの。どうやって作ったのか知らないがお花やキャラクターをかたどったものはかなりの出来栄えだ。


「ぜんぶおいしい!!」


俺の宿題リスト、かまぼこ事業がトップに躍り出た!!

これは水産業が盛んなユヴァフローテツとラウプフォーゲルどちらにもよさそうだ。さらには魚の種類によって他の地域でも御当地かまぼこなんかが生まれてくれたら嬉しいな。


「レオに、おひるにもおくって、っていっといて」


「あれだけの量をケイトリヒ様がおひとりで……!」

「すごいですね! 今までの料理で一番お召し上がりになったのでは?」


ペシュティーノとガノも嬉しそう。

かまぼこは試作品で、ほかにちゃんとごはんとおかずの朝食があったのだが、お腹いっぱいなのでガノに食べてもらった。


美味しいものを食べてルンルン気分で昨夜の会議室に向かうと、そこは戦場だった。


「各自、武器は1本づつだと言っただろう!」

「しかし大魔導師様は構わないと……」

「王子殿下からの御慈悲で頂いている付与を余分に頂くなどおこがましい!」

「メインの武器が万一破損したり手放してしまった場合の予備武器にも付与を頂きたいと申しているだけではありませんか!」

「野営用の寝具が足りません!」

「休憩所として使うだけで宿泊はしないという話だっただろうが!?」

「し、しかし簡単な寝具はあったほうが……」


「わあ……」


俺が思わずあげた声で、全員の視線がバッと俺に集中した。なんか恥ずかしい。


「け、ケイトリヒ殿下、申し訳ありません。お見苦しいところを……」


「ジオールがいいというなら、いくらでも付与していいよ。どうせそんなこまかいことかんがえてないし……アンデッドに対してはだしおしみしちゃダメ」


「は……はい、承知しました!」

「全員、予備の武器にも付与を!」


「あと、しんぐもよういして。かれのいうとおり、たった10分よこになってめをつぶるだけできもちの切り替えができるひともいる。げんばのこえは、かのうなかぎりこたえてほしい」


「承知しました、王子殿下のご指示に従います」

「あ……ありがとうございます!」


そのあとも現地での携帯食や魔導騎士隊(ミセリコルディア)砂漠の槍(ヴュステランツェ)の隊員同士の呼称をどうするかとか、本部であるこことの連絡手段を持つ魔導騎士隊(ミセリコルディア)とはぐれた場合の対応基本方針とか、作戦段階では想定していなかった現場からの質問を俺の一存で決めていった。

誰が決めてもいいことは俺が決めたほうがスムーズだ。もちろん現場にそぐわないトンチンカンなルールになることは避けたいので、軽く目線でペシュティーノとガノ、そしてフーゴに了承をとる。概ね問題ないみたいなので、早速作戦開始!


俺が寝ているうちにカメラの操作装置(コンソール)にぴったりサイズの文机があてがわれ、大きくて立派な椅子は、立派すぎてちょっと高さが……。

と、思っていたら後ろからバブさんがリズミカルに走ってきてぴょんと椅子に飛び乗る。

フーゴたちが目をむいてフリーズするのは気にせず、俺も椅子によじ登ろうとするとバブさんがもふもふの腕で俺を抱き上げてポスンと上に座らせてくれた。

操作装置(コンソール)の高さ調整おっけー!


『先行の混合部隊アルファ班班長マリウス・フォルクマン。全員、準備完了です』

『同じく混合部隊ブラボー班班長イェルク・ライヒェン。準備完了しました』


魔導騎士隊(ミセリコルディア)10人、砂漠の槍(ヴュステランツェ)70人の混合編成部隊は5班。

魔導騎士隊(ミセリコルディア)は本部との通信とトリューに乗っての上空からの全体把握と指示出し、さらに実戦部隊を上から魔導で戦闘補助することがメイン。

そして砂漠の槍(ヴュステランツェ)は光属性が付与された武器を持ち、谷の両端からアンデッドをとにかく駆逐していく。


「通信状況は良好。私はケイトリヒ殿下の側近、ガノ・バルフォア。尊称は不要だ、ガノでいい。言葉遣いも気を遣わなくていい、私は家名はあるが、平民だ。ケイトリヒ殿下のご指示を代行させていただく。よろしく、マリウス。イェルク。そして後発隊ケリオン、ガント、トビアス」


『エコー班トビアス。よろしくお願いします』

『デルタ班ガント。平民同士、よろしく頼むぜ』

『チャーリー班ケリオン。言葉遣いを気にしなくていいのはありがたい。よろしくな』


映像記録装置とは別に、魔導騎士隊(ミセリコルディア)内だけで使うことを想定して作った音声通信装置。5人の隊長は本部と隊長同士がいつでも会話できる状態で、混乱を防ぐため通信ルールも既に決めてあるし、実戦訓練も経験済みだ。魔導騎士隊(ミセリコルディア)は隊長以外も同じ魔道具を身に着けていて、緊急事態以外に発言は禁止。

今回は特別に砂漠の槍(ヴュステランツェ)側の隊長クラスにも3人ずつ同じ通信機を貸している。

耳にひっかける補聴器のような魔道具だ。骨伝導なので外部の音を聞き漏らさない。


「隊長は、通信機を持つ全ての隊員に感度チェックをお願いします」


通信はガノにまかせた。

俺はコンソールを操作して谷を監視する映像を見る。


「ふざいのあいだ、何かあった?」


「いえ、設営部隊と工兵が現地入りしたこと以外は特に」


ひとがゆっくり歩くくらいの速度で谷に注視しながらぐるぐる回るように自動設定していた6機は、明るくなってきた山肌を映しだしている。

ときどき黄色い砂をはらんだ強い風が吹くようで画面が煙るようにもやがかかるけど、それ以外は特に問題はなさそう。


「どくぎりは?」


「昨夜は風向きを変えて対応しておりましたが、今は精霊様が谷以外の部分の毒霧の発生源をふさいだようです。山肌にいる設営部隊と工兵には影響ありません」


「これから兵士が谷におりるけど」

「兵士たちにはアウロラ様が加護を授けています。1日は持つそうです」


まじか。精霊なんでもありだな。

先行部隊は兵員輸送浮馬車(シュフィーゲン)4台で既に出発済み。いずれカメラが彼らの着陸をとらえるだろう。


「ほんとに毒霧のせいでゆうごうしなかったのかな」

「……あくまで仮定ではありますが、それ以外の要素が考えられません」


「じゃあ、毒霧をつかえばゆうごうをそしできるってことだよね」

「ええ……ええ! そうとも言えますね!」


「かいがん近くのアンデッドはゆうごうしにくいってことは、塩でもおなじ効果がきたいできるよね」

「仰るとおりです! 何故それを知っておきながら有効活用しなかったのか!」


アンデッドが発生したら、塩をまいて付着させるような魔道具があればかなり有効な一次対応になる。弱いものならばそのまま冒険者や民間人が討伐し、討伐が難しいほど大規模なものだったら騎士や魔導騎士隊(ミセリコルディア)の到着まで待つ時間を作れる。

前世では「清め塩」なんてものがあったけど、まさか異世界(こっち)でも物理的に効果があるなんてね。


「ゆうごうのときに異物をとりこむのをいやがる、という理由なら、たぶん小麦粉とか砂とか染料とか、粉ならなんでも同じだとおもうんだけど」

「砂漠でも巨大アンデッドの報告例は少ないです。ただ、生物が取り込んで害のないもののに対してはどうでしょうね?」


「またしゅくだいがふえちゃったなー」

「その割には嬉しそうですね」


ガノがニヤニヤして俺を見る。金儲けの匂いを感じてる顔。


「……王子殿下は指示出しも的確で大人顔負けでしたが、そうやって魔道具の構想を思いつかれるのですね」


フーゴがめっちゃ「すごい!」って顔して俺のこと見てる。


そ、そんなたいそうなことはしてないけど……フーゴさんの好感度、最初からマックスすぎない?

実父との友好度補正あり? まあそれはありそうだよね。


「しさくひんができたら、きょうりょくしてもらえるとうれしいなあ」


俺が甘えた声で言うと、フーゴは目を細めて頷きながら「もちろんです!」と言ってくれた。


協力者GETだぜ!

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