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7章_0092話_宿題 2

ローレライはラウプフォーゲルよりはるか南、地図上では巨大な川のような海峡を越えた位置にあるヴィントホーゼ島の半分を占める帝国領自治区。


さらに南にはアイスラー公国があるが、その国境には東西に伸びた巨大な山脈が南北を()()()ように横たわっているので往来は難しい。


スタンリーの出身国であるこのアイスラー公国、まあとにかく素行の悪い国。

歴史的に何かと船団を出して帝国に出兵しては、だいたい手ひどい返り討ちに遭ってズタボロになって帰っていく。それなのに、だいたい3、40年おきに一度は侵略戦争をしかけてくるというはた迷惑な国なのだ。

初めて歴史書を読んだときには「そんなアホな国ある?」と、帝国側の著者がちょっと盛ってんじゃないかと疑ったものだけど、どうやら史実らしい。


「実は私も学生の頃にはケイトリヒ様と同じような感想だったのですよ。しかし、スタンリーから聞いたアイスラー公国の実情を聞くと納得でした」


戦闘機型のトリュー・コメート(ケイトリヒ専用機体)のなかで、ペシュティーノの膝の上でバブさんを抱えてぬくぬくしながら歴史の授業だ。ローレライへは魔導騎士隊(ミセリコルディア)も同伴しているので、速度を落としてゆっくり飛行。

ローレライは陸路でいくとなると3、4週間はかかる僻地だ。

それがトリューではなんと3時間! 魔導騎士隊(ミセリコルディア)の設立に一番感動したのはもしかしたらローレライ統治官、フーゴ・ファッシュかもしれないね。


「なっとく、って……ほんとのほんとに蛮族だったから?」

「ええ、彼らは真の意味の蛮族です。まさに蛮勇を義とし、知を軽んじる。弱者は支配下に置いて搾取の対象、強者は横暴の限りを尽くす獣のような国です。公国などと自称していますが、どうすればあのような国が成り立つのか不思議でなりません」


まあ確かに「学を得ると強さを失う」なんていういわれのない迷信を信じ込んでいる不思議な国だ。支配者層は文字が読めないし算術もできない、歴史の勉強もしない、さらには書類や記録を残さない主義だそうだ。なんだその主義。

そりゃあ帝国にボッコボコにやられても忘れた頃にまた「侵略するぞー」ってなるわけだよ。ガチめにバカだった。国全体が。


「こんかいはローレライだから、かんけいないよね?」

「そうですね、壁のような巨大な山脈で区切られておりますから、公国人と会うこともないでしょう。統治官からも交流は民間レベルでもほとんどないと報告されております」


山脈があるとはいえ一番近い帝国領であるローレライは歴史的に常にアイスラーの侵略に脅かされていたが、現在の統治官になってからは一度もないらしい。


「すごいゆうしゅうな統治官なのかな」

「優秀ではありますが、名前がファッシュだからということもあるでしょう」


「なまえ?」

「スタンリーから聞いた話では、アイスラー公国では帝国のラウプフォーゲル……それもファッシュ家が、帝国の武を統べる暴虐非道の一族として伝わっているそうです」


アイスラー公国では悪逆非道こそがまた彼らの定義する「強さ」の象徴らしく、半ば憧れを持って恐れられているらしい。それ喜んでいいのか怒るべきとこなのか。


「ケイトリヒ様、見えてきましたよ。あれが船も出せない竜巻(ヴィントホーゼ)海峡です」


ペシュティーノの言葉に、天蓋(キャノピー)にほっぺたをくっつけて下を見る。


雲の切れ間に見える陸地が途切れ、海が見えた。その向こうには淡く対岸が見える。


「ふね出せないの?」

「出せば必ず沈むと言われています。年中大時化(おおしけ)ですし、常に東西に流れる激流、突出した海底……帝国本土からローレライに行く場合、ブラウアフォーゲルにあるヴィントホーゼ大橋を通るか、外海を通って東岸か西岸どちらかからしか入れません」


海峡を過ぎると、その先は見渡す限りの砂漠。高度2万メートルから見ても周囲になにもないほどの広大な砂漠だ。凹凸の陰影は砂が作り出す丘のみ。岩も山もない、砂だらけ。

少し黄ばんだ白い海というかんじだ。


「さばく……ひろいね」

「これもまたローレライとの交流を阻む大きな障害ですね。ローレライは帝国で唯一、公的に飛竜の飼育が認められている領です」


「ひりゅう!? 竜種!?」

「いえ、竜と名はついていますが正確にはラオフェンドラッケやワイバーンのように、竜種に近い見た目をした獣種です。ヒトをひとり乗せるのが精一杯の、温和な種ですよ」


「なーんだ」

「竜種はヒトに使役されるような存在ではありません。その存在そのものが伝説と言えるのですが……ラーヴァナ様が竜は存在すると名言したせいで少しケイトリヒ様が間違った認識で覚えられているようで心配です」


やがて砂漠の真ん中にまばらな草地が見え始め、複数のオアシスと木々と草地が美しいコントラストを描く、砂漠の海の孤島のような街が見えた。


「あれがローレライのしゅと? すごくきれいだね!」

「ええ、古都ライン。ローレライの首都で、帝国がローレライを欲した唯一と言ってもいい理由です。砂海の下にはたくさんの遺跡が埋まっていて、他では見られない魔道具が発掘されるのです」


遺跡と聞くと、つい迷子になった記憶がよみがえっちゃうけど古都の美しさは目を見張るものがある。ローレライにラインなんて、ドイツの地名っぽい名前だけど気候条件のせいかどこかアラビアンな雰囲気もある。


「アンデッドとうばつの前に、フーゴさんに会うの?」

「ええ、今回は恩を売るのも大事なお仕事ですから」


帝国に救援要請を出して翌日にはラウプフォーゲル群が駆けつけたなんて、ローレライからすると大事件らしい。それを印象付ける意味もあるそうだ。


トリュー・コメート(ケイトリヒ専用機体)トリュー・トラバント(側近専用機体)の編隊、そして|トリュー・ファルケ《ミセリコルディア専用機体》と兵員輸送浮馬車(シュフィーゲン)は、下から見たら衝撃だったことだろう。


先行して着陸していた魔導騎士隊(ミセリコルディア)隊員が着陸を誘導しているのが見える。

整備された石畳の、広大な広場だ。周囲には堅牢な城壁があり、市民が気軽に立ち入ることのできない軍事施設みたい。先に魔導騎士隊(ミセリコルディア)が着陸し、次に側近、そして俺たち。


少し離れた場所で、全身赤でコーディネートされた一団と、全身黒の一団が出迎えてくれている。色は違えど全員、肩から足首まで覆う長いワンピースみたいな服。頭に被った中東っぽいひらひらの布とかも、すごい異国じょうちょ!


俺を抱っこしたペシュティーノが彼らの方に向き直ると、そこにいた赤と黒の一団が全員跪いて頭を下げた。


「旧き盟約で結ばれし大ラウプフォーゲルの御子、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ殿下と魔導騎士隊(ミセリコルディア)のご来訪に、謹んでお礼申し上げます。私はローレライ統治官フーゴ・ファッシュ。救援要請に応えてくださったこと、また拝顔叶いましたこと、感極まる思いにございます」


特にどう返事するとかも聞いてなかったのでしばらく考えちゃった。


「……えーと、古都ラインをたずねることができたのは嬉しいです。けど、今回はアンデッド討伐がもくてき。まずはそのけんについてはなしましょう。もんだいが解決したあかつきには、あらためてあなたたちの歓待をうけいれます」


赤い服を着たフーゴたちもその後ろの黒い服のヒトたちも、俺の言葉に驚いたように一瞬顔を上げたが慌てて頭を下げる。


「ケイトリヒ殿下が畏まった儀礼は無用と仰っています。すぐに作戦会議室へ案内を」


跪いていた人々は顔を上げて、それぞれの役割に徹する。

ペシュティーノはギンコを呼んで俺を座らせ、フーゴの後をついていくことに。


広々とした広場の向こうに見える、宮殿のような建物は上から見ると城下町と一体化するように複雑な水路と回廊が張り巡らされていた。メインの宮殿からこちらまで伸びている長い屋根つきの回廊に入ると、ふっと涼しくなった気がする。気温調整が施された魔法建築だろう。


「りっぱなたてものだねえ」

「1000年ほど前に建てられた魔法建築が今でも問題なく作用していますから」


俺の言葉に、前を歩いていたフーゴが振り向いて柔らかな笑顔で応えてくれた。

こんな状況でなければ亡き実父の話でも聞きたいものだが、今はアンデッドが最優先。


宮殿の内装は、青一色。床は乳白色の大理石、ところどころ金の装飾が輝いているが、やはり青のタイルがいちばん目立つ。

砂漠で最も価値あるものは水、ということで古代から青が尊い色とされているらしい。


「こちらへどうぞ」


案内されたのは王の謁見室のような部屋。黒い服の人たちがずらりと部屋を埋め尽くすように並んでいて、俺達の通るレッドカーペットだけが開けている。その先の少し高くなった場所に美しい青のタイルが見事な玉座のような椅子があり、ふんわりしたクッションが敷き詰められている。フーゴは俺にそこに座れと言っているように手を掲げている。


「ここは……?」

「王子殿下はこの場で最も尊いお方。まずはあの玉座にお座りください」


「え、なんで。作戦会議するんじゃないの」

「ケイトリヒ様、まずは統治官の仰るとおりに」


ペシュティーノが俺の疑問を無視してギンコから抱き上げ、さっさと玉座に座らせる。

すごい。クッションふっかふか!


フーゴが玉座のすぐとなり、一段下がった場所に立ってマントを大仰にはためかせて振り向くと、ザッ、と音を立てて黒い服を着たひとたちが一斉に跪いた。あまりにも揃った動きに呆然としていると、フーゴが柔和な顔立ちに似合わないほど通る声で言う。


「これよりローレライ自治区の自衛軍、『砂漠の槍(ヴュステランツェ)』は、ラウプフォーゲル第四王子ケイトリヒ殿下の指揮下に入る! 忠誠の誓いをたてよ!」


『帝国の雄、大ラウプフォーゲルのケイトリヒ王子殿下への忠誠を誓い奉る!』


その場にいた黒い服のひとたちが一斉に腹から響かせるような声で唱和するので、思わずびっくりしてふわふわのクッションから3センチくらい浮いた。

なにこれ儀式!?


ちらりとペシュティーノを見ると満足そうなので、俺の動揺はそっと横に置いといた。


「そ……そなたたちの忠義にむくいることを約束しゅる。じょうきょうをせつめいせよ」


ビビって噛んだじゃないか!


「はっ。第四飛竜哨戒部隊、報告を!」


フーゴのさらに一段下で控えていた甲冑の男性が呼ぶとササッと隊列から部隊の兵士が前に出てきて次々と状況説明をしてくれる。内容は父上から聞いていたこととそう違いはない。


場所は古都ラインから東へ200キロメートルほどのヴォルケファンゲン山脈の中腹にある切り立った絶壁の谷。大地の裂け目のように山脈を大きく切り開いたような地形のその場所は、古代の地図には「底なし谷」とだけ明記されていたようで、上空を飛ぶ飛竜部隊も気に留めないような場所だったそうだ。


気に留めない理由は地形。その谷の周辺はめまいを引き起こす毒霧が発生することがあり飛竜で近づくのは危険なことや、それを理由に魔獣などもほとんど生息しないため放置されていた。


「実際に上から見た兵士からの報告によると、谷の底にうごめくほどの数がいたとの事。それなのに融合せず谷底に留まっているのは異例なことです。毒霧と何か関係があるのやもしれません」

「海岸沿いで発生したアンデッドには同様の特徴が見られると聞いています」

「空中に異物が漂っているような地域では、それを取り込むのを嫌って融合しないのかもしれません。海岸では潮風、今回は毒霧のように」

「閉じ込められていることから目に見えた脅威はありませんが、もし谷の一部が崩落したらアンデッドの脱出経路ができてしまう可能性も……」


毒霧の件は初めて聞いた。やっぱり現場の声って大事ね。

それで、ローレライが計画した殲滅計画について。


谷底に可燃油をまいて火を放つ案。

一番現実的な案だが、これはなにより燃料代がかかる。それにこの世界では可燃油といえば獣脂や植物油。揚げ物が贅沢品といわれるレベルでお高い油を、谷底のアンデッド全てを焼き払えるほどに用意するのは無理がある。金銭的にも、物流的にも。

石油やガソリンがあればまだいいのだろうが、無い物ねだりをしてもしょうがないし石炭コークスも周囲を燃やすような性質はないから無理。


それ以外の案は、正直似たりよったり。

谷を意図的に崩落させて出てくるアンデッドをちまちまと討伐する案や騎士を谷底に派遣する案などは、危険が多すぎる。


加えて、毒霧だ。

飛竜が毒霧を食らってしまうと乗っている騎士も一緒に墜落するので近づくこともできない。近づくには険しい山脈をかいくぐって徒歩で行くしかない。

そこでトリューに乗る魔導騎士隊(ミセリコルディア)の出番というわけだが……。


「毒霧から魔導騎士隊(ミセリコルディア)員を守る方法を考えなければなりませんね」

「じゃあそれは僕がやる。もんだいは、せんめつほうほうだよね」


俺が何気なく言うと、その場にいる全員が「は?」とでもいうようにポカンとしている。


「……ケイトリヒ殿下、よろしければ毒霧から守る方法についてお聞かせい頂けると」

「え、かんたんでしょ? 風よけの魔法をかければ。ねえ、アウロラ?」


「はーい! まかせて! 毒霧が呼吸に入らなければいいんだよね? よゆーよゆー!」


俺の頭から黄緑色のハデな鳥がスポンと現れて目の前をビュンビュン飛び回る。

ガシッとそれを両手でつかんで「あとでおねがいね」といって頭にシュポンと突っ込む。


「い………………今のは」

「ん、風のせいれいだよ。ひつようなときに保護の魔法をかけるから、今はせんめつほうほうをかんがえないと。やっぱり、火の魔導かな? ほんとは光の魔導がいいけど……魔導騎士隊(ミセリコルディア)ではどれくらいの隊員が火の魔導がつかえる?」


「火の魔導は全員使えます。光属性の魔導が使えるものは半数。広範囲魔導を使える者はさらにその半数程度となります」


「ローレライの兵はどお?」


「……、……ハッ、えー、はいっ? なんでしょう? はい、火と光の魔導ですか? ええと、はい、火の使い手は1割ほどおりますが、光となると砂漠の槍(ヴュステランツェ)にはごく一部……5人もいないかと。それに、広範囲魔導は誰も使えません」


魔導騎士隊(ミセリコルディア)が全員で60人、半分の半分で15人なら全員で20人程度のヒトしか光の魔導を使えないということか。

あ、ちなみに魔導騎士隊(ミセリコルディア)は俺が魔導学院に行ってる間にもちょっとずつ採用試験で人数を増やしてるそうだよ。


……俺が死の魔導を使ってもいいんだけど、それはある程度騎士たちが頑張ってもダメだったときの最終手段にしたい。


「へいりょくはたくさんある……なら、死……じゃなくて、光の属性をつけた武器をつかってもらうのはむずかしいかな」


「属性付与ですか? お、王子殿下にはそのようなことが可能なのでしょうか!? それはやはり精霊様のお力添えで?」

フーゴが興奮気味に言うけど、学院で習った限りだと付与魔法ってそんなにものすごく特別なことじゃないはずだよね? もしかしてまたなんか面倒な提案しちゃったかな。


「ケイトリヒ様、属性付与なんてしたことないでしょう。滅多なことを仰るのではありませんよ、せめて一度やってみてから仰ってください」


そう言ってペシュティーノがお尻のポッケあたりから小さな細いナイフを取り出して俺の目の前に置いた。これはやってみろってこと? あ、やってみろってことはできても問題はなさそうだね。


「付与って、そんなむずかしい魔法なの?」

「難しいとか簡単といったものではありません。天賦の才が必要となる類の術です」


「すとーっぷ。主がやると、ぜったいオーバースペック。僕がやるから、貸してみて」


後ろにいつの間にか立っていたジオールが、俺が手を伸ばしていた先のナイフをサッと奪った。そしてナイフの刃の部分を、舌でぺろりと舐めるとペシュティーノに差し出した。

付与ってそーやるの? 絶対一般的じゃないよね。


「はい、完了。使用者の魔力に依存する形だけど、付与はできたはずだよ」

「……それでは魔導騎士隊(ミセリコルディア)はともかく、魔術の扱いに慣れていない砂漠の槍(ヴュステランツェ)では使いづらいですね」


ペシュティーノは受け取ったナイフを軽く振ると、その軌跡にパリパリッと小さな雷光が走った。見ていた砂漠の槍(ヴュステランツェ)の隊員たちは「おおっ!」と歓声を上げる。


「ふむ、さすがはジオール様です。伝導率は最上級……いえ、超上級といっていいでしょう。しかしだからこそもともとの魔力が低い騎士には扱いづらいですね」


「トリュー魔石をつかったらどうかな?」

「……なるほど。現在のトリュー魔石にはトリューにだけ魔力を供給するように制限をかけていますが、それを外してしまえばヒトにも魔力供給ができるということですね」


え、そんな機能つけてたの。乱用防止か。

他国に持っていけないとはいえ、強力な魔道具に無制限に魔力が補給できるようになったら確かに危険だもんな。


「ジオール様、大量の武器に先ほどと同じ付与をつけていただくことは可能でしょうか」

「うん、簡単、簡単。2、3日ほどしか持たないけど、それくらいで構わないよね?」


ジオールがサッとフーゴに視線を投げると、フーゴは一瞬たじろいで砂漠の槍(ヴュステランツェ)の隊長に「構わないな?」と確認をとる。大丈夫そうだ。


「では、私は御館様に作戦をお伝えしてトリュー魔石を手配します。今回の作戦に派遣される砂漠の槍(ヴュステランツェ)の人数詳細が必要となりますので、もう少し詰めましょう」


ガノが懐から取り出したのはディングフェルガー先生がつくった魔道具の「電卓」。現代日本のものよりディスプレイが大きくボタンも多くて、簡単な表計算もできるスグレモノだ。俺のアイデアで試作品を作ったはいいけどボタンが多く制作コストがかかりすぎるせいで商品化が頓挫しているもの。

実はこういうの、他にもいろいろあるんだよね……。


それをバン、と玉座脇の書記官用の文机に出してヒラリと開発中の上質紙を並べてインク瓶をセッティング。ローレライの人々がポカンと見守る中、ガノは手際よく自分のスペースを作っていく。


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の兵員輸送浮馬車(シュフィーゲン)は10台、1台につき40人入るので400人。ピストン輸送するとして、古都ラインからヴォルケファンゲン山脈の現地までは移動は約10分、乗り降りを含めても30分を見込めば十分として……」


左手でダカダカと電卓を打ち込みながら右手でサラサラとガラスペンをすべらせる動きが、ほぼ見えない。


「……世話役殿、あのお方はその、一体何を……」

「ああ、少しお待ち下さい。ガノはこと数字においては誰よりも信頼できる参謀です」

「しばらくしたら討滅にひつようなへいしのかずと、にっすうと、ひようがでるよ」


「ひ、費用? そこまで算出されるのですか? アンデッドは国難です、費用を気にするようなことではないかと存じますが」

「でもじっさい、ローレライで出た策はひようめんでむりがあるからじつげんできないんでしょ? ひようも大事なようそだよ」


可燃油を使っての討伐は費用も時間もかかりすぎる。費用を考えなくて良い、という計画は得てしてあまりにも絵空事すぎることが多く、人を動かす力になりづらい。


「出ました。私の概算でいけば、討滅に必要な実戦投入の人数は魔導騎士隊(ミセリコルディア)の50人を差し引いて砂漠の槍(ヴュステランツェ)が350人。輸送はこちらが全て担うとして、全討滅にかかる日数は約3日から5日程度です」


「「はあ!?」」


フーゴと他数人が、思わずというように声を出してしまい慌てて口を押さえた。


「そんなもんだよね」

「必要な日数に幅があるのは、砂漠の槍(ヴュステランツェ)との合同作戦であることが理由ですね?」

「ええ、その通り。寝食はこちらの古都ラインで提供いただく予定ですので、ローレライ領が負担いただく費用は魔導騎士隊(ミセリコルディア)50人の最高5日間の滞在費くらいでしょうか。あと、大前提としてアンデッド討伐で得られる魔晶石はすべてこちらにお譲り頂くことが条件です」


ガノがサッとフーゴに報告書を渡すと、フーゴもその副官も、そして砂漠の槍(ヴュステランツェ)の隊長も横から食い入るようにそれを読み込んで、目をしばたかせた。


「アンデッド魔晶石なんて……あっ、たしか噂ではトリュー魔石の原料になるとか? なるほど、なるほど。魔導騎士隊(ミセリコルディア)の設立は原材料確保も兼ねているのですね! なんと合理的な仕組みでしょうか!」


フーゴが感心してるけど、ごめんそれウソなんだ。

アンデッド魔晶石はトリュー魔石になるんじゃなくて、俺のごはんになります。


「……ローレライの防衛軍砂漠の槍(ヴュステランツェ)は20万人規模の軍です。それを半数投入することもやむなしと考えておりましたし、全討滅には半年……いえ、1年かかることも想定しておりました。それなのに、これは……これは」


文官らしき男性が感激してる。費用面も期間も、ほんと相当な違いだよね。


「お、お待ち下さい。これは、兵士一人当たりの討伐数が多すぎます! 本当にあの付与だけでこれだけのアンデッドを倒せるという確証があるのですか?」


砂漠の槍(ヴュステランツェ)隊長の疑問はよく分かる。


「あります」


ガノはその疑問に、間髪をいれず大きく頷いた。


「今回の付与魔法は、ラウプフォーゲルの隠し玉である大魔術師ジオール様が買ってでましたが、実際に魔導騎士隊(ミセリコルディア)では光属性の付与魔法武器でアンデッドを討伐した実績があります。それは……」


そこからはガノの独壇場。

朗々と、今回の付与魔法がどれだけすごいものか、大魔術師ジオールがどれだけすごい人物であるかを演説し、鍛え上げられた砂漠の槍(ヴュステランツェ)の技量があれば不可能ではないと言い切る。

俺の知らない間に、魔導騎士隊(ミセリコルディア)に光属性武器を持たせて試験的討伐をしてたのはしらなかった。もっとちゃんと連携とらないとな。


謁見室の広場を埋め尽くすほどの黒い服を着た人たちは、ガノの演説に陶酔している。

そりゃそうだ、ジオールを持ち上げるだけじゃなく砂漠の槍(ヴュステランツェ)のこともラウプフォーゲル騎士に勝るとも劣らないと称したのだからプライドもくすぐられることだろう。


俺としては1日目であんまり進まないようならさっさと俺が退治しちゃうってのもアリだなと思ってたので、長居するつもりもない。


ユヴァフローテツで見たぶよぶよのアンデッドは動きも遅く攻撃性の低いものだったが、あれでもそれなりに大きくなっていたし何よりロケーションが悪かった。トリューのない騎士隊や冒険者が討伐するとなるとユヴァフローテツの街からでも早くて3、4日、運が悪いと1週間かかるというものだったらしい。

それを……その後のアンデッド魔晶石搬送のための時間を除けば、往復ふくめて1時間以内に討滅できた理由はひとえにトリューの機動力。


「……ローレライの命運をかけた討滅作戦になるであろうと思っていたが、こんなにもあっさりと討滅計画が進むとは……さすがラウプフォーゲルの星です」

「ラウプフォーゲルの星は、帝国の星。我らの星だ!!」

「ケイトリヒ王子殿下万歳! 帝国万歳!!」


「それはとうめつしてからにしましょう」


俺が甲高い声でビシッと言うと、浮かれた空気が空気が抜けていくように静かになった。

ごめん。でもいくらヨユーな作戦だろうが、油断こそが大敵。もちろん騎士たちの技量は信じているけど谷を埋め尽くすほどのアンデッドを前に油断なんてしちゃダメだよね。


「殿下の仰るとおりです。今回の作戦はここ帝国、ここローレライでアンデッド討滅の新時代を築き上げる幕開けとなることでしょう。あなたたちはその証人となるのです」


再びガノが演技めいた宣言をすると、抜けてしまった空気がキュッと締められ、騎士たちの目つきが凛々しくなる。いい意味での緊張感を感じる。

どこからかダン、ダンと足踏みするような音が聞こえたかと思うと、騎士全員がそのリズムに合わせて全員足を踏み鳴らしはじめる。音は広間全体を覆ううねりとなり、かなりの大音量だ。


「これは?」

「団結と忠誠を記す騎士たちの意思表示です。殿下、彼らの忠誠に応えるなら手をあげてください」


言われるままに片手をちょいと頭の高さに上げると、ピタリと音がとまる。


すごい。軍隊みたい。いや軍隊だったわ。


「(ケイトリヒ様、砂漠の槍(ヴュステランツェ)と作戦を詰めたいので、いったん解散を促すご命令を。そのあと私が詳細を申し上げますので)」


ガノ、頼りになるなー。


「しょくんらのちゅうせいにみあう作戦をよういする。それまで剣をとぎ、体をやすめて出陣にそなえよ!」

「輸送計画と実戦部隊の選出を砂漠の槍(ヴュステランツェ)と詰めます。会議に参加される方だけを残し、あとの方は王子殿下の仰るとおり、出陣に備えて準備をお願いします」


そこでガノがサッと砂漠の槍(ヴュステランツェ)の隊長に目を向けると、数名の名前を呼び上げてそれ以外はいったん解散、各自待機するように言う。

ふぁ〜。指揮系統が、すごいちゃんとしてる。まあ軍隊だから当然だけど。


そのあとは謁見室みたいな場所に簡易的なテーブルが運び込まれ、ガノとシャルルと両部隊の隊長たちが実際の輸送方法とローテーション、実戦に投入する隊の選抜など細々した作戦を詰める。


途中、ガノによる光属性武器の取り扱い実演などをはさんで盛り上がった。


会議に参加しているひとはローレライ側の文官もいて、財務官だったようだ。

「直接的な被害のないアンデッドを討伐するために長期的な増税まで視野にいれていたのに、短期間で、しかも当初の予定と比べるとごくわずかな費用で解決できるなんて夢のようだ」みたいなことをしきりに言ってた。


ガノはその話を聞いて、俺にだけ聞こえる声で「魔導騎士隊(ミセリコルディア)の派遣は無償のつもりでしたが、いくばくかの派遣費用を頂いてもいいかもしれませんね?」と言ってきた。


……お金の話はまかせます。

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