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7章_0091話_宿題 1

「ケイトリヒ様、あのとき処した親子ですが、押し入り強盗殺人の連続犯でグランツオイレから南下して5つの領で指名手配犯だったそうです。ちなみに子供のようにみえたのは子供でもなく、小人族の血をひいている大人でした。遺体は首だけ防腐処理してグランツオイレに送り、残りは適切に処分しました」


ガノが数枚の指名手配書を俺の机の上に置く。

ちらりと見ると、髪型や化粧がちょっとずつちがう女性と子供の絵紙(ビルトパピーア)が見える。でも、もうその話はどうでもいい。

今となっては記憶から消し去りたいくらいだ。

それと遺体がどうなったかとかも報告いらないから。

なんで首だけ……あ、死亡確認用か。そういえばこの世界での葬儀について聞いてなかったな。でも今はなんか生々しいからいいや。


「えーっと、それより、だいかぞくのほうは?」


「一番小さな子が目の病気を患っていたようですが、シャルル様の見立てでは栄養状態が良くなればすぐに回復するとのことです。あと母親の女性は妊娠6ヶ月だそうで」


「へえよかっ……えっ! あ、そう! おめでたい……よね?」

「ええ、ユヴァフローテツに子が増えるのはよいことです。ケイトリヒ様が市民として受け入れると決められたのですから、もっと自信を持ってよろしいのですよ」


ガノは胸元から小さな手帳のような紙束を取り出して続ける。

「あと、シャルル様から伝言です。『ルナ・パンテーラと知ってて保護したのか』と」


「るなぱん? なんて?」

「ご存じなかったということですね」


ガノは俺のリアクションをスルーして、少し俺に何か言いたそうに見たあと、「ご説明はシャルル様からされると思います」と言って部屋を出ていった。

残されたのはユヴァフローテツでの各種報告書。


なんぞ? ルナパンテーン? シャンプーの名前じゃないっけ?

なんかしらんけどまあいっか。シャルルの説明を待とう。


報告書に目を通していると、専属契約をしたアヒム・ハニッシュはグランツオイレで身辺整理をしてユヴァフローテツに来るということが書いてあった。

こりゃー、実際に来るのは年明けかなー?



「王子殿下! 魔導騎士隊(ミセリコルディア)の制服案です、ご覧ください!」


執務室で膨大な報告書に目を通していると、ディアナと愉快な仲間たちみたいなお針子衆とパトリックがやってきて、俺の目の前にでかでかと制服案のデッサンを見せてきた。


「わあ、みんな絵がじょうず」


「そりゃあデザインするうえではある程度絵心がないと、分業で苦労しますからね〜」

「えーと、ちなみに私は一枚も描いておりません」

「私も〜……形になってきて意見を出すのは好きなんですが、ゼロから作るのは苦手で」


デザイン画を描いたのはパトリックとディアナとアンの3人らしい。


「……ディアナとアンのアイデアは、ちょっと……騎士服としては、ハデすぎるなあ」


俺が渋面でそう言うと「やはりそうですか」と言って2枚めのデザイン画を出してきた。

さすがに胸から肩口にかけてふわふわの羽根がついたデザインは通らないと思ってたんだろう。2枚めの画はふたりともパトリックと同じように、シンプルで過度な装飾を落とした常識的な騎士服デザインだ。

最初のはなに? チャレンジデザイン? 通るわけ無いでしょ!


「……白は、けっていなの?」

「「「決定です」」」


あそうですか。

純白は「高級な色」。騎士服には本来、贅沢すぎると言われがちな色ではあるのだが、今回は白にする理由があるから、気合が入ってるんだってさ。

ちなみに王国でも共和国でも白が高級色なのは共通の感覚らしい。


「うーん、袖口のデザインはディアナのがいいな。やっぱり全部真っ白っていうのも、なんか味気ないし。でも、肩や首周りはパトリックのがいい。やっぱり騎士だもん、ふわふわしたのよりキリッとカッコイイほうがいいよね。アンのは装飾がいいなー。ブーツじゃなくて具足をそのまま制服化するってのもいい。馬とちがって重さをきにしなくていいもんね。やっぱり飛行部隊だから、他の騎士服と差別化されてていいとおもうー」


「ほうほう、良いではないか。なかなか洒落ておる」


俺の目の前にパサリと赤と黒の長い髪が垂れてきた。


「えっ? あ、ラーヴァナ様? い、一体どこから」

「先ほど、そこの窓からな」


ちょっと、警備大丈夫? ……精霊には関係ないか。


(わらわ)の主、いや養い子は今日も愛くるしいのう」


ひょいと抱き上げられてふわふわ頭に頬ずりされる。

おっぱいの弾力感とか、手の温かさとか、愛情表現の無遠慮さがとってもヒトっぽい。


「あ、パトリックにディアナ。騎士服はいまのをはんえいした決定稿をだしてほしい。あと、例のアパレル事業については計画書にあったしょうきぼ店舗じゃなくて、かんぜんオーダーメイドからはじめてほしいの」


「しかし、それでは貴族向けの衣料品店と差がありませんよ」

「それでいいんだよ。まずは貴族向けとみせておいて貴族のはーとをガッチリつかんで、それからへいみん向けをてんかいするの。下から上はむずかしいけど上から下はわりとかんたんでしょ?」


「……たしかに、仰るとおりですね! いきなり目新しい店舗を始めるよりも、少し時間はかかりますがブランドと知名度をしっかり確立した上で新しいことをしたほうが話題になるでしょう!」


パトリックはアンと頷き合うと、ディアナをともなってスキップでもしそうな勢いで部屋を出ていった。


「で、ラーヴァナはどうしたの」

「うむ、主のハイエルフから聞いてな。何やら、王国を温める計画があるとか?」


「え、そんなけいかくあったっけ?」

「そう聞いたが?」


ラーヴァナのルビーの瞳をジッと見て、「はて?」と考えていると思い出した。


「ああ、王国にちょっとなにかゆーずーしてあげられないかみたいな話に、なったね」

「であろう? 王国とは、ここから北東の台地のあたりの地域であったな?」


ぴょんとラーヴァナの腕から飛び降り、カベにかかっている精巧な地図の前に立つ。

魔導騎士隊(ミセリコルディア)が秘密裏に仕上げたクリスタロス大陸の全地図だ。

ここまで緻密に地形がわかる地図は、おそらくこの異世界には3つしか存在しない。

父上と俺、そして皇帝陛下個人だけが持つ秘密の地図。

ちなみにこの部屋にかけてある地図は、誓言の魔法が施されたヒト以外には平凡な絵にしか見えない。


「うん、北東だね。このへんぜんぶ、王国」

「ふむふむ。竜脈そのものが衰退してる地域であるな。今の主でもイケるか……どうだろう、このあたりにバーンと火山を噴火させれば、竜脈が活性化して温かくなるが?」


「それは……こまるかな……」

「てっとりばやいから良いではないか」


「それ、あんまり恩をうれないでしょ」

「たしかに主が施したことではなく、ただの自然現象にしか見えぬかもしれぬな」


火山はかなりチカラワザすぎる。突然そんなものができたら人里は無事じゃ済まないだろうし、周囲の自然状況も一変して食糧事情は今より悪くなるかもしれない。

とりあえず土にまけばじんわり温まって凍ることがなくなり、今まで冷害で失われていた農産物が収穫できるような物をつくればいいんじゃないかな。


「そうだなあ、マグマの熱エネルギーをさ、ゆっくり出すようなほうほう、ないかな。じんわりヒトや土をあたためるの」

「主の得意な魔法陣でどうにかできると思うぞ。ああ、そういう道具を作って王国に売ろうというわけか? はあ、ニンゲンのやることは回りくどいのう」


「このへんはちょっとシャルルとパトリック……あとオリンピオと相談かな。あと、ディングフェルガー先生もまきこんじゃお」

「主があの地に手をいれるとなれば、(わらわ)も助力を惜しまぬ。あの地では(わらわ)の愛し子である火の微精霊が、竜脈が貧相であるがゆえ育たぬからな」


「竜脈がないと精霊がよわるの?」

「もちろん。精霊と竜脈は本質的には同じものだからの。どれ主、こっちへ来りゃれ」


ラーヴァナが手招きするので素直に近づくと、背中から抱き上げられる。

そのまま地図に近づくと、下からでは見えにくかった地図がよく見える。


「この地図はまことようできておる。この地図に沿って、竜脈が見えるように、少し世界記憶(アカシック・レコード)の情報を主に同期して差しあげよう」


「え、そんなことできるの?」


ラーヴァナは俺を抱いたまま、何やらブツブツと唱えはじめる。

足元から光の粒が舞い、風もないのに赤と黒の長い髪がふわりと浮いた。


「はぇ、すごい。魔法みたい」

「魔法とはちと異なる。さて、主よ。『全知』で地図を見るがよい」


……まだコントロールの方法あまり習得してないんだけど。

でもじーーーーっと地図を見てたら、ぼんやりと光るスジが見え始めた。


「あ、みえたかも? フォーゲル山にしゅうちゅうして……帝国にはいっぱい線がある。ラウプフォーゲルには5本……帝都にも3本あるね。共和国と王国は、帝国に近い南側にしか線がないな。北にいくにつれ……ほそすぎて、よく見えなくなる」

「それが竜脈の縮図じゃ。もしもこのクリスタロス大陸以外の、世界中の地図までこの精度で描けたら、世界中の竜脈を主に見せて差しあげよう。この世界がいかに終末に近づいておるかがわかるはずよの」


え、知りたくないこと知ってしまった。いや知ってたけどさ……。

あと数百年から千年くらいは大丈夫なんだよね?


「この世界の現状を正確に知りたいというのは主の願いであろう?」

「そ、そうだけど」


「今は気負わずとてよい。だが主が神になるのならばいずれわかることだ」

「神になればね……」


「ならぬのか?」

「せっきょくてきにはなりたくない」


「……世界が滅ぶが?」

「うぅっ、僕じゃなくてもよくない?」


「無理じゃぞ」

「そ、その話はまたこんど……」


「主は、面倒事を先送りにする(たち)じゃのう」

「あの僕まだこどもなんで」


「そうであったな! ヒトが心身ともに成熟するには2、30年、いや40年くらいかかるかの? (わらわ)には一瞬じゃ、今まで希望もなかった時代に比べれば心の軽いことよ。今は前世でやり残したことを楽しむのもよかろう。その間に、この世界への愛着を感じてくれればなお良い」

「うぐ……」


なんだかだんだん退路を絶たれてるかんじがするけど、まあいい。

いくらこどもとはいえ、今の身分も責任も全て放り出して世捨て人になってスローライフします!というのはもう無理だ。というか俺がイヤだ。


「ヒトがクリスタロス大陸と呼ぶここでは、アンデッド侵攻を遅らせるために北側から竜脈を弱め、フォーゲル山に集中させた。我々精霊が管理する竜脈では、それが精一杯よ」


「え……じゃあもし王国があたたかくなったらアンデッドは」


「アンデッドも活発化するじゃろうな。アンデッドは遍く命の敵ではあるが、あれ自身もまた命として存在するもの。熱を十分確保できねば動けなくなり、暖かくなれば活発になる。乾いた土地では干からび、業火の陽射しの下で焼けて消える」


……へたに王国を温めるとアンデッド被害が増えるということか。

これは慎重に対応しないと、災厄を呼ぶことにもなりかねない。

そして王国や共和国の人々が農業もままならない極寒の地に望んで住む理由もわかった。

アンデッド被害が少ないからだ。


「やっぱり僕ひとりではんだんできることじゃないなー。そうだんしよ」


俺は試作品のメモパッドにサラサラとガラスペンで相談する内容を箇条書きにすると、両方向通信(ハイサー・ドラート)で会議を設定しようとしてたところに、突然ペシュティーノが通信してきた。


『ケイトリヒ様、いまお部屋でしょうか? 御館様から緊急連絡です。ローレライにカテゴリエ7のアンデッド群を確認。魔導騎士隊(ミセリコルディア)に討滅要請です』


「ふぁ」


いきなりのことで面食らったが、魔導騎士隊(ミセリコルディア)のおしごとだ!


『ケイトリヒ様、そちらにラーヴァナ様がいらっしゃいますね? ギンコと共に1階の会議室へおいでいただけますか』


「う、うんわかった」


ギンコに乗って、クロルとコガネを連れてラーヴァナも一緒に会議室に飛び込むと、既に側近たちは全員そろっていて、一斉に視線が集まる。

さきほど制服デザインに浮かれていたパトリックも真面目な顔をしている。

……これは、あれを言うべきタイミング!


「じょうきょうは?」


くっ、なんかカッコイイ。たどたどしい発音なのはもうしょうがない!


「御館様とつながっております。ケイトリヒ様、こちらへ」


ぱたぱたとペシュティーノに駆け寄ると抱き上げられて椅子に座らされ、その前に大きなスタンドミラーみたいなフレームと、その中に半透明の父上の姿。ハイテクー。


『ケイトリヒか。緊急連絡だが、状況はさほど切迫していない。急がず、確実な対策を立てよ。アンデッドはカテゴリエ7という甚大な規模だが、閉鎖された絶壁の渓谷に閉じ込められている状態だ。おそらく数十年かそれ以上放置され続けてきた場所であろう。今のところ人的にもその他にも、被害はない』


被害がないと聞いてホッと少し肩の力が抜ける。


「ローレライって、ラウプフォーゲルの南のびんとふぉーぜ大陸ですよね」

「ケイトリヒ様、ヴィントホーゼ、です」


「ゔっ、ゔぃん」


『今はよい。そうだ、其方が樹脂素材の取引を行おうとしておる領だ。正確には領ではなく、自治区なのだがな。そこの統治官はフーゴ・ファッシュ。クリストフの旧友だ』


「じちく」


『帝国の属領という扱いだな。自治区は本来中央の管轄なのだが、いかんせん距離があるからな、皇帝陛下より対応を委任された。ファッシュの名を冠した統治官が治めてはいるが、旧ラウプフォーゲルというわけではないから親戚会にも参加しておらん』


「つまり、こんかいの件でちゅうおうの帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)は」


「動きません。皇帝陛下は勅命により対応をラウプフォーゲルに一任されました」


「ちゃんすじゃない!?」


『ふふ、そう思うか。頼もしいな。魔導騎士隊(ミセリコルディア)の実績づくりだ、しっかり作戦を考えて必ず成功させよ。できるか?』


「できます!」


もし魔導騎士隊(ミセリコルディア)が討滅しきれなかったら、さいあく俺の手から無限にあふれ出るあの光の砂でどうにかしちゃえばいいんじゃろ?

これ勝ち確で実績づくりじゃないか!


『これで実績ができれば、魔導騎士隊(ミセリコルディア)への増員も可能だ。中央にしっかり功績を主張するためにも、入念な記録が必要となる』


「きろく……えいぞうきろくで?」


「映像記録、ですか? そんな魔道具が?」


「あ、えーと」


そうか、この世界では写真はあるし、こうやって動く父上と顔を見ながら通信する技術もあるけど、音と動画が組み合わさった映像を記録する魔道具はまだ存在しないんだ。

ドラゴンが出てきたあの魔法陣は、あくまでヒトがイメージで作り上げた幻影を立体映像化するもの。それとは別で、異世界には映像記録装置があって……という説明をたどたどしくしていると、ガノが切り込んできた。


「類似の魔道具であれば、ペシュティーノ様がお持ちだったはずです」

「あれは今御館様とお話しているこの魔道具と同じように、現在の状況、しかも視覚情報だけのものです。魔導学院の発明品として有名な投影機(ヴァイツフィルム)でも音声はついていないのですよ」


ペシュティーノが持っているのはある地点のリアルタイム画像を見れる魔道具で、ただし無音。投影機(ヴァイツフィルム)ではごく短時間の無音動画の記録に成功したというのが功績というわけ。この世界では記録として残しておくことが難しいみたいだ。


「みてみたい」

「今はそのような場合では……いえ、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の武勇を記録するという意味では最優先かもしれませんね」

『うむ。その通りだ。ケイトリヒに何か良い改善案があるならば、利用せぬ手はない』


ペシュティーノは父上に促されるとさっさと部屋を出ていって、すぐに戻ってきた。

手には球体と、四角錐を持っている。


「それがまどうぐ?」

「ええ。こちらの丸いものが視覚装置です。簡単な飛行と中空での停止、張り付きと隠密の機能があります。そしてこちらがその映像を映し出す装置。しくみは投影機(ヴァイツフィルム)と大差ありません。中空に投影する部分だけであればケイトリヒ様の『CADくん』とも近いです」


カメラが飛んだりくっついたりするのは便利だけど、記録機能がないのはいただけない。

何がそんなに問題なんだろうとジッと見つめて魔法陣を解析してると、父上が『できそうか?』と声をかけてきた。


「んん……もうちょっと、しっかりみてみないことにはなんとも」


『そうか。精霊様の魔法でどうにか記録はできんか?』

「あ、せいひんかを考えなければいくらでも」


『製品化はあまり気にしなくてよい。此度は魔導騎士隊(ミセリコルディア)の存在意義を中央に見せつけるためのものにしたい。では、記録はできることを前提に考えよう』


それから現状で父上が把握しているアンデッド大発生(トート・ヴィレ)の発生場所や対応状況、そして状況予測や対応方法などをすり合わせる。ほぼペシュティーノとオリンピオが話してたけど、必要なすり合わせたおわったあたりで父上が改めて俺を呼んだ。


『ケイトリヒ。これは正式に、帝国からラウプフォーゲルに、ラウプフォーゲル領主である私からユヴァフローテツ小領主であり魔導騎士隊(ミセリコルディア)総帥のケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュに任命されたものだ。よいな?』


「ふぁい!」


『うむ、発音はともかく、よい返事だ。ローレライ統治官のフーゴとは直接の連絡手段がないであろう。手間だがラウプフォーゲルを仲介する必要がある』


「このまどうぐは……」

『いま私と話しているこれは皇帝陛下と公爵家にしか存在しない統括通信魔道具だ。他の領主は、これの少し小さなものがあってな。小さな通信魔道具どうしでは話せない』


「ふべんですね。もっとべんりにできるとおもうけど」

『改善は考えなくてよい。これは帝国の通信法で決まっているのだ。要は反逆防止だな』


あ、そっか。小さな領どうしが結託して帝国に反逆するのを防ぐためか。

……帝国ってそんな危なっかしいの? かなり安定しているように見えるけど。


『では、ペシュティーノ、オリンピオ。頼んだぞ』

「「承知しました」」


空中に浮いた半透明スクリーンの父上は何やらモゾモゾして、フッと消えた。


「ケイトリヒ様、火急の討伐要請ではありませんので、映像記憶の方法を確立してから参りましょう。正式な初陣ですね」


「うん……え、ぶよぶよアンデッドの討伐はせいしきじゃなかったの?」

「あれは実のところ、御館様にしか真実を報告しておりません。ケイトリヒ様ほど幼い方がいとも簡単に巨大アンデッドを斃したとなると……少々、面倒ですので」


「そっか。まいいや。じゃあ|トリュー・ファルケ《ミセリコルディア専用機体》用のカラ魔石を10こくらいよういしてもらっていい? 記録媒体にするから」

「では私が」

ガノが頷くと、足早に部屋を出ていった。

記録媒体とはいったけど、映像記録がどれくらいの容量になるかわからないから多めに持っていったほうがいいだろう。

ペシュティーノが作った「カメラ」こと、ただの球体をジッとみつめる。

ソフトボールくらいの大きさで、塗装された木製で中身をくり抜かれてるようだ。


「んん……こっちはざっくり、眼球とおなじつくりか。そこで得たしかくじょうほうを……こっちの投影機に送る……ってわけね。……んん?」


「これが神の権能ですか……左目から文様が浮き出てますが、あれはお体に害はないのでしょうか? 幻想的なお姿ではありますが、あれほど光っていると目を痛めそうです」

「さあな、王子自身の力なんだから大丈夫だろ」


パトリックとジュンのあまりコソコソもしてない話声が遠くから聞こえてくるなか、眼球が得た情報を脳で解析するプロセスを想像して、魔道具と比べてみる。


「……うまく記録できない理由がわかった。ちょっといろいろかいぜんするから、ながめに見てしゅったつは明日にできるかな?」

「承知しました。魔導騎士隊(ミセリコルディア)に伝えます」


それだけ言ってオリンピオが足早に部屋を出る。


「ケイトリヒ様、明日でよろしいのですか?」

「うん、たぶん半日あればかたちにはなるとおもう。ペシュ、このカメラいっぱいつくりたいんだけど、素材ある?」


「かめら?」

「あ、このまるいの」


「ああ、それでしたら素材自体は大したものではありません。一部の薬をいれるための容器を流用したものですので、数もあります」

「あるだけおへやにもってきて!」


「承知しました」


俺はたったいま得た改善案をすぐに形にしたくなったので、ギンコにひらりと乗ってお部屋へ戻った。ラーヴァナが興味深そうについてきて、俺の作業を見守る。

勉強机にCADくんをコン、と出した瞬間、ディングフェルガー先生が扉をバーンと開けてやってきた。


「王子殿下、魔法陣設計を拝見……いえ、お手伝いできることがあれば」

「こんかいは、ない」


「では見学だけでも!」

「ちょっといそいでるから、とちゅうで質問はナシだよ。ぎもんはメモしておいて」


そう言われた先生はワタワタし始めたので、仕方なくメモパッドとガラスペンを渡す。


「ほう! 王子殿下がお使いのものはさすが最上級品ですね」

「じゃ、はじめるよ」


リアルタイム監視カメラのシステムデータともいえる魔法陣をCADくんにコピーして、魔改造していく。もともとは単体魔法陣(クラエス)2枚の魔法陣だったが、それをもとにして画像をデータ化する部分から改造。


「……ケイトリヒ様、書き換えたこの部分は、どういう意図で」

「しつもんはあと!」


前世プログラマーではない俺でもわかった。この魔法陣が記録できない理由は、カメラでとらえた映像が映像のまま表示されていたこと。前世ではたとえアナログだったとしても何らかのデータ化がされていたのだが、さすが魔法の世界。データ変換というものがされていない。


ちょっとぴったりとハマる表現ではないけど、強いて例えるなら、記録媒体|(CD-ROMやフラッシュメモリ)に現像した紙の写真を突っ込もうとしているようなもの。物理的に無理だよね。でもそれが、投影機(ヴァイツフィルム)では魔法の力でちょっとだけ実現しちゃった。

やっぱり魔法って、技術発展の障害になりえるわ。


「……複数の入力装置で得た映像情報を、一旦……別の形に変換するのですか。それを……1つ1つ別に……保存!? 保存して、これは別の魔法陣で……編集?」

「せんせえ、ちょっとしずかにして」


しゃかしゃかと指先で魔法陣を書き上げていく。

主な機能は映像データの保存だけでなく、それらを一括で編集する……いうなればOSもPCもなしで動く動画の録画と再生と編集のソフト。とうぜんハードウェアのPCがないので、ディスプレイもキーボードも魔力制御で生み出すことになる。マウスは……直接触って動かせばいいからいらないか。考え方はわかってるけど、それを1つ1つ形にしていくのは結構たいへん。


「ケイトリヒ様、進捗はいかがですか? ……そこの()()はお邪魔ではないですか?」

ペシュティーノがお部屋におやつを持ってきてくれたが、ディングフェルガー先生の微動だにしない背中を見て眉をしかめる。


「うん、しずかになったから、いてもいいよ。ついさっき気を失ったみたいだから」


手を動かしながら言葉だけで応えると、ペシュティーノが大きなため息をついた。


「……ほっといても問題ありませんか?」

「僕はだいじょうぶ」


「脇に避けておきましょうね」

「ありがと」


ペシュティーノはディングフェルガー先生を脇をひょいと抱えると横にポイと投げ捨てる。ソファーからドサリと落ちても身動きもしない。……大丈夫かな。

しかし、この扱いよ。


「魔法陣を設計するならお腹が減るはずだとレオが言うのでおやつをお持ちしました」

「ありがと、ちょっとてがはなせないから、食べさせてー」


あーんとくちを開けると、ペシュティーノが皿の上で割った蒸しパンを長い指でつまんで口に入れてくれる。ちょっと疲弊してた脳が、甘いものを食べて復活した感じ!

蒸しパンは俺の好物なので、レオはいろんなバリエーションで作ってくれる。

今日はパルパ(りんご)いりだ。


「もっと! あー」

「はいはい」


ペシュティーノはちょっと楽しそうに俺に餌付けして、ちゃんと合間にミルクもくれる。

ディングフェルガー先生はソファーの下で目を開けたまま、微動だにしない。

もー、失神にそんなバリエーションもたせなくていいから。


「ハッ!! い、意識が飛んでおりました。ヒメネス、私にもそれをくれ」

「お断りします。キッチンに行って、ご自分でレオに依頼を」


「すこしくらいいだろう!」

「これはケイトリヒ様のためにご用意した分です」


俺に気づいて、さすがにしまったとおもったんだろう。

先生はすごすごと部屋を出て、なにかをもぐもぐしながら戻ってきた。


「熱心に見ているようですが、見てわかるのですか」

「いいや、6割わからん。だが、全体像はおおまかにわかる。これはとんでもない革命になる。敵地視察や状況確認だけでなく皇帝陛下のお言葉を辺境に届けることや、地方の惨状を報告する訴状の裏付けにもな。もしこの映像記録装置が量産されれば、皇帝陛下の勅命一つで動いていた国政が、議会と民意に揺らされかねん」


「さすがいちおう先生ですね、するどい」

「一応ですが」

「一応でも教師だ」


他の地域の状況が確認しづらかった時代は、ひとびとはお上の言う通りにするしかなかった。速やかな情報伝達はお上にしか得られない貴重なものだったから。しかし近代になるとあらゆる情報が溢れ、ひとびとは賢くなった。いや、自分の置かれている状況を他と比べられるようになった、というほうが正しいだろうか。


さらにSNSが普及しだすと、無知な一般人までもがいっちょまえの政治家のような発言をすることもできた。中にはそれが妙に民衆の同調を誘い、国政に影響を及ぼすことすらあった。


そんな異世界の情報遍歴をかいつまんで説明すると、ディングフェルガー先生もペシュティーノも同じ、渋い顔をした。アンデッド対策で一丸となるべきこの世界では、あまり歓迎される変化ではないことは俺にもわかる。それとも人類共通の敵が存在する世界では、危険よりも全体利益が上回るだろうか。それは蓋を開けてみないとわからない。


「映像記録の魔道具は、わかりやすいが故に無知な人々にも影響を与える『知恵の実』になるということか。御館様の危惧する通り、短絡的な製品化は危険だな」

「異世界ではそのような情報を得る機会というものが、徐々に発展していったので国家の運営対策も間に合ったのでしょうが……映像記録によって政治的な喧伝が活性化してしまうと、大陸の主軸たる帝国の、帝政自体が揺らぎかねませんね」


さすが大人は理解が早い。それより……。


「先生の『知恵の実』って、アダムとイブの? こっちにもそういう物語があるの?」


「アダムとイブ? だれだ?」


……この世界、もしかして本当に知恵の実ってモノが存在するの?

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