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6章_0088話_小領地へ 1

ラウプフォーゲル城下町のお忍び視察。


以前馬車でサラリと見ただけでは気づかなかった、町の建物の建築素材やひとびとの衣類の質、生活用品のや生活そのものの文明水準、課題や要望、重視していることなどがちらほらと見えて楽しい。


町の雑貨屋では見たこともないものが並んでいるし、衣料品も置いているがどれもこれも画一的でシンプルなものばかり。


「ぱぱ、これなあに! でっかいちりとり!?」

「そうだよ。これは(かまど)の灰を運ぶものだ」


「じゃあこれは? この布、何に使うの? へんなかたちー」

「や、やめなさい。それは婦人用の下着だよ」


城下町は、小高い丘にそびえるラウプフォーゲル城を仰ぎ見るように作られている。おおざっぱに言うとパックマンみたいな、丸の北西が鋭角に欠けたような形になっている。あるいはピザを1ピースだけとったような? それを北側から始まり東、南と外周をぐるりと見て回る予定。


北側は冒険者組合(ギルド)があり、武器・防具屋、それに伴って金物屋などが多い。飲食店もワイルドで男飯(おとこめし)みたいなラインナップが多い。つまり肉。


「ぱぱ、あれ……」

「たべたいのかい?」


ブンブンと首を横に振る。だって、ポルキートの鼻の部分だけを輪切りにして串焼きにしてるんだもん。ワイルドにも程がある。その隣の店では、店先で耳障りな絶叫をあげる小動物を締めていた。……ワイルドすぎる。


見るからに屈強な冒険者が「オヤジ、薄切り肉の香草焼き、3人前」と注文する。店のオヤジは、薄切り肉とは?みたいな認識違いの分厚いステーキ肉みたいなものをドサッと鉄板の上に乗せ、豪快に焼く。3人前とはいえ、確実に1キロ以上ある。

焼き上がると、でかい葉っぱに乗せてかるく包んで冒険者に渡した。


途中、俺の視線に気づいていかつい冒険者がニッコリ笑って手を振ってくれた。

小さい子ってジッと見つめててもヘンに思われないからいい。


「コロン、食べたいのかい?」

「え? いや、ぜんぜん……あれ、どうやってたべるのかなとおもって」


俺があまりにも真剣に見つめるものだから、ペシュティーノも立ち止まる。この世界のお肉が危険なのは俺も承知済みですから。見ていると、冒険者の男はもう一人の仲間のところに葉っぱの包みを差し出し、2人で手でつまんで食べていた。わ、ワイルド……。

3人前を2人で食べるのはよしとして、手で食べるんだね……。


それからぶらぶらと町を移動。

洗濯物を丁寧に干すヒトをながめたり、革を(なめ)す職人さんを見たり、馬の世話をするヒトがいたり、馬車を修理するヒトをみたり。


(……わかってはいたけど、ここって本当に異世界……なんだなあ)


もうこの体になってだいぶ経つというのに。町に出て「普通の生活」と触れて、ようやくここが異世界で、この世界で暮らす人々がいて、それぞれ懸命に生きているのだと気付かされる。頭では理解していたけど、これまでは公爵令息として囲われていたので、「知らない人々のことを教科書で学んだ程度」しか知らなかった。

ユヴァフローテツの街では改善にばかり目が行って「問題なく暮らす人々の生活」ってものを目にしたことがなかった。

城下街には人口比率のせいで男性が多いが、女性もごく普通に、しかも警戒する様子もなく歩いている。子供を連れた男性も女性もいるし、彼らもさほど周囲を警戒していない。

治安が良い証拠だ。


「みんな、げんきにくらしてるんだね」

「……? そうですね。ラウプフォーゲル人は働き者で男も女も逞しく、少しのことではへこたれない明るさを持っています。ジュンのような」


ジュンかあ。典型的なラウプフォーゲル人、と誰もが口を揃えて言うだけあって、あれが基準か。そうするとやっぱり俺の周囲はラウプフォーゲルのなかではちょっと異例だ。


「なんだか、みんなおようふくいっしょだね」

「衣料品に興味がありますか? 専門店に行ってみましょうか」


「ぱぱ、しゃべりかた」

「しつれ……いや、悪い。服屋にいこう」


思いつきで入った衣料品店は、明らかに平民向けの店構え。実際、店内には女性客が何人か反物を見ていた。女性客たちの話に耳を傾けると、この布ならこういう色に、とか柄はどうする、とか話していた。どうやら既製品の柄や色の布ではなく、自分たちで布を染めるヒトたちみたい。


「ぬののおみせ?」

「できあがった服も少しは売っているようだが、値段が高いしサイズが合わないことも多いからあまり買わないだろうね」


郊外のコンビニくらいの店舗規模の中に、壁一面の棚。そこは全て反物で、染められたもの、柄モノもある。中央のテーブルには裁縫道具系の小物が並んでいて、既製品の服は店の一角にひっそりとあるだけ。


「ここには冒険者むきの商品はないよ」

店員らしき女性がぶっきらぼうに声をかけてきた。

おお、ゴージャスではない、ふつうのおばさんだ! こういうヒトもちゃんといるんだなあ。城には、メイドも含めてほぼ全員が年齢不詳のゴージャス女性ばっかりだから、なんだかホッとしてしまうルックス。ちょっと大学の食堂にいたおばちゃんに似てる。


「娘になにか買ってあげようと思いまして」

「えっ! その子、娘さんかい!? どれ、お顔を見せておくれよ!」


「コロン、店員さんにごあいさつできる?」

「こんにちぁー」


「まあ、まあまあ! なんてかわいい子だい! アンタ、好きなの選びな! こんなかわいい子のお洋服の仕立てなら、明日には渡せるように作るよ!」


おばちゃんはニンマリして俺に小さな布製の人形を見せてくる。


「おにんぎょ!」

「ほしいのかい? ご婦人、それはいくらする?」


「やだね、『ご婦人』だなんて。オホホッ、まるで貴族みたいだね、アンタ。……いや、詮索はしないでおくよ。これは12FR(フロー)だ。アタシのお手製だよ」


目玉は木製ボタンを縫い留めて塗料で塗っただけ、髪は毛糸でできていて柄物のワンピースを着たシンプルな人形だが手にしてみるとしっかりしている。縫い目も丁寧だし、頭と首が一体化してるけどそれなりにかわいい。きっと女の子ならこういうものを欲しがるはずだ。


「ぱぱ、こぇほしい!」

「いいよ。お人形ははじめてだね。それでいいのかい? 他にも色々、ドレスの柄があるみたいだよ」


女性が座る会計所っぽいカウンターの前には同じような人形が5体、色違い、柄違いのワンピースをまとって置いてある。


(あ、これ依代(よりしろ)にならないかな……?)


「ふたつあればごっこ遊びもできるよ!」


ご婦人、商魂たくましい。

ウィオラがバブさんを「最高の依代(よりしろ)」と称した理由は、確か「ヒト型に近いかたち」で「俺が肌身はなさず持っている」ことらしい。


……この人形6体を大事に肌身はなさず持つのは、俺にはちょっと難しいかも。

依代(よりしろ)には難しいか。ユヴァフローテツに移住した女児にあげられるかもしれない。ユヴァフローテツにはまだこんな気の利いたものを売るような店はないだろうからね。

しかし、今は移住希望の冒険者の娘だ。6体も人形を買うのはさすがに妙かも。

2つくらいにしておくか。


「こぇと、くろ!」

「え、この黒いドレス? 2つ買うんだね?」


「まあお嬢ちゃん、変わってるねえ。この黒い服の人形はなかなか売れなかったんだよ。いい生地を使ってるし、華やかさを出すために刺繍までされてるんだが、どうしても黒い服はねえ」


「くろいふく、だめ?」

「だめではないが……まあ、あまり縁起はよくないかもしれないね」

「えんぎ??」


「まあラウプフォーゲル人は肌が暗い色のヒトが多いから単純に似合わないってのもあるねえ。だから服に使われないってのもあるんだけど、それよりやっぱり縁起だねえ」


あとから聞いたところ、どうやらアンデッドは黒い布を好むという迷信があるらしい。

肌が黒いとか髪が黒いとかではなく、「黒い布」限定。というのも、アンデッド化した生者の衣類や装飾品、体の一部などがタールのようなしたたる暗黒色に変化することが理由だそうだが……。


「でもあそこ、くろいぬのあるよ」

「あれは……」


反物が並ぶ棚の一角に、周囲と明らかに違う真っ黒の布がある。

基本的に暗い色合いの反物は全体の1割もなく、真っ黒と言えるほどのものはそれしかないのでとても目立つ。


「あれはね、お嬢ちゃん。亡くなったひとの、体やモノを包むための葬具だよ。生きてるヒトが着ることはよっぽどの変わりモンでない限り、ないね」


「そうぐ……よくわかんない。やっぱり、だめなんだね?」


そういえば、アンデッドがいるこの世界で、墓や葬式ってどうなってるんだろう。

なんかここで聞いてもはぐらかされそうだから後できこう。


「このコはほら、あれとは生地がちがうし、明るくするために刺繍がしてあるから大丈夫だよ! それに万一アンデッドに襲われたらこの人形を身代わりに投げるといいよ」


言われてみれば黒い服の人形にだけ、簡単なステッチ刺繍がしてある。

……身代わり人形と称すれば、意外と売れるんじゃないか、これ? ついでに精霊に何か細工してもらって、ほんとにアンデッドを引き付けるような魔法を組み込めば。


「身代わり人形か……それはいい。買おう」

「くろ」

「はいはい」


店員の女性が最初に俺に差し出してきた赤地に白い花柄模様の人形と、黒地にステッチ刺繍の人形を2つ買って店を出た。

去り際、店にいた女性客も俺に手を振ってきたので振りかえしておいた。


「身代わり人形とはいい考えですね。商品化して売り出すことは可能でしょうが、模倣品が出てそれに効果がなかったときを考えると少し注意せねばなりません」


ガノが俺のアイデアを聞いて諫言(かんげん)してくれた内容には、俺も納得。

アンデッドに襲われたとき、なんて命に関わる状況で、いざ使ってみたら効果がなかったなんて絶望だもんね。謝って済むようなことでもない。

確かに売り出し方は注意しないといけないな。


「あと……これはラウプフォーゲルだけかもしれませんが、身代わり人形のようなものが通じるのは低級のアンデッドでしょう。それくらいでしたら、少し大きめの子供は(たお)しますよ」


……。たしかに、(たお)してたわ。

ラウプフォーゲル人、つよい……。

じゃあ、中央や中立領への輸出品にしたらどうだろう? こうなってくると父上を巻き込む話になってくるからもうちょっと考えないとね。


「あっ! アンデッドといえば」

「どうしました」


「アンデッドましょうせき、地下にわすれてきちゃった」

「地下……? 魔導学院の地下にですか?」


「んん、ヘビヨさんとクモミさんといたときにね、アンデッドたくさんたおしたの」

「ええっ!? そ、その話は御館様にされてないですよね!?」


「わすれてた」

「忘れ……」


ペシュティーノがものすごく信じられない、みたいな目でこっち見てくる。

ちょっと傷つくからやめてほしい。


とにかく、いまラウプフォーゲルの平民のあいだでの大体の流通量がわかった。

「既製品の服」<「加工された布」<「生成りの布」のようだ。


ファッションを気にする財力のあるヒトは気に入った布を買い、気に入った染物屋に染めてもらい、気に入った縫製店にそれを持ち込む。一貫で手掛けているセミオーダーの店もあるそうだが、そういった店は価格が高い。フルオーダーの店は貴族向けでもっと高い。


女性の少ないラウプフォーゲルでは女性一人当たりに夫やパトロンの男性が5人つく、と言われているので、平民女性でもセミオーダーくらいなら入手できるそうだ。


そして平民男性はというと、ファッションにまったく興味がなくて裸でなければOKという人種がほとんどらしい。

なんなら裸でもまったく恥じらいがないというから、ん〜ワイルドぉ。

……そういえばジュンだけは俺をお風呂にいれるときに、俺と一緒にすっぽんぽんになってた。そういうこと?


「へいみんだんせいにオシャレをねづかせるのはすこしきびしいかんきょうかな?」

「平民男性にお洒落を? 貴族のようにですか? ……そのようなことをするときは、意中の女性を口説くとき、くらいでしょうね。そのような理由がなければ、まあムリと断言申し上げてよろしいかと」


ガノがドきっぱり否定した。

商人にはそれなりの服装が求められることもあるが、それはいわゆる現代でのスーツと同じ感覚。プライベートでオシャレを楽しむような平民男性は、ヴィンや音楽家のラング先生のような芸能関係者以外では存在しない、と言い切る。


「異世界では男性もお洒落を楽しんでいたのですか?」

「うん。そうでないヒトもいたけど、女性とおなじくらいきをくばってるひともおおかったよ。おけしょうするヒトもいたよ」

「へぇ〜、貴族みてえだな」

「ラウプフォーゲルは気候も温暖ですし、衣類は周囲や自身を不快にしなければ良いという感覚でしょうね。王国では着込むのが当たり前なので、男性服にもそれなりにしきたりができていましたが……」


オリンピオがボソボソと言う。気候の違いもあるかあ。


今、俺たちは城郭の上から街を見下ろしている。

ぐるりと街を回る計画の、城郭内のひと区画を見終えて次の区画へ移るところだったのだが、ジュンが「上を通ろう」と言い出したので長い階段をのぼってきた。

ちょっとした展望台みたいに見晴らしが良く、街がよく見える。

風は穏やかだが陽射しが強いので、フードをかぶって街をみわたした。


城下町の外郭はラウプフォーゲル城から放射状に伸びて、12の区画に分けている。キレイな円形ではないし、防衛上の理由や市民生活改善の理由で幾度も改築されているため形はいびつだがおおまかには放射状。


放射状の中心には城があるのが普通だが、ラウプフォーゲル城は小高い丘の上にある。街から見ると、城があるというより崖しかない。崖の上には城があるんだけどね。そういうわけで街の中心部は景観と日当たりが悪いので、公的機関の建物が集中しているそうだ。


「あの屋根の先っちょが尖った、白っぽいやつが裁判所。そのとなりの丸い屋根が移民管理局で、でっかい柱が並んでるやつは治安維持隊の総本部」

ジュンが指さしながら教えてくれる。よく覚えてるね〜。


「ラウプフォーゲルでは、こせきってどこがかんりしてるの?」

「あ、それはこっからは見えねえな。南側の、市民局ってとこが管理してる。中心部のなかでいちばんデッケエ建物だ。なかなか立派な建物だぜ。移民管理局に世話になったやつらは、管轄が市民局に移ることを誇らしく思うらしい」


今の皇帝陛下が制定した移民の受け入れ緩和の法律は、緩和されたのは移動の制限についてだけ。定住となると、かなりガチガチに管理されてるものなんだそうだ。


「他の中央や中立領が受け入れを渋る中、ラウプフォーゲルは率先して移民政策の緩和を受け入れましたね。移民の移住後の行動を監視する内容は、先代の御館様が提案した内容だったそうですから、抜け目はないということを確信していたのでしょう。おかげでここ20年、領民はかなり増えています」


「……ヒトが近づいてくる」


ジュンがボソッと囁くと、オリンピオとガノはその場に座って寛ぐフリをした。


城壁の階段を登ってきたのは、治安維持隊の騎士が3人。

しっかりした鎧を身に着け、少し細身で全員若い。

全員をしっかり検分するように見てきて、声をかけてきた。


「キミたち、あまり身を乗り出さないようにね。お子さんは特にしっかり見張って」


「ああ、心得ている。心配ありがとう」

「はあい」


3人の騎士のうち1人が眉根を寄せて訝しげにこちらを見ている。


「(……ちあんいじ隊には話がとおってるんだよね?)」

「(あくまで問題が置きたときの話です。彼らのような末端までは、詳細まで知らされていないでしょう)」


「おい、キミ。その子供……」


ジュンとガノ、スタンリーとオリンピオが互いに目配せする。緊張しているみたいだ。


「その子供、もしかして……女の子か?」


「そ……そうだが」


「失礼は承知だが、ち、ちょっとだけでいい、顔を見せてもらえないだろうか?」


戸惑うペシュティーノがそっと俺のフードをとる。

その瞬間、細身ながらも立派な鎧を着て凛々しい顔をしていた騎士たちの目尻が下がる。


「か……かわいいなあ! 俺の妹もこれくらいのときはかわいかった……!」

「女の子か! 男の子もこれくらいの歳はかわいいけど、やっぱり女の子は格別にかわいらしいなあ!! まるで妖精だ!」

「ちっちゃい……ふわふわしてそう……かわいい……! ありがとう、ありがとう!」


騎士3人はキャッキャとはしゃいで、満足そうに去っていった。


……ラウプフォーゲルでの女の子パワー、すごい!!


「ケイトリヒ様、今日は早めに切り上げたほうが良いかもしれません」

「えっ、なんで!?」


「俺もそーおもう。正直、明日になれば貴族が探し出す勢いの影響力だ。俺も気軽に女の子にすればバレないなんて進言したけどよ、想像以上だったぜ。……その、なんだ」


だらしなく地べたに座ったジュンが、俺を抱っこしたペシュティーノを下から上までゆっくり眺めて、ため息をついた。


「……もーちっとさあ、小汚いオッサンみたいな見た目にできなかったのかね?」

「私の外見に問題が?」


「まあ、ペシュティーノ様『も』ですかね……私もジュンの進言に賛同しましたが、市民が予想以上にケイトリヒ様……いえ、コロン嬢に興味が集中しています。ジュンの言うとおりこのまま城下町をくまなく回れば、今日中には街中に移住者の情報がひろがって貴族に追われるハメになるかもしれません」


「えー!? わるいことしてないのに?」

「……追われる、というのは素性を調べられるということですか」


ペシュティーノが言うと、ジュンとガノが頷く。


「女児を連れた冒険者ってだけなら大した事ないと思ってたけどよぉ……みるからに品が良さそうな父親と、とんでもないかわいさの娘となると援助して恩を売っておいて、成長したら息子か親族の誰かに嫁いでもらいたいって思惑になるわなー、そーだよなー」


ジュンが失敗した、というように頭を抱える。


「とんでもないかわいさかー。かくしきれないなー」

「ケイ……コロンはともかく、私は」


「貴族のしきたりに通じてるってだけで話しやすいんですよ、貴族からすると。あらくれものの冒険者となると話が通じないことが多いですから。とにかく、噂が広まる前に今後の予定は手早く、なるべくコロン嬢の顔は周囲にみせずに進みましょう。場合によっては中断もやむを得ないとご承知おきください」



そういうわけで、それ以降はかなり機械的に予定を消化していくことになった。


早足のペシュティーノは早い。とても早い。馬車も追い抜く。


「ぱぱ、あれは」

「あれは貸道具屋です。いや、貸道具屋だ」


「かしどうぐや? まどうぐもある?」

「日常で必要なもので、少し値が張ったり大きな道具がメインだ。店の前に並んでいるとおり、荷車や農具といったところか。魔道具も少しはあるようだが、高価だからね」


「コロン、見てごらん。あそこが貸馬車のおみせだ」

「わ、どうぶ……まじゅうがいっぱい! ククルーってどれ?」


「城下町にククルーを借りるようなヒトはいないよ。ラウプフォーゲル周辺は街道が整備されているからね。プフェーアトやブリフしかいないよ」

「ブリフ? しゅりょうごやで見たやつだよね。どこ?」


「ああ、飼育下のブリフは少し小さくなるんだ。あっちの獣舎の陰の囲いに角が見えるだろう」

「ちっちゃい……あれなら仲良くなれそう!」


「もう行きますよ」

「あはい」


道行く人々が俺たちに気づいて興味を持つ前に、さっさと逃げる。何度か小さな子どもに「その子、あかちゃん? 見てもいい?」なんて声をかけられて無下にできずに会話したけど、それ以外は無視、むし、ムシ。

聞こえなかったフリ、スタンリーがぐずるフリ、ジュンが急いでるフリ、ガノが慌ててるフリをして乗り切った。



色々と見てまわって、時刻は昼過ぎ。


「け……コロン、そろそろ満足したんじゃないか?」

「んん……もうつかれた」


「そうだろう、そうだろう。短い時間で、たくさん見たからね。今日はこれからし……宿に戻って、復習しようか。気になったことや気づいたことを話し合ったらどうだ?」

「そうする……」


一度に情報をたくさん得たので、いわゆる知恵熱というやつだ。頭が痛い。

大きな像が立っている城下町いちの大広場は、石畳に直接座って食事をするヒトやベンチでまどろんでいるヒト、おしゃべりを楽しんでいるヒトやせわしなく駆け抜けるヒトもいたりして賑やか。


「はい、コロン。口を開けて」

「んあ、むぐ」


口を開けると、スタンリーがレオお手製の小さな蒸しパンを差し出してくれるのでパクリとかぶりつく。あまくて美味しい〜。


「……失礼、そちらのお方! それは、ラウプフォーゲルの菓子ですかな?」


少し離れたところから恰幅の良い、身なりの整った男性が話しかけてきた。スタンリーが明らかに舌打ちしたが、男性は少し近づいただけで離れたまま話しかけてくる。


「おくつろぎのところ申し訳ない。私は……」

「申し訳ない、今一瞬休んだところなのですが、すぐに宿に戻らないと。失礼します」


ペシュティーノがすぐに立ち上がり、申し訳程度に会釈をして去ろうとする。


「ああっ、そう仰らず! ではせめて宿だけでも教えていただけると!」

「失礼」


ペシュティーノは取り付く島もないくらいにさっさと足を進めると男性は慌てだし、後ろから追いすがるように叫ぶ。


「私はフィッツ・ローゼンメラー! 城下町で美味しいものの情報をくだされば、報酬をお渡ししますので! 名を覚えておいてください!」


その叫びを聞いて、ガノだけがビクリと後ろを振り向いた。


「しってるひと?」

「……あとでお話します」


ペシュティーノは迷いのない足取りで進み、まるで神殿のような高級そうな建物に逃げ込むように入る。ここなに? キョロキョロしていると、文官のような見た目の男性に迎え入れられた。……胸元に四翼の鷹の紋章が入っているってことは、ラウプフォーゲルの騎士隊所属のヒトだ。あ、今回のお忍び視察の協力者、かな?


「……お待ちしておりました。どうぞこちらへ。ご案内いたします」

「ああ、ありがとう……」


現代のホテルと比べても遜色のない、高い天井のエントランスホール。見事なフラワーアレンジメントが施された穏やかな女性の像が立っていて、足元には小さな池を模したビオトープ。洒落てるね。


「予定よりも早いお着きで」

「ええ、早めてしまって申し訳ない」


「いえいえ、構いません。連絡は頂いておりましたので」


ペシュティーノがチラリとガノをちらりと見ると、少しだけ肩をすくめた。広場からここに来るまで5分もかからなかったと思うけど、一体どこで連絡したんだろう?

というか、ここなに?

よくわからないうちに、階段を登って広めの一室に通される。

前世でいうとスペシャルスイートレベルの広さ。広いアメリカ風の家一軒分くらいはある部屋で、会議に使うような円卓とりっぱな椅子、ドアの向こうの日当たりの良い部屋にはベッドが並んでいる。


「ぺ……ぱぱ、ここって、ほてる?」

「ほてる? ……よくわかりませんが、ここはラウプフォーゲル領が直営する、迎賓館も兼ねた城下町随一の高級宿です。もう名前で呼んでも構いませんよ」


「こうきゅうやど! なんでこんなところに」

「帰り道として用意した場所です。領の直営ですので話も通しやすいですし、我々のような注目を集める旅人が『消えた』としても何ら疑問を持たれずにすみます」


「えっ!? 消えるって……」

「王子、たぶん想像してるの違うからな。女性冒険者と娘連れの元貴族がラウプフォーゲルの城下町まで来たら、御館様なり貴族なりが保護するだろ。そういうことだよ」


なんだ、人知れず消されるのかと想像したけど、そうじゃなくていわゆる保護ね。


俺たちに興味を持って調べようとする人物がいたとしても、この宿に入って出てこなかったとなれば……何かしら権力によって保護されたのだと想像がつくわけだ。


「ほえー。よういしゅうとうだねえ」


ペシュティーノがフードのリボンをするりとほどくと、そばに控えていた文官っぽい男性が慌てたように膝をついた。


「し、失礼しました。頭では王子殿下だとわかっていたのですが、お姿がどうしても違ったものですから……」


ペシュティーノと他の全員も、羽織のマントを外すと変化の魔法が解けたようだ。

文官の男性が感心したようにみている。


「ねえ、ペシュティーノはどういうひとにみえた?」

「は。穏やかそうで上品な面差しの外見でした」


「じゃあジュンとガノは!? じょせいに見えてたんだよね?」

「それは……その、まあよく見れば女性かもしれない、という程度には……」


あれ、ゴージャス美女じゃないんだ?


「そうなの?」

「あのな、ただでさえ女児連れは目立つってのに、さらに目立つ姿になんてなるかよ。実際の冒険者の女もこんなもんだよ。あえてこんな感じだよなあ?」

「まあ、そうですね」


ジュンとガノは2人でわかり合ってるように話すけど、俺には見えてないからね?


「……僕にはずっとジュンとガノにしか見えてなかったからどんな姿かわかんないんだもん。ねえ、どんなすがただったの?」


改めて文官風の騎士男性に聞くと、明らかに目を泳がせた。


「ケイトリヒ様、その方には少々答えにくいでしょう。ジュンとガノは男たちの気を引かないよう、程よく醜女(しこめ)にしてもらいました。……まあ、ラウプフォーゲル男性はあまり外見を気にしないので、少なくともパッと見てすぐ女性だとはわからない姿です」


醜女(しこめ)……。


「そ、そうなんだ」

「トーゼンだろ! 見るからに女ってわかったら、外見がどうだろうがラウプフォーゲルの野郎共は鼻息荒く口説いてきやがるんだ、そんなの御免だからな!」

「近くで声を交わすくらいであれば女性と気づかれたでしょうが、そんな暇もありませんでしたからね」


ペシュティーノとスタンリーは部屋の奥で懐からスクロールを取り出し、転送陣の準備をしている。ここから城に転送するのか。


「ガノ、さっきのひとは?」

「ああ……城に戻って話ましょう。これは、吉と出るか凶と出るか……」


ガノは難しい顔をして、考え込んだ。


城下町視察は今日はおわり。

今回の反省をふまえて、2回めはあるかな?

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