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6章_0087話_帰省 3

クラレンツが帰ってきた。

1ヶ月はかかるだろうとおもったところを、12日前倒しで帰ってきたことになる。


「基礎学科は全て修了試験合格点だ!」


自慢気に成績結果表を俺に見せつけてきて、アデーレは感涙をうかべるほど褒めちぎってたけど……。


「ぎりぎりですね」

「うーん、算術が満点なのはすばらしいが、歴史と言語学があやしげだね」


「合格点なんだからいいだろっ!」


俺とアロイジウスの辛口に、クラレンツもイライラ。

でもようやく、俺の城下町視察が叶う。

父上から、タイミングは「クラレンツが戻ってきてから」と言われていたんだ。まあ俺の滞在を伸ばすための理由付けだったのかもしれないけど。


今回は前回のように大々的に視察を行うのではなく、お忍び。

以前ペシュティーノが帝都に行くために姿を変えた魔法を、俺と側近にかけて最小限の数で城下町を見て回る。


お目当てというほどのものはないけど、市民が利用するお店がどんなものか、さらに服飾系と生活雑貨の商品の水準や、それがどれくらい市民にとって価値があるものなのかを知りたい。



「じゃあ、じゃあ、せっていは? どういう集団?」

「ケイトリヒ様の名は『コロン』、私の子で、長男は『エスト』、スタンリーです」


「ペシュがぱぱ! スタンリーのことはにいにって呼べばいっか! うひゅー! なんだかしんせん! 僕の名前はコロンね!」

「私は北方で落ちぶれた下級貴族で、C級冒険者です。冒険者になって日が浅いですが、食料に困らないラウプフォーゲルを拠点にするため子どもたちを連れて街にやってきたという設定です」


「そんなせっていでだいじょうぶ? 街のヒト、警戒しないかな?」

「……ケイトリヒ様、『コロン』は女の子の名です」


「ふぇっ!!?」

「幼い女児を連れてラウプフォーゲルに移住したとなれば、歓迎されることは間違いありませんから、大丈夫ですよ。むしろ、積極的に街になじませようと協力的になってくれるはずです」


すごいな女の子パワー。


「じゃあ僕は……僕っていわないほうがいいか」

「不意に出ても問題ありませんよ。女の子であることがバレないように、男の子のふりをしていると言い張りますから」


……外見から性別を判別できない幼児だからできる芸当だね。

って、だれが幼児やねん!


「側近たちは、ラウプフォーゲルの街に来るために北方で雇った冒険者という設定です。ジュンもガノも城下町では顔を知られてますから、どちらも女性に変身します。それでなおのこと歓迎されるでしょう」


女性冒険者は、帝国にはとても少数。でも王国や共和国には結構な数がいて、ケガをしたり生活が苦しくなると帝国にやってくる。女性冒険者は1人でも身を守りながら移動する手段と知識があるから、よくあることなのだろう。

そのまま帝国で冒険者を続ける女性は少なく、あっさり引退して結婚する女性が多い。


「だ、だいじょうぶなの」

「女らしく振る舞う必要はありませんから、大丈夫でしょう。むしろ冒険者の女性は、男勝りで言葉遣いも荒々しいのが普通です。逆にガノなどは丁寧すぎるので、貴族出身を疑われるかもしれませんね」


「オリンピオも……じょせい?」

「いえ、さすがに……私の貴族時代からのお付きということにしましょう。精霊様の変化の魔法は安定していますが、体型を大きく変化させるのは難しいそうですので。私のような細腕の冒険者がC級というのも疑問に思われそうですから、心強いバックアップがいるとわかれば納得してもらえるはずです。オリンピオは冒険者ではなく、かつてのとおり傭兵ということにしておきましょう」


「細腕……」

「細腕、ねえ」

何故かガノとジュンが呆れたように笑った。いやいや、ペシュティーノは細腕でしょ! 見るからに貴族っぽいシュッとした体型でしょう!


「パトリックとエグモントは?」

「パトリックは別行動、エグモントは本人の希望で留守番です」


エグモント、まだラウプフォーゲル騎士隊の仕事させられてるのかな。

まあ、今回は人数を絞りたいという話だったから辞退したのかもしれない。

ちなみにシャルルもまだラウプフォーゲルで文官仕事の研修中だそうだ。


「べつこうどうって?」

「彼は彼なりに城下町の様子を知りたいそうです。帝国ではシャッツラーガー領以外に出るのは初めてですからね」


パトリックのほうは逆に変装などはせず、お針子たちと公式に外出という設定なんだそうだ。確かに、パトリックは王子の側近として出かけたほうがいろいろと便利だろう。


と、いうわけでお忍び城下町訪問は俺含めた側近6人と、秘密裏に事情を通達されている街の騎士隊治安維持部だけが知るものとして敢行された。



「冒険者の引き継ぎ登録を頼む」


レインコートのようなフードマントをつけたちっちゃい俺を抱き上げた状態で、ペシュティーノ……いや、パパが最初にやってきたのは、冒険者組合(ギルド)

まだ薄暗い早朝のうちにラウプフォーゲルの外門にある騎士の勝手口みたいなところから出て、ラウプフォーゲルの城下町を放射状に区切る内城壁を通って北門へ。

ラウプフォーゲル城下町に入るための北門の詰め所から出て、町を通って冒険者組合(ギルド)へ。


かなり遠回りになったけど、自然に街に入ったように見せるための工夫らしい。

そんな気にしてるヒトいないと思うけど?と言うと、ジュンが「それは平和ボケした異世界人の感覚」と言ってバカにしてきた。ムカー。

でもジュンの言う通り、テキトーにつじつまの合わないことをペラペラといい続けると嘘吐きと怪しまれて場合によっては通報されることもあるそうだ。

ラウプフォーゲル市民の防犯意識、すごい高い。


北方からの冒険者が移民として拠点を移す、という設定を守るには、最初に行くべきなのは冒険者組合(ギルド)。北方で発行された冒険者証明を更新して拠点変更手続きをしなければ、永住を希望する人物として不自然だから、だそうだ。

ちなみにこの冒険者証明、ペシュティーノがその昔に取得した本物。名前などはディングフェルガー先生の協力を得て書き換えているらしいけど、一体どんな過去を持っていたのやら。


に、しても、冒険者組合(ギルド)って予想外に小綺麗。飲んだくれのならず者みたいなのもいないし、酒場らしいスペースもない。早朝という時間のせいか、客のいない銀行か郵便局といったみたいに整然としていて、閑散としてる。


王国の冒険者は、その功績を帝国で1ランク下げて引き継げる。

ランクが下がるのは、移動したことによって土地勘がないことやその地域の魔物の特性の理解が追いついていないことを考慮してのことで、決してイジワルとかではない。


「へえ、見た目からして北方人っぽいとは思っちゃいたが、王国のC級かい。後ろのでかいのは護衛かい? しっかし、王国はランク付けが辛いって評判らしいじゃないか。こっちじゃ1ランク下がっちまうが、通常登録でいいのか?」

「通常以外に方法があるのか?」


冒険者組合(ギルド)のカウンターのおじさんは、気さくに話しかけてくる。

組合(ギルド)ではジュンとガノは外で待機、オリンピオだけがついてきてる。

ペシュティーノは慣れない言葉遣いのせいか、少し声が低い。


「試験登録って手もあるぜ。個人のC級相当の依頼を3つこなせば、C級のまま帝国でも活動できる。……子連れなら、なるべく高いランクで実入りが良いほうがいいんじゃないか? ずいぶん小さいな、いくつだい?」


組合(ギルド)のおじさんの声が近くなる。

見たくてウズウズしている声だ。


「……今年で3つになる。失礼した、どうしてもついてくるときかなくて。しばらくゆったりしたいので、通常登録で構わない」


「そうかい。いやー子どもは宝だ! ちっちゃなおててがかわいいねえ、そっちの坊っちゃんも成長期だろう。子供なんていつまでも親について回るわけじゃねえんだ、かわいがってやんな」


おじさんがガハハと笑いながら、何かの書類をピラリと机に置く。

ほんとにラウプフォーゲル人は子供が好きみたいだ。


書類が気になって振り向くと、おじさんがフードを覗き込むように「お? 坊や、お目覚めかい?」なんて声を高くして聞いてくる。このおじさんかわいいな。


「……こっちは、娘だ」

「なんだって! そりゃあアンタ、ラウプフォーゲルに来て正解だ! ここラウプフォーゲルじゃあ、娘さんはみんなのお姫様だ。アンタが預かってほしいといえば、面倒を見たがるご婦人方が列をなすだろうよ! ん? お嬢ちゃん、こんにちは!」


フードの下からめちゃくちゃ覗き込んでくる。


「ぱぱ、おぼうし、とってもいい?」

「ああ、いいよ。この街は安全だから。エストも、フードをとりなさい」


もたもたとフードをとると、おじさんのめがキラッキラに輝いた。

と、思ったら目の前からフッと消えた。


「お嬢ちゃんだって!? どきな、おっさん!」

「女の子? 北方から……って! ふわあ、なんてかわいいの!」

「ひやああ、ちっちゃ! ちっちゃあい! 女の子って、こんなにちっちゃいの!?」


カウンターの奥から会話を聞きつけた女性が3人、おじさんをものすごい勢いで押しのけて俺を見て顔をとろけさせる。みんな年齢不詳の美女で、ダイナマイトなボディ。ゲイリーW夫人ってラウプフォーゲルの標準だったんだね……。


「コロン、ごあいさつは?」

「こんにちぁ……」


あんまり絡みたくないので恥ずかしがり屋の女の子、って設定にしておこう。

ペシュティーノのマントに顔をうずめると、背後で女性3人が黄色い声をあげた。


……俺には、ペシュティーノの姿はペシュティーノの姿にしか見えない。スタンリーもスタンリーのままだ。

今回も精霊の「変化の術」は、皇帝居城(カイザーブルグ)に行った時と同じように俺の目だけはごまかせないらしい。ペシュが他人にどういうふうに見えているか見たかったのにな。俺もどういう姿に見えてるんだか。まあ、元の姿でも女の子っぽい仕草をすれば多分バレない。


「かわいいわあ〜〜!! お父さんゆずりの金髪なのね!」

「ぷくぷくほっぺ……なんて可愛らしいの、妖精だわ。妖精よ」

「コロンちゃん、こんにちは! お姉さんはエルカっていうの。よかったら、抱っこさせてくれないかしら〜?」


3人のうち1人の女性が俺に猫なで声で言う。他の2人は、「ちょっと抜け駆けずるいわよ!」とか「私も抱っこしたい!」とか言ってる。俺、金髪なのか。この世界にも、一応遺伝みたいな考え方はあるんだな。


「やー」


顔をそむけてペシュティーノの鎖骨におでこをくっつけると、女性たちは悶絶した。


「ああん、残念。フラれちゃったわねえ」

「いいのよぉ、見て、パパのマントを握るおててがまるでモモ!」

「んんん、かわいいっ!」


「……すみません、ラウプフォーゲルに来るまでのあいだは見知らぬ方に女の子だとバレないように警戒していたもので、少し人見知りになってしまったようです」


ペシュティーノがお愛想で女性たちをフォローする。

モモってなに? 桃? それお尻じゃない?


ちらりと書類を見ると、名前の欄には「ペシュタート・エビングハウス」と書いてある。

偽名だろうけど、名前の最初の文字をあわせてくれるあたり俺の失言予防策かな?


「オヤジ、頼む」

「はいはい、ちょっとお嬢さんがた、どいてくださいよ。ん、記入事項は……問題ないみたいだが。アンタ、永住希望かい。見るからに北方人風ってのに、家名は帝国風だな?」


「ああ。永住について、なにか注意事項があれば知りたい。家名は、私の死んだ母のものだ。ラウプフォーゲル人だったそうだが、顔も知らん」

「注意事項ってほどじゃないが……永住申請するなら、この後はラウプフォーゲル騎士隊の詰め所に行かないとだな。まあ、その子を連れていけば通りやすいと思うぞ。母親がラウプフォーゲル人と知れば、なおさらだ。ちなみにその子の母親はどうなんだ?」


「この子の母親は北方人だ。産後の肥立ちが悪かった上に食糧不足が重なって死んだ」

「ああ、悪いこと聞いちまったな、すまねえ。詮索するのは許してくれよ、今は北方との関係があまり良くないらしいからな。永住希望者とはいえ、詰め所で誓言するまえはちっと警戒しなきゃなんねえことになってんだ」


(誓言? 精霊がする誓言の楔の人間バージョンみたいなものかな?)


「ぱぱ、セイゴンってなあに」

「さあ……オヤジ、誓言っていうのは、なにか儀式みたいなものなのか?」

「俺は生まれも育ちもラウプフォーゲル城下町の都会っ子だから知らねえよ。ただご領主様が最近導入した新しい魔法陣らしい。ラウプフォーゲルに入ってくる移民は、『誓言』しないと一時的な市民権ももらえないそうだぜ。後ろ暗いことがなけりゃ、特にビビるようなことじゃねえらしいからサッサと行ってお嬢ちゃんを安心させてやんな。ほい、仮の冒証(ボーショー)だ。永住許可が降りたら本証に変えてやるから、またこい」


おじさんは俺の方をチラチラみてはニコニコして手を振ったりしながら言い切ると、ペシュティーノを追い払うような仕草をした。

冒証(ボーショー)って……冒険者証明書の略? 略し方が日本的〜!


「世話になった。無事に永住許可がおりたら、またたのむ」

「いやいや、そのあいだもちゃんと冒険者としての仕事はしろよ〜? あ、もしかして本業はべつにあるのか? まあ、いいや。たまにはお嬢ちゃんを見せに来いよ〜」


ペシュティーノは頭を下げてその場を辞すると、肩口に顎を掛けた俺に向けておじさんと3人のゴージャス美人がめちゃめちゃ笑顔で手を振ってくる。

なんとなくその絵面が面白くて手を振ると、また黄色い声が上がった。


「つめしょ、いきたい」

「さすがに詰め所に子供を連れて行くのは非常識ですよ。宿を取って、日を改めて行くということにして市場へ行きましょう」


「いちば!」

「この時間であれば北側にはまだ朝市がいくつか残ってるかもしれません」


城下町では通常の店舗のほかに、肉や魚、輸入食材や輸入雑貨などがメインの市が立つ。

野菜や穀物は年中どこでも何かしら必ず手に入る上に、そちらのほうが安いので市ではほとんど並ばないんだそうだ。


大通りは店の外に商品を並べる青果店や、入口の前の石をホウキで掃いてるヒト、何かを運び込むヒトや持ち出すヒト。店が開く前の開店準備中みたいだ。


「ここから市場ですよ。もう撤収が始まってますね」


町の店構えに気を取られていると、もう市場へ足を踏み入れたようだ。

振り向くと、ものすごく広い広場にずらりと並んだ革のテント。学校でよく見た雨除けみたいなやつ。天蓋っていうのかな。

その下には荷車に木箱を詰め込むヒトがたくさんいて、なるほど撤収準備中だ。数人はまだ座って商品を広げているけれど、あんまりやる気のないヒトたちばっかり。


でも俺達を見ると、「お父さん、新鮮な肉があるよ!」と思い出したように声をかけてくる。ペシュティーノは数人やりすごすと、そのうちの1人をジッと見た。

ヒゲモジャすぎて人相はわからないけど、色艶の良いお肉が並んでる。


「おっ、買ってくかい、色男の兄さんよ!」

「ずいぶんいい状態の肉だが、売れなかったのか?」


「兄さん、目利きだねえ。そう、何を隠そう、市に遅刻しちまってよ! 朝方まで大物のポルキートを追ってたんだが、結局取り逃すわ市には遅刻するわ、散々だ。なあ、ちっと安くするから買ってってくれよ。ほら、そっちの坊やなんて、新鮮な肉を食べたいお年頃なんじゃないか?」

「どれくらい安くなる?」


「こちらのポルキートならだいたい8カレッツァ(30キログラム)ほどだが、丸ごと買ってくれるなら通常1000FR(フロー)のところを、800FR(フロー)にまけるぜ!」

「600FR(フロー)なら買おう」


えっ、買うの? こ、これから街中を視察しようっていうのに!?


「おいおいおいおいおい! あんた、俺の話聞いてたか? 俺は今日散々なんだよ! お願いだから手加減してくれ。750FR(フロー)でどうだ? これ以上は流石にムリだ、俺にもガキがいんだよぉ」

「実のところ、こっちは今日買わなくても構わん。明日の市を待てば、アンタが仕留め損ねたポルキートが並ぶかもしれないからな」


「くぅ〜、言ってくれるねえ、730だ! こっちは今をやりすごして昼市に出すって手段もあるってことを忘れんなよぉ、これ以上は引かないからな!」

「そうか、昼市。だが、朝市の売れ残りと聞いたら客はつかないんじゃないか? 650でどうだ」


そこからは5単位でお互い数字だけを宣言し合う値引き交渉タイム。

日本でも東京生まれの俺としてはあまりこういう交渉に慣れていないので、ペシュティーノって優しいおかんってだけじゃなく肝っ玉おかんでもあったのか……なんてボーッと聞いてた。


「クソッ! 700だ!」

「いいだろう。買おう」


店主はガチめにゲンナリしてた。この勝負、ペシュティーノの勝ちのようだ……と思ったら。


「はい700FR(フロー)ちょうど〜。はあ、包むからちょっと待ってな」

「まて、店主。あの淡い色の肉は……もしや、イエルポではないか?」


「お? おお!? アンタ、イエルポの価値を知ってるのか!? 狩り先で出会った冒険者が仕留めたところを、肉だけ買い取ったんだがよお、ラウプフォーゲルでは全然反応なしで困ってたんだ! 実は3日経ってるんだが、もともと価格交渉でふっかけるつもりだったから冒険者の魔導士に上等な保存魔法をかけてもらってる。まだ新鮮だぜ!」

「脚だけか……」


「に、肉付きはかなりいい! 処理されやすい皮も残ってるから、ジューシーだぜ!」

「ポルキートと同じ値段で、2本とも買おう」


「うぇええっ!? い、いいのか!」

「ああ、イエルポは好物なんだ。ちなみに、私はもっと上級の保存魔法をかけられる」


「まじかよっ! じゃあもうちょっと買っていけよ! こっちのモルモルの肉! クセがないから、子供が好きだぜ! 10匹分セットで、700FR(フロー)でどうだ!」

「1匹70FR(フロー)か……たしかに多少は買い得だが、さほど魅力を感じないな」


「ええいじゃあ600FR(フロー)でいいや!」

「ふむ、買おう」


ぺ、ペシュティーノさん??


「マジかッ!?」

「うちは肉の消費が多くてね」


そう言って、ペシュティーノが後ろのオリンピオを指差す。


「おわっ、荷を積んだ荷車かと思ったらヒトかよ! たしかに、アンタたちなら3日で食べ尽くしそうだな! いやあ、ここまで買ってくれたなら、ちっとおまけしてやるよ。ほら、干し肉だ。俺の親父の特製だ、うまいんだぜ!」


ヒゲモジャのおじさんは、ぱりぱりした布みたいなもので肉を包んでいく。

紙が貴重だけど、布は安いんだっけ。

店員さんがオリンピオの背嚢にせっせと肉を詰めているところをみながら、ふと店先に置いてある頭蓋骨に目が行く。ヒトに似ているが口元が前に出ていて、牙がある。サルみたいだが、額に大きなトゲのような角があり、後頭部にもちょこっと出っ張りがある。


「ぱぱ、あれなに?」

「ん? ヌエの骨か……いや、違うな。ヌエは額に角などない」


「これはヌエの上位種『オウヌエ』の骨だ。知り合いの冒険者から形見分けに譲ってもらったんだが、看板代わりにな。お陰で俺は市場のあいだじゃ『オウヌエの狩人』なんて呼ばれてる。ハハッ、毒を扱うヌエの肉屋なんて、人聞きが悪いよなあ」


「(ねえペシュ、これアンデッド化したりしないの?)」

「角に紐が結んであるのは、浄化済みの証か。しっかりしているな」


コソコソと耳元で話しかけると、ペシュティーノは店主と話すテイを装いつつ俺に説明するような話題。


「そりゃあ、浄化もしてない頭の骨なんて町に持ち込んだら処罰されるからな! 浄化された頭骨は魔除けになるっていう地域もあるらしいから、御護りがわりだ。はいよ、おまたせ! いい圧縮袋持ってるなあ、どっかの貴族のお抱えか? 俺ァ毎週3曜日には朝市にいるからよ、ご贔屓にたのんますわ!」


「ああ、いい買い物ができた。また会おう」

「どーも、ありがとっざっしたー!」


あいさつが短縮されていく現象は、異世界でも同じ。

さすがにペシュティーノは買い叩いた自覚があるらしく、温情で他の肉を買ってやったらしい。ホントかなあ? イエルポの肉が好物なのは事実だそうだけど、温情とかでなくホントのホントに食べたかっただけじゃない?


俺たち一行は肉を受けとって、ほとんど終わりかけの朝市を一周。ペシュティーノの長い脚で歩いても、かなりの時間がかかるくらい広くて、店が多い。


数十メートル歩くごとに、なんだか蒸した芋のような香りがしてくる。

キョロキョロと見ると「蒸したて モモ」というのぼりが見えた。が、どの店も蒸し器を片付けている最中で、商品がない。


「ぱぱ、モモってなに?」

「ん? ああ、コロンのお手々のような、ちいさなまんじゅうだよ。中には甘辛い肉が入っている」


まんじゅう! さっき冒険者組合(ギルド)のお姉さんたちが言ってたモモって桃じゃなくてそれだったのね。


それにしても、広い市場だ。


「ラウプフォーゲルじょうかまちって、じんこうどれくらい?」

「人口? たしか城郭内は500……いえ、520万人ほどでしょうか」


え! すご!!

日本の中核都市よりも大規模じゃん! さすが食料に困ってないラウプフォーゲル!


「じょうかくないだけで!? じゃあ、ラウプフォーゲルぜんたいは?」

「2200……近い内に2300万に届くくらいだったかと。ただし、これは他の領からの一時的な滞在や移民申請中の人間は省きますので、それを含むと2600万人程度になります」


すご! オーストラリアと同じくらいいるじゃん!

ペシュティーノ、口調がもとに戻ってきてるよ! パパ設定はどうした!


しかし、これはラウプフォーゲルだけでもかなりの経済圏があるってことだ。それに、ラウプフォーゲルは北西にフォーゲル山があり、ひとっこひとりいない地域がある。そのうえで2300万人いるうちの2、3割しか城下町にいないとなれば、隅々まで住人がいるということじゃない?


「じょうかまちの次におおきいまちは?」

「そうですね……港町ジーレーナやガノの地元であるラバン、あたりですかね。どちらも200万人に近い数です」


にひゃくまん……俺の覚えてる限りでは確か長野県や新潟県あたりの総人口と同じくらいだったと思う。東京ほど人口の一極集中はないみたいだけど、ラウプフォーゲルのポテンシャルは現代日本の基準で考えてもなかなかに高い。


そりゃあラウプフォーゲル内でだけって限定されてるお砂糖だけでも俺がお金持ちになっちゃうわけだ。それに加えてトリューはすでに旧ラウプフォーゲル全体を巻き込む産業になりつつあるし、それに伴いトリュー魔石の売上は急角度の右肩上がりだ。


「ケイ……いえ、コロン、みてごらん。あのしっかりした建物だが」


ペシュティーノ……じゃなくて、パパが指差す方を見ると大きな公園で見かける売店みたいな建物。窓口だけで商品の陳列はされておらず、ヒトもまばらに集まってる。よく見ると木の看板に「次の販売は6刻(正午12時)です」と書いてあった


「なんのおみせ?」

「トリュー魔石の販売店だよ。生産が安定してだいぶ旧ラウプフォーゲル領地にも行き渡ったから、市民に向けて数量限定、身元確認のうえで販売している。魔道具の研究者や豪商などが買い付けに来るそうだ」


トリュー魔石の工場……そういえばあのものすごく安全対策が杜撰(ずさん)な、トリュー工場は今はどうなってるんだろうな。事業が父上の手にわたってからというもの、あまり興味がなくなっちゃって報告書の流し読みくらいしかしらない。

工場自体の数は増えてるそうだけど。


「へいみんにもうってるんだ」

「ええ、それもこれもケイトリヒ殿下が設計した流出防止の魔法陣のおかげです。他領や他国からの不正な持ち出しを心配する必要がないおかげで、平民の手にも売れるのです」


トリュー魔石販売所の店頭には「使用範囲はラウプフォーゲル領内限定」とでっかい文字で書かれてる。その下には「不正に持ち出した場合、破壊魔法が発動します。その分の補償はできません」と1文字1文字に強調マークがついた張り紙……というか張り板が、店の両脇に立てられている。破壊魔法……。


「はかいまほうがはつどうしたら、どうなるの?」

「さあ……どうなるんだろうね。見てみたいけど、実際に見るのは犯罪者だけだよ」


近くに俺を見てニコニコしているおじいちゃんがいたので、ペシュティーノは慌ててパパ口調に戻す。


「(その名の通り魔石の()()()()()されます。領主直下の魔石管理事務局に位置情報が送られます。近隣の騎士隊に共有され、お縄というわけです)」


コソッと俺にだけ聞こえるように教えてくれたけども。

え、魔石じゃなくて魔石の周囲なの?

さらにその時、半径10メートル内にいるヒトに魔法的なペイント弾みたいなものがつくらしい。これは付けられたことを本人が察知できず、解除するには恐ろしく難しい魔法陣を組まないとできない。騎士隊はそれを察知する魔道具を配っていて、それをもとに逮捕者を見分けるそうだ。そしてトリュー魔石は当然魔力が完全に抜けた「カラ魔石」となり売り物にならない。

カラ魔石もまた資源なので追跡機能があるそうだ。


転売防止魔法、すごい。

俺が組んだのはラウプフォーゲル領から出ると何らかのアクションを起こすものと、位置情報を把握できるという2つの魔法陣だけだったのだが。

その発案と魔法陣を改良して今の形にしたのはペシュティーノだろうし、実際に運用できるまでブラッシュアップできたのは父上や騎士隊の協力あってこそだ。


「ラウプフォーゲル、すごいね」

「そうだね、素晴らしい領主様が治めているんだろうね」


少し大きめの声でそういうと、俺たち親子を見ていた周囲の大人たちが振り向いて誇らしげにニッコリと笑った。


俺も、ユヴァフローテツの統治がんばろう。

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