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6章_0085話_帰省 1

フランツィスカとマリアンネは、その後ファッシュ分寮に一泊して帰っていった。


本来、婚約もしていない女性が男性の住まいに宿泊するなんてとんでもない! と、俺としては思うんだけど、ラウプフォーゲル貴族にはあまりそういうのない。

女性が望めば、それは正しいのだ。恐ろしい世界線。


まあ、フランツィスカもマリアンネも俺とはかなり遠縁ながらもファッシュ一族の親戚だからお互いの両親は合意してるし、分寮がどの宿泊施設よりも安全なのは認める。


メイドと衛兵は初めての女性客にものすごく気合を入れて頑張ってくれた。

だって分寮のエントランスから廊下まで、令嬢たちの目につきそうな部分は豪奢なお花がこれみよがしに飾られてたもの。なんかひらひらした鮮やかな布とかも飾られてて、令嬢たちも「洒落てる」なんて言いながら感心してた。


花はアヒムと精霊たちが気合いれて咲かせ、布はメイドたちが急遽アクエウォーテルネ寮に発注して揃えた飾り布。その飾り布は風もないのにひらひらと揺れて、柔らかな空気の流れをつくって花の香を漂わせる効果がつけられている。大輪の花との相乗効果はメイドと令嬢たちのお気に入りになった。


急な発注にかなり苦言を呈したアクエウォーテルネ寮の院生研究者たちだが、その後グランツオイレから大量に注文が入ると手のひらを返したようにメイドたちに礼を言いに来たそうだ。旧ラウプフォーゲル勢力はメイドまでスキなく力を伸ばしていると噂されたとかされないとか……。


かくして、学院祭は閉幕。

1日目の演劇を見たくらいで、なんとなく満足しちゃった。

アクエウォーテルネ寮の研究発表についても、以前オリエンテーションで見たものとあまり代わり映えしないという前情報をもらったのでスルー。

2日目の「フェガリ」の演劇は同伴者がいないので行けないし。

3日目は生徒たちのダンスパーティーがあるらしいけど、俺、踊れないし。


期待ほどではない学院祭、という結論になった。

一緒に作り上げる側になったらまた変わるのかもしれないね。



さて、魔導学院最終日。


ウィンディシュトロム寮の院生で俺の家庭教師になってくれたマール・アイネムのおかげで無事、共通基礎学科はすべて修了。そして専門学科である調合学と魔法陣学についても進学試験をパスして、来年からは高等教育に入る。

しばらく様子見するつもりだった生活魔法や魔導系の学科についても、1ヶ月の在宅教育期間のおかげでだいぶ進んだ。今となっては自宅待機になってよかったって言える。


「さて、クラレンツあにうえ、ジリアンあにうえ。僕たちはきょうで分寮をさるわけですが……1ヶ月いないにかえってこなかったら、父上におしおきされますからね?」


最後の朝食の席で、俺はやんちゃな2人の兄たちにチクリと釘を刺しておく。

お別れ朝食会ということでメニューは豪華に飾り付けされて、ちょっとしたパーティ。といっても2人はこのあと授業だし、俺達はラウプフォーゲルへの帰路につくので量は軽めにね。


「はあ!? な、なんだよそれ! 聞いてねえぞ!」

「まて、それは俺もか? 父上というのはケイトリヒのか、俺のか」


「もちろんジリアンあにうえはジリアンあにうえのちちうえです」


「ジリアン、クラレンツ……言いにくいことだけど、インペリウム特別寮で早期修了期間以降に残る生徒はほとんどいないそうだよ。この分寮も、下の特別寮も、かなり閑散とするだろうね」

「私達がいないからと言って、サボるんじゃないぞ?」


エーヴィッツあにうえも、アロイジウスあにうえも俺と一緒に実家に帰る。

せっかくなのでトリューで送っていくという話になって、2人は喜んでくれた。


「うっ……は……ハイ……」

「いやだあああ、父上のお仕置きはいやだあああ」


「レオはつれてかえりますけど、レオの弟子のりょうりにんがいるから」

「そ、そこはマジでありがてえ……感謝するよ」

「もう俺、食堂の硬い野菜とクサい肉が食えなくなっちゃったよ……どうしてくれんだ」


クラレンツとジリアンは、早期修了できなかったこととは全然別のところで落ち込んでいる。なんか危機感たりなくない?


「クラレンツあにうえ、ジリアンあにうえ!! らいねんは、僕たちといっしょにかえりますからね。あにうえたちが残るだけで、分寮の防衛、料理人、使用人のじんけんひがムダにかかるんです。それは、領民の血税ですよ! らいねんは早期修了をぜったいげんしゅで、ベッカーにじゅぎょうをちょうせいしてもらいますから」


反論してくるかと思ったけど、さすがに費用面の話を切り出せばクラレンツもジリアンも黙って頷いた。……どうやら分寮に残されていくのはそれなりに寂しいらしい。


「精霊様は分霊体が邸内にいらっしゃいますので、浴室や清浄機能に問題はありません。ただ、主であるケイトリヒ様が不在となるので彼らと交流はできない可能性が高いです。もしなにか邸内で精霊様に関する不都合がありましたら、この魔法陣で私にご連絡を」


ペシュティーノが小さな魔法陣スクロールの束をクラレンツの側近に手渡す。


「こ、このような高級な魔法陣を私たち使用人に渡してよいのですか?」

「転売や悪用はできない仕組みになっておりますので、問題ありません」


ディングフェルガー先生特製、限定双方向通信魔法陣だ。

特製って言ってるけど、3分の1くらいは俺が設計したんだからね?


「アヒムはしばらく分寮にのこるから、ちょっとだけ気にかけてあげて。……もしかしたらおにわでたおれてることあるかも。食事をわすれてるだけだから、砂糖水をのませればだいじょうぶ」


アヒムはディングフェルガー先生のように失神はしないけど、研究に夢中になりすぎて食事もせずに庭園の中で寝入ることがよくある。植物精霊に愛されてるので風邪をひいたりはしないみたいだけど、普通に心配だよ。


「アヒム・ハニッシュはいいけどよ、殺人鬼メガネは? 連れて帰るんだろうな?」

「ディングフェルガーはまだ補講指導があるのでしばらく学院に残りますが、ケイトリヒ様のいない分寮には来ませんよ」


ペシュティーノの補足にジリアンがすごくホッとしてた。

もう魔法陣学は習ってないのに、こわいのかな。聞いてみたら、どうやらトラウマがあるらしい。ほんとに生徒に心の傷を残すタイプの教師なんだね……。



授業に向かうクラレンツとジリアンと別れの挨拶を済ませ、アロイジウスとエーヴィッツの2人とスタンリーと俺は屋上へ。これから約3時間の空の旅だ。


「わ、以前に乗ったものと形が変わってる。これは、父上の視察用馬車と同じだね」


アロイジウスが興奮気味に駆け寄った貴人向けの浮馬車(シュフィーゲン)は、確かに以前父上と帝都に向かうために乗った形に似てる。全体がつるりとした鏡面仕上げだけど馬車と違って車輪はない。新幹線の頭みたいにちょっと流線型なのは、やっぱり高速で空を飛ぶ上で空気抵抗を加味したデザインなんだろう。


「僕もあにうえたちといっしょにのりたいな……」

「そういえばケイトリヒは以前、牽引するほうのトリューに乗っていたね……でも会話はできるんだろう?」

ションボリする俺を、アロイジウスが慰めるように撫でる。


「ケイトリヒ様、今回からは乗れますよ。精霊様と技師たちで密かに改良を加え、ケイトリヒ様がどこにいらしても魔力供給ができるように魔法陣を改良しております」

「え! ほんと!! すごい! さすがディングフェルガー先生!」


ペシュティーノが思わず満面の笑顔になった俺を見て、満足そうに頷く。


「……設計を改良したのは、あれではなく私です」

「あ、そうなの。ありがとうペシュ!」


長い脚にギュッと抱きつくと、抱き上げられて頬ずりされた。

ペシュティーノのほっぺは骨ばってるけどいつもサラサラね。


「ケイトリヒ様の専用機トリュー・コメートには私が乗りますので、ケイトリヒ様は兄君たちとご一緒に浮馬車(シュフィーゲン)にお乗りください。お話が弾むように、空撮機能や拡大画面なども用意しておりますよ。魔導騎士隊(ミセリコルディア)と並列飛行編隊を組むため以前よりもゆっくり飛びます」


「うわあ、すごい! もう魔導学院があんなに小さいよ! 上から見るとシャッツ山脈ってあんなにトゲトゲして……なんだか、拷問具みたいだね」

「えっ、エーヴィッツあにうえ、ごうもんぐ、みたことあるの」

「いや本で見ただけだけど」


「ケイトリヒ、拡大するにはどうするんだったか……こう? あ、こうか?」

「ひとさしゆびとおやゆびをこうやって」

「できた! わあ、すごいな。下の街道の石ころまで見えるじゃないか。あっ、あれはゴッテスアンベリテン(カマキリ)じゃないか?」

「ぴゃっ!」


つるりとした球体のガラスのような内側は、スマホの画面のように指先で操作するとどの場所でも任意に拡大できるようになっている。アロイジウスが拡大した先には岩の上でひなたぼっこするゴッテスアンベリテン(カマキリ)がいたようで、大きく映し出された。

びっくりしてスタンリーにしがみつくと、優しく頭を撫でてくる。

どうしてあにうえたちは虫ギライの俺をいつまでも理解してくれないの!


「ああ、ごめんごめん! ケイトリヒは魔蟲がキライだったね」

「どうしてそんなにイヤなのかな? カナグモなんかは煮て食べると美味しいのに」

「カナグモはカニ! クモじゃなくてカニ!」


「カニ……ってたしか、海にいる?」

「ケイトリヒ、カニを見たことがあるのかい? というか、クモがダメでカニが大丈夫というのも意味がわからないけど……」


あっ、生き物の名前は地雷だった! またなにか名称の認識に微妙な違いを感じる!


「カニはずかんでみました。クモはカサカサしてるからイヤ!」


クモミさんでだいぶ克服した気がするけど、やっぱりダメなもんはダメだ。近くならふわふわしてて平気だけど、全体のフォルムを見たら怖気(おぞけ)がする。


「そうなのか? じゃあ城でもし……」

「ゴホゴホッ!! 失礼、アロイジウス殿下、申し訳ありませんがそちらの飲み物をっ、ゴホッ、取っていただいてもよろしいでしょうか」

「だ、大丈夫かいスタンリー」


広い車内はゆったり座っても大人8人が乗れる広々空間。飲み物の入ったダッシュボード状の箱の側にいたアロイジウスの側近がすごい不愉快そうな表情でぶどうジュースの瓶を手渡す。王子に物を取らせようとする側近なんて、スタンリー以外なかなかいないだろうね。


「スタンリー……キミ、ときどき異常に(むせ)るけど、それって」


「あっ! ケイトリヒ様、代母様のお山が見えてきましたよ。『聴覚阻害フーン・シュトロゼンダ』|(アロイジウス殿下、エーヴィッツ殿下、ケイトリヒ様は虫が大の苦手です、本当に、信じられないほどお嫌いで急に目の前に現れたりなどしたら強力な魔導を放つくらいです。ラウプフォーゲル城にムース(ネズミ)捕りの巨大なクモが生息していることを知れば二度と城に寄り付かなくなりますから、絶対に、絶対に言わないでください! お願いします!)」


「わ、ほんとだー! あれけむりかな、ゆげかな? あにうえ、みて! あれドラゴンじゃない!? あれ、あのとんでるやつ!」


俺が窓の向こうの景色に気を取られ、パッと後ろを振り向くと、兄上たちは何故かスタンリーを見て頷いてた。あにうえの側近たちも、何故かちょっと驚いたようにスタンリーを見ている。なんかヘンな雰囲気……?


「あにうえ?」

「ああ、えーと、どうした? なんだって?」

「ドラゴンなんていないよ、あれはたぶん、翼竜(ワイバーン)の亜種じゃないかな」


「ん……なにかあった?」

「いや、スタンリーがさっき(むせ)たのが少し心配だっただけさ」


「そう? ねえ、翼竜(ワイバーン)のあしゅ、ってあぶないまじゅう?」

「いいや。羽を広げていると大きく見えるけれど、臆病でヒトには寄り付かないし、腕のたつ弓使いであれば一撃で倒せる。空を飛ぶから油断ならない魔獣だけど、さほど強くはないと聞いてるよ」

「あ、ああ、ヴァイスヒルシュでもよく見かける。肉が美味しくて高く売れるらしい。冒険者がぶら下げてるのを見たことがあるだけだけど。飛んでるのは初めて見たなあ」


「ふうん? たべてみたいなー」

「冒険者組合(ギルド)に依頼すれば、さほど待たずに手に入れられると思うな」

「そんなことできるんだ!」

「ああ、養父様はお祝いごととなると必ず好物のカナグモを組合(ギルド)に依頼するよ」


……そこはかとなく、俺の意識がそれたことにあにうえたちがホッとしている気がするけど、まあいいや。忘れよ。あにうえたちにだって、俺に隠したいことのひとつやふたつあるだろうよ。うんうん。俺ってオトナー。



3時間は長いだろうから絶対寝るわー、と思ってたけど、アロイジウスとエーヴィッツとスタンリーとの会話が楽しすぎてあっという間だった。


ラウプフォーゲル城、とうちゃく!


正面玄関の馬車回しに降り立つと、ずらりと使用人たちが迎え出てくれている。

並んでるのはアロイジウスの側近たちみたいだ。


俺たちが浮馬車(シュフィーゲン)から降りると、出迎えの筆頭に立っていた側近が「おかえりなさいませ、アロイジウス殿下!」と声を張り上げ、後ろの使用人たちもそれに続く。

仰々しい出迎えにタジタジのアロイジウスが、少し困ったように俺を見る。


「長旅でお疲れでしょう。御館様とのご会食のお時間まで、ゆっくりお休みください!」


俺とエーヴィッツから引き剥がすように側近たちが割って入り、アロイジウスを連れ去ろうとする。なんか、やなかんじ!


「離せ、レオナルト。出迎えはご苦労だが、頼んでいない。それよりも、ケイトリヒ」


「ふぇい?」

ちょうどスタンリーに抱っこされた瞬間に声かけられて、ヘンな返事になっちゃった。


「昨日届いた新聞、まだ読めていないんだ。後で、部屋に行ってもいいかな? エーヴィッツも北部の窃盗団の続報が気になってただろう?」

「あ……は、はい! ケイトリヒがよければだけど……大丈夫かな? 部屋の準備とかあるんじゃない?」


「だいじょうぶですよ! ミーナたちもレオも先にとうちゃくしてるから。ね、ペシュ」

「はい、アロイジウス様、エーヴィッツ様。西の離宮はもう万全です。分寮のときと同じくらいお気兼ねなく、いつでもお尋ねください。いつも通り、焼き立てのお菓子をご用意して歓迎いたします」


ペシュティーノが眩しいくらい満面の笑みで兄上たちに愛想を振りまく。

アロイジウスの出迎えのために並んだ、見慣れない制服のメイドたちが伏せていた顔をこっそり上げてチラチラと顔を見合わせてニヤついてる。

こういう反応、俺しってる。前世で、俺のグループ会社のCMに起用されたブレイク寸前のイケメンアイドルが会社に訪問したときの女子社員の反応がこんな感じだった。


あの感じ悪いアロイジウス兄上の側近、レオナルトって呼ばれてたあのおじさんはめっちゃペシュティーノ見て「ムキー!」って顔してるし。隠しきれてない。

逆に素直すぎる反応が清々(すがすが)しいくらいだね!

笑顔で魅了して挑発するなんて、ペシュティーノやるう。


「じゃあ、あとでねケイトリヒ」

「僕も、明日までは養父様と本城の客間にいるから。またあとでね!」


「うん、あとでねー!」

アロイジウス兄上はぞろぞろと側近を引き連れて、エーヴィッツ兄上とともに本城へ入っていった。アロイジウス兄上が住む琥珀の離宮は正面玄関から本城の真裏にあるから、城を抜けたほうが早いんだ。


俺を抱っこしたペシュティーノは馬車回しから少しそれて、西の離宮へ向かう小道へ。

みっしりした生け垣を越えると、ミーナやディアナ、魔導騎士隊(ミセリコルディア)たちが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、ケイトリヒ様。すぐにユヴァフローテツへいらっしゃるでしょうが、西の離宮もまたケイトリヒ様のお家です。ゆっくりおくつろぎください」


ディアナがものすごく見てる。俺のことすごい見てる。知らない人が見たら睨んでるって勘違いするくらい強い視線で見てる。


「ケイトリヒ様、そのブラウスは……お袖のリボンが(あつら)えたときと変わって……いえ、そのお腰のベルトについている、光沢のある布……それは……」


見てるのは俺の服でした。


「ディアナ様! お会いできて光栄です! こちらの布は、特殊な蜘蛛糸から織られた……そうですね、アラクネ織とでも名付けましょうか、それをディアナ様から聞いたルリスイレンで染めたものでして」

「ああアナタがパトリック卿ね、このベルトの布使いですけれど、これは王国では一般的なのかしら!? とっても可憐ね! いえ、優美でもあるわ!」

「これは、杖ホルダーの部分を含めてベルトが全て見えるとどうしても無骨なので、上から柔らかな布で隠してみたのですよ。いかがですか、ドレスの裾のようで可愛らしいと思いませんか? 今は簡易的ですが、布の質が良いのでそれもシンプルで良いかと」

「ええ最高だわ! やはり殿下だとどうしても布が、布が少ないのよねっ!」

「わかりますっ! もっとふわふら、ひらひらさせる部分が欲しいですよね!!」

「完全に同意いたしますわ!」

「私もです!」

「さすがですわ、パトリック卿!」


……なんかディアナとお針子3人と、パトリック。お手紙でやり取りしてることは知ってたけど、初めて出会ったはずなのに一瞬でディープにうちとけてる。

これはパトリックのコミュ力なのか……?


「さ、ケイトリヒ様。お部屋へ参りましょう。ユヴァフローテツへは、御館様へのご挨拶とご報告が済んでから向かいましょうね」


きゃあきゃあ盛り上がるお針子とパトリックを見えてないかのようにスルーして、スタンリーに手を引かれててくてく西の離宮の自室へ。昔は西の離宮から本城の馬車回しへの道は、出てはいけない場所だったので自分の足で歩いてることが微妙に斬新。


自室に入ると、ミーナが用意しているティーセットも、それを置いてるテーブルも、懐かしいというより魔導学院の分寮にあるテーブルのシリーズ品みたい。


「ん〜、こんかいは、どれくらい城にいるの?」

「ケイトリヒ様のご随意に」


「じゃああしたまで?」

「……そんなに早く()つのですか? 御館様が寂しがりますよ」


「アロイジウスあにうえもいるじゃない。父上だって、しょっちゅう寮にきてたでしょ」

「……親の心子知らずとは、このことでしょうか……」


ペシュティーノが額を押さえて、大きなため息をつく。

久しぶりの西の離宮の自室は、バラの匂い。カーテンもカーペットも、床の素材から壁の色まで明るい色に変わってるし、照明器具はまるっと精霊仕様の不思議デザインに総入れ替え。なんか、懐かしさゼロ。こんなんだったっけ?感まである。


「……代母様の件もありますし、せめて1、2週間ほどは城に滞在したほうがよろしいかと存じます。理想を申しますと、クラレンツ様がお戻りになるまで」

「えー! いっかげつも!? やることないよ! 城下町、でちゃダメなんでしょ?」


「ああ……それもそうですね。ユヴァフローテツでは、好きに外出してらっしゃいましたから。それから比べると……たしかに、城での生活は窮屈でしょうね」


ペシュティーノが悩んでる。めっちゃ眉しかめて悩んでる。

たぶん父上からはそれくらい滞在して欲しいって言われてるんだろう。たしかにトリュー事業とか、新規作物とか石炭コークスとかエンジンとか樹脂とか俺が手掛ける事業は多いし。この1ヶ月で色々とスパーンッと片付けてしまいたいんだろうな。


「もし、ラウプフォーゲル城で好きに動けるとしたら一番なにをされたいですか?」

「城下町しさつ! 魔道具のしじょうちょうさとー、ぼうけんしゃ組合(ギルド)をみてー、あっ、あとぶんかてきなしさつもしたい」


「文化的な……視察?」

「音楽の魔道具について、いくつか案があるんだけど……どこからてをつけるのがいちばんこうりつてきかなーって」


「音楽であれば貴族を相手にしたもののほうが良いのではありませんか」

「貴族はふつうに、おかかえの音楽家がいたり、やとえたりするでしょ。だから魔道具なんてわざわざいらないじゃない? へいみんはどれくらい音楽にじゅようがあって、どんなスタイルが好まれるか調査したい。ほかにも、新聞のふきゅうりつとか、そうしょくひんの質とか!」


俺がペラペラと喋るのを見て、ペシュティーノがさらに眉間のシワを深めてしまった。

そんな難しいこといってる?


「……御館様に打診してみましょう。精霊様の御力が増えて、代母様も決定した。ケイトリヒ様の立場を危うくするものは、ほとんどありません。今であれば、以前は一蹴したお忍びでの外出も……もしかしたら不可能ではないかもしれません」


「えっ、えっ! え、ほんと!!」

「まだ決定ではありません、これから掛け合います。あまり期待しないでください」


「すごい、おしのび! おしのび外出、できたらうれしい!! いっかげついる!」

「……なんと罪な交渉を。いえ、ケイトリヒ様のためです。お任せください」


「んん、にゃったー!」

「にゃ?ったー……『やったー』ですか? ケイトリヒ様、発音はなるべく正しく」


いまのは勢いがついただけですから!


お忍び外出の件はおいといて、その後は宣言通りアロイジウスとエーヴィッツが西の離宮へやってきて、新聞読書会、兼、お茶会。

レオは魔導学院で培ったメニューをお城の料理人たちに伝授。おかげで10人分くらいのお菓子が焼き上がりました。今回の帝国のトップニュースは「領主子息の婚約に新規定」と「アイスラー公国に不穏な動き」の2本がメイン。王国では農業生産が伸び悩んでいること。共和国では国会議員的な立場の人物が事故死したが、暗殺の疑いがあること。

アロイジウスの感じ悪い側近はついてきてないので、3人で意見や見解を話し合う楽しいお茶会になった。



「6ヶ月の就学、大儀であった。無事に早期修了となったことを、ここに祝おう」


父上がご立派なゴブレットを掲げると、「希望の星に!」と唱和しながら、騎士隊長ナイジェルさんとエーヴィッツの養父ヴィンデリン、そしてアデーレと……なんと、ラーヴァナがゴブレットを掲げた。俺とアロイジウスとエーヴィッツ、あとカーリンゼンは、コップに入ったなんか半透明のジュース。


「クラレンツ兄上はやっぱり一緒には帰ってこれませんでしたか」


カーリンゼンが苦笑いしながら言うと、アデーレが「およしなさい」と咎めるように肩を叩いた。


「クラレンツは旧ラウプフォーゲルのやんちゃな貴族たちを諌めるのにすごく尽力していたし、最近は勉強も頑張ってたんだよ。学ぶことが面白くなってきたと言ってたから、来年は僕たちと同じ時期に帰れるはずだよ」


エーヴィッツがフォローしたことに驚いたのは、アデーレだ。

アデーレとエーヴィッツの母親はかなり険悪な仲だったと聞いたが、カーリンゼンは知らないらしい。エーヴィッツの言葉に「そうなんですか!」と素直に驚いていた。


「……ケイトリヒが行方不明になるという大事件もあったが、何よりも無事に帰ってきたことを何よりも嬉しく思う。ヴィンデリン卿にも、心配をかけたな」


「ええ、同じ親として、命の縮む思いをしました。何よりも元気に帰ってきてくださったこと……心からお喜び申し上げます。今となっては過ぎた話ですが、あのときの御館様は怒れる精霊のごとく恐ろしゅうございました」


わはは、と大人たちが笑う。


「まあ、これからは(わらわ)がついておる。竜脈を巡り風脈に尋ねればどこにいようとも主……いや、ケイトリヒを見つける。故に、もう同じような心配をすることはない」


ラーヴァナがホホホ、と笑うと、全員がリアクションに困った。

あ、キャラ設定そっちで定着しちゃったんだ。まあギャルっぽい喋りは、確かに貴族社会では浮いちゃうもんね。でも、だからといって「(わらわ)」はないと思う……。


「お……御館様、改めてご紹介いただけると幸いなのですが、代母様は……」

「ああっ、ああ、そうだったな。ケイトリヒの代母となり、この度皇帝陛下からヴルカーヌス伯爵位を賜ったカルミン・ラーヴァナ・ヴルカーヌス伯爵だ。表向きはな」


「表向きは」という言葉に続くものを期待して、全員が父上を見つめる。でも父上はどうやらラーヴァナ自身からはなしてもらいたいようでラーヴァナを見るばかり。


「あっ、ラーヴァナ様。今日はケイトリヒの浮馬車(シュフィーゲン)から、お山を見てまいりましたよ。ラウプフォーゲル城からはうっすら見えるだけだったお山が、空からだと間近に見えて、迫力がありました」


沈黙に耐えきれず、エーヴィッツが喋りだす。


「ホホホ、そうであろう、そうであろう。今日は我が愛し子が空を通ると聞いておったからな、なるべく姿がよく見えるよう、マグマ控えめだったのじゃ」


「そ、そんな事もできるのですか。あの、ラーヴァナ様。フォーゲル山に、竜がいるという噂は本当なのですか? マグニートはどうでしょう?」


アロイジウスもずっと話したかったらしい。

気分良く応えてくれたラーヴァナに次々質問する。


「竜は、いるぞよ。だが翼を持たぬ故、我が(ふところ)から出ることはない。マグニートは我が眷属である故、居場所を教えるわけにはいかぬ。竜と同じく、人目に触れるような地には出ぬであろうな」


「ええっ!? 竜が、いる……!?」

「ほ、本当ですか!」

「それは私も初耳だが……まあヒトの立ち入らぬフォーゲル山の麓から出ないとなれば、我々ヒトにとってはいないも同然か」


「エーヴィッツあにうえ、アロイジウスあにうえ、父上。ほかのかたがたが、おいてけぼりですよ。ラーヴァナがなにものか、おしえてあげないと……」


アデーレとヴィンデリンとナイジェルが、うらめしそうに父上を見ている。

まあ、今の会話でだいたい予想はついたと思うけど……一応ね。

父上からちゃんとご説明をね?


「ゴホン、ああ、悪いな。カルミン・ラーヴァナ・ヴルカーヌス伯爵の正体は、フォーゲル山の主である精霊王だ。ケイトリヒを(おもんぱか)り代母となることを名乗り出てくださった。表向きには伯爵だが、実際には精霊王……やや複雑ではあるが、私も頭を垂れる人物だということを其方たちには知っておいて欲しい」


そして、それを知るのは帝国では旧ラウプフォーゲルの親戚連中と、皇帝だけになる予定という話だ。今はまだ皇帝と、この場にいる人物しか知らないことになる。


「せ、精霊……王……!?」

「まさか、いやしかし確かにこの御威光は……!」

「まあ、御館様! では、ではヴルカーヌス卿とは、夫婦関係を持ちませんのね?」


ヴィンデリン卿とナイジェルさんは言葉を失くしてるけど、アデーレだけがなんか別方向で喜んでる。


「まあ、そのつもりはない」

「おや残念であるな。子を設けることはできぬが、(わらわ)としては(やぶさ)かではないぞよ」


ブホッ、と父上が飲みかけの酒を吹きかけたし、アデーレは複雑そうな顔。

いくら慣例とはいえ、複数の夫人をもつのは女性からすると不愉快なのは同じみたいだ。


ラーヴァナ、ファッシュ家をかきまわすのはやめて欲しいの……。

あと、一人称が「(わらわ)」なのも……。

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