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6章_0083話_学院祭 2

学院祭の準備期間というのは、早いところではもう始まっていた。


移動教室のときに通る廊下には、見慣れない謎の木組みの枠やカラフルに塗られたハリボテのようなものが無造作に置いてある。教室棟のはずれの広場では、どういう集団なのかわからないがダンスのような練習をしてるし、どこからか楽器の音も聞こえてくる。


「がくいんさいって、ぐたいてきにどんなことやるんだろ。ガノ、しってる?」


もう今の学年で学ぶことはないと判断した調合学の、進学試験を受けた帰り道。

運動のためにと称してギンコから降り、ぽてぽてと歩きながらゆっくり学院内の大通りの歩道を歩いているといろんな生徒が挨拶してくるけど、後ろのオリンピオが怖いのか、あまり近づいてはこない。平和だなー。


「開催期間は3日。期間中に2つの演劇団『フェガリ』と『イリョス』が競演するそうですよ」


ウィンディシュトロム寮を案内してくれた美少年、ヴィンが所属する「フェガリ」は歌と踊りをメインにした抒情詩的なテーマを扱う一団。上品で落ち着いていて優雅。「うっとりするような夢の世界」を演出するので上級貴族、特に女性からの人気が高く、皇帝陛下の前で演目を披露したこともあるという。

対して「イリョス」は激しいアクションとダイナミックでわかりやすい演技をメインにした叙事詩的なテーマが多い。軍や騎士、平民に人気が高く、昔は「平民の心情をみだりに煽る」といって公演を規制されたこともあるそうな。今ではそれもいい具合に折り合いがついてるようで、反帝国のような内容でなければ基本的に規制がかかることはない。


「きょうえんかあ。ヴィンも出るのかな?」

「ええ、準主役級で出演されるようですよ。招待状が届いておりましたので、席を確保してもらいましょうか」


「観にいってもいい?」

「ペシュティーノ様も許可してくださるはずです」


って、ガノは言ってくれたのに。

夕食の席で改めて聞いたら、ペシュティーノはものすごく渋い顔をした。


「演劇……ですか」

「ダメ?」


「いえ、教養という点ではとても、良いのですが……いかんせん、場所が」


学院には講堂とは別の立派な演劇ホールがあり、主に「フェガリ」と「イリョス」のホームなんだがたまに帝都や王国の演劇団を招いて一般公演することもある。そういう事情もあって魔導学院の中でも最も外部からのアクセスが容易な場所にあるのが、きっと気になるんだろう。


「あぶなくは、ないでしょ〜?」

「いや、ペシュティーノの心配は最もだと思うぜ」


意外にも、異を唱えたのはジリアンだ。


「実は、あの劇場では皇帝暗殺未遂事件が2件、インペリウム特別寮所属だった公爵令息への襲撃事件が未遂で3件、襲撃が成功した例が1件あるんだ」


めちゃめちゃ物騒じゃん!!


「せいこうした例って……しんだの!?」

「いや、一命はとりとめたものの、片足と片目の視力を失うことになった。……ケイトリヒ、聞いてないのかい? その事件こそ、旧ラウプフォーゲルの子女がこの学院を避ける理由になった有名な事件だよ」


エーヴィッツがちょっと、信じられない、みたいな目で見てくる。

しんがい! こどもにそういう態度よくないとおもいます!


「しらない……」

「そういえば、ケイトリヒの学友のヘルミーネ・ゼーバッハはシュヴァルヴェ領ではなかったか? ……まあ、平民だものな、わざわざ口にすることもないだろう」


アロイジウスが言うには、その片足と片目の視力を失ったのは先々代のシュヴァルヴェ領主の長男で、次世代の旧ラウプフォーゲルを牽引する英雄になると大きな期待を背負っていた人物なのだそうだ。今のシュヴァルヴェ領主の大おじ、になるというわけか。

いうなれば「希望の星」を傷つけられた旧ラウプフォーゲル領の怒りは深く、今でもシュヴァルヴェ領の貴族はひとりも魔導学院に入学していない。


「それは……たしかに、ひどいはなしだね」

「ああ。この話はまだ風化していない。マリアンネ嬢がいるときに、迂闊(うかつ)に話題にしてはいけないよ? それと、学院祭に誘うのも避けたほうが良いだろう」


「それはだいじょうぶです」

「フランツィスカ嬢だけを誘うつもりかい?」


「どっちもさそうつもりないですから!」

「……それは、どうかと思うよ。劇場へ行くなら、家族でも構わないから女性を同伴するのが貴族のしきたりだ。夜会などと同じだよ」


「え」


ペシュティーノが渋ったのはこっちの理由もまあまああると思うな!


「じ、じゃあディアナで」

「う〜ん、たしかにディアナは家柄は良いから作法などは問題ないだろうが、もう家名を返上した使用人扱いだ。あまり外聞は良くないよ。同じ理由でメイドも避けるべきなんだが……まあ、ケイトリヒはまだ子供だから大丈夫だろうけど……」


婚約者がいないと観劇もできないとは想定外!

クラムチャウダースープをむむむと睨みつけて、どうにか劇場にいくすべがないか考えるけど俺の知識では無理だ。


「ペシュ、えんげき、みたい……」


ペシュティーノは俺の甘えた声に、はっきり嫌そうな顔をして「うぐ」と喉を鳴らした。

……父上いわく、女性関係は俺と同じ程度なんだっけ。聞く相手をまちがえた。


「ガノ、どうにかならない?」

「たしかに、マリアンネ嬢をお誘いできない以上フランツィスカ嬢だけを誘うのは、おふたりの仲を裂く行為ですので避けたほうがよさそうです。だからといって第三者の婚約者候補になり得る令嬢を見繕うのも、危険でしょう」


「きけん?」

「危険ですよ。さておき、アデーレ夫人かハービヒト夫人をお連れするという手もありますがクラレンツ殿下とジリアン殿下が同席されない場合は少々不自然です」


「俺はぜってー行かねえぞ」

「寝て良いんだったら行ってもいいぜ?」


「かわいいおとうとの僕にきょうりょくしてくれようというきもちはないの!」


「自分で言うな」

「だから俺は寝ても良いんだったらいい、って言ってるだろ〜」


インペリウム特別寮生が座る席なんて、絶対貴賓席だ。

そこでグーグー寝るとかさいあくの客でしょ! 却下!


「ペシュティーノ様、以前から何度も話題に出ている件ですが……ケイトリヒ様の代母の件、いまはいかがでしょうか?」


ペシュティーノがまた表情を強張らせた。


「ダイボ?」

「書類上の母親のことだよ。書類上とはいえケイトリヒの代母となれば大きな権力を持つことになるだろうから、難しいだろうね……」

アロイジウスがコソコソと教えてくれた。兄たちはガノとペシュティーノの会話に興味津々らしく、夕食を食べる手を止めて2人を見てる。


「……御館様から随時ご連絡を賜っておりますが、難航しています」

「やはりでしたか。ケイトリヒ様の名に見合うような方がいらっしゃらないのでしょう。そこで、私から提案です」


「……ガノから?」

「ヌシ様、どうぞ! お入りください」


「失礼するぞ!」


バーンと食堂のドアを勢いよく開けて入ってきたのは、赤と黒のメッシュがキレイに縞模様になった髪が印象的な褐色肌の女性。以前はアラビアンなセクシー踊り子風の衣装だったけど、今日は……ふつう?のセクシードレス。

脚はさすがに見えてないけど、オフショルダーのドレスなんてこの世界で見たことない。


「なっ、ちょっ、グッ、ゴホッ、ケイトリヒ、この御婦人は、どなたなのかねっ!?」

「ふおお、俺の母上たちよりも、すっげえな!」

「じっじっジリアン。そのような……下品だぞ!」

「肩が……ゴクリ」


「ほう、この子たちもラウプフォーゲル王の子らか? ほう、可愛いではないか! 全員幼体か。うむ、()い、()い!」

「ようたい……? え、ヌシって、そんなしゃべりかただったっけ……」


「あれ、ヘン? 貴族女性っぽく振る舞ってくれって言われたからそーしたつもりなんだけど、ヘンだったー?」

「あ、うーん、いや、そのしゃべりかたよりはいい……かも」


俺の母親役の代母がギャル属性とかちょっと遠慮したい。

というか、何故ここにフォーゲル山のヌシが!


「ガノ、どういうこと?」

「今のケイトリヒ様の名声に見合う代母を探すのは、容易なことではないのですよ。人柄はもちろんのこと、家柄に血統に思想、御館様との関係性。色々とクリアしなければならないことが多すぎます。で、あれば、探すのではなく作ってはどうかとシャルル殿と話し合いまして」


「シャルルと!? 何故、私に話さなかったのです!」

「申し上げにくいですがペシュティーノ様、あなた様ご自身が、なかなか代母が決まらない理由のひとつでございましたから。……理由は、おわかりでしょう。この御方ならば文句はないのではないですか?」

「……」


口ごもるペシュティーノ、代母候補の女性にダメ出ししまくってたんじゃない?

ありえる。ありえすぎる……。それにしても、だ。ヌシは精霊。社会的にはいわゆる存在しない人物が権力の中枢に近い公爵子息の代母になるなんて、できるの?


「つくる、って、どうするつもり?」


兄上たちはポカン顔だ。

そりゃそうだろう、ヌシの正体を知らないのだから。


「……もしかして、ヌシさんを父上に嫁がせるつもり?」

「近いですが違います」

「うむ、その手法もやぶさかではない。ヒトであるラウプフォーゲル王と私とまぐわっても子はできぬ故、ヒトの世によくある問題はおこらんだろう」


「まぐわ……ち、ちょっと待って、ケイトリヒ。この女性は、ヒトではないのか?」

アロイジウスが混乱した顔で話に割り込んでくる。


「そうじゃ。ウチは……ん、ゴホン。わらわは火の山フォーゲルの主にしてラウプフォーゲルを守る精霊王なり。王の子でありながら母なきケイトリヒのために、一役買おうという腹づもりよ! はっはっは! ……ん、なに? その目は?」


「ヌシ、ちょっとキャラがブレブレというか……」

「しょーがないでしょー!! まだ名前もないんだから、存在が固定されてないの! 必要なら、もう少し年上に見せることもできるけど?」


ヌシは俺に近づいて、耳打ちしてくる。


(アナタが神になるまえに精霊たちが神になったみたいね。おかげでウチも仕えることができるようになったから、契約してもいいよ。で、ウチはもう受肉してるから。ヒトのフリして叙爵して、代母になったらどうかってハイエルフとそこの商人が言うもんだからさあ、挨拶にきたんだけど……喜んでくれるとおもったのにな? ちがった?)


「あ、叙爵……え、じょしゃく!? できるの?」

「ええ。前代未聞ですが、皇帝陛下と関係各所にのみフォーゲル山のヌシであることを明かせば不可能ではない。と、シャルル殿と話して算段がついております」


カラン、と音を立てて落ちたスプーンがクラムチャウダーの中に柄の部分まで沈む。


「ただ観劇したいだけだったのに、どうしてこんなはなしに……」


なんか頭痛くなってきた。


ヌシとガノが期待をはらんだ目ですっごい俺のこと見てる。

ペシュティーノも最初こそ苦々しい表情だったけど、ヌシが代母ということにやや納得しかけてるみたいだ。顎に指をあててなにか考え込んでいる。


「ケイトリヒ様、どうでしょう?」


ものすごい自信満々にガノが聞いてきた。


「あ……うん、ペシュがいいんだったら、いいよ」


ガノとヌシの視線がペシュティーノの方に集中する。ギョッとして後ずさるけど、嫌がってるわけではなさそう。


「……驚きましたが、たしかに文句のつけようもない完璧な人選です。ケイトリヒ様が良しとされるならば、私も諸々の手続きに協力いたしましょう」


ヌシとガノが顔を見合わせて、ニッと笑い合う。


「なんでそこのふたり、なかよくなってるの」


「フォーゲル山のアレコレを、市場価値を下げないよう調整しながら採掘指示するのは私の仕事ですから」


ああ、その話か。

そういえば完全に忘れてたけど、フォーゲル山も今は俺の領地なんだっけ。


「ケイトリヒ、此奴はほんとにヤリ手であるぞ! ことカネに関しては天才的だ!」

「私も、精霊様とカネの話ができるとは思ってもおりませんでしたから僥倖です」


え、ヌシってお金のこと理解してるの? 精霊王ってそんな俗世にまみれた感じなの?

これも自然発生精霊の特性……!?


「えーと、えーと……じゃ、とりあえず、そのへんぜんぶまかせます」


必殺、めんどうなので丸投げ戦法!! 子供はこれができるからラクだぜ。


今まで聞いた話をいったんリセットして、クラムチャウダースープを改めて飲む。

あ〜、皿に保温魔法かかってるからだいぶ時間がたったけど温かいし、ほんのりバターの香りがして美味しいな〜。


こんなことだけ考えて生きていたいです。



フォーゲル山のヌシである精霊王をヒトとして叙爵させて代母にしよう計画は、トントン拍子に進んだ。


女性が爵位を継ぐことは実のところさほど珍しくないのだが、新たに爵位を授かるというのは珍しく、帝国史上4人目。上級貴族の公爵、侯爵、伯爵は新規も陞爵|(爵位が上がること)も含めて1年に1度あるかないかというレベルのできごと。

対して、公爵でも爵位を与えられる下級貴族の男爵、子爵、騎士爵は、一代限りの継承不可爵位まで加えると年間200人以上量産されていて、当然、女性も相当数いるそーな。

そしてラングレー公爵シュティーリ家が治めるシュヴェーレン領と、帝都の2つで量産される下級貴族は、それぞれラウプフォーゲル領の3倍から5倍。

帝都に中央貴族とか呼ばれるヤベー貴族が増えるの、そのせいじゃない?


「皇帝陛下に一代限りのヴルカーヌス伯爵位を賜り、名はカルミン・ラーヴァナ・ヴルカーヌス。ケイトリヒ様が授けた名はミドルネームとしました。領地は御館様との相談の結果、フォーゲル山そのものを領地とする、と決まりました」


「フォーゲル山そのもの。って……たしか」


俺はラウプフォーゲルで習った地理学を思い出す。


「マグマのかたまり、だよね」

「ええそうです。だからこそラーヴァナ様にはぴったりでしょう」


フォーゲル山は霊峰と呼ばれているが、日本で言われるものと同じと思ってはいけない。

なにせ、山肌そのものが流れるマグマでできている。どういうこと?と思うかもしれないけど、異世界なのでそういうものなんです、と言うしかない。

長いあいだ伝説のように語られて遠目から見るしかできなかった山だったが、昨今の魔導騎士隊(ミセリコルディア)の地形調査で上空から撮影された絵紙(ビルトパピーア)が新聞にでかでかと載ったときは、その雄大な姿に騒然となったそうだ。

俺、聞いてませんけど。まあ魔導学院にいる間は、どうにも情勢に疎くなる。

これからはちゃんと新聞読まないとね。


「ケイトリヒ様の代母についても皇帝陛下に了承頂きましたので、魔導学院から戻りましたらラウプフォーゲルで早速顔合わせの会を開くと、御館様より承っております。ちなみに御館様と婚姻を結ぶ予定は今のところありません」


自分の仕事は終わり、とでもいうようにニッコリ笑って報告を終えたシャルルが、パタンと革製のバインダーを閉じて俺に差し出してきたので、それを受け取る。書類2、3枚しか挟めないタイプのバインダーだが、紙が貴重な帝国ではこれは必需品なのだ。


「じゃあ、すまいは……フォーゲル山ってことになるの? 誰もたどりつけないのに」

「そういうことになりますが、まあ、窓口はラウプフォーゲルになるでしょうね」


「ふうん? ……よくこんな、じゅんちょうにすすんだね」

「それは……私の特技ですから」


シャルルはまだ何か言いたそうに視線をさまよわせて、俺と目が合うとニコリと笑う。何も言わないことに決めたようだ。

まだなんか、ちょっと距離感が難しいな。


「主ィ〜? 順調のウラには、綿密な下準備ってものがあるんだよぉ」

「そうです。その者が今回とった行動は、小生にとっても勉強になるものでした。ガノとやらもなかなかの策士と思っておりましたが、権力と人脈とやらが変わるだけでこんなにもできることが変わるのかと思うと人間社会にさらに興味が湧いて参ります」


アウロラとキュアがヒトの姿で俺の椅子の後ろからニョッキリ生えてくる。


「キュアのべんきょうに……」

なんだかろくでもない内容のような気がする。


「主、我ら精霊は意識を共有しているのですよ。お忘れなく」

「ろくでもなくないよー、あーしもべんきょーになったもーん」


精霊神になって俺と意識共有もかなり密になったみたいだ。

何も隠し事できないね。する気もないけど。


「よろしければ、小生がシャルルに付いて帝都の議会を見学したものを、主にもお見せしましょう」

「え、そんなことができるの?」

「りろんじょーは、できるとおもうよ? あーしらが主からもらっている情報を、こんどはあーしたちから主におくるの。ヒトの許容範囲がだいたいわかったから、精神崩壊することはないとおもう」


「え、なにそれやだこわい」

「やってみましょう。これができたら、便利になると思いませんか?」


「おもうけど精神崩壊って」

「大丈夫ですよ、主は竜脈そのものとも話しているくらいなのですから、我々からの情報インストールくらい大した量ではありません」


シャルルは俺の前にジッと立ち尽くしたまま、心配そうな表情でこちらを見ている。


「ん〜、なにかあったらペシュよんでね」

「承知しました。ここで見守ります」


キュアに言われるまま、カウチに移動して仰向けになる。

俺の額に、キュアの額が寄せられて……夢を見るように、見覚えのある景色が広がる。

これは……皇帝居城(カイザーブルグ)だ。



皇帝居城(カイザーブルグ)の一室では、胡乱げなおじさんたちが小さなテーブルのついた椅子にギュウギュウに詰め込まれるように座り、部屋を埋め尽くすほどに並んでいる。部屋は全体的にざわざわしていて、不満げな様子を隠そうともしないおじさんも多い。


どうやらここは、皇帝居城(カイザーブルグ)の会議室のようだ。


何重にも連なった「コ」の字の中央には発言者が立つための証言台のようなものがあり、その正面には大臣たちの座る長机。その後ろの少し高くなった場所には立派な玉座。皇帝陛下が退屈そうに座っている。大臣たちはもう何やら書類を整理し始めているし、もう会議は終わる様相だ。


「あー、静かに。静かに。今回の叙爵については、皇帝陛下御自らが決定された件であるからして、異議は認めない。議会は、これを論ずる権限を持たない。以上でー」


「議長!」


「……異議は認めないと言ったのが、聞こえなかったのかね」


「叙爵については何も申すところはございません。異議を申し上げたいのは、ラウプフォーゲル公爵家の三男、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ殿下の代母についてです」


視界のすぐそばのどこからか、「チッ」という舌打ちが聞こえてきた。

ボソボソと話し合う声も、すぐ近くから聞こえてくる。


「あれはどこの者だ?」

「ベンハット伯爵。シュティーリ家の子飼いです。思ったより大物を出してきましたね」

「ふん、誰でも構わん。あれはここで終わりだ」


……どうやら、視界の主はシャルルのようだ。

横にいるのは声からして父上。領主が集まる会議なのかな?


「恐れながら、ラウプフォーゲル公爵閣下におかれましては、先日の殿下の行方不明事件について心からお見舞いを……」


「挨拶は要らん。異議も認めぬ。何故、我が愛息の代母を決めるのにそなたを説得させる必要があるというのだ。無礼者めが、下がるがいい!!」


落ち着いた声から一転した怒号は、会議室を凍りつかせた。

……父上って、大人が相手だと容赦しないんだね……。


「まあまあ、ラウプフォーゲル公爵閣下。どうかご容赦を。彼は我が妹、カタリナの立場を案じて発言しただけであって……」


「カタリナだと?」


バキッ、とものすごい音がして、父上が肘掛けを握力だけでへし折ったのが見えた。

向かい側に座っていた人たちもギョッとしてる。


「幼い子を打ち、罵り、足蹴にした女の名を、ここで出すかシュティーリよ」


「(御館様、ご辛抱を。先程の手はず通りに発言ください)」


議会はもう誰もいないんじゃないかと思うくらいシーンと静まり返っている。

これだけ人がいるのに、誰もが息をすることもままならないほどに緊張しているようだ。


「何故だ?」


「……は、はい?」


「何故、そのように皆して、我が愛息の安息を奪おうとするのだ?」


異議申し立てをした貴族は、予想外の展開にうろたえるばかり。くるくるパーマのシュティーリ家代表も、眉をひそめて父上のことを信じられないという目で見ている。

あ……シュティーリってことは、この年齢感は、もしかしてこのヒトがヒルデベルト?

うわー、噂のぼんくらなヒトだ。うわー、うわー。


「生母に虐げられた子が、学院で憂い目に遭った。そこで傷を癒やす優しい女性に心を開いた。ただそれだけのことだ。私はその女性を、代母に迎えたいと皇帝陛下に進言した。ただそれだけが、何故このようなことになる?」


ラーヴァナは行方不明の間に保護してくれたヒトっていう設定になってるのか。確かに保護者が存在しなければ、俺がケガもなく無事だったのは不自然だもんな。ヘビヨさんとクモミさんの存在も隠せるし、いきなり現れたラーヴァナの説明も付く。


「……いえ、あの、ラウプフォーゲル公爵閣下。私は決して邪魔立てするつもりで申しているわけではないのです。ただ、ケイトリヒ殿下はすでに領地を持ち、数々の事業を成功させる時の人。代母となる御方には、それなりのお立場というものが必要かと……」


「ケイトリヒがその方を求めた。それ以上に何が必要だ? 必要なものは、もう皇帝陛下から賜った。爵位だ。代母となるための地位を頂いた。それ以上に不足があるというのなら今ここで申してみよ。私が、その方……いや、ヴルカーヌス伯爵に用意しよう」


父上は穏やかな声でそう言うと、立ち上がって朗々と語りだした。

ヴルカーヌスことラーヴァナはコの字型の会議室の中央で我関せずを決め込んで、澄ました顔で立っている。常識的なドレスに、複雑に結い上げられた長い髪。

腰には女性には無骨すぎる幅広の長剣をぶら下げている。かっこいいな。


「私は我が子に母を与えたい、という小さな願いを叶えるために皇帝陛下に奏上し、恩寵を賜った。そなたたちは、子を無慈悲に虐げた女の願いを叶えるためにそれに反対している。……帝国の正義は、どちらにある?」


父上側に座る貴族たちが、拍手で応える。シュティーリ側に座る貴族も、ほとんどが拍手している。ざっと見た限り、会議に出席する人たちの8割は拍手してくれている。


父上が手を広げると、拍手は波が引くように静まる。


「ラングレー公爵よ。軍事的な協力要請は、話し合おう。法案の対立についても、譲ることもある。経済的な話となれば、そちらに分がある。我々は帝国の2つの月。競うこともあるが、手を取り合うこともある。今まで譲らなかった部分もあるが、今後は協力的に事を進めよう。だが!」


ここで父上は語気を強め、サッと周囲に鋭い眼光を走らせる。


「こと、ケイトリヒに関してだけは! ラングレー公爵においては、ケイトリヒのことだけは口を(つぐ)むべきである! ……それ以外は、何でも許そうではないか。何なら先日撤退した傭兵を雇い直したいという意思があるならば、話し合いに応じる」


強行な部分もあったが、最終的には穏やかな声色でおわり、父上は席に座る。

再び拍手が湧いて、異議申し立てをした貴族もヒルデベルトもいつの間にか座っている。

もう父上に反対する者は「悪」と断じられるほどの流れだ。


「……議長、会議は終わりだ。くだらぬ横槍に時間を取られた。疾く対処せよ」


皇帝の言葉に、議長は座ったまま胸に手を当てて頭を下げる。


「ラングレー公爵子息ヒルデベルト卿とベンハット伯爵はこの場に残るように。これにて帝歴511年中間期の領主会議を終了する」


ヒルデベルトは忌々しさを隠さない目つきで父上を睨みつけていたが、まだ皆が座っているなかさっさと立ち上がって出ていく。ラーヴァナも父上に付き従うように後ろに付き、シャルルと3人で会議室を後にした。



「……すごい、なんかVRたいけんしたみたいな」

「ぶいあーるたいけん? なんですか、それは」


あ、今の言い方ペシュティーノに似てた。


「父上、あんないみしんちょーないいまわしできるんだ。いがい」

「殿下、それはさすがにお父上を低く見すぎでは? 領主会議の件でしたら、今回は私が色々と助言した結果ですけれど……どの場面をご覧になったのです?」


「シャルルが、父上が『ケイトリヒにかんすることは口をつぐむべき!』みたいなところをみたよ。これって、なんか、まるで自分のきおくをついたいけんしたようなきぶん」

「ついたい……ああ、追体験ですか。ほほう、属神となった精霊神にはそのような能力があるのですね。私も体験してみたいものです……可能でしょうか?」


「ん〜、ハイエルフだからね、もしかしたらイケるかも?」

「能力的には問題ないかもしれませんが……今は主との関係性があまり深くありませんから、我々が拒絶する可能性が高いです」


キュアにバッサリ「俺と関係性ができてない」と言われ、シャルルはションボリしてしまった。


「それは、努力します……」


「そおだねぇ。まずは、見た目……服をちょっと変えたら?」


「服、ですか? 何故? そんなに見苦しいでしょうか?」


「いいえ。ペシュティーノのマネをしているように見えてならないので」


「……これは一般的な文官服なのですが……」


ペシュティーノのマネ、と言われるとシャルルがすごい落ち込んじゃうから、アウロラもキュアもそれくらいにしてあげて。


でも服は……たしかにちょっと、変えたほうがいいかも?

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