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6章_0082話_学院祭 1

「シャルルは今の私と同様、護衛にはつかず文官の側近として務めます。私がケイトリヒ様の身の回りのお世話をすることに変わりはありません。主に帝都や皇帝陛下との折衝や外交関係の案件を担当し……ケイトリヒ様、聞いていますか」


「きーてる」


そういいつつ、ペシュティーノの膝の上に座って、脇腹に足まで回して抱きついた姿勢のまま、小一時間。何度も抱き上げようとするけどその度にイヤイヤと体をよじって嫌がって見せるとすぐに諦める。


「ケイトリヒ様、お顔を見せてください」

「……」


「私に怒ってるのですか?」

「ちがう」


「ではどうしてずっとむくれてらっしゃるのです」

「……」


俺も理由なんてよくわからない。よくわからないけど、なんか許せない。

ペシュティーノに対してではない。じゃあシャルルに対してなのか、と問われると、なんだか認めたくない気分。

とにかくよくわからないけど、なんだかむしゃくしゃするんだもん!!


「ペシュティーノ、どうです? もうお話できそうですか?」

「シャルル、今は……」


「あっちいって!」


俺の声に呼応するように、バタンとドアが激しく閉まる音。

多分、アウロラが風でドアを閉めたんだろう。


「……シャルルのことが気に食わないのですか」

「ちがう……と、おもうけど、そうかもしれない」


ペシュティーノのみぞおちあたりに顔をぐりぐり押し付けると、長い指が顎のしたに伸びてきて無理やり上を向かされる。少女漫画でいう「顎クイ」だが、大人と子供だと単純に歯磨き前みたいなかんじ。


「鼻が赤くなってますよ。こすりつけてはいけません」

「はなみずつけたった」


ペシュティーノがふふ、と笑う。いつも俺のハナクソまで取ってくれる相手に、鼻水くらいで嫌がらせになるとは俺だって思ってない。


「ケイトリヒ様が気に食わないのならば、雇用するのはやめましょう」

「うそだ」


「いいえ、できますよ。といっても、シャルルの能力は貴重なものです。御館様の側近にしてしまえばよろしいかと。我々にも利があります」

「ちちうえ、きらいそー」


「ええ、あまり相性は良くないでしょうね」

「んふ」


父上がすごく嫌そうな顔をするのを想像して、ちょっと笑っちゃった。

ペシュティーノは笑った俺を見て嬉しそうに目を細めて、俺の額にキスしてくる。


「ケイトリヒ様に相談もせずシャルルを招き入れてしまったこと、申し訳ありません」

「……ペシュティーノにはおこってないよ」


「精霊様にも、一応相談はしていたのですよ。敵意も害意もないことはウィオラ様が保障してくださいました。まさか初対面で妙な術をかけるとは思わず」

「……」


そうか、ペシュティーノに言われて気がついたけど、俺が気に食わなかったのは妙な術をかけられたことじゃない。

ペシュティーノを()()()()()()ことだ。


おそらく、シャルルはそれが俺にとっての最大の弱点であることを理解していた。

その上であえて彼はダシに……いや、ペシュティーノのように自分を()()()

何故か? 俺を油断させるため? 俺に取り入るため? どんな術を使ったのか?


「……シャルルと、はなす」

「ケイトリヒ様……大丈夫ですか? 無理はしていませんか?」


「へいき。おちついたから、はなせるよ。困らせてごめんね」

「ケイトリヒ様」


ペシュティーノは目を潤ませて、俺を持ち上げて強く抱きしめてきた。


「ケイトリヒ様に困らせられることは、私の喜びですよ。そうやってむくれても、困らせても、怒っても泣いても構いません。元気でさえいてくれれば、私はそれで満足です」


「……、……ペシュ、だいすき」

「ふふっ。私も、大好きですよ」


よし。


愛情チャージ完了!

シャルルとの対決じゃ、おら!



と、意気込んだのはよかったものの。

実際に相対してみると、先程まで嫌で嫌で仕方なかった気持ちが嘘のようにスッキリ無くなってしまった。原因がわかったせいだろうか。まさかこれもシャルルの何かの術?

もしそうだったらもうシャルルを信用できなくなりそうだけど。


俺の自室に入ってきたシャルルは、俺をジッと見つめて、フ、と笑った。


「確かに、子供にしては魂が大きいですね。ですが長命である我々からすると、まだまだ幼い。前世は……そうですね、20歳前後といったところでしょうか?」


「そーだけど?」


心底イヤな気持ちは無くなったけど、気に食わないという感覚はまだ残ってる。

フン、とソッポを向きながらいうとシャルルはクツクツと笑った。


「本当に、可愛らしい」

「シャルル。からかうのはおやめなさい。罰しますよ」


「それは怖い。ケイトリヒ様の世話役は、相手が年上でも部下となると厳しい御方だ」


シャルルがおどける。

さっきはペシュティーノとすごく似てるとおもったのに、今はなんだか……。


「シャルル、なんだかイジワルなおじいちゃんみたい」

「ははは、合ってますよ。私はこの世界に生きる人間の、エルフの、他の誰よりも長生きですから……ああ、()()には2、3人ほど私より年上がいるかな?」


「どうし、って、ハイエルフのこと?」

「ええ、そうです」


「ハイエルフって、エルフとはちがうの」

「見た目はよく似ていますが、実を言うと全く別の種族なんですよ。エルフはヒトに近くて、ハイエルフは、精霊に近い。生まれ方も、生き方も、死に方も全く違います」


「……ペシュティーノとは、ほんとにしんせきなの」

「それは本当です。正しくは、親戚というより子孫、なのですけど。私はシュティーリ家の始祖であり、永い歴史でも初めてヒトとの間に子をもうけたハイエルフです。ペシュティーノは、私の力を色濃く継いだ『先祖返り』の11人目の子孫ですよ」


それからシャルルは自らの子孫の繁栄を見守ることができるのは子を成した自分だけの特権だ、とか、ハイエルフは総じて頭が固いとか、なんだかんだとハイエルフネタをペラペラと喋った。多分、ハイエルフってなんだという俺の警戒心に満ちた疑問に答えたかったんだろう。


「それで、さっき僕にかけた術って、なに?」

「その件は改めてお詫び申し上げます。私は、小さなヒトの子供と接したことがなくて。それに先程も申しましたが、あなたは同志の全てが永い時間待ち望んでいた新たなる神の候補です。なりふり構わず気に入られたくてしょうがなかったんです。本気で」


「それで、ペシュティーノをマネたの」

「……重ねて、申し訳ありません。そのようにお怒りになるほどペシュティーノを深く愛してらっしゃるとは、露ほども想像しておりませんでした。これで気に入られるに違いないと思っていたのです。……ヒトの心というのは、永く生きてもわからないものですね。いえ、永く生きたからこそ、『愛情』のなんたるかを忘れてしまったのかもしれません」


シャルルは少し情けなく笑うと、テーブルに置かれていたお茶を少しだけ含んだ。


「これは……美味しいですね。これはケイトリヒ様だけに贈られる特別なムーサ茶でしょうか。皇帝居城(カイザーブルグ)で飲んだものと、少し香りが違います」


「いえ、特別というわけでは。まだ生産量が少ない、特産地とは少し離れた地域で作られたものというだけです。順調に生産が増えれば、いずれ市場に出回るでしょう」


「シャルル。まだ、こたえてもらってないけど」

「んっ。そうでした。先程の術の件ですね。あれは、まあ弱い精神系の魔法というか、少し認識を()()()()()術ですよ。たしか、エグモントでしたか。彼には誓言の楔を施していないのでしょう? 彼に聞かれたくない話を聞かれたときに、闇の精霊がよく使う……とペシュティーノから聞いていますが、それに似た魔法です」


「それを、僕にかけたの?」

「いえいえ、かけたのは私に、です。さすがにそこの分別はつきますよ。まあ、怒らせてしまったので結果的には同じですけれどね」


精神を操る系の魔法は闇属性であることが多く、ヒトの間では失伝していると魔法の授業で習った。正確には術式自体が残っていても誰にも扱えないのだそうだ。

理由は【闇】属性の属性適性を持つニンゲンがいないから。

【光】属性が誰でも練習すれば扱えるのに対し、【闇】属性は適性がないと100%扱えない。不思議な話だけど、ジオールが社交的な性格で、ウィオラが閉鎖的なのはそういう事が関係してるのかな。ニンゲンが本能的に闇を恐れるのも理由かもしれない。


「シャルルは……というか、ハイエルフは、神の権能についてしってるの」

「ええ。ある程度、指導することもできます。ゲーレが神候補を神にするための存在であるのと同様です。ゲーレは神の眷属として『力』を司り、ハイエルフは『能』を司る。精霊は少し役割が違っていて、神の存在そのものの『残滓』といったところでしょうか」


出会った瞬間から好き好き大好きワンコ風味を出してきたギンコとちがって、やっぱりハイエルフ自体がどこか気に食わない。もしかしたら根底でどこかニンゲンを見下すようなものを持っていて、それを敏感に察知してるのかもしれない。

俺だってニンゲンだし。まだ。


「シャルルは、ニンゲンについてどう思う?」

「先程も申しましたが、愛すべき子のような存在です。ケイトリヒ様がお疑いの通り、私は短命で愚かで貪欲なニンゲンを尊敬こそできませんが……可哀想で愛おしい子、くらいには愛してますよ」


「そう。……すなおにこたえてくれて、ありがとう」

「いいえ。言ったでしょう? 私は、あなたに気に入られたくて仕方がないんですから」


シャルルは、ふふ、と困ったように笑う。

そこまで何度もくり返すということは、「気に入られたい」という気持ちはきっとハイエルフにとって抗えない本能と言ってもいい激情なんだろう。永い時間を生きて、わずらわしい感情が鈍ってしまったハイエルフが唯一、抗えないほどに振り回されるもの。

それがおそらく神候補で、つまり俺。


なんだか、無性にハイエルフという存在が可哀想に思えてきた。

これってハイエルフがニンゲンに対して抱く感情と近いのかもしれない。

さすがに口には出せなかったけど。


「そっきんとして、かんげいする。よろしくね、シャルル」

「……ありがたきお言葉。お役に立てるように、また……心からお許しいただけるよう、尽力いたします」


シャルルはペシュティーノとは少しも似ていない満面の笑顔で微笑むと、俺のちっちゃな手をとって口づけた。ふわりと漂ってきた香りも、ペシュティーノとは違うフローラルなものだ。


元帝国魔術省副大臣でハイエルフ、シャルル・エモニエが仲間になった。

テテーン。ってか。なんだか、今まででいちばん気が重い「新しい仲間」だ。


出会いが嫌なものだったからってだけじゃない。シャルルとの出会いは、この世界で俺が「神」になることを徐々に現実化させるものになるだろう。

もしかしたら最初からそれを避けたくてシャルルを拒否してたのかもしれない。


「あっ! それより、ケイトリヒ様! なんですか、あの精霊は! もう属神になってしまっているではありませんか、あれはちょっと困りますよ!」


ムーサ茶を飲んですっかり我が家のようにくつろいでいたシャルルが、思い出したように叫ぶ。


「こまるといわれても」

「……属神? どういうことですか、ケイトリヒ様」


やだ。ペシュティーノったら、声が絶対零度。

抱っこしたまま急に突き放すような声やめてほしいよ。


「いや〜↑、ちょっと……なんか、いっそくとびで進化しちゃったみたいで」

「何故私に教えてくださらなかったのです? しかも、属神?」


「あー、その……いっかなーとおもってて……でもいずれはなそうとおもってたよ?」

「いっかなー? いずれ? いつ話すおつもりだったのです?」


「いやあのしょれはしょの」

「……ケイトリヒ様。下を向かない。私の目を見てください」


「んん、ちがうの、ごめんなさい……ほんとはわすれてましたぁ」

「忘れてたですって! そんな大事なこと、どうしてすぐに言わなかったのですか! そういう連絡漏れは、ケイトリヒ様ご自身を危うくすると散々申しているでしょう!」


ペシュティーノは長い指でおれのほっぺをぶにぶにと挟んで、お口をブーの形にさせる。

怒ったときによくやるやつ。細い指がほっぺに食いこんで、微妙に痛いんだこれが。


「ごえんなひゃい」

「……まったく、これで何度目ですか? 次同じことをしたら、お尻を叩きますよ」


「ぺ、ペシュティーノ。あなた、神の候補たるケイトリヒ殿下になんということを」


「神の候補であろうと、異世界の魂であろうと、子供はしっかり教育しなければ大きくなっても子どものままです。シャルル、貴方はシュティーリ家のぼんくら息子を見て何も思わないのですか? 遺憾ながら血縁がある以上、あれを想起させるような要素は徹底的に教育し直します。口を出さないで頂きたい」


ペシュティーノがキッと睨みつけると、非難するような目つきをしていたシャルルはふと真顔になって黙り込んだ。ちょっと、前々から何度も話に出てるけどそんなにひどいの? シャルルも一応血縁者だよね? ん、そう考えると俺もか。


「ペシュティーノと僕は、けっこうちかい血縁があるよね。ってことはシャルルとも」


「もちろん、血縁だけでいうとそうなりますが……私にとって先祖返りのペシュティーノは別格ですよ。ヒルデベルトやケイトリヒ様は、私のー」


「ケイトリヒ様とその男を同列に並べないで頂けますか?」


「あ、うん。ええ、あーっと、失礼。もう私の代から数百年が過ぎてますから、今の代のシュティーリ家に縁者の感覚があるかというと、ないですね。他人も同然です。ただ、名を継いでいるので一応は子孫と認識できるというだけです。それに、ケイトリヒ様はどちらかというと、ファッシュ家の様相が強いですね、はい」


ペシュティーノがシャルルの言葉に満足したように頷く。シャルルはそれを見て、少しホッとしたみたいだ。


ペシュティーノ……つよい。

相手が元大臣だろうがハイエルフだろうが神候補だろうが、関係ない。ブレないつよさ。


「ええ、たしかに。ケイトリヒ様は、ファッシュの相をしていらっしゃいます。大旦那様も仰っていたように、お父上のクリストフ様にそっくりです。ケイトリヒ様、クリストフ様の子供の頃の肖像画をご覧になったことがありますか?」


「え、ない。みたい!」

「本城にありますよ。今度、御館様に見せてもらいましょう」


「あの、神の権能の訓練はいつ始めましょうか」


「魔導学院では無理です。1年の授業が終わり、ユヴァフローテツに戻ってからですね」


ペシュティーノはピシャリという。異論は認めないという姿勢だ。

シャルルは少し困った顔をしたが素直に「そうですか」と言って引き下がる。

さすが長生きの種族だけあって、空気を読むのはうまいみたいだ。


「やりたくないな……」

「駄目です。先ほどもわかったでしょう、左目の『全知』はともかく、『破壊』の権能はつかい方を間違えば災害となります。無辜の民まで巻き込む甚大な被害を及ぼす可能性があるのですよ」


「わかった、わかったよぉ」


イヤだけどペシュティーノの言う通りだ。仕方ない。仕方ないけど、やっぱりイヤだ。

むうと下唇を突き出して、ペシュティーノのみぞおちにぐりぐり顔を押し付けると今度は優しく背中を撫でてくれる。


「イヤなことも、ちゃんと受け入れてえらいですね。ケイトリヒ様は我慢も努力もできる素晴らしい統治者となるでしょう。その分、ケイトリヒ様がお望みのものは私がなんでも実現してみせますから、何なりとお申し付けください。まずは、そうですね……今日は、意地を張らず、冷静にシャルルを受け入れたことが素晴らしい。夕食のあと、ベッドでアイスを食べることを許可します」


「!」

「それに1ヶ月ぶりの授業をしっかり受けて、一般の生徒たちとも仲良く過ごせたそうですね。それも素晴らしいことです。ご褒美に……」


「ペシュとねる! おふろも!」

「……ふふ、仰せのままに」


「わあい!」

腿の上で立ち上がってペシュティーノに抱きつくと、お尻を固定されていつもの抱っこポーズ。やっぱりこれがいちばんしっくりくる。


「ペシュティーノ……」

「なんですか、シャルル。代わりませんよ」


「くっ。私もその地位にあずかりたいです……」

「……シャルルには、シャルルにしかできないことがあるでしょう。その能力でケイトリヒ様のお役に立ってください。晴れて信頼を回復すれば、また抱っこくらいはさせてもらえると思いますよ」


「まったく、神の世話役はハイエルフの扱いがお得意でいらっしゃるようだ」


いい感じに話がまとまったところで俺のお腹が怪獣のうなり声のような音をたてたので、夕食になった。


シャルルは食にはあまり興味ないと最初はスカしていたけれど、レオ特製のお肉とお野菜たっぷりの豚骨つけ麺を口にした瞬間、目の色が変わった。本当に、言葉どおりに。

エメラルドグリーンっぽい色だったのが、オレンジっぽい色に。


ハイエルフの一部は強い感情を覚えると髪の色や瞳の色、珍しいのだと爪の色や肌の色が変わるってタイプがいるそうだ。シャルルは瞳の色が変わるタイプ。

そういうの漫画の設定であったな。


シャルルのその説明を聞いて、レオが「じゃあダークエルフもいるんですか」と聞いていた。レオによると、青黒っぽい肌のエルフだそうだけど、まんまじゃないか。

でも「昔、落ち込むと肌が青っぽくなる奴はいた」と聞いてレオは興奮していた。よくわからない喜びポイントだな。

シャルルのいう昔ってどれくらいなんだろう、と俺は疑問に思ったけど、それを聞いていたアロイジウスやエーヴィッツまでハイエルフの生態に興味を持ったようで矢継ぎ早に質問するものだから俺の入るスキもなかった。


つけ麺のでっかいチャーシューが3枚も全部食べられそうになかったので、こっそりクラレンツの丼に押し付けようとしたらペシュティーノに見つかってちょっと叱られた。

食べられないのは良いにしても、食い箸(フォークだけど)で他の器に移すのがダメなんだってさ。マナーのほうでした。


そして約束通り、ペシュティーノと一緒にお風呂に入って一緒に就寝。

それだけで、シャルルのなんかあった色々は全部わすれた!



「がくいんさい!?」


朝ご飯の席で、当たり前のようにエーヴィッツがクラレンツに「早くしないと学院祭の準備期間が始まるから修了試験が受けられなくなる」と話しているのを聞いて、ウンウンと頷いていたけどちょっと待って。なにその楽しそうなワードは!


「そうだよ、学院祭。毎年、最短で学年修了する生徒が帰省する直前に開催されるんだ。ケイトリヒも見学していくのかい?」


「きーてないっ!」


パッと椅子の上で中腰になってペシュティーノを見ると、不思議そうにおれを見つめ返してくる。擬音をつけるなら「キョトン」だ。


「あまり関係ありませんから申しておりませんでしたが……ご覧になりたいのなら、構いませんよ。予定に入れておきましょうか」


あ、そんなユルイかんじでOK出してくれるものなんだ?

勢いよく立ったのがなんか恥ずかしくなって、すすす、と座ると目の前にペシュティーノがアツアツの小さめパンケーキを3枚乗せてくれた。

あにうえたちの皿には給仕が手際よく乗せていく。俺の3倍くらいある大きさでぶあついのに、クラレンツあにうえなんかは5枚も。

俺は好物のカスタードクリームに、サイドメニューは鶏ハムと卵サラダ。アロイジウスとクラレンツはぶあついベーコンとソーセージに気持ちばかりの野菜を添えてマヨネーズソースでお食事風パンケーキ。エーヴィッツは定番のバターとシロップに、サイドメニューは鶏ハムサラダ。

ジリアンは1人だけパン粥をスプーンでいじってなかなか口に入れない。

昨日の薬学の授業で調合に失敗した薬を一気飲みしていまい、夜中ずっと吐いてたからゲッソリしてる。


「ジリアンあにうえ、だいじょうぶ?」

「……わ、かんねえけど……また昨日みたいに吐くことになるのが怖くて、食えねえ」


「少しは食べないと、体を壊すよ」

「ペシュティーノが調薬してくれものは飲めたんだろう?」

「どーやれば皮膚硬化薬が嘔吐剤になるんだよ……バカだなあ」


クラレンツに呆れられてジリアンもウンザリしてる。クラレンツはまだ調合学や薬学の授業に出てないので、調薬の難しさとか知らないんだ。


「クラレンツあにうえ、調合はむずかしいんですよ。そざいをいれる順番、分量、温度をまちがえるだけでまったくちがうものになることもあるんですから」

「そうだぜ、クラレンツ。お前はきっと調合学をやる3年生になる頃には、俺と同じ運命をたどる」


「いや難しいのはわかってるよ。わかってるからこそフツーは一気に飲まねえだろ」


「まったくだ」

「たしかに」

「そのとおり」


今回ばかりはクラレンツの同意だ。まったくたしかにそのとおりだよ。


「くそー! みんなして先輩の俺をバカにするー!!」


「いや、バカじゃねーか」

「今回のことはさすがにバカだと思う」

「いや、お調子者だとはちょっと思うけど、バカにしてるわけじゃ」

「おちょうしものだし、ちょっとバカだよ」


全員から責められて、ジリアンはスネちらかしてしまった。


「お前ら、俺にそんなこと言っていいんだな? 学院祭のカフェチケット、やんねえからな!! ぜったいやんねえ!」


「なにそれ? アロイジウスあにうえ、しってる?」

「いや、私は聞いてないな。どういう催しなんだい」

「ま、まさか!! あの、アクエウォーテルネ寮が全面協力すると噂の!?」

「クラレンツ、知ってるのか」


「フッ……帝都で今話題沸騰中の店、『ハニーディップ』の試験店舗が学院祭にあわせて出店するらしいぜ。俺は出資者の商会の息子と仲いいんだよ。お前たちの分もチケット確保してたけど、気が変わった。同級生に売りさばいてやる!」


「カフェを提供する、店か。それがチケット制なのか? 制度がよくわからないな」

「にんずうせいげんするためじゃないですか」

「ジリアンがもったいぶる価値がよくわからないんだが……」

「ま、マジかよ! こいつら何も知らねえ! ジリアン、謝る! 俺はそれ買うぞ!」


「クラレンツは賢明だな! フッ……仕方ねえから説明してやるよ。『ハニーディップ』の売りは香り高いコーヒーと贅沢なスイーツ、そして可愛らしい制服を着た、女子の給仕だ!!」


「なあんだ」

「女子……?」

「女子……!」

「女子だよ、女子!! スカートは膝丈らしいぞ!」


あれ? アロイジウスあにうえもエーヴィッツあにうえもめちゃめちゃ動揺してる!

ついさっきまで俺と同じ感じだったのに! 今はクラレンツ側?


「膝丈だと!? 小さな子供でもあるまい、は、破廉恥な!」

「まさか、小さな子供が給仕をしているわけではないよね?」

「当たり前だろうが! 帝都では平民から豪商の、俺達と同じくらいの年代の子女が『ハニーディップ』の可愛らしい制服を着るのが夢だと言ってるらしいぞ」


ちなみに帝国は就労規定は年齢ではなく、体重制だ。だいたい10カレッツァ|(だいたい40キログラム)を越えたら働いていいらしい。斬新だね。


「追加情報をやろう。その『ハニーディップ』の盛況のせいで、潰れた商会がいくつかあるらしい。まあ、先日の不正一斉検挙のあおりを受けた店もあったそうだけどな。『ハニーディップ』がトドメをさした、と帝都の商人たちとアクエウォーテルネ寮ではもっぱらの噂だ。それほどまでに、この店は今、アツい! 激アツだ!」


激アツって。こっちでもそういう言葉あるんだ。

アロイジウスとエーヴィッツがお互いをチラチラと気にしあいながら、どう出るかを伺っている。たぶんその『ハニーディップ』に興味が湧いたんだろう。

兄上たちも、それなりにお年頃というワケだ……この流れ、完全に俺は置いてけぼり。

幼児ですみませんね、へっ。


「ジリアン様もクラレンツ様も、情報が早いですね。良い噂を広めて頂いているようで、大変嬉しく思います。よろしければVIPチケットをご用意しましょうか」


ペシュティーノの後ろから、ガノがニョキッと出てきた。

精霊みたいな出てきかたやめて。


「えっ……まさか?」

「……彼は、バルフォア商会の……」

「VIPチケット!? それは俺の友達でも手に入らなかったって……え?」

「ど、どういうことだ、ケイトリヒ?」


「いや、僕もしらない」

「帝都の『ハニーディップ』は、100%バルフォア商会が出資の店舗ですよ。今回、新店舗の出資者を募るために学院祭に出店するのです。ご安心ください、皇帝陛下の特別認可も持つ正真正銘、健全な飲食店ですから」


ニコリとガノが営業スマイルを輝かせると、ジリアンがクソデカため息をついた。

ジリアン、ターンエンド。俺、かやのそと。

ガノの一方的でスキのないセールストークがほとばしる!


「もちろん、王子殿下の皆々様がご来店頂ければ何よりも名誉にございます。帝都だけでなく旧ラウプフォーゲルまで評判が広まることでしょう。是非、学院祭の期間限定店舗にお越しください」


ガノのキラキラ営業スマイルすごいな、と見ていると俺に耳打ちしてきた。


(レオから聞いた『メイド喫茶』を原案に、帝都風にアレンジした企画店舗です。これからもどんどん増やす予定ですので、ケイトリヒ様の帝都進出の足がかりとしてお使いください)


え。


俺、帝都に進出するの? なんのために?


ハツミミなんですけどー?

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