6章_0081話_学院情勢 3
ファッシュ分寮の、広大な地下倉庫。
学院内で危険があった場合の避難所としても使えるように作られた空間で、天井は低めだが学校の体育館くらいの広さがある。
倉庫と名がついているけれど、荷物はない。すっからかんだ。真っ暗な一定間隔で柱が並ぶだけの場所で、俺は大きく息を吸う。
「ヘビ代さーん、クモ美さーん!」
俺が叫ぶと、奥の暗闇からシュルシュル、と音がして真っ白なヘビニンゲンのヘビ代さんが近づいてきた。その横には、桃色ロングヘアの美女……で、下半身は白と桃色のシマシマ模様の巨大なクモのクモ美さん。さんざんクモのフカフカな背中に乗ったりしてたけど、ちょっと離れて全体を見るとやっぱり背中がゾゾゾっとしちゃう。
「きょうは、ユヴァフローテツに移動だよ。あっちでもちゃんと光のささないくらい場所をつくったからね。大きなベッドもつくったし、きっと快適だよ。あいにいくね」
2人は全く光のささない地下遺跡に住んでいただけあって、光が苦手。食事はほとんどせず、3日に1回、大型犬から子牛くらいの大きさの魔獣を丸呑みで食べる。処理の必要もなく、生き餌である必要もない。魔獣の選り好みもないのでとても楽な食性だ。魔獣は、訓練と称してジュンや魔導騎士隊が魔導学院周辺で狩ってきてくれる。
「実は、ユヴァフローテツの水産加工場の廃棄物を取り寄せてお二人に渡してみたのですが……魔獣の丸呑みよりも、大変お好きなようです」
水産加工場の廃棄物といえば、魚の臓物やヒレなどだ。臓物はともかく……ヒレ?
廃棄場所に難儀していたものが彼女たちの食料になるなら、いいことだと思うけど……。
「……スキなんだ」
「ええ」
「クモ美さんは、どっちの口から食べるの」
「どうやら味を楽しむ場合はヒトの口、量を食べる場合はクモの口で食べるようで」
淡々とオリンピオが答えてくれる。
ヘビ代さんもクモ美さんも、どういうわけか他のニンゲンよりも微妙にオリンピオに対して好意的というか、懐いてる気がするので2人のお世話はオリンピオにお願いしているんだ。本人もイヤじゃないと言ってくれたし。……サイズ感かな?
「オリンピオ、ごめんね。騎士なのに、お世話たのんじゃって」
「いいえ、このようなお美しい方のお世話をできて光栄です」
そっか、と聞き流しそうになったけど、二度見しちゃう。
おうつくしい? ……まあ、ヘビ代さんはちょっぴりニンゲンからはかけ離れててもキレイな髪とウロコと肌をしてるし、クモ美さんは普通に美人だけども。
ちなみに、さすがに全裸だとオリンピオが気恥ずかしいらしく、今はバスト部分にキレイな布が巻かれている。もちろん、クモ美さん特製。
「なんか、ヘビ代さんちょっと丸くなった? クモ美さんも、すこしクモぶぶんが大きくなったような」
「栄養状態が良いのかもしれません。地下空間では、動物性の獲物は稀でしょうし。ヘビ代様は1日に300枚前後の鱗が落ち、クモ美様はこの短期間で2度脱皮されましたよ、見事な抜け殻です、ご覧になりますか?」
「え゛ッ!! いや、いい……というか、脱皮するんだ……! あ、そうだ! としょしつでよんだ従魔学の本にね、『状態表示』っていう魔法があったの! ギンコに試してみたら、いろいろ情報がでてきたんだ。つかってみよ!」
「従魔に対して使う魔法ですね」
ヘビ代さんに歩み寄ると、彼女は大きな手をそっと伸ばしてきて優しく包み込んでくれる。もう寒くないから、大丈夫だよ。
「状態表示」
目の前に半透明のゲームのシステムウィンドウみたいなものが現れる。そこにはこの世界の文字で、様々な情報が出ていた。
【状態】
名前:ダエカ
主:ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ
種族:蛇人族|(特殊個体)
状態:良好
気分:高揚
能力:高速移動/悪路走破/熱源感知/丸呑み/なぎ払い/殴打
「えっ! ヘビ代さん、ダエカっていう名前なの? 名前があったんだ! かってにつけてごめんね!」
「……主であるケイトリヒ様が、ご存知ない名をお持ちだったということですか? それは少し、おかしいですね……?」
んー、なんでだろ、でも気分はいいみたい。勝手にヘビ代さんってつけたけど、こんどからはダエカちゃんって呼んであげないと!
「じゃあクモ美さんにも本当のなまえがあるのかな? 状態表示!」
【状態】
名前:タシケテ
主:ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ
種族:蜘蛛人族|(特殊個体)
状態:満腹
気分:高揚
能力:高速移動/悪路走破/天井歩き/糸吐き/布織り/毛織物生産/捕縛
「……え?」
「どうなさいました、ケイトリヒ様。クモ美様の真名はおわかりに?」
「……タシケテ」
「タシケテ様ですか。……ふむ、タシケテ? ……ダエカ、と、タシケテ……」
オリンピオがちらりと懐疑的な目で俺を見る。
……そういえば竜脈が、俺の「声に反応した」って言ってたけど、それって。
「ち、ちゃんと発音したもん!!」
「普通の会話ではそうでしょうが、そのときは叫んでらしたのでは? で、あれば致し方ないかと存じます。お気に召さないようであれば改名してはいかがでしょう」
オリンピオは俺をからかうわけでもなく、真面目に提案してくれる。
今はその真面目さがなんかつらい! ジュンだったらゲラゲラ笑ってくれただろうし、ガノだったらチクリと面白くツッコんでくれただろうに! いいけど!
「改名するっ! ヘビ代さんはヘビ代さん! クモ美さんはクモ美さんっ!」
本人に何度も説明するように改名することを伝えると、状態の表示画面の名前がようやく変わった。でも漢字の表記がないので全部カタカナ扱いだ。
今後はギンコたちと同様にヘビヨとクモミと呼ぶことにしよう。
……名前はともかく、この|(特殊個体)ってなんだろう。古代文明の「兵器」ってことと何か関係あるのかな。と言っても、同族はあの遺跡の卵の中以外ではいないらしいし、気にするほどのことでもないか。
魔導騎士隊の「移送訓練」と称して、ヘビヨさんとクモミさんは軍用浮馬車に乗ってユヴァフローテツへ。
たまには、顔を見に帰ろうか。
俺が行方不明事件から無事に戻ってきて、約1ヶ月。
ようやくペシュティーノとビューローから登校の許可がでた。
なんだかんだで、もう魔導学院に入学して5ヶ月。あと1ヶ月で、早期修了の生徒は終業して、親元に帰ることになる。俺はユヴァフローテツにだけど。
俺とスタンリー、そしてエーヴィッツは確実に早期修了組。
アロイジウスは3ヶ月遅れの編入扱いだから、どういうカリキュラムになってるのか謎。
ジリアンとクラレンツは……多分、一部遅れがあるから1ヶ月くらい残るって話だ。
ちなみに、最長4ヶ月は残れることになっている。
さて、俺の出席していなかったその1ヶ月の間、退学者は21名、停学者は14名。
俺の事件に端を発した騒動は前代未聞の謹慎者を出してようやく落ち着いた。
そして俺が不在の間に野営訓練の再試験はつつがなく執り行われ、1人も不合格者を出さない全員合格という40年ぶりの快挙で終わったそうだ。
俺、野営訓練を修了してない。まあ特別寮生だから必要ないんだけど、なんか寂しい。
「退学者はほぼ中央貴族の子息と令嬢ばかりで、実のところ学院内の騒動とはあまり関係ありません」
ペシュティーノが大きな丸いパンをスライスしながら教えてくれたのは意外な事実だ。
「へえ、そうなのか?」
「家庭の事情と言われていたけれど、そういうテイなんだろうと思ってた」
クラレンツとエーヴィッツがお肉たっぷりのサンドイッチを頬張りながら言う。
「帝都で大掛かりな不正取引の一斉検挙があり、それに連なってかなり多くの中央貴族が爵位の剥奪という重い罰を受けたそうです。退学になった生徒の3分の2は、それが理由でしょう」
「ああ、新聞で見たよ。120年前からずっと歴代皇帝陛下の右腕を務めてきた魔術省副大臣のシャルル・エモニエの突然の退任で、後任となったアルベール・ルドンがかなり不正に厳しい人物だったようだね。いくつか商会も潰れて、一部悪質な人物には処刑という判決も出たらしい。退学者はその関係者の子息や令嬢だ」
アロイジウスあにうえが淡々というと、弟たちが「スゲー」という目で見ていることに気づいて少し顔を赤らめた。
「……領主子息たるもの、情勢に疎くてはいけないよ。もし望むなら、私が購読している新聞を私の後でよければ読ませてやろう」
「いらねっす」
「いいんですか!」
クラレンツとエーヴィッツの対象的な反応に、アロイジウスは苦笑した。
「ケイトリヒは……いらないか」
「え、よみたいです」
「ケイトリヒ様、お望みであればすでに複数の新聞を定期的に入手しております。帝都の代表3誌に三流ゴシップ誌も2誌ほど、旧ラウプフォーゲル圏全体の1誌、ラウプフォーゲルの1誌、グランツオイレの1誌に、王国の3誌、共和国の6誌。王国と共和国の分はある程度数が貯まってから送られてきますので、少々情報が古いものもありますが」
紙が高級な異世界、新聞は実はかなり高い。
現代の価値にするとおよそ1部あたり3千円から5千円ほどなので、17誌も購読するとなるとなかなかの金額になる。全部が日刊というわけではないのが救いだね。
「そ……そんなに購読しているのか」
「どうりでケイトリヒの側近は情報通だと……」
必要な情報は精霊が集めてくれるので、新聞は多分、世の中の一般常識確認のためだと思うけど。
「よみたい!」
「そうですか! では今後勉強部屋に最新のものを揃えるようにいたします。兄殿下たちには残念ながらお貸出することはできかねますので、もしお望みでしたらケイトリヒ様の勉強部屋にいらしてください。」
「いいのかい? 助かるよ」
「すごいな……まさか外国の新聞まで読めるとは……あっ」
「俺は読まねえぞ」
「俺も」
クラレンツとジリアンの無関心さはさておき、エーヴィッツは困った顔でアロイジウスの方を見る。
「アロイジウス兄上、そういえば聖教公語は読めますか。僕は正直、全然……」
「聖教公語! じ、自信ないな……いや、新聞は無理だ。ケイトリヒは読めるのか?」
「はい、いちおう」
「まじかよ」
「すごいな……」
「ケイトリヒは、古代語ももう修了していたよね? 言語が得意なんだね」
「うお、マスタードのカタマリ食べた! 辛っら!」
聖教公語は実のところほぼ英語で、文字もほぼアルファベットと似通っているので、特別勉強しなくてもだいたい読める。さすがに専門用語系や異世界独自で生まれた単語はわからないから辞書は必須だけど。
「話し言葉だけでいうと聖教公語はだいぶ廃れてきているのですが、共和国は共通語の新聞を出していませんね。王国は、共通語が主流となってきていますので新聞は2つの言語で出ています。取り寄せているのは共通語版ですから、問題ないでしょう」
聖教公語|(ほぼ英語)のようなローコンテクストな言語が廃れて、共通語|(ほぼ日本語)のようなハイコンテクスト言語が幅を利かせるということは、帝国と王国にはかなりの文化の共有があるということだな。元々王国は親帝国派が多いらしいけど、それをナシとしても言語が同じなら仲良くできそうな気がする。
朝食後、エーヴィッツと俺は少し最初の授業が始まるまで時間があったので俺の勉強部屋で2人で新聞を読んだ。俺は共和国、エーヴィッツはラウプフォーゲルの新聞。
共和国の新聞の一面の見出しは、「アヴリエル枢機卿への不正献金疑惑、再浮上」。共和国の新聞は精霊教が出しているものもあればそれに批判的なものもあり、政権を批判するようなものもある。思った以上に健全なマスメディアの状態だ。
俺が御神体にされちゃう危険性を省けば、精霊教自体はそう危険な宗教ではないのかもしれない。
「ケイトリヒ。ブラウアフォーゲルで『大規模な不法流民の集落が存在する可能性』だって。広大な荒野で調査が難航していて確証がとれず、トリュー導入による新部隊の調査に期待がかかる……か。トリューはアンデッド討伐のためだけじゃなく、不法流民対策にも有効ってことだね。ヴァイスヒルシュはどれくらい騎士隊にトリューを導入してるんだろうか……」
新聞の記事を話題に、あれこれ話していたらもう授業の時間。これ楽しいな。
分寮を出て学院に向かう道すがら、エーヴィッツあにうえと一緒にぽてぽて歩きながら新聞の話を続ける。意見交換などもできて、楽しい。
「なんだかすぐ時間が経ってしまったね。すごく勉強になった気がするよ。今度はアロイジウス兄上も一緒に、新聞を読む会を開かない? ケイトリヒの勉強部屋でやるから、ケイトリヒがよければだけど」
「いいですね! 僕もたのしかったから、やりたい! クラレンツあにうえも、ジリアンあにうえももうちょっと興味もってくれるといいんだけど〜」
「無理強いするものじゃないからね。じゃあ、今夜にでもどう?」
「うん! 夕食のまえに!」
エーヴィッツは別棟なので途中で別れると、すぐさまジュンに抱き上げられてギンコに乗せられる。
「あれ、もう時間ない?」
「まあ少なくとも王子の歩き方じゃ間に合わないな。少し早歩きでいくぞ」
ジュンが先頭、俺はギンコに乗って、後ろからはガノが付いた状態で早歩きというよりほぼ小走りで廊下を駆け抜ける。
「ケイトリヒ殿下、ごきげんよう!」
「殿下、お元気そうで安心しました」
少し離れたところから気さくに声をかけてくれる、知らない生徒。もしかしたら何かの授業で一緒なのかもしれないけど、中には5年生や6年生のような高学年の生徒も声をかけてきた。声までかけてこなくても、皆にこやかに俺を見送って、中には深々と頭を下げてくる生徒もいる。
「……これ、荒れてるの?」
「今となっては、荒れた原因が全て排除された後ですよ」
不思議に思っている間に「技術:魔道具学」の実習室についた。自習していた1ヶ月のあいだに、基礎共通学科は全教科、選択学科は半分は修了させたおかげでこの調子だと3年生で卒業できちゃうんじゃないかとビューローに言われた。
教室のドアを開けてジュンが先に入り、俺はギンコから降りてポテポテとそれに続く。
俺がドアをくぐった瞬間、何故か拍手が起こった。な、なに?
「ケイトリヒ王子殿下、ご無事をお喜び申し上げます!」
「殿下、よかった……お元気でよかったです!」
誰もが温かい笑顔で俺を見つめ、中には目をうるませる生徒までいる。
お、俺こんなに人気者……だったの?
(ケイトリヒ様の事件を機に威張り散らしていた中央貴族の子息が一掃されたので、彼らの悪行に悩まされていた生徒は皆ケイトリヒ様に感謝しているのですよ)
ガノがこっそり耳打ちしてくる。
(……でもじっさいはちがうんだよね!?)
(いいではないですか、そう思わせておけば)
なんか釈然としないけど、別に生徒たちは「悪いやつらをやっつけてくれてありがとう」ではなく「無事に戻ってきておめでとう」というテイで拍手してくれてるので、わざわざ否定するのも無粋だろう。
「えと、ありがとうございます。ごしんぱいをおけけしました。これからもよろしくおねがいしまし!す!」
またかんだ!! 2回も! くうっ!
むむう、と悔しい顔をすると、教室はふたたび温かい拍手と笑いに包まれた。
……優しい生徒たちダナー。ふとみると、教卓で教師も笑って拍手してくれていた。
その日は他にも「補助魔法学」と「軍事:治安内政学」の2つの授業があったが、どちらも同じように温かい拍手と無事に戻ったことへの喜びの声をもらった。
なんだか照れます。
温かい祝福ムードの授業を終えた帰り道。
「……僕、おもってたよりにんきものだった」
「人気……っていうか、なあ、まあ、そうだな?」
ジュンの反応が微妙。
「なに」
「いや、まあ俺もホッとしたよ。行方不明になったときはマジで切腹も覚悟したけどよ。蓋を開けてみたら元気ピンピンで戻ってきたし、御館様が兵士を学院に入れて介入したおかげで学院の反ラウプフォーゲル勢力が一気に消えたし、俺も狙って生徒をバッサリ斬る必要もなくなって、いいことだらけだ」
「せいとをバッサリ!?」
「ケイトリヒ様、大丈夫ですよ。ジュンは感情で対象を選びませんから」
「かんじょうじゃなくてもだね!?」
「いいじゃないですか、必要なくなったという話のですから」
「そうだぜ、つまりぜーんぶ解決したってことだよ」
……よくわからないけど、何やら物騒な計画があったことだけはわかった。
そして、それが立ち消えになったということも。
「なんか、やっぱり僕こどもあつかいされてる気がする」
「そのちっちゃさでよく言えるな、そんなこと!」
「ケイトリヒ様は、子供ですよ。我らが守る、愛する子です」
ガノが後ろから俺を抱き上げて、こめかみにキスしてくる。こうやってストレートに可愛がられるのはいくら俺の中身が大人でも、やっぱり気分がいい。
おかえしに上をむいて、ガノの目の下あたりにキスしてあげると、ガノも喜んでくれた。
「まあ、そろそろ魔導学院1年生も終わりだ。最後に雰囲気が良くなって、よかったな」
ジュンはいつものからかうような調子ではなく、なんかすごい優しいお兄さんみたいな雰囲気で笑いながら俺を見て言う。……なんか調子狂っちゃう。行方不明になって、ちょっと側近たちの態度がより過保護になった気がする。
分寮に戻ると、エントランスホールにペシュティーノが待ち構えていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいまあ」
ギンコの背中から俺を抱き上げ、頭をふわふわ撫でながらの頬ずり。
あの日以来、なにかあるたびにペシュティーノがしてくる。時間はごく短いけど、ちょっとした分離不安っぽいものを感じる。以前は俺のほうが不安だったのに、今はペシュティーノのほうだ。
でもそれを薄々自覚してるのか、あえて姿を見せないことも多くなった。給仕をガノやパトリックに任せて自分は遠くから見ていたり、お風呂の世話もめっきり少なくなった。
なんだか寂しいけど、これがペシュティーノなりの「子離れ」なのかもしれない。
「ケイトリヒ様、もう1年生の終わりまでわずかですが、前々から申しておりました新しい側近の話がようやくまとまりましたので、ご紹介します」
「ん! 外交できるそっきん?」
「ええ、そうです。どうぞ」
ペシュティーノが俺の背後の人物に向かって、俺を渡す。
「なんとまあ、これはこれは、本当に可愛らしい王子殿下ですね」
後ろからふわりと抱っこされた感覚に、妙な違和感を覚えてパッと振り向くと、女性のような男性のような……長い桃色の髪を束ねた不思議な雰囲気のひと。
「初めまして、王子殿下。私の名はシャルル・エモニエ。元帝国魔術省の副大臣を務めておりました。今後はケイトリヒ様の側近として、お仕えいたします」
しゃべる声も、ニッコリと微笑む顔も、醸し出す雰囲気も、匂いも、なんだか……。
「ペシュティーノと、しんせき?」
「おや、さすが鋭いですねえ。ええ、そうですよ」
にっこりと笑いながら髪を梳くように撫でてくる。
その撫で方も、なんだか……。
「おろして」
「承知しました。これからよろしくお願いしますね」
床に降ろされた俺は、思わずペシュティーノに駆け寄って長い脚に抱きつく。よく見ると顔立ちは似てないんだけど、なんだか……よく似た、まったく別のものをあてがわれた感覚。嫌な感じはしないのに、薄気味悪い居心地の悪さを覚える。
説明できないけど、なんかすごくヤダ。
「ペシュ、だっこ」
「……おや、どうしました」
ペシュティーノに抱っこされて、ぎゅうとしがみついて匂いを嗅いで、ようやく奇妙な不安感がおさまった。おそるおそる後ろを見ると、どうしてペシュティーノに似てると思ったかわからないくらい、違うと思える人物が立っている。奇妙な感覚だ。なんだったんだろう。
「はは、嫌われてしまいましたか。ペシュティーノと似すぎていて、少し怖くなってしまったのではないでしょうか」
「……そんなに、似ているとは思えませんが」
「にてたよ」
「そうですか? 似て……『た』?」
「いまはもうにてない」
「……今?」
「ふふ、驚きました。完全に理解していらっしゃる。申し訳ありません、先程は私が少し認識を誤らせるような術をかけたのです」
それを聞いて、ぶわ、と鳥肌がたつ。恐怖心が攻撃性を煽ったのだろう。
グラリと地面が揺れ、エントランスホールのシャンデリアがガシャガシャと鳴った。
「ケイトリヒ様、鎮まりください!」
ペシュティーノに目を塞がれてギュッと抱きしめらると、すぐに落ち着いた。なんだか俺ヘンだ。ゆらゆらと揺れるなにかに立たされているように不安定になってる。
「……やはり、『破壊』の権能が発現するトリガーはペシュティーノのようですね。これは困った。他の権能を呼び覚まし、『破壊』をコントロールできるようにならないとペシュティーノが世界崩壊の鍵となってしまうかもしれません」
頭がズキズキと痛い。
俺の不安定を察知して、シャルルと俺の間に精霊たちが6柱全員ヒト型で姿を現した。
「ペシュティーノ、ケイトリヒ様と契約しているのは大精霊だと聞いていましたが」
「ええ、そのはずです」
「違いますね。驚いた、これは……なるほど、どうりで」
「テメー、なにしてくれんだコラ!」
「主をイジメたら、焼き殺ス!」
「我らの主が貴方の正体に不安を感じていらっしゃいます。疾く明かしなさい!」
「主を不安にさせるなんて、許さないからー! ふっとばすぞー!」
基本4属性の精霊たちは、俺の不安をダイレクトに感じ取っているようだ。
ウィオラとジオールは黙っている。
「……精霊であれば、私の正体はわかっているでしょう?」
「そりゃあね。でも自分で名乗るチャンスをあげてるんだよ、感謝してよね?」
「悪趣味ですね。早く明かしなさい」
シャルルは困ったように笑い、俺にまっすぐ視線を向けてきた。
「試すような真似をして申し訳ありません、我が主。改めまして。私は、竜脈と繋がり神に付き従う古の一族、ハイエルフのシャルル・アポートル・エモニエと申します。新たなる世界の調停者たる主の顕現を、永き時のあいだ待ち望んでおりました」
シャルル……アポートル……。
(ふう、これでこの声もお役御免、ってところだね。今後、竜脈の知識はその使徒から得るといいよ。じゃあ、さよなら。いつかまた会おう)
頭の中で竜脈の声がして、おれはふっつりと意識を失った。