表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/180

1章_0008話_ラウプフォーゲルの王子 2

「ケイトリヒ様。護衛騎士に加え、専属の料理人を雇ってはどうか、と御館様からご提案頂いておりますがいかがですか?」


「りょうりにん」


話を噛み砕いて理解するために意味なく復唱してみる。

確かに俺の食事量がいつまでも増えないのは、ちょっとお味の問題もあるかもしれない。

俺のために料理を開発してくれるような専属がいてくれたら頼もしい、とは思うけど。


「うーん、いい人がいたら……で、いいです」

「いいひと、ですか。たしかに、護衛騎士と違って腕前や得意分野を把握しなければならない分、難しい人選になりそうですね」


ペシュティーノは何かの書類をペラペラとめくって流し見している。


「まあ、その前に護衛騎士を決めましょう。明日、騎士隊の訓練所に希望者が集められます。ケイトリヒ様のお気に召す者がおりましたらその者を雇いましょう」


「希望者というのはラウプフォーゲル騎士隊の入隊希望者ということですか?」

「いいえ、ケイトリヒ様の専属護衛騎士の希望者です」


子供の護衛騎士にそんな求人があるモンですかね?


「僕の? 専属護衛騎士に? そんなに希望者がいるものですか?」

「当然でしょう、ラウプフォーゲルの王子殿下ですよ。しかも年齢制限を20歳以下と制限しています。年若い騎士希望者に有利な条件で、しかも王子の護衛騎士となれば、すなわち側近。騎士希望者にしてみれば出世街道間違いなしの好条件です」


「僕がへっぽこ王子でも?」

「へっ……ぽ? なんでしょう。なんであれ劣った、という意味であれば間違っていますよ、ケイトリヒ様。優秀でない王子であれば、6歳で護衛騎士はつきません」


そっか。魔力が高い時点で、すでにへっぽこ王子は免れているのか。


ぶあつい紙束を渡されると、履歴書のようなものだった。

ちゃんとリアルな白黒写真までついている。


「これ、絵?」

「ええ、絵紙(ビルトパピーア)と呼ばれる魔道具で忠実に描かれた絵です」


カメラみたいなものかな?

写真付きの履歴書は、男爵の末息子とか、父親はラウプフォーゲル騎士隊所属とか、縁故が多そうなラインナップだ。ラウプフォーゲル騎士隊への入隊は16歳からとされていたはずだが、履歴書には14歳や15歳がちらほらと混じっている。

多分、俺の専属騎士用に集められた少年たちなんだろうね。



次の日。


いつもよりかっちりめ、フリルひかえめのお洋服に着替えてペシュティーノに抱っこされて騎士隊の訓練所へ。いくら立派な格好をしても、抱っこされてる時点でなんというか、俺の中ではへっぽこ王子感が否めない。まあ子供だから仕方ないんだけど。


騎士隊の訓練所は、先日訪れた魔導訓練所と違って簡素な柵に囲まれた運動場みたいな作りだ。遠い向こうでは馬上訓練を行う一団がいたり、隅っこではスクワットをやる一団がいたりと賑やか。

その一角に、騎士団の制服も鎧も着ていない、バラバラの服装のヒトが集まった場所がある。彼らが護衛騎士希望者らしい。


「えっ、書類より多くないですか?」

俺がついこぼすと、出迎えてくれた騎士隊長のナイジェルさんが笑った。


「ええ、先にお渡しした書類は新規入隊希望者の分です。ケイトリヒ様の護衛騎士を希望するものは、我が騎士隊にもいるのですよ。公平を期すため、騎士隊の者らも今日は平服で王子殿下の前に(まみ)えます」


確かに、騎士隊の服着てたらそれだけで強そうに見えるもんなー。


「王子殿下のお見えである! 整列ッ!!」


重鎧を着た騎士が、訓練所中に響く声で言うと私服の青年たちは背筋を伸ばしてキレイに2列に横並びになった。動きが訓練された軍隊。

騎士希望者と騎士なんだからまあこの世界では正しく軍隊なんだけどさ。


「ラウプフォーゲル領主、ザムエル・ファッシュ公爵閣下の御令息、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ王子殿下である! 敬礼!」


ん、俺ってミドルネームあったの? アルブレヒト? へえ、知らなかった。という俺の驚きは置いといて、目の前には屈強な男たちが並んでいる。

これ、本当に全員20歳以下ですか? どいつもこいつもガッチガチに鍛え上げられたアメリカ兵(イメージ)みたいな体してるひとばっかりなんだけど……。

ちょっと見てて暑苦しいのでペシュティーノの顔を見て涼んでいると、「ちゃんと選んでください」と言って彼らの方を向かされた。うーん。面倒になってきたぞ。


でもそうだ。俺の専属なんだから、俺が選ばないとね。普通は見えない魔法陣が見えたんだから、彼らのことも何か見抜けるかもしれない……。


20人ほどの青年を、ひとりひとりジーッと見つめていると、ふと気になる3人がいた。

手と足が淡い緑色に光る黒髪の少年と、不思議な気配がするカーキ色の髪の青年。

そして胸元が赤く光る青年だ。


「ん」

俺が指差すと、ペシュティーノが彼らにそっと近づいて隊列から一歩前に出るよう促す。


「名前を」


「はっ……ガノ・バルフォアと申します。ラバンのバルフォア商会頭目の3男、17歳。

これまで商隊の護衛、アンデッド討伐の経験があります。王子殿下とはお初目にございますが、領主様とは1度アンデッド討伐の勲章授与のときにお目にかかりました。お引き立て頂きました暁には、盾となり剣となり、ときには側仕えとなりこの身を主に捧げる所存にございます」


跪いて深く頭を下げた不思議な気配がするカーキ色の短髪の青年は、その言葉遣いや洗練された所作を裏切って、平民だった。ペシュティーノも平民と聞いて少し目を見張って感心したようだ。大きな目と凛々しい眉。美形なのは間違いないけど、整いすぎていてどこか特徴のない顔立ちだ。


次の青年に促すように視線をやると、少し顔をひきつらせて跪いた。


「あっ、えっと……ジュン・クロスリーといいます。15っす。10歳から冒険者をやってます。一応C級までいって……その、長刀を使います。ええっと、その、作法とかは……ダメダメっすけど、その、お、お願いしますっ!!」


手足に緑色のモヤが見える黒髪の少年は、未熟さが目立つ喋りだがその顔立ちは俺から見たら極上の一言に尽きる。切れ長の三白眼、一直線につり上がった眉、通った鼻筋に少し厚めの唇。顔だけ見るとイケメンすぎて嫌味だが、喋りが残念でホッとするタイプのやつだ。別に顔で選んだつもりはないんだけど、ガノ・バルフォアといい、次のジュン・クロスリーといい、どちらもかなりの美形。


次の青年に視線を移すと、俺を抱っこするペシュティーノの腕が少し緊張したのがわかった。


「……エグモント・リーネルと申します。リングオード男爵家ディーターが次男。ラウプフォーゲル第5騎馬兵隊に所属しております、17歳です」


少し青みがかったクセのある黒髪を、首の動きだけで跳ね上げる仕草はちょっとなんかキザっぽい。彼だけは騎士隊に所属しているせいか跪くことなく、敬礼の姿勢のまま俺にとても優しげな笑顔を見せた。しかしちらりとペシュティーノの方を見た目つきには、俺に向けたものとは違うものが含まれているような気がした。

前の2人に比べると美形度は普通。

ちょっとだけパグ犬に似てる気がする。ちょっとだけね。


「騎士団長様。ケイトリヒ様がお選びになったのは以上の3名のようです」

「承知した。王子殿下、彼らはこれより王子殿下の専属。準備を整えたらば任命式を行いましょう。彼らの主としての責任を全うくださいますよう、お願い申し上げます」


「お、お待ち下さい!」


後ろの列から屈強な大男が身を乗り出す。


「王子殿下ご自身の采配とはいえ、納得いきませんぞ、騎士団長様! 王子殿下は皆、ラウプフォーゲルの次世代を担う宝にございます! エグモントはともかく、商人上がりと冒険者崩れを側近とするなど!」


鼓膜をビリビリと刺激する怒号に、考えるまもなく目から涙がぶわっとあふれる。

え、こんなんで泣くとかアリ? いやもう泣いてんだから仕方ないか。


「ふぇう……」

「ケイトリヒ様、大丈夫です、怖くありません。彼はケイトリヒ様を心配して異議を申し立てただけの忠義者ですよ」


ペシュティーノがわざとらしく、その大男から俺を庇うように背を向けた。


「……王子殿下はまだ幼い。其方が王子殿下の側近として不適であることはこれで明らかになった。王子殿下のお側に侍る者は、王子殿下が選ぶ。それ以上言うことはない」

騎士隊長のナイジェルがピシャリと言うと、大男は肩を落として引き下がった。


ペシュティーノの淡い金髪に隠れて大男を盗み見ると、引き下がった風を装って特に商人と揶揄したガノの方を憎々しげに睨んでいる。そして当のガノはというと、俺の方を見つめてニッコリしているだけだ。なんだろう、さすが商人というべきだろうか、肝が据わっていて余裕がある、ように見える。対してジュンのほうは冒険者崩れと呼ばれたことに気を悪くしたのか、大男を睨んでいる。わかりやすいヤツだなー。


やるべきことを終えると、ペシュティーノは俺を抱えてさっさと西の離宮へ。

部屋に戻ると堅苦しい服もすぐに脱がされ、リラックスできる部屋着へと着替える。


「ケイトリヒ様、あの3人はどういう基準で選んだのですか?」

「えっとねー、ジュン・クロスリーは手と足に緑っぽいモヤモヤがあったから。ガノ・バルフォアは、なんか……全体的に不思議な雰囲気。何色かはわからないけど、なんか良い気が出てたきがする」


「……エグモント・リーネルは?」

「あれは……あれは、もしかしたら失敗したかもしれない。胸元に赤いモヤモヤが見えたから、ジュンと同じようなものかと思ったんだけどちょっと違ったかも。ペシュティーノはもしかして知ってるヒト?」


「騎士隊の者ですから、もちろん存じておりますよ」

「何かあった?」


確信的に俺が尋ねると、ペシュティーノの眉がピクリと反応した。クールな顔立ちではあるけど、意外にポーカーフェイスではないんだよね、ペシュティーノって。

俺に対してだけかもしれないけど、かなり顔に出やすい方だと思う。


「……ラウプフォーゲルの中でも保守派と呼ばれる一族の令息です。私のような余所者には少し、風当たりが強いという、それだけですよ」

「ペシュは余所者じゃないよ。ラウプフォーゲル王子の……僕の側近でしょう?」


「ケイトリヒ様がそう仰ってくださるだけで充分です」


ペシュティーノは力なく笑って、俺の頬を指の側面でスリスリと撫でる。なんだか納得いかないけど、もしペシュティーノと対立するような護衛騎士なら解雇だ、カイコ。



さらに次の日。

ガノ・バルフォアとジュン・クロスリー、そしてエグモント・リーネルはラウプフォーゲル騎士隊の制服を着て俺の前に整列した。所属部隊を記す胸元のエンブレムは白鷲。それは「第4王子所属」、つまり俺の部下であることを示すものらしい。初耳である。


さきほど執り行われた任命式はつつがなく終わった。父上が代理で。


剣の腹で騎士の肩を軽く叩く、ファンタジー物語ではおなじみの騎士叙任式(アコレード)を、俺を抱っこしながらやってくれた。何せ父上が片手で軽く振っているその剣、俺には全力を出しても持てもしませんからね!


「私は魔術師として御館様の補助もしておりますので、ケイトリヒ様のお世話をしていただくのもお仕事の一環となります。小さな子供の扱いに不安のある者は?」


ガノとジュンが手を挙げ、エグモントはそれを見て少し彼らを小馬鹿にするように口の端を吊り上げた。


「ケイトリヒ様は普通の小さな子供とは違います。食事量は少なく、多く食べ過ぎると吐き戻してしまいますし、好みに合わないものを召し上がっても体調を崩します。お勉強がお好きでいらっしゃいますが、元気に読書をしていたかと思うと突如として気を失うようにお休みになることもあり、とにかく予測のできぬ動きをなさいます」


「え」


ペシュティーノの説明にガノとジュンは真剣に頷き、エグモントは眉をしかめた。

ちょっとまって、そんなに手のかかる子供ですか、俺?


「お体が充分に育つまでは、トイレは絶対に()()()ですること。洗浄(ヴァッシュン)浄火(プッツェンフォイア)を使えるものは?」


ガノとジュンが手を挙げる。エグモントがギョッとした。

ジュンは洗浄(ヴァッシュン)、ガノは両方使えるらしい。これって普通じゃないのかな?


「よろしい、エグモントは洗浄(ヴァッシュン)を体得するまでは側仕えの任務を免除します」


不満げなエグモントが手を挙げる。ペシュティーノは少し間をおいて発言を許した。


「……差し出口ながら、側仕えの任務に魔法が必須ですか? 魔法がなくともお世話は可能かと存じますが」


え。エグモント、俺の世話したいの? 俺がウンチしたあとのお尻拭きたいの? いまだにペシュティーノは俺に拭かせてくれず魔法でキレイにしちゃうけど、それ、手でしたいの? プライド高そうなキミが? 業務の内容理解してる?


ペシュティーノは困ったわ、とでも言うように頬に手をあて、俺に聞いてくる。


「ケイトリヒ様、エグモントは魔法を使わずお世話をしたいようです、いかがですか?」


魔法でやるからこそ保たれていた俺のチンケなプライドが火を吹く。絶対ヤダ。

中身は成人男性ですよ? 体が不自由なわけでもないのに、シモの世話をされるなんて本気の本当にイヤでしかない。


俺がブンブンと首を横にふると、エグモントはやや焦ったようだ。

彼に構う様子もなく説明は続く。


「ケイトリヒ様は沐浴もお好きでいらっしゃいます。浄化魔法をかけていても、お湯に入りたがるのですよね」


ペシュティーノはこれまた困ったわ、とでも言うようにため息をついた。

俺、かなり手間のかかる子ですか!?


「浴槽があるのでしょうか?」

ガノが質問してくる。


「いえ、今は洗濯用の(たらい)ですませております。お体が小さいので」


え、あの優美な飾り彫りがされた金属製の(たらい)ってお洗濯用なの!

今になって知る衝撃的な事実が多すぎる。


「グランツオイレに貴族の御婦人方の間で評判の、質の良い浴槽を作る工房があると聞いております。もし王子殿下がお望みでしたら、我がバルフォア家を通じて手配できます」

ガノがチラリと俺を見ながらニッコリと提案してくる。

こやつ……俺の心を掴む天才か!!


「よくそう? お風呂!? ほしい!!」


浴槽は、気温の高いラウプフォーゲルではあまり一般的ではない。平民たちは定められた水場で気ままに水浴びをするし、貴族も沐浴専用の水場を持っていて気温の高い昼間のうちに水浴びして清潔を保っている。

湯につかる習慣は旧ラウプフォーゲルのなかでも北に位置し、標高の高い土地に本城を構えるグランツオイレ領でのみ浸透している文化なのだそうだ。


「子供の湯浴みなら任せろよ! あっ、任せてください! 弟4人に妹1人、乳飲み子の頃から湯浴みは俺の仕事だったからな! 外で遊ぶのも得意だぜ! その代わり、食事とか着替えとか、細々したのは……その、下手なので」


ふん、とドヤ顔でジュンが胸を張ったあと、苦手分野を吐露して苦笑いした。子供の扱いについて、15歳でありながら自身の得手不得手を把握してハッキリ言えるだけすごいなと思う。


ペシュティーノが次々と明かす俺の「トリセツ」は、俺も初耳のことが多かったがガノとジュンは大いにやる気を見せ、エグモントは大いに不安げな様子を見せた。

最初の自信はどこへやら。


護衛騎士との顔合わせは終わり。

午後は俺はお勉強、護衛騎士たちは宿舎や訓練施設の説明などを受けに行った。

部屋にはペシュティーノとミーナだけが残る。午後の授業は魔法陣学だ。


「王子殿下、気に入った護衛騎士が見つかりましたか?」

「うん、ジュンはちょっと無作法だけど、ガノは完璧! ふたりとも、いいお兄ちゃんって感じで気に入ったよ!」


俺がニコニコとミーナに応えると、ペシュティーノが眉をしかめた。

「ふたり、ですか?」

「あ、お兄ちゃんっぽいのは2人。エグモントは、護衛騎士っぽい」

俺が慌てて言い訳すると、ペシュティーノもミーナも笑った。


「エグモント卿を選んだのは、良い判断だと思いますよ王子殿下。気に入った2人だけでしたら、きっと騎士隊から不満が出たでしょうから」


実際出たけどね、という話は黙っておいた。


「それより、浴槽が手に入るという話は本当ですか? バルフォア商会といえば、ラバンの豪商ですわよね! その子息を見初めるなんて、王子殿下は別の意味でも鼻がよろしいのではないかしら!」


「ええ、私もその点は驚きました。ミーナ、そろそろ本城の厨房で焼き菓子が焼き上がる頃です。ケイトリヒ様にミルクと一緒に出して頂けますか」


「かしこまりました」


ミーナが出ていくと、ペシュティーノは文机に座る俺と目線を合わせるようにしゃがみこんで真剣な顔をした。


「……ケイトリヒ様、以前お話したモートアベーゼンの改良案についてですが」

「あ、帝国を揺るがす大発明?」


俺が軽く返すと、ペシュティーノは額を抱えた。


「そう、それです。その件を、御館様に相談しました。この件は、ミーナにもララやカンナにも秘密ですよ? 御館様の勅命で、いくらでも研究費を与えるからすぐにでも事業化せよとのことです。これが何を意味するか、おわかりですか」


「んー……大発明を、事業化。……軍拡? 軍事産業!」

「そうです。ラウプフォーゲル領の最大の収入源は、他領への傭兵業。そして軍事産業です。ラウプフォーゲルは王国であった時代から、体格に恵まれた強靭な兵士を他国に売りつけてアンデッド討伐に貢献して豊かになった歴史があります」


そう、ラウプフォーゲルはいうなれば帝国の「警察」。取り締まる相手が犯罪者であることもあるが、多くはアンデッドという違いがあるだけだ。

地政学で習った!


「ラウプフォーゲル自慢の兵士を効率的に移動させる技術は、何よりもラウプフォーゲル領の産業に直結します。わかりますね?」

「うん。つまり改良型モートアベーゼンを軍で使えるレベルのモノにしろってことね」


「そのとおりです。もしそれが実現すれば……ケイトリヒ様はもう、それだけで次期領主候補確定です。アロイジウス様やクラレンツ様を圧倒的に追い越します」

「え、それは別に望んでないです」


「いいえ、ケイトリヒ様。ケイトリヒ様は領主令息です。ラウプフォーゲルに多大な恩恵を与える功績を成したならば、そこには周囲から期待が必然的についてくるのです」

「そっか」


兄と後継者の座を争うような展開は望んでいない。

でも俺がラウプフォーゲルの領主令息であるケイトリヒとして生きていくためには、現状では不安が多すぎる。

優秀でありながら不遇な世話役のペシュティーノ、母親の不在とその罪、俺自身の小さく虚弱な体。この世界で「幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」で人生を終えるには、父上の寵愛だけでは少々どころかかなり心もとない。


「僕としては領主になってリーダーシップを発揮するより……お金儲けしたいですね!」

「おかね……もうけ? 商人のように、ですか?」


「領地経営にも資金はひつようでしょ? 領地の経済がうまく回って領民までお金が行きわたれば、くらしもゆたかになって産業もおこるはず。それには商人だけでなく、この政治形態なら領主主導で貴族がからんだほうがてっとりばやいもん」

「手っ取り早い……ケイトリヒ様、言葉遣いが商人じみておりますが」


「僕は前の世界で、商会の頭目のような仕事をして……いたんですよ」

「なんと!」


ま、あまり経営の深くまでは関わってない、超巨大一族経営のグループ会社の中でも小さめの会社の4代目お飾り社長だけどね。


「……正直なことを申し上げますと、御館様……と申しますかラウプフォーゲル全体の気質とでも言いましょうか、そういうものは質実剛健といえば聞こえがよろしいですが金儲けや政治の腹芸などには全く向いておりません」

「父上を見ればわかります」


「ケイトリヒ様、『パパ』です」

「パパを見ればわかります」


「……その愚直なまでの誠実さは美徳ではありますが、帝都の中央貴族などには通じません。彼らは狡賢く、裏切りも騙し合いも平気でやってのける恥知らずで、平民から巻き上げた金で私腹を肥やす暗愚ばかりです。暗愚ですが、暗愚であるがゆえに高潔な者の足を引っ張ることにも躊躇しません」

「つまり、ちちう……パパの敵は帝都にあるということ?」


ペシュティーノは一瞬目をつぶって、ゆっくり頷いた。


「その筆頭がシュティーリ家です」

「Oh……」


なんか英語出ちゃった。


「じゃあ、僕がラウプフォーゲルに貢献できることは多そうな気がしてきた」

「ええ、お勉強がお好きなケイトリヒ様ですから、必ずや一角の人物となることは間違いありません。ですがそれも正しい順序と正しい味方を見つけてからでなければ、場合によっては混乱を……」


そこにカートを押しながら、ミーナが部屋に戻ってきた。

ペシュティーノが黙る。


「ペシュティーノ様、大変です! 御館様から、ヴァルトビーネの蜂蜜をこんなに!」


それを聞いたペシュティーノは驚いてカートに駆け寄る。

ペシュティーノの頭ほどもある壺の重そうなフタを開けて、ミーナと2人で覗き込む。ちょっと、俺も見たいんですけど。置いてけぼりですか。

「御館様が? 一体何故、急に」

「王子殿下の食が細いことをご心配なさった様子でした。つい最近、小領主様から献上されたものだそうです。御館様はあまり甘いものは好まれないのできっと下賜なさる先を考えていらっしゃったのでしょう。私を見て思いついたように渡されましたから、おそらくですが」


「献上されたはちみつ? すごいはちみつなの?」

「すごいどころか!! ヴァルトビーネの蜂蜜と言ったら帝国ではお砂糖の10倍、王国や共和国などでは100倍以上の価格で取引される超高級品ですよ!!」

「非常に栄養がある上に美味で名高いのですが、それ以上に有名なのはその集め方でしょう。ヴァルトビーネはA級の魔蟲で、冒険者でも隊列を組まないと倒せないレベルの強さです」


異世界の蜂ってそんな強いの! こわー!

日本の最凶昆虫、オオスズメバチみたいなものを想像したけど、隊列を組まないと倒せないってどういう強さ? 大きいのかな。虫が苦手な俺は、大きな虫と想像するだけでトリハダ。めっちゃこわー!


ペシュティーノは小さな匙で蜂蜜をすくい上げ、長く伸びた琥珀色の糸をくるくると巻き取る。蜂蜜というより、水飴みたい。それを俺の口元にサッと差し出してくるので、何も考えずパクリと受け入れた。


「!」


「美味しいでしょう」


食感は、水飴そのままだ。ものすごく甘いのにクドさがなく、花のようなフルーツのような芳しい香りがうっすらと香る。天然の最高級スイーツといってもいい。

一度に食べてしまうのはもったいないくらい美味しい! いったん口から出してペロペロキャンディーみたいにして舐めていると、何故かミーナとペシュティーノがニコニコしながら俺を眺めている。


「なんですか」


「いえ、お気になさらず」

「美味しいですか?」


「すごくおいひいでふ! たべてみて!」


「価値をお聞きになったでしょう、これは御館様がケイトリヒ様のために下賜なさった貴重なものです。気安く使用人にあげてはなりませんよ」

「そうですよ! 私達が口にするなんて、とんでもないほどの高級品です!! 全部王子殿下が召し上がってください! なるべく私の目の前で!」


「でも美味しいものは、みんなで食べて美味しいねって言い合うほうが美味しいです」


俺がしょんぼりすると、ペシュティーノが腕を組んで考え始めた。ミーナも少し困った顔をしている。そう困らせるようなことを言ったつもりはないんだけど……。


「では、少しだけ。このピックの先に少しだけ絡めて頂きましょう」

「え、ええ!? いいんですか? ゔぁっ、ヴァルトビーネの蜂蜜なんて……私のような下級貴族生まれでは恐れ多くてっ!!」


ペシュティーノはつまようじのようなピックの先に手早く蜂蜜を絡めてミーナに渡し、自分も同じものを用意するとパクリと口に入れる。ミーナもその潔さを目の当たりにして意を決したように口に入れた。


「おいしいでしょ!」


「これは確かに……至高の甘味です」

「ふわぁあ……お、美味しい……!!」


2人が満足げなので俺も満足。再びペロペロしていると、また2人が俺をジッと見つめてニコニコしている。よほど美味しかったんだろう。


「もっと食べればいいのに」


「いえ、我々は食べたくて見ているわけではないのですよ、ケイトリヒ様」

「そうです! 私は先程頂いただけでもう一生分満足ですから! 本当に! 王子殿下の栄養のために、あとは全て王子殿下が召し上がってください!」


「そう?」


ペロペロ、ニコニコ、ペロペロ、ニコニコ。


最初は見られてるとなんか食べにくいな、と思っていたけど、あまりの美味しさに気にならなくなってきた。しばらく不思議な時間が続いたけど、食べ終わるとティータイムだ。


表面がカチカチのマドレーヌみたいな焼き菓子。

蜂蜜の甘みが残る状態で食べたお菓子はあっさりしていてむしろ口直しにちょうどいい。ミルクも優しくお口を潤してくれて、おやつが進む。美味しさに夢中でほとんど食べ終わる頃に気づいたが、またペシュティーノとミーナがニコニコしながら見ていた。


……もしかして、俺を見て笑っている……のか……?

何故?


なんだか急に恥ずかしくなってきて、急いでおやつを食べてしまうと居住まいを正して教本を開く。


「そ、そろそろ授業に戻りましょう。魔法陣学のお勉強の時間です!」

「ええ、ええ、そうですね」


ペシュティーノが妙にニコニコしながら授業を再開したけど、ものの5分もしないうちにものすごく眠くなってきた。お腹いっぱい食べ過ぎてしまったようだ。


「ケイトリヒ様、眠いようでしたら一度休んでスッキリしたらまたお勉強を再開しましょうか」

ペシュティーノが甘い言葉で誘惑してくる。今の俺には甘すぎる言葉。

効果は覿面(てきめん)だ!


眠気にふらつく俺の頭を、蜘蛛のような長い指の手がそっと支えた瞬間、落ちた。

もう抵抗できません、おやすみなさーい。


その日は結局グッスリ寝てしまい、魔法陣学の授業はほとんど進まなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ