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6章_0079話_学院情勢 1

――――――――――――


「人類の文献にも残っていない、未知の超古代文明の都市に眠っていた兵器。か」


ラウプフォーゲル城の「審議の間」によく似た造りの部屋。白で統一されたそれとは違って、この部屋は全てが温かみのある木目調で統一されている。

その部屋でクリスタロス大陸の覇者ギフトゥエールデ帝国の皇帝ヴィンツェンツは、待ちわびていた報告書に目を通していた。


「ヴェリハッテ遺跡は、地表に残っている遺物に反して埋蔵部分の年代も規模感も合わないと研究者が首を傾げていたものです。既知の遺跡の下に、さらに未知の超古代文明遺跡があるとは、ようやく合点がいきました。これは()()への良い土産話になります。……しかし、今もなお稼働可能な兵器が埋蔵されているとなると……困りましたね」


皇帝と同じ書類を読んだ眉目秀麗の長髪の青年が、悩ましげにため息をついた。


「しかも、その兵器をはラウプフォーゲルの王子であるケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュだけが動かせるということか。……我々は、この神の卵である子供をあらゆる脅威から守らねばならん」


皇帝ヴィンツェンツは書類をぱさりとテーブルに置き、ゴブレットを手にして琥珀色の液体を飲み干した。

最近は酒を控えているらしく、中身はラウプフォーゲル地域で人気のムーサ茶。


「この茶はまこと、格別に美味いな。ザムエル、ケチケチせずにもっとよこせ」

「ケチケチしているのではなく、最上級品を選んで献上しているので量が少なくなっているだけですよ。人聞きの悪いことを仰らないでください」


その場の男たちが穏やかに笑う。


「それで、シャルル。どう考える? 他国……特に共和国にその価値を知られずにケイトリヒを守るには。ラウプフォーゲルの教育方針に異を唱えるわけではないが、やはり今回死にかけたことといい、普通の子供と同じように扱うのは無理がある気がするのだが」


「前々から申しておりますが、皇帝陛下が御自ら囲うのは避けたほうがよろしいかと。それだけで帝都の支配権を狙う貴族たちの警戒対象となり、危険度は跳ね上がります。やはり今まで通り、ラウプフォーゲル公爵閣下の庇護下に置き、皇帝陛下は公爵閣下を庇護するのがよろしいかと存じます」


長髪の美青年が静かに言うと、皇帝は鼻を鳴らした。


「しかしなあ。儂のラウプフォーゲル贔屓(びいき)は帝都の貴族たちの恰好の攻撃の的だ。いい加減、辟易してきたぞ。ラウプフォーゲル兵に守られていながら、帝都の愚図どものデモデモダッテ話にはウンザリだ」


「たしかにケイトリヒ様の存在が明らかになってからというもの、妙に彼らの声が大きくなってきましたね。この際、不要な帝都の貴族どもをまとめて削いでおきましょうか」


にこやかな空気が、ピタリと動きを止める。


「……どういう方法かまでは聞かんが、騒動にせずにできるのか?」

「ご心配なく、私はこの道()()()の専門家ですよ。全ては皇帝陛下の御心のままに。それと、私にもうひとつ妙案が」


美青年がニコリと口元に弧を浮かべると、ザムエルはどこか居心地悪そうに上等な椅子を座りなおす。

目の前のシャルルと呼ばれた美青年は、帝国で長年皇帝の右腕として魔法省の副大臣を勤めてきた人物。副大臣という微妙な立場であるにもかかわらず、常に歴代皇帝の傍らに控える彼には隠れた使命があると常々言われていて、それは事実であった。


「実を申しますと、ケイトリヒ殿下の世話役と、少し懇意にさせて頂いているのです」

「……ペシュティーノと?」


ザムエルは初めて聞く話だ。ペシュティーノは何でも相談してきてくれていると信じ切っていたザムエルとしては、少々面白くない展開。


「ああ、公爵閣下、勘違いなさらないでください。懇意というのは、なにかしらの企てをしているというわけではありません。有り体に申し上げますと、彼から密かに引き抜きを打診されておりまして」

「引き抜きだと!? 魔術省の副大臣を、いち公爵令息の側近にか!?」


今度は皇帝が驚く番だった。

ザムエルとヴィンツェンツは面食らったが、ふたりとも押し黙り、様々な思惑が脳内に飛び交う。


「私は歴代の皇帝にお仕えした、生粋の『皇帝派』といえますでしょう。その私が、殿下の目付役として側近入りすれば……何も知らぬ者が見れば、私は皇帝陛下がつける王子殿下への()()です。殿下の取り込み、あるいは排除に動いている者たちへの牽制にもなりますし、いかがでしょう? いろいろと上手く回りそうだと思いませんか」


「たしかに、ことケイトリヒの件に関しては利の大きな手法だ。だが……」

「……其方の後任はどうしてくれる」


ヴィンツェンツも利については理解しつつ、損失の大きさに頭を抱えた。


「ご心配なく、すぐに()()から後任を手配しましょう」

「その同志をケイトリヒにつけるというわけにはいかんのか」

「陛下、それでは()()にならないでしょう?」


「……では、先程の不要な貴族を削ぐという話はどうなる?」

「ああ、それならば私でなくても簡単な話です。後任の同志に引き継げば、機会としても完璧なものになるでしょう。実は、その事も交渉材料として世話役から打診されているのです。ケイトリヒ殿下は、類稀に優秀な部下をお持ちでいらっしゃる。精霊の諜報力だけに飽き足らず、しっかり『種』を仕込んでらっしゃるのですから。これは確か、側近の商人がお膳立てしてくれたとか……まこと、よくできた『種』です」


シャルルは楽しそうにニヤニヤと笑い、何かを思い出してはクスクスと笑う。

腹芸の苦手なザムエルは、その様子を苦々しく思いながら目をそらした。

ケイトリヒ側近の商人といえば……バルフォア商会の息子、ガノ・バルフォア。確かに彼は経済面だけでなく、政治面でも目端が利くと聞いている。しかしまさか帝都にまでその影響力を伸ばしているとは思っていなかったザムエルは、これまた驚くしかなかった。


「……その辺りは任せたいところだが、もう1点、如何ともし難い懸念がある。ケイトリヒにとっては伯父にもあたる、ラグネス公爵の(せがれ)が、どうにも予測できん動きをする。あれをどうにかしたいのだが……」


「ああ、それも私にお任せください。シュティーリ家には少々ツテがあるのですよ。ペシュティーノ・ヒメネスと連絡が取れたのもそちら経由でして。アランベルト卿もあれには手を焼いているのです」


「では目下の悩みが、シャルルがラウプフォーゲルに入ることで全て解決するということだな」


「そうですね。皇帝陛下は……私が去りましたらば、目下、暗殺にお気をつけください」

「なんというぶっこみかたをしてくれる」


シャルルと皇帝の軽口に、ザムエルがハッとした。


「そうでした。ケイトリヒから、皇帝陛下に贈り物が。なんでも、『じんせいなにがあるかわからないから』と護符(アミュレット)を自作したそうで」


「8歳児が言うセリフか? ああ、死にかけたのだったな……」

「大精霊の寵児であるケイトリヒ殿下の護符(アミュレット)ですか。それは私も興味深いです。どれどれ、お見せください……おやまあ、なんとも、とんでもない強力な護法陣が込められてますね。これがあれば暗殺も怖くないですよ、陛下。ちょっと私に解析させて頂けないでしょうか?」

「よせ、触るな。儂への献上物だぞ!」


ザムエルが懐から取り出した真紅の編み紐を眺めて、シャルルは驚き、皇帝は慌てて受け取って懐に入れる。


「なるべく肌が触れる場所につけてほしいとのことです。私も同じ物をもらいました」


ザムエルは袖をまくり、シャツの袖の中に同じような紫紺の編み紐を見せつけてくる。


「おや、これはまた少し違った護法陣が込められていますね。ちょっと解析させていただけないでしょうか」

「断る」


「お二方とも、大人げないですね! 護法の術式を見るくらい、よいではありませんか」

「お前に触らせたら書き換えられそうだ」

「愛息からの贈り物ですぞ、ご遠慮を。ああ、この紐はどうやらクモの魔人の糸からできているそうで。精霊が分析したところ、普通のセーリクス(シルク)に比べて数十万倍の術式を組み込めるということで、ケイトリヒが手ずから作ったものにございます」


「なんと、それは……困りましたね、兵器としてだけでなく素材としてまで価値があるとは。いよいよ、世話役の手に負えなくなる日が来るでしょう。側近入りはゆっくり進めるつもりでしたが、急いだほうがよさそうです」


「はあ……決まりか。決まりなのか。私のお忍び休暇はこれから誰に頼めば……」

「ご心配なく。私が今までしていた()()も、後任に引き継ぎますよ」


皇帝と、公爵と、魔術省副大臣の秘密裏の会談は、夜更けまで続いた……。



――――――――――――



「えー! 授業、うけられないの!?」

「ケイトリヒ様……お体はお元気かもしれませんが、学院は行方不明事件で荒れております。しばらくは授業には出ないほうが良いと学院側からの通達がありました」


授業を受ける気満々で朝ごはんのクロックムッシュをもりもり食べていたのに、スタンリーからとんだ肩透かしを食らってしまった。

あにうえたちは俺のことを可哀想な感じで見てる。

知ってたんだろうな、俺が授業には出られないって。


「あれてるって、なんで?」

「野営訓練で行方不明事件が起こった直後、事件を(わら)うような発言をした中央貴族の生徒に対し、怒り狂った旧ラウプフォーゲル領の生徒が手を出したのが発端でした。その後も表立っても水面下でも、なにかと小競り合いが続いているのです」


「……ケイトリヒ、私からも出ない方がいいと言わせてもらう。今、学院はケイトリヒにとって危険だ。行方不明の間はまだ大人しかった旧ラウプフォーゲル勢力だが、ケイトリヒが戻ってからというもの、少々増長していてね」


アロイジウスが気まずそうに言う。


「そうだね、冷静な生徒も多いけど、それ以上に今までの鬱屈を発散したがっている生徒がたくさんいることに僕たちも少し驚いている。そうだ、野営訓練は事件のせいで中止で再試験になるから、それに向けて予習したらどうかな」


エーヴィッツまで。……野営訓練、再試験になるのか。なんだか悪いな。


「……アロイジウス兄上は、いい時期に来てくれた。その暴れたがってる生徒の多くは、俺に寄ってくるんだよ。俺の噂を聞いているんだろうな。恨みがあるのはわかるが、俺はそいつらの憂さ晴らしの旗印になるつもりはない。お前を担ぎ上げられたら困るんだよ」


クラレンツも、苦々しい顔になっている。なんとなく順番で、ジリアンあにうえに視線をむけると、ヘラッと笑った。


「あ〜、俺は平気。4年間、鬱屈した旧ラウプフォーゲルの生徒を何も助けなかったっていう実績があるからな! 暴れそうな奴らも、俺には期待してない。だがそのおかげで、両者の中立交渉役を期待してくる奴らもいるけどな。面倒だけど本家ほどじゃない」


あにうえたちが4人がかりで俺を説得にかかるものだから、もう反論できない。

できないけど……。


「……そういうじょうきょうだからこそ、僕が出て、きびしく言ったほうがいいんじゃないですか?」


「いや、ケイトリヒを慕って事を起こした生徒たちを、ケイトリヒに処罰させるわけにはいかないんだよ。逆に恨みを買ってしまう可能性だってある。ここは私達、兄に任せて。ケイトリヒは学院の先生を呼んで、家庭教師をしてもらいなさい」


「かていきょうし!」


学院の寮にいるのに、家庭教師ってなんだか不思議な状況だけど。

それは……なんかちょっと楽しそう!


「……わくわくしてるね?」

「単純だなあ」

「ったく、人の気もしらないでよぉ」

「まあ〜いいじゃないか。こうやって無事に戻ってきたんだ。本当に……よかったよ」


ジリアンがしんみり言う。それを聞いて、兄上たちも大人しく同意した。


ジリアンは今はゲイリー伯父上の末息子だが、本当は下にもう一人弟がいたのだそうだ。小さい頃に行方不明になり、数日後に冷たくなった姿で発見された。

その話をしたジリアンは、俺が無事に戻ってきたことをさらに深く噛みしめるように喜んだ、とアロイジウスが教えてくれた。

……ほんとうに、いいお兄ちゃんばかりで幸せだな。


兄上たちとスタンリーが授業のためにエントランスホールから出ていくのを、俺は手を振って見送る。


「さて。じゃあ今日はなにしようかなー。ヘビ()さんとクモ()さんの様子でもみにいこうか……」


家庭教師の先生を手配する話も、少し時間が必要だということで今日は丸一日予定ナシ。

魔人たちは急ごしらえで作ったファッシュ分寮の地下ですごしていて、ユヴァフローテツでは彼女たちの受け入れ態勢を整えてる最中。

もともとあまり動かない性質なのか、一日中寝てるそうだ。


お靴のカカトを中心にしてくるりと後ろを向くと、精霊たちがヒト型の姿で勢ぞろいしていた。


「うわっ、びっくりした。どうしたの、そろっちゃって」


「……僕ら、主を死なせかけた」

「我々の力不足を、思い知りました」

「ヒトの作った魔封結界なんかに負けた!! 主を死なせるところだった!!」

「魔人がいなければ、竜脈が近くにいなければ、主は死んでた。俺たちの、主が……」

「水に殺されかけたと知れば、小生も今までのままではいられません」

「主、寒さデ死ぬところだった……カルの、カルのちからが弱かったカラ……ウゥ」


いつもおちゃらけてるジオールやアウロラまで、ものすごく深刻な顔をしてる。


「まあいいじゃない、けっかてきに無事だったんだから」


「そういうことじゃなーい!!」

「主、我々は主の下僕です。主の命を危険に晒した下僕を、叱らないのですか」


「だって、あれは事故だもの。誰もおちたあとの僕を助けられなかっただろうし、おちたあとはたいへんだったけど大きなケガもしなかったし……あっ、そうだ。バブさんがすごくやくにたったんだよ! 魔封空間でも魔法袋って、きのうするんだね!」


「僕らは封じられたのにあのふわふわの魔法袋は機能した……?」

「……おかしいですね」


「おかしいの? ん〜、生き物の魔力を封じるんじゃない? バブさんは、生き物じゃないから」


「我々も生き物ではありません」


「ん、でも生き物である僕のしもべ、でしょ?」


精霊たちはハッとして考え込んだ。


「主。主にとって、我々精霊と魔人の違いはなんでしょうか」

「えっ、なになに。何なの突然」


部屋に戻ろうとする俺にゾロゾロとヒト型の精霊たちがついてくる。まだ納得してないみたいだ。別に精霊のせいで俺が危機に陥ったわけではないし、精霊が俺を守れなかったからって罰を与える理由はない。なんなら側近にだって罰を与えたくないんだから、そんなに責任を感じないでほしいんだけど……。

責任を感じる? 精霊が? 商人に注文して商品を取り寄せたのもまあまあ驚きだったけど、よく考えると責任を感じるなんてのはすごく人間的だなあ。


「精霊と魔人のちがい……? おおきさ?」

「主、真剣にお答えください」


「なんなの急に」

「我々は、主が生き物として扱う条件が言語能力、つまり会話が可能か否かが分岐点だと思っておりました。しかし、主は言葉を発さぬ魔人を生き物として扱っていらっしゃる」


「そりゃそうでしょ」

「主、あの魔人たちは超古代文明が作り上げた兵器だって聞いたよね? なのにどうして生き物だって思ってるの? 僕らにはそれが不思議で、すごく……不安なんだ」


「ふあん?」


いつからか俺の中で精霊たちは「ヒトならざるもの」というくくりから「ちょっと変わったヒト」みたいになってた。ヒト型になると、意識って劇的にかわる。


「僕が、魔人を生き物だと思ってることが不安?」

「うん、不安……が一番しっくりくるとおもうんだ。なんか、ぼんやりとイヤな気分でやめてほしいってかんがえちゃう気持ち」


……やばい、全く理由が想像もできない。

お部屋に用意されていたティーセットからミーナがお茶を入れてくれたので、お砂糖をカップに入れてかき回しながら色々考えるけど、全然わからない。


「んん……魔人と一緒にされてイヤなの?」

「それは少し違います。主、あれらには体があるではありませんか。我々には、肉体がない。それなのに、同じものとお考えなのですか?」


あ、そういう?


「そう言われてみればそうだね? でも、大したちがいじゃないとおもって……た、というか、いまでもおもってるけど」


「そこーーー!!!! それだよ、それ!! すごい違いじゃん!!」


ジオールが叫んだので、ミーナがビクッとした。


「ケイトリヒ様、精霊様がお怒りなのですか?」

「う、うん……そうみたい。僕のにんしきが気に食わないらしいんだけど」


「……精霊様がお怒りになると天地が崩れると言われてましたけれど、そのようなことにならないよう、しっかり話し合ってくださいましね」

「こわいこといわないで」


「天地が崩れる……それは、本来の精霊の力だね。でも僕らには備わってない。もう、僕たちは精霊としては逸脱するくらい変質してしまったんだ」


「えっ? ち、ちょっとどういうこと」


「主、僕たちは魔封空間では存在すら封じられ、存在が固定される肉体を持たないのに感情はある。なのに力が感情に乗らない。僕たちって、一体何なの?」


ジオールが怯えるように俺に詰め寄る。


「……大精霊とは、ちがう存在になってるってこと?」

「うん、違う。こんな精霊、いない。だから、不安なんだ。僕たち、いつか主から必要とされなくなったら……主が僕たちを忘れてしまったら、魔封空間にいたあのときのように存在を封じられたまま、誰にも認知されずに消えてしまうんじゃないかって」


なるほど、不安なのはそういうことか。

ちょっと性質はちがうものの、根本的には生き物には当然備わっている「死」への恐怖と同じものなんじゃないだろうか。


「だからね、だから……主、僕たちに『依代(よりしろ)』として、あのふわふわを与えてくれないかな? 受肉できる依代(よりしろ)があれば、魔人とおなじ生き物として僕たちは自分自身の存在を固定できる」


「じゅにく……よりしろ……ねえ、その前におしえてほしいんだ、それって何なの?」


俺はお茶を飲む手を止めて、体ごと精霊たちに向き直る。受肉のことは謎だらけだが以前から精霊が重要視していることだ。この際はっきりさせておこう。


(……精霊の説明じゃ、たぶん理解が一致しないだろうから直接情報をインストールしてあげるよ)


父上と話していたときには一切反応がなかった竜脈が脳内で語りかけると、ブワッと情報が頭の中に流れ込んできた。


(受肉とは、精神体を物質に宿すこと全般を指す)

全般? ってことは何かしら細分化されてるの?


(精神体のことを魂、物質のことを依代(よりしろ)とも称す)

なるほど。じゃあ精霊に依代(よりしろ)を与えたあとは、日本の妖怪の付喪神(つくもがみ)みたいなものになるのかな?


(精神体が望んで依代(よりしろ)を得た場合を受肉、望まずに物質に閉じ込められた場合は物憑(ものつ)き、あるいは魂縛(こんばく)などと呼ばれる。後者は呪いを併発することもある)

精神体がどう思ってるかで呼び名が違うのか。


(大精霊以下の精霊は、霊体、あるいは精神体である)

うん。うん? 大精霊以下? それ以上は? 霊体と精神体の違いって何よ?

え、ヒトの目に見えるかどうか? あっそう。


(大精霊以上の精霊であることに受肉の条件はないが、受肉する場合がほとんど)

……なるほど。もしかしたら俺の精霊たちは、精霊以上のものになろうとしてるのかもしれない。だから受肉について執着するんじゃないだろうか。

受肉のメリットとデメリットはどうだろう?


(受肉することによる精神体のメリットは、存在が固定されること。不安定な状態を脱して物質に固定されることによって精神体としての成長も望める。動植物の形をとった場合は主に雄としての生殖機能を備えることもでき、特異な子孫を残すことがある)

うん? うん、生殖についてはまあいいや。

つまり物質的な肉体を得ることで、今以上に生命体に近い精神構造になるってことかな。


(受肉することのデメリットは、物質の状況に精神体が左右されること。質の悪い依代(よりしろ)をあてがわれた場合は精神体の成長は望めず、物質の破壊とともに精神体もダメージを受ける)

……けっこう痛い気がする。今までジオールやウィオラが攻撃されるなんて心配してなかったけど、もし受肉したら依代(よりしろ)の損傷によって彼ら自身も傷つくということでしょ?


(受肉による宿主のメリットのひとつは、魔力供給が不要になること)

宿主って俺のこと? ……なんかイヤな名称だけど、これは別に現状で負担じゃないから別にメリットとも言えないかな。


(それにより、自律行動が可能となる。宿主の付随物ではなく、独立した生命体として活動できる)

これは、俺が魔封状態になった場合でも自由に動けるということか。魔力的には大したメリットじゃないけど、先日の事故のことを考えるとこの違いは大きい。


(最後に、宿主のデメリットは、受肉した精霊の離反である)

……なるほど。別の自立した生き物になれば、宿主の元を去る可能性も出てくる。

精神が成長して宿主の存在を越えてしまえば、自分よりも小さな者に仕える理由を探し出すのは難しくなるはずだ。


「竜脈、しつもん! 精霊はふだん僕のかみのけにはいってて呼んだらすぐにでてくるけど、受肉したらこれはできなくなっちゃう?」


「あ、それはできるよ。主に分霊体をくっつけて、今まで通り会話したり魂を呼んだり噂話を集めたり、そのへんの能力は変わらないかな。あ、でも脳内の会話はちょっと面倒になるとおもう。受肉したあと、ちょっと練習しないと難しいかも?」


ジオールが答えてくれた。受肉に対する意識のズレが解消されたことがわかったのか、先程の不安定さはなくなったみたいだ。


「そっか、じゃあ受肉については僕の意見としては問題ない、が結論かな。でも大事なのは、依代(よりしろ)だよね」


「……! 誠にございますか。主、我々は……主のその言葉を何よりも嬉しく思います。依代(よりしろ)は、あのふわふわを頂ければ至上の喜びにございます」

ウィオラがどこか興奮気味なのも、不安定さの現れなんだろうか。


「ふわふわ……バブさん?」

「はい。あれはヒト型に近い形をしている上に、長い時間主のそばに在り関心を得ておりましたから依代(よりしろ)としては最高峰。主の下僕である我らからしたら夢のような依代(よりしろ)です」


「じゃあ、ウィオラやジオールが、このバブさんの中にはいるってことでいいの?」

「うんうん、大体あってる! 僕たち基本は霊体だから、ちょっと気を抜くと消えちゃうし主以外のニンゲンには意識的に姿を見せるようにしないと認識されないんだ」


存在を認識されづらい状況って、気を抜いてたからなんだ。そりゃ大変だったね。


「バブさんが……うごいて、しゃべるようになるの?」

「うん! お望みなら、すこしくらい姿を変えることもできるけどね」


なにそれちょーファンシー。

いや、今でも動くんだけどさ、ウィオラやジオールが……バブさんサイズの6色展開でわらわらと俺と戯れる……かわいくない? ペシュティーノが悶絶しちゃわない?

ディアナなんて卒倒しちゃうかもしんない。


「じゃあ、ぜんいんぶん作ろうか! 6体!」

「え、作る!? 新たに作るの? そ、そのふわふわじゃダメ?」


「だって1こしかないよ。その『ジュニク』は、みんなしたいんでしょ?」

「1こに全員入ればいいじゃん!」

「我々は皆、主の魔力より生まれし人工精霊、いわば兄弟姉妹のようなもの。自然発生精霊でしたら複数の精霊が同じ依代(よりしろ)に宿ることは大変難しいことですが、我々には容易です」


うーん、なんか……1つの体に6つの人格……多重人格みたいになるのかな?


「人格はどうなるの?」

「ジンカク?」

「人格とは……何でしょう?」


えっ、そこから?


「ええっと、たとえばジオールは自分のことを『僕』っていうよね。ウィオラは『我』とか『私』だっけか。バジラットは『俺』っていうし、アウロラは『あーし』、キュアはたまに『小生』? ちょっとめずらしいから最近は『私』ともいうっけ。カルは『カル』。じゃあ、6体ぜんぶが1つのバブさんの身体にはいったら、自分のことはなんて呼ぶの?」


「……え、なんだろう」

「なんでしょうね。わかりません」


「それって、だれかの人格が残って、だれかの人格が消えてしまうことにはならない?」


「人格……僕が、僕であること、ってこと?」

「……主は、我々にも人格があるとお思いなのですか」


「えっ!? あるでしょ! めっちゃあるでしょ! コセーのカタマリだよ!」


「コセー? 個性が人格なの? 同じもの?」

「個性……」


「個性と人格はまったくおなじものではないけど、人格があるからこそ個性があるんだとおもうよ。個性があるってことは人格があることのしょうめいだとおもうんだけど」


「僕には、人格と、個性が……ある? 精霊なのに? 体も、ないのに?」

「主がご覧になって在ると感じるのであれば、それは確かに在るのでしょう。しかし我々は、それがどのようなものなのか理解しておりませんでした」


「6人の精霊が1つの依代(よりしろ)にやどって、人格が1つになったら……もしかしたら自分自身が消えてしまうかも、と知ったときどうおもった? なんともおもわなかった? 怖いとおもわない?」


「……こわい? 僕が消えるのが……こわい? うーん、消えるわけじゃない、とは思うんだけど……変質はするかもしれないね。つまり、今、僕が僕だと思っている存在は……確かに、消えてしまうということになるのか。ああ、なんだろう。すごく胸が重くてモヤモヤして、嫌な感じがする。これが怖いって気持ちなのかな」

「人工精霊である我々は、不完全な存在。6つの我々が1つになれば、自然発生の完全なる精霊に近づけるはずなので統合は自然に思えましたが……主からそう言われると、だんだんと何故自己の喪失を惜しいとも思わなかったのか不思議に思えてきます。これが……人格を持つ、と自覚したが故なのでしょうか」


いつも表情豊かでヘラヘラしているジオールが怯えた顔で胸元を押さえている。ウィオラはいつも無表情なのに、困惑したように眉根を寄せてしきりに手で顔を撫でる。

不安のサインだ。バジラットたちも、互いに顔を見合わせてお互いを気遣い合うような動きをしている。これで、人格がないなんてよく思えたもんだ。


「もー、しかたないな……みんな、おいで」


俺が手を広げると、一拍おくれてポムンと音を立てておにぎりサイズの精霊たちが俺の胸に飛び込んできた。


「僕はジオールも、ウィオラも大好きだよ。もちろん、アウロラもバジラットも、キュアもカルも大好き。いなくなって欲しくない、大事な存在だよ。いろんな事をおしえてくれるし、いろんな変なこともする。みんな、僕が名付けた大事な精霊たちだよ」


腕の中にいた精霊たちがわちゃわちゃと動いて、俺にぎゅうぎゅうにくっつくようにおしつけてくる。あんまりな勢いに、後ろにいたバブさんに倒れ込んでしまった。

ふわふわで気持ちいい。胸元にはなんかあったかい……いろいろ。


「あーしも主のこと大好き! 主のことだいすきなあーしが消えちゃうなんてイヤ!」

「小生はずっと、主に『キュア』と呼ばれていたいです。この気持ちが、人格と呼ばれるものなのでしょうか。理解しておりませんでした……主がくれたのは、名だけではなかったのですね」

「よくわかんねえけど俺も消えちまうのはイヤだ。主、主も同じ気持ちでいてくれて嬉しいよ。……ありがとな、へへ」

「カル、ずっと主とイッショにいル! カルとして、いっしょにいル!」


「うんうん。人工だとか、しぜんはっせーだとか、かんけーないよ。不完全でも、それをふくめて僕の愛する精霊たちだもの。ジュニクはカンペキな依代(よりしろ)がそろったらかんがえよ? 僕はキミたちの人格がきえるようなことはしない。キミたちも、僕が愛してる自分を大事にして? ね?」


ぎゅう、と胸元のいろいろをより強く抱きしめると、なんかブルブル震えだした。

泣いてる? と思って覗き込むと、6つのおにぎりサイズの精霊たちが光りだす。


「えっ? なになに、どうしたの!?」


(うぉ……マジか。神の権能が揃う前に、属神つくるとか。マジか……ホントに規格外だな。いや神候補っての差し置いてもだよ? ヒトとしてはすでにもう逸脱してんだけど、神候補としてもなかなかにレアケースだわー)


あれ、竜脈! 話し方が普通に戻ったね?

なんか逸脱してるとか規格外とかレアケースとか、色々言われてる! 色々言われてるけど、要は想定外ってことだよね。ナニゴト? 属神ってなに?


あまりの眩しさに目を閉じて、開いたときには目の前に6人の青年が立っていた。

ウィオラとジオールはあまり変わらないけど、全員ペシュティーノと同じくらいのサイズ感でそれぞれの属性を現したような衣装?を着ている。……なんだろう、なんかカードゲームのキャラクターみたいに、レア度が高くなった……って感じ。

おにぎりサイズはノーマル、少年サイズはレア、豪華衣装の青年サイズはスーパーレア……みたいな。


「あ〜、精霊王を通り越して、精霊神になっちゃった! テヘッ! そーてーがーい!」

「……人格の自覚が精霊神の条件とは思ってもおりませんでした。主、今後は主の中に常に控えておくのは難しくなります。ただ、分身をいくらでも作り出せますので、それをお側に置きましょう」

「なんかすごい力! これならあーしでも世界中をビューン!って飛べちゃうよぉ!」

「小生の支配は淡水に限っておりましたが、今であれば海をも操れそうです」

「こりゃ、やべえな……主の理解が追いつくまで、俺たち自身で力を制御したほうが良さそうだ。じゃないと、主の指先1つで天変地異だぞ」

「カルもスゴイちから感じる。あふれたら、ニンゲンおしまい。あぶない〜」


「せ……せいれい、しん?」


わーあ、困ったな。


なんかまたすごいことになっちゃった。

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