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6章_0077話_迷子 2

……難は去った。


ヘビ()さんが呼吸音もさせずに目を閉じて静かにしている胸の上で、俺はちょっとグスグスしながらグッタリ。


トイレのない地下空間で()()()の場所を探すのは悩ましい。

でももっと文明的というか、精神的な悩みは紙。だよね。誰しもきっと同意してくれるはずだよね。無事出ました。出たものはまあ、よし。出した部分はどう処理する?

これよ。言いにくいけど、難問よ。森の中なら葉っぱとかさ、いろいろ選択肢があるけれど、この地下空間の絶望感よ。


……まさかその死活問題をワンちゃん方式で解決してくるとは思わなかった。

ヘビ()さん、ヘビじゃなくて犬だった。母犬。俺、子犬。あまりの衝撃の展開に叫んでも拒否してもムリでした。ショックでグッタリ。詳しい説明は……省きます。


「ふぇうぅ……グッタリしてるばあいじゃない……はやく地上にもどるほうほうをさがさないと……」


体をモゾモゾ動かすと、ヘビ()さんが優しく押さえつけるように背中を撫でてくる。保護してもらえたのはありがたいけど、ほんとにこのまま俺を飼うつもりなのかもしれない。今の段階で、何度か寝た……というか意識を失った時間もあるが、何日経ってるかもわからない。


「ヘビ()さん、僕、地上にでたいの。うえ。うえ!」


薄目を開けて俺を見つめるヘビ()さんに向かって、天井をつんつんと指差すけれど全く反応がない。……「指差し」という行為は手が自由なニンゲン限定の行動だが、その行動の意味を理解できる動物は1種類だけ。それは同じような手を持つサルではなく、数千年のあいだ人間とともに進化した犬だけである、という記事を読んだことがある。

そんなことをふわーっと思い出したけど、ヒト型のヘビはどうなんでしょうか?

……なんの参考にもならないことを思い出してしまった。


「ちじょうにでたいの」


言っても意味ないとわかっていても、どうにか伝えたくてつい独り言のようにつぶやく。


「……くだものがあるってことは、陽のあたる場所がどこかにあるってことだよね」


言っても意味ないけど、ヘビ()さんに言い含めるように話しかけていると、何か訴えていることに気づいてくれたのか半目の目をしっかり開いてジッと俺を見つめてきた。


「そこは、きっとそとだよね。魔封じの結界が建物の内側にだけ効果のあるものなら、そとにさえ出れば魔法が使えるかもしれない。そうすれば、精霊も呼べるしペシュとも連絡が取れる。両方向通信(ハイサー・ドラート)は……使ったこと無いけど、どうにかなると思う。多分」


ヘビ()さんのほうをじっと見ながらアテもなく話していると、横でクモ()さんがゴロンと大きなクモ体ごと仰向けになった。驚いてそちらの方を見ると、また悲鳴を上げそうになってグッと飲み込む。


10本の脚でクモ尻から伸びる糸をシャカシャカと編んで布にしている。

その速さ、ヒトの手織りなんか比べ物にならないくらい。まるで機械。湧くように織られていく布は興味深いので見ていたい気持ちもあるんだが……しかしね。


クモの腹側って、なんであんなに気持ち悪い見た目なの!! 悲鳴上げそうになったのはそこだよ。俺が死ぬほど嫌いな虫の要素のひとつ、あの球体関節のような不気味さ。

クモ()さんのクモ部分はフッサフサで、虫特有の()()()()が見えないから背中と脚はギリギリ大丈夫ということにしたのに。それを天文学的に華麗なステップで越えてくる腹側の気持ち悪さ!

動いてるとさらに気持ち悪い!!


「……ヘビ()さんのウロコはきれいねー」


クモ()さんが今気持ち悪いので、視線をそらしてヘビ()さんのおっぱいから脇にかけての部分にあるウロコを手で撫でると、それがポロリと剥がれた。


「あ、はがれた……い、痛くないの?」


ヘビ()さんは俺が差し出したウロコをジッと見て、すぐに薄目になってまどろみはじめた。痛くないらしい。


「すごく硬い……これ、刃物になるんじゃないかな。とっておこ」


クモ()さんが俺のオーダーでわざわざ追加してくれたポッケにスルリと入れる。

ポッケのオーダーはバブさんがあったのですぐに伝わった。やはり現物があると説明しやすい。果実がなる場所まで行きたいというのはどう伝えようかな。


考え込んでいると、ふわりと上から布をかけられた。


「ん? なにこれ……わ、あったかい! もうふ? すごい、起毛のぬの!」


ラビットファーのような繊細で密集した起毛の織物だ。ものすごく暖かくて柔らかい。

肩口から膝くらいまであり、まるっと俺を包み込むくらいの大きさがある。


「これ、今つくったの!? すごい、すごいねクモ()さん!」


命の危険を感じるほどの寒さからは免れていたものの、下着のような薄布のワンピース一枚では微妙に肌寒い。それがこのラビットファー毛布で劇的に暖かくなった。


「あったかーい! うふふ、ぬくぬく〜!」


毛布に包まって、ヘビ()さんの胸の谷間でコロコロと転がっているとクモ()さんが抱き上げてきた。


「ありがとね、クモ()さん! あったかい、うれしい! ありがとう!」


クモ()さんは言葉は伝わっていないようだけど、俺が笑うとつられるように笑ってくれる。


「フュ」


あ、またクモ()さんが発声しかけた。やっぱり、クモ()さんは人体になってる部分が完全にニンゲンと同じだから、練習さえすればいずれは言葉を話せるようになるはずだ。


と、思っていたらクモ()さんとヘビ()さんがパッと同じ方向を向いた。


え、なに? 何か聞こえた?


ヘビ()さんはゆっくり起き上がって部屋の崩れた壁から出ていき、クモ()さんは俺を置いて部屋を出ていこうとする。


「ま、待って! 僕もつれていって! こんなところでひとりでいるの、やだよ、こわいよ、ねえいかないで!」


クモ()さんに追いすがると、彼女は少し俺を見つめて転がっていたバブさんを掴んで俺に押し付けてくる。これで我慢しろって? そういうことじゃないんだよ!

こんな廃墟みたいな空間に子供をひとりおいてくなんて、虐待だぞっ!

……彼女たちの育児にそういう概念があるのかはわかんないけど。


とにかく置いていかれたくなくて、必死でクモ()さんにしがみつく。

クモ()さんは諦めたように俺を抱き上げて、ちょっと考えたみたいだ。体をひねってクモ体の背中にぽんと乗せると、シュルルと白い糸が俺を包んだ。


「ウワッ!? なになに!?」


みるみる背中の上に白いドーム状のふわふわができあがった。ふわふわだけど、弾力があってよく伸びる。束ねたゴムみたいだ。


「……なにこれ、マユ……? みたいなもの? いやいや! というかこれじゃあおそとが見えないじゃん! 出して! やだー! うわわっ!」


抗議しようとしたが、クモ()さんは動き出したのか大きく揺れた。マユの中でブンブン振り回されるうえに、ときどき完全に逆さまになって毛むくじゃらの背中が天井になり、弾力のあるネットのようなマユが地面になることもある。


そういえばクモって天井も歩けるんだっけ……そりゃあこういう形にしないとアブナイよね。シルクのような布もファーのような毛皮も織ることができるし、こういう安全ネットみたいな作りにすることもできるんだ。クモ糸、すごい。いやクモ()さんがすごいのかな。


景色の見えないジェットコースターは終わり、クモ()さんは速度を落としたみたいだ。10本も足があるとどれだけの速さが出てるのかわからない。さらにいうとゆっくり歩いているのか止まっているのかもよくわからない。なんか揺れてるのは歩いているせいなのか体が揺れてるせいなのか。外の情報が見えないってこんなに不便。


「うぎぎ」


白いネットに指をたてると、網目は荒いのでけっこうスポッと入った。指の入った場所を押し広げるようにすると、ミチミチと音を立ててちょっとだけ開く。のぞき穴くらいには広がった。


「……止まってると思ってたけど、あるいてる」


外を覗くと、自然の洞窟のような岩肌が通り過ぎる。なかなか広い地下空間のようで、脇道のさきには鍾乳洞のような空間も見えた。今までいた空間とはちがって、様々な音が岩肌に反響して聞こえてくる。(したた)る水音、なにかの動物が駆けまわる音、何かがぶつかり合うような……戦闘音?


「クモ()さん、敵がいるの? ねえ、ねえってば!」


クモ()さんは声に気づいて振り向くと、のぞき穴を大きな手で少しだけ穴を広げてくれたのでぴょこんと顔を出す。一部しか見えなかった洞窟の全貌が見えるようになった。


(自然洞窟のようにも見えるけど……妙に地面が平坦。堆積物が溜まっただけかな?)


先程きこえてきた戦闘音が、再びはげしくなって聞こえてきた。


「クモ()さん、この音なに?」


振り向いたクモ()さんが網目を広げて俺をそっと抱き上げる。クモ()さんの位置から見えたのは、深い断崖絶壁の下で黒いなにかをなぎ倒すように戦っているヘビ()さんだった。


「なにと戦ってるの……? ねずみ?」


暗視(ナクツェヒト)を使っているので暗さで見えないはずはないのに、黒いモヤがかかってヘビ()さんの周辺が見えない。


(んん……あれは……アンデッド?)


いつの日かトリューの上から見たブヨブヨの肉塊でもない、子どもたちにボコボコにされて倒されていたような骨形でもない、黒いモヤのようなそれは時々ヒト型のような姿をとってはヘビ()さんに襲いかかる。ヘビ()さんは圧倒的に巨大な体を使って、それらをヘビの体ですりつぶすようにして戦っている。痛くないんだろうか。


もっとよく見たくて目を凝らすと、左目が光った気がした。


その瞬間、モヤにしか見えなかったアンデッドの輪郭がしっかりと見え、それが一斉にこちらを見た。ブヨブヨの黒いスライムみたいなものに、ニンゲンの顔や骸骨が無数にくっついた悪夢のようなアンデッドだ。それが一瞬動かなくなって、すべての顔がこちらを向いている。


「え……きも」


そしてヘビ()さんに向けていたデタラメな手や足みたいなものを引っ込め、こちらに這い上がるように断崖絶壁にへばりついた。よじ登ろうとはしているけれど、どうやら顔だらけスライムはクライミングが得意じゃないらしい。クモ()さんもそれを知ってるからここまでなら連れてきてもいいという判断なんだろう。


……しかしこれ、完全に俺の左目のせいじゃない?


(えっと、アンデッドを消滅させる【死】の魔法……いや、魔法はだめなんだっけ?)


でもたしか【死】属性は、ヒトの間で属性としても確立してないみたいな話を最初の頃にペシュティーノに聞いた気がする。ということは、この魔封じの結界がヒトの手によって作られたものなら……対象外かも? いや、その前にすでに人工建造物から離れたこの場所は、魔封空間なのか? なんて考えても確認方法もないし、まあ試してみて損はない。


両手を伸ばして、あの肉スライムを魔晶石にしたときの感覚を思い出す。


(アンデッドは、死を与えられず永遠の業苦(ごうく)彷徨(さまよ)う哀れな存在)


伸ばした両手からキラキラした砂が溢れた。やっぱり、俺の【死】魔法はこの魔封空間でも使える。いける!


「ちていのアンデッドたちよ、永遠に眠れフュー・イマー・シュラフン


キラキラの砂は風にあおられたわけでもないのにふわりと広がって、絶壁の下へ広がっていく。なんか、両手から必要以上に砂がもりもり湧いてくる気がしてるんだけど……。


「おおくない?」


さらさらキラキラと両手から溢れて止まらない砂。以前はすぐに止まったのに。


「あっ! そういえばヘビ()さんは、大丈夫!?」


慌てて絶壁の下を見るが、そこにはもうヘビ()さんはいない。クモ()さんは俺のやっていることを理解しているのか、俺を手で包んで絶壁から掲げるようにして支えてくれている。おっかない状況だけど、体にいくつも糸が巻き付いてるから万が一手が滑っても大丈夫にしてくれてるんだろう。にしてもヘビ()さん大丈夫かな。

野生のカンで退避してくれたのならいいんだけど。


「……まだあ?」


まだまだもりもり出てくる死の砂に、いいかげん疲れてきた。

手を掲げてるのがダルくなってきたので、グッタリ手をおろしても、まだまだ手から砂が出てくる。……高尚に「アンデッドに慈悲を」なんて言っておいて何だが、疲れるもんは疲れるんだからしょーがない。カッコはつかないけど、砂が止まらないってことはまだ魔法の効果が完全にアンデッドを倒しきってないってことなんだと思う。たぶん。


「……まだ出てる〜」


体感で少なく見積もっても5分は経ってると思うんだが、全然止まらない。

そのうち、どこからか登ってきたヘビ()さんが絶壁の上の俺たちのところに現れた。ところどころ擦れて黒くなっているけど、怪我はなさそう。

ようやく手から出てくる砂がスジのような量になって、止まった。


「ヘビ()さんもクモ()さんも、ひとしれずアンデッドとたたかってたんだね。すごいね、えらいね! もじどおり、縁の下のちからもちってやつ?」


クモ()さんの胸に抱かれて、2人から覗き込まれたので笑顔で言うと、巨大な手が伸びてきた。なんだか、乗れと言われてるような気がしてよちよちとよつん這いで手のひらに乗り込む。

ヘビ()さんがそっと自身の胸元に俺を抱き寄せると、クモ()さんが俺を縫い付けるように糸で包んだ。ヘビ()さんのデコルテ部分に小さなポッケができて、そこから顔を出してる俺。なんかシュール。カンガルーの子供になった気分。

落ちないようにしてくれたんだよね?


2人は顔を見合わせて、急に走り出すようなスピードで移動を始めた。


「な、なになに? まだなにかいるの!? ……って聞いてもムダか。」


さっきと違ってカンガルースタイルなのでヘビ()さんが進んでいる場所がちゃんと見える。洞窟のようなしっかりした場所からナナメ上に登って別の穴に入ったり、どう見ても行き止まりだろと思える絶壁を登ったり下ったり、この巨体では絶対無理と思える岩の隙間にもスルリと入り込んだりして風のように進む。

ヘビ体の機動力すごい。その速度についてくるクモ()さんもすごい。


やがて景色が自然洞窟のようなむき出しの岩肌から、石造りの人工建造物がちらほら交じるようになってきた。

道標のようなポール、何かを区切るための柵の跡。1つ1つが家一軒分くらいある石畳……これは俺が落ちた場所、地上に打ち捨てられていた巨大な石の板に似てる。


やがて岩肌が積み上げられた石材の建物になり、目の前には巨大なドーム状の空間に高くそびえ立つ建物が積み重なるように築き上げられた……街に出た。


(地底の街……?)


家らしき建物の一軒一軒が、ものすごく大きい。出入り口だろう部分のサイズ感はヘビ()さんがぴったりなくらいで、オリンピオでさえもこの場所に来たら小人に見えるはずだ。


「ベリハって……ゔ、ヴェリハッテ遺跡って、これ?」


口にしたけど、当然2人から返事はない。

2人は警戒する様子もなく、ずんずんとドーム場空間の中心……一番高い建造物がある場所へ向かう。そこには、他の建物とは明らかに様相が違う荘厳な建物。


(なんだか、こわい)


地底に放置されていたせいか街があまりにも風化していないので、遺跡というより本当にサイズ感のおかしい不思議な無人の町に迷い込んだかのような感覚。扉のない出入り口から、ひょっこり何者かが出てきても不思議がないくらい整然としている。


(ハルガミス遺跡が2万年ほど前のもので、ヴェリハッテはそれ以上に古いという話だったはず。ここがヴェリハッテ遺跡だとしたら……もしかしたら、調査団とか考古学者とかのヒトがいるかもしれない)


一瞬そう思ったが、頭を振る。


(いや、ヘビ()さんとクモ()さんはニンゲンを見たことがあるように見えなかった。おそらくここはヴェリハッテとは別か、同じとしてもさらに深部……まだ発見されていない部分なんじゃないかな)


こんな地底の街が発見されて話題にならないわけがない。

だとしたらここはどれくらい古くてどれくらい放置された存在なんだろうか。


「……あれ? あれは……樹?」


街には、街路樹のような巨大な木が茂っている。そこには、大きなビワのような実がたわわに実っていて、下には熟れすぎた実が沢山落ちて腐っていた。

甘い匂いがする。


「地底なのに……樹がはえてる。え、もしかして」


暗視(ナクツェヒト)を解除しても、周囲は暗くならない。街を覆う巨大なドームがぼんやり発光していて、ちょっと薄暗い曇りの日くらいの明るさを保っている。

建物の間の道となっている地面そのものもぼんやり発光していて、腐った実が落ちた部分が黒く影になっていた。


(……ここは、ほんとうに……遺跡? それとも……)


ヘビ()さんとクモ()さんは迷いのない足取りでドーム中央の建物に入る。

建物の中も遺跡とは思えないほど整然としていて、暗視(ナクツェヒト)が無くても十分明るい。すべてのものが石造りのように見えるが、布や絨毯っぽいものを真似るように石で作られているのが不思議だ。


どこか近未来的な建物を進むと、そこには……何もない、円形の空間に出た。


床は大きく半円に窪んでいて、何が置かれているわけでもない。


「……ねえ、ヘビ()さん……ここはなに……?」


ヘビ()さんは当然答えてくれないけど、そっとクモ糸のポッケの上から指で俺を撫でてくれた。「心配しなくて良い」と言ってくれてるような気がする。



「ヘビ()さん? またヘンな名前をつけるねえ。キミって、ほんとネーミングセンスないよねえ……まあ、いいけどさ」


円形の空間の中心辺りから、どこか聞き慣れた声が聞こえた。


「あ……え!? も、もしかしてキミ……」


「はあ、まさかこんな形で会うことになるとは思わなかったよ。こっちもキミが死んでもらっちゃ困るから、色々と頑張るつもりではいたけどさ、さすがに限界ってもんを考えてほしいんだよね。まあ今回は事故だったんだろうけど〜」


何も変化のない空間。

姿が見えるわけでもないのに、確かにそこにいるとわかる。


「おまえ! せつめいが雑な竜脈!」


「ちょっとぉ、ひどい言い草だなあ。でもやっぱり、現実に出会ってもわかってくれたんだ! ちょっとこれは、嬉しいかもなあ」


一瞬怒りが湧いてきたけれど、話の通じる相手と出会ってなんだか涙が出てきちゃった。

姿は見えないけど。


「ふ……うわぁん、なんで、なんなのここ〜」

「あ〜、ちょっとちょっと、泣かないで。泣くとこの子たちが心配するでしょ」


「ふぇうっ、えうっ、この子ってだれぇ」

「キミを保護した子たちだよ。キミが名前をつけただろ?」


ハッとクモ()さんを見ると、心配そうに近づいて布で涙を拭ってくれる。……竜脈が、彼女たちをつかわしてくれた……ってこと?


「ん〜、ちがう。彼女たちは、キミの声に反応して目覚めたんだ。やったことは、ちょっと声が届きやすくしたことくらいかな。で、災難だったねえ。でもやっぱりさすが神ってかんじ? おかげで場所は限定だけど、こっちの声も届きやすくなったよ!」


相変わらず説明不足!!


「ぐすっ……ねえ。キミには、理解してないヒトに順を追ってせつめいするっていう概念をまず教えた方がいいの?」


「えっ、知ってるよそんな概念」

「じゃあどうして僕にそれをしないの!!」


「必要?」

「なんで必要ないとおもうわけ!?」


「だってもう大体わかってるでしょ?」

「わかってないよ!!」


「なにをわかりたいワケ?」


誰もいない巨大な空間に向かって会話してるのが虚しくなって、ぽすんとヘビ()さんのデコルテ部分に後頭部をくっつけてため息をつく。


「……じゃあ質問するから、こたえて」

「それがいいね」


「この遺跡は、なに?」

「それ、今のキミに必要な情報? ……まあいいけど。でもそれも大体わかってるよね。キミの知るヴェリハッテ遺跡ではないよ。そのさらに下、ヒトの歴史でいうと数十億年前くらいかなあ。その時代に栄えた、魔法都市だよ。名前はあるけど今の世界の言葉に訳すと……なんて言えばいいかなあ、ルーアヨフルフェウフェム……うーん、まあそういう感じの名前の街。もちろん今の人類には未発見だよ」


「雑!」

「失礼だなあ。キミの求めるものを加味した上で厳選された情報だよ?」


「ようはかってに要約してるってことでしょ」

「悪いけどね、要約せずに世界記憶(アカシック・レコード)にアクセスしたらとんでもない情報が与えられてキミに負荷がかかりすぎるからこういう言い方になるんだ。キミの世界のWikipediaみたいに文字情報として出す分には多少過剰でもいいけどさ、口頭で伝える限界はこの程度だよ。善意だと思ってほしいな。もう少し限定的な言葉で、クローズド・クエスチョンで尋ねてくれるとお互い過不足がなくて済むと思うんだけど」


ムカー! こいつ、暗に俺の質問の仕方が悪いって言ってるよね! なんかムカー!

でも正直、ここがどこかとか、彼女たちが何かとか、今はどうでもいいや。

何よりも知りたいことを聞くべきだ。


「ちじょうに戻るには、僕は何をすればいい?」

「彼女たちに命じればいいじゃない。彼女たちは、もうキミの従魔だ」


「従魔!! いつのまに!? てか、魔獣なのこのひとたち!!」

「魔獣? いや違うよ、『魔人』。この時代には、というかクリスタロス大陸には存在しないと言われてる種族だから、まあ連れ帰ったら……大変なことにはなると思う」


それはだいたい想像できる! だって従魔学の本にも、ジュンの話にもオリンピオの話にもこんな姿の魔獣はいないし『魔人』なんて単語もいまここで初めて聞いたもの。


「でも僕はなんどもちじょうにでる道をおしえてって言ったけど反応しないよ」

「キミ自身が命令してるつもりがないからでしょ。あのね、キミ神なんだからさ、もうちょっとシャキッと命令しなよ、シャキッとさ」


そんな事言われても神経験なんてないんだからわかるわけないでしょ!


「そんなムチャな。だいたい、僕まだ神じゃないよね」

「……まあ候補だけどさ。とはいえ、体はまだ弱いヒトの子供だ。キミが水に落ちたときは流石にヒヤヒヤしたよ、またこの世界は神を失うかもしれないって」


弱っちい神候補ですみませんね。

てか全部見られてたのか……泣きじゃくってたのも、トイレに困ってたのも。


「……竜脈は、なんでここにいたの」

「竜脈は世界中どこにでもいるの。世界を巡る地脈なんだから。……でも、そうだね、キミとこうやって直接話せるのはキミがここに落ちてきてくれたからだ。この街は数十億年前に滅びて地底に沈み、長い時間を経て竜脈の本流近くまで沈んできた。あと数百年……いやもうちょっとかかるかな? とにかく、間もなく竜脈に飲み込まれて消えるだろう」


竜脈の声色に、感傷めいたものが交じる。……人格はないと言っていたはずだけど、口調が砕けているせいかどうもヒトっぽいんだよね。


「人格はない、情報の集合体。声の正体はそれだ。でもね、情報には感情も含まれる。数十億年前に栄え、交流し、世界の礎を築いた人々の情報もまた竜脈の中にある。そんな彼らの感情が同調するんだよ、この街が消えてしまうのは惜しい……という気持ちがね」


それでどうして人格がないと言い張るんだか、逆にそっちの方が謎だ。


「竜脈には、人格があっちゃいけないんだよ……」


声はフッと消えていった。


……竜脈と話せたことが衝撃的すぎて意識の外に追いやっていたけれど、この円形の空間の壁にはたくさんの……巨大な棺のようなものが立てかけられている。いや、棺がこの空間の壁を構築しているといってもいいくらいたくさんある。


いくつか蓋が割れていて、その中からのぞいているのは……ヘビとニンゲンのハーフのような、ウロコのある、ツルリとした顔。しっかりとまぶたを閉じていて、まるで石像のようだ。


「この街の住人は……ヘビ()さん、の……一族なの?」


上を向いてもヘビ()さんの顎しか見えない。仕方なくクモ()さんのほうを見ると、彼女は上の方に視線を向ける。


そちらを見ると、天井付近の壁にはひとまわり小さな棺がある。その棺の下の割れた部分から、クモの脚のようなものが2本はみ出しているのがわかった。


(上にあるのは、クモ()さんの一族の……棺?)


「……みんな、死んじゃったの?」

「それはちょっと違うんだよねえ」


「わあびっくりした!! 消えたとおもったのに!!」

「いや、いるよ。さっきも言ったでしょ、竜脈はどこにでもあるって! キミは『棺』と思ったみたいだけど、棺じゃなくてこれは人工的な卵のカラさ。この街の住人だった人々は、いまの人類と同じような二足歩行の姿でちょっとデカかっただけだよ」


「じゃあヘビ()さんとクモ()さんは……いや、魔人って、何なの?」

「魔人のすべてがそうというわけではないんだけど……この街にいるラミアとアラクネについては、『兵器』として古代人類に作られた存在だよ。以前説明したでしょ? ニンゲンにも使える、対アンデッド兵器。それが、彼女たちさ。ケイトリヒ、キミが声を張り上げて目覚めよと号令をかければ、彼女たちはすべからく目を覚まして動き出し、地上に溢れかえるだろうね」


「へいき……」


その場にある棺……いや卵の数を見て、クラリとめまいがした。


「ここはルーアヨフルフェウフェム……魔法都市の中でも最も罪深く、最も残酷な事が行われていた、卵の『孵化場』なんだよ。この魔法都市は命を改造して生み出していた。それに激怒した神が……あ、何代か前の神ね、それがこの街と人々を地底に封印したんだ」


カンガルー状態の袋のなかで、膝の力が抜けてすとんと座り込んでしまう。


「兵器は、ハルガミス遺跡にあるんじゃなかったの」

「ここ、ハルガミス遺跡にも繋がってるんだよ。あっちからなら、落ちたりせずにもう少しゆったりしたルートがあってね。遠い分、安全に来れたはずなんだけど」


……情報の浴びすぎだ。頭が痛くなってきた。


「ね、善意だっていうのがよくわかったでしょう?」


うるさい。


頭が痛くてすぐにでも眠りたい。でも、遺跡のことは……この際どうでもいいから、一刻も早く地上に戻らないと。ペシュティーノは、きっと俺のことを心配しているはずだ。


よし、戻ろう。

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