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5章_0075話_学院天国 3

野営訓練2日目。


魔導学院は、山の上にある。少し低いその隣の山の山頂で1泊したわけだが、ここからは延々と下り坂が続く。前世では、下り坂を馬車で下るのは御者の最高難易度って話を聞いたことがあるけど、ここは魔法のある異世界。


「馬車の車体か車輪、どちらかに魔法制御を付けてしまえばさほど苦労はないと思いますよ。御館様が乗るような馬車には車軸に魔法がかけてあって、下り坂で得た余剰な回転エネルギーを貯めて登り坂のときに使うという高度な魔法がかけられています」


「ほえー。ふごい」


馬車の中でガレット・ブルトンヌをもぐもぐしながら喋ると、「ふ」のところで粉がブワッと口から出ちゃった。俺の足元にいたクロルがまともに粉を浴びて、プルプルした。ペシュティーノがじろりと咎めるような目つきをしながら甲斐甲斐しく払ってくれて、携帯食器に温かいミルクを入れて差し出してくる。ありがとう。

今回はでっかいギンコはお留守番。ちいさいコガネとクロルがついてきているが、つい喋っちゃう2人なので生徒の前にはなるべく出ないように言い聞かせてある。


「んぐ、ぷは。じゃあ、この馬車は?」

「一般的な商隊などが使う馬車と同じ方式ですね。車輪が一定以上の速度で回らないような『抑制』の魔法がかけられていると思います」


「じゃあガケからもおちない?」

「下る角度が急になれば車輪が回らなくてもずり落ちるでしょう?」


そっか、絶対安全というわけじゃないか。


「なんか、このばしゃ、父上と狩猟小屋にいったときのものよりゆれない」

「それは我々で少し改造させてもらいました。一時的なものですが」


聞けばディングフェルガー先生にお願いというか命令して、馬車の車体が少し浮くような魔法陣を作らせたらしい。世紀の大発明だが、この魔法陣は公表しないって。

まあ今後ラウプフォーゲルが浮馬車(シュフィーゲン)を売り出すにあたって競合になるしね。


「ディングフェルガー先生、そうぞういじょうに生徒たちにおそれられてた」

「まあ、そうでしょうね。あれはあまり教育者向きとは言えません。『きゃどくん』の廉価版を渡したら、もう教育に向けられる情熱はだいぶ削がれたようです。今年いっぱいは教師を続けながら我々の魔法陣開発を担うという兼業になるでしょうね」


「僕がせっけいできるのに」

「ケイトリヒ様に設計させるととんでもないものができるのでこういった小さな仕事は彼に任せるようにしてください。それと、『きゃどくん』の廉価版の製品化にあたって正式名称を決めたいのですが……さすがにそのままでは障りがあるかと」


「う、また名前? 『CADくん』じゃダメなの?」

「……異世界の名を使っているのでしょう?」


だめなのか……。魔法陣設計機、じゃ、だめですかね。あ、だめですか。

なんでこう個性的な名前を求められるかな。


「……レオと考えるね」

「そう仰ると思って、私とガノでいくつか案を挙げておきました」


ぴらりと小さな紙切れを渡されると、そこには神経質なペシュティーノの文字でいくつか名前の候補案が書かれている。


描画装置(ツァイヒマシー)……これでいいじゃん」

「……ケイトリヒ様の発明になるのですから、もう少し熟考して頂けますか?」


1分に及ぶ熟考の結果、描画装置(ツァイヒマシー)になった。この世界の人が名前を聞くだけで用途がわかる名前が一番だと思うのよ。


小窓から外を覗くと、馬車は下り坂を過ぎて草原にさしかかったところだ。


「このあたりで一旦休憩をはさみます。ここから先の草原は、C級程度の危険な魔獣が出ますので、ここで少し足を休めて早めに駆け抜けたいと思います」


外から馬に乗って話しかけてきたファビアンに、ペシュティーノも同意するように頷く。


「ケイトリヒ殿下にお疲れの様子はありませんか?」

「問題ありません」


ファビアンはホッとしたようだ。すぐに顔を引き締めると、隊列に向かって休憩することを告げに馬を走らせる。


「ファビアンは、ゆうしゅうなたいちょうだね」

「そうですね。優秀だと思った点を、記録しておきましょう。あとで教師の査定に役立つかもしれません」


ペシュティーノがノートと鉛筆を手渡してくる。

なるほど、不正な成績操作対策ですね!


「ファビアンはリーダーシップをはっきしてぜんいんをこまかにきづかう……と」


これまでに気づいた班員の良いところを全員分書き出すと、ノートの1ページは簡単に埋まった。困ったのは人物像と名前が一致しないところだったが、そこはペシュティーノがしっかり補佐してくれたので無問題。


半刻(1時間)ほどで出発しますので、簡易的なテントで恐縮です」

「いいよ。あ、ウチのりょうりにんがつくったおかしがあるんだ。みんなたべる?」


お菓子ときいて、女子も男子も関係なく目が輝く。

やっぱりみんな好きだよね、お菓子。砂糖がべらぼうに高いこの世界じゃ特に。


「バブさん……」

「ケイトリヒ様、馬車にあるお菓子でしたら私が取ってまいります」


ペシュティーノが馬車から出てこようとしていたバブさんをムギュッと押し込んで、慌てて馬車に戻る。……そうか、バブさんは今……動くんだった。


ほどなく簡易的ながら立派なタープの下に置かれたテーブルセットの椅子に座っていると、ペシュティーノとガノが立派な銀のトレイに山盛りのお菓子を乗せてやってきた。

目が届く範囲に別の班はいないみたい。先に行ったのかな?


「ケイトリヒ殿下の下賜品です。全員に十分行き渡るよう量はありますので、順番に取りにおいでなさい」


休憩中の生徒たちがテーブルに置かれたトレイに群がり、これはなんだとかいきなり口にいれて美味しいだとかわいわい騒ぎながらはしゃいでいる。

俺は小さめのチョコタルトにかじりついてその様子を見ていた。


「ここで食べられる分を取ってね。あしたの分はまたくばるから、こっそりかくしちゃだめだよ。悪くなるかもしれないから。それ食べておなかこわしたら、隊列を止めることになるからね?」


バブさんの魔法袋に入っているあいだは、腐りもしないし変質もしないように設計した。魔法じかけの四次元ポッケは、いつまでも持つ。だが外に出てしまえばいくら気温が低めとはいえヒトのポッケで保管されるお菓子の賞味期限となると短いものだ。卵や牛乳がふんだんに使われているので、悪くなったお菓子を食べるとテキメンにお腹を壊すのは間違いない。


俺の言葉に、数人がポッケに入れようとしていたお菓子をそっと戻す。

えらいぞ。


焼き菓子が全員に行き渡ったあとは、「道中に疲れを感じたり小腹が空いたら食べてね」という意味合いでキャンディを全員に5個づつ渡す。

紙で包まれたそれを、宝物のように両手で受け取りながら喜んでくれた。

常に無表情だったルキアも、このときばかりは嬉しそうに礼を言ってくれた。

甘党なのかな?


さて、これからは草原を進む。

魔導騎士隊(ミセリコルディア)も散開して警戒にあたり、馬車の周囲には側近たちが張り付いて進む。しばらく道なりに進むと、ペースが落ちた他の班に追いついた。

クラレンツ兄上とイザーク・ジンメルの班のようだ。


隊列が少し徐行して、追い越す手前で止まる。先導していた騎士班の生徒2人が走って班の隊長に状況確認。これも隊列が街道を進む上で、必須の礼儀なんだそうだ。


「騎士隊であれ商隊であれ、街道の途中でペースの落ちている隊列は何らかの不具合が生じている可能性が高いです。追い越す前に、状況を尋ねるのが帝国では一般的です。助力できるようであれば助力し、不可能であればそれを連絡する係になります。助けられる状況にもかかわらず見捨てた場合は帝国法で罰せられることもあるのですよ」


そうか。交通機関が発達してないから、それくらいの助け合いはルールのひとつなんだ。


「荷運び用の馬が、2頭ほど具合が悪そうにしているため休み休み進んでいたようですが今しがたついに座り込んでしまったとのことです。いかが致しましょうか?」


話を聞きに行った生徒とファビアンが2人でペシュティーノに報告する。

この班のリーダーはファビアンだが、本当のボスはペシュティーノだ。


「馬が……ですか。ケイトリヒ様、いかが致しますか?」


さらに裏ボスは俺ですか。


「クラレンツ兄上たちに、どうしたいか話をきいてみましょう」


ペシュティーノに抱っこされて馬車を降りると、騎士班の生徒たちは膝をつき、俺の護衛騎士だけが俺に付く。こういうのもちゃんとマニュアル化されてるんだな。


「あにうえー」

「おお、ケイトリヒか。まて、今降りる」


昔よりだいぶスリムになった身体で、でものっしのっしと歩くように動くクラレンツは貫禄がある。アロイジウスとジリアン、エーヴィッツの班は低学年だったが、クラレンツの班は俺と同様に高学年班のようだ。


「あにうえ、馬がぐあいわるいの」

「ああ、御者の生徒が気づいたんだが2頭ほど明らかに弱ってる。俺も見たんだが、たしかに無理はさせられそうにないな。戻ろうにもここからは坂道だし……どうしたものか」


クラレンツはいつもより言葉遣いがちょっとマシ。

やっぱ他の生徒の前ではちゃんとしてるんだね。


「みてもいい?」

「……ああ」


くるりと踵を返して背を向けたクラレンツの手をキュッと握ると、ちょっとびっくりしてけど、しっかり握り返してくれた。クラレンツもいつのまにか良いお兄ちゃんになった。


案内されると、柔らかい下草の上ですっかり横たわっている馬。前世の馬と同じフォルムだけど、でっかくて足が太くて、毛足が少し長め。でっかいのは俺が小さいからかもしれない。

1頭は首をもたげてゼイゼイと苦しそうな息をしていて、頭も心なしかフラフラして見える。もう1頭は頭も完全に横たわり、やはり苦しそう。


「どうしてこの2頭だけ……どうしよう、どうしよう」

横たわる馬を懸命に撫でながら、オロオロしている女子生徒は、クラレンツいわくこの班の御者で、馬丁でもあるそうだ。


「あっ……クラレンツ殿下、申し訳ありません! 馬の様子がどんどん悪化して……これ以上は、もう……」


女子生徒の目から一気に涙が溢れる。


「あにうえ、こういうばあい、馬はどうなるの?」

「進むも戻るもできない場合は……潰して食料にすることもあるが、ここなら魔導学院からの輸送馬車を待てる。見捨てる気はない」


クラレンツがきっぱり言うと、馬丁の女子生徒はまた泣き出した。


「ごめんなさい、私のせいで……ごめんなさい……!」


「……この子のせいなの?」

「いや、違う。出発のときは問題なかった。彼女が気にしているのは、評価のことだろ。馬は騎士隊でも商隊でも宝だ。使い潰したり、不調が出ると管理不行き届きってことで大きな減点になる」


ゼイゼイと苦しそうな馬が、ひたむきな目で女子生徒をみつめている。

動物が苦しんでいるのは見ていられない。


「ジオール」

「はあい」


「……げんいん、わかる?」

「うん、毒だね」


はやいよ。

ジオールの言葉は俺にしか聞こえないようにされていたのか、兄上も周囲の生徒も反応していない。なかなか衝撃的な発言だったのに。にしても、何故兄上の班の馬に毒が?

……いや、今は経緯はどうでもいい。


「なおせる?」

「んー」


ジオールは一瞬、腕組みをして考えるような仕草をしたあと、ポンと手を叩いた。


「僕ならこの馬を治せるよ! みんな、そこの藪にある青い実を集めてくれるかな!」


突然、場違いなまでに明るい教育番組のお兄さんのような口調で叫んだので生徒たちは驚いたみたいだ。俺も驚いた。


「じ、ジオール?」

「なんにんか、ついてきてー! 主は、馬車に戻っててー!」


クラレンツと俺は手を繋いだままポカンとしていたが、ジオールが数人の生徒を連れて藪の中に消えた。と、思ったらすぐに皆両手いっぱいの青い実を手にして戻ってきた。

……それほんとにもともと生えてたやつですか?


「これを馬に食べさせて」

「えっ、ええ!? これは、ブルーチェリー? 馬の大好物ですけど……こんな時期に、藪になってるようなものじゃないですよね!?」


「まあまあ、あまり気にしないで」


ジオール、押し切ろうとしてる。ちょっと無理があると思うんだけど……。

「バジラット、あのブルーチェリー……」

(俺が今、生やした。ちなみに、ジオールがなんか魔法をかけたみたいだ)


頭の中の返事に、ため息。ですよねー。


馬は最初食べるのを嫌がっていたが、無理に口に入れるとスイッチが入ったように貪り食べ始めた。横たわっていた馬にも女子生徒が優しく与えると、首をもたげて食べ始める。


「うそ……馬が」

「ブルルルルッ」

「ブヒン! ブルルッ!」


さっきまでゼイゼイ言ってた2頭の馬が、すっかり元気になり立ち上がって目を輝かせている。


「なおったね」

「……ああ、ありがとうな」


「すごい、こんなに急に良くなるなんて! 何とお礼を言えばいいか……あら? さ、先ほどの金髪のかたはどちらに……」

生徒たちがキョロキョロしているが、やがて俺に視線が集まった。


「あ、えーっと、いまのは、僕のせんぞく薬師なんです。とつぜんごめんね。どうしてもこのあたりのそざいをあつめたいっていうもんだからつれてきたんだ。でもやえいくんれんの人員登録っていうのに登録してないから、ナイショにしてもらえるかな?」


生徒たちは顔を見合わせて大きく頷いた。

全員、心なしか涙ぐみながら馬を撫で回している。評価云々の件もあるが、純粋に馬が心配だった生徒のほうが多いみたい。優しい子たちだ。

……まあ、口止めについてはこれくらいで大丈夫だろ。


「なおってよかったねー! ペシュティーノ、あにうえの班と、一緒にいけるかな」

「この草原は少々危険ですので、病み上がりの馬を連れての進行はご不安でしょう。我々の班と合同隊列を組みましょう。ファビアン、急いで調整してもらえますか」


「は、はい! ……ええっと、こちらの班の隊長は」


ファビアンがクラレンツ班の隊長と話していると、馬車から大福が出てきた。


「ケイトリヒ王子殿下! ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


ポヨポヨと血色の良い頬を揺らして丁寧に挨拶しようとしてきたイザーク・ジンメルに、手を挙げて挨拶は不要というサインをする。


「馬を治療されたのですか!?」

「う、うん……僕のせんぞく薬師がね。このことは、ナイショにしてくれますか?」


「殿下がそう仰るのなら、たとえ断食の刑に遭っても誰にも申しません。ケイトリヒ殿下は素晴らしい側近をお持ちなのですね……!」


イザーク・ジンメルは尊敬の眼差しで小さな俺を見つめる。なんかこそばゆい。


「ケイトリヒ殿下。第15班との話し合いが終わりました。私が総合隊長となり、15班の隊長ジャセイ・バロウィッツが副隊長です。それで、防護対象の馬車ですが……どちらを先に致しましょうか」


当然だが、貴族同士で隊列を組む場合には席順っぽいものが存在する。

細かいことをスタンリーから聞いたが、大体後ろから2番めが一番エライヒトが乗る馬車らしい。一番後ろは、逆に一番身分が低いヒト。仮に5台の馬車が連なるとしたら、エライヒト順に1〜5とすると前から【4、3、2、1、5】の順になるらしい。

……すごくどうでもいい。


2台の場合は、前を行く馬車が身分が上なのだそうだが。


「ケイトリヒが前を行け」

「え、なんで」


「お前は小領主だろ、兄弟の中じゃ一番上だって父上が仰ってたの忘れたのか?」

「えーでもあにうえはあにうえでしょー」


「……ふふっ、ファッシュ家の兄弟は本当に仲がよろしいんですね! ケイトリヒ殿下、クラレンツ殿下の仰るとおり、ここは前を往かれるべきです。そうでないと、我々が礼を失していると言われてしまいますからね」


イザークが困ったように笑いながら言うので、それ以上の問答はやめておいた。

……これもべんきょうか!


「次の目的地の森までは、ペースを上げられれば2刻半(5時間)、ペースを落としても3刻半(7時間)といったところでしょう。この時期であれば、なんとか真っ暗になる前に着けるはずです」


病み上がりの馬にはしばらく空馬で様子を見ながら、別の馬に荷台を曳かせる。

図らずも馬も生徒も護衛も休憩することになったクラレンツあにうえの隊列たちは、俺たちの班の進行ペースにしっかりついてこれた。病み上がりの馬も妙に元気なので、途中から荷台を曳かせる役目に戻した。

このときになってようやく知ったんだけど、護衛の騎士も騎士班の生徒も、結構な数があたりまえのように馬には乗らず自力で走ってついてきてる。一定時間走ったら馬車に乗る組と入れ替わってるようだけど、それにしても体力すごい。


「さて、きをとりなおして……馬にあたえられた毒は事故? それとも人為的?」


「ウーン、はっきりは言えないけど……事故って確率は低いと思うなあ」

「今回は対象がヒトではなく馬なので、我々には明確な悪意や狙いが絞り込めません。ですが、まず馬の飲み水に『ゲザ草』の汁が入れられたと見て間違いないでしょう」


ゲザ草はどこにでも生える雑草。なんなら道端にだって生えてるけど、あの賢い馬たちが誤って口にするとは思えない。それに、ジオールいわく「効き目が強すぎる」という話なので、おそらく抽出液を飲み水に混ぜられたのではないかと推測。


「クラレンツの班のだれか、あるいは全員のひょうかを下げるための悪質ないやがらせか……あるいはなにか別のねらいがあったか」


ペシュティーノの膝の上で俺がふむと考え込んでいると、馬車の小窓のむこうに動くものが見える。


「なんかいる」

ゴッテスアンベリテン(カマキリ)ですね」


サッと窓から目をそむけて、ペシュティーノの胸元におでこをくっつける。


「これほどの隊列であれば襲ってくることはありませんよ」

「みたくないだけ」


カマキリは虫大嫌いな俺でもまあまあOKな部類なんだけど、窓から見たかんじでは確実に高さ3メートルある。なんでこの世界どの虫もメートル級なの。恐竜時代の生物なの。


「そうげんのアブナイ魔獣って、どんなの?」

「そうですね……シュロガザミやアッカーアイデクセでしょうか」


ペシュティーノに説明を聞くと、シュロガザミは1メートルほどのカニで、アッカーアイデクセは3メートルほどのトカゲだそーだ。


「その『級』って、どうやってきまるの?」

「さあ、どうやって決めているのでしょうね。評議会でも開いてるんでしょうか。私も存じません。ああ、ケイトリヒ様。あれをご覧ください。ヴェリハッテの古代遺跡ですよ」


「なにはって?」

「ヴェリハッテ。ここから見える塔は、頂上近くの一部で、地下深くには巨大な遺跡があると言われているのですよ。言ってみてください。ヴェ・リ・ハッ・テ」


「うぇ、ぶぇ、ゔ、ヴッ、ゔぇーりー、ハッテ」

「伸ばさないで、ヴェリ。ヴェリハッテ、です」


「う、ゔぇっ、ヴェリ……」


ペシュティーノとのおしゃべりは、ときどきウィオラとジオールも混ざりながら。次の目的地の森に着くまで続いた。


草原の街道では、魔導学院の他の班たちをたくさん追い越した。

馬車に、馬に、人員に不調をきたした班、めちゃくちゃケンカ中の班、単純に疲れすぎてる班、いろいろだ。


ウチの班はファビアンの采配のおかげで、不調はなく、さらにかなりハイペースで草原を抜けきった。生徒たちは「ケイトリヒ様からの下賜品のおかげ」と言ってくれた。

これは催促ですね? 仕方ないな、明日もキャンディあげるしかない。


森の野営地では、俺たちより先に4つの班がすでに野営準備を始めていた。

ここは昨夜の整備されたキャンプ場とちがって自然がいっぱい。水場は近くの川で、森側には立派な柵があり、森からの魔獣襲撃を気にする必要はない。


俺はバブさんを背中にくっつけられて、スタンリーとオリンピオとパトリックを連れて自由行動を許可された。ついでにクラレンツも一緒なので、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の護衛もぞろぞろついてくる。


「アロイジウスあにうえー!」

「おお、ケイトリヒか。はは! 背中の、かわいいな! やあ、クラレンツも。では11班と15班、到着だな。この時間についたということは、順調じゃないか」


アロイジウスが言うと、横の教師が画板っぽいものを持って何やらチェックしてる。

あにうえ、教師の補助してるの?


「いや……俺がこの時間にたどり着けたのは、ケイトリヒのおかげなんだ」

「何かあったのか?」


馬の不調のことは隠し、馬車の不調ということにしておいた。それならオリンピオが直したって言えばなんとかなるでしょ。アロイジウスはクラレンツが素直にそれを報告したことを褒めた。アロイジウス、褒め上手ね。


「ジリアンあにうえとエーヴィッツあにうえは?」

「まだ到着してないようだ。今、何台か到着したようだが……見に行くか?」

「うん!」

「ウォークリー卿、すまないがここを頼めるだろうか」


アロイジウスあにうえが少し声を張って言うと、すぐ近くの黒髪の少年が反応した。


「はあ、構いませんが」

「では頼む」


共和国首相の令息、ダニエル・ウォークリーは無表情で頷く。

アロイジウスあにうえに手を引かれながら、ちらりと後ろを振り向いて様子を見るが、なんというか……醒めてるというか、無感情というか。他人に一切関心を持ってなさそうな態度。よっぽどこちらの熱意とキッカケがないと、仲良くなるのは難しそうだ。


「あにうえ、ウォークリーきょうはどんなひと?」

十分離れたあたりでアロイジウスに聞くと、彼も少し首を傾げた。


「優秀な人物だと思うよ。性格は……ちょっと、掴みどころがないかな。私もまだ距離感をつかみかねているところだ。共和国出身だからといって、精霊教に染まりきってるというわけでもないみたいだよ」


そうなんだ。まあそれだけ聞ければ十分だ。

だいぶ暗くなってきた周辺をキョロキョロと見回すと、野営地から離れた草原にはなんだか家の土台?のような、巨大で平らな石が折り重なったりしている。


「あにうえ、あれなあに?」

「ああ、あれはここに来る途中にあった……ナントカ遺跡の名残だそうだ。このあたりは石材の保管所だったのかもしれないね」


「あ! しってる! べり……ゔ、ヴェリハッテ遺跡でしょ!」

「ああ、そんな名前だったな。ケイトリヒ、よく知ってるな」


アロイジウスが得意げな俺をナデナデしてくる。


「あ、エーヴィッツあにうえだ。ジリアンあにうえもー」


クラレンツが指さした先には、ちょうど野営地についたばかりの馬車から降りた2人が何やら口論していた。……そういえば追い越した馬車の中に、2人の班はなかったような気がするな。あったら、誰か報告してくれるよね?


「何が近道ですか! おかげで散々ですよ!」

「んだよ、お前だって同意したじゃねえか、今さら責めるなよな!」


「エーヴィッツあにうえ、ジリアンあにうえ!」

俺が勢いよく声かけると、2人は気まずそうに口論をやめて俺に笑いかける。


「なんでケンカしてるの!」

「……いや、なんでもないんだ。ちょっと行程が遅れてしまったことで気が立って、私がジリアンを責め立ててしまった」

「いや……まあ、俺も悪かった。自信満々に道案内して間違えちまったからな」


2人はしおらしく反省した様子だけど……。


「ね、クラレンツあにうえ。みち、まちがえるとこあった?」

「さあ、近道しようとしたんなら変な獣道にでも入ったんじゃないか」


クラレンツのフォローの言葉に、エーヴィッツがジリアンをじろりと睨み、ジリアンはおどけたようにウィンクして、アロイジウスが吹き出して終わり。きょうだい全員で笑い合うと、食事の話や班員の話、道中の話などで盛り上がった。


「なあ、あれ遺跡なんだろ? ちょっと見てみようぜ」

「みたーい!」

「見たいって言われても……見たまま、ただのデカい石板だろ?」

「学術的にはさほど価値がないと聞いたよ」

「まあまあ、実際に見ることも経験じゃないですか」


きょうだい5人でぞろぞろと遺跡の方に歩いていくと、草原だと思っていた部分は硬い石畳だった。どれくらい前の遺跡なのかまでは聞いていないが、石の劣化具合からかなり前のものなんだろうとは思う。


「ガルハミス遺跡とどっちがふるいかなー」

「ケイトリヒ、ハルガミスだよ。ガルハミスは『世界冒険英雄譚』の架空の都市だろう」

「それ、世界史のテストで間違えるヤツ多いらしいから気をつけろよ〜」

「たしか、こっちのほうが古いんじゃなかったかな」


アロイジウスの手に引かれながら、少し高くなった石段にぴょんと飛び乗る。

特に模様や特徴的な造形はない、本当にただの板状の巨石だ。


「なんか微妙にナナメになってる」

「家を立てた跡があるね。この穴なんかはきっと、柱が立ってたんだろう」

「だいぶ暗くなってきたな、野営地に戻ろう。ケイトリヒ、おいで」


アロイジウスの手を離れて、板状の石が折り重なるようになっている部分に模様っぽいものが見えたのでそれを見に近づいたところ、よろけてポテンと尻もちをついた。


「ケイトリヒ様、足元にお気をつけくだ……」


スタンリーが笑った顔が、ガクンとナナメになった。


「ん?」


俺は状況を把握できないまま、ぐらりと身体が傾いで耐えきれなくなったところでコロンと後ろに転がる。バブさんが衝撃を受け止めてくれたので、何が起こったのかわかっていなかった。


「ケイトリヒ様!?」


スタンリーの驚いた声を残して、俺は一瞬にして暗闇に引き込まれた。

その時は分からなかったけど、俺は落ちたんだ。


ゴロゴロとセメントの坂道を転がるように転げ落ち、なにかにぶつかってまた転がり落ちる。遠くで俺を呼ぶ叫び声が聞こえて、どんどん遠くなるのがわかった。


あまりにも急な斜面で踏ん張ることもできず、ただ顔や頭を打たないように身を護るだけで精一杯。後頭部はバブさんが守ってくれてるけど、肘や足はなにかにぶつかってひどく痛む中、さらにどんどん落ちていく。


これはまずい、とようやく危機感を持ったのは叫び声も聞こえなくなって、だいぶ落ちてからだった。


「せ、せいれい! たすけ……」


ふわ、と一瞬だけカラフルな光の煙が見えた気がするが、すぐに消えてしまう。

理由が分からず混乱したまま絶望的に転がり落ちていると、突然スポンと空中に身を投げ出された。


(お、落ちる!?)


真っ暗すぎて何も見えない中、どちらが上か下かもわからない状態で確実に自由落下していることだけがわかる。


(これ、落ちて死ぬ)


落ちている時間がすごく長く感じた。

下が硬いものであれば、俺の小さな体は簡単にひしゃげて死んでしまう。


(そんな)


ぶわ、と涙がこぼれた。


(異世界に来て、こんな形で死ぬなんてやだ)


そう思った瞬間、背中に衝撃が走った。

どぼん、と水音を立てて冷たい水が俺の身体を包む。


(水!?)


少なくとも激突死は免れた、と思ったのはつかの間。

鼻の奥が痛み、苦しくて咳き込みたいが、いま(むせ)てしまうと肺の空気を失ってしまう。そんな妙に冷静な考えが浮かんだ。しかし、何も見えない完全な闇のなか、どっちに向かって水をかけばいいのかもわからない。


必死で顔をなでる水泡の向きに意識を集中していると、背中のバブさんに引っ張られるようにふわりと浮上するのがわかった。


(バブさんには防汚の魔法がかけられている。ということは、水を吸わない?)


ざば、と水面から出た感覚がした。


「ぷはっ、ぷはあっ!! はぷ、あっぷ、ケホ、ゲホッ!!」


息が吸える。それだけでどれだけ安堵したことか。

しかし、危険はまだ全く過ぎ去っていなかった。


「えほ、えホッ……ち、ちめたい」


刺すように冷たい水。


早くここから出ないと、死んじゃう。

痺れる手足を動かすけど、真っ暗で何も見えないので進んでいるのかもわからない。

登れる場所があるのかも見えない。アテもないまま、ただ闇雲に水をかいた。


(ペシュ……)


飛んでいきそうな意識のなか、脳裏に浮かんだのはペシュティーノの温かい腕の中の感触だった。

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