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5章_0074話_学院天国 2

「ケイトリヒ様、ヴァルトビーネのはちみつは入れましたか? 換えのタイツは? パンツは余分に入れました? それは重いので、オリンピオの背嚢に入れましょう。ああ、ほらそんなに乱雑に詰め込んでは……私にさせてください」


「もー! 僕にやらせてよー! これもべんきょうなんだからー!」


明日からの野営訓練に備えて、俺用の小さめリュックに荷物を詰めている間、ペシュティーノは俺の後ろでウロウロしながらあれやこれやと口を出してくる。


「換えの靴は持ち歩くには嵩張(かさば)るので、据え置き転移魔法陣に設置しては?」

「……そうする」


CADくんを手のひらの上で転移魔法陣も使わずに出した方法の種明かしは、これだ。

転移は術式が複雑すぎて魔法陣を組むことが大前提の魔法だが、持ってくる「もと」を指定した魔法陣の上に置いていればさほど複雑にはならないので、魔法として使える。だがこの術式は失伝していて、ヒトの間では知られていない魔法だ。魔法陣から魔法陣、ってのはあるんだけどね。

教えてくれたのは当然、精霊たち。


「すえおき魔法陣におくのは、2番に靴とー、3番はブランケットとー、4番はバブさん5番は……なんにしよ? ふつうはもちはこばないけど、わりと必要でかさばるもの」

「枕などはどうでしょう?」


「まくら!? ……僕、まくらなんてもってた?」

「そういえばあのバラの寝台には枕がありませんね。ああ、それとバブさんはお持ちください。これは護法陣が詰め込まれていると申したでしょう」


「おおきすぎるよ! ラテさんでいいでしょ?」

「クッション代わりに。土の上でも草の上でも、これがあればすぐに座れます」


「よごれちゃうよ?」

「防汚の魔法陣もかかっておりますので、泥の上でも大丈夫です」


べんりー。それ、俺のお洋服にはかけてもらえないのかい。


「防汚の魔法陣はなかなか高難易度の魔法陣なのですよ。薄い衣類では更に難易度が上がります。羽毛や中綿の入った厚みのあるものに向いているのです。肌着が汗を吸わないのは問題でしょう?」


そう言われればそうだ。


「じゃあ……4番はチェッタンガ、5番は……お、おまる?」

「おまるは野営用のものが別にあるので大丈夫です。ケイトリヒ様、野営訓練は遊山(ゆさん)とは違うのですよ」


「う。わ、わかってるよー」


野営に必要なもの。それをうんうんと唸って考えながら準備していると、レオが携帯できるお菓子をたんまり作って持ってきてくれた。贅沢な紙を惜しげもなく使って包まれていたのは、プレッツェルやビスケット、ケーキにタルトにチョコレートの入ったクッキー、キャラメルにキャンディ。

余ったものや持ち運びに不便なものは側近とメイドたちに下賜していいと伝言を残して。

どうもお砂糖を使ったレシピをラウプフォーゲルの料理人向けに編纂(へんさん)中で、試作のお菓子が量産されているらしい。


俺は自分用のリュックに入っていた着替えを全部出して、そのお菓子を詰め込んだ。

あぶれた着替えは、オリンピオの背嚢(リュック)に。


「ほぼお菓子で埋まってしまいましたね……しかしある意味たしかに、ケイトリヒ様に一番必要で持っていてほしいものかもしれません。ケイトリヒ様、『きゃどくん』でお得意の魔法陣を。『空間歪曲』と『軽量』の魔法陣を背嚢にかければ最高級品の魔導具になりますよ」


「えっ! そーなの! やってみるー!」


「主、『魔法袋』つくるの? 最近のやつは、ショボいのばっかだよねえ。竜脈にはさ、家1軒分くらい入る巾着袋の設計図とかもあるんだよー!」

「主、『魔法袋』であれば我が領分にございます。ご助力致しましょう。主の魔法陣設計力があれば『空間内時間停止』も可能になるやもしれません」


ジオールとウィオラが現れて、俺の魔法陣設計を手伝ってくれる。


「空間内時間停止……とんでもないものができそうですね。あまり規格外のものは……いえ、作っても構いませんが周囲に露呈しない程度にお願いします」


「はあい!」

「うんうん、バレなきゃオッケーってことね!」

「では口の部分の空間歪曲はやや抑えめにしましょう。その小さな背嚢を超える大きさのものが出入りしないように調整するのです」


俺とジオールとウィオラであーでもないこーでもないと言いながら魔法陣設計しているところをペシュティーノはしばらく見ていたようだ。「本来、訓練とはこういうものではないのですが……まあ実際作れるのだから、いいですよね」なんて呟いて何処かへ行ってしまった。


「ね、主、主。この背嚢、なんかちょっと汚くなーい?」

「ジオール、そゆこといわないの。あにうえのおさがりだからしょーがないでしょ」

「主、人間のことはよくわかりませんが……これが主にふさわしくない事は我にも明らかにございます。せっかくなので、あの護法陣のかかったあのふわふわを改良しましょう」


「え、バブさんにリュック機能つけるの?」

「あ! それいいじゃん! 手足が主の身体にくっつくようになれば背嚢の代わりになるし、お腹を開くと荷物が入るようにすれば……」

「おなか? ち、ちょっと気味がわるいよ」

「では、頭かお尻ではどうでしょう」

「なんかヤダ……」

「口が開くように改造したらどうかな?」

「あっ、それはかわいいかも!」

「口……どこが口でしょうか」

「このへん? あ、でも口からだしたお菓子をたべるのなんかヤダ」


バブさんには強力な護法陣がついてるという話だったけど、さらに魔法袋機能まで上乗せされてだんだん便利な猫型ロボット、ただし動かない。みたいな存在になってきた。


「転んだとき、ぶつかりそうなところにふわふわをサッと突っ込む! なんてどう!?」

「いいですね。主が嫌悪する虫を忌避させる機能もつけましょう」

「それさいこう!!」


野営訓練の準備も忘れて、バブさんの魔改造に趣旨替えしてしまった会合は夜遅くまで続いた。



――――――――――――



「ケイトリヒ様、そろそろお休みの……おや、まあ。寝入ってしまいましたか」


ペシュティーノが頃合いを見計らって部屋に戻るとウィオラもジオールもおらず、カウチでうつ伏せですやすやと寝息をたてるケイトリヒだけがいた。背中にはバブさんと呼ばれるおおきなぬいぐるみが覆いかぶさるように乗っている。


「……どうしてこんな置き方を……上掛けのつもりでしょうか」


バブさんをどかそうと掴んだ瞬間、妙な重みを感じた。


「……? これは……むむ、ケイトリヒ様に……くっついてるのですか? ジオール様、どうしてこのようなことに?」


ぽん、と弾けるような音を立てて黄色いふわふわが現れる。


「なんかね、色々考えた結果、そのバブさんに魔法袋としての機能を加えてはどうかって話になってね〜。転んだときに怪我しない護法陣とか、虫を近づけない術とか、寝たときに体温を奪わないように覆いかぶさるとか、色々詰め込んだんだ〜」


「それはそれは、素晴らしい。虫がでてしまうとケイトリヒ様のとっさの魔導で人死(ひとしに)が出てしまうかもしれませんから、よい改良です」


「それでねえ、ちょっとやりすぎたかも?」


「……例えば、どのような点で……でしょうか?」


ペシュティーノの周囲の気温がヒュン……と下がる。すっかりヒトの機微に(さと)くなっているジオールには、それがものすごく正確にわかった。でも、ここで言わないとまたバレたときにひどく怒られることもわかっていた。

ペシュティーノの怒りなど精霊にとっては全く怖いものではないのだが、主であるケイトリヒがあわあわするのでやはり精霊にとっても好ましい事態ではない。


「背中にね、リュック……じゃなくて、背嚢みたいに背負うような形にしたかったんだけど。ほら、バブさんって主よりも大きいから。それなら、自立して自分で歩いてもらったらどうだろーと思って、ね?」


「自立……? 自分で、歩く?」


「バブさーん。はい、立って!」


ケイトリヒの背中に張り付いていたふわふわのぬいぐるみが、ぴょんと飛び起きてカウチの前にシュタッ、と立つ。足を高く上げて、大きく前後左右に揺れながらくるりとこちらを向いた。その顔がススス、と上向きになって、ペシュティーノとばっちり目があう。


「これは……無機生命体(ゴーレム)ですね?」

「いやあ、そういうつもりで作ったんじゃないんだけど、そう見えちゃうよねえ」

「随身、これには戦闘能力も備えました。いざというときにはこの大きな爪と角が金剛石の如く硬化して、それを振り回して賊と戦います」


ジオールをフォローするためか、ウィオラも出てきた。


「どうして魔法袋からそんな方向に……!」


がくんと膝を付いてガックリとうなだれるペシュティーノに、何故かバブさんはそっと近づいて顔を覗き込むように首を傾げ、柔らかい爪でその手をつんつんとつつく。


「……これはどういう行動原理で動いているのですか」

「基本的には、主の性質のコピーだから、膝をついたペシュティーノを元気づけようとしてる……んだと思うな、多分。たぶんね?」


そう言われると、ペシュティーノもなんだか無機質なぬいぐるみであるはずのバブさんが可愛らしく見えてしまう。何しろケイトリヒの分身でもあるなら、可愛くないと思うほうが難しい。


「うぬぅ」


カウチでうつ伏せて寝ていたケイトリヒが寒そうに身をよじるので、ペシュティーノは慌てて抱き上げる。


「んむぁ……ペシュ? ふわぁ、ねちゃってた……」

「いいですよ、そのままお眠りください。寝台にお運びしますから」


「んむ……」


ペシュティーノの腕の中で身体をモゾモゾさせて、座りの良い位置をみつけたのか動かなくなってプスプスと寝息をたてるケイトリヒを2柱の精霊と1体の無機生命体(ゴーレム)が見守っている。


「……これは、目が見えているのですか」

「一応、ヒトが生命感を感じるように目で追ってるような動きをするような命令を加えてあるよ。友好的な相手には顔を覗き込んだり、目を合わせようとするね」


「確かに、そういう動きをするだけでよりヒトっぽい……というか、生きている感じがします。この、おなかのポケットは? 前はありませんでしたよね」

「そこが魔法袋になってるんだぁ。なんか、お腹とか背中とか口とか、身体がパカッと開いてモノを出し入れするっていうのが、主にとっては気味が悪いみたいでね?」

「……それは確かに、私も同意します」


「ふうん? ヒトってよくわかんないなあ。とりあえず、主が怪我しないことと、人死(ひとしに)が出ないことだけ気をつけたよ! 大事でしょ?」

「そ、そうですね……確かに、要点は押さえて頂けたようですが……この無機生命体(ゴーレム)はどう説明したものか」


ペシュティーノは、薄紫のふわふわを撫でると黄色い宝石の瞳でジッと見つめてくる姿を見て思わず力なく笑ってしまった。どうやら受け入れてくれたようだと安心したジオールとウィオラは、いつの間にか消えていた。


「まあ、どうにかしましょう。それが我々の仕事です」


そう言って寝室に向かって歩きだすと、その後ろをポテポテとバブさんが付いてくる。

思いのほか可愛らしい姿にまた笑顔が漏れてしまうが、これはどう見ても魔術省から問い合わせが来るレベルの革命的なものだ。バブさんのような植物性の素材に無機生命体(ゴーレム)の紋を刻むことができるのは、現代では宮廷魔導士や冒険者のなかに数人いるかいないかというレベル。


自立歩行バブさんはバラの寝台までついてきて、ケイトリヒを寝かせると、その横に行儀よく座る。

ペシュティーノはかわいいものを見てニヤニヤしながらもこれからの対応について考えるとため息しか出てこないという、かなり複雑な心境で寝室をあとにした。



――――――――――――



「インペリウム特別寮の生徒はこちらへ! これから班分けをします」


運動場のような広大な広場に、各寮の生徒が整然と並んでいる。数はだいたい……200人から300人くらいだろうか?

教師の話を聞かずにはしゃいだり暴れたりするような生徒はおらず、皆品行方正。

それもそうだ、こういう「全寮混合授業」のイベントや出し物の場合は、有名なあのファンタジー小説のように「◯◯寮はマイナス10点!」とかいうのがあるらしい。

見たことがないのでわからないが、どうやら加点はなく減点だけ。そのポイントがどういうふうに決められるのかは、教師のなかで厳密なルールがあるらしいので乱発することはない。

一応、最優秀寮というものが存在して寮同士が競ったりするらしいけど、インペリウム特別寮は特別なだけに対象外なのでどうでもいい。


そして特別なインペリウム特別寮は、生徒たちの整列から離れて別グループだ。だって俺たちには大人の側近や護衛たちもいるから、生徒数は少ないのに圧があってね。

特にオリンピオ。生徒たちにめっちゃ見られてるー。オリンピオ全然気にしてないー。


「インペリウム特別寮からの参加は8名ですか。4年生、ジリアン・ファッシュ君。……いますね。3年生、二クラス・ドレッセル君、アロイジウス・ファッシュ君。あとは全員1年生ですね。イザーク・ジンメル君。ダニエル・ウォークリー君。エーヴィッツ・ブリッツェ君。クラレンツ・ファッシュ君。ケイトリヒ・ファッシュ君。……ずいぶんとファッシュ家が多いね」


「アロイジウスあにうえ、3ねんせいなの」

「ああ、一応騎士学校からの編入という名目だからね。あちらで修了した科目は免除だ」


「では家政科の協力の下、班分けをしましたのでご確認ください」


「……えっ、班? あにうえたちとわかれるの!?」

「そうだよ」

「ファッシュ家が全部固まったら軍の隊列みたいなことになるだろ」


「えー! え、エーヴィッツあにうえ……」

「……そ、そうみたいだね……」


エーヴィッツだけが班分けされることを想定していなかったようだ。ジリアンもアロイジウスも、クラレンツさえも当然のように班分けを受け入れてる。納得いかん。

兄上たちとわいわいやりたくて来たのに!


下唇をぶーと出して不満を訴えると、エーヴィッツがくすくすと笑った。


「まあ、班が分かれるとはいえ向かう先は一緒だ。自由時間にでも集まって、楽しく過ごそう。ねっ」


エーヴィッツが俺の不満げな顔を見てなだめるように言う。一番不満なのはエーヴィッツあにうえではなくて?


「ジリアンはエーヴィッツと同じ班だ。俺は……イザーク・ジンメルと一緒。アロイジウス兄上は、ダニエル・ウォークリー?」


「僕は、僕は?」

「ケイトリヒはひとりだな」


「えー!?」

「ああ、いや、インペリウム特別寮ではひとりという意味だよ。はい、班分け表」


アロイジウスあにうえが手渡してくれた大きめの木簡には、一番上に俺の名前。

そして下には知らない生徒の名前がずらりと並んでいる。


「しらないヒトばかり……あっ」


20人ほどの生徒の名前の下から2番めに、「ルキア・タムラ」の文字。

まさか、こんなところで一緒になるなんて!


「はい、班分け表はご覧になりましたか? インペリウム特別寮生の入る班は、基本的には『騎士班』と呼ばれる形態で、要人警護を想定した配置になっています。要人は、もちろんインペリウム特別寮生の皆さん。他の生徒達はあなた方を警護する騎士、あるいは魔導士という設定です」


当然生徒たちは半人前どころか見習い以下の実力しかないはずなので、当然、本物の護衛騎士であるジュンやオリンピオたちがついているわけだが……。


「これ、僕たちさんかするいみなくない?」

「そんなことない。守られる側の心得というのもあるのだから、気を抜くんじゃないぞ。それに、野営訓練の期間中はなるべく本物の護衛ではなく、生徒同士で問題を解決することになっている。ケイトリヒのおまるの世話も生徒がやることになると思うぞ?」


アロイジウスあにうえの爆弾発言に俺の顔から血の気が引いた。


「ぜったいイヤ!!」

「アロイジウス殿下、さすがに見知らぬ生徒に側近の真似事はさせられませんので、その辺りは私がやります」


ペシュティーノとスタンリーがずい、と後ろから出てきた。


「そ、そうか。確かに、ケイトリヒは……普通の生徒とは違うからな」


「あれ、ペシュも来るの?」

「当然でしょう。学院の行事とはいえ、野外ですよ。最警戒配置でお守りしますので、ご安心ください」


ペシュティーノの後ろにはいつもの側近たち。ジュンにガノにエグモント、オリンピオ、そしてパトリック。さらに後ろには見知った顔の魔導騎士隊(ミセリコルディア)たち。

彼らはトリューにこそ乗ってないが、ファッシュ分寮からいつでも発進できるように20機が待機しているらしい。制服は未だにラウプフォーゲル騎士隊のもので、徽章が白鷲になっているだけだ。


以前レオの考案で作ったボディスーツ型の制服は却下されてしまったけど、そろそろ魔導騎士隊(ミセリコルディア)の制服についてちゃんと考えないとね。


「では、各自、班ごとに分かれてください! 一番上に名前のある班長のもとに集合!」


え。一番上が班長なの? 俺!? このみため1歳児の俺が、班長!?


あにうえたちは集まりやすいように散開し、俺はスタンリーと手を繋いでバブさんを抱いてポツンと立ち尽くす。……マジで俺が班長? このちびっこボディに、リーダーシップ求められたりしないよね?


やがてぞろぞろと集まってきた生徒は、それぞれカラフルなネクタイをしているがオレンジ色が多い。つまり、ファイフレーヴレ第2寮だ。

そして……妙に体格のいい、というか、大人な生徒がおおいな?


「ええっと……班長のケイトリヒ・ファッシュ殿下にご挨拶申し上げます。私はファイフレーヴレ第2寮の5年生、ファビアン・ゼーネと申します」


ぎこちない礼をしながら自己紹介してくれた……もう青年と言ってもいい生徒は5年生だった。あれだ、ジリアンいわく、いちばんぶんぶん言わせてる学年。


「お、同じくファイフレーヴレ第2寮のシャーキー・ゼーネと申します……あっ、4年生ですっ!」


「きょうだい?」


「いえ、我々はゼーネフェルダー領の平民です。魔導学院では名だけでなく、必ず家名を名乗る必要があるため入学の際に領主様から家名を頂くことになっているのです。ゼーネはゼーネフェルダー領で、魔導学院に入学した者に与えられる家名です」


ファビアンが説明慣れしたように教えてくれた。ゼーネフェルダー領の平民は、魔導学院では全員同じ家名になるってことね。ちょっと決め方が雑じゃない? そういうもの?

アデーレの出身領を悪く言うつもりはないけどさ。


それから20人全員の自己紹介を聞いたところ、5年生はファビアンともう1人は女子生徒の2人。

あとは4年生が7人でそのうち女子生徒は3人。

3年生が7人、うち女子生徒は2人。

2年生が4人、女性生徒1人。

そして1年生は俺とルキア・タムラの2人だけ。

警護対象の俺が子供ということで、女子生徒が多めに割り当てられたようだ。

女子の警護対象者は今回いないからね。


ちなみにルキア・タムラは自己紹介で王国籍であることは明かしたものの、異世界召喚勇者であることは言わなかった。当然か。

黒いサラサラの髪と、知的そうな顔立ち。少し陰のある表情なんかはクールに見えるし、日本の中学校であればクラスの女子から遠巻きに憧れられるタイプかもしれない。


他の班をキョロキョロと見ると、アロイジウスやジリアン従兄上のところは小柄な生徒が多い。おそらく低学年の生徒だろう。小学生ほど決定的な差はないけど、やっぱりさすがに12歳と16歳の差は見ただけでわかる。


「僕の班、へいきんねんれい高いね。僕がちいさいからかな?」

「選考の基準は、私にはわかりませんが……同じ班になれて光栄です、殿下」


「殿下はやめてほしいんだけど……」

「ケイトリヒ様、彼らは貴人や要人を警護するための訓練中です。礼儀作法もまた必要な学びのひとつなのですよ」


後ろからペシュティーノが口を出すと、最年長のファビアンは姿勢を正して表情を引き締め、敬礼しながら深くお辞儀した。貴族っぽいボウ・アンド・スクレープではなく、騎士の敬礼のほうが得意みたいだ。


「差し出口ではございますが、選考基準について……私も口を挟んでおりますので、ケイトリヒ様はご安心ください。選んだ生徒は、皆実力のある生徒ばかりです」


ペシュティーノがニコリと微笑むと、ファビアンを含めてその後ろに整列していた生徒たちはハッとしたように顔を上げてチラチラと目だけでお互いを見たりなんかして、嬉しいのを必死で隠すように口がヒクヒクしている。

……ペシュティーノが選んだから、ルキアが入ってるのかな。


「そうなの? そんなせいとが集まってくれて、こううんだねえ」

「……運ではありません、必然です」


「でも、やえいくんれんってけっこう高学年のせいともさんかするんだね。僕、1年生ばっかりだとおもってた」

「それは……」


ファビアンが説明しようとして迷った様子を見せる。

俺が首をかしげて続きを求めるように見つめると、仕方なさそうに話してくれた。


「……この野営訓練の修了は、冒険者組合(ギルド)や傭兵組合(ギルド)、で受けられる要人警護資格と同等の価値があるのです。なので冒険者や傭兵だけでなく騎士隊に入りたいものは必須、とまではいきませんが修了しておきたい訓練なのですよ」


ファビアンやシャーキーを始めとした騎士希望の高学年が、その重要な訓練を修了させずに未だに参加している……となると、優秀とは言い難いのでは……? しかしペシュティーノは実力があると言い切ったよね。そう考えた瞬間にピカーンと(ひらめ)いた!


「ああ! ふとうな成績そうさのひがいしゃですね!! んがっ」

「シッ! ケイトリヒ様、お声が大きいです!」


スタンリーが口を押さえてきたけど、ちょっと遅かったと思うの。


ファビアンをはじめとした生徒たちは、俺とスタンリーの様子を見て口元をヒクヒクさせて笑いを堪えていた。……うん、ちょっと打ち解けられたと思う。



午後はファビアンが中心になって警護プランの会議。

旅程としては、今日の夕方から出発し、魔導学院からほど近い安全な峠で一泊野営。

次の日は山を下り、草原に出て森へ向かう。草原はちょっと危険な魔獣が出るので注意。

森で二泊めの野営をし、翌日はシャッツラーガー領の中核都市ビナを目指す。

ビナでは毎年魔導学院の生徒の野営訓練に合わせて治安が強化され、都市への立ち入りが制限されるんだそうだ。

街からするとすごい迷惑そうな話だけど、野営訓練の「騎士班」とは別の「商隊班」が無料で魔導学院への荷物を運ぶ手立てになっているそうだから、ちゃんとペイバックされてるみたい。まーそうじゃないと街からの協力を得られないよね。


騎士班については、帰りも同じペースでトータル4泊5日が理想値。

商隊班は荷物の搬送があるので帰りは少しペースが落ちてトータル5泊6日。

どちらも理想値で、途中のトラブルなどは加味されてないからこの旅程に近ければ近いほど高得点、という得点方式らしい。


慣れた商隊やプロの護衛騎士でもトラブルは減らせるがゼロにはできない。いつでも理想通りに進むわけではないので本当にあくまで理想値なんだが、毎年この理想値に届こうとして無理をする生徒がいるそうだ。ペースを決めるのは生徒だし、加減がわからないのも無理はない。でも無理は結果につながらないから無理になるわけで。

騎士班は最終的に護衛対象が不満を訴えれば減点されるし、商隊班は積荷に不具合が出れば減点になる。なかなかシビアな訓練だ。



……シビアなはず、なのだが。


いざしゅっぱつ!とドキドキしながら馬車に乗り、ペシュティーノに抱っこされた状態でウトウトして気づいたら、もうそこは1泊目の野営地だった。

あれっ? 俺のワクワクどこいった?


「ケイトリヒ殿下、長い時間馬車に揺られてお疲れではありませんか」


馬車から降りると、騎士班の半分以上が心配そうに俺を見つめる。

周囲を見渡すと離れた場所で他の班が火を(おこ)しているのがたくさん見える。ここが一泊目の野営地みたいだ。すぐ上には水道橋が通っていてキレイな水場もあるし、簡易的な東屋もあって、現代のキャンプ場みたい。

魔導学院の野営訓練のために整備されたんだろうな。


「ヘーキだよ? げんきいっぱい! ん、いいにおいがするー」


クンクンと鼻を鳴らすと、鍋のそばにいた女子生徒の1人が嬉しそうに鍋の中のものを木の器によそって持ってきてくれた。


「失礼」


サッとウィオラが割って入り、器のなかにずぶっと指を突っ込んでくるくるまわす。


「ひ、あ、あの、熱くないんですか」

「魔法で保護しているので問題ありません。主、この食べ物に主の身体の害になるものは入っておりません。召し上がって問題ないです」


「あ、ウン……わかってるけど、ありがと」


女子生徒が完全に不審者を見る目でウィオラを見送ると、俺に器と木のスプーンを手渡してくれた。


ん〜、豚汁のような、コンソメスープのような、とにかくいい匂い。

器には煮込まれた真っ赤なお肉と野菜がたっぷり入っている。お肉がいっぱいなのに、イヤな匂いがしない。


「これ、なんのおにく?」

「ヤポルです! 道すがら小さいですが2匹ほど狩れたので、側近の方々全員分ご用意できますよ!」


ヤポルってなんぞ。

しらんけど、フーフーしてパクリと口に入れると、優しい味。肉の臭みは全く無く、スパイスかハーブかわからないけど香りのいい何かが鼻に抜ける。

これ、この世界で食べたどんな料理より美味しいかもしれない。ちょっと複雑な香草が入ったサムゲタンってかんじ。


「はふ、あふ、おいひい!」

「よかったです……私の地元の村の、滋養食なんです。本当はもう少し脂っけが強いのですが、殿下は脂が苦手だと騎士の方に聞いたので」


ニッコリ笑う女子生徒は、優しいお姉さんという感じの素朴な少女だ。

これ、もしかしてまた俺の婚約者争いのフラグが……!?


「あの……側近や、騎士の方々も、よかったら召し上がってください」


女子生徒は明らかに今まで俺に向けていた優しいお姉さんの笑顔とは全然違った、頬を赤らめた照れ笑いみたいな……まさに恋する乙女みたいな表情で俺の横を見た。


はい俺、勘違いー。


くー! 悔しくなんてないんもん! またスタンリーがモテてやがるぜ! と、思ったら照れ照れしている女子生徒の首がやたら上を向いている。おかしい。


パッと振り向いてみたら、そこにはペシュティーノが困惑した表情で立っていた。


……えっ、ペシュティーノですか?

この素朴な女子生徒、見る目ありすぎじゃない? 15、6歳少女から見た30代男性なんておじさんにしか見えないんじゃ……と思ってしげしげとペシュティーノを見たけど、冷静に見ると30代には見えない。肌はキレイだしちょっと女性的な顔立ちで、髪は長めで物憂げな表情……。これ女の子のスキな要素だらけじゃん! 完全に俺の偏見だけど!

見ようによってはビジュアル系バンドのビジュアル担当……は言い過ぎか。

すっぴんだし。


「防衛上の理由で、ケイトリヒ様の側近と騎士たちは別の食事をとりますで、不要です。ご配慮に感謝します」


冷たくあしらわれたはずなのに、女子生徒は「そうですか!」と嬉しそうにくるりと回ってお鍋のあたりでたむろしていた女子グループの中に戻っていった。

……なんか、音選(トーンズィーヴ)を使わなくても「会話しちゃった!」「いいなー」なんて声が聞こえてくる。


も、もしかして俺の側近と騎士たち、狙われてる……?


守ってあげないと!

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