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5章_0072話_金のなる木 3

魔法陣学の授業を受けられるようになった。


パトリックが護衛のシフトに入ったことで、メイン護衛のジュン、ガノ、エグモントの余暇が増えたみたい。ガノは出納系の文官も兼ねているのでそちらの仕事を増やせたし、ジュンは魔導騎士隊(ミセリコルディア)との訓練に時間を使えるようになった。

エグモントは今まで伸び悩んでいた魔導系の技術が、魔導騎士隊(ミセリコルディア)との訓練でメキメキ上がってるらしい。意外と脳筋……じゃなくて実践型なのね。

オリンピオは身体が大きすぎるのでもともとあまり俺の護衛のシフトには入ってなかったんだけど、パトリックとのバランスや相性を考慮した結果、以前よりシフトが増えた。

オリンピオが護衛の日は、「ヒトを避ける必要がないからラク」とギンコが言ってた。


「明日の魔法陣学の授業に向けて、このあと担当のディングフェルガー教諭がいらっしゃいます。ケイトリヒ様、ご挨拶なさいますか?」

「ディングフェルガーせんせい! ジリアンあにうえが言ってた、ちょうおっかない先生だよね! ごあいさつしたい!」


今日の授業が終わり、ファッシュ分寮に戻って学用品を整理していたところにペシュティーノが現れて言う。まだ時間は8刻半(17時)、夕食までも時間があるので今日習った言語学|(=国語)と社会学を復習しようと思っていたところだ。


調合学と同じく、魔法陣学は超人気で超高難易度の授業。

教師たちは帝国一と呼び声高い魔法陣設計士ばかりだそうで、誰が担当教師になってもスパルタ授業で有名、とジリアンがすごくイヤそーに語ってた。

ちなみにジリアンは3年生になってすぐ魔法陣学の授業を受けたが、3ヶ月で挫折したそうだ。「これでも持ったほう」とドヤ顔をしていたけど、実際に1ヶ月で2割、3ヶ月で3割の生徒が脱落する。


ただでさえそんな魔法陣学のなかで、脅威の脱落率を誇る超スパルタ教師がそのディングフェルガー先生である、とジリアンに脅されたのだ。ちなみにジリアンがつけたその先生のあだ名は「殺人鬼メガネ」。見た目も怖いらしい。


「ちょう? おっかな……? まあ、ディングフェルガーは私の同級生で旧知なのです。ケイトリヒ様の魔法陣指導は、今後彼にお願いしようと思っているのですよ」


「にんきの先生なんでしょ?」

「人気かどうかはわかりませんが、指導力はあるようですね。生徒の脱落率も高いようですが……ともあれ、魔法陣研究においては権力者。ケイトリヒ様の魔導具『きゃどくん』の研究と販売に、一役買ってもらいたいと思っております」


「あ、そういう」

「ええ、そういう目的です」


ほどなくしてララが来客を告げたため、ペシュティーノに抱っこされて応接室へ向かう。


応接室に入ると、窓際に立って外を見ていたらしい男性はチラリとこちらを見てすぐに視線を逸らす。青っぽい黒髪を後ろで一つにまとめた、文官服の男性。


「よく来てくださいました。ムーサ茶でよろしいですか」

「さっさと要件を言え、私は忙しいんだ」


のっけからぶっきらぼうだね!

まあ同級生ということで仲が良い……のかな?


「長くなります。お座りください」

「……まさかと思うが貴様の養い子を優遇しろとかいう話なら断るぞ」


「そんな話ではありません。どうぞ、おかけください」

「魔術省に口利きしろという話題であれば」


「何度も言わせないでいただけますか。お座りください」

「……ふん」


ようやくディングフェルガー先生は大股でペシュティーノの前のソファに座る。ジリアンのあだ名の通り、たしかに目付きが鋭くてメガネをかけているけど、殺人鬼ってほどじゃない。それに想像していたより若々しくて、見ようによってはイケメンとも言える。

まあウチの側近たちほどじゃないけど。


「で?」

「……見ていただいたほうが早いでしょう。こちらを」


ペシュティーノが合図すると、控えていた騎士がサッと丸まっている製図紙を中央のテーブルに広げる。


ディングフェルガー先生は面倒そうに製図紙に視線を向けるが、すぐに表情が変わった。

身を乗り出して細かい部分まで何度も確認するように目を通していると、ペシュティーノの合図で騎士が次の製図紙を広げる。それも食い気味で受け取って食い入るように見つめる。


「なんだ、この魔法陣は……この記号、見たこともない。こっちは液記(ティンテ)前記に廃れた二重接続記号だし、この模様は石記(ラピス)期に存在したと言われている増幅記号に似ている……しかし今までどんなに研究者が復元を試みても再現できなかったものが、何故……。これは、発動確認できているものか? そうなのか?」


ディングフェルガー先生がギラリ睨むと、ペシュティーノは涼しい顔で頷いた。先生はそれを見て手を震わせる。


「き、貴様……こんな功績を、世紀の大発見を手にしていながら、魔法陣学会に発表もせず秘匿していたというのか。ふざけるなよ、私がどれだけこの増幅記号を研究していたか知っていたはずだろう! それなのに……!」


「その魔法陣を設計したのは私ではありません」


眼力でヒトを殺せるならこういう目だろいうというほどに憎々しげに睨みつけていた先生の目が力を失う。


「そんな馬鹿な。魔導学院、いや帝国で唯一……いいや、世界といっていい。とにかく私が認める唯一のライバルである貴様でなければ誰がこんな設計を」

「光栄ですが、私が魔法陣学を学んだのは貴方と同じ時期、同じ量です。それからずっと研究、学習を続けていた貴方の上を行くのは無理があるでしょう。もっとよく魔法陣をご覧なさい」


先生は再び魔法陣に目を落とし、今度は少し離れて研究者らしい真剣な目で見ている。

さっきまでは……うん、ちょっと殺人鬼っぽい、若干の狂気をはらんだ目つきだったね。あだ名の理由がよくわかった。


「……貴様の言う通りだ、この魔法陣はおかしい。現代の公式を著しく無視しすぎているし、この私が効果も時代もわからない記号がいくつもある。かろうじて幻影を生み出す魔法陣であることはわかるが……古代魔法陣か? しかしこの製図は明らかに最近のもので、こんなに複雑な描画にも関わらず刻印機で描かれたように正確無比だ」


ペシュティーノは黙って先生の様子を見ている。

確かに言葉で説明してもすぐに納得してくれなさそうなタイプだし、魔法陣設計にはプライドを持っているようだから自分で気づいてもらった方がいいんだろうね。


液記(ティンテ)前記・後期の様式が入り乱れている。これは魔導学院で魔法陣設計を学んだものなら絶対にやらない手法だ。見たこともない記号は、もしや石記(ラピス)期の『空白の時代』に使われていたものなのかもしれない。様式が液記(ティンテ)記のものよりも原始的に思える……ヒメネス、わかった。もういいだろう、説明してくれ」


ようやく説明を聞く姿勢になったみたい。

でもペシュティーノは抱っこしていた俺をそっと膝の上に乗せて、先生と向かい合わせるように座らせる。え、ここで俺のターン?


「ケイトリヒ様、例のもので幻影魔法陣を設計していただけますか」

「ぅぇ」


ペシュティーノ、やっぱり説明する気ない。

不思議そうにしているディングフェルガー先生の視線が痛いけど、以前親戚会でやった通り、手のひらをちょんちょんと杖先でつついて小さな四角錐型の「CADくん」を出す。


「な……」


先生は驚いたようだけど、続きが気になるみたいだ。


コトンとテーブルにCADくんを置いて、起動。

空中に光る線で描かれた円、つまり無地の単体魔法陣(クラエス)が現れ、それに手をつっこんで記号を書き上げていく。1本指スワイプで接続、二本指のスワイプで共鳴。三本指でダブルタップすると記号円の枠が一つ増えて……単体魔法陣(クラエス)の外側には、リボン状の記号一覧スクロールバーがあり、そこから記号を選んで、指先でちょいちょいとドラッグして配置。


一連の作業をポカンと見ていた先生の口から、ぽたりとヨダレが垂れた。


「せんせえヨダレ」

「あっ、す、すまない、続けてくれ、頼む」


一度作ったことのある魔法陣なので5分程度で大まかに完成。


「以前と同じものですか?」

「んん、ドラゴンは少しちいさくした」


「変えた部分を簡単に教えてください」

「えっとね、まえは鳴き声だけだったけど、おなじ記号ではばたいたときの風も出るようにしたよ」


「じゃあ、たとえばドラゴンをもう1体追加するとしたらどこの記号をどのように変えればよいのですか?」

「ん〜、動作制御の列をもうひとつつくって……2匹が戦ってるとちゅうに邪魔するようにあらわれるとしたら、ここかな。ここから、シューって空からおちてきて……」


俺が幻影の演出について説明しながら魔法陣をちょこちょこと書き換えたり追加したりする手の動作を、先生が相変わらず食い入るように見ている。ちょっと目つきがこわい。


「わかりました。ではこれで一旦完成としましょう。製図紙に転写してください」

「うん」


騎士が白紙の製図紙をテーブルに広げてくれ、横にインクの小瓶を置く。

ペシュティーノがインクの小瓶を俺の前に差し出してくれたので、虹色の杖の先をちょんちょんとインクにつけて、光る魔法陣のホログラムにむけてちょんちょんとつける。すると空中に浮かんだ魔法陣の線に沿ってじわりと青黒いインクが広がっていく。


魔法陣(アルゴーリスモス)転記(フェルシュング)


俺の自家製呪文を唱えると、わずかに「チャッ」と小さな音を立てて、空中の魔法陣から下の製図紙に向けてインクが飛ばされる。そこには寸分の狂いもない魔法陣が描かれた。

魔法制御のインクジェットプリンタだ。

最近俺が作った魔法。できあがりの魔法陣は、当然ながらプリンタで出力したようにキレイ。インクはねもないし、ちょっと斜めの角度から射出してるけど、製図紙に対して正確な正円。


ディングフェルガー先生の様子をチラリと見ると、白目をむいてぐらりと倒れる瞬間だった。驚きすぎて気を失うヒト、初めて見たよ。

控えていた騎士が失神した先生をお姫様抱っこしてソファに横たわらせる。

けっこーハズいぞこの経験は。


「せんせえたおれちゃった」

「こうなるであろうとは思っておりました。ああ、キミ。そんな丁寧に寝かせなくて大丈夫ですよ、勝手に倒れたのですから。すみませんが、ケイトリヒ様は夕食のお時間になってしまいますので目が覚めたら呼びに来て頂けますか」


騎士が敬礼をして応える。


「せんせえごはんたべるかな?」

「食べさせる義理はありません」


ペシュティーノ、先生につめたくない?


夕飯のお肉たっぷり具だくさん味噌煮込みうどんを食べていると、騎士が呼びに来た。

余談だけど、クラレンツの大好物。

俺が食べ終わるまで時間があるので、結局先生にも軽食を提供したようだ。さすがにお腹すいてるよね、夜だもん。


夕食を終えて、改めて応接室に行くと先生はちょうど食べ終えたところだったみたい。


「素晴らしい食事だ。専属料理人の独自メニューか? このような芳醇で質の良いブルストを口にしたら、もう教員食堂では満足できなくなってしまいそうだ」

「専属家庭教師になるというならばときどき提供して差し上げてもよろしいですよ」


ディングフェルガー先生は勢いよくペシュティーノを振り返る。

すごい揺れてる。めっちゃ揺れてる。というか専属家庭教師になってもらうつもり!?

お皿に残ったパンくずとケチャップらしき跡……ブルスト(ソーセージ)。

さては、提供した軽食はホットドッグだね!! 名推理!


「……先ほどの魔導具を、私にも使わせてもらえるのだろうか」

「その件について、改めて話し合いましょう」


ペシュティーノは懐から小さな円錐型の物を取り出すと、ディングフェルガー先生の前に置く。俺のCADくんと似ているけど、こちらは陶器のようなツルリとした表面。アロマポットみたい。


「起動させてみて頂けますか。これはこれから特許申請を出そうと思っている、先ほどのものより機能を落とした廉価版です」


先生はペシュティーノと円錐を交互に見て、震える手で魔導具に触れる。


「ま、魔力を流すだけでいいのか」

「ええ、なかなか喰いますよ」


先生は興奮冷めやらぬ、といった様子で何度か深呼吸して、ちょっと身体をモゾモゾさせたりなどして改めて廉価版CADくんに触れる。


「うっ、これは」

「どうですか」


「う、うむ。なかなか重いな。感覚値だが、3分の1は持っていかれた」

「……ふむ、貴方に負担ということであればやはり中級魔導以上の使い手でなければ難しそうですね。ただ、起動した後はさほど魔力消費はありません。使ってみてください」


ディングフェルガー先生は俺の操作方法を真似て、指先で触れたりなぞったりして魔法陣を描いていく。間違えたときにはフリックして消すというのも直感でわかるようで、5分もすれば着々と設計が見えてくるくらいに魔法陣が描かれた。

どうもセキュリティ?の魔法陣のようだ。侵入者を排除したり、記録装置に映像を記録するような設計がある。


「これは……これは、魔法陣学会の革命だ。いや、夜明けと言ってもいい。今までの設計と描画の概念が根底から覆る。魔法陣設計士はこの魔導具がいくらであろうと、得るために私財をなげうつだろう……おお、描画が厄介な『連携』がこんなに簡単に……記号は、ここから選ぶのか。私が知っている記号しかないな」


確かに、「連携」の記号は破線なんだよね。点線ではなく、破線。

手書きするとなると、なかなか厄介だろうなとは思ってた。


「ええ、この廉価版に入っている記号の種類は現在魔法陣学の公式教本にある3045種類のみです」

「なるほど。だが、『のみ』ということは殿下が使っていたものにはそれ以上の記号があるのだな?」


「その件については、一旦忘れて頂けますか」

「……協力しなければ、全てを明かす気はないということか」


「そういうことです」

「協力する」


はや!? 決断はやっ!! 食い気味だったよ!


「食事と魔導具に目がくらんでいるようですが、代償はありますよ」

「わかっている」


「もうちょっと詳しく聞いてからのほうが良いのではないですか」

「貴様は私に協力を求めているのではなかったのか?」


「協力ではなく、ケイトリヒ様への隷属だと言われたらどうです?」

「……従者として、ということか……ふむ、魔法陣の研究が侵されない程度であれば、という注釈つきであれば条件次第で受け入れても構わない」


先生、判断力だいじょうぶ?


何故かペシュティーノが俺の方を見てきた。

いやいや、こっちに振らないでもらえるかな!!


「ケイトリヒ様、この者に誓言魔法を施してもよろしいでしょうか」

「へっ? ぎゃくにいいの!?」


現役の魔導学院教師に、しかもまだ俺の側近だか専属教師だかになる契約もしてないのにそんなことしていいんだろうか。


「いいのですよ。彼は2度離婚して子どももおりませんし、親族は学生時代に亡くしていますから身軽な独り身です。身の振り方を相談するような相手はいないでしょう。それに魔法陣研究となると後先考えるような思考は皆無ですので、今畳み掛けて取り込んだほうが手早く済みます。立場を整えるのは、その後で良いでしょう」

「貴様、相変わらずの物言いだな」


「違いますか?」

「本当に嫌なやつだ」


「2度りこん……」

「研究バカであることは自覚しているはずなのに、どうして結婚しようなどと思ったのか不思議でなりません。推測に過ぎませんが、請われてなし崩しに結婚を承諾した挙げ句、研究に心血を注いで妻を(ないがし)ろにして捨てられたのでしょう。2度も」

「ほぼ真実を言い当てているが貴様が私を(わら)える立場だとでも!?」


ディングフェルガー先生はなぜかそこで俺を見てハッとして黙り込む。え? なに?


「……その、殿下はまさか、貴様の……」

「それ以上言えば誓言魔法ではなく即死魔法をかけますよ。ケイトリヒ様は正真正銘、ラウプフォーゲル公爵閣下の弟君であるクリストフ様の実子にして、今は公爵閣下の四男です。私は実母カタリナ・シュティーリの側近からケイトリヒ様のお世話係になり、今に至ります」


「……そうか、カタリナと貴様は()()()だったな」


あれ? そうなの!? ってことは実母のカタリナの親と、ペシュティーノの親が兄弟か姉妹かわからないけどきょうだいってこと?

意外に俺とペシュティーノの血縁関係ってそんなに遠くないね?


「そーなんだ!」

「いえ、ケイトリヒ様。その話はあまり公言できることではありません。心の中に留めおきください。ともあれ、この者には誓言魔法をかけます」

「貴様、誓言魔法などと軽々しく言うがな。あれはかなり高度な呪術に近い魔法だぞ? 魔導学院で習うような術式でもなし。まさか殿下が使えるとでも……」


言葉の途中で、ソファセットのすぐ横にウィオラが立っていることに気づいたようだ。

声こそ出さなかったが、めちゃくちゃ目が泳いでるので結構びっくりしたんだと思う。

ウィオラは何も言わず、10センチほどの楔を俺に差し出す。


「ひ、ヒメネス。この者……いや、この方は」

「お気になさらず。さあ、誓言しなさい。ケイトリヒ様の秘密は何一つ漏らさないと」


ペシュティーノが楔をディングフェルガー先生に手渡す。


「ち、ちょっとペシュ。パトリックのときはしっかりせつめいしたのに、先生にたいしてぞんざいすぎない?」

「パトリックは仮にも王国の公爵令息ですよ。誤解があれば国際問題です。ですが、彼は帝国籍のいち教師にして魔法陣研究バカ。どうせ説明しても了承するだけですから。基本的に彼の魔法陣研究の邪魔をすることにはならないですし、仮に彼が何かを失ったとしてもそれ以上のものを手にすることは間違いありません。さあ、誓いなさい」

「……ふん、いいだろう」


ちょっとちょっと先生、受け身すぎないー!?

ある意味ペシュティーノが自分を理解していることを理解してるってこと!?

それって信頼ともいえるのかな。まあ先生がいいならいいか。


「私、ヴィルヘルム・ディングフェルガーはケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ王子殿下の知り得た秘密を決して口外しない」


そう言って、先生はパクリと楔を食べた。ちょっと飲み込むのに苦労してたようだけど、本物の楔ではない幻影みたいなものだからほどなく落ち着いたみたい。

喉に刺すのは様式ってわけでもないんだね。

ちょっとスピード展開すぎて色々と追いついてないけど、なんとなくディングフェルガー先生が仲間になった! テテーン!ってかんじの瞬間。


「よろしい。では先に気になっているでしょう、ケイトリヒ様の魔法陣に存在する見知らぬ記号についてお教えします」


ペシュティーノが丁寧さとは程遠い、雑な説明で俺が6柱の大精霊と契約してること、そして精霊を介して竜脈、つまり世界記憶(アカシック・レコード)の知識を持つことを説明した段階で、先生はまた失神してしまった。

先生、殺人鬼メガネなんてあだ名がある割に行動が少女漫画風味だよ。


ペシュティーノも面倒になったようで、騎士に「客間に放り込んでおいてください」と言ってた。


お風呂の時間はペシュティーノに体を洗ってもらいながら、ディングフェルガー先生との学生時代の思い出話を聞いた。


やっぱり、学生時代の友人っていいよなあ。

社会人になって思うことだけど、友人関係ってお互いの努力と熱意がないと、簡単に途切れてしまうものだ。大人になって出会った友人の場合、よほど意気投合しないと関係を続けるのは難しい。


「僕も、ペシュとせんせえみたいなかんけいのともだちが欲しいなあ」

「私達は学生時代は友達と呼べるようなものではありませんでしたよ」


お風呂でほかほかした身体のままバラの寝台に寝転ぶと、俺の横で添い寝するペシュティーノが苦笑いしている。ふと何かを思い出すように遠くを見ながら、俺の頭を撫でる。


「……でも、そうですね。私に面と向かって悪態をつくディングフェルガーのことは、確かに気に入ってました。私は名ばかりの貴族ですし、彼は平民です。ケイトリヒ様のお立場では色々と(しがらみ)もありましょうが……ケイトリヒ様のお気に召すような友人ができるといいですね」


ふわふわと頭を撫でられて、そのまま眠った。



翌朝。


先生は朝早くにファッシュ分寮を出たらしい。

あまりまともな話し合いはできてなかった気がするけど、今後先生がやるべきことはペシュティーノいわく書面にして渡しているというので多分大丈夫だろう。

さすがにそういうとこはしっかりしてる。

親しき仲にも礼儀あり……ってこと? 何となく違うか。


さて、今日は魔法陣学の授業。


のっけから、教室がアウェイすぎて驚いた。


俺とスタンリー、そして護衛のガノとオリンピオが教室に入った瞬間、完全に空気が凍りついた。冗談ではなく、生徒たちは無遠慮に信じられないものを見るような目で俺を見てくる。音選(トーンズィーヴ)で聞き耳を立ててみても、ヒソヒソ話すら聞こえないくらい言葉を失っている……のかな?


調合学の授業の時のパトリックのように、院生の教員補助学生が席に案内してくれたけれど、その院生も顔がこわばっていた。なぜなのか。

席につくと机の上に教本を並べながら、その院生が意を決したように話しかけてくる。


「あの、大変失礼ですがお尋ねしてもよろしいですか?」

「私でよろしければ」


院生の視線は俺ではなく護衛とスタンリーに向いていたのでスタンリーが答えた。


「魔法陣学の授業は3人の担当教師が選べるのですが、何故ディングフェルガー先生の授業をお選びになったのでしょう? もしご存知なければ忠告させていただきたく……」

「忠告は不要。先生の評判はインペリウム特別寮の家政学筆頭教師の方から聞き及んでおります故、すべて承知の上です」


院生は少し困ったように俺に視線を向ける。

なんだか哀れんでるようにも見えるけど、どういう感情?


「評判をお聞きの上で、この授業を? 幼い王子殿下に、心の傷を与えるようなことにならなければよいのですが……」


ディングフェルガー先生、評価やばくない?

生徒に心の傷を与えるくらい厳しいの?


「……差し出口ですが、我が主の心配よりもご自身の心配をされては? ケイトリヒ殿下の世話役は、ディングフェルガー先生が魔導学院在学中、あらゆる魔術系の科目で一度も成績で敵わなかったペシュティーノ・ヒメネス様ですよ」


え、そうなの? 成績については知らなかった。

スタンリーが好戦的な語調と目つきで言い切ると、再び教室の空気が凍った。

今度は確実に凍った。なんか寒いもん。


「アダム・バルテル。今年のインペリウム特別寮生には構わなくて結構。スタンリー・ガードナー。席に付きなさい。授業を始める」


準備室から出てきたディングフェルガー先生が、メガネをクイッてしながら教卓に立つ。

なんか目の下にクマできてない? 目付きが悪いうえに顔色も悪くてクマもあると、ほんとにアブナイヒトみたいで怖い。客間であまり眠れなかったのかな。


ちょっと心配になってジッと先生を見つめていたら、目があった瞬間にやんわり笑顔を返された。よかった、体調が悪いわけじゃなさそう。俺もにっこり笑顔を返す。

その瞬間、解除してなかった音選(トーンズィーヴ)のせいで一斉にヒソヒソ声がきこえてきた。


「え……うそ、あのヒト笑えたんだ」

「いま笑った? なんか微笑んだっぽくなかった!?」

「ウソだろ、ペシュティーノ・ヒメネスの教え子ってだけであんな態度変わるのか!?」

「この授業3年目だけど、初めて先生の人間らしい表情見たぞ」

「あんな悪魔みたいなヒトでも、子供には笑いかけるのか……」


すごい言われよう。

一体どんな授業すればこんなに恐れられるんだろ。


おもむろにディングフェルガー先生がサラサラと黒板に基本的な魔法陣を描く。

記号を入れるところは6つあり、そのうち3つに記号を書き込み、残りの3つの空欄に赤文字で「1」「2」「3」と書き込む。

書き終わると、先生は生徒の方へ向き直り教室の隅から隅へ視線をゆっくりと動かす。

その間、生徒たちは教本を開き、ものすごい勢いで調べている。


「……この魔法陣の効果は基本的な『魔法効果増幅』だ。では、ダリル・メスナー。1番に入る記号は」

「は、はいっ! えっと、『操作』……じゃなくて」


「遅い。減点。次。ジャスティン・ボーゼ」

「はいっ、『蓄積』です」


「よろしい。ではティム・ダールマン。2番は」

「た、『滞留』!」


「違う。減点。アルノルト・ディーツェ」

「う、あ」


「遅い。減点。次。エルンスト・ブルーンス……欠席か。次、ブランドン・ツェべライ」

「あっ、います! いま……」


「黙れ。直ぐに返事もできない者はいないも同然だ。ブランドン・ツェべライ」

「えっと、あの」


「遅い。減点」


圧迫面接ならぬ、圧迫授業。

こりゃ生徒たちもピリピリするよ。ディングフェルガー先生の授業が魔法陣学を習い始める初年度の3年生には非推奨と言われる理由がよくわかる。


先生が次の魔法陣を黒板に描く。

正式な描画ではないとはいえ、そのスピードと正確さは確かにすごい腕前だ。


記号が入る空白は7箇所。

すべて空白のまま、生徒の方へ向き直る。生徒たちはヒントのない状態なので教本をめくることもできないまま、先生が次に何を言い出すか神経をとがらせている。


「……この魔法陣は、建築でよく使われる『劣化防止』の魔法陣だ。ケイトリヒ・ファッシュ。答えなさい。ここに入る記号は」

「時間」


「続けて。ここは」

「抑止」


「ここは」

「堅固」


先生は7箇所すべてを、教本を開いてもいない俺に答えさせた。

実のところ俺が知ってる記号のうちどれが正式なものでどれが失われたものか知らない。ただ竜脈の知識のなかでも「読み方」があるものは、たいてい公式記号だ。そして劣化防止の公式魔法陣を知っていたわけじゃなく、記号と記号の接続のしかたから予測して答えただけなんだけど……。


「すべて正解。よく予習できていて大変よろしい」

「えへ」


「では次」


この圧迫授業の出題は、生徒の人数分全員を指名するまで続く。それが終わってようやく「教える」授業に入る。これがディングフェルガー先生の通常運転らしい。


スタンリーも同じように教本を開かず淀みなく答えたことで、もうこちらに意識を向ける生徒はいなくなった。後からアウロラの噂話情報できいたことだが、このときの生徒たちは、幼児同然の俺が授業のテンポを乱してディングフェルガー先生の機嫌が悪くなることを危惧していたらしい。減点者があまりに多いと、その後の授業がより厳しくなることで有名なんだそうだ。

そしてその心配が完全に余計だったとわかると、もう俺とスタンリーのことは別格扱い。スタンリーが最初に言ったとおり心配すべきは自分のこととなり、俺たちの存在は完全に空気扱いになった。


なんなら「ディングフェルガーが笑いかける唯一の生徒」としてちょっと有名になってしまったくらいだ。


ディングフェルガー先生……優秀な先生ではあるけど、ちょっとあまり教育者には向いてなさそうな気がする。


授業がおわったあと、生徒たちがなんかみんなゲッソリしてたもん。

なんかとんでもないヒトが仲間になったみたいだけど、今後のCADくんの発売に向けては確かにキーパーソンになるだろうね。


「金のなる木」ともいえる、貴重な人材や精霊が集まってくるねえ。

さすが魔導学院!

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