5章_0071話_金のなる木 2
「それで、それが新しい精霊ですか? 妙に大きいですし、数も増えてますよね?」
ユヴァフローテツとラウプフォーゲルで色々と俺の事業の連絡係をするためにしばらく不在にしていたペシュティーノが魔導学院に戻ってきた頃には、新しいにぎにぎ精霊は3柱に増えていた。
「なんかね、ちょっとずつ微精霊とりこんで大きくなってるっぽい」
「それは安全なのですか?」
ジオールとウィオラいわく自然発生の精霊は複合属性なので成長しやすいらしい。
アウロラたちがいつまでもおにぎりサイズなのに、にぎにぎ精霊は今やもう俺の頭と同じくらいの大きさ。
「害はないそうだよ。ただ、たぶんすぐ近いうちに主精霊にしょうかくする」
「……数が増えて大きくなると、ごまかすのも大変になりませんか」
「ジオールたちみたいに僕の中に入って、好きなときにすがたをあらわしたり消したりはできないみたい。だから連れ歩かずに、庭園の守護精霊になってもらおうとおもって」
「なるほど? 据え置き型ですか」
パタコはいつの間にか羽根が8枚になって、中心の毛玉は俺の頭と同じくらい。新しい2柱は毛玉に葉っぱのような羽根という要素は同じなんだけど、微妙に形がちがう。
丸い毛玉を中心に、お花のように8枚の羽根が円になってならんでいるやつの名前は見た目どおり「ハナチャン」。毛玉の下に8枚の羽根がぶら下がるようにぴらぴらしているやつは「クラゲ」と名付けた。どうだ、俺の壊滅的ネーミングセンス!! でも本人……いや、本精霊は気に入ってるみたいなのでいいんだよ、こういうので!
「……ウィオラ様やジオール様も最初はこのような毛玉でしたね。ケイトリヒ様は潜在的に毛玉がお好きなのでしょうか?」
ふわふわ漂っていたクラゲにペシュティーノがそっと触れると、もっと撫でてというように手にすりついてくる。生き物っぽくない見た目なのに、動きはかわいい。うん、毛玉はかわいい。
「あと、ぜんぶ植物園とか森でみつけた微精霊だから植物にかんすることがとくい」
「それは……成長促進や、品種改良も、ということですか? ……なんと、便利な」
ペシュティーノが撫で回すと嬉しそう。
喋らない分、ペットみたいでかわいいかもしれない。
「1匹、レオにあずけようかなと」
「農産物の改良ですか」
「農産物」という単語を聞いて、クラゲが反応した。同じ植物の精霊でも、パタコは樹木系、ハナチャンはお花系、クラゲは結実系と得意分野が違うみたいだ。レオが庭園で育てているイチゴをもっと甘くしてほしいとお願いしたら、動いたのはクラゲだった。
ブロッコリーを柔らかくしてほしいというものにはハナチャンが動いた。棲み分けは正確にはよくわからないけど、ブロッコリーの可食部分は主に花芽だから俺の見立てで大体あってると思う。
「つぎにふやすべきは根菜系か……」
「空中を漂ってる微精霊よりも、土いじりをして出てくるものが良さそうですね。そういえばユヴァフローテツにも微精霊がたくさんいたそうですが、それもこう……にぎにぎ? して固められるのでしょうか」
そういえばユヴァフローテツにもいっぱいいたな。
「帰ったらやってみる」
「……にぎやかになりそうですね。ところで、ガノから聞いたのですが燃石の利用方法として新しい機械をお考えになっているとか」
俺の描いた素案の紙を取り出して、ペシュティーノが眉をしかめる。
蒸気機関には詳しくないので、俺が描いたのは車のエンジンの模式図だ。使っている燃料は違うけれど多分仕組みとしては近いと思う。多分。違いといえば、ガソリンは数滴で爆発的なエネルギーをもたらすけど、石炭コークスで同じことができるとは思えない。
でもそこはほら、魔法とか魔法陣でなんかどうにかできないかな。
燃焼エネルギーを圧縮するとか、蓄積して放出させるとか、魔法陣ならちょっと考えつくだけでもいくつかアイデアがある。
「……さすがにこれをケイトリヒ様がお一人で思いついたと説明するには、難しいものがあります」
「だよねえ」
「今、新しい側近について色々と手配している最中ですので、この『蒸気機関』については、研究は進めつつ全て機密事項として取り扱いお願いします」
「うんわかった。あたらしい側近? だれだれ?」
「確定したらお知らせしますね。無事にことがすすめられれば、中央貴族を黙らせるほどの人物ですので慎重に動いているのです。あちらからはすでに色よい返事をもらってますので、あとは根回しときっかけですね」
「ほん」
よくわからないけどペシュティーノが暗躍してる。
僕こどもだからしらんぷりしとこー。
ついでに樹脂素材についても「開発すればできるはず製品リスト」を作った。
調味料や液体の容器としてのペットボトルっぽいものだけでなく、完全密封による長期保存可能な食品包装素材……つまりレトルトや真空パッケージ。そういう素材ができれば、ラウプフォーゲルで現在もりもり生産されて消費しきれずに廃棄されている農産物を加工して輸出したり、兵站にも活用できる。
その計画書を見て、ペシュティーノは「帝国の辺境だけでなく共和国や王国まで手を広げるおつもりですか」と盛大なため息をつかれた。
そんながっかりされる案件? 親帝国派の王国領地に食料支援ができれば、共和国との小競り合いも沈静化できると思うんだ。という説明をつけたら、「本当に大陸統一皇帝になられるおつもりなのですね」とさらに特大のため息をつかれた。なんでそーなる。
王国の食糧難を考えると、飢えて国外へ逃げるヒトはなるべく減らしたほうがきっと周辺国ふくめてみんな幸せだよね、というだけなんだけど。
ニンゲンなんて俺も含めてちょっと賢くなったケモノみたいなもんだ。お腹がいっぱいになれば不必要に争う理由はなくなる。たぶん。
とにかく、帝国外のことが絡みそうな案件はその「中央貴族を黙らせられるかもしれない側近」の採用にかかってる。ひとまず保留だ。
今日は、初めての調合学の授業。
調合学は一般生徒なら3年生から履修可能な学科で魔法陣学、薬師学と並んで最難とよばれる3科目のひとつ。いずれも修了目安は3年かかり、この3科目の修了を目的に魔導学院に入学する生徒は結構な数になる。
事前に履修許可試験みたいなものを受けて、問題なしということになったので今日から授業。本来はインペリウム特別寮は無制限なんだが、さすがに早期入学の8歳で調合学を学ぶのは異例だそうで試験をうけるハメになった。ついでにスタンリーも受けて合格。
ちなみに魔法陣学も履修許可試験を受けていて、結果待ちの最中。
「たのしみだなあ、調合学」
「履修試験の内容を見る限り、リンドロース先生の授業はかなり進んでそうですね」
ギンコに乗ってエグモントとジュンを連れて調合学の教室へ。
教室にはいると、ちょっと異様な雰囲気だ。
全員、教本を食い入るように読み込みながらガリガリとなにかを書き写したり、ブツブツと呟いたり。ちょっとこわい。
「ようこそ、調合学の授業へ! いらしゃい、ケイトリヒ王子殿下!」
空気読まない感じの明るい声で出迎えてくれたのは、インペリウム特別寮の院生で王国の公爵令息、パトリック・セイラー。金髪碧眼のおもしろ王子だ。
「あれ、パトリック……おうじでんか。どうしてここに」
「んふふ、呼び捨てで構いませんよ! 僕たち家格としては同じ公爵家ですし、僕は先輩ですけど留学生ですから! 調合学の教員補助学生として授業のお手伝いをしてるんです。はい、こちらが調合学の教本ですよ、インペリウム特別寮はあちらの席になります」
他の授業と同様、インペリウム特別寮は教卓の横の審査員席。
渡された教本を受け取ると、俺と同じくらいのサイズ感。
「ああ、王子にはすこし大きいですねえ。良ければ僕が持ちますよ!」
「だいじょーぶです」
ギンコの背中で教本を抱きしめて席へ向かうと、教室のあちこちから視線を感じる。
エグモントが椅子にバブさんをセットして、スタンリーに抱き上げられて着席。
さっそく教本をぺらぺらと開いてみると、見覚えのある内容が多い。
「ん、調合のないようにあわせて、難易度がついてるんだ。へえ、わかりやすい。えっ、このユクト石の浄水魔石って難易度8? こっちのパウダーモルの魔獣忌避剤が難易度5……調合としてはこっちのほうがむずかしいとおもうんだけど」
「そうですね、このヌエの尻尾を使った昏倒矢なんかは調合の難易度だけでいうとこんなに高いのはおかしい気がします」
なんだか、生徒たちの席から強い視線を感じる。……ちょっと敵意みたいなのも感じる。なんで?
「あー、ケイトリヒ王子殿下はすでに調合学を学んでおいでなのですね! そちらの難易度は、調合だけでなく素材の入手難易度も含めたものになっています。ヌエの尻尾なんて代表的なもので、冒険者組合にも常備しているわけではありませんので」
「へえ、なるほど。じゃあ、このユクト石の浄水魔石なら、このゲンモクゴケの素材をいれかえれば難易度はさがる?」
「おー! よく理解しておいでですね、たしかにその浄水魔石の素材で一番入手難易度が高いのはゲンモクゴケです。ですが素材レベルを下げてしまうと、消費速度が異様に早くなったり耐久性が下がったり、帝国規格から外れた粗悪品の扱いになってしまいます」
「そっかあ、きかく……じゃあこっちの、ビネル鉱石をもっとしつのたかいジンガラ鉱石にかえたら? 消費魔力はふえるけどしゅつりょくは出せるよね」
「そうですね! 用途によってはジンガラ鉱石に変えることもあるようですよ。ケイトリヒ王子殿下、調合学はかなり学んでらっしゃいますねえ!」
まだ授業は始まってないが、なんだかリンドロース先生の授業は進みすぎな気がする。
「随分優秀な先生に師事されたようですね、差し支えなければ教師のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「S級冒険者のミェス・リンドロース先生です」
俺の代わりにスタンリーが答えると、教室が明らかにざわついた。
「え……ミェス・リンドロースって、この教本の6割を編纂した冒険者じゃ」
「ウソだろ、公爵家はS級冒険者を教師にできるっていうのか」
「れ、レベルが違う……」
「はーい、授業始めるぞー」
ざわついた教室にゴツ、ゴツと軍靴のような靴音を高鳴らせて入ってきた教師は、腰まである長い赤髪を複雑に結い上げて黒い宝石を散りばめた女性。服装はマーメイドラインのドレスに大きくスリットが入っていて、レザーのブーツに包まれているが膝下の脚が丸見え。たとえブーツをはいていたとしても、女性がこんなに脚をあらわにするのはたしかかなりはしたない……と、聞いたような気がする。
さすがに地球よりは少々大人しいけれど、ちょっとドラァグクイーンみたいな服装だ。
声もガラガラなのであまり女性らしい声とは言えない。
「ビンデバルト先生、たいへんです。今年のインペリウム特別寮生の新入生は、あの有名なミェス・リンドロースの教え子だそうですよ!」
おもしろ王子パトリックがおどけたように言うと、ドラァグクイーンのようなビンデバルト先生は「聞いてるよ〜」とため息をついた。
「まあ、そういうわけだからケイトリヒくんにスタンリーくん。この魔導学院の授業ではおそらくミェス・リンドロース様から習った内容よりももっと基礎的な部分から進めていくことになるよ。復習だと思ってしばらくは様子見、段階的に進学試験を認めるから、必要だと思ったら申請しなさい。では、授業を始めるー。今日は教本の12ページ……」
「さまづけ……」
「リンドロース先生、すごい方だったんですね」
授業が始まるとざわざわした教室はシンと静まり返り、ビンデバルト先生の言葉を一言一句聞き逃すまいと集中しているのがわかる。
リンドロース先生はラウプフォーゲルだけでなく、ユヴァフローテツまでしょっちゅう来てくれていたけれど、この教室にいる生徒たちにはそんな機会がなかった。この授業と授業中に貸し出される教本こそが調合学の学びのすべてとなると、集中するのもわかる。
みんな真面目に勉強してて偉いなあ、なんてほのぼのした視線を教室に巡らせていると、どういうわけか少し離れた席に座るパトリックと目があった。
「ケイトリヒ王子殿下、おてて小さいですねえ〜。鉛筆は特別製ですか?」
「え、どうだろ」
改めて手元の金属製の鉛筆を見ると、確かにスタンリーが使っているものより小さい。
「いわれてみればちいさいかも」
「それは御館様がケイトリヒ様のために特注された特別製ですよ」
何気ない会話だけど、パトリックは満足そうにニコニコと俺を見つめてくる。
「ケイトリヒ様、御髪に触れてもよろしいですか? すごく柔らかそうです」
「あの、パトリックさん。じゅぎょうちゅうなので、あとにしてもらえますか」
「後であれば触れてもよろしいのですか!?」
「いえ、あとであらためてことわるだけです」
パトリックは笑顔のままシュンとしてしまった。
ボリューミーなくるくる巻き毛がペショッとした気がする。
なんかやたら絡んでくるな。
「……ケイトリヒ様、僕、一通り武術の心得もありまして」
「パトリック、授業の邪魔をするならつまみだすよ」
ビンデバルト先生に注意された。
武術の心得がなんだろう? 一体俺に何を求めて絡んでくるんだ?
王国の公爵家ということで、親帝国派ではあるんだろうけど。
2コマ連続の授業が終わり、スタートダッシュを切るかのようにパトリックが俺に駆け寄ろうとしてジュンに止められてた。
「あの、王国公爵セイラー家のパトリックでんか。僕になにか用ですか?」
今やりすごせても今後今日のように絡まれるのは面倒なので、目的は確認しておきたい。
「話を聞いてくれるかい! いや、確認しておきたいことが2、3あるのだけど……ケイトリヒ殿下は、護衛騎士を探していないかな、と思って」
「ま、まあ護衛は……たしか、さがしてる……という話だったかと」
チラリとスタンリーを見ると、スタンリーも頷く。もっと護衛を増やしたい、みたいな話してたよね。ペシュティーノが。
「そうだよねっ! ええ、実は噂にはきいていたのだが、一応確認したくてね。それでその護衛騎士ですが、例えばその……聞いた話によると、あの赤毛の大男。彼は元王国籍の人間だそうじゃないか。つまり、生粋のラウプフォーゲル人でなくても護衛騎士に就任することはできるということだよね」
「ええ、まあそうですね」
護衛騎士に推薦したい騎士でもいるのか? ラウプフォーゲルとのつながりを作るためだろうか?
「ではっ! 僕は殿下の護衛騎士になりたいんだが、どうだろうか!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………えっ」
スタンリー、エグモント、ジュンの順番で顔を見たけど、全員呆然としてる。
「あっ、え? パトリック殿下、ごじしんが、僕の護衛騎士に?」
「うん、そう!! どうだろう! 武術の心得はあると言っただろう? それにケイトリヒ殿下は数々の新しい事業を手掛けているよね。僕が側近にいれば、王国からの資源協力や、販路拡大にも一役買えるとおもうんだが、どうかな! もちろん僕の能力はそれだけじゃないよ。服飾と芸術、音楽には自信がある。一度検討してもらえないだろうか?」
「えーと、王国の公爵令息が帝国の公爵子息のそっきんになるって、ありえること?」
「わ、ワカンネ」
「……前例は、ない……と、思うが」
「ペシュティーノ様に相談しましょう。我々には荷が勝ちすぎます。セイラー卿、お返事は改めさせていただきます」
ジュンもエグモントもフリーズしてしまったけど、スタンリーが一番冷静。
「よかったあ! やっと目的をお伝えすることができたよ。入学したときからずっと、この話を切り出したかったんだ。前例がないのはわかっているけれど、ぜひ前向きに検討をお願いするよ」
美しい所作のボウ・アンド・スクレープはさすが公爵令息。改めて見ると、パトリックの制服は帝国ではあまり見られない布や宝飾が使われている。おしゃれかどうかは俺にはわからないけど、資源協力となるとなかなか魅力かもしれない。
ファッシュ分寮に戻り、さっそくペシュティーノに報告するとジュンたちと全く同じ反応をした。
「……公爵令息が、公爵令息の側近に?」
ペシュティーノもさすがに判断に迷う内容なのだろう、助けを求めるようにビューローに視線を向けると、ビューローも首を傾げた。
「かのパトリック・セイラー卿は帝国との親善大使の役目を担う留学生として、就職先に皇帝居城の文官を希望していたはずです。しかしさすがに帝都の中枢に王国の貴族を入れるのは、国防の観点から難しかったようですね」
「皇帝居城の文官……なかなか無茶を言いますね。しかし代わりに、帝国からも王国へ誰か派遣しているのでしょう? 同程度の立場を希望したというわけではないのですか」
「ええ、帝国からも親善大使として皇帝陛下の次男が派遣されているはずです。たださすがに王国の中枢に食い込むような職ではなく、連絡員か外交官という名目だったかと」
パトリック、自由すぎない?
「じゃあ、パトリックはちょっと空気読めてない就職先をきぼうしちゃったってこと?」
「……そのようですね。院生になったのも、よもや就職失敗によるものではないかと」
えー。パトリック、面白いだけじゃなくフリーダムすぎる王子じゃないか!
「……外交にも関わることですので、御館様を通じて皇帝陛下にも確認が必要かと」
「やはりそうなりますよね……ケイトリヒ様は精霊だけでなく、妙な人材を引き付ける才能がおありのようですね」
「僕のせい!?」
「とはいえ王国公爵家の三男が側近に入るのは、王国とのつながりとしてはかなり理想的です。王家の支持は王国内でもかなりバラつきがありますが、レンブリン公爵セイラー家といえば反王家派も親帝国派も保守派も一目置く存在。三男だけあって政治的影響力はさほどありませんが、経済的な影響力は十二分に得られるでしょう」
オリンピオが静かに意見を出す。
「せいじてきえいきょうりょくがすくないのはいいかも」
「そうですね、面倒事が少なくて済みます。では、我々の総意としては特に反対意見はないということで……よいですね?」
「うんうん、いーとおもう! ちょっとだけ見てみたけど、魔力も高いし魂もキレイ! あと【命】属性がちょっと高めだね。これ主にとってけっこー大事〜」
「少なくとも主に対し邪悪な思惑で近づく者でないことは保障いたします」
ジオールとウィオラも歓迎ムードだ。
ペシュティーノを筆頭とした側近たちの意見としては、概ね歓迎。たださすがに外交上の都合は無視できないので、父上の確認待ち。
新しい側近のことは考えてたけど、まさかあのおもしろ王子が候補に挙がるとは思っていなかったよ!
3日後。
「パトリック・セイラー、19歳。公爵家の継承権は放棄してきましたので、もう心身ともに帝国人といっても過言ではありません。ケイトリヒ様のお世話のために、誠心誠意務めますのでよろしくおねがいします!」
異例のスピード人事で、パトリック・セイラーがファッシュ分寮にやってきた。
父上、ちゃんと中央に連絡した!?ってくらい決定と返事が早かったので念入りに確認したけど、父上いわくどうやらパトリックの扱いには中央が手をこまねいていたという話。
6歳から帝国で暮らしていたそうでスパイ疑惑などは一切ない潔白さだけれど、さすがに公爵家令息となると下手な扱いはできない。とはいえ国の要職につけることもできない。
今回、本人が是非にと俺の側近入りを希望したことは、帝国としては願ったり叶ったりの人事だったそうだ。
なんか俺って、帝国にとってかなりいいように使われてる気がする……。
「ウワァ、すごいなあ! 下から見ていましたけど、素晴らしいお屋敷ですね! なんて明るくてキラキラしい、ケイトリヒ様のお住まいとしてふさわしい建物でしょうか」
「……パトリック・セイラー。本日付で貴方はラウプフォーゲル、ケイトリヒ様預かりとなりました。皆、さきほど彼が言った通り、王国の公爵家からは籍を抜いています。呼び名は他の側近と同じようにお願いします。数日間、魔導騎士隊と武術訓練をして、1週間後に側近用の私室に入ってもらいます。……すみませんが、私室の準備が間に合わなかったのでしばらくは客室で過ごしてもらいます」
「構いません! 私はインペリウム特別寮でも側近と同じ4人部屋で過ごしておりましたので、寝台があるだけで十分です」
ファッシュ分寮のエントランスホールには、側近全員と今日の護衛担当の魔導騎士隊、そして使用人たちが集められて、パトリックの紹介をする。
パトリックは公爵令息とは思えない謙虚さで、使用人にも魔導騎士隊にも分け隔てなく礼儀正しく挨拶をした。愛想もいいし、ルックスは見るからに王子様だから好感度は抜群。メイドたちなんかはちょっと頬を赤らめちゃったり。
「すごいですね、ケイトリヒ様の側近は使用人から騎士まで品行方正で、身なりもまるで貴族のようです! やはり類稀な奇才をお持ちの主を掲げる者同士、誇りを持って職務に励んでいるのですね!」
何を見ても誰と接してもベロベロに褒めちぎるので、パトリックはあっという間にファッシュ分寮の人気者になってしまった。
おもしろ王子のコミュ力はんぱない!
魔導騎士隊の報告によると、あんなおもしろ王子キャラの割に刺突剣使いの名手で戦闘力は騎士級。さらに魔導も魔法も素晴らしい制御力ということで、蓋を開けてみたらペシュティーノも納得の人材だった。
能力も申し分ない!
そして本人も自信を持っていた部分、ファッション。
これは以前ガノが切望していた能力でもあるので、想像以上に価値のある能力として評価されそう。
「これが水マユの刺繍! なんと素晴らしい光沢、素晴らしい存在感! ケイトリヒ様にとても良くお似合いです! この虹色を邪魔しないように、ブローチは少し存在感を控えて真珠にしましょう」
「パトリック様、このジャボはどうですか?」
「こちらのサッシュも今日ユヴァフローテツから届いたものです」
「ああ、なんと繊細なレース、なんと素晴らしい織でしょうか! 全てケイトリヒ様の高貴な出で立ちにピッタリの最高級品! ジャボはこのように、少し膨らみを持たせるようにブローチで留めればより可憐な顔立ちが際立ちます。サッシュもマントの下から少し見え隠れするくらいにすれば……」
「まあ、本当だわ! ブローチ遣いでこんなにボリュームが!」
「素敵! 豪奢ですけれど程よい差し色になって品がありますわ!」
「愛くるしいケイトリヒ様がお召しになると考えると、着合わせにも熱意と創意工夫が欠かせませんね。私がケイトリヒ様に目を奪われたのは、お召し物が素敵だったということも理由の1つです。ミーナ様とララ様の手腕に胸打たれたと申し上げても良いでしょう」
「まあ、パトリック殿は大げさですわね」
「でも確かに、ケイトリヒ殿下のお召し物にはお針子一同、そしてメイド一同心血を注いでおります。それを認めてくださる側近はいままでガノ殿だけでしたから、パトリック殿のように言語化してくださるのは頑張りが認められたようで嬉しく思いますわ」
ララとミーナがパトリックに完全に同調してるよ。
女子会っぽいノリに見えるのは俺だけ?
ガノはファッションチェックから開放されて嬉しそうだし、ガノ以外の側近は死んだ目で俺の着替えを見届けてるけど、とにかくお針子並のファッション知識はメイドたちに歓迎された。
さらにどういうわけか俺の服をべた褒めする手紙をお針子たちとやり取りしているらしく、魔導学院にいないディアナたちともいつの間にか仲良くなってた。
王国公爵令息の社交力、おそるべし!
そして、1週間が経ったその日。
パトリックに「誓言魔法」を施すことになった。
誓言魔法を施すことに同意を得た上でペシュティーノがその理由を説明すると、パトリックが静かに聞き入りながらも目を輝かせる。
基本4属性に加えて【光】と【闇】の精霊と契約していること、その精霊が近いうちに大精霊から精霊王になりそうなこと。魔力量が異常なこと。
そして、魂が異世界からの転生者で、異世界の成人男性の記憶を持っていること。
竜脈の意思によりこの世界の神に望まれていること。
説明が佳境に入ると、何故かハラハラと涙を流し始めてペシュティーノがギョッとする。
「やはり……やはりケイトリヒ様は特別な御方でいらっしゃるのですね。私の目に狂いはなかった。ケイトリヒ様にお仕えすることが、私の使命。私がこの世界に生を受けた意味そのものだったのです」
ウィオラに手渡された誓言の楔をうっとりと見つめて口づけると、そのままズブリと喉に突き立てる。そして恍惚の表情で「私は新たな神の一部となった!」と言いながら涙を流していた。
……今まででいちばん気持ち悪い誓言の儀式だよ。