5章_0070話_金のなる木 1
入学して1ヶ月。
授業は順調、妙な事件や面倒な人物もキレイに避けられてるのでとても平和。
魔導演習場での一件は大事件として学院中を駆け巡ったけど、今やもう昔の話。
その事件に加えて俺の早期修了科目の多さが有名になると、生徒たちの噂話はそうそうに俺を話題にすることもなくなった。
なぜって? ケチのつけようがないからさ! 多少身体が小さいくらいで、それ以外は優秀な生徒だとわかると、元々インペリウム特別寮生ということもあってわざわざ話題に登るほどの存在でもなくなったということだ。
それよりも今は……。
「ケイトリヒ様、御館様へ提出した『燃石』事業について、ラウプフォーゲルの木炭組合からの質問状が届いていますがいかが致しましょう?」
「トリュー・バインの第2工場建設に伴い、木工組合と建築組合から確認書類が届いています」
「ケイトリヒ様、ローレライから『樹脂素材』のサンプルが届きました。こちらはユヴァフローテツのどの研究室に手配しましょうか」
「研究員が出向している製紙組合から、バガスを利用した新しい紙が届いています」
入学して1ヶ月経って、どうやら学業に追われるばかりではなく事業に関しても聞いていいらしいというのがバレたようだ。ユヴァフローテツとラウプフォーゲルからひっきりなしに問い合わせや相談がやってくるようになった。
「ふぁー。いそがしい。こどもってこんなにいそがしいもんだっけ……」
「ケイトリヒ様、トリューについては私、製紙についてはなるべくガノに回すようにしてください。燃石と樹脂についてはまだ事業内容がまだはっきりわからないのでケイトリヒ様の判断が必要です」
ペシュティーノがいくつか書類を手にして、それだけ言うと勉強部屋を出ていった。
俺は世界史の宿題をしながら、そのかたわらで燃石の燃料化事業についての報告書を流し読みしつつ、樹脂素材の基本研究内容の報告書に目を通す。
「木炭組合は燃石の開発にせっきょくてきみたいだね、よかった。コークス化には既存の施設がつかいまわせるとおもうから、こんごもなるべく協力体制を維持したいな。父上もウンディーネ領への融資におもわぬおまけがついてくるかも、とよろこんでくれてるみたいだよ」
「しかしその燃石ですが、ケイトリヒ様はどのような利用方をお考えで? まさか平民の家庭用燃料としてだけではないでしょう」
ガノが手元の書類を機械のような速さで処理しながら俺に聞いてくる。
「異世界には蒸気機関っていうものがそんざいしてね、鉄道や自動車のげんけいになったんだ。トリューがはこぶものは今のところ兵員だけだけど、だいきぼな輸送手段ができれば物資や武器や資源なんかをはこぶことができる。そうなると、最貧といわれてる辺境領地が宝の山になるかもしれないよ?」
「宝の山……!」
あ、ガノがうっとりしちゃった。
俺は蒸気機関に詳しくないし、異世界では数十年かけて試行錯誤されたもの。すぐに鉄道なんかが整備できるとは思わないけれど、この世界にはそれを補助できる魔術が存在するのだ。研究者が色々と知恵を絞ってくれれば、きっとすぐ実現できるはず。
「なるほど、輸送費を大幅に抑えられれば、もうウンディーネもヴァッサーファルもラウプフォーゲル配下と言っても過言ではないということですね」
「いやそれはさすがに過言でしょ。中央から中立領をとりこんでるなんて非難されたらそれなりにたいへんでしょ?」
「……ケイトリヒ様が皇帝になってしまえば、そのような声も出なくなりましょう。分断されていた中央とラウプフォーゲルの溝は埋まり、辺境の貧困が解決すれば、帝国は真の意味で1つになります」
ガノが俺をジッと見て、ニヤリと笑う。
腹黒笑顔はやめなさい。
「うーん、20ねんくらい経ったらかんがえる」
「ご冗談を! 10年もあれば場は整いますよ。洗礼年齢になる2年後には、ケイトリヒ様にも皇位継承順位が付きます」
皇位継承順位。忘れてた。
父上からも入学前にサラッと説明されたんだけど、このギフトゥエールデ帝国の皇帝の座は、血統ではなく議会によって決められる。
皇帝の崩御、あるいは退位のときに皇位継承順位が1位だったものに帝位が受け継がれるのだが、その順位は厳格に議会によって決められているのだ。この帝国で皇帝の一存では決められない唯一が継承者。500年の歴史上、皇帝の息子、あるいは娘というだけで皇位継承順位を持った人物はいない。何らかの功績や実績がなければ順位を上げることは難しい。
地球の凄惨な歴史を考えると、血統主義でないというだけでなかなかいい制度だと思う。
「中央貴族がもうれつに抵抗しそう」
「10年後にはそのような者は少数派になっておりましょう。もっと言えば8年後、成人の年齢になれば今上皇帝を差し置いて担ぎ上げられる可能性だってあります。トリューの開発と魔導騎士隊の台頭だけでもケイトリヒ様の功績は圧倒的です。今はまだ時期尚早といえますが、10年もあれば領地を持たない法服貴族ばかりの中央など、簡単に一掃できますよ。中央議会は今のところ貴族が独占していますが、平民を一定数受け入れるべきという声も上がっています。中央貴族の敵はラウプフォーゲルだけではないのですよ」
それを言うならラウプフォーゲルの敵だって中央貴族だけじゃないと思うんだけど。
色々想像してみたけど、どうやら俺が皇帝になる可能性は高い。弱小令息だと思ってたけど、このままぼんやりしてるだけで公爵か皇帝かになるなんて、なかなかチート。
もし俺が皇帝になったら、ラウプフォーゲルの領主はどうなるんだろう。アロイジウス兄上かな。クラレンツは本人が嫌がってるくらいだから、きっとアロイジウス兄上を推す動きが高まるだろう。
「そういえば、アロイジウス兄上の皇位継承順位は?」
「……次期領主指名を得るまでは二重継承権が認められますが、アロイジウス殿下は現在27位です。まあ、成人前でも公爵令息なので14歳にしては高いと思います」
27位かー。聞いたところでピンと来ない。
おやつのドーナツをモリッと割って口に入れて、シェイクをゴクリ。揚げたタイプのドーナツは飲み物と一緒に食べないと飲み込みづらいね。
「ケイトリヒ様は、2年後には10位以内、ともすれば5位以内もあり得ると言われています。そして、皇位継承順位がそれなりに地位として使えるのは、上位3位までです。……まあ、御館様がまだどのようにお考えかわかりません。もしかしたらラウプフォーゲルの領主になれと仰るかもしれませんし」
ガノが俺の歴史の宿題の文字の間違いを指さしながら言う。
宿題に使われているのは昭和時代に見られた「わら半紙」と言われるような茶色っぽくて脆い紙で、この世界では「樹皮紙」と呼ばれている。すぐに破れるので板に挟んで持ち歩き、鉛筆で1度書いたら消しゴムで消すなんてことはできない。ちなみに消しゴムは存在せず、洗浄で消すのが一般的。
魔法の印刷技術があるので同じ文字や図案を複製することは難しくないみたいだけど、なんにしても紙が脆い。
「製紙組合のサンプルはどお?」
「まだまだ樹皮紙と同レベルですね。白さはありますが、とにかく脆いです。それに、品質を上げると現在流通している紙と大差ない値段になってしまいます」
「まあ、さいしょはしかたないよね」
製法が確立すれば、大規模生産で値段を下げる。パルプの原料になるバガスは今後砂糖が増産されれば必然的に増えるだろう。バガスのつなぎになる糊についても、たとえ貴重な素材だったとしても増産できれば値段は下がる。
「大量生産ですか……そういえばトリュー・バインの機体生産の第2工場建設誘致を、グランツオイレとシュヴァーンとシュヴァルヴェ、3つの領で争っているようですね」
ラウプフォーゲル4主領と呼ばれる3領だ。
そのうち2つ、グランツオイレとシュヴァルヴェからは俺の婚約者まで斡旋されている。
「父上はどのようにかんがえてるんだろ」
「正直、3領ともラウプフォーゲルの北側なので大した違いはありませんよ。3領ともすでに経済的にはラウプフォーゲルから自立していますし。そう考えると、4主領よりも南側の伸び悩んでいる領に建設したいというのが本音なのではないかと愚考しますね」
「南側の領? ヴァイスヒルシュとか?」
将来的にエーヴィッツが領主となるヴァイルヒルシュにトリューの工場を建ててあげたいと思うのは親心だろうか。
ガノにドーナツを勧めると、遠慮なくパクリと食べる。「これは随分と食べごたえのあるおやつですね」と言って飲み物も飲む。確かにお腹いっぱいになるおやつだよね。
「……ブラウアフォーゲルも考えておいででしょうが、ナタリー嬢が妙な動きをするせいで候補から外さざるを得ませんね」
ナタリー嬢はいくら困ったワガママ娘とはいえ全て自分の意志で動いてるとは思えない。自分の行動が自領に悪い影響を与えているということまで思い至ってないのだろう。
「そうか、南側は流民問題があるから?」
「さすがケイトリヒ様! よくご存知ですね。いかにもその通り、旧ラウプフォーゲルの南側はドラッケリュッヘンやアイスラー公国からの流民が絶えません。御館様は、トリュー・バインの騎士隊配布は、南の領を優先したいと親戚会でもお話していらっしゃいました。しかし南側は件の流民問題のせいで、トリュー・バインの購入にまで手が回らないようなのです。そこで魔導騎士隊の登場というわけですよ」
魔導騎士隊のトリュー・ファルケは最高時速2000キロから3000キロ。ユヴァフローテツから発進しても、2時間あれば帝国中どこへでも駆けつけられる。
「魔導騎士隊の正式稼働はいつから?」
「もう御館様は専用連絡経路をお作りになってますよ。依頼があれば、御館様を通じてケイトリヒ様に連絡が参ります。最初は、ラウプフォーゲルのアンデッド討伐隊も同行するかもしれませんね」
旧ラウプフォーゲルの北側は4主領といって栄えてる。南側は流民問題。
「ガノ、南側にぴったりな産業ができたら、旧ラウプフォーゲル全体の利になるかな」
「南側にぴったりな産業……工業系の産業でしたら、今回のトリューのようにどうしても人口と技術で勝る4主領が強くなります。南側が求める産業といえば農業でしょうか」
俺はドーナツをちょんちょん、と指差す。これなら、おそらくエーヴィッツあにうえのヴァイルヒルシュ領にピッタリの産業になるはずだ。
「……小麦は寒冷地向きの作物ですよ」
「ちがうちがう。あぶら! この世界の油って、きちょうなんでしょ? レオにきいたことあるよ。揚げ物って、すごいぜいたくだって」
「……!! 確かに、レオの油の使い方には驚かされました。もしや、砂糖と同様に油が取れる異世界の植物がこちらにもあれば」
「油って、意外と何からでも取れるんだよ。でも油そのものを目的とした農産物っていまのところ多くないよね」
「そうですね、確かに。貴族の間で流通している油は、主にオリーブオイルです。帝国でも限られた地域でしか栽培できず、食用や化粧品として使われていますが、それが大量生産できれば……」
「というわけでバジラット、どうかな。できればココナッツかパームみたいな、熱帯地域で育つ植物があるといいんだけど」
俺の頭からシュポッと石ころのような姿のバジラットが出てくる。もう慣れたよ。
「おう、あるぜ。ちっと植生が違うけど、主がちょちょっと改造すれば、熱帯向きになるだろ。カラッカラの砂漠地帯に生える、『ウルバウム』って呼ばれるやつだ」
「『ウルバウム』! 砂漠の宝石と呼ばれる木の実ではありませんか。確かに上質の油がとれるため古代から栽培を試みた者はいますが、成功した話は聞きません。ウルバウムの油はすでにブランド力もありますし、既得権益層を大きく揺るがすような産業でもなさそうです」
ガノの目が輝いてる。
「さっそく冒険者に依頼して若木か、加工されていない実を採取してもらいましょう」
「ね~ガノ、ついでにさ……」
ガノにコソコソと耳打ちすると、ガノはニヤリと笑って頷いた。
金儲けの話をする時はガノに限るね!
今日の授業はアクエウォーテルネ寮の植物学。調合学や薬学の前段階にもなる授業だけど必須ではない。農業系にも通じていて、旧ラウプフォーゲルの生徒からは人気の授業。
そして俺も、ここ1ヶ月でいちばんお気に入りの授業だ。
理由は簡単。
「あっ、ケイトリヒ殿下! 今日の実習の素材、ついでに用意しておきましたよ!」
「わあ、ありがとうリヒャルト!」
「ケイトリヒ様、今日はちゃんと鉢植え、忘れずに持ってきました?」
「き、今日は持ってきたよ……スタンリーが。ヘルミーネこそ、手袋ある?」
「ありますぅー」
ファイフレーヴレ第2寮の御学友候補、リヒャルト・ギーアスターとヘルミーネ・ゼーバッハの2人と、1回目の授業で偶然にも意気投合したのだ。
2人は旧ラウプフォーゲル領の生徒ということもあり、俺に対してはとても友好的。
さらに重要な部分は守りつつもほどよく身分を気にしない感じが、俺からするととても理想的な「御学友」だ。
教室が植物園というのもいい。
ユヴァフローテツに庭園を作ったら森みたいになった、と話したらリヒャルトが大ウケしたのがきっかけだ。
「リヒャルト、僕も仲間に入れてもらっていい? あ、これ、今日の実習で使う苗」
そして前回の授業で仲良くなった中立領ゼーレメーアの平民、ディーデリヒ・バルト。彼はアクエウォーテルネ寮の生徒で、子供の頃から魔導具づくりの工房に出入りして修理したりしてたんだって。身分については疎いのでリヒャルトに懐いたみたい。俺に対してはちょっと距離があるけど、仲良くしてる。
「はい、皆さん、授業を始めます。いつも通り、3人から5人程度のグループになってますか? ……そこのグループは6人? まあいいでしょう。今日は接ぎ木について学んでいきましょう。ナイフを使うので、慎重に。怪我をしたら減点対象になりますよ」
植物学は、なんか前世でもハーブ園とかやってそうなナチュラル系マダムのインナ・リルケ先生。婦人向け雑誌とかでDIYガーデニングのススメみたいなコラム書いてそう。
サバサバしてて、必要以上に口を出さないかんじがいい。
植物園ではワイワイと生徒たちが話し合いながら接ぎ木の注意点などを確認しあって実際に手を動かす。先生はグループをゆっくり回りながら、コツを教えたりダメなやりかたを注意したりするだけ。まったりした授業だ。
「こっちの丸い葉っぱが台木で黄緑っぽいのが穂木だっけ?」
「うんうん、合ってる。あ、スタンリー、それどっちも穂木だよ」
「わ、ディーはやい。じょうずだね!」
「ナイフの扱いは慣れてるんで……ケイトリヒ、様、は、そのやり方だと、切った表面がガサガサになるから、もっと角度をつけた方がいいです」
前世でもあまり器用な方ではなかったけど、小さな手にナイフはまあまあ怖い。
俺が植物にナイフをいれると、そこからふわりと光の粒が漏れてぷやぷやと漂うのでジャマでしょうがない。
ぺっぺっ、と手で払っても、なんだかどんどん集まってくる。
「もー。ちょっとどいてー」
「あ、また微精霊? いいなあ、微精霊が見えるの」
「でも邪魔そうにしてるぞ? 大変そう」
「え、微精霊が見えるのか!? すごい……いいなあ」
「ぜんぜんよくない。どいてってばー!」
ぷるぷると頭を振ると、たくさんの微精霊がふわ〜っとあたりに漂う。やっぱり頭に集まってた! なんで精霊って髪の毛に集るの!?
「ケイトリヒ様、集めて固めてみてはどうですか」
スタンリーがこそっと耳打ちしてくる。そんな粘土みたいなことできるの?
……ネックラプターの目玉も粘土みたいにこねこねできたんだし、精霊だってできるか。
とりあえず1回目の「枝接ぎ」は無事それなりにできたので、次の「芽接ぎ」に入る前にちょっとやってみる。
「微精霊、しゅうごう!!」
俺が両手を掲げると、微精霊がわあと寄ってきた。ほんと精霊って俺のこと好きね!
「えっなになに」
「あ……なんか、光ってる……?」
わらわらと集まってきた微精霊を、おにぎりみたいに両手でギュッと握るとなんかおおきなひとかたまりになった。まだまだ集まってくるので、それも巻き込んでギュッギュッと握ると、指の間からにゅるんと何かが出てきた。
「あ、なんか……うわっ」
一瞬、蝶のような蛾のような虫に見えたので悲鳴を上げそうになったけど、よくみると虫っぽいのは羽根だけでボディ部分はなんかふわふわの丸い玉。脚がないからセーフ!
「え! うそ、見える! これが精霊!? すごい、キレイ!」
「えええっ!? で、殿下、今なにしたんですか!?」
ふわふわの丸い玉に葉っぱを4枚くっつけたようなでっかい蝶っぽい精霊は、ひらひらと羽ばたいて俺の頭の上に乗って羽を休めている。やっぱりそこが定位置なの?
「わかんないけどちっちゃいの消えたからさぎょうしやすくなった」
次は「芽接ぎ」にチャレンジだ!
「あらあら。ケイトリヒくんは頭に半精霊がのってますけれど、これはどこから?」
「ケイトリヒ様が……」
「しりません! なんかのってました」
リルケ先生はわざとらしく俺の頭に乗ったでかい蝶の精霊をながめながら、何かわかってるかのように聞いてくる。リヒャルトが素直に答えそうになったけど、微精霊から半精霊生み出したなんて知られたら面倒なことになりそう。
「私が知る限り、この植物園には半精霊なんていなかったはずだけど」
「そうなんですかー、どこからとんできたんでしょーねー」
俺がすっとぼけても、先生はニヤニヤしながら俺を見るばかり。
「さっき、『微精霊集合!』とか言ってなかった〜?」
「え〜僕じゃないデスヨ〜! それより先生、めつぎってこんなかんじでいいですか?」
「うんうん、まあまあいいわね。ここはもうちょっと削って、表面を平らにしたほうがいいわ。ところでこの半精霊、ずいぶんケイトリヒくんに懐いてるみたいだけど、名前はあるの?」
「僕のじゃないです」
「ケイトリヒくん」
リルケ先生がニッコリ笑って、俺と視線を合わせるようにしゃがみこむ。
「ちょっと誤魔化し方が下手すぎるから、先生とすこしお話しましょうか」
「えう」
「護衛と側近のかたもご一緒に。ハニッシュくん、ちょっと抜けるから後はお願いしてもいい?」
先生がちょっと声を張ると、生徒に配る苗の管理をしていた長身の男性がペコリと頭を下げる。ハニッシュ……たしかグランツオイレの院生で、インペリウム特別寮の庭園を管理してるってヒトじゃなかった? ちょっと話してみたい、けど先生がズンズン進むので今は諦めるしかない。
植物園の脇にある小部屋は、「植物学準備室」と書かれたプレートが下がっている。
中はちょっと観葉植物多めの事務室みたい。先にエグモントが入って、俺とスタンリー、そして最後にオリンピオ。ちょっとみちみち。
「先に断っておきますけれどね、ケイトリヒくん。私はハーフエルフなの」
「げ」
先生は小さなガラス箱が並ぶ机の前のスツールに座ると、ニッコリ笑ってフカフカのソファーに座るように指をさす。あ、僕がこっち?
「『げ』じゃないでしょう。ケイトリヒくん、どれだけ危険なことをしたか理解していないみたいだから言っておきますけれどね、微精霊から半精霊を、ヒトが作り出すなんてありえないことなのよ? 一体どうやったの? あ……いえ、あまり聞きたくないわ」
リルケ先生は目の間を揉むような仕草をして、俺に向き直る。
「今回目撃したのが私だけで良かったと思って頂戴。もし共和国……いえ、聖殿関係者にバレたら御神体として祭り上げられる可能性だってあるのよ。はあ……勅命での入学とは聞いていたけど、こんなにヤバい子だなんて思ってもいなかったわ」
「僕ヤバいですか」
「ヤバいわよ。相当ヤバいわ。一応、家政学科の執事がついているのよね? 報告させていただきますけれど、そんな状況で獣魔学の授業なんて出たら危険極まりないヤバさよ」
「……従魔学と、どのような関係が?」
エグモントが言うと、リルケ先生は特大のため息をついた。
「学問ではなくてね。従魔学の教師のバウムゲルトナー教諭は中央貴族の共和国派なの。ガチガチの精霊教信者で、その名の通り精霊を崇拝してる。そんな精霊が、ケイトリヒ様の手によって作られたと知ったらどうすると思う? 私もちょっと想像がつかないわ。それと、精霊との親和性は魔獣との親和性とほぼ同じと考えていい。『精霊付き』の生徒は従魔学の麒麟児よ」
俺の頭でふわふわと羽を動かしている半精霊に、視線が集まる。
「あと、一般人にも見える精霊なんてウチで預かれないから持って帰ってくれる?」
「えええ」
「えええじゃありません。自分で生み出した精霊なんですから、責任を持って頂戴」
ふわりと精霊が羽ばたいて、俺の胸元にくっつく。
邪険にされてちょっと悲しそうにも見えて、心が痛む。確かに、俺が生み出した子なんだから責任とらないとね。
「……ねえ、ぬいぐるみの中にはいれる?」
「ダメ~!!」
「主、それはなりません」
頭からぽぽん、と黄色と紫の塊が出てきた。
目の前のリルケ先生が半目になってる。……あれ、エグモントもいるし、これちょっとヤバくない?
「それは、それは受肉だよ! 僕たちだってまだもらってないのに、名前もない新入りに依代を与えるの!? ずるい、ずるいよぉ! 順番で言えば僕たちが先でしょぉ!」
「そうです、主。これは我々の存在意義を問う行為です。我々よりも先にその存在に受肉させるというのであれば、明確なる目的と意義の説明を求めます」
「……ケイトリヒくん。聞いた話では、基本4属性の精霊がいる、という話ですわよね? これは、私も見たこと無いけれど……【光】と【闇】の精霊ではなくて?」
リルケ先生が言うと、エグモントもオリンピオやスタンリーを何度も見る。
「オリンピオ様……スタンリーも、知ってたのか? もしかして私だけ知らされていないのか? 何故だ!? 私だって、貴族派に流してはならない情報だと言われれば口を噤むことだってできる! やはり私には信用が置けないということなのか……?」
一瞬沸騰したけど、ものすごく傷ついた顔をしてエグモントが落ち込んだのでそっちも心が痛む。やっぱり隠し事ってよくない……。
「ウィオラ、責任とって」
「……御意」
頭を抱えていたリルケ先生と動揺していたエグモントが一瞬でトロンとした目をする。
その間に、ジオールとウィオラはしぶしぶ俺のふわふわヘアーに戻った。
ふ、とリルケ先生が我に返ったような表情になったのに合わせて、わざとらしく「新しい精霊かあ……どうしよう」とつぶやく。背後ではエグモントも我に返ったらしく、オリンピオにボソボソと「他の精霊もこのように契約したのでしょうか」と話していた。
ウィオラの記憶混濁魔法、成功。
だいたいこれでうまくいくから今までバレずにいたようなもんだ。
誓言の魔法は、俺と精霊には効果ないから困る。
「先生、とりあえず、精霊はつれてかえります。名前はまたあとで。ちょっとペシュティーノとそうだんする。あと半日くらい、なまえはなくてもへいき? 消えたりしない?」
俺が精霊に問うと、「大丈夫」と頷いた気がする。丸い毛玉だけど、なんとなくそばにいれば大丈夫、って言ってる気がする。多分。
「ふつうのヒトに見えなくすること、できる?」
丸い毛玉が首を傾げた気がする。なんとなく。首なんて無いけど。できないらしい。
授業中は頭の上に乗せとくしかないか。
「植物園の精霊ですから、契約したら分寮かユヴァフローテツの庭園に放つといいんじゃないでしょうか」
スタンリーが言うと、その言葉に喜ぶように羽根をパタパタさせた。
なるほど。どこかに配置するってのもアリ?
頭の上にでっかい葉っぱのちょうちょを乗せたまま3コマ連続の植物学の授業を続けた。
リヒャルトとヘルミーネとディーデリヒとスタンリー、4人と先生が俺の頭の上の精霊を見えないかのように扱ってくれたおかげで、色々助かった。
みんな授業に真剣なのでグループ外の生徒には目もくれないし、たまにギョッとした生徒が俺の頭の上を二度見してきても、誰も言及しないせいで自分の目がおかしいのかとスルーしてくれる。いい友達と先生を得られてラッキーです。
ファッシュ分寮に戻り、改めてウィオラとジオールを呼び出して新しい精霊について相談したところ、受肉さえしなければ新しい精霊が増えるのは全く構わないらしい。
受肉についてちょっと詳しく聞きたいところだけど、なんだかちょっとセンシティブっぽい話題みたいなので今度にしよう。
新しい羽根毛玉精霊は偏りのない複合属性で、植物を好む性質があるみたい。羽根の色はたくさんの色が混じり合ってるので色の名前はつけられない。なので、羽根がパタパタしてるから「パタコ」と名付けた。俺のネーミングセンスに絶望してるのは俺だけで、精霊はとても喜んでくれた。本人|(本精霊?)が喜んでくれてるならいっか。
パタコはジオールやバジラットよりも植物との親和性が高いみたいなので、庭園の守護精霊になって欲しいと言ったらものすごく喜んでくれた。
「まあ、今まで暫定的に植物系は僕かバジラット、って感じだったけど、やっぱり自然発生の精霊は自然の植物になじむよねぇ。むしろもっと増やしてもいいんじゃない?」
「そうだな、植物系の精霊はもっと契約してもいいと思うぜ。俺たちはどうしても人工精霊だからよ、操作が強引になっちまうんだよな。自然発生の精霊のほうがいい感じに植物を変化させてくれると思う」
かくしてパタコは俺の精霊たちにおおいに気に入られた。さらに精霊たちいわく、植物園や森などの植物の多い場所に霧散している微精霊は積極的にニギニギして固めて連れて帰れと言われた。今後の植生改造に役立つらしい。
先生に禁止されたんですけど……。
隠れてやるしか無いな!
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