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5章_0069話_不安と波乱の授業 3

「戦術魔導学」の授業が終わり、ファッシュ分寮のエントランスに入った瞬間。

ペシュティーノが笑顔で出迎えてくれて「何事だ」と思ったけど、案の定あまり良いことではなかった。


「ケイトリヒ様。このあと、大演習場へ向かいます。今後似たようなことを起こさないために、ケイトリヒ様の魔力量を魔導学院の教師に知らしめることにしようかと。よろしいですね、ケイトリヒ様?」


ニッコリと笑うペシュティーノの目が怖い。

ベイロン先生からペシュティーノに連絡してほしいとは言われたけど、すぐに連絡してどうやらひと悶着あったらしい。笑顔なのにこめかみに青筋を立てるという器用な表情で俺を抱き上げる。


「しらしめたら、もうめんどうなことにならなくてすむかな? ならいいよ」

「申し訳ありません、ケイトリヒ様。私の圧が足りずケイトリヒ様にお手間を……」


いやもう圧はヤメテ。父上といいペシュティーノといい、ラウプフォーゲルの誇りがなんたらって話はわかるんだけど、誰彼構わず圧かけるのはちょっと。


「ああ、スタンリー。精霊様が、渡すものがあると仰ってましたが……」


「はいはーい! 主の命令で作ってたスタンリーの杖が完成したから、ちょーど今から演習場でしょ? 渡しとこうと思って! はい!」


ジオールがガラガラと音がなる布にくるまれたものを無造作にスタンリーに差し出す。


「……これ、杖……ですか?」


スタンリーが受け取って布をおそるおそる開くと、緻密な彫刻がされた杖が複数。

実技試験で生徒たちが持っていた指揮棒のような一般的な杖よりだいぶ長く、50センチくらいあって太さもなかなかにある。ドラムスティックとか乗馬鞭くらいはありそう。


「いっぱい。色もカラフルだね」

「1,2,3……8本も? 赤、青、緑、茶、紫、黄……それに、白と黒。もしや属性別に1本ずつあるのですか?」


「うん、そう。スタンリーの肉体は主の力で再構築されてるから、属性適性は全属性なんだ。それにまあ、生物としての常識の範囲内ではあるけど【命】と【死】の属性をちょっとだけ操ることもできるよ。だから全属性分、分割して杖にしといた!」

「今日これからこの学舎で実力の程を披露すると言うならばその杖が役立つでしょう。御用商人に注文して、8本杖を収納できるホルダーも用意しています」


ウィオラが8色の鋲がついたベルトをスタンリーにわたす。

精霊が商人に注文までできるようになったなんて……! ちょっと感動しちゃった。いつの間にそんな社会性が身についちゃったの。


スタンリーがホルダーのベルトを身につけるのをウィオラとジオールが手伝ってる。左右に4本ずつ杖を携える姿は、俺の感覚で見るとちょっとなんか美容師っぽい。

照れたように杖を1本1本出してはしまい、パッと出す練習みたいな動きをしているスタンリーはなんだかかわいい。


「うん、にいに、なんかかっこいい!」

「あ、ありがとうございます……なんだか、妙に手に馴染む素材ですね。木のようにも見えますが、これは……骨?」


「そう! よくわかったねえ、ファングキャットの肋骨と牙を使った杖だよ」

「スタンリーの肉体には特別馴染みが良い素材でしょう」


「なるほど。さっそく使ってみたいですね」


7刻半(15時)に魔導演習場でケイトリヒ様の魔導を披露する予定ですので、その際に試し打ちをするとよいでしょう。それくらいさせてもらわないと割に合いませんからね」


ペシュティーノがそう言って、スタンリーのホルダーを少し調整する。

少し離れてじっくり見つめ、「うむ、立派です」といってペシュティーノがどこか自慢げに頷く。スタンリーはちょっと照れながらも、嬉しそう。


「おいっ、ケイトリ……おおっ、いた! しかもこんなゾロゾロと!!」


ファッシュ分寮のエントランスホールの大扉を開けて、ジリアンが駆け込んできた。

勢ぞろいしている俺の護衛騎士にびっくりしたようだけど、構わず喋る。


「お、おいケイトリヒ! おまえ何したんだ!? 今、ファイフレーヴレ第1寮の授業に出てたんだけどよ、急に次の授業が自習になったんだよ。きいてみれば、インペリウム特別寮の特別生の実技魔導が見れるって! 特別生ってオマエだよな? もう一気に魔導学院中の噂だぞ! どうすんだ!?」


「……フ。関係ないはずのファイフレーヴレ第1寮の教師まで、授業を放り出して見に来るようですね。それはそれは、願ってもない展開です」


「あ、あの……ペシュティーノさん……?」

邪悪顔のペシュティーノを見慣れないジリアンが完全に引いてる。ドン引きしてる。

ええ、実のところペシュティーノは邪悪顔もとってもクールでかっこいいんですよ?

まあ俺だから言える感想だけど。


「どうせなら多くの人物に観てもらいましょう。魔導学院自慢の演習場の、対魔道障壁が粉々に砕け散る様をその目に焼き付ければ、無神経な発言をする生徒も分不相応な要望を出してくる教師もいなくなるでしょうから」


「こなごなに、くだけちる……」

「ケイトリヒ様、できそうですか」


何故かスタンリーが心配そうに見てくる。


「えーわかんない……」


「主、主。拡散性放出(エクスプロジオン)魔法は本来、術式自体がちょっと上級すぎるみたいだから、すーっごい目一杯魔力を流し込んだ初級魔導でも充分だと思うな」

「先日見学したファイフレーヴレ寮の試験でも、主流はそれぞれの生徒が得意な属性の初級魔導でした」


基本4属性には、それぞれ魔導の基本といえる魔導、つまり攻撃魔法がある。

一番有名で誰もが使えるものが【火】属性の「ファイヤアロー」。呪文の通り、火の矢を作り出して飛ばす一番初歩的ながら誰もが憧れる魔導。

そして次に人気なのが【風】の「エアブレイド」。鋭い風の刃を作り出して切り刻む人気の魔導。これが使えると相当カッコイイ、ってクラレンツが言ってた。


そしてやや地味ながら実用性のある魔導として【土】の「ロックバイト」。これは要はただの「石礫(いしつぶて)」ってとこだ。地味だけど攻撃力は高くて発展性があり、冒険者の魔導士としては派手な【火】よりも【土】が得意なほうが重宝されるらしい。

ジュンとオリンピオが言ってたから間違いない。


最後に攻撃用としては威力も人気もイマイチの【水】属性、アクアボール。

水の塊を生み出してぶつけるという殺傷力は低い上に消費魔力は高いという扱いづらい魔導だけど、使い所によっては役に立つ、らしい。マーマンの魔導士なんかがよく使う術なんだそーだ。そしてそのマーマンの魔導士というのは、冒険者界隈ではかなり恐れられてるって話。何でも極めれば強くなるよね、きっと。


ちなみに魔導の呪文に英語が多いのは、古代から魔導の権威といえば聖殿だったからだ。

古代語(ドイツ語)が呪文になっているものは比較的新しく研究、開発された魔法や魔導に多い。


「じゃあ、いちばん被害がすくなそうなアクアボールで……」

「いえ、むしろ物質を生み出す土や水は危険です。人的被害が出てしまうとそれはそれで問題ですので、魔導演習場の対魔導障壁を壊してくれるくらいがちょうどいいのです」


ペシュティーノ、完全に何かを狙ってない?


「えー? じ、じゃあ……」

「ファイヤアローでよいでしょう。思いっきり魔力を込めたファイヤアローを打ってみてくださいね。私も初級魔導がどの程度になるか興味があります」


呪文はファイヤアローで、思いっきり。作戦は以上。



魔導演習場へ行くと、見物人が観客席にぎゅうぎゅうになるほど詰まってる。

むしろペシュティーノは観客を集める時間を計算して少し間をおいたみたいだ。

衆人環視のうえで思いっきりやれってことですね、いいけど……。


「ヒメネス卿! 私の考えをご理解頂いて光栄に思います」

「勘違いなさらないでください。これは貴方の考えがいかに浅慮で妄執じみたものかを証明するための機会です。私は再三警告しましたからね」


ベイロン先生が出迎えてくれたけど、ペシュティーノは冷たい。やっぱりベイロン先生、話を聞かないというよりポジティブ変換が過ぎて全てを都合よく曲解してる。

かなり厄介なヒトだ。

できれば授業以外では関わり合いになりたくない。もうなってるけど。


「ではさっそく」

「いいえ、スタンリーを先に。彼専用の新しい杖が完成したので、その試し打ちも兼ねて実技試験といたしましょう。スタンリー」


「はい」


ペシュティーノ、主導権をベイロン先生に渡す気が一切ない。でもなんか先生も気にしてない。主導権はあまり気にしないんだ? ちょっとペシュティーノに命令されて嬉しそうな感じがまた厄介。ちょっとペシュティーノのこと好きじゃない? 好きなんじゃない?

困っちゃうよ、そういうの。憧れたり好きだったりするのはいいけど、それを理由に妙に絡もうとしないで欲しいの。


一歩前に踏み出したスタンリーを見て、ベイロン先生はギョッとした。


「杖を8本も? 複数の杖を使い分ける魔導士はいますが、8本というのは」

「貴方の意見は聞いていません。スタンリー。せっかくベイロン先生が作ってくださった機会ですので、しっかり試し打ちさせてもらいなさい」


コクリと頷いたスタンリーが定位置につく。

魔導演習場は弓道場のように、射手が立つ位置が定められていてその先は進入禁止。離れた位置に石のヒト型の模型があり、それに当てるようになっている。


「で、ではスタンリー・ガードナーくんの実技試験です。はじめ」


スタンリーはマイペースに杖を両手に持ち、グリップの具合なんかを見てふむふむしている。そしてホルダーに戻しては、別の杖をにぎにぎ。また別の杖をにぎにぎ。


「ええっと、スタンリーくん」


ベイロン先生の声に不愉快そうに振り向いたと思ったら、次の瞬間は早撃ちガンマンみたいに杖を突き出して巨大な火矢と石礫を繰り出していた。

火と石が着弾する前に次の水球と風刃。4つのヒト型の模型が粉々になるのを見届けて、【光】属性魔導「ライトニング」、次に【闇】属性魔導「ドゥンケルバイツェ」。このふたつは流石に同時発動できなかったみたいだ。


立て続けにとんでもない威力の魔導を連発したせいで、演習場には土煙が舞い、衝撃の余波のような細かい揺れが続いている。


「どうですか、スタンリー。使い心地は」

「はい、やはり馴染みが良いです。せい……いえ、ウィオラ様の仰る通り、私は少しだけ【闇】属性適性が高いようです。同じ程度の魔力を込めたつもりですが、『ドゥンケルバイツェ』だけ威力が一段高くなりました」


「発動時間、威力、正確性、全て問題ありませんね。そうですね、ベイロン先生?」

「えっ!? は、はいもうそれは間違いありません! というか、これはもう帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)でも最高峰と呼ばれるくらいのレベルですよ! これはヒメネス卿が指導なさったのですか!? ケイトリヒ殿下の護衛としても登録されているそうですね、この魔導があれば護衛としては間違いありません!! それに【光】と【闇】の魔導まで使えるとは!」


ベイロン先生は興奮したようにまくしたてる。ペシュティーノもまんざらじゃない感じでドヤ顔である。スタンリーの強みは高い威力の魔導だけじゃない、と言いたくて言えない感じだ。ここにも親ばかが……。


「にいにすごーい!」


駆け寄ってスタンリーに抱きつくと、スタンリーが耳元で内緒話してくる。


「……想像以上にこの演習場の対魔導障壁はもろそうです。あまり思いっきりやると、演習場の向こうの山まで突き抜けそうなので少し加減してください」


「わかった! ねえ呪文なかったけどいまの初級魔導だよね? ぜんりょくじゃないでしょ、どれくらい?」

「……3割程度でしょうか」


「はっ! そういえば無詠唱でしたね! ヒメネス卿は対人戦も想定して魔導士を育ててらっしゃるということですか!? ああ、失礼スタンリーくん、先ほどの魔導はファイヤーボールとロックバイトを同時発動、その後は……」


使った魔導の確認をしている間に、観客席の話を音選(トーンズィーヴ)してみると概ねスゴイスゴイのオンパレードだ。主に女子生徒の声がワントーン高い。

男子生徒は素直にスゴイと称賛する派と、対抗心メラメラ派に分かれるみたいだ。


「ではケイトリヒくん、そろそろ準備はいいかな」


ベイロン先生が小さな子を相手にするように膝を折って優しい声をかけてくる。

いや実際小さいけど、そこまで小さい子あつかいされるとのもちょっと納得いかない。

まあいちいち目くじらたてませんけどもね!


「ふぁい」


てちてちと歩いて所定の位置に立ち、杖を取り出す。

キラリと光る虹色のキレイな光を見ながら、「そういえばファイヤアローっていっぱい出せるのかな」と考えたのが悪かった。


「では、ケイトリヒ・ファッシュくんの実技試験、はじめ!!」


びっ、と杖を前に突き出して、甲高い子供の声で「ふぁいやあろー」と唱えた瞬間、俺の頭上がぶわっ、と明るくなる。

1つ1つは普通に弓で射る矢と同じサイズだが、白く輝くように燃えている。小さな太陽が矢の形をかたどったように光っていて、それがおよそ……1000ほど。

頭上に所狭しと並んだまま滞空している。

あれ、ファイヤアローって射出まで含めて呪文じゃなかったっけ?


「ケイトリヒ様、半分にしてください」

「え、はい」


スタンリーが横から口を挟んできたので、素直にその通りにする。光が半減したので、これくらいでいいか。


「ゆけー」


間抜けな俺の号令を皮切りに、白く輝く矢が次々と石のヒト型を射抜く。

一本貫いただけで内側から爆発するように砕けるヒト型模型がなんだか憐れ。

的より矢のほうが、だいぶ数が多かったね。


「ケイトリヒ様、全部射出してください」

「あい」


さながら光の矢のじゅうたん爆撃。そういえば対魔導障壁をこわすくらいで、って話だったっけ。ついでに壁の方にも矢を飛ばしておこう、と思った次の瞬間には、演習場の壁が崩壊して瓦礫の山になった。それでも俺の頭上の光の矢はまだまだ残っている。


「ああ……ま、魔導障壁が……!」


「え、どうしよう。スタンリー、どうしよう」

「どうしようもありません。全て射出しきるまで壁の向こうの山でも狙ってください」


えー、雑。


土煙の上がる中、光の矢が魔導演習場の壁を越えて、谷の向こうにせり出した部分にどかどかとぶつかって崩落させた。それでもまだ頭上には100を超える光の矢が残ってる。


「ふぇう、どうしよう、ペシュ! ねえペシュ止めてー! 山ぜんぶこわしちゃうー!」


ペシュティーノはキッとベイロン先生を睨んで、俺に駆け寄って虹色の杖にそっと長い指を添える。何やらぶつぶつと呟くと、頭上で射出待ちだった光の矢が全てふわりと消えていった。ホッとした俺がぺたんと座り込むと、スタンリーが抱き上げてくれる。

ちょっと慌てて涙出ちゃった。


「い、今のは……」

「強制術式解除呪文です。ベイロン先生。魔導学院の中の狭い第3魔導演習場でやろうとしてらしたのは、これですよ。貴方に強制術式解除が使えますか? それに備えていましたか? この可能性を少しでも考えていましたか? 貴方の想定がどれほど浅慮でケイトリヒ様を危険に晒したのかご理解いただけたのなら、二度と私の警告を無視しないでいただきたい」


ペシュティーノはスタンリーの腕の中から俺を抱き上げると、踵を返して魔導演習場をあとにした。

観客席は静まり返っていたので、音選(トーンズィーヴ)を使うまでもなかった。



その日の夜は、ビューローから「時間割の組み直しが大変です」と言われた。

どうやら俺の実力を正しく見積もった魔導学院の教師たちから、是非自分が指導したいという申し出が来たらしい。主に魔導関係の授業なので、ファイフレーヴレ寮の授業。

魔導の授業にはどうしてもペシュティーノが口を挟むことになる、という前提があっても教師としては俺を扱いたいんだそうだ。


「あれだけの魔導を見せつけられたら、将来は一角の人物になることはもう間違いありませんからね、まあ教師が殺到するのも当然といえば当然でしょう」


ペシュティーノは上機嫌でペキンダックを切り分けて小さなサイズの米粉の皮に包んで俺に渡してくれる。ちょっとピリ辛のお味噌をつけて、もぐもぐ。

皮目はパリパリで、お肉はしっとり美味しい。シャキシャキした野菜と風味の良い香菜がいい感じのバランス。


「俺も見に行きたかったぜー。演習場の壁をぶっ壊したらしいじゃねえか」

クラレンツが俺の10倍はあるペキンダック包みを一気に食べて言う。ファッシュ家は噛むってことをしないんですかね?


「1週間は魔導演習場が使えないそうだから、実技系の授業は大変だね……ん、このスープは美味しいな!」

エーヴィッツはたまごスープを一口飲むと思わずというように唸った。


「ま、俺等はあまり関係ねえけど、ファイフレーヴレ寮生からはちょっと恨まれるかもなあ。なにせあんなでっかい風穴あけるなんて……その向こうの山までボコボコに壊れて崩れ落ちたからな!」

ジリアンが切り分けられたペキンダックを皮に包むこともせずそのままパクパク食べていく。安定の手順スルー。


「演習場を破壊したのはケイトリヒ様ではなくベイロン先生ですよ、ジリアン様。きちんと責任の所在を明らかにした噂をお願いしますね」


実技試験をすれば演習場の対魔導障壁が破壊されることを警告したにも関わらず、そんなはずはないとたかをくくって強行したのはベイロン先生の判断。だからこそ責任はベイロン先生にある。


「たしかにそーだ。あれだな、監督不行き届きってやつだな」

「まあたしかに対魔導障壁が壊されるとは夢にも思わないだろうけど、ペシュティーノが警告したのなら責任はベイロン先生にあるよね」

「修理代も出すのかな」


「対魔導障壁の修繕費用は学院が4割、ベイロン先生は給料天引きで6割負担、分割払いだそうです」

ペシュティーノはきっちりそこまで話し合った上で実技試験を敢行したらしい。ほんとしっかりしてますね。

まあ学院長の指示に逆らった結果なのだから、処分としては妥当でしょ。

これでしばらくは魔導の授業で無理やり実技を課せられることもないと思えば、まあいい方法だったのかもしれない。



その日以降、学院生活はちょっと快適になった。

俺の魔力の別格ぶりが話題になったらしく「あれは早い時期に魔力指導しないとヤバい」という認識で一致したみたい。まあ事実そういう理由で早期入学になったわけですが。

それに追加して、「護衛騎士も世話係もヤバい」という噂も流れているらしい。

もちろんペシュティーノとスタンリーのことだが、どうやらジュンの噂も多い。


「主はジュンのこと信用してるんだよねッ。じゃああんまり、ジュンのコトは詳しく話さなくていーよね? あーし、ジュンのことも割と好きなんだー」

アウロラとキュアが学院内の噂話と称してベッドに入った俺の枕元でペラペラと報告してくれるのを、俺はウンウンと聞いていたところだった。

ヒト型の2人が枕元にいると、なんだか修学旅行の消灯後のおしゃべりみたいで楽しい。


「うん、ジュンはたぶん、父上か誰かからなにかみつめいをうけてるんじゃないかとおもうんだよね。なので僕はのーたっち」


「さっすが主ィ〜、するどーい。でもここまでね! この件は、ジュンからも言われたけど主は関わらない方がいいってさー」

「ジュンの話などどうでもいいでしょう。それよりも、異世界召喚勇者の少年、タムラ・ルキアの件ですが、授業態度や周囲の扱いを見る限りさほど高い能力は持ってなさそうです。本人も特に異世界召喚勇者であることを吹聴する様子はありませんし、大人しいものです。かの王国の公爵令息とも接触していませんし、主に接触を図ろうという動きもありません。本当に学院には学びに来ただけかもしれませんね」


ころんと寝返りをうってうつ伏せになると、ふわふわ浮いていたアウロラがちょいちょいと上掛けを直してくれる。


「おとなしいのかぁ……じゃあ僕からとくに何かうごくことはないかなあ」


「でもでも〜、ちょっとだけ気になったことがね? ね? キュア」

「ああ……そうですね。そのタムラ・ルキアという少年、何者かから強力な盗聴魔法を付与されています。どうやら監視されているようです」


「とうちょうまほう!?」


監視されている、となると十中八九は王国からだろう。でもなぜ?


「だからね、主はあまり近づかないほうがよさそう」

「もしご希望であれば盗聴魔法をかけた人物までたどることもできなくはありませんが」


「んん、そこまでしなくていい。本人がイヤがってるとかならちょっと考えるけど、いちおう王国のしょぞくだし。僕がでるまくじゃないよね」


再びころんと転がって横向きになる。

透明の球体の中には、子供部屋らしいおしゃれなモビールがあってキラキラしている。

何の素材なのか不明だけど、どうやら微精霊が宿っているらしく、たまにぽわぽわした光が出ていったり入っていったりしている。


「イヤがってるかまではわからないよね」


「聞いてみる?」

「おそらく盗聴魔法をかけられてるというのは、自覚してないと思いますが」


「それってごうほうなのかな」


「法律のことはわかんなーい」

「調べておきましょうか」


「ん〜、ペシュにきいてみよ。ところで、実技試験ですごい魔導だしてた旧ラウプフォーゲルの2人はどんな子?」


事前に聞いている情報としては以下の通り。

シュペヒト領男爵令息、リヒャルト・ギーアスター。シュペヒト領は旧ラウプフォーゲルの中では中堅。4主領と呼ばれるメインの4領の次くらいに力がある領で、今の領主はなかなか野心的だと言われて注目されている。

ラウプフォーゲル王子とのつながりを持つための入学かと思いきや、リヒャルトの入学はだいぶ前から決まっていたそう。今の父上と同じく「ラウプフォーゲルに足りないものは魔術」という先見の明あってこその入学ってわけだ。

リヒャルト自身は火と風の属性適性を持つ、なかなかの逸材。


リヒャルトは真面目で信念のある生徒で、ペシュティーノとガノもアウロラとキュアの報告を聞いて「御学友候補」として申し分ない性質だと認めたそうだ。


「ちょっとまって。僕よりさきにペシュとガノにほうこくしてるってこと!?」

「え〜? ダメだったぁ?」

「彼らは調べることが仕事でもあるという話でしたので、もう少し詳細の報告をしていますよ。必要ならば主にも報告しますが……そんな詳細な報告が必要ですか? ギーアスター家の経済状況や事業、姻戚関係も含みますが」


う、面倒そう。


「いや、いいや……」

「でしょ? でね、でね、リヒャルト・ギーアスターはともかく! もう一人の子がなかなかおもしろいんだよ〜!」

「シュヴァルヴェ領のヘルミーネ・ゼーバッハ。平民ですが、遠戚にあたる子爵家の後援を得て入学しています。火と土の属性適性を持っているので、鍛えれば優秀な魔導士になるでしょうね。そして彼女は土の精霊の加護を受けてます」


「へ、そうなんだ。精霊のカゴもちって、めずらしいの?」


「実を言うとそんなに珍しいわけじゃないんだよね。特に土の精霊は、ニンゲン好きだから〜。一生土を耕す農夫とかは、いつのまにか加護もってた〜なんてこともあるみたいだよ。あ、風もニンゲン好きだけど、加護を与えるのは珍しいかな?」

「興味深いのは、加護ではなく……おそらく、彼女は火と土の属性を含んだ精霊と契約している可能性が高いです。ヒトであの属性適性の高さは、そう考えたほうが自然です」


「精霊とけいやく!」


「まあもちろんあーしたちみたいなのじゃないよ? こっちの姿でぇ〜、言葉もできないような精霊だと思うけど!」

アウロラがヒト型からぽん、と緑色のふとっちょ鳥の姿になってくるくるとモビールの合間をくぐり抜けるように飛び回る。


「しぜんの精霊だよね、きっと」


「そうですね、私達のような人造精霊は主ほどの強力な魔力源がない限りは長生きできませんから、自然発生の精霊でしょう。火と土など複数の属性が混じってるのも、自然発生精霊のよくある特徴です」


「そうか〜……おはなし、してみたいな」


だんだん目がとろんとしてきたので今日のおしゃべり会はそろそろおひらきだ。


緑色の鳥がぽすん、と頭の上に降りてきて、キュアがもぞもぞと俺の背後に回って抱きしめるような形で添い寝。いつの間にかミニサイズのカルとバジラットも集まってきて、頭の周りにいる。


クン、と鼻を鳴らすと森の中のような爽やかな匂い。

よく眠れそう。


変な寝台だけど、精霊が集まってくれるので寂しくないね。

おやすみなさーい。

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