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5章_0068話_不安と波乱の授業 2

初めての授業は全学年共通学科、「基礎魔導学」。

その次は「基礎戦術学」、そして「実践戦術学」に「戦術魔導学」。


4つとも、授業を受けたわけではない。授業の内容はほとんどペシュティーノの教育で終えている。今日この授業に来たのは、修了証書をもらうため。

これらの学科の修了証書をもらわないと受講できない学科があるからね。


そのためにはまる一時間かけて解くノートタイプのテストを受けなければならない。

途中で眠くなったりしないように、朝ごはんを食べた後はギンコの背中でちょっと寝ながらゆっくり教室へ向かい、教室に到着したら先生にテストグッズをもらい、授業の傍らで黙々とテストを受ける。そして終了の鐘がなる前に全問回答してぼんやり授業を聞いています。それを4回繰り返した最終ターン、いまここ。


あと15分くらいかあ。


予想外なことに、お連れのおぬいは手頃サイズのラテさんよりもバブさんのほうが重宝している。

何故なら……魔導学院の机も椅子も、大きいんですよ!

そりゃそうだよね。俺のサイズなんて想定してないもんね。一番最初に受けた授業でそれが発覚して、急いでガノがバブさんを取りにもどった。

それからは教室についたら大体バブさんを座らせて、そして俺がそれに座るっていう儀式が始まる。教室はなんだか生ぬるい、微笑ましいような雰囲気になるのが妙に切ないけどしかたないよね。小さいんだもん。


教卓を中心にした同心円状に配置された机は、後ろに行くほど段差がついて高くなっている。大学の講堂みたい。でも俺とスタンリーのインペリウム特別寮生は、その机の群れから少し離れた教卓の横にある特別席。教師と生徒が向き合う間に、少しだけ教師の方を向いた小さな長机。それがインペリウム特別寮生の席だ。

なんだかお笑い番組の審査員席みたい。


なんてことを考えながら脚をぷらぷらさせて授業の様子や生徒の様子をキョロキョロ見ていると、こちらをチラチラと盗み見てニコニコしている女子生徒が数組いるのに気がついた。横ではスタンリーがまだ黙々とテスト回答を進めているので、邪魔しないように大人しくしてたけど音選(トーンズィーヴ)くらいはいいよね?


「(見て、ちっちゃなあんよをぷらぷらさせて……かわいい!)」

「(ウチの弟も小さい頃はあんな感じだったわ。ああ、ほっぺに触りたい)」

「(灰紫の髪色なんて珍しいわよね。目の色も片方が紫で、片方が黄色なんて……ミステリアスで素敵だわ……婚約者はいらっしゃるのかしら)」

「(修了試験だけ受けに来られたということは、あの光闇(こうあん)(きみ)にお会いできるのは今日限りなのね……)」

「(やば……顔がいい……)」

「(髪の毛サラサラじゃない? 伏し目がちなとこがまた素敵……!)」


……だいたい、俺がかわいいが3、スタンリーが素敵が7って感じかな。

モテてんじゃねえええ!! くうう! なんだ光闇(こうあん)(きみ)って!

さっそく二つ名できてるぅ! 伏し目がちなのは当たり前だろ! テスト中だぞ!

でも自慢の側近です!! 俺のだもんね! ふーんだ!!


鐘がなる5分前、というところでスタンリーがふう、と息を吐いて答案用紙を裏返した。

終わったみたいだ。俺の視線に気づいてニコリと微笑む。


「(あああ笑ったわああぁぁ!!)」

「(やばっ!! やばいわ、顔がいい!!)」


いきなり圧倒的熱量の遠吠えのような声が聞こえてきて音選(トーンズィーヴ)を慌てて解除する。とりあえずこの授業には今日移行出る予定がないけど、スタンリーを狙う女子生徒が出てくるかもしれない……。

今後のスタンリーが心配になる1日だった。


その日の夜。


「あにうえ、1日目のじゅぎょうはどうでした?」


「おお? ヨユーよ、ヨユー」

「ああ、僕も思ってたよりかなり初歩の授業だった。自身の学習進度を少なく見積もり過ぎたかもしれないな……明日にでもバウアーに相談しようと思う」


エーヴィッツの模範的な回答に、先に答えたクラレンツの顔がひきつっている。

ちなみにジリアンは大食堂で友人たちと夕食を食べるので不在。

4年生にもなると友人もいっぱいいるだろうね。


「……クラレンツあにうえは『基礎教養学』でしょ? ヨユーじゃなきゃこまります」

「なんだよ、わりーか!」


「わりーです!」


基礎教養学とは、文字を習ったことがない平民や教育を一度も受けたことがない生徒でも魔導を学べるように、と作られたいわゆる予備学習科目。貴族のほとんどは受けることがないし、平民だって3割くらいしかこの科を選択しない。

そう、さすがアンデッド被害を克服した国、帝国。意外と識字率が高いのだ。


「ほんらいあにうえはっ、そんな学科を選択すべきじゃないということが、じゅぎょうをうけてわからなかったんですかっ!」

「ふっ、復習だよ復習!! 大事だろ! なんだよ、ベッカーと話し合ってここから始めるって決めたんだから、いーだろ!」


ベッカーなら俺がこうやって叱咤することも込みで決めたような気がするけどね。


「で、いつまでそのじゅぎょうをうけるつもりですか」

「さ、3回ってことになってる」


「ふーん? じゃあ、3回目がおわったら修了試験ですね」

「は? 修了試験?」


「僕のみたてですけど……ベッカーはその修了試験、満点じゃないと終わらせてくれないとおもいますよ」

「ちょっとまて、修了試験って」

「僕も今日、いくつか受けてきたよ。言語学に世界史学、あと生活魔法学」


「えっ! エーヴィッツあにうえ、生活魔法学の修了試験、受けたんですか!」

「ああ、簡単な実技試験だけだからね」


「かんたん……どんなないよう?」

「基本属性の【火】【風】【水】【土】を扱えれば通過だよ。ケイトリヒには簡単すぎるんじゃないかな?」


そんなに簡単なのか!

火と水は初めて魔法を使ったときにできたから、イケるかも!

そう思ってパッとペシュティーノの方を見ようと思ったら、カナリアイエローの布が視界を埋め尽くした。


「あー、主はまだやめておいたほうがいいと思うナー」

「同意です。自身に魔力を初めて感じたときに発した魔法を覚えておいでであるならば、今はそれが数百倍……いえ、数万倍になっています。ユヴァフローテツで魔導訓練をされたおかげで、魔力の()()()が拡張されておりますので、調整は以前と比べて困難を極めることでしょう」


ジオールとウィオラが覗き込むように俺の両脇に立っている。

突然現れるのやめてほしーの。エーヴィッツあにうえにはどう見えてるんだろう。


「でも音選(トーンズィーヴ)とかはじょうずになったよ。あれ風魔法だよね」

「自身の感覚器官と直結しているものは、暴発しようがないでしょ。被害を(こうむ)るのが自分なんだから。でもそういうものは、試験には使えないじゃん? 他人に効果がわからないからさ」

「左様。主はヒトが定義した魔術の分類学的に『放出系』と言われる部類……つまりは試験でよく使われる種類の魔導や魔法が、過剰になりがちな傾向があります。過剰な生活魔法はもはや魔導。試験の落第は間違いありません。場合によっては施設の破壊や怪我人が出る可能性もあります」


小難しく辛辣(しんらつ)なこと言ってくるね。


「えー……じゃあ……」

「まずは中級って言われる魔導を使えるようになろ? ねっ! 超上級じゃなくてさ!」

「ジオールの言う通り。主はまず破壊的な魔導からごく普通の魔導まで引き下げる必要がございます」


「ちょう……じょうきゅう……? そんな魔導あるのかい?」

「聞いたこと無いな……」


エーヴィッツとクラレンツがボソボソと話してる。

まあ、俺の生活魔法の試験はともかく全員特に問題なく1日目を終えたようでよかった。



次の日は、「古代言語学:上級」の修了試験を受けるためグラトンソイルデ寮へ。

そのまま本当の初授業となる「都市機構学:基本」を受ける。

スタンリーは家政学の別授業を受けるので、今日は別行動。

護衛騎士はジュンとガノだ。


学内でも護衛騎士がつくことが少し億劫だと思っていた気持ちはもうない。

ギンコの背に乗っているとはいえ、ヒトの多い廊下を通る時は小さい俺など目についていないような生徒もいるからだ。

前世でいうと中学生から大学生くらいの年齢の生徒たちだが、おちゃらけた奴ってのはどこにでも一定数いるもんだね。はしゃいで周囲に煙たがられてる生徒や、身体をぶつけたことを謝ってる生徒もいる。

やりすぎてる生徒を止めるような動きもあるし、元気が有り余ってるだけで荒れているわけではなさそう。


さらに、俺たちを見つけるとサッと道を開けてくれる。

中には少し目礼をしてくれるヒトもいる。


ぼんやりそんな周囲の様子を見ていると、ピタリとギンコが足を止めた。前を歩いていたジュンが止まったからだ。だれかと話してるみたい? よく聞こえない。

急にガノが目の前に立ちはだかって「御髪(おぐし)を直しましょう」って言ってきたのでピンときちゃいました。さては誰かとモメてますね!?


でもほんの5秒もかからないうちにジュンが「先にどうぞ」と言って道を開けてくれた。

なんだったんだろう。


ジュンはその場に残り、代わりにジオールが騎士服を着て先導する。

てかジオール、どこから湧いた? 生徒に見られてないよね?


「……ガノ? なにがあったの? だれかともめた?」

「ええ、ちょっとジュンがやんちゃな子に注意しただけですよ」


「やんちゃ……」

「ほら、授業に遅れますよケイトリヒ様」


ほんとに注意だけ? なにか隠してない?

すごい不安になってきたんですけど!



――――――――――――



グラトンソイルデ寮の敷地に入ったジュンはいつもより過敏だった。

常に張り巡らせている音選(トーンズィーヴ)が、不穏な声を拾ったからだ。


「あのチビガキとその連れにはこの学院の流儀を教えてやらなきゃな」


たしかにそう聞こえた。

ジュンには【風】属性の適性があるため音選(トーンズィーヴ)は驚くほど範囲が広い。

だが、広すぎるがゆえに発言者を特定するのは難しい。


念入りに警戒網を広げていたら、発言者らしき者はすぐに目の前に現れた。

真紅のタイをした、ファイフレーヴレ第1寮の生徒だ。いきがってニヤついてはいるが、口元は緊張しているのか戦慄(わなな)いている。誰かに命令されてきたようだ。

両方向通信(ハイサー・ドラート)でガノが俺に話しかけてくる。生徒の名前、身元、親の人物像まで。そんなことまで覚えてるなんて、コイツどういう頭してるんだか。


「あのぉ、グラトンソイルデ寮って狭いんで。そうやってゾロゾロ側近連れて歩かれるのがすごい迷惑なんですけど」

「だからなんだ」


「……はあ? ……えっと、だから」

「皆が正当だと認めているにも関わらず貴様個人だけが迷惑だと思うことを、なぜ我々が気にする必要がある? 道を開けろ。邪魔立てするならば不敬罪で斬り捨てる」


す、と大太刀の柄に手を添えるとビビった生徒は黙って離れた。実際、少しでも後ろの王子に対して危害を加えるような行為に移ろうとしたら斬るつもりだ。


ガノに目配せし、王子たちを先に教室に向かわせる。護衛予定の通り、俺の離脱に合わせてジオールが現れた。精霊ってのは便利だな。

王子は不思議そうに俺を振り返っていたが、それを見送ると先ほどの生徒に向き直る。

軽い防音結界を張って、声が周囲に聞こえにくくなるようにした。ヒトの多い場所ではこの程度でいい。


「それで、誰に言われて来たんだ。帝国議会議員、リーツ男爵の息子。議員は派閥だとか所属だとか面倒なようだな。言うことを聞かないと父親にチクるとでも言われたか? なにがゾロゾロ歩かれるのが迷惑だ。議員のガキならもう少し一考に値するいいがかりをつけたらどうなんだよ、低能」


真紅のタイをつけた生徒の顔が青ざめ、口元の震えは大きくなった。

……しょせんガキのやることはこの程度か。流石にこの程度で斬り捨てるのはラウプフォーゲルの名に傷がつく。もうすこしデカいことやってもらわないと困るんだよなあ。

御館様には「見せしめ処刑は5人まで可」と言われているけど、見せしめ効果を最大化するにはできるだけ大物でなければならない。ファイフレーヴレ第1寮で息巻いていた奴らがおそらく諸悪の根源だとおもうんだが……ああいうお坊っちゃま連中は本来、直接的にはなかなか手を出してこないものだ。どうにかして首謀者を引きずり出すには……。


どうせこの後は退屈な授業で、待機しかない。

グラトンソイルデ寮は品行方正だと聞いているし、じっくり首謀者を吐くまで適当に締め上げるか……死なせない程度に。



――――――――――――



「あ、ジュンいた」


授業中に戻ってこなかったのですっかり忘れて古代言語学の修了試験テストに夢中になっていたが、教室を出るとジュンが待っていた。


「よう」


「ねえジュンこ、こ……ころしてないよね?」

「そんな簡単に殺さねえって。賊とはワケがちげーんだからよ」


「ほんと?」

「王子、俺を殺人鬼かなんかだと思ってねえか?」


「だってすぐ斬る」

「それが仕事だからだよ。誰でも斬るわけじゃねえからな? えーと次は『都市機構学』の授業だっけ。同じ教室棟だな。少し時間があるけど、どうする王子」


話題変えてきた。ほんとに大丈夫かなー。

でもいきなりどうすると聞かれましても。


ふと窓の外を見ると、ほどよく木陰になったベンチが見える。

俺の視線の先に気づいたジュンが「じゃあそこで」と言ってひらりと窓から出ていき、ベンチ周辺をチェックしてる。護衛に関してはマジメだよね。そこは信頼してるんだけど……。


「ジュンは軽率に見えて、とても慎重ですよ。こと斬り捨てる相手について、判断を間違えたことはありません。その判断の速さと正確さでケイトリヒ様の護衛の要を任されているのです。あまり疑わないであげてください」

ガノが後ろから話してくる。俺としては斬り捨てること自体できればちょっと控えてほしいんだけど、それは無理だよなあ。


「うたがってるわけじゃないよ」

「そうですか?」


次の授業まで四半刻(30分)ベンチで読書をしてカヌレとバニラシェイクを食べて過ごし、その後の「都市機構学:基本」は平和に終わった。

グラトンソイルデ寮は平和だなあ。


やっぱり俺の知らない都市計画の考え方の基本みたいなものがあったよ!

ラウプフォーゲルで習っていた建築学の教師にして建築士、ハンマーシュミット先生はわりと帝国では有名な建築士だということもわかった。

彼に習った建築学はかなり実践的なもので、もうちょっと基本の思想的な部分が理解できたのはよかった。


魔術についても建築についても、俺の知識って基本をすっ飛ばしてちょっとビミョーにレベルが高くて専門的。

一定分野の詳細ばかり知ってて全体像が見えてない状態だったというか。

精霊が提案してきたけど誰も知らなかった「要楔(かなめくさび)」についても、いきなり超重要文言としてテストに出るって。やっぱり基本も必要ってことだね。



「明日はファイフレーヴレ寮のじゅぎょうかぁ……なにか起こったらやだなー」


「ケイトリヒ、どうしてそんなにファイフレーヴレ寮を警戒してるんだい? 魔導を習うだけなんだから、そんなに深く関わることもないだろうに」

「まあ色々ゴタゴタしてるっぽいのはなんとなく聞いたけどよ、俺たち特別寮生には関係ないだろ?」

「いや〜それがそうでもないんだな〜、ファイフレーヴレ第1寮に関しては!」


夕食の席。

エーヴィッツとクラレンツは俺が嫌がっている理由がわからないという感じだが、ジリアンには心当たりがあるらしい。さすが上級生。ゴタゴタの中身を知っている。


「ファイフレーヴレ第1寮の上級生は、ほとんど帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)の入隊が内定してるんだ。たいてい5年生で早期卒業するから、いまいる6年生はそうでもないんだけど一番ブンブンぶん回してんのが早期卒業前、つまり今の5年生と、一部の4年生でな」


「ブンブン?」

「ぶんまわしてる?」

「どういう意味だ?」


「まあつまり、調子に乗りまくってチンピラみてーになってるってことよ!」


わかりにくいよ。


明日の授業で気が重いけれど、ウログチの醤油漬け丼が相手では食欲が減りようもない。

上品な貝出汁のお吸い物を飲んで、甘い豆の煮物を食べて、またウログチの漬け丼。無限ループが止まらない。


「……ケイトリヒの側近の目が怖いからこれ以上は言わないけどな、警戒して損はないと思うぜ。少なくとも実技の授業の時は、エーヴィッツもクラレンツも護衛をつけたほうがいい。身を護るってだけじゃなく、証言者を得るためって意味でもな」


「同じことはバウアーからも言われていて、もとよりそのつもりだった。……だがそんなに酷いのか、ファイフレーヴレ第1寮は」

「ああ、俺も言われたな確か」


さすが、領主の子女の将来を預かる家政科。危機回避意識が高い。


「ファイフレーヴレ寮は毎年、他のどの寮よりも入学者が多い分、退学者も多い。思ったより魔導の才能がないことがわかった、って理由が多いんだけど、その次に多いのは怪我や事故による療養退学なんだぜ。魔導を習うっていう性質上、ファイフレーヴレ寮で万一怪我や事故……なんなら死亡事故になった場合でも、学院は責任を負わないことになってるんだってよ。去年は3件も死亡事故があって、全部ファイフレーヴレ第1寮の授業だ」


死者まで出てくると、調子に乗ったブンブン行為とはちょっと様相が変わってくる。


「いくら責任をおわないといっても、げんいんちょうさはされてるんですよね?」

「それが、わからないんだよな。まあ俺がインペリウム特別寮だからかもしれないけど、ちゃんと説明がされたわけでもないし。もしかしたらファイフレーヴレ寮の生徒は知ってるかもしれねえけど、俺はあまり出入りしてないから。……でも周囲の知ってそーな奴に聞いても、みんなわからないみたいなんだよな」


……アウロラに調査してもらおうかな。


あにうえたちとの夕食のあと、ヒト型のアウロラとキュアとジュンが俺の部屋にやってきた。なにこの組み合わせ?


「主、ファイフレーヴレ第1寮の死亡事故を調査するつもりだったぁ?」


「あ、うん。ちょっと気になったから……なんで?」


「その調査、一度俺がまとめてもいいか? アウロラ様とキュア様の御力を借りて、計画したいことがあるんだ。報告はちっと待っててもらってもらいてーんだけど」


ジュンはこういうことを独断でするタイプじゃない。確実に誰かから密命を受けてるな?

オリンピオかな? いやペシュティーノ? もしかして父上?


「ふーん? いいけど……計画がうまくいったら、ぜんぶおしえてもらえるんだよね?」

「もちろん」


ジュンが動くなら俺はヘンに首を突っ込まないほうがよさそう。

行動はチャラいジュンだけど、仕事……つまり俺に関しては驚くほど真剣。当たり前といえば当たり前なのかもしれないけど、そこは信用してるんだ。

ジュンは俺の不安を決してほったらかしにはしない。


「わかった、まってる」

「さすが王子、オトナだな」


ジュンは俺のふわふわ頭のてっぺんにキスすると「じゃ!」と言って出ていった。


……ま、いいか。



翌日。

「戦術魔導学」の授業は前期が座学メイン、後期が実技メインという、ビューローとペシュティーノが魔導を学ぶ上でイチオシしている学科だ。実技は初級魔導が主軸で、実技の際に中級以上の実力を持っていると判断されたものは次の「応用魔導学」に進める。


授業に参加する生徒はほとんどが新入生の1年生で、残りは2年生や3年生、上級生も稀にいる。人気の授業だが受講資格は無く、ペシュティーノも経験した授業らしいから安心してスタンリーと2人で受けることにしたんだけど。

穏やかそうな男性教諭、ダリル・ベイロン先生が授業の一番最初の説明で放った言葉にフリーズした。


「はい、それでは実技試験が済んでないみなさんは、第3魔導演習場で実技を見せてくださいね。では今から名前を呼ぶ方は、演習場へ移動しましょう」


えー! と、いう顔のまま固まっていたら、当然、俺とスタンリーは名前を呼ばれた。


「あの、せんせい、僕はじつぎは、ちょっと」

「ケイトリヒくん。魔力量が多く、実技試験は免除という話は聞いています。しかしその多い魔力量を測るためにも、実技試験は受けてもらわなければならないんです」


穏やかそうなベイロン先生は申し訳無さそうに眉尻を下げながら、一切聞き入れる様子はなく言い切った。これは手強い。

ガノも実技試験に対し抗議してくれたけど、のれんに腕押し、馬の耳に念仏。

とにかく「これが授業の第一段階ですから」と言うだけで取り合ってくれない。


「……ペシュティーノ様に連絡します。学院長にも話を通しているはずですので」


移動のスキを見てガノが両方向通信(ハイサー・ドラート)でペシュティーノに連絡。一緒にいたエグモントはワタワタするばかりで役に立たない。


第3魔導演習場はテニスコート2面分くらいの広さの場所で、ファイフレーヴレ寮の入寮試験を受けていない生徒、つまりファイフレーヴレ寮以外の生徒が集まっている。人数にすると20人くらいだろうか。先生の指示に従って行儀よく整列している。


演習場に着いてもしぶしぶ、モタモタ、のらりくらりと「実技試験は受けない」という話をしていたらペシュティーノと学院長が現れた。読みどおり! 待ってたよー!

学院長も一緒に来るとはさすがに思ってなかったけど。


「ベイロン教諭。インペリウム特別寮の新入生ケイトリヒ・ファッシュの実技免除については今朝話したばかりだと思っておりましたが」


父上の前では淑女だったドロテーア・ロイエンタール学院長は、部下であるベイロン教諭を前に目を吊り上げている。部下には圧かけるタイプのひとなのね。


「学院長、私は生徒の魔力量と属性特性に合わせた魔力指導を徹底しております。その指示には従えないという話もしたはずです」

「この生徒について、個人の特性を測る必要がない理由も説明したとおもいますが?」


「ええ、ですが私は必要性を感じます」


ベイロン先生はおっとりした性格ながら、学院長の指示に従うつもりはまったくないようだ。うう〜ん、信念を持った異端者。これは一筋縄じゃないかないぞ。


「ベイロン教諭。私はケイトリヒ様の世話役にして魔導の指導役をしておりますペシュティーノ・ヒメネスです」

「ええ、初めまして! お名前はよく存じ上げております! 我々の年代の魔導学院卒業生ならばヒメネス卿の名を知らぬ者はおりません。お会いできて光栄です」


「個人的な判断で魔導実技の必要性を感じ、この狭い第3演習場をお選びになった。そのような主張で間違いないですか」

「ええ! そうです。今まで魔力の多い、少ないの個人差によって魔導の指導がどれだけ個人の特性に合わずに看過されてきたか……」


「貴方の主張はわかりました。教師の個人的な思想を押し付けることで、魔導学院内の施設を破壊を許し、生徒の安全を無視し、ケイトリヒ様にその(とが)を負わせようとしたということで正式に抗議させていただきます。学院長、よろしいですね」


ペシュティーノがまくしたてるものだからベイロン先生もフリーズしてしまった。

学院長はこめかみを揉むように手を当てて、「……受理します」とだけ言った。


「学院長!?」

「私ははっきり申し上げたはずですよ。実技試験は免除すること、と。その理由についてもお話したはずなのに、納得していないことを言わなかったばかりか、報告なしの独断で実技試験を敢行するなど、言語道断です。これは問題ですよ、バイロン先生」


バイロン先生はがっつり学院長に絞られ、その後は俺以外の実技試験を見届けて座学の教室へ戻る。生徒たちの中には、まるで俺がワガママを言っているかのようにちらちらと非難がましい視線を向けてくる者もいる。


……いや、これ悪いの俺じゃないからね!


そう言ってもきっとムダだ。

俺はみんなと同じことができないせいで先生に特別扱いを求めるワガママ生徒。

そういう印象しかないに違いない。


とても不本意!


その後の座学はわかりやすい説明で、ベイロン先生はいい教師だということはわかった。

でも、学院長にあれだけ絞られたにも関わらず自分が悪いとは露ほども思っていないということもわかった。授業の終わりに、困った生徒を呼び出すように俺の名を呼ぶ。


「……ケイトリヒくん。実技試験を受けられないというのは、本当に困った話なんです。私は先ほど申し上げた通り、生徒個人の魔力や属性特性にあった魔導の指導を行いたいと思っているのです。抗議は正式に学院側に提出されるようですが、私からも実技試験の重要性についてヒメネス卿へ説明したくおもいます。この後、訪問しても良いか確認してもらえませんか?」


だめだ、全然受け入れる気ないこのひと。


「べつにいいですけど……」


俺がチラリとガノを見ると、ガノはものすごく嫌そうにペシュティーノに連絡した。

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