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5章_0065話_オリエンテーリング 2

魔導学院入学式、オリエンテーリングのお時間後半戦。

グラトンソイルデ寮、通称「治世科」とウィンディシュトロム寮、通称「商業科」を見終えて次へ。


と、その前に。


「ここが大食堂です。と、申しましてもケイトリヒ様がここにいらっしゃることはほぼないでしょうが……少し見ておきますか?」

「え、こないの。僕、だいしょくどうでもごはんたべてみたい」


「それは……あまり推奨しかねますね。インペリウム特別寮の生徒は全員ほとんど利用しないので目立ちますし、大食堂のメニューはケイトリヒ様のお口に合うと思えません」

「でも特別寮以外のせいとはここに集まるのでしょう?」


「御学友を見つけるために生徒と親睦を深めるおつもりでしたら、なおさらお控えいただいたほうがよいかと。周囲の生徒を緊張させてしまいます」

「そういうものなの?」


インペリウム特別寮以外の生徒は俺のような護衛も側近も付いていないので、必然的にここが「社交の場」になる。そしてその社交は、あくまで身分の低い生徒の集まりでにおいてのもの。別格扱いのインペリウム特別寮生が突然現れれば、身内だけのホームパーティーに大統領とかハリウッドスターが紛れ込むようなもの、といったニュアンスの説明を受けた。つまりは迷惑らしい。切ない。


「もし御学友にしたい生徒がおりましたら、私達にお申し付けください。ファッシュ分寮の昼食に招待しましょう。これは相手が貴族であれ平民であれ、とんでもない名誉となりますので、相手は慎重にお選びくださいね」


精霊の人物鑑定があるから大丈夫でしょうが、とペシュティーノは笑う。


今後も行く予定のない場所に興味はない。

大食堂は建物を眺めるだけにして、さっさとアクエウォーテルネ寮へ。

これは俺がこの学園で一番楽しみにしている寮で、通称「技術科」。


大階段の上に見えてきたアクエウォーテルネ寮は、外観は普通はコロッセオのような円形だ。中に入ってみると内装はファンタジーというよりも、かなりアーティスティック。

まるで建物自体がデザインされた美術館にやってきたみたい。

壁の多くは繊細な絵が描かれ、天井や柱にも面白い装飾が施されていて華やかで楽しい。


「芸術科があるのはウィンディシュトロム寮だったよね?」

「ええ、ここではその芸術科が扱う絵の具や塑像など、材料となるものを開発しているそうです。なのでこれらは装飾用というより、試験場のようなものではないでしょうか?」


なるほど、使用感や完成品の精度を見るための試験場、兼、展示場というわけか。

おもしろい。


大広間が近づくと、笑い声や拍手が聞こえてきた。

「……随分グラトンソイルデ寮とは毛色が違うのですね?」

「そうですね、技術系の学科は興味こそが原動力だと言っていましたから……自由な風潮なのかもしれません」


大広間に入ると、一際大きな歓声が上がった瞬間だった。

グラトンソイルデ寮の倍はいる生徒がコロシアムの観客のように円形になり、中央の簡易的な舞台を取り囲んで何かを披露しているようだ。


「勝者は、アクエウォーテルネ寮のドワーフクィーン! アルビーナ・ローエンシュタインだああーーー!!!」


うおおおお、と地鳴りのような歓声が上がり、俺はこの世界で初めて聞く大きな音に思わず耳を塞いだ。


「おお! いいところに今年度3人目となるインペリウム特別寮の新入生がいらっしゃったようですよ、案内係―!」

舞台上でMCをしている生徒が、俺を見つけて案内係を呼んでくれる。

それを聞いて生徒たちもワッと沸き上がる。


「おおー! 3人も来てくれた! 今年はアクエウォーテルネ寮発展の年だなあ!」

「あっ! ラウプフォーゲルのちびっこ王子様だ!」

「ええ、あの子がインペリウムの新入生!? ちっt……か、かわいいなあ!」


おい、縮れ毛のキミ「ちっちゃい」て言おうとしたな? というかその前の女子はあけすけにちびっこって言ったな! まあ実際ちいさいけども!


すかさずやって来た案内係の生徒が、少し高くなった席へ案内してくれる。どうやら特別寮の生徒が座るために用意された場所らしい。

そこにはクラレンツと、もうひとり女子生徒がいた。


「あにうえ! この寮は(にぎ)やかですねえ」

「ああ、すごく面白かったぞ! ゴーレムの勝ち上がり大会だ、優勝はあのドワーフの女子生徒らしい」

「ゴーレム!? ドワーフ!?」


舞台を改めて見ると、MCの男子生徒の隣に背の低い女子生徒がいてマイクのようなものを受け取っていた。今まさに優勝者の言葉を言うところ、というときに俺達がやって来たようだ。女子生徒の後ろには樽のようなものがあるが……あれがゴーレムだろうか? 動いているところが見てみたかったが、すでに遅かったようだ。数人の生徒に慎重に運び出されていく。


「えー、コホン! ちょっと暴れるつもりだったけど、ラウプフォーゲルの王子がおふたりもいらしたのでちょっと上品に……」

生徒たちがドッと笑う。「無理すんなー」などのヤジが飛ぶあたり、ドワーフの女子生徒は人気者のようだ。


「上品に、ね。上品に……ええっと、『着想を盗んだ』とかいう根も葉もない言いがかりつけてきた奴ら、見たかゴルァ!! アタシに勝ってから出直して来なーっ!!!!」


再び、地鳴りのような大歓声。クラレンツも「やるな、あいつ!」なんて言いながらノリノリで手を叩いて笑っている。

俺は突然のことでポカンと口を開けていたが、笑っている生徒たちは俺の表情も面白かったらしい。なかなか歓声と拍手が鳴り止まない。


「ラウプフォーゲルの王子に、王国の姫君! 優秀な技師をお探しでしたら、是非アクエウォーテルネ寮の者をお選び下さい! ちょっとくらい言う事聞かなくても、好きにやらせればいい仕事しますよ!!」

女子生徒は壇上の俺達におどけるように一礼してそう言うと、再び大歓声。

「そりゃお前だけだろー!」「いいぞ、もっと売り込め!」などの声が聞こえる。


ようやく楽しげな空気に飲まれることを受け入れられた俺は、笑いながらクラレンツを見る。その向こうにはものすごく不機嫌そうな令嬢が、汚いものを見るような目で生徒たちを見ている。時折嫌そうに顔を(しか)め、側近に「早く行きましょう」と言う声が聞こえた。


暗い色のドレスに腰までの短いマント。マントの側腕部分の入った紋章から見るに王国のどこかの領の姫君のようだが……何故この寮の見学に来たのだろう? 側近たちは(いさ)めるような言葉をかけていたようだが、しびれを切らして立ち上がった。

令嬢は俺の方へ歩み寄ると、先程おもいっきり(しか)めていた顔には、恥ずかしそうに咲きほころぶ花のように可憐な笑顔を浮かべて自己紹介してくる。

変わりかたすごい。


「ラウプフォーゲル公爵のご子息、ケイトリヒ様。申し訳ありません、気分が優れず中座致しますがご挨拶は改めて……オロペディア王国はベビディア領、ブライトウェル家のニンファディアと申します。また、夜の会食でお会いしましょう」


「ニンファディア様、ごきぶんが悪いなかごあいさついただきありがとうございます。私にかまわず、どうかごじあいください」


事情が事情なので名乗りを割愛して俺がニッコリと笑うと、ニンファディアもそれに応えるように控えめにニッコリ微笑む。今まで会った生徒では最も貴族的な反応だ。

しずしず、という擬音がよく似合う歩みで令嬢が大広間を去ると会場にはところどころからあからさまな声が聞こえてくる。


「何、あの女?」「平民臭い、とか聞こえたな」「自慢じゃねえが平民だしな!」

「いくら帝国に女が少なくったって、あんな嫌な女、願い下げだぜ」

「姫君だかなんだか知らないけど、感じわるーい」


「ペシュ、そういえば僕たちいがいにインペリウム特別寮に入る生徒はなんにんいるの」

「先ほどのニンファディア嬢と、あと2人です。お一人は先ほどグラトンソイルデ寮でエーヴィッツ様の隣りに座っていた共和国首相の令息、ダニエル・ウォークリー。共和国には爵位制度がありませんが、国家元首の子息ということで侯爵子息相当の扱いをするようにと通達がありました」


おや、帝国の仮想敵国であるはずの共和国からも留学生がいるのか。

しかも国家元首の息子って、相当な身分じゃないか? どうして帝国へ留学しているんだろうか。


「最後のお一人は最もご興味がおありかもしれませんね。帝国、完全なる中立領と言われているゾーヤボーネ領マルクト伯爵令息、イザーク・ジンメル様です」

「ゾーヤボーネ領……ゾーヤボーネ(ダイズ)!! おしょうゆとおみその材料! 仲良くしなきゃ!」


それを聞いてペシュティーノがニッコリ笑った。

インペリウム特別寮同士で仲良くするのは問題なさそう。


平民嫌いの王国の姫君に、共和国の首相の息子。そしてダイズ少年!

先ほど挨拶した姫君は特にアクエウォーテルネ寮に興味があったわけではなさそうだ。としたら親か誰かに言われて見に来たのかな?


「オリンピオ、ベビディア領のことはわかりますか?」

「はい、王国では中領地と呼ばれる中堅に位置する領地です。たしか建国以前よりずっと帝国寄りの思想だと聞いています」


王国の領の多くは帝国との食料貿易を望んでいて、その多くが親帝国派と呼ばれているそうだ。ベビディア領はその筆頭。なるほど、姫様を留学させるだけある。なんなら帝国の有力者に嫁いでもらいたいっていう思惑もあるかもしれない。


ゴーレムの大会を見逃してしまった俺に、先ほどの案内係の女子生徒が「この日のために作られた自慢のゴーレムをご覧になりますか」と打診してきた。これは乗るしかない!!


「ぜひ! みたいです!」

「……王子殿下は魔道具の設計や構造に興味をお持ちです。案内をお願いします」


女子生徒がくすくすと笑いながら案内してくれた。

ペシュティーノが耳元で「直接話してはいけないと何度も申しているでしょう!」と叱ってきた。えー! それ魔導学院でも生きてるルール? そんなんじゃ御学友どころか生徒がよりつかなくなっちゃうよ。


お口をブーの形にしていると、ペシュティーノがむにゅっとほっぺをつまむ。

「授業が始まったら撤廃しますから、オリエンテーリングの間はそのようになさってください。わかりましたね?」


ふぁーい。


クラレンツも一緒についてきて、案内されたのは工場のような倉庫のような場所。ゴーレム戦の待機場所となっているようだ。大小様々、木製や石製、謎の材料でできたゴーレムが間隔をあけて佇んでいて、中には壊れているものもある。


「これぜんぶゴーレムなの!」

「ええ、そうです。毎年、新入生への寮紹介も兼ねた勝ち抜き戦のために皆、1年かけてゴーレム制作をします。勝ち抜き戦の条件は毎年変わり、今年は……ああ、アルビーナがいますね、少々お待ち下さい。アルビーナ! アルビーナ、ラウプフォーゲルの王子殿下がお見えですよ」


今のは俺の独り言に案内役の女子生徒が勝手に反応したからセーフ!

先ほどの樽のようなゴーレムを囲んでいた数人の生徒の中から、ひときわ小柄で恰幅のいい女子生徒が勢いよくこちらを振り向く。先ほどドワーフクイーンと紹介があったが、本当にドワーフなのかな。


「ええっ!? わ、わざわざ格納庫まで来るとかマジ!? やっべ、アタシ顔にオイルついてない? 髪の毛にバリ|(加工の際に出るゴミ)ついてない!?」

「いまさら取り繕ってもムダだよ、腹決めて行ってこい!」

「そうだよ、そんなこと気になさる王子ならきっとここまで来ないよ」


周囲の生徒から励まされ、居心地悪そうにこちらへ歩いてくる。


「ど、ども……えと、アルビーナ……です」

「アルビーナは今年の3年生を代表する技師です。帝国ウンディーネ領のローエンシュタイン男爵の後援で入学したドラッケリュッヘン大陸の出身者で、いまはご両親ともにこのゼームリング魔導学院の試験都市にお住まいになっています」


「ドラッケリュッヘン! ウンディーネ領がこうえん……」

「なるほど、才能あふれる技師でいらっしゃるようだ。ケイトリヒ様、ゴーレムについてはお尋ねにならなくてよいのですか」


「お、俺が聞いてもいいか?」

クラレンツが目を輝かせて一歩踏み出す。おお、珍しいことだ! ここは譲ろう。


アルビーナは砕けた口調のクラレンツを大いに気に入ったようで、ゴーレムの動力機関の仕組みや素材の研究の経緯などを流暢に説明している。これは先ほどの啖呵(たんか)の通り、「着想を盗んだ」人物には決してできない堂々とした説明だ。


「魔石では費用がかかりすぎるので、ウンディーネ領でよくとれる『燃石(ねんせき)』を併用して出力を上げています。苦心したのは燃石(ねんせき)の炉の重さをゴーレムに搭載するところで……」


燃石(ねんせき)って、黒い? ウンディーネ領でどれくらいのまいぞうりょうがあるか、ちょうさしてる?」


「えっ? あっ、はい、黒いです。黒くて、ツヤがあります。埋蔵量は……正確じゃないんですけど既存の鉱山で見つかって、相当な量があるって領主様が仰ってました。ドラッケリュッヘンでは昔から魔法が使えない先住民が料理とかに使ってましたから、私は馴染みのある素材なのですが。ただ掘り出したままの状態だと燃え方が不安定なので、私の研究では一度蒸し焼きにして……」


これは推測にすぎないが、燃石(ねんせき)は、おそらく前世でいう石炭ではないか。そして石炭を蒸し焼きにして燃料をとして精製する、石炭コークス。

前世で木炭から石炭、そして石炭コークスの発見によってもたらされたものといえば、イギリスのエネルギー革命、製鉄業の発達、そして産業革命。


たしか、俺の事業で余ったカネは旧ラウプフォーゲルではなく、中立領……しかもまさにその先陣としてウンディーネ領に向けられていると聞いた。


「ペシュ、ちちうえにれんらくして。僕のみたてがまちがってなければ……その燃石(ねんせき)には、とんでもない価値がある。魔石並のエネルギー源になりうる」

「それは……承知しました、すぐに」


「あの、王子殿下……」

「ケイトリヒ、何話してんだ? 説明、つづけてもらっていいか?」


「あ、はい! アルビーナ、燃石(ねんせき)を蒸し焼きにして火力を高める技術はすばらしいですね! 僕もアルビーナの技術研究にきょうみがあります」


アルビーナもクラレンツも、後ろにいるアクエウォーテルネ寮の生徒も、「そこ?」という感じで顔を見合わせて曖昧に笑っている。ゴーレムには他にも色々な技術が使われているんだけど、それは彼女のもの。だがエネルギー産業についてだけは、おそらく極貧のウンディーネ領だけでは事業化できない。彼女にはできないことだ。

つまり、俺やラウプフォーゲルが関わる理由と動機がある。


アルビーナは俺の言葉に、素直に嬉しそうに笑う。

「興味をもってくださり、ありがとうございます! あの、でも、えっと……アタシだけの力じゃないんです。チームが……つらいときも支えてくれる仲間がいてくれたおかげです。彼らのことも紹介していいですか? アイデア出しにも色々協力してくれましたし、腕も確かなんですよ!」


樽型のゴーレムに集まっていた男女8人の生徒がアルビーナに呼ばれて集まる。

学年も出身もバラバラで、本当に気の合う仲間だけが集まったという感じだ。

そしてそれはアルビーナを中心にしている。彼らはいずれ独自の工房を立ち上げ、活躍するかもしれない。


それからあとは案内係の女子生徒におおまかな授業内容の説明を聞いて、パンフレットをもらって見学終了。

授業内容も興味深いが、アクエウォーテルネ寮は人材(金のなる木)の苗木の森だ。

ウィンディシュトロム寮からカネの匂いがするとしたら、ここはカネの()()となる技術が集う寮。見逃せない技術がいっぱいだ。

投資先は細かくチェックしとかないとね!



アクエウォーテルネ寮を後にし、最後はファイフレーヴレ寮。

コロシアム型の寮をでると、すぐ左に見えるのは以前見学した魔導演習場。


「ファイフレーヴレ寮のオリエンテーリングは魔導演習場で行われています。陣頭指揮をとっているのは第1寮の教師でしょうから、あまり近づかないためにも観覧席から参りましょう」


ペシュティーノが言うと、先頭のジュンと魔導騎士隊(ミセリコルディア)たちが観覧席へ向かう。が、観覧席の出入り口は学院の衛兵が立ちふさがっていた。


「申し訳ありません、現在ファイフレーヴレ寮の新入生オリエンテーリング中のため、この出入り口は封鎖しております。観覧席へは下の魔導演習場を通ってお入りください」


それをしたくないからここに来たってのに。


「おい、お前ら学院の衛兵か? それともファイフレーヴレ寮の犬か? 後ろにおわす我らの主を知らねえとは言わせねえぞ、貴様その発言に責任を持てるんだろうな?」


声を荒らげないジュンの脅迫じみた発言に、衛兵はすこしたじろいでジュンの背面にぞろぞろと並んだ列をチラチラと見る。


「い、いくらインペリウム特別寮のお方とはいえこれはファイフレーヴレ寮の……」

「インペリウム特別寮がなぜ特別って言われてるのか、知らねえわけじゃねえよな? それともあれか? お前ら学院の衛兵は、ラウプフォーゲルの覚えを悪くするように言われてんのか?」


衛兵たちはラウプフォーゲルと聞いて肩を跳ねさせた。


「し、失礼しました! 帝国の双月、ラウプフォーゲル公爵閣下のご令息とは存じず……お、お通しいたしますのでお待ち下さい!」


貴族の生徒たちはひと目みただけで俺が何者かわかっていたが、衛兵までは行き通っていなかったようだ。衛兵は慌てて周囲の仲間に知らせ、縦長の大きな扉を開けた。


廊下を抜けた先は野球場のVIP席のような部屋。廊下と部屋の間に扉はなく、中の様子はすぐに見えた。身なりは立派だが椅子の座り方や表情はチンピラじみた生徒が、いきなり現れた俺たちをジロリと睨む。


「なんだアイツら? ……おい」


一番エラソーにしていた青年が、周囲の生徒にあごをしゃくって「行け」と言う。

こいつがこのチンピラグループの親玉か。なんというか、ものすごくわかりやすいし、典型的というか。


「ケイトリヒ様、観覧席のお部屋が掃除されていないようなのでしばしお待ち下さい」


ジュンが俺の方を向いて笑顔でそう言うと、ペシュティーノが部屋の中が見えない位置まで下がる。何人かの魔導騎士隊(ミセリコルディア)とスタンリーが小走りで部屋に入っていった。


「にいに!」

「スタンリーはいいのですよ。お掃除を手伝うようです」


一瞬怒号のような声が聞こえたが、すぐに遮音結界のようなものが張られてなにも聞こえなくなった。スタンリーはこのために入ったのか。


待つこと体感5分、遮音結界が消えてスタンリーが「どうぞ」と迎えに来た。

……こ、ころしたりしてないよね?


ペシュティーノに抱っこされたままドアのない間仕切りをくぐると、ジュンと魔導騎士隊(ミセリコルディア)が奥で背面に何かを隠すように立ちふさがっている。

どうやら奥にも通路があって、そっちからチンピラじみた生徒たちを追い出したみたい。


「ジュン、ころしてないよね?」

「さすがに子供相手にそこまでしねぇよ」


いやいや。魔導学院の高学年は十代後半から二十代前半。ジュンと同じか、少し上、ってくらいだからね?


スタンリーが正面の窓ガラスにちょんちょんと触れると、階下で繰り広げられているオリエンテーリングの内容が聞こえてくる。


『……授業の説明は以上。ではこれから、クラス分けの実技試験を行う。成績優秀者は第1寮へ、そうでないものは第2寮となる』


「せつめいおわっちゃった」

「そのようですね。分寮に戻りましょうか」


え。衛兵に凄んで、チンピラ生徒を蹴散らしたのに、もう戻っちゃうの?


「実技、みたいです」

「楽しいものではないと思いますよ。しばらく学んだ上級生と違って、まだ指導を受けていない生徒の実技ですからね」


『入学届の届け出順に名前を呼ぶので、名前を呼ばれたものは速やかに前に出て規定の魔導を放つ準備を……』


階下の演習場では実技試験の説明が続いている。


「しどうを受けてないのに魔導うてるものなの?」

「いえ、最初から魔導が放てる者は程度の差はあれ1割から2割程度です。魔導にもならない魔法レベルを含めると6割から7割は初見で出せますよ」


「じゃあ、のこりの3割は魔法も魔導も出せないってこと?」

「一般的な12歳の子供の全体で見ると、割合は逆転します。それなりに優秀な者が集められているということです」


優秀な新入生の魔術をよく見たくて立ち上がると、ペシュティーノが抱き上げてくれた。

何やら実技試験そっちのけで教師たちが話し合いながら、ちらりとこちらを見たような気がした。なんだろう?


「失礼しまッ!?」


奥から誰かが部屋に入ろうとしたところを、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の兵士が剣で止めた。おいおい、攻撃的だな!


「無礼者、今この場におわすのはラウプフォーゲル公爵閣下のご令息。近づく前に礼を尽くすべきであろう」


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員が低い声で唸るように言う。

そうなの? そういうものなの?

もうほんとこの学院で友達も御学友もできる気しない。


「だから、いま失礼しますと言ったでは……!」

「高貴なるお方の眼下にまみえるのに、たったそれだけで済ますのか。中央貴族ではそれが礼儀なのか?」


「あのー、ペシュ? 学院の基本理念に『身分に関係なく平等に学びを』って、書いてあったよね……?」

「それがどうしました?」


「さっきの()()も、今の話も、ちょっときびしすぎるんじゃ……」

「ケイトリヒ様。平等と無礼は違います。公爵という立場は、帝国の太陽たる皇帝陛下の次に尊い身分。おいそれと勝手を許してはならないのです。礼儀を学ばずに卒業した後、無礼を理由に手打ちになってはその者こそ憐れでしょう。それに、平等なのはあくまで学ぶことに対してです。爵位を無視した態度が許されるということではありませんよ」


メンドクサー。


「……ラウプフォーゲル公爵閣下ご令息、ケイトリヒ・ファッシュ殿下にお目通り願いたく参りました。私の名はベルント・ジールマン。帝都ジールマン男爵の長男、ファイフレーヴレ第1寮の4年生です。フィンガー先生の言付けをお伝えしたく存じます」


「では、今ここで申せ」


「はっ? い、いえ。ですから、王子殿下にお目通りを……」


「断る。言付けがあるなら今ここで申せ」


ジュンが持っている刀は、異世界で鍛えられたものらしいがジュンの強化魔力の影響もあり、ありえないほどよく切れる。立木も大型魔獣も一刀両断する切れ味だ。

それと同じくらい言葉による切り捨て方がすごい。

取り付く島もないとはこのことだね。


「……クラス分けの実技試験に、その……王子殿下も、参加するように……いえ、参加してほしい、と」


「断る。去れ」


被せ気味に断った!?


「あの、しかし私は伝令で……」

「断ると言ったのだ。聞こえなかったか? そのまま伝えればいい」


ス、とジュンがおもむろに刀の柄に手をかける。

その瞬間、「し、承知しました!」と言って男子生徒は踵を返して走り去った。階段を駆け下りる音がここまで響いてくる。


階下を見ると、実技試験は続いている。


ふと実技試験を行うための生徒の行列を見ると、周囲よりひときわ暗い、ひときわ艶のある黒髪の少年がいる。ダークブラウンとか、ダークブルーとかではなく完全な黒。


「あの、くろいかみ」

「……ほう、随分と珍しい色合いですね。ジュンと少し似ています。ラウプフォーゲルでは暗い髪色の者が多いですが、ジュンのような黒髪は珍しい……もしや」


ジュンの祖先は異世界召喚勇者。

染めていなければ、日本人を含めアジア人の多くは黒髪だ。


「キュア、アウロラ」


「はーい、承知!」

「調べてまいります」


黄緑色のふとっちょなトリと、青い水でできたふとっちょ金魚が空中に一瞬現れたかと思うとフワッと消える。


その瞬間、「ドン!」と大きな音を立てて魔導演習場に2つの大きな炎が舞い上がった。

魔導を放った生徒を確認すると、濃い緑色のカーリーヘアの女子生徒と、赤茶色の髪の男子生徒。


「キュア、アウロラ。ついかちょーさいらい!」


俺が独り言のように言うと、目の前に青と緑の微精霊のようなものがチカチカッと瞬いたので多分「了解!」の意味だと思う。


「1年生であんなにつよい魔導つかえる生徒もいるんだねえ!」

「そうですね……ただ、あの生徒はおそらく第2寮になるでしょうね」


「あんなにつよいのに!? あ……もしかして、中央貴族じゃないから?」

「ええ、女子生徒はシュヴァルヴェ領の平民。男子生徒のほうはどうやらシュペヒト領の男爵令息のようです」


シュヴァルヴェ領もシュペヒト領も、旧ラウプフォーゲル領。

確かに、中央貴族からしたら取り立てていいことなんてひとつもなさそう。


「旧ラウプフォーゲルの生徒なら、魔導騎士隊(ミセリコルディア)にスカウトできないかなー」

「いいですね。確かに、帝都の魔導士隊には入れないでしょうから、こちらでスカウトしたほうが彼らのためになるかもしれません」


帝都の魔導士隊?


「帝都にも魔導士隊があるの」

「ええ、『ヴァルキュリア』などと仰々しい名前を持っているにも関わらず、年に2回しか出征しない形だけのアンデッド討伐の魔導士隊ですがね。何せ隊長が救いようのないぼんくらですので、致し方ありません」


「それは、もしかして」

「ご明察です」


まだ何も言ってませんけどね!


魔導学院のファイフレーヴレ寮と癒着し、成績操作まで手掛ける人物。そしてそのヒトは帝都のアンデッド討伐のための魔導士隊の隊長を勤め、ファイフレーヴレ寮の貴族の子女の入隊を斡旋する。そのことで何らかの見返りを得ていることが容易に想像できる。


なんてわかりやすい悪代官的な。


ラウプフォーゲルの政敵で、学院と癒着していて、帝都で魔導士隊を好き勝手している。


「なかなかのクズですね、そのシュティーリ家のちょうなんとやらは」


「ウッグッ、ブッ……ゴホッ!! ゴホッ、ゴホン! ケイトリヒ様、あまり直接的な物言いをしてはなりません……ょ……ゴホ、ゴホンッ!!」


ペシュティーノ……めっちゃニヤニヤしてて全然説得力ないよ。


ふとガラスの向こうの階下を見ると、メガネをかけた若い教師がこちらを忌々しそうに睨んでいた。


うーん。

ファイフレーヴレ寮の授業は、こんご波乱のよかん!!

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