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4章_0060話_入学準備 3

2月(イェーガー)に入った。


白の館はどこに行ってもバタバタと忙しそう。

魔導学院の寮に運ぶものとそうでないものを話し合う使用人たちの声が常にしている。

それに俺に付いてくる使用人と残る使用人の間で仕事の引き継ぎみたいなものも。


「せっかく作ったのに、この館とはしばらくおわかれかー」

「おや、お気に召してらっしゃったのですね。最初は豪華すぎると不満そうでしたのに」


館のメインホール、5階分の吹き抜けの天井近くから眺める景色は圧巻だ。

ペシュティーノが後ろから抱きかかえるようにしながら手すりに座ってぼんやり慌ただしい館の様子を眺める。


「ていえんの管理も、使用人がやってくれるの?」

「はい、基本的には庭師が手掛けますが精霊様が『分霊体』を出して補助するそうです」


「ぶんれいたい? とは?」

「なんでも、肉体を持たない精霊様はその存在をいくつかに分けることができるそうですよ。白の館には6柱の精霊様がそれぞれ分霊体を置いて管理するという話です」


ほえー。なんでもありだね、精霊。


「おいしいお野菜とどけてほしい」

「ええ、それも依頼してあります。ご心配なく」


この世界にやってきて、初めて手に入れたいわゆる「持ち家」だからか、やはりちょっぴり名残惜しい。まあ、学校が終わったら普通に戻ってくるんだけどね。

ふと天窓を見上げると、高い空にはオベリスクが伸びている。


「そういえば兄上たちはいつ寮に入るんだろ。僕ひとりだったらちょっとさびしいな」

「ケイトリヒ様が2週間前に入寮されると聞いて、エーヴィッツ様とクラレンツ殿下はその1日後に合わせたそうですよ。ジリアン様は毎年新学年が始まる2日前に入寮されるそうですが、今年は引っ越しがあるため1週間前と聞いております」


「そっかー! 兄上たちとお勉強できるんだね!」

「……そうですね、ケイトリヒ様がお誘いになればきっとクラレンツ殿下も渋々でも予習を進められることでしょう」


ペシュティーノ、クラレンツのことわかってるね。


「側近つれてくるかな」

「クラレンツ様は使用人が3名、護衛を兼ねた側近が2名と聞いております。エーヴィッツ様も同様で、ジリアン様に至っては使用人も護衛もおりません」


「えっ、それふつう?」

「あまり普通ではありませんね。貧しい領でも領主令息となると側近の1人くらいはつけるものです。しかしジリアン様ご自身が強い意志で不要と仰ったそうですね。最初はインペリウム特別寮に入ることも拒んでいたとか……理由は聞いておりませんが」


「そういうおとしごろかな。……ところで僕には側近なんにんつくの?」

「護衛は登録上では30人。これはギンコたちと寮の警備をする一般兵も含んだ数です。使役獣が3頭、これはわかりますね。そして側近が3人、私とガノとスタンリー。私以外の2名は護衛を兼ねております。さらに使用人が5人。ミーナたちです」


多いな。

護衛騎士の多くは、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員も含まれるんだそーだ。

なんか……学校とは? みたいな気分になるんだけど……。


「ケイトリヒ様、学院の制服が仕上がりましたのでご試着をお願い致します」


よこからディアナがヌッと現れてちょっとびっくりしちゃった。

ペシュティーノからひょいとディアナに手渡されて、衣装室へ。


「ディアナはお城にもどるの?」

「ええ、在学中のケイトリヒ様にはほとんどお召し物の新調が必要ございませんから。しかし衣装が必要となったらいつでも馳せ参じますよ」


制服だもんねー。


そう思って衣装室に行ったら、なんか前に見た魔導学院の指定制服と全然ちがうデザインの制服があった。これは……制服?


「えーと、魔導学院のしていせいふくは、黒っぽかったような」

「ええ。ケイトリヒ様に暗い色は似合いませんので、生地から変えました。デザインも地味でしたので、刷新しております」


それはもはや制服なのか?


心配になってペシュティーノを見るが、目の前の俺サイズマネキンが着ている服を見て満足そうに頷いている。いいんだ……。ぼんやりしていると何故かスタンリーとガノもやってきた。俺の制服姿が見たいの?


なんか納得いかない感じでマネキンに近づくと、お針子たちの光速追い剥ぎ&お着替え。

手際よくぱんつ一丁にされ、手際よくシャツにタイツに……と着せられていくと思ったら途中で止まってガノとスタンリーに説明しだす。あ、そうか。今度からお着替えはスタンリーとガノがやるから、わざわざ来てくれたんだ。


「普通のシルク(セーリクス)は水に弱いのですが、水マユと混合しておりますので汗をしっかり吸って蒸れません。下着にも水マユ混合の布を使っておりますので、ほどよい密着感が……」


俺のかぼちゃぱんつがグレードアップして水マユシルクになった。

なんで下着を虹色に光らせる必要があるのか。答えは見栄えではなく、機能性らしい。

ブリーフタイプのおぱんつも用意されていて、それもまた虹色に輝いている……。


「これ、いくらするんだろ」

「ケイトリヒ様はそのようなことお気になさらなくてよろしいのですよ」


説明していた紺色の髪のお針子が、圧を感じる笑顔でニッコリするので黙った。

貴族が、しかも子どもがカネの話をするのは本当に嫌がられるみたいだ。

なんでしょう、被扶養者ならともかく、僕、稼ぎ頭ですけれど。


制服はベストに手袋、首元はジャボとリボンとタイの3パターン。華やかにしたいときはジャボで普段はタイを使い、気分を変えたい時はリボンを使ってね、という話。

ジャケットはダブルボタンで、さらにその上にマントを羽織る。これも指定があったはずだけど……まじ制服の設定どこいった?


「ほう、これは……素晴らしい。確かに指定制服はケイトリヒ様に似合わない色合いだとは思っておりましたが、これならば文句なしによくお似合いです」


ペシュティーノがどこか得意げに言うけど、俺に合わせて作ったんだから似合って当たり前だからね? ラウプフォーゲル貴族は貴族っぽくないと思っていたけど、やっぱり見栄えは気にするみたい。


「制服って、こんなに変えてもいいの?」

「御館様が許可すれば、それは皇帝陛下も無下にできない決定です。ケイトリヒ様もに何かダメだと言える者はあの学院にはいないのですからね」


父上……。

中身が俺じゃなかったらたぶんワガママ王子が育成されちゃうよ?


「あつい」

「シャッツラーガー領は、ラウプフォーゲルと違って夏でも冷え込む日があります。さらに魔導学院は高山地帯にありますので、夜は冷えますよ」


「でもどうせ寮はてきおんだし、ちょーんまほうかけてくれるんでしょ?」

「調温魔法は……ケイトリヒ様の練習に、言われるまではかけないでおきましょうか」


ペシュティーノが突然のスパルタ! 寒いと風邪ひいちゃうよ!


「大丈夫ですよ、ケイトリヒ様。調温魔法がなくても、このマントがあればぬくぬくですから」


裏側がボア生地のマントは、ふんわり包み込まれるとあったかい。

いやいますごい暑いから脱がしてほしいの。


「あ、このてざわり……バブさん」

「よくおわかりですね! ケイトリヒ様がお持ちのレディ・バーブラに使われている貴重な「雲綿毛」の繊維を防寒用にアレンジしたものだそうですよ。ハービヒト領の新製品です! まあ、貴重と申しましても水マユほどではございませんけれどね、おほほ」


マントのフードを被せられてかわいいコールを堪能し、運動服に着替えて再びかわいいコール、作業服を着てまたかわいいコール、水泳服を着て以下同文。もう飽きました。

思い返してみると、学校っていろんな服があるんだなー。



今日のお昼はカレー。

俺がお肉をもりもり食べるから、ペシュティーノもお気に入りのメニュー。

ちょっぴりクサイお肉もトロトロになるまで煮て濃いめのスパイスで味付けしちゃえばたいていイケる。カレー最高。


「ケイトリヒ様、魔導学院の寮に温室を作っていただけるそうですね! ありがとうございます! ユヴァフローテツの庭園より、もうちょっと整理された見栄えの良い農園を作りたいと思いますので、そのぅ……土地をお借りできないでしょうか?」


でっかいカローテ(にんじん)を口いにれた瞬間、レオが話しかけてきたものだから目を合わせたまま10秒ぐらいもぐもぐしてた。


「おんひふあうんあ。はふみみらけろ、レオがふくりたいやはいなあきっほへいえいもきょうよくしへくえうほおもうぉ」


「ケイトリヒ様、口にものを入れたままお喋りにならないでください」

「ぺ、ペシュティーノ様。ケイトリヒ様は今ちなみに何と……?」


「温室がある事が初耳だそうですが、レオ殿が野菜を作りたいと言うならば精霊様も協力するはずだと」

「よくわかりましたね? 実は白の館のもりもり農園についても少し間引いて、見栄え良く調整しようという話が出ておりまして。その間、魔導学院の寮にいくつか避難させて、引き続き精霊様と研究したいと思っております」


レオ、農園って呼んでるけど正確には温室庭園だからね?

透明度の高いガラスを使った温室は、貴族の中でも特に富の象徴らしい。そんなの魔導学院の寮にこれ見よがしに作れと指示しちゃうあたり、父上の思惑が見える。

作ったのは精霊なんですけどね。


「そういえばさとうきびはどうなってる?」

「ああ、まさにそれです。いま白の館に採取しても採取しても次の日には生えてくるサトウキビですけど、今後は庭園とは別の農地を確保して、伐採から加工までを民間の工房に一任するつもりだそうです」


初めて聞く話なのでペシュティーノをチラリと見ると、補足とばかりに説明してきた。

ラウリ・ヘイヘを主導として機密作物を扱う組織を作り、「農業研究所」という名前を冠して人員手配や農地確保などに勤しんでいるらしい。

砂糖と紙の原料となるサトウキビについては皇帝命令のおかげで、しばらくは存在を秘匿する必要がある。そんなやべえ作物に加えて、ほかにもクリスタロス大陸では生息が確認されていない薬草や新種の野菜などがたわわに実る精霊農園は産業機密だ。


「まもりは大丈夫?」

「精霊様が認識阻害、遠方からの不可視の魔法術式を念入りに土地そのものにかけてくださったそうなので問題ないかと」


カレーを頬張る俺の前にペシュティーノがサッとユヴァフローテツの地図を取り出し、西の地域を指さす。


「ここ、たしかパーヴォが水マユ農家と農地開発がブッキングしたっていう」

「そうです。ぬかるみと葦の堆積物でできたゆるい土地だったのですが、バジラット様が手ずから改良してくださり農業ができるまでに肥沃な土になりました」


でっかいお肉をスプーンの上にのせた状態で、口に入るかちょっと考え込んでいるとペシュティーノが横からサッとスプーンを奪った。おもむろにそのスプーンで肉を4つに切って、お野菜と白米をちょいちょいと乗せて口に運んでくれる。バランスばっちり。

かほご。でもいただきます。


「まあ、肥沃すぎてちょっと問題なんだけどな」

銀髪ドレッドの少年がひょっこり現れて、4つに切ったお肉のかけらを指でひょいと摘んで口に入れる。


「バジラット。おいしい?」

「ん、うまい」

「バジラット様、そのような行儀の悪いことをしていると魔導学院での顕現は許可できませんよ」


「失礼しました、侍従長」

バジラットがぴしりと背筋を伸ばしてたどたどしいボウ・アンド・スクレープをして見せる。すごい、いつのまにそんな作法を!


「ば、バジラットがそんなことまで覚えるなんて」

「俺とアウロラは生き物に寄り添う属性だからな、柔軟なんだよ」


「主、水とて生き物とは切り離せぬ存在。順応性と対応力については自信がございます」

濡れたように艷やかな黒髪の少年、キュアが俺のスプーンをそっと奪って4つに切ったお肉をすくって口に入れる。クワッと目を開いたかと思うと、少し首を傾げたりしている。


「キュア、おいしい?」

「よくわかりませんが、主はこれがお好きなのですね。色々な素材が混ざって複雑に入り組んでいることはわかります」

「……キュア様、スプーンを使えばいいというものではありませんよ。学院ではヒト型のお姿で側近登録しておりますがしばらくはお世話は無理そうですね」


キュアがものすごい目でペシュティーノを睨んでる。こら。


「あるじぃ〜、あーしも、あーしもー! ひとくちちょーだい!」

「はい。どお、おいしい?」

「んん〜! うんうん、これすごいおいしい! すごくいい香りがするし、お肉ってこんな味なんだぁ」


「アウロラは味がわかるんだね」

「うん、さっきも言ったけどバジラットとあーしはヒトと共鳴しやすいから〜。キュアは属性の特性っていうより、性格的にヒトに興味あるってとこが順応力につながってるんだとおもうなぁ〜。ね、主。そのオレンジの野菜も食べてみたいな!」

「はい」

「ふぅ〜ん、これがカローテ(にんじん)かぁ。主すきだよねぇ」


「言葉には問題がありますが、所作としてはアウロラ様が一番マトモ……でしょうか。主に許可を求めてからの相伴(しょうばん)ですので」


ペシュティーノがそうつぶやくと、キュアに加えてバジラットまでがものすごい目で睨んだ。すっごい「心外!!」って顔してるのが面白い。


慌てて出てきた、という感じのカルが俺のカレー皿を見て目をウルウルさせている。

「はいはい、カルも食べるんだね。おいで、食べさせてあげる」

「ウゥ、主……あーん」


パクリと口に入れると、咀嚼した様子も嚥下した様子もなくぱちくりと目を見開いた。

「これが、主のおいしいモノ。ン……色々な、ショクブツ。水と、魔獣の肉」

まあカレーを構成するものをものすごく大まかに言うと、確かにそうなるんだけど……。


「カル、おいしい?」

「アルジがおいしいならカルもおいしい! おいしいはカレー。アルジはカレーがすき」


……まあいいか。



お引越し当日。


大きな荷物や使用人は先に半数が馬車と転移魔法陣を使って先に魔導学院へと向かい、先ほど到着したという連絡が来た。

それを聞いて、俺たちもそろそろ出発。もちろんトリューでね。


「ケイトリヒ様、こちらをお持ちください」


ディアナが差し出してきたのは、前の世界でよく見かけたテディベアに似たもの。バブさんとちがってツノもツメもついてないし、温かみのあるベージュ色で、ふわふわの毛はくるくると巻いている。バブさんよりちょっと小さくて、抱っこしたときにいい感じに顎の下に収まるくらい。耳の形がちょっとベアっぽくないかな? うさぎのような尻尾もあるし、こういう魔獣がいるのかな。


「わ、どうしたのこれ」

「レオ殿に聞いて作った、異世界仕様の『ケイトリヒ様が持ってかわいいもの』です」


なるほど。よくわからん。


「ありがとう、だいじにするね。もう荷物は先におくっちゃったからどうしようか」

「いえ、ケイトリヒ様。これは常にお持ちください」


「え」

「授業中でも、食事中でも、魔導学院では常にです」


「いや、それはちょっと」

「精霊様に頼んで、強力な護法陣を織り込んであります」


「なぜこんなかたちに」

「『ケイトリヒ様が持ってかわいいもの』です」


かわいすぎるだろ。さすがにぬいぐるみを手放さない7歳児……いや、もう8歳か。そんな小学生はいないはず。ラウプフォーゲルの常識で言うと、10歳が洗礼年齢としていわゆる「準オトナ」扱いであるのに対し、早い子はだいたい8歳くらいから乗馬やダンスの練習を始めるそうだ。俺の見た目がイレギュラーであることはさておいても、さすがに。


「さ、さすがにこれを抱いて学校生活をすごすのは子どもっぽすぎるというか」

「問題ありませんよ、持ち物については寮や身分に関係なく特に決まり事はありません。私の代では室内でも常に帽子を被る女子生徒がおりましたよ。商家の子女であるにも関わらず『帽子令嬢』と呼ばれていました。有名なところで『扇子令嬢』や『鉄球男爵』といった名も……」


ペシュティーノが何故か推奨してくる。これ、何か狙いがあるの?

最後の鉄球男爵はすごい気になるけど。


「僕が子どもっぽく見られてもいいの?」

「……ケイトリヒ様は、子どもですよ。お体が小さいうちは、か弱い子どもと思わせておいたほうが色々と都合が良いのです」


あそうですか。やっぱり政治的判断ですか。


「それに、魔導学院のような公共の場で小柄な公爵令息が常に持ち歩くものといえば護法陣がかかっていると考えるのが普通です。万一ケイトリヒ様を狙うような恥知らずな不埒者がいた場合、それを持っていればまずそれが狙われるのですよ」


「ほえ」


ほんとのほんとに身代わり扱い?


「身につけるモノにしてしまうと小さくて見えませんからね。大きなそちらのぬいぐるみでしたら、きっと大仰な護法陣がかけられているに違いないと思われるはずです」


見せつけるためでもあるわけか。

まあ、そういう働きがあるなら仕方ないか。


「お持ちのレディ・バーブラにも精霊様が護法陣をかけたと仰ってましたから、どちらを持ち歩いてもよろしいかと」


いや、バブさんはでかすぎるから無理。


「是非、この子にも名前を」

「えっ! えっ、ええ……クマちゃんじゃだめ?」


「クマちゃん? まあ、可愛らしい響きですわ」

ディアナが口の端を吊り上げてニタリと笑う。ほんと、美人でゴージャスなのに表情だけが残念。


この世界には熊はいないのかな。


「ケイトリヒ様、レオから伝言です。『クマチャン』と名付けようとしたら止めろと」

ガノが急に割り込んできた。なんでよ!!


「そのぬいぐるみの異世界での標準的な名前なのでしょう? あまり異世界の名残が残っていると色々と疑いが持たれてしまいます」


うぐ。そ、そういう理由なら……仕方ない。


「じゃあ色からベージュ……うーん、ミルクティー? 長いな……カフェモカ、カフェラテ……あ、ラテ! ラテさん! ラテはあるよね?」


「ああ、ミルク入りの珈琲をそう呼ぶ方もいますね。よろしいのではないですか」

「コーヒーあるの!?」

「シュペヒト領の特産物ですね。あれは子どもが飲むものではありませんよ」

「こうきゅう?」

「値段ではありません。あれは興奮作用があるのですよ」


そういえば元の世界でもコーヒーは媚薬なんて言われた時代もあったんだっけ。

性的な効果は正直わからないけど、カフェインは確かに覚醒作用がある。この小さな体ではまあ確かによくないだろう。


「さ、トリューにお乗りください……ああ、いえ。今後は正式名称で呼ばねばなりませんね。トリュー・コメートにお乗りください」


そう、先日レオとうんうん考えて4種のトリューの商標登録用の名称を考えた。


俺の戦闘機型トリューは、トリュー・コメート|(彗星)。

戦闘機型の子機のような存在で、機能はほぼ同じ。見た目が大きな魔法のほうき型なのが側近たちが乗る特別型、トリュー・トラバント|(衛星)。

そして新型トリューとして魔導騎士隊(ミセリコルディア)が乗るのがトリュー・ファルケ|(鷹)。

現在市販されている、馬以上車未満の廉価版がトリュー・バイン|(足)。


正直、ユヴァフローテツ以外の市民が目にするのはほぼバインだけだから、名前を考えたからと言って世の中に浸透するわけじゃないんだけど……まあ登録に必要だっていうから仕方なくね。


ちょこんと座席に乗ると、シュルシュルとシートベルトが体に絡みついてくる。

勢いがなくなった分、ちょっと気持ち悪い動き。


「ケイトリヒ様、眠くなったら側近を呼んで、ちゃんと寝台で寝るのですよ。外に出る際は調温魔法に頼らず、暖かい格好をするのですよ。欲しいお召し物があったらすぐにディアナにお知らせくださいね。いえ、なくてもお便りをいただけると嬉しいです」

ディアナがトリュー・コメートの下から心配そうに言う。

なんだかそれが妙に悲しくなって、ウルッときちゃう。


「そう心配されずとも、中休みにはユヴァフローテツに戻ります」


ペシュティーノがその雰囲気をぶった切ってきたけど、むしろそれがありがたかった。

前世でも母親との関係はあまり理想的なものではなかった。こういった言葉をかけられたのが初めてなので、これ以上続いたら泣いちゃってたかもしれない。


「最後に大事なことを。ケイトリヒ様、ファッシュの子息たるもの、小柄だからといって中央貴族や日和見の中立貴族ごときに侮られてはなりませんよ。そういった者には、毅然とした態度で相応の罰を与えるのです。よいですね」


「うん」


相応の罰がどういうものかわからないけど、ナメられちゃいけないのはわかった。

貴族として大事なことだね。ここは(ごう)(なら)わなければならない。


「どうぞお達者で」


そう言うと、ディアナはサッと俯いて離れた。

やめて、泣かないで。つられちゃうから!!


「ディアナ殿、御館様への手紙をお願い致しますね。では、出発しましょう」


ペシュティーノがディアナの潤んだ目をドきっぱり無視してキャノピーを閉める。

うん、俺が言えたことじゃないけど、ほんとそういうとこだよペシュティーノ。



ユヴァフローテツから魔導学院までの飛行時間はゆっくりめに飛んで約2時間。

いつものごとく俺は出発5分で熟睡。


「ケイトリヒ様、ケイトリヒ様。精霊様がお作りになった新しい寮が見えてまいりましたよ。起きてください。壮観ですよ」


「んむぁ。どれー」


ペシュティーノが向いている方向を見ると、真っ暗な山並みの間にぽつぽつと明かりが灯る小さな町並みの向こうに煌々と輝いて浮かんでいる白い……宮殿。きゅうでん。

思わずごしごしと目をこする。寝起きで遠近法がバグってるかもしれない。


「な、なにあれ」

「インペリウム特別寮、ファッシュ分寮です」


「でっかい!!」

「ええ、見事ですね。やはり在学中にユヴァフローテツの白の館も同程度のものを……」


「まって、まって、あんなの宮殿だよ! 城だよ!!」

「ケイトリヒ様、さすがに宮殿と呼ぶのはおやめください。宮殿とは、王とそれに連なる者が住まう建物を総称します。自身の住まう寮を宮殿と呼ぶのは、反逆罪の(そし)りを受けかねませんよ」


「たたた建物のきぼかんを表したことばでして!」

「王がお住まいであれば城でもあばら家でも宮殿です。あれは大きいですが、寮ですよ」


でた、ここでも言葉の定義の違い。

日本語とは微妙に違うニュアンスね。もしかして日本語もモトはそういう意味だったんだろうか? 教えてほしいよぐーぐるさん!


改めて見ても、暗闇のなかでもぼんやりと発光しているかのような存在感。

……いや、実際に発光してないか?


「なんか、光ってない?」

「そう見えますね」


「ウィオラ、ジオール?」


俺が低い声で呼ぶと、俺の頭からふわりと黄色い毛玉が出てきた。ついでに紫のシーツおばけも。

「あはは〜……ダメだったぁ? ちょっと気合い入れて設計したら、周囲の精霊が集まっちゃってさ〜、できたばっかりのころはまだ控えめだったんだけどぉ……」

「意図せず天然の強力な護法陣がかけられた館となってしまいました。あのような場所で長い時間過ごせば、側近や兄君たちの魔力が鍛えられるかもしれません」


「その効果は嬉しいけど、光るのはちょっとめだちすぎ。とりあえず周囲にもれないくらいに隠せない?」


「あ、ニンゲンに認識されなければいい感じ? それならパパッとできちゃうよ!」

「おまかせください。日中も存在感を消すような魔法をかけておきましょうか?」


「いえそれはいけません。あの建物はファッシュの権力を示すものでもあります。存在感自体は素晴らしいものですから」

ペシュティーノが即座に言うと、ジオールとウィオラもちょっと嬉しそう。


「あっ、じゃあさじゃあさ、見るものに威圧感とか畏怖感みたいなものを与えるような魔法もあるけどどうする!? もっと強くするなら恐怖感ってのもできるよ!」

「遠目に見るものには威圧感を、侵入しようとするものには恐怖感をということも」


なんかだんだん魔王城みたいになってない!?


「そのような魔法が……さすが精霊様の術式は別格ですね」


着陸する前から寮の中を見るのが心配になってきちゃいました。

舞浜あたりにある豪華なホテルくらいのサイズ感ある。なのにその建物が、10人程度の領主子息令嬢とその使用人のためだけのもの。

前世の感覚だと「カネを湯水のように使う」という表現がぴったりだ。


にしても、それほどのものなのに精霊が作ったからほとんど建設費かかってないってのも恐ろしい。


「ペシュティーノの命令で、主の部屋以外の内装は手掛けておりませんよ」

「ヒトの職人を使って経済を回さなきゃー、っていう話だったからねえ。外観と竜脈学的な整合性は僕らががんばったよ! まあそのおかげで精霊が集まりすぎたんだけど」


ウィオラとジオールがちょっとドヤ顔でいう。

まあ、ペシュティーノが感心するくらいのものができたってことは、褒めていいのか。


「うん、まあ、ありがとうね」


黄色と紫色のふたつを引き寄せてモギュ、と抱きしめる。

「あふぅ〜、うううう嬉しい〜! 主、もっと、もっと褒めて! 抱きしめてー!」

「……」

黄色は変な声を上げてぴょんぴょんと跳ね、紫は顔|(?)を擦り付けてくるようにもぞもぞ。なんかもう寮の外観についてはどうでもよくなって可愛くなってきた。


外観より中身だ!


寮もだけど、図書館も入学も楽しみだな!

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