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4章_0059話_入学準備 2

アンデッド魔晶石を持ち帰った日から、だいたい半年が経った。


平和な毎日、仕事はぼちぼち、バリバリ働く側近たち……。

子供はラクだなあ。そういうわけで俺、ケイトリヒももう8歳。

どうやら俺の誕生日は1月4日。


そして時は新年。新年、なんだけど。


「ペシュティーノ様、ケイトリヒ様のお部屋にあるこの花瓶の花、まだ綺麗ですが捨ててしまって良いですか? たしかケイトリヒ様が手ずからお摘みになった花と聞いておりますが」

「ええ、構いませんが……ああ、今日から新年でしたね」


ってなくらい、異世界の新年は軽い。

今日から◯月か〜、っていうのと同じくらい軽い。

一応、去年のものはあまり持ち越さないように、みたいな教えはあるみたい。といってもあまり守られていないし、食べられる者や使えるものを捨てるほど豊かな文化ではない。

年末の大掃除みたいなもんだ。


「ペシュ、ここ何書けばいいの?」

「どこですか。ええとこれは……ケイトリヒ様のご身分を最終的に保証する方ですので、父君の名をお書きください」

「こっちは?」

「こちらは学院内での責任者になるので、私の名を」

「じゃあここは?」

「警備責任者……オリンピオがよいでしょう」

「じゃあこれは?」

「生活の責任者ですか。それはミーナにしておきましょうか」


公爵令息ってホゴシャいっぱい!

普通の貴族の子女であれば、だいたい親の名前を書いておけばオッケーってペシュティーノが言ったくせに。


「そんなに恨みがましい目で見ないでください、私もこんなに入学に向けての書類があることをすっかり忘れていたのですよ。随分昔のことですし、私とは身分が違いますから」


俺の名前を書くだけならスタンプがあるのに、いちいち聞かれることが違うので全部手書きしないといけない。スタンリーも手伝ってくれてるけど、書くこと多すぎる。


「これ、スタンリーの分も書かないといけないの?」

「スタンリーはケイトリヒ様の側近として入学しますので、色々と別枠のようですね。ケイトリヒ様、授業に連れていける側近は2名までだそうです」


「え、授業に側近を連れて行くの!?」

「もちろんです。ケイトリヒ様はこの帝国に2つしかない公爵家のご令息で、さらに皇帝陛下から直々に入学を命じられた才子ですよ?」


「……それ、ふつう?」

「いくらインペリウム特別寮の生徒といえど、側近を連れて授業に出るような生徒は今までいなかったかと思います。シュティーリ家のぼんくら長男の横暴がすぎて父君に監視をつけられたときくらいですかね」


サラリとぼんくらって言った!

ペシュティーノの口から聞くと、なんだかお上品に聞こえますよ。


「ジュンとかオリンピオとか連れて、ともだちできるかなー」

「おともだち? ケイトリヒ様は、魔導学院でおともだちが欲しいのですか?」


なんか恥ずかしいから復唱しないでくれるかな。


「だって学ぶのは勉強だけじゃなくて、にんげんかんけいもでしょ?」

「人間関係……行動学や社会心理といった関係のことですか?」


「ま、まあむずかしく言うとそうかもね」

「ケイトリヒ様、先程も申しましたがファッシュ家は帝国で2つしかない公爵家。しかも支配権の経済力、人口、技術力、軍事力、全てにおいて中央に勝ります。万一、魔導学院でケイトリヒ様の意に背いた場合は、相手が何者であろうと首をはねても文句を言えないほどのお立場なのですよ」


「うん? だからこそ学ぶんでしょ、にんげんかんけいを」

「どういう意味でしょう?」


地位にあぐらをかいて横柄な態度をとる者は、例え爵位という身分制度の絶対カーストがある世界でも人望を失い、敬遠され、最終的には足元をすくわれる。

魔導学院は若年層が集まる小さな社会。そこでどう自身の身を立て、人間社会に貢献できる人物だと認められ、有益で有意義な人脈を見つけて手に入れられるか、それが学校の真の意義なんじゃないかな、と俺は考えてる。

もちろん勉強も大事だけど、それと同じくらいね。


「なるほど、人心掌握術ですか」

「そんなたいそうなものでわ」


「困りましたね……おともだちをご所望とは」

「ペシュはなにもしなくていいよ!?」


「いいえ、我々側近にもそれなりに心構えというものが必要です。スタンリー、ケイトリヒ様のご要望は今聞きましたね?」

「はい、ケイトリヒ様の学院生活がお望みの形になるよう、尽力いたします」

「ちょっとまって、僕以外がんばらなくていい案件だから」


「しかしペシュティーノ様、ひとつ疑念が」

「ねえ無視しないで」

「どうしました」


「異世界の魂をお持ちのケイトリヒ様がお望みのおともだち、というのは、対等な立場を意味するのではないでしょうか。レオ殿との、軽妙な関係のような」

「あ、うん。そうだね」

「対等……ですと? レオのような?」


レオはラウプフォーゲルに来てから徹底的に礼儀作法を教え込まれたので父上の前とか会席の場ではかなりしっかりしてる。この前の親戚会でも父上から引っ張り出されて貴族の前で料理の説明とかしてたけど、普通に受け入れられてた。

でも俺と2人のときは、かなり気安く喋る。俺もそれが懐かしくて嬉しくて受け入れてるけど、もしかして側近たちはいい気はしてなかったってこと?


「ペシュ、スタンリー。レオはとくべつだから」

「レオはいいのです。ケイトリヒ様の仰るとおり特別です。異世界の料理で、どれだけケイトリヒ様のお心を癒やしお体を育んだことか。その功績は、我々や他の料理人ではとても及ばなかったでしょう」

「私も同意です。しかし、その特別で特例で異色のレオ殿と同等であるかのように、有象無象がケイトリヒ様に気安く接するなど、耐えられますでしょうか?」


「いいえ、耐えられません」

「2人で反語論法してる!?」

「私も同じです」


この2人、息ぴったりだな!


「ケイトリヒ様。御学友、で手を打ちませんか」

「ごがくゆう? おともだちとどう違うの」


ペシュティーノが言うには、御学友とは高貴な身分の者が学院内で面白おかしく生活するための仲間という位置づけだそうだ。……おともだちと何が違うんだ?


「説明されても違いがわからないんだけど」

「要は、身分差はしっかりわきまえた上での関係ということです」

「ケイトリヒ様、帝国の貴族の令息令嬢のなかで、ケイトリヒ様よりも身分が上の者はたった2人だけです。同じ公爵位シュティーリ家のぼんくら息子で父の第二の爵位を継承しているヒルデベルト侯爵。そしてアンデッド討伐で功績を上げ、父から継いだ男爵位から昇爵し伯爵となったヒンデミット小伯爵。小伯爵とは彼の父の伯爵と分けるためにそう呼ばれているだけで、そういう爵位ではありませんよ。そしてその2人、どちらも私より年上です」


つまり魔導学院に来ている子どもは、全部身分は下だと言いたいんだろう。

いや、身分についてはね、わかっているんだ。その上下で対応を変えてほしくないってのが僕の言い分なんだけど……これは無理そうだ。


「まあ、わかった。とりあえずじゃあ、ごがくゆーでてをうちましょう」


身分について俺がどうこう言っても、それがすでにどっぷり浸透している周囲の認識を変えるのは難しいもんな。まあできる範囲で面白おかしく笑い会える仲間を作る、ってことでいいよ。


ペシュティーノがホッとしたようにニッコリ笑って、俺の頭を撫でてくる。

まあ……俺が身分を振りかざすような暴君にならなきゃいいだけだ。



さて、いよいよ入学も3ヶ月後に迫っております。

親戚会からの半年間を振り返ってざっと要約すると、俺が儲かりすぎている。

ガノが事業報告を見てニヤつくくらいには儲かってます。


水マユはとんでもないボッタクリ価格にも関わらず、売り渋ったこともあって想定通りにプレミアム路線で売れている。水マユ糸のワンポイントの刺繍が入っているだけで社交界では羨望の目で見られるほどの存在だ、ときいた。これはアデーレとゲイリー伯父上の2人の夫人からの情報。水マユ糸の注文のついでに色々と社交界情報を送ってくれるのはありがたい。


そして温泉水の化粧品、「ベイビ・フィー」。

これもペシュティーノの予想通り、女性の間で人気と聞くやいなや男たちが買い漁って妻や恋人、意中の女性に贈りまくる買いまくる。アデーレとダブルゲイリー夫人の3人を窓口にしたのは正解だった。彼女たちの情報収集のおかげで、「小分けタイプが欲しい」とか「もっとしばらく肌に残るような強力な保湿力のあるものがほしい」などの女性のリアルな要望がどんどん送られてくる。もちろん化粧品の注文と一緒にね。

新しい商品を出せば飛ぶように売れるので、最初に化粧品を作ってくれた小さな薬師工房は今や従業員60人を抱えるユヴァフローテツいちの大工房となった。

この工房は移住してきた女性のパート先にもなっていて、いい感じに街の経済が循環している。女性向けの商品を作っているだけに、女性にも人気の就職先というわけだ。


化粧品の副産物として注目されたのがオーロラガラス加工。

これは俺が異世界で存在は知っていたものの、工法がわからなかったため精霊に聞いて再現し、ユヴァフローテツのガラス工房に発注したもの。そのガラス工房がちゃっかり特許出願をしていて、それが認められたため売上金の一部が俺の懐にも入ることになった。

いまでは「ベイビ・フィー」ブランドのガラス容器だけでなく、帝国中から発注が舞い込むようになった。これは嬉しい誤算。

そしてこのオーロラ加工を求めて、ガラス加工が得意な技術者が集まり始める。

中にはアート性の高いサンプルを上げてくる技術者なんかもいて、将来的にはアート方面にも強い街になりそう。


そしてなんと! お砂糖の生産が本格的に始動しはじめました!

でもこの利権はあまりにも大きすぎるため、皇帝陛下の監督のもと厳格な監視体制で流通量を管理することになった。ユヴァフローテツ印のキビ砂糖は、今はまだラウプフォーゲル領内でしか販売できないことになっている。

異世界で見慣れた白砂糖ではなくキビ砂糖にしたのは、単純に工場の精製技術がまだ追いつかないから。精霊が補助すれば白砂糖なんて簡単にできるんだけど、小さな町工場レベルの広さで人力で精製すると、今はまだキビ砂糖が限界なんだ。

って、ラウリが言ってた。


製紙技術についてはまだ研究中。

サトウキビの絞りカスがパルプになることは知っていても、さすがにそれをどう加工すれば紙になるかまでは覚えてないからね。この技術についてはあまり急いでいないので、精霊たちの力を借りずに研究者たちに任せることにした。そういうことも大事でしょ?

ただ、この工法が確立されれば他の木材や農産物からも繊維はとれる。そうすれば紙の価格がどんどん下って一般市民にも手が届くものになる。そうすれば……市民の教育水準が上がる。というのは表向きの理由で、現実的な事を言うとさらにガッポガポ儲かる!

これ以上儲かってどうするよ? 宮殿でも建てる? それも精霊が建てたら費用ゼロだもんなー。


さて、その儲かりすぎたお金の使いみちについて。

ラウプフォーゲル領に投資という名目で貸付した金をさらに又貸しして、父上はヴァイスヒルシュ領に街道建設の命令を出した。エーヴィッツ兄上がいる領だ。

なんでもヴァイスヒルシュ領の先にある中立領、ウンディーネ領は36領ある帝国領のなかでも下から数えたほうが早いくらいの極貧領。しかし水の精霊の名を持つ領名のとおり水資源が豊富で蝶貝の生産が盛ん。父上の狙いとしては街道建設によってウンディーネ領に蝶貝の販路を拡大させることで蜜を吸わせ、まだ採掘もされていない竜穴と魔鉱石の利権を集中させるつもりなんだって。エビで鯛を釣るみたいな話。

只今絶賛建設中で、ヴァイスヒルシュ領もウンディーネ領も降って湧いた巨大公共事業にお祭り騒ぎになっているそうだ。って、ペシュティーノとガノから聞いた。


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の演習場、寮、その他関連施設はあっという間にできた。

ユヴァフローテツの街の北の峰を越えた先に信じられないくらい広大な……前世でいうと、空軍基地みたいな? とにかく広くて平坦で舗装されてたり草むらだったりする施設が出現した。興味本位で峰に登ったユヴァフローテツの市民が驚いて街の中で「なんかすげえのができてる」って吹聴してくれたおかげで一時話題になった。けど、結局まだあまり自分たちに関係のない施設なのでそのうち興味を失くしたみたい。


施設ができたところで、シュヴェーレン領とトリウンフ領から引き上げた総勢4000人の中から狭き門を突破した魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員たち40名は、全員がこの半年で移住済み。

同じ帝国の領とはいえ、ラウプフォーゲルとはあまり仲の良くない2つの領地で隊員たちはかなり冷遇されていたようだ。新築の立派な寮と演習場、しかも魔術訓練が行われると知ってかなりやる気を見せてくれているそうだ。

そのうち入隊式みたいなセレモニーをやろうとガノが画策していた。

んー、面倒だから別にいらないかな。


そしてその魔導騎士隊(ミセリコルディア)が使う新型トリューの動力源、超魔石|(仮称)生産工場は演習場の地下に作られた。

湿地の地下って、大丈夫?と思ったが、そこは精霊の領分。

マグマをこねこねしてガリガリしたから水気は一切心配無用!という話。全然よくわからないし擬音しか聞いてないけど、精霊が作ったのならまあ大丈夫だろ。

そして工場の中で働く人員は、当面はウィオラとジオールが作った無機生命体(ゴーレム)

今も着々と生産が進んでいるけど、かなり複雑なものらしく1日5、6個できれば良い方というペースだ。まあ、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の人数分プラスアルファの予備があれば充分だからそんなに急ぐ必要もない。



「ところでケイトリヒ様、魔導学院では入学式の1ヶ月前から入寮を許可されているのですが、いつ頃引っ越しましょうか」


地政学の自習の合間、おやつの蒸しパンにかぶりついているところにペシュティーノが聞いてきた。御用商人に手配してもらった本は自習に重宝してます。


ところでそれは俺が決めていいやつ?


「あたらしい寮はその頃もうできてるってこと?」

「ええ、もう建築自体は終わっておりまして、現在は内装工事中、家具の搬入や調度品の手配の段階です。お望みでしたら来月の2月(イェーガー)から入寮できます」


「ふつうはどれくらい前に入寮するもの?」

「平民と貴族、裕福度や入学の目的でも変わってくるのですが……目的があったり、実家に居たくないという意志がある上で裕福な生徒は許可期間になったその日に入寮する者が多いですね。生徒全体の割合でいうと3割ほどでしょうか。何せ入学前の入寮には実費がかかりますから、望んだとて叶うものでもありません。残りの生徒は大体1週間から2日前とかなり直前です」


聞けば在学中の寮費、つまり生活インフラや食事は全て授業料に含まれているとのこと。だがさすがに在学期間以外の時期は、その分費用がかかるということか。まあ当然だ。


「いっかげつは長くない?」

「それも生徒の性質によりますね。皆、学びの意志があって入学するわけですし。何しろ魔導学院には巨大な図書館がありますから、自習を進めて少しでも成績上位を目指したい者もいます」


「としょかん!」


それはなかなか魅力的なワード!


「どうなさいます?」

「むむ……魔導学院とユヴァフローテツの連絡手順の確認と、まんいち何かあってもすぐ戻ってたいさくをうてる準備期間とかんがえて……1ヶ月前に入寮するのも、アリ!」


「それではそのように」

「いやまって! でも授業もないのに1ヶ月は長いかも……退屈しちゃいそう」


「では2週ほど前にしますか?」

「それくらいがいいかも! 寮生活かー、楽しみだなー。あ、でも新しく作ったから同じ寮の生徒はいないのか」


「ゲイリー様のご子息、ジリアン様の入居が決定していますよ。エーヴィッツ様も、それにクラレンツ殿下もご入学を決意なさったそうです」

「えっ! ほんとう! アロイジウス兄上は?」


「アロイジウス殿下は現在の騎士学校の現課程の修了試験を受けて、転入という形で入学されることになりました。おそらく時期は2、3ヶ月遅れることでしょう」

「わー! すごい! ファッシュだらけ!」


兄弟に親戚もいるとなると、にぎやかでいいね!


「よかったー。ひとりでご飯食べることになるかと思ったー」

「ひとりでご飯……? スタンリーも、側近もおりますよ」


まあ、スタンリーは側近だから。にいにだけど周囲の扱いは側近。

ともだちとはやっぱりちょっとちがう。いや実兄も親戚もともだちとは違うけど。


「ごはんは、みんなでわいわい食べるのが好きなの」

「……そうでしたか。それは……理解しておりませんでした」


ペシュティーノは何か考え込んでいる。

いやさすがに白の館では無理は言いませんよ? 皆仕事してるだろうし、俺は側近たちの主だ。食事は気兼ねなくとりたいという側近も……いるだろうし。

なんだかそう考えると、気兼ねされてる時点でなんだか悲しい。

ガノもジュンもオリンピオもエグモントも、結局は部下なのかな。

……いや、ジュンに気兼ねがあるとは思えない。


「お昼はお弁当かな、学食かな。スタンリーがいてくれるのはうれしいけど、いつも2人ぽっちじゃちょっと寂しいかも」

「オベントー……レオが言っていた携帯食のことですね。まさか、学院でそのようなものをケイトリヒ様にお出しするわけにはいきません。学食もございますが、基本的には寮に戻ってレオの食事を食べてもらいますよ」


あ、そうなんだ。ひとまずお弁当孤立問題は解決?


「いっぱんの生徒は学食?」

「学食が一般的でしょうね。一部、授業料を割安にして学食利用をしないという経済的に厳しい生徒は自炊する者もいます。寮には共用の炊事場がありますので」


「えーすごい! やってみたい!」

「……インペリウム特別寮には残念ながら炊事場はありません」


ですよね~。


「では2月(イェーガー)の15日に入寮できるよう、準備を進めておきますね」

「うん」


ペシュティーノは何かの書類をパラパラと流し見て、俺の頭をナデナデして部屋を出ていった。部屋にはゲーレ三姉妹だけが残る。


「あ、ギンコたち連れていけるか聞くの忘れてた」

「もちろん我々も付いて参ります。非常時の護衛騎士としても登録するそうですよ」


「ひじょうじ?」

「ええ、女性を護衛とするのは良くないという話でしたが、非常時にはヒト型になり主をお守りします。ようやく私もヒト型をとれるようになりました。お許し頂ければ変化いたしますがよろしいでしょうか」


コガネとクロルもギンコの横に座って俺の方をジッと見ている。

とうとうギンコもヒト型に……ギンコはもとからメスと聞いていたので、ヒト型でも女性になるんだろうな。


「うん、姿を知っておいた方がいいよね。見せてみて」

「ありがとう存じます」


ギンコがスッと歩み出てその場でくるりと回ると、いつものように伸びをしながらどんどん形が変わっていく。何度見ても不思議な光景。

なぜかつられてコガネとクロルもニョキニョキ大きくなっていく。え、なんで。


ギンコは四つん這いの状態からスッと立ち上がると、長い銀髪が足首まで届くほどの、生まれたままの姿の女性になった。

どうして全裸なの……毛は? 体毛は??


「……主、いかがでしょう」

「はだか」


「ヒトの姿に近づくように、自慢の被毛を消しました。ペシュティーノのように、添い寝するときにはヒト型のほうが良いかと思いまして」


つられてヒト型になったコガネとクロルもなぜか全裸。ヒトの肌だ。

どうして。昼下がりの勉強部屋に、ゴージャスなボンキュッボンの全裸女性が3人。

しかしシュールすぎる絵面だ。ムフフな雰囲気はまったくない。

すごいでっかいおっぱいが6つ……大きなバストはこの世界の標準搭載なの?


「……毛皮、あったほうがいいとおもう。非常事態に変身して全裸の女性になったら敵味方関係なく混乱しちゃうよ。いやそれも戦略としてアリかもしれないけど、ちょっと」


「そ……そうですか」

「ふん、妾が言ったとおりであったろう。主は妾たちのふわふわの毛をお気に召していらっしゃるのだ。ヒトにできることならばヒトに任せればよい」

「肌を晒しては寒うてかなわん。やはりギンコの言うことなど聞かねばよかったわ」


コガネとクロルがギンコを責める。

これは俺が失敗しちゃったかな。悪いことしたな。

ギンコをフォローしようと口をひらきかけた瞬間、部屋のドアがノックされた。


「ケイトリヒ様、失礼します」

「えっ! ちょっ! ちょっ、ちょちょちょっとまって!!」


この声は、ガノだ。

ノックなんていらないと普段言ってたので、特に返事を待たずにドアが開いてしまった。

なにかの書類を見ながら部屋に入ってきたガノは、室内を見て固まってしまった。


「……」


ぱたん。


ガノは口と目を見開いたまま、スススとドアを閉めてしまった。


「なんだ、あのガノとかいう側近は。若人だというのにヒト型のメスを見ても反応せぬとは。大丈夫なのか?」


コガネが何故か不満げ。


「いいからはやく犬に戻って!」


犬ではないとギャンギャン抗議されながら、金の柴犬と黒ポメラニアンと銀狼に変化するのを見届けていたら、再びドアがノックされた。


「ケイトリヒ様、あの、もう入ってもよろしいでしょうか?」

「あっ、だいじょうぶだよ!」


ドアから顔半分チラリとのぞかせたガノが、犬状態になったギンコたちをみてホッと胸をなでおろしながら部屋に入ってくる。


「ジュンやエグモントだったら悲鳴をあげてましたよ」

「ごめん、こうなるとは思ってなくて」


「それは見ものだわい、今度ためしてみるか」

「やはり被毛がないとヒトのオスは動揺するのだな」

「申し訳ない……」


コガネとクロルはからからと笑っているけど、ギンコだけがしょんぼり。

ギンコは悪くないよ……。


「ガノ、れいせいだね」

「商隊の頃に訓練されましたから」


どういう訓練?


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員の訓練が一段落したとウィオラ様から報告が上がっております。そろそろ入隊式の準備をされたほうがよろしいかと。そこで相談なのですが」


ガノが持ってきた書類は今後魔導騎士隊(ミセリコルディア)の演習場に必要になりそうな施設と備品のリスト。武器や防具を修理する鍛冶場や、ユヴァフローテツ市内を移動するための馬とその厩舎、生活必需品の売店や医療施設などの一覧。

ちなみに隊員の寮には個別にシャワールームとトイレがあり、建物には共用の大浴場温泉をつけている。これは隊員にかなり好評らしい。


「市内をいどうするための馬? トリューですればいいじゃない」

「それです。やはり馬を導入するとなると、管理や人員に費用が(かさ)みます。しかし貴重な軍用トリューを私用の外出に使うのもよくないという声が上がりまして」


そっか、魔導騎士隊(ミセリコルディア)のトリューは市販されてない最高級品にしてラウプフォーゲルの最高機密満載。航空自衛隊が隊員の非番の外出を戦闘機で行けばいいじゃん、とは言わないだろう。

でも魔導騎士隊(ミセリコルディア)は国軍じゃないからね。

いうなれば俺の私兵だ。所属は一応ラウプフォーゲル軍ではあるけど、傭兵業を主体とするラウプフォーゲルは所属についてかなり柔軟な対応をしているのだ。


「でもしょうじきにいうと、新型トリューをガンガン使って他の騎士や子どもたちの憧れになって欲しいってところもあるよ。出兵以外で見られないとなると、存在感が薄れそうだし。アンデッド大発生(トート・ヴィレ)なんて、そうしょっちゅう起こることでもないでしょ?」

「なるほど、それは確かに仰るとおりです」


ガノがふむ、と考え込むと急にバッと下を見た。足下にコガネが座ったのだ。

しかもガノの靴の上に尻を置いて。柴犬ってたまにこういうことする。


「主のギンコと違って、ヒトの乗り物はたいへんですね。トリューは素晴らしい乗り物だと思いますけれど、アレを持ち運ぶのは難儀するでしょうし」


コガネがぷるぷると顔を震わせて笑いながら言う。

……中身が高慢な女性なのはわかってるけど、見た目が柴犬だとなんだか面白い。


「戦士だというのに動き回るのに馬がないといかんのか。軟弱であるな」


クロルがガノの足の間からグイと顔を出しながら言う。

ガノ、懐かれてるね。


「たしかに、市内に乗り付けるにはちょっとおおきすぎるかも。改良して、こう……背中に背負って持ち運びできるくらいになるといいかもね?」


そう言いながらガノを見ると、ガノは緊張した顔で硬直している。


「ガノ?」

「ケイトリヒ様……従者たちに、退くように命令いただけませんか」


「あれ、ガノって実は犬ニガテなの?」


犬ではないというコガネとクロルの抗議を聞き流してガノ反応を待つが、やっぱり硬直している。こんなに緊張したガノを見るのは初めてかもしれない。


「いえ、そうではなく。その……足元にいるこの生き物は、先程のその……」


今になって全裸の女性を思い出したの?

ワンテンポどころか1楽章くらい遅くない?


「主、良いことをお教えしようではないか。我らゲーレは、ヒト型になればヒトとの間に子を設けることもできぬではないぞ」


コガネがドヤ顔でそういうと、ガノはなぜかたまらずといったように書類を置いて「ちょっと失礼します」と言って部屋を出て行ってしまった。


……なんで?


ガノの照れポイントが全然わからないよ。

俺、そういうところまで子どもになっちゃった?


……犬に照れるってまあまあ変態じゃない?

しかし、世の中には多種多様の変態が……前世にはいたからな。


理解が及ばないだけで変態と呼ぶのはやめておこう。

ガノは冷静沈着な割に、よくわからないところで照れるテレ屋さんってことにしとこ。

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