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4章_0058話_入学準備 1

「私はこれを推挙しますね、素晴らしい意匠です」


ペシュティーノが持ってきてくれた魔導騎士隊(ミセリコルディア)の紋章は、ほとんど俺個人を表す白鷲と同じだけど、それが4つの基本属性を表す玉に囲まれ、なにやら植物とか杖みたいなデザインが後ろにある。その他を見ても、ベースは白鷲だ。


「こちらの金槌を持ったものや、筆を持ったものは魔道具に刻印される作り手の紋章として使えるのではないですか」

「こっちはネックレスを付けてますよ。アクセサリのブランドにつけてはどうでしょう」


アイデア案がたくさん。どういう依頼をしたのか謎だけど、いろんな事業に使えちゃいそう。そんなこんなで紋章が決まったところで、制服の発注……というつもりだったのに、何故か精霊がいきなり「主がご所望の制服ができたよ!」と、用意してきた。


「主の要望にお応えして、お針子のデザインと我々の魔法術式を組み合わせました。こちらの平置きの状態から、300%から20%までどんな体格にもピッタリと合うように拡大縮小される術式が組まれております。さらに……」


ジュンがモデルになって着ているのは真っ白の騎士服。胸元に4つ、腰に2つ、そして両腕と両膝と頭の両側にそれぞれごつい金属の円形の装飾が付いている。それ以外は割とシンプルなデザイン……いや、真っ白は奇妙にみえるけど、まあ普通の騎士服。

というかジュン、諾々と精霊にモデルにされてるんじゃないよ。


「襟をフードのように立てて頭に被せ、ここに魔力を通しますと」

「どわっ!?」


白い布地がブワッ、と膨らんで体にピタッと張り付く。

これはまるで……なにか、ファンタジーな魔法を使う少女の変身シーンみたいだ!

演出はないので一瞬で終わったけど。


「え、すごい!!」

「うお……スゲエ、硬そうな素材なのに全然体の動きに干渉しねえ」


戦闘機のパイロットスーツというよりは何かロボットアニメの操縦者が着る未来的なボディスーツみたいなデザイン。頭は流線型のヘルメットで光の具合によっては顔が見えないので、なんだかサイボーグのようにもみえる。


「ち……ちょっと前衛的すぎる……ね?」

「このデザインは……軽鎧のようにも見えますがあまりにも体のラインがはっきりと見えすぎております。淑女がご覧になったら目を伏せる程ですよ」


ジロジロと360度確認して出たペシュティーノの意見がこれだ。


「え、でもディアナ様たちお針子衆は、けっこー喜んでくれてたッスよ」


それは精霊がつけた変形機能に対してなのか、ジュンのボディに対してなのか……。

たしかに胸筋から腹筋の筋や、尻の食い込みなんかもしっかりみえる。股間はさすがにくっきりというほどではないけど、なんというか、存在感はある。


「こんなんじゃ魔導騎士隊(ミセリコルディア)に入隊してくれるヒトが減っちゃうよ」

「そうですね……私は少なくとも遠慮したいです」

「私も」

「同じく」

「ジュン、キミは恥というものがないのか」

ペシュティーノ、ガノ、オリンピオは絶対着たくない意思表明をしたけど、エグモントはさらに批判まで浴びせる不評っぷり。

あ、エグモントはもう基本4属性精霊との契約までは解禁となりました。ダメなのは異世界ネタと神ネタ、あとウィオラとジオールの正体くらいだね。


ジュンは「俺は頼まれたから着ただけで!」と言い訳してた。

残念ながら、このスーツはお蔵入りだね。


「でも変形するのはすごい技術だよね。パイロットスーツのデザインを少し変えればいいんじゃない?」

「ケイトリヒ様、それよりもこの素材、確実に精霊様が手ずから作った新素材ですよね?それに変形に使う魔力はいかほどか教えていただけますか」

ガノ、目ざとい。

精霊に聞いたところ、聞いたこともない素材や信じられない製法で作られている上に、変形に使う魔力は新しいトリュー魔石が2個分というから完全に却下された。

仮に値段をつけたら、という事もできないくらいオーバーテクノロジーだったっぽい。


「えー! あれ、ダメだったんスかぁ。カッコイイと思ったのになあ!」

昼食のとき、制服デザインの発注についてガノと話していたらレオが笑いながらそう切り出してきた。


「レオ……もしかして、ディアナのデザインに口添えした?」

「あっ、はい! 飛行服を作るって言うもんだから、異世界の巨大ロボに乗るようなアニメを参考にした簡単なアイデアをいくつか」


おまえかー!


でも、俺が介入しなくてもあれ程に高性能な魔道具……魔法じかけの服まで作れることにも驚いた。精霊たちが能動的に動いてディアナたちを巻き込み、ここまでするとは思っていなかったからすごい進歩だ。

……まあ、ちょっと相談してほしいけどね。

制服のデザインはディアナがデザインサンプルを作り直して、その後正式にラウプフォーゲル服飾組合(ギルド)へ依頼しました。デザインは白をベースにして差し色に青と金を使った、なんというか……「正義の味方」〜!ってかんじ。あるいは聖職者?


「ケイトリヒ様、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の演習場ですが、第4(フィーアト)の山の北側の陸地を埋め立てて建設しようかと」


この日はユヴァフローテツの都市計画会議。

第4(フィーアト)の山は西の湿地から立ち上る、なだらかな傾斜の丘。その丘の中央には、南北を分ける小高い峰がある。街はその南側に広がり、小高い峰を隔てて北は手つかずだ。理由は単純、「街を広げる必要がなかったから」というだけ。


「北側の丘って、ほとんど水浸しなんじゃなかったっけ」

「先日の地震の影響でだいぶ陸地が増えたようで」


あ……それは、俺が泣いて地面ガタガタいわしちゃったアレですか。

そういえばあの力、どうやったら発揮できるんだろ。神の権能は5つ、って話だったけど他にどんなものがあるのかな。これはきっと竜脈に聞けば答えてくれるんだろうけど、なんとなく知りたいような知りたくないような気がするからそっとしておこう。


(あれ、聞かなくて良いの? 全知と破壊はもう身につけてるとして、あとは予見と創造と……)


あー。聞こえない聞こえない。

まだぜーんぜん知らなくて良いでーす。


というか無意識に自問自答した瞬間に竜脈が反応するのやめてほしい。

ガイド機能のオフスイッチないの?


「建設は精霊が?」

「はい、すでにバジラット様が整地を済ませてくださいました」


「そういえば魔導学院の寮の建設はどうなってるの?」

「着々と進んでおりますよ。兄君たちの入学の是非は問わず、10人ほどの領主子息クラスの生徒とその側近、そして有事のときのための下級貴族や平民たちを保護する部屋があれば良いという話です。精霊様のご尽力によりすでに外観は完成していると報告を受けております」


「はや! ……というか、ゆうじ? 有事とはいったい」

「具体的な例はありませんが、何らかの理由で寮にいられなくなった旧ラウプフォーゲルの貴族や平民を一時的に預かる施設です。御館様のご命令にございます」


そうですか。まあ、そちらも順調なようでよかった。

で、ユヴァフローテツの魔導騎士隊(ミセリコルディア)の施設だっけ。


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の寮は、街の中に?」

「ええ。貴重な市民ですよ。演習場と街をつなぐ洞窟を掘り、街の市民の緊急避難の経路も兼ねて、街のこの部分に連絡通路を……」


なんだか、ユヴァフローテツの街がどんどん大きくなってる。


「魚の加工場、改築したんだ」

「はい。そちらの建設は市民の手で。ただ、出入りを管理する結界についてはウィオラ様の手で設計し直しました」


そりゃ絶対防御だ。報告書はたくさんあるけど、どれもこれも一度は目にしたものばかりだから全部興味津々。街が小さいと報告書の確認もラクでいいね。


「それでですね、その加工場の改築に伴って建設・建築の作業員を数十名、家族を含めて市民として受け入れました。今後は彼らに仕事を与える必要があります。精霊様が関与しない道の整備や民家の建設をいくつか計画したいのですが、こちらはパーヴォに任せてよろしいでしょうか」


「家族連れ! 子供はいる? 奥さんは? あ、計画はパーヴォに任せていいよ。で、奥さんや子供がいたら、この街にどういった不満があるか聞いてもらえる?」

「すでにシュレーマンが聞き取り調査しております」


ペシュティーノが差し出してきた書類を見ると、女性や子供には概ねユヴァフローテツは好評のようだ。「移住して生活が安定してきたので娯楽施設が欲しい」というのもよくわかる。これはちょっと大きな課題だね。しかし気になったのは……。


「『夜道が暗い』? これはよくないね」

「そうですね……今まで室内に引きこもった研究者ばかりでしたので、外出して労働する想定が抜けておりました。早急に対応しましょう」


そういえばそういった公共事業を手掛ける業者……こちらでは工房とか商会なのかな、そういうのってどうやって決めるんだろう。


「担当業者の決め方、ですか? 役人が妥当な工房を見つけてくるのが一般的ですが」

「それって、不正の温床にならない? 役人に賄賂を渡して、仕事を斡旋してもらうみたいなさ」


「それは……なにか問題がありますか? 競合他社との争いになれば、役人と日頃から懇意にしているか、過去の実績があるほうが競り勝つのが当然ではないでしょうか。それに万一、役人が私腹を肥やすために賄賂を要求したとしたら……この街ではすぐに露呈します。『完全戸籍登録版』が存在しますから」


「えーっ! あのガラス板みたいな戸籍登録版って、リアルタイムで情報が更新されるってこと!? それ、ちょっと監視が過ぎない?」

「いえ、あの板に常に行動が表示されるわけではありませんよ。あれはあくまで、『生成』した時間よりも前のものしか記録されません。ただ、これは役人たちが自ら決めたことなのですが、彼らは月に一度戸籍登録版を更新するのですよ」


月に一度戸籍登録版を更新するということはその月の行動が全て記録されるということ。

もちろんその間に贈収賄や犯罪に関わった場合は記録されてしまう。

すごい。役人は、前世じゃ考えられないくらい清廉潔白が証明されるってことだ。

うーん、善良な市民にとっては安心なシステムだけど、ちょっと怖い。……というか、市民にそこまでプライバシー暴かせて申し訳ない気持ち。


「そ、それは……すごいね。そこまでして役人を勤めてくれてるなら、ちょっと税率軽くするとかしてあげたら……? あっ、戸籍登録版を更新したヒトは税率下げる……いや、もともと税率はあまり高くないから、謝礼金出すとか、何らか街の中で優遇してあげたらどうかな?」

「それは確かにいい案ですね。清廉潔白であることを証明できるのですから、そのような市民には何らかの見返りがあっても良いでしょう。今はまだ市民の現金収入が少ないので何らかの方法を考える必要がありますね。パーヴォとシュレーマンと話し合ってみましょう」


とりあえず都市計画については大きな問題はなさそう。


会議が終わったら、温泉に入ってアイスクリーム食べてお昼寝だー!

うーん、快適な小領主生活!



「ケイトリヒ様、第5(フュンフテ)の山の麓にアンデッドを数体、発見したそうです」


その日、朝食の焼き魚をぶっといお箸でほじほじしているところにペシュティーノがものすごく冷静な声で報告してきた。

それって一大事じゃないの! もうちょっと先が細いお箸が欲しいな!!


「いえ、規模としてはかなり小さいもので。おそらくユヴァフローテツの市民や周辺の漁民でも倒せる程度のものです。トリューで見回りしていたジュンとオリンピオが発見したためケイトリヒ様に出陣いただきたいと思い、ご報告いたしました」


あれ、ジュンたちのトリューって自力で飛行できたんだ? それも俺の魔力?

遠隔供給できるの? すごいね。


「じゃあご飯食べてからでいい!?」

「はい、急がず召し上がってください。私は外出の準備をしてまいりますね」


なんか……以前、魚の加工場であった「緊急事態!」みたいな緊迫感がない。

トリューの上でスタンリーがアンデッドを見つけたときも、結構みんなキリキリしてたよね。ジュンとオリンピオが見つけたってことは、危険度の見込みが正確なものだから心配しなくて良いってことかな。


今日のお魚はグリングリンの塩焼き。グリングリンっていう魚の名前。かわいい。

食レポしたいところだけど、ちょっと気持ち焦ってきたのでまた今度!

とりあえず美味しい。


まだちょっとデザートをもぐもぐしながらお着替え室に向かっていると、後ろからズンズン歩いてきたディアナにひょいと尻を掬われて持ち上げられた。


「アンデッド討伐に向かわれるそうですね。ご立派です。すぐに着替えましょう」

「んむぉ」


俺が口になにか入れたままなのに気づくと、ディアナは側についていたスタンリーをちょっと叱った。ごめんて。俺が悪い。


ミーナとカンナと、何故かお針子の1人が俺の着替えにつく。

おお、今回の服はカッコイイぞ! ちょっとファンシー装飾がある以外は、ほぼ軍服。

姿見を見てみると、なんというか……服はカッコイイんだけど、すごくカッコイイんだけどね! 俺自身がファンシー! 残念!


どうしても子どもの仮装にしか見えないけど、実際子どもだから気にしない!


ひらりとギンコにまたがると、ミーナとカンナとお針子が「凛々しい!」「素敵です!」と言いながら拍手してくれた。嬉しい。


そこにひょっこりペシュティーノが俺を迎えにやってきた。

「ケイトリヒ様は……ああ、お着替えはお済みですね。どうしたのですかニヤニヤして」


に、ニヤニヤしてて悪かったな。

綿毛の髪の毛をかっちりした軍帽に詰め込んでキリッと背筋を伸ばすと、ペシュティーノが笑った。精一杯カッコつけてるんだから、ほほえましいとか思わないでくれるかな!


「お帽子をずっと嫌がっていたのに、そちらは随分気に入られたのですね」

「あんぜんだいーち」


城の館の屋上から、戦闘機型トリューで発進!

お供はゲーレ3姉妹つきのスタンリーと、ガノだけ。エグモントは本城へ、ユヴァフローテツの事業とラウプフォーゲル貴族とのあれこれの調整のためお使いに行ってもらっている。ジュンとオリンピオは現地でアンデッドを見張っているそうだから、こんな少数で飛ぶのは初めてだね。


そういえばこのトリューも名前をつけろっていわれてたんだっけ。

一番性能の低い市販のもの、魔導騎士隊(ミセリコルディア)のために作った新型、側近たちが使う追従型、そして俺の戦闘機型。全部で4つあるのか。全く形の違うものが4つあると思ったら、たしかにそれぞれ名前が必要な気がしてきた。


「高度は3000メートル。第5(フュンフテ)の山までこの計器で67キロほど……ええと、リンゲに直すと17。なぜこの計器はリンゲ表記でないのでしょうか。とにかく近いので最高速度にしてしまうと止まれなくなりそうなので時速700キロほどに抑えますね。15分ほどで着くかと」


計器の単位が異世界仕様なのは、精霊が俺の感覚に合わせてくれたからだよ。


霞がかかっていた第5(フュンフテ)の山がだんだんはっきりしてきてくると、何かがふわっと目の前を横切って、戦闘機トリューの横にぴったりとくっつく。ジュンだ。


「アンデッドは発見時に25体ほどだったが、今は融合を繰り返して6体。水辺ということで体が安定しないのか、水死体みたいにブクブク膨れ上がった見た目で動きも鈍い。おそらくは放っておいても消滅しそうだけどよ、王子はアンデッドを倒さなきゃいけないんだろ?」


水死体……実際に見たことはないけれど、聞いただけでげんなりする。


ジュンの先導で長い葦が黄金色に茂る草原のような見た目の上を低速で飛ぶ。草原の合間は水なので太陽の光が反射してキラキラして、キレイ。

こうやって見ると、湿地の景色もなかなか風光明媚だね。


「いたぞ、あれだ」


……見なきゃダメ?


「ケイトリヒ様、降りてみますか」


「え゛っ。降りられる場所があるの?」

「いえ、正直、この戦闘機型が降りる場所を探すのは少々時間がかかりますね。しかし、場所は別として、飛行したまま魔導を放って良いものか」


「へーきだよぉ! 主、キャノピー開けるよ、ちょっとまってね!」


レモンイエローの毛玉がガラスのシールドの向こうでクルクル回ったと思ったら、ふわりとガラスが消えた。その瞬間、ブワッ、と外気に包まれる。


「さっさっさっさむぅーっ!!! くさぁーっ!!!」


想像を絶する腐敗臭と、驚くほどの寒さで奇声を上げてしまった。俺の声に慌てたペシュティーノが調温魔法をかけてくれたけど、ニオイ消しの魔法もお願いします!


「ほあ……び、びっくりした……」

「こちらの台詞ですよ! 何か起こったのではないかと肝が冷えたではありませんか」


俺を縛り付けていたシートベルトがシュルンと外れたので、モゾモゾと席から立とうとしていたら前に座っていたペシュティーノが立ち上がって抱き上げてくれた。

すごい、戦闘機型なのに全然フラフラせずに滞空できてる。異世界仕様だね。


「ペシュティーノ、立って大丈夫なの」

「完全に自動制御されているので問題ありませんよ。それより、あちらです」


仕方なくのろのろとペシュティーノが指差す方向を見ると、葦の草原の間に青白い蠢く巨大な肉塊が4つ。あー、見ちゃった。バッチリ見ちゃった。気持ち悪い。


「6体じゃなかったの?」

「先程小さな2つの個体が一番大きな個体に融合しました」


ふわりと下からオリンピオが浮いてきた。

オリンピオが乗るトリューは他と同じだけど、なんかすごく小さくみえる。


「オリンピオ……よく浮いてるね」

「やはり窮屈そうに見えますか」


ジュンやガノがちゃんと「魔法のホウキに乗った魔法使い」みたいに見えるのに、オリンピオだけなんか違う。ひとりだけお仕置きされてるみたいだ。


「サイズ調整しないとね」

「恐れ入ります。ですが今はアンデッドを」


「以前アンデッドを討伐したときは精霊様の魔導でしたが、実際にケイトリヒ様の魔導で倒してみましょう。さあ、お勉強ですよ、アンデッドに効果が高い魔法は何でしたか?」

「ひ!」


「そうですね、ですがここは湿地でアンデッドは水を大量に吸っています。しかも葦の草原は今の時期上部が枯れて燃えやすくなっておりますので、火は危険です」

「んん。じゃあ……【土】?」


「ケイトリヒ様。精霊様の正体を明かすにあたり、隠した属性をお忘れですか? 上位属性と言われ、ヒトの間で属性適性を持つ者が生まれるのは稀だと言われる属性を」

「あ、【闇】! と、【光】!」


「実のところ、【闇】属性の魔導は適正を持つものが少なすぎて失伝しているのです。ケイトリヒ様は難なく使うかもしれませんが、アンデッドに効果てきめんと言われているのは何よりも【光】属性です」

「ジオール?」


「ぶぶー!!」

黄色い毛玉が俺とペシュティーノの顔の間にスボッと入ってきてぐるぐると光速で回る。うっとおしい。


「ふせいかーい! 確かに僕の【光】も基本4属性に比べたらアンデッドへの効果は劇的に高いけど、主にはもっともっとぴったりの属性がありまーす!」


「え〜、僕にぴったり? たしか【闇】属性が多いんじゃなかったっけ」


「まあ闇は光とおなじくらいの効果だね! 正解は【死】属性―! まえ言ったでしょ?主は()()()()()()()()()()くらい、【死】属性に偏ってるって」


ペシュティーノがピシッと固まった。

ふと見るとガノもスタンリーも顔を見合わせている。


「【死】属性の魔導って、あるの?」

「ないよー! 今はね。でも主なら自分で作れるっしょ!」


えー、そんな雑な投げ方されても困っちゃうよ。

ゲームでも物語でも、【死】の魔法なんてとんでもない禁忌だ。

火や水の魔法と違ってイメージが難しい。

それに、アンデッドに【死】の魔法なんて、ゲームの定石でいうと悪手だ。

なのにこの世界では効果てきめんというわけか。


「じ、ジオール様。ケイトリヒ様がその、【死】の魔導を使ったとして、ケイトリヒ様のお体には(さわ)りはないのでしょうね?」


「ないよ、ないない! むしろ溜め込みすぎてる【死】属性をガンガン使うことで主の肉体の【命】と【死】の属性バランスが整うと思うよ。まあ主の魔力を考えると、あの水ぶくれアンデッドくらいじゃ焼け石に水どころかフォーゲル山のマグマにコップで水をかけるくらいのレベルだけど〜」


全然効果ないじゃん! でもそうか、俺にしかつかえない【死】の魔術かー。


「アンデッドは【命】属性の権化。主が持つ【死】属性をぶつけることで魔晶石となり、主の糧となります」


ふわりと現れたウィオラがボソボソと補足してくれた。

なるほどー、俺が【死】属性を放出した分、アンデッドから【命】属性が得られるってことか。しかしアンデッドが糧って、なんか俺……悪食みたい。


「ち、ちょっとお待ち下さい、ウィオラ様。アンデッドが、【命】属性の権化!? そう仰いましたか!? 倒して得られる魔晶石が【命】属性に満ちていることは聞いておりますが、アンデッド自身も、【命】属性であると!?」


「あれぇ、話してなかったっけ? んー、主には話したのかな? 忘れちゃったけど、そのとおりだよ。そんなに驚くこと? アン|(Un)デッド|(Dead)、つまり『死を持たない』って、その名が示すとおりじゃん」


アンデッド……Undeadであれば英語だよな。この世界では聖教公語か。


ペシュティーノが風に煽られて倒れるように頭を抱えてしまった。

そんな落ち込むほどヤバいことなの!?


「……アンデッドがすべての生命の敵であることは話しましたね。アンデッドは即討伐、そしてその残骸は入念に炭化させるので、研究サンプルが少ない。古代から研究されているにも関わらず、全く解明が進んでいない分野なのです。全ての生命体、全ての国家、全ての組織が恐れる対象であるに関わらずです。その上、属性として定義すらされていない【命】属性だなんて……」


そこまで言って、なにかに気づいたようにペシュティーノがパッと顔をあげる。


「だから……だからこそ、ケイトリヒ様が手ずからアンデッドを討伐する必要があるということなのですね?」


「そ。以前のアンデッド討伐のときは、僕とウィオラが頑張って魔晶石が残るように魔法の術式を組んだけど、主が【死】属性の魔法だか魔導だかを考案してくれれば、変換率はなんと脅威の100ぱーせんと! そして、【死】属性を扱えるのは主だけ! ね!」


なにかの通販みたいなセールストークやめて。


「王子よぉ、何属性でもいいからとっととアンデッドどうにかしようぜ。もう残り1体になって、でっけえ肉スライムみたいになってるけど」


ジュンの声にパッと全員が下を向くと、ウゴウゴと動く巨大な青白い肉塊が、ところどころブチブチと弾けては何かを垂れ流しながらゆっくり移動している。


「なんだかこちらに向かっているように見えますが」

「そうだな、複数体いたときにはこれと言った目的は無いようにみえたのだが、今は意志が統合されたのか、こちらに向かっているな」


スタンリーとオリンピオの会話を耳の端で聞きながら、俺は青白い肉塊を見つめる。


あれは、生き物なんだろうか? 死を持たないからといって、あれは命なのか?


肉塊はジュンの言う通りスライムのように蠢いているだけで、目的や意志があるな動きには見えない。だが、ゆっくりとこちらに向かってはいる。


魔導騎士隊の名前。「ミセリコルディア」……それは、慈悲。

レオとそういった話をしたせいか、不本意にもアンデッドとして不完全な命を得てしまったあの肉塊がとても憐れに思える。


「【死】には形がない、概念。だから、魔法は、きっと目に見えない。匂いでも、不可視光線でも、電波でも、なんでもない」


「ケイトリヒ様? 一体何をブツブツと……」


うん、できそうだ。

アンデッドの【命】を魔晶石に変え、生命活動を奪う、永遠の眠りの魔法。

ギリシア神話では「眠り」は「死」の双子の兄弟。


「これが僕にできる精一杯、かな。……永遠に眠れフュー・イマー・シュラフン


エフェクトは何も考えていなかったのに、なんとなく伸ばした両手からキラキラと砂のように細かい光がパラパラと広がる。それが風にあおられることもなく、まっすぐに青白い肉塊に伸びていく。


「これは……これが、【死】の魔導……ですか?」

「なんと、美しい」

「肉スライムがどんどん真っ黒になってくぞ」


光の砂が触れたところから、黒曜石のように輝く黒い魔晶石に変化していく。

巨大な肉塊は巨大な魔晶石になり、裂けた肉塊からあふれ落ちた腐った汁みたいなものも細かい結晶に変わっていく。


「綺麗になりましたね」


劇的な変化を全員でぼんやりと見ていた。

目を背けたいほどの醜い見た目だったのに、今は太陽が当たってまるで黒い宝石みたい。


「どうやって持ち帰りましょうか」


スタンリーの冷静な一言で、全員がハッと我に返った。


「た……たしかに!!」

「以前のものと違ってほぼ球体に近い形ですから、引き上げるにしても難儀ですね」

「精霊がなんとかしてくれンじゃねえの」


「ざんねーん。命の魔晶石は鉱物じゃないから精霊は関与できないんだなー」

「申し訳ありません……」


ええ……どうしよう。


アンデッド討伐に使った時間は、俺が術式を考える時間を含めても約5分。

その後あれこれみんなで考えた結果、バジラットとアウロラに頼んで周辺の葦でしめ縄のようなロープを編んで、ぐるぐる巻にする。それを戦闘機型トリューで引き上げて運ぶことになった。


俺としては魔法で手伝おうかーと何度も言ったのに、ペシュティーノが許してくれない。

近くの丘にトリューを駐機して、作業開始。

ジュンがバサバサと葦を刈り、オリンピオが集め、精霊たちが縄を編んでガノとスタンリーとペシュティーノで魔晶石を包んでいく。

やけにみんなテキパキしてたので見てて楽しかったけど3時間くらいかかった。


お決まりだけど、途中で寝ちゃいました。

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