4章_0056話_資金力と政治力 2
「おじーさま、おばーさま、はじむまめして、ケイトリヒですっ!」
かんだ。
親戚会2日目。
朝イチで現れた祖父母は、見るからに父上の両親〜!ってかんじ。首元をすっかり覆う立派な白髪交じりのひげを蓄えた紳士に、豊かな艶のあるブルネットの髪をきっちり結い上げた、ゴージャスな淑女。俺を見て、もう抱きしめたくてたまらないって顔をしている。
俺にはわかる。
「なんと……なんと可愛らしい子か。小さな頃のクリストフそっくりではないか」
「ええ、ええ。まるであの子が帰ってきたようですわ。今まで逢えなかったのが残念でたまらないけれど、ようやく逢えて嬉しいわ、ケイトリヒ。さ、抱っこさせて頂戴?」
祖父母は涙ぐみながら俺に手を広げてくる。
そうか。なにせ記憶がないので意識から抜けていたが、クリストフ……俺の実父は、彼らの息子。父上からもよく「クリストフにそっくりだ」と言われていたけれど、その両親から聞くと重みが違う。
「おじーさま、おばーさま、クリストフ……おとうさまの話をきかせてください」
「おほほ、もちろんよ! あらまあ、なんて軽いのかしら。ご飯はしっかり食べてる? お祖母様なんて呼び方はやめて、ばあばと呼んで頂戴」
「ワシの事も、じいじと呼んでほしいぞ。ほれ、じいじ、だ。呼んでごらん?」
ちっちゃい俺に甘えられたい気持ちはわかる。しかし魂が異世界の大人な俺からすると、この祖父母、老夫婦とも言い難いくらい若々しい。ゲイリー伯父上の長男はもう結婚して子供もいたよな……? つまりもう曾祖父、曾祖母になっているのだが、4、50代にしか見えない。貴族の早婚文化、恐ろしや……!
「ばあば?」
「ンンッ! 可愛いわ!! ギューしちゃうから! ギュー!!」
「キャハー!」
「ケイトリヒ、じいじは! じいじのことも呼んでおくれ!」
「じいじ!」
「ムホッホッホ、可愛いのう! どれ、じいじにも抱っこさせておくれ! おお!? なんじゃ、羽のように軽いな! ゲイリーやザムエルとは大違いだ」
「あの子たちは生後1ヶ月でもう丸太みたいでしたからねえ」
丸太! ラウプフォーゲル男の筋肉質は生後1ヶ月でもう形成されるのか!?
「……クリストフもこれくらいの頃には丸太みたいになってましたからねえ」
「そうだな、生まれたばかりの頃は小さくて心配だったが、3歳くらいになると同じ年の頃の兄たちよりも大きくなったもんだ。まあ、大人になってからは小柄だったがな」
ラウプフォーゲル男は丸太になるのが定説なんですかね?
「じいじ、ばあば、ぼく7歳です」
そこは主張しておきますよ。見た目は確かに3歳くらいだけどね。
「ああそうだったな! こんなに可愛い7歳はラウプフォーゲル中探してもおらんぞ!」
「男の子はすぐたくましくなってしまいますから、可愛い時期が続くのは嬉しいわねえ。ケイトリヒは大きくなりたいかもしれないけど、ゆっくりでいいのよ」
俺の成長がしばらく望めない件は、父上から祖父母にも共有されているんだろう。
「すぐに大きくなる」なんて無責任な言葉は出てこなかった。
「バルトルト様、パウリーネ様! ご健勝のお慶び申し上げますわ!」
「お久しぶりにございます、大ラウプフォーゲルの前王閣下夫妻にご挨拶申し上げます」
えっ! フランツィスカとマリアンネが2日目の今日も当たり前のようにやって来た!
「あら、あら! フェルディナンドの娘さんね、貴女はフランツの!」
「フランツ様は伯父ですわ、パウリーネ様。お久しぶりですわ、変わらず綺麗な御髪でいらっしゃいますこと!」
「ンまあ〜嬉しいこと言ってくれるわねえ! ケイトリヒとは仲良くしているの?」
「「ええ、とっても!」」
2人の令嬢の声が揃う。
「どうしたケイトリヒ、大人しいな。綺麗な姉様に迫られて照れているのかー?」
グイグイくる令嬢にちょっと尻込みした俺が肩をすくめているのを見つけて、じいじが余計なことを言ってくる。
「いやだわ、バルトルト様、姉だなんてやめてくださいませ! わたくし将来はケイトリヒ様の妻になるかもしれませんわよ?」
「そうです、今は小柄なケイトリヒ様でも年齢は7歳。11歳のわたくしたちとは4歳しか違いませんもの、夫婦になるかもしれませんでしょう?」
祖父母は顔を見合わせて大笑い。
頼む、笑い飛ばしてくれ……。
「まあ〜! ケイトリヒったら、モテモテねえ!」
「こりゃあ将来が楽しみだ、わっはっは!!」
2日目の親戚会はこんな感じで幕を開けた。
ご挨拶に来てくれる人々に愛想よく応え、美味しいスナックをつまみ、令嬢に絡まれ、おやつをつまみ、夫人がたに愛でられ、ごはんを食べる。その繰り返しだ。
ちなみにラウプフォーゲルの屈強な紳士たちは「潰してしまいそうだ」とあまり俺に近づかなかった。
昼食の後はアロイジウスとクラレンツから再び前日の幻影魔法を強請られて披露。こんどはちゃんと、念入りに事前説明して展開しましたよ。
CADくんでの魔法陣設計は、本当は前日の設計を呼び出せばすぐなんだけど、どういうわけかペシュティーノが「眼の前でゼロから作り上げてみせてください」と指示が。
おそらく俺がマジで魔法陣設計してますよ、という証拠を見せるためなんだろう。
あとCADくんの性能披露? これ魔道具として売り出したらとんでもない革命になるってペシュティーノ言ってなかったっけ?
そして幻影魔法陣は、相変わらず逃げ出す子供に腰を抜かす大人が続出したけど、最後まで披露できた。事前に説明してるんだから、驚きすぎるのは個人の特性だよね!
あっという間に俺は子どもたちの称賛と羨望の眼差しの中心だ。
はいはい、個別の依頼は受け付けませんよー。
これも事業にしようってガノが言ってたな。
魔法陣を設計しても祖父母に褒められ、プリンを食べても褒められ、水マユのボレロを着ても褒められる。俺、ダメな子になっちゃいそう。
祖父母はラウプフォーゲル領主を引退してラピスブラオ湖のほとりの別荘地に済んでいるそうで、是非遊びにおいでとしきりに誘われた。
湖畔の別荘地か。ユヴァフローテツでもそういう優雅な景観があればいいんだけどね。
祖父母には必ず行くと約束して、2日目の親戚会は終わり。
俺は幻影魔法陣や水マユについて聞いてくる大人に挨拶しまくってヘトヘトだ。
あとグイグイくる令嬢。これも疲れのモトね! 申し訳ないけど。
案の定というかなんというか、夜になって熱が出たので親戚会3日目は欠席。フランツィスカとマリアンネは3日目までいたらしく、お見舞いのお手紙をくれた。
3日間フルで出席なんて領主でもそうそうあることではないらしい。だが今年はグランツオイレ領主ともシュヴァルヴェ領主とも会談すべきことが多かったらしく随伴の彼女たちの滞在も伸びたってわけだ。
俺はその話を聞いて、てっきりナタリー嬢の警戒のためかと思った、と看病に来てくれたスタンリーに笑って言ったら「それもある」と真面目な顔で返してきた。こわいよ。
かくして今年の親戚会は終了!
皇帝への謁見から親戚会まで、ずるずるとラウプフォーゲルに居座ったけれど今日はようやくユヴァフローテツに戻る日。
俺は親戚会のあとはぐったり寝ていただけだが、側近やメイド、レオたちの準備は既に済んでいる。
「体調が悪いなら移動は見送ってはどうか」という父の言葉があったけど、やっぱりラウプフォーゲル城は騒々しい。俺の幻影魔法陣に対する売り込みだか取り込みだかなんだか知らないけど来客が絶え間なくやってくるし、兄たちはこの1ヶ月で親睦を深めたせいでちょくちょく西の離宮へやってくる。まあ体調崩してたからお見舞いに来てくれたんだけどね、迷惑とまでは言わないけど面倒なんだよね。
静かに療養するという名目で、ペシュティーノに抱っこされたままユヴァフローテツへ。
城の兵士やメイド、騎士団長のナイジェル、財務長官まで見送りに来てくれて別れを惜しんでくれたけど、なんで? ってかこの財務長官、ほとんど初めて会うのに、ものすごくフレンドリー。やたらガノに絡んでた。あ、やっぱ財務長官ってだけあってガノと同じ守銭奴仲間みたいな?
兄たちとみっちり別れのハグをして、城の屋上から戦闘機型の新型トリューでお別れ。
俺の体調は悪いけど、そういうときほど魔力を使ったほうがいいという精霊のアドバイスに従ったようだ。やっぱりトリューのほうが早いからラクだよね。
新型トリューであれば、ユヴァフローテツとラウプフォーゲルは15分くらい。
浮馬車だと転移魔法陣を使っても2、3時間はかかるからね。
ぱちり、と気分良く目が覚めて時計を見ると8刻半。
横にはペシュティーノが涅槃像みたいな格好で寝ている。あ、【命】属性補給かな。
もぞもぞと寝返りをうって、ペシュティーノの脇と寝具の間にぎゅむ、と鼻先をねじ込むとすぐに抱き上げられて胸の上に乗せられた。
「起きましたか。ご気分は?」
「いいかんじ!」
俺の額や耳たぶの裏を蜘蛛のような長い指がぺたぺたと触って、「熱は下がりましたね」と言って撫でる。うむ、全快! ユヴァフローテツが静かなのか、精霊建築が静かなのかわからないけどすごく深く眠れた。
ペシュティーノの胸の上でうごうごして首筋に顔を埋める。あー、ペシュティーノの匂い落ち着く。
「ケイトリヒ様、ジカセンゲン、でしたか。精霊たちの湯殿の改築が終わったそうです」
何ッ! それは寝ている場合じゃない!
「はいる!!」
「起きて、夕食を召し上がってからですよ。食べられそうですか?」
「たべるー!」
「よろしい。今日の夕食はムーム肉のさっぱりスキヤキ、だそうですよ。病み上がりのケイトリヒ様でも食べやすいお味に調整している、とレオが申しておりました」
それを聞いたせいか、俺のお腹が「マオ〜↓」と謎に可愛い声で鳴いた。
ペシュティーノが笑ってる。はずかし。
寝てたけど改めて。ユヴァフローテツ、帰還!!
控えめに言っても、温泉、最高でした!
お湯が変わっただけだけど。
「うっうっ、うっ、け、ケイトリヒ様ァ! お戻りを心よりお待ちしておりました!」
翌日。
溜まってる業務をこなそうということで、さっそく幹部の面会に応えたら、謁見室に入ってきたパーヴォがいきなり泣き始めた。これ慰めたほうがいい?
「水マユの養蚕業者が事業拡大のため土地を購入したがってるんですが、その希望が水耕栽培の農業予定地と重なってしまって、お互いが一歩も引かない状況になってしまったんですよ……私の管理不足で、申し訳ありません……!」
「その件は私から、養蚕業者の事業拡大は後回しでいいと伝えたはずですが」
ガノが眉をしかめる。水マユはユヴァフローテツ以外では再現不可能という判断で、はっきりいってボッタクリ価格に設定してある。それでも既に注文は十分入ってきてるし、今後しばらくは価格を下げるつもりはないから増産せず売り渋る方向にいくと父上とも話したんだけどな。
「ちゃんとせつめいしました? 増産はあとまわしでいいって」
「しました! けれど業者がイマイチ納得してくれず……良いものだからきっとどんどん注文が来るはずだ、それに備えねば、と主張して事業拡大したがっているんです」
はあ、とガノがため息をつく。どんどん売りたい気持ちは、まあわかるけどさ。
「注文はもう既に相当数が舞い込んでいます。ですが、それに増産で応える必要はない。良い品質のものだからこそ、買い手はこちらの生産にあわせて待たせれば良いのです。御館様ともそういう……ケイトリヒ様のいう、『プレミアム路線』を確立させることで決定しました。増産は、こちらから指示がない限りはしなくて良いと伝えてください」
ガノが説明すると、パーヴォが難しい顔をしたままピタリと固まってしまった。
「ぷれ……なにロセンですか?」
「……私から養蚕業者へ説明に参ります」
「あっ! ありがとうございます!!」
「ガノ、だめです。パーヴォにはここで長期計画についてしっかりせつめいして。れんらくがかりとして必要な教育をおろそかにしないで」
ガノとパーヴォがハッとして、すかさず跪く。いつまでもこんなやりとりが続いてしまったら、俺がユヴァフローテツを離れるときにガノやペシュティーノがいないと回らなくなってしまう。
来年には全員、魔導学院に行ってしまうのだからパーヴォには申し訳ないけどもう少ししっかりしてもらわないと困っちゃうよ。
「……申し訳ありません、ケイトリヒ様。仰る通りです。そのように致します」
「わ、私も申し訳ありません……生産者を説得するのも、私の領分ということですね……考えを改めます」
2人はそう言うと、謁見室の隅のテーブルに座り込んで話し込む。
俺とペシュティーノとガノ、ユヴァフローテツの最高責任者……つまり会社の取締役級のトップと、実務系トップのすり合わせができてないとね。ここも綿密につながる必要があるな。
「ペシュ、シュレーマンとラウリとパーヴォ、3人は両方向通信を使うことは難しい?」
「ラウリは既に使えます。シュレーマンとパーヴォは……少し訓練しないとですね。たしかに彼らが両方向通信を使えるようになるとかなり色々なことが円滑に進みそうです」
「連絡の魔道具つくろうか」
「……通信魔道具ですか? そういえば新型トリューにはごく自然に通信機能がついておりましたね。ケイトリヒ様、音声の通信魔法、および魔道具は中央の魔法省でも常に最高優先度の研究課題ですよ。とんでもないものを作ってしまうと、ちょっと色々と……」
「ナイショにしちゃえばよくない?」
「またそんな適当なことを……」
「CADくんも、もう親戚会でお披露目しちゃったし、そのうち中央が嗅ぎつけるよね」
「ええ、実は『キャドクン』についてはウィオラ様とジオール様の指示の下、ユヴァフローテツの研究機関に廉価版の制作依頼を出し一定の成果を上げております。魔導学院入学までには形になるかと。これは魔法陣学に革命を起こす魔道具となるため、実際の販売までは調整の必要がありますが」
え! そんなプロジェクトが進行していたの!
「だから思っきりやれって言ったの?」
「そうです。が、幻影魔法陣の設計については私の想定が甘かったのは否めませんね。それよりもケイトリヒ様、そろそろアンデッド討伐精鋭部隊の結成について現実的な話をしなければなりません。すでに騎士団長ナイジェル様には話を通し、近く結成されることは周知されておりますが……人員よりも前に、決めておくべきことがいくつか」
「え、目的はひとつだし、ルールは今決めることじゃないし……ハッ」
も、もしかして……。
「名前です」
「アウッ! また! また名付けですか!」
「いちばん大事な部分だからこそ、ケイトリヒ様が決める必要のあるものです。それにケイトリヒ様の最も中枢となり、領民に広く知られる表立った事業となります。制服や紋章など、以前仰った『ブランディング』部分にも力を入れねばなりませんよ」
「ンンン」
……レオを呼んでもらえるかな。
「せいえいぶたいが使うトリューも、そろそろ形にしないと」
「何より問題は動力源です。ケイトリヒ様専用のあのテーブル型のトリューから機能を下げていくとしても、現在生産されているトリュー魔石ではとても賄えないでしょう」
ペシュティーノ、テーブルって言わないで。戦闘機型ね、戦闘機。
まあ戦闘機なんて見たことないから仕方ないけどさ。
「それはフォーゲル山の資源でどうにかなるとおもう。この大陸の全ての魔泉に魔鉱山の全てをあわせたよりもほうふな魔力に、上質の魔石があるみたいだからね。それに……」
部屋の隅に控えているウィオラとジオールのほうをチラリと見る。
「無計画に採掘してしまっては20年前の悲劇をなぞることになるでしょうが、山のヌシがついていればそのようなこともないでしょうね……。それに、何ですか?」
「それにね、僕の魔力はむげんなんだって」
「無限」
ペシュティーノが噛みしめるように復唱するけど、俺も精霊から聞いたときに全く同じリアクションした。わかるよ。
「魔石の原料は必要だけど、そこに詰め込む魔力はあまり考えなくていいって」
「いやしかしそれは……魔石の生産工場の建設場所に悩みますね」
悩むところそこなんだ。確かに俺ひとりがとんでもない量も魔力を一瞬で充填できるとなったら、それは超極秘の企業秘密になるだろうね。たしかにそうなると、俺が度々訪れても不自然じゃない場所にしないといけないか。
「べつに主が実際に足を運ぶ必要はないよ?」
「我々精霊は主の魔力を糧にする存在。媒介として代理で充填が可能です」
ジオールとウィオラが参加してきた。
精霊たちは俺の魔力で存在する俺の分身みたいなもので、俺の無限の魔力を無制限で使えるらしい。精霊との契約って維持が大変だとは聞いていたけど、どんどん魔力を吸われちゃうならそりゃあ主は大変だ。
「主の魔力を無制限で使えるのは、主がの魔力が無限だからできる僕たちだけの芸当だからね。フツーの契約精霊には当てはまらないから、間違えないようにね?」
俺の考えを呼んだのか、ジオールが注釈を入れてきた。あ、ソーデスカ。
「しかし、工場かー。ユヴァフローテツの住民は、あまり工場勤めには向かないタイプの人達だよね。自分たちで製品をかいはつしたいタイプというか」
「そうですね、しかも新型トリューを動かすほどの魔力が宿った魔石となると、秘密保持が大変です。工員全てに誓言の魔法をかけるわけにもいきませんし。魔力が無限となると無機生命体という手もありますが……危険でしょうね」
「えっ、無機生命体! 僕でもつくれるの!?」
「実のところ、作るだけならとても簡単です。ただ作った後の制御や廃棄が難しいので生成には慎重になる必要があるのですよ。実際、帝都では不法に生成された無機生命体が起こす事件が跡を絶ちません」
「そーだねえ、主はもう半神だから。無機生命体なんて作ったら普通に新しい生命体になっちゃう可能性ありありだね」
「なんと。それは危険ですね。そういえば魔導学院の授業には無機生命体生成の実技授業がありました。あの授業は無視すべきか……いえ、逆に学ばなければより危険を呼ぶかもしれませんね」
「主は【死】の属性が強く出ております故、廃棄には困りません。一度体験して、なにが危険かを知るのは大事なことでしょう」
ジオールとペシュティーノとウィオラが話し込んでる。
無機生命体生成の授業とか、楽しそう! 魔導学院への入学が楽しみになってきた。
でも生命体になるって……どゆこと? 聞き間違いですよね?
魔石工場とアンデッド討伐精鋭部隊の諸々の件は、もうちょっと要検討で。
数日後。
ラウプフォーゲルで学用品を用立ててくれたデリンガー商会の、俺の専属御用商人候補の3人が本を用意したので面会したい、という話が出た。
「3人いっしょに会うの? ほんとに競争みたいだね」
「いえ、私が手動で転移させなければ街に入れませんので3人同時に訪問するように申し付けておりました。そういえばケイトリヒ様は何の本がご所望かは特に仰っていませんでしたね?」
「あ、そうね。でも割と本ならなんでもいいかも。やっぱり知識をふかめるには本がてっとりばやいでしょ」
「……ケイトリヒ様、念のため申し上げますが……本は1冊でも、ええ、そうですね……平均的なラウプフォーゲル騎士の年収5〜10年分に相当しますので、はい。一応、申し上げておきますね」
「あれっ。お金の使いみちがなくて困ってたんじゃなかったっけ!?」
「それはそれで」
「何冊くらいなら買ってもいい?」
「なっ、何冊!? 複数購入されるおつもりだったのですか?」
「え……だめ?」
「……ガノ、今よろしいですか? ちょっと聞きたいのですが」
すかさず杖に話しかけるペシュティーノ。何やらゴニョゴニョ話して、大体の予算が決まったらしい。
「ペシュ、きまった? いくらまで買ってもいい?」
「額面は申し上げませんが、複数冊買って問題ないそうです。さすが商家の出身というべきか……品位保持のための別予算を組んでいたそうで、それが億……いえ、相当な額ございますのでご心配なく」
いま億っつった?
でも貨幣価値がわからない限り、億と聞いても前世の日本と同じだと思うのは早計だ。
「ペシュ」
「はい」
「僕こどもだけどいまは小領主だし、将来は領主になるかもしれないんだよね? 貨幣価値を教えてくれないのはどーしてなの?」
「ケイトリヒ様、それは貴族の嗜みというものです。金勘定は商人や文官のすること。再三申し上げておりますがケイトリヒ様に求められるのは統治。君臨です。雑多な事務仕事は我々にお任せください。それが経済を回すことにも繋がります」
「それはわかるけど、貨幣価値をしらなくていい理由にはならないんじゃない? しってたほうが、統治にもやくにたつでしょ。はい、答えて。一般的な騎士の年収はいくら?」
「……だいたい3万から5万FRです」
「騎士って高給取りだよね?」
「ええ、一家に1人騎士職がいれば、親子3代賄えます」
食料に困っていないラウプフォーゲルは食費がとても安い。
物価のなかでも食料が安ければ、生きていくのにさほど現金は必要ないようだ。
「じゃあ本は、15万から50万FRね。僕の品位保持予算はいくら?」
「……3億万FRほどですね」
めちゃ買えるじゃん!! むしろ買い放題じゃん!!
なーんだ顔色伺ってソンした! 食後のパルパジュースがうまいぜ!
「ただケイトリヒ様、先日の水マユのボレロと、タイツですが。あれは見本も兼ねた最高級品で、その品位保持予算から出しています。それが2億4千万FRで」
ブーッ!!!と、パルパジュースを吹き出した。
こ、子供服ににおくよんせんまん! いや日本円の価格にすると、年収から鑑みてざっくり100倍だからに、に、にひゃくよんじゅうおくえん!?
ペシュティーノが俺をたっぷり6秒ほど見て、ハンカチでちょいちょいと口元を拭ってくれる。ハッと見るとテーブルクロスや俺の足にこぼれたパルパジュースをギンコがペロペロ舐めている。くすぐったいからやめて。
「じじじゃじゃあちちうえのまんとは」
「あれは既存のマントとあまり加工法に大きく差がないので、ほぼ素材費で2億ほど。いえ、これは売値価格に換算したらの話ですよ? 実際に支払った額は、過去6年分の養蚕業者の生活費と人件費、実費と今後の必要経費を合算したものなのでそこまでではありません」
「それはいくらなの」
「いえそれは」
「おしえてよ! 僕も今後は事業に関わるって、話しあったでしょ!」
「えー……と……300万FRほどです」
おいおいおいおいおい!
2億4千万と300万じゃだいぶ話が違うじゃないか!!
いや水マユ、ボッてるね!
明らかにボッタクってるって聞いてはいたけど、相当だね!
「……本は、必要なものなので好きなだけ買っていいですよね?」
「ああ、はい……」
ペシュティーノの思惑がわかったぞ。
貨幣価値がわかって俺が自身の金持ちっぷりを自覚したら、好きなものを買いまくるとでも思ったんだろう!
「ペシュ、僕、本以外はあまりお金のかかるものには興味ないですよ」
「……本当ですか?」
「うん、だってどんなものも精霊が作るものよりはきっと品質ひくいでしょ?」
「それは確かにそうですね」
「でも本だけは精霊に頼むわけにはいかないから」
「……失礼しました。ケイトリヒ様を信頼していなかったわけではないのですが、やはり幼少の頃より大きなお金を動かすのは情操教育によくないと御館様からきつく言われておりましたもので」
ま、たしかに自制心の低いお子様だったらカネに物を言わすような下品な真似をしちゃうかもしれないけど、俺は大人だからね!! お金はこの世界の魔力とは別の意味での魔力を持っていることを知っている。
「というか、そこまで平民の所得とかけ離れた額なら慈善事業に使ってもいいと思うんだけど。ラウプフォーゲルでは慈善事業ってないの? 以前言ってた救済院……だっけ、そういうところに寄付するとか」
「あまり一般的ではありませんね。救済院の経営は聖殿ですが、どの領も一定の予算を割いているので他国よりずっと良い環境であると聞いております」
そうか。救済院って表向きには聖殿の施設だけど、経営的には領営なんだ。
「ユヴァフローテツに教育特化型の救済院を作って、孤児に高い教育を施せば次世代の人材になりうるのでは?」
「……ユヴァフローテツが閉鎖的な間はそれでも問題ないでしょうが、それが広く知られたとしたら一般の平民に不満が出そうですね。それとケイトリヒ様、品位保持予算はケイトリヒ様の私費ではありませんよ」
「え、そうなの!?」
「私費はまた別にございます」
聞くのが怖い。
「ちなみにいくら……」
「これは言えません。ケイトリヒ様が領主になり、皇帝への道を歩むときに必要となるものでしょうから我々に管理を任せていただけますね? ちなみに品位保持費よりもずっとあります」
……とりあえず俺が金持ちなのはわかった。
父上も知ってるはずだろうに、魔導学院の寮の建て替え費用を中央にせびるつもりだなんて、なかなかちゃっかりしてるね。
「ついでに聞くけど、ラウプフォーゲルの年間の税収っていくらくらいなの」
「領内での税収はラウプフォーゲルの全体予算の3割以下。ほとんどは傭兵業による他領からの収入です。こちらはケイトリヒ様の現在の事業全てを合わせた売上よりも、まだ少し多いくらいなのでご安心ください」
なにがご安心なのかわからないけど、ラウプフォーゲルの領民が潤ってることは間違いない。
「僕の事業だけでラウプフォーゲル領の税収を稼ぐってことか……」
「まだ始まって間もない事業ばかりなので見込みですがね。来年の予算案では、いち小領地であるユヴァフローテツがラウプフォーゲル随一の高所得領地となるでしょう。それに今中央と協議中の砂糖と製氷を加えたら、傭兵業の収入すら超えるかもしれません。そういえば幻影魔法陣の設計も事業化しようかと仰られてましたね」
「あ……そういえば、本が高いのって紙が高いからだよね?」
「はい? ええ、そうですね、印字に適さない工業用の紙ならばある程度安価ですが、製本用となるとかなり高価に……まさか」
そう。
現在栽培中のサトウキビに似た植物。もし特性が同じなら、砂糖を絞ったあとの繊維質のカスから、製紙につかえるパルプが作れたはずだ。
このあたりは要研究だけど、研究員はユヴァフローテツにたくさんいる。
紙が高価な理由が技術的なものなのか素材的なものなのか、ちょっと調べないとな。でもどちらにしろ、俺のうろ覚えの製紙技術記憶でどうにかなるんじゃないか。
「製紙も今後の事業計画に加えといて」
「……」
ペシュティーノは一瞬大きく目を開いたかと思うと大きなため息をついて、頭を抱えてしまった。