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4章_0054話_はじめての社交 3

「まあ素敵! これが噂の水マユの衣装? 虹色に輝いてるわ! なんてキレイなの、染めてもこんなに上品に輝くなんて。ねえ伯父様、わたし絶対この布でドレスを作りたいですわ! ねえ、そう思いませんことマリアンネ!」


「ええ、ほんとうに虹色なのにとっても上品。お父様、私もフランツィスカとおそろいのドレスにしたいです。私は桃色がいいですわ」

「じゃあ私は緑ですわね! これくらい上品であれば、ケイトリヒ殿下と並んでもきっと映えると思いますの。ねえ殿下!」


フランツィスカとマリアンネはふたりで俺に駆け寄ると、目ざとく水マユのボレロの手触りを確認したり刺繍を指でなぞってみたりなどしている。俺も、撫で回されて硬直。


「おひ、おひさしぶりですマリアンネ嬢、フランツィスカ嬢」

「まあー! 相変わらず可愛らしいお声だわ!」

「少し背が……いえ、肉付きが良くなられたかしら? 去年よりも頬が福々とされて、可愛らしさが10倍増しになっていらっしゃるわね」


小さな4本の手が俺の頭やほっぺたを撫でくりまわす。

女性優位のラウプフォーゲルで、このお姫様たちを止められる者はほとんどいない。

グランツオイレ領主のフランツもシュヴァルヴェ領主のフェルディナントも、むしろけしかけている側だしな!!

背は伸びておりませんよ! 残念ながら!


「お、お、おふたりは、背が伸びましたね」

「ずっとずっとすぐにレディーになりたいと思っておりましたけれど……今となっては成長の早いこの身が恨めしいですわ。ね、マリアンネ」

「そうね、フランツィスカ。でも私達、ふたりでケイトリヒ王子殿下のご成長をお待ちできるとお話してましたでしょう?」


おもむろに後ろからギュッと抱きしめられる。

え、これっていいんですか? 貴族でこういうスキンシップありですか? 柔らかいものが頭頂部に当たっておりますが、これはラッキースケベというやつ?

ぼく7さいだからわかんない!!


「令嬢方、ケイトリヒ様が固まってしまっております。あまり過度な接触はお控えくださいますようお願い申し上げます」


スタンリーが令嬢方に触れないように俺をそっと引っ張って引きはがす。ぐっじょぶ! 俺を売った割には、ちゃんと助けてもくれるのね。


「ま。わたくしたち、将来は殿下の妻になるかもしれませんのよ?」

「うふふ、殿下はまだ洗礼年齢にも満たないのですもの。これくらいの触れ合い、わたくしたちは構いませんでしてよ?」


「殿下が女性との触れ合いに不慣れです。もう少しお手柔らかにお願い申し上げます」


グイグイ迫ってくる怖いもの知らずの令嬢にも、全く怯まず淡々と応対するスタンリーがやけに頼もしい。そういえばマリアンネとフランツィスカ、クラレンツとスタンリーは同じ年ということになるな。……前世であれば小学校高学年の年代か。うん、手に負えん。


「殿下、異世界料理人の新しいメニューはありまして?」

「是非ご紹介いただきたいわ」


「あっ、プリンあります! ゼラチンをしようした、新しいぷりん!」


「プリンなら去年もいただきましたけれど……ゼラチン? それは一体何から」

「マリアンネ、聞くのは野暮よ。食べてからでも遅くありませんわ」


令嬢たちを案内しようとスタンリーの側から一歩離れた瞬間、ぐい、と肩を掴まれて引き戻される。何事かとおもいきや、引っ張られていなかったら水色のドレスの令嬢とぶつかるところだったみたい。


「まあっ、失礼しましたケイトリヒ王子殿下。無礼をお許しください」


サッとかがんだ令嬢は、艷やかな黒髪の少女だ。びっくりするほどの美少女!

マリアンネもフランツィスカも可愛らしい少女だけれど、黒髪の少女は前世なら100%アイドル事務所からスカウトされる別格さ。


「わたくしはブラウアフォーゲル領主ブラウアフォーゲル伯爵、ロータル・ファッシュ閣下の孫娘にして聖殿の守護者、ナタリー・ヘルツェルと申します。改めて非礼をお詫び申し上げます」


かがんだまま、さらに慇懃に頭を下げてくる。ブラウアフォーゲル領といえば、たしか父上から拝領したヴァルトビーネのはちみつの産地。去年も会ったような気がするけどフランツィスカとマリアンネ以外の令嬢たちは、正直覚えてない。

後半眠かったしな……。


「あ、どうも……んぐ」

「殿下は許すそうです。お離れください、殿下がマリアンネ嬢とフランツィスカ嬢を案内いたしますので」


普通は格下の者から格上の者への声掛けは許されていない。

あくまで今のはぶつかりそうになった無礼への詫びなので、本来は俺は詫びに応える必要はないのだが、詫びる相手を無視する神経は現代日本で育った俺には難しい。


「あの……さらなる無礼を何卒お許しください。先程お話にでていた、異世界料理人の新メニュー……どうか私にも紹介いただけませんでしょうか」


美少女ナタリーは完全に自分の美貌を理解しているかのような角度で首を傾げ、甘えるように(こいねが)うポーズでちゃっかり発言をしてくる。マジでちゃっかりしてる。

なかなかの肝だぜこの美少女は!


「プリンが好きなのですか?」

「はい! 去年のこの席で一口食べてからというもの、夢に見るほどに再び口にできる日を楽しみにしておりました……はしたないお願いをして申し訳ありません……」


再び計算づくのようなポーズで恥ずかしそうに俯いて笑う美少女。

プリンは少女を狂わせるのか。仕方ない話だ。

まあプリン食べたいだけなら別にいいよね。


ふとマリアンネとフランツィスカの方をみると、信じられない、とでもいうようにどこからか取り出した扇を半分広げて口元を隠し、険しい視線で美少女を睨みつけている。

さながら大人の女性と変わりない仕草。


ええっと、貴族女性には扇言葉ってのがあるんだっけ?

半分広げて口元を隠すのはどういう意味があるんだったか……親戚の名前や地位は全部覚えたはずなのに、女性の扇言葉は全部忘れた。習ったはずだけどナー。


「あら、デザートを召し上がりたいのでしたらあちらのテーブルが空いていましてよ。わざわざ王子殿下のご案内を賜る必要もありませんでしょう。ねえ、マリアンネ?」

「そうですわね、フランツィスカ。そこの給仕。ナタリー嬢を、王子殿下の専属料理人の新メニューがあるテーブルへご案内して?」


「は、はい」


呼び止められた年の頃17、8くらいの給仕の少年は座り込んだナタリー嬢の側に寄り添うと懐から取り出した布を片方の腕に被せて差し出す。貴人が使用人に触れられても良いようにする配慮だ。やっぱ貴族社会ってめんどくさい。


「……ケイトリヒ王子殿下とご一緒したいのですけれど……ダメでしょうか」


真っ黒な濡れた瞳を上目遣いにして、長いまつげを瞬かせてくる。

前世が大人な俺じゃなきゃこの典型的なぶりっこポーズ、やられてたね!


「マリアンネ嬢、フランツィスカ嬢。ナタリー嬢はこう仰っていらっしゃいますが」


「あとになさってくださる?」

「ええ、まさかわたくしたちと同席したいという意味ではございませんわよね?」


はっ。


こ、これはもしかして! いま、たった今! 気づいたけれども!

もしかしなくても、バチバチしてる!!? 俺を巡って!? 女同士のナントカバトルですか? め、面倒!!


「そんな、侯爵令嬢のマリアンネ様と同席したいなどと言う、だいそれた意味ではございませんわ。わたくしはただ、王子殿下の鈴のようなお声を拝聴しながら、王子殿下考案のデザートを広く知らしめるために味わいたいと愚考しただけにございます」


あっ、さりげなくナタリー嬢と同格の伯爵令嬢フランツィスカを外しにかかっている。

ナタリー嬢、なかなかだぞ?

ああっと予想通りフランツィスカが明らかにムッとしているー!


「マリアンネとの同席はだいそれたことといいながら、王子殿下との同席を望むなんて、あなたねえ、いい加減に……」

「およしなさいフランツィスカ。安い挑発に乗ってはいけませんわ。ブラウアフォーゲルは今大変ですものね。ケイトリヒ王子殿下の歓心を得るためなら多少強引になるのは仕方ないことですわよ」


おおっとマリアンネはおっとりした顔をして直接的な毒を吐くぞ!!

ブラウアフォーゲルが大変だというのがどういうことかは俺にはわからないが、おそらくかなり侮辱的な表現だ! 今度はナタリー嬢が目を細めた! ムッとしてる! あまりあからさまでないけど、さっきの演技じみたぶりっこ表情に比べたら絶対これはムカついている!


「まあ……まるで婚約者気取りですのね。幼い王子殿下を誑かして手放さないおつもりなの? まるでメスの蜘蛛(シュピネ)のようではありませんこと」


「なんですって、このっ」


あっ、フランツィスカが! 般若の顔でナタリーにズカズカと!!

というかもしかしなくてもこれは、俺が「ケンカはやめて〜」って言うやつ!?

止めなきゃ!と、思うけど、ペシュティーノに習った「貴族の心得」がふわふわと記憶に蘇る。


あれはユヴァフローテツの勉強部屋、午後の授業でちょっと会話が脱線したときに聞いた話……。


「ケイトリヒ様、万一ケイトリヒ様を巡って女性同士の争いが起こったとします」

「そんなばかな」


「ありえない話ではありません、しかとお聞きください」

「はあ」


「基本的に、ラウプフォーゲル男は女性に何かを強要することができません。それが例え殴り合いのケンカを止める場合であっても、男性が女性に対して力づくで押さえつけることを良しとしません。もしそのようなことをすれば、たとえ幼くても『()れ者』と呼ばれその汚名はなかなか消えません」

「……ん? ということは」


「そうです。女性を、止めてはいけません。羽交い締めにするなどもってのほか。始まってしまったケンカは見守るしかないのです」

「なんという」


「それがラウプフォーゲルの流儀です、いいですね? 忘れてはなりませんよ、女性には女性の誇りがあり、それがぶつかったときは女性といえど腕力に物を言わせることもあるということです」

「そんな、じゃあどちらかが倒れるまで見守るしかないということ!?」


「そもそもの話になりますが、始めさせないことが大事です。始まる前ならば止めても良いということになっています」

「ものすごくそもそも!」


「そこを上手くいなせるかどうかというのも、ラウプフォーゲル男の甲斐性といえます。こと、女性の扱い方という点に限ってはゲイリー様を見習うのがよろしいでしょう」

「む、むじゅかしい」


……。回想、終了。

ケンカを始めさせない、か……微妙にもう遅い気がするけど、試す価値はある。


「フランツィスカ嬢、マリアンネ嬢!!」


俺が甲高い声で叫ぶと、臨戦態勢だったフランツィスカとナタリー、そしてマリアンネがビクリとこちらを向く。……今の俺が持つ最大の武器は……幼いゆえのかわいさだ!!!


「だっこ!!!」


キューピー人形のようにバッと手を広げる。

3秒ほどフリーズしていた令嬢たちだが、フランツィスカとマリアンネは徐々に頬を紅潮させて「まあっ! まあ、まあ、まあ〜!!」とゲイリー夫人と同じ声を上げながらふたりで俺に駆け寄って抱き上げる。作戦成功だ。


完全に迎撃体制だった美少女ナタリーも、肩透かしを食らって呆然としている。

ラウプフォーゲル人って、少女でも戦闘民族。でもかわいい子どもに弱いのもほぼ共通。


「ケイトリヒ殿下……わたくしも抱っこさせていただけないですか?」


ナタリー嬢は先程までフランツィスカを睨んでいた表情とは一転して、可憐そうに瞳を潤ませて悲しげに言う。いや、キミとはちょっと、俺の中で親密度が低い。

去年はさっと紹介されるだけだったし。


「あら、まだいらしたの。ケイトリヒ様は私達の名をお呼びになったのよ」

「さあさあ、プリンを食べに参りましょう、ケイトリヒ様っ」


力なくくずおれたナタリーをヨソに、フランツィスカは俺を抱っこして領主子息の控え席みたいなテーブルへ。後ろからついてくるスタンリーをチラリと見ると、どこか満足そうに見える。目が合うとなんか力強く頷いてきた。いや、意味分からない。


「これは確かに今までのプリンとは違いますわね! 柔らかいのに形がしっかりしていて、甘さがしつこくないですわ。スプーンで(すく)っても形がそのままですし」

「プリンという名前がついていますけれど、色々と種類がございますのね。私は今回の新しいプリンが一番気に入りましたわ。さあ、ケイトリヒ殿下、あーん」


「あー」


俺は2人の機嫌を取るためにも、しばらく好きにさせよう。どうせ2人はおままごとみたいに俺を可愛がるだけだからちょっと我慢すればいいだけだ。

3人で仲良くプリンを食べているテーブルの周囲には大人と子どもがわらわらと群がって俺たちを見ている。羨ましそうにしている子どもに、微笑ましいものを見るような顔の大人。音選(トーンズィーヴ)でコソコソ話に聞き耳を立てると、

「ケイトリヒ殿下の婚約者はおふたりで決まりか……」

「2人の令嬢のどちらと先に婚約するか、2人同時か、賭けるか?」

「ラウプフォーゲル領主がグランツオイレとシュヴァルヴェの姫と結婚すれば、旧ラウプフォーゲルはますます強固な連携ができる! 理想の展開だ!」

「魔術の才能に加え、あの年齢で女性の扱いまで心得ているとは末恐ろしい」

「もしあのおふたりの令嬢と婚約すれば、次期領主はケイトリヒ殿下に決まりだ」


うっ……婚約の話が俺以外のところでものすごく進んでいる……!


「ねえケイトリヒ様、来年は魔導学院に入学されるのでしょう? 入学されるのでしたらお誕生日会にお招きしても構いませんかしら? 」

「おたんじょうびかい? マリアンネ嬢のですか?」

「まあマリアンネ、あなた素晴らしいわ! ケイトリヒ様、わたくしとマリアンネは、誕生日が3日しか違いませんの。なので、祝えるようになった今年は一緒にお誕生日会をしましたのよ! 今後もずっと一緒にしましょうね、って約束しましたの!」


「ケイトリヒ様はまだ洗礼年齢に満たないのでお招きするべきではないのかもしれませんけれど……もう入学されるのでしたら、ケイトリヒ様のお誕生日を祝いさえしなければ構いませんわよね? どうかしら?」


「どうかしら……」

よくわからないので近くにいたスタンリーを見る。目が合うと、無表情で頷いた。

それは行った方がいいってこと? 好きにしろってこと?? わからん!


「ぺ、ペシュに聞いてみます。お勉強がたいへんかもしれませんし」


「まあ、聞いてますわよ? もうケイトリヒ様は魔導学院の5年生までに習う課程を既に終えていると」

「ええ、わたくしたちそれを聞いて、さすが未来の夫ですわと喜んだのです!」


こじんじょうほうー! コンプライアンスの概念などこの世界にはないのかー!

ペシュティーノの方を見ると、ちょうどグランツオイレとシュヴァルヴェの領主に水マユの説明をしているところだ。こちらの状況には気づいていなさそう。困った。


(ケイトリヒ様、さすがに断ってください。断り方はおまかせしますが、はぐらかすなどして令嬢たちの名誉を傷つけないようにお願いしますね)


耳元に内緒話の両方向通信(ハイサー・ドラート)をしてきたのは、ペシュティーノの横でこちらをチラチラ気にしてくれているガノだ。

断ったほうが良いのね! さすがに親密すぎるってことね!


「えーっと、せいしきに婚約したら行きますね。じつは僕、しばらくの間は体が成長しないかもしれないって言われているので、婚約者は決めないつもりなんです。ちゃんと体が成長することがわかれば、おふたりとの将来を考えたいのはやまやまなのですけど……」


なるべくあっさり、なんでもないふうに俺が言うとフランツィスカとマリアンネはフリーズしてしまった。しくじったか?と、ヒヤヒヤしたけれどフランツィスカがなんだか頬を赤くしている。マリアンネも嬉しそうにはにかんでる。……何が起こった?


「まあ、わたくしたちとの、将来を」

「嬉しいわ、お気持ちはあるということですのね」


まってまって、その前の話も思い出して。婚約者は決めないってはっきり言ったよね!

パッとスタンリーを見ると、何故か目をそらされた。なんで!!

ガノとペシュティーノのほうを見ると、どういうわけか曖昧にニヤついている。どういうことなの!!?


「まあ、おめでたいわねえ! なんて可愛らしい組み合わせかしら」

「ケイトリヒったら、この幼さで2人の令嬢をメロメロにさせるなんて罪な男ね。気をつけなさいよ、小さなレディーたち」


ぬるりと現れたのはハービヒトの2人のゴージャス、リーゼロッテ夫人とマルガレーテ夫人だ。他の人が華奢なシャンパングラスを手にしているのに対し、2人はでっかいワイングラス。酔っている様子はないが、ご機嫌のようだ。


「リーゼロッテ様、マルガレーテ様! お、お会いできて光栄です!」

「きゃあっ! 今日も素敵なドレス! マルガレーテ様、なんて大きな紅玉(ルビーン)ですの、マルガレーテ様にしか似合わないくらいお似合いですわ! それにリーゼロッテ様のドレスは、レオミュールのレースですわよね! 素敵、まるで一幅(いっぷく)の絵の如しにございますわー!」


フランツィスカの褒め語彙が半端ない。さすが未来の「社交界の華」だ。

いい大人の夫人たちも嬉しそう。


「ご一緒してもよろしくて?」

「私たちもケイトリヒを愛でまわしたいわあ」


フランツィスカとマリアンネに挟まれた俺の目の前に、メロンみたいなバストの谷間をこれ見よがしに強調したドレスの2人の夫人が座る。目のやり場に困る視界だ。

いやでも俺は7歳だから……3歳児にしかみえないぼく7さい。


「女三人よれば(かしま)しい」という言葉の通り、夫人たちが現れてからはもう完全に女子トーク。俺は蚊帳の外で、延々とファッションにグルメ、レディーの心得に男の扱い方なんかを話している。俺は聞いてるだけだけど、正直助かった。


「ぼく、のみものとってきます」


こっそりそれだけ言ってするりとテーブルの下に潜り、よちよちと出ていくのをフランツィスカもマリアンネも夫人との会話に夢中で全く気にしてない。

このまま離れても大丈夫かと心配になって振り向くと、リーゼロッテ夫人が俺にバチンとウィンクしてきた。あ、これは夫人たちの気遣いだったのか!

さすが現役の社交界の華! 気遣いの達人! 俺にまで気遣ってくれるなんて天使!


ててて、とそのテーブルから逃げるように早歩きしていると、でっかい分厚い手が俺の腹にあてられて猫の子のように抱き上げられた。


「ちちうえ」

「ケイトリヒ、よく猛攻を切り抜けたな。及第点の腕前だ」


屈強な男たちに囲まれた父上に抱っこされると、なんだかホッとする。


「ケイトリヒ様、ウチの姪が積極的で、すみませんねえ」

グランツオイレの領主フランツが少しも悪びれずに笑いながら言う。


「マリアンネも、普段はおとなしい性格なのですが……同年代の間ではボス気質になってしまうようで。いやはや、申し訳ない」

シュヴァルヴェの領主フェルディナンドも言葉の割に軽く笑いながら言う。


どっちもあんま本気じゃない!


「どうなんだ、ケイトリヒ? 保護者はこう言っておるが、お前の気持ちはどうなんだ」


「いやじゃないですけど、つかれました」


俺がきっぱり言うと、男たちの集団がドッと笑った。

たぶん、大抵の人が思い当たるんだろう。


「それより……その羽織物。水マユですが、本当に素晴らしいですね」

「いやあ、刺繍用の巻糸ひと()の値段を聞いて、目玉が飛び出るかと思いました。フランツ殿にとっては大したことないでしょうが、さすがにマリアンネのお願いといえどドレスをこさえるとなると、家内と家令に相談せねばならん額面です」


フェルディナンドの笑顔が力ない。フランツもやや口元が引きつっている。


「いやあさすがにグランツオイレの財力をもってしても、ドレスは難しいですね。ケイトリヒ様、水マユは素晴らしい製品ですが、もう少しどうにか値を下げられませんか? フランツィスカのおねだりで領の予算を傾けるわけにはいきません」


周囲の男たちが困ったように笑う。


「そうしたいのはやまやまなんですけれど、価格はさがりません。ガノが提示したのが本当に、ぎりぎりの最低価格なんです。でも、兄上たちのようなこものでとりいれる、という方法もありますよ。あ、ちょうどいいところに! カーリンゼンあにうえ!」


何かを探してキョロキョロしていたカーリンゼンを呼ぶと、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「ケイトリヒ、お庭で幻影魔法陣やってるよ! アロイジウス兄上が呼んでこいって。イェレミアスがすごいの持ってきたらしいから、ケイトリヒもおいでよ!」


「あっ、みたいです! みなさま、これが水マユのボタンです! すてきでしょう! ちちうえ! 僕、おにわにいってきます!」


「幻影魔法陣か。どれ、私も行ってみよう」

父上が言うと、男たちの中からも「では私も」とか「今は何が流行ってるんでしょうね」なんて言いながらついてきた。カーリンゼンもまさか父上がついてくるとは思っていなかったようだが、嬉しそう。


お庭に出ると、太陽がまぶしい。


「子どもたちに混ざると緊張させてしまうからな。ケイトリヒ、行っておいで」

父上はテラスの日除けの下で俺を降ろしてくれる、けど……まぶしくてあんまり目が開けてられない。


「ケイトリヒ、目が痛いの? いつも外に出るときはお帽子つけてるもんね?」

「ご用意しております、ケイトリヒ様、こちらを」


スタンリーがサッとどこからか帽子を取り出して、手際よく俺に被せてくれる。俺の側近優秀すぎない? 帽子はフリフリしたものではなく、中折ハットの前のつばが伸びたような形。ディアナにお願いしてつくってもらったんだ。いつのまにか、つばには帽子の生地と同じ色合いの水マユ刺繍がされている。ぬかりなさすぎ!


「おや、そのお帽子は珍しい形をされてますね」

「帽子にまで水マユの刺繍が施されていますぞ」

「ほお、さすが話題の王子殿下は洒落ていますな!」

「初めて見る形だな……ケイトリヒ、それはディアナが作ったのか?」


巨大な紳士たちに囲まれて、帽子をいじられる。


「はい、女の子のような帽子がイヤだったので」


「帝都では帽子の豪華さで流行を競っているそうだぞ」

「帽子など狩りのとき以外は必要ないと思っていたが……なかなかどうして、洒落て見えるものだ」

「うむ、余計な装飾がなく便利そうだ」


「こんどディアナにたのんで、父上のサイズで作ってもらいますね!」


俺が言うと、父上はにこやかに笑って頷いたが周囲の紳士たちの目の色が変わった。


「これは流行が変わりそうですな……」

「ディアナ殿に連絡を……」


そういえばラウプフォーゲルの男性は誰も帽子をかぶってないね。ラウプフォーゲルは暑い地域だから、俺みたいに目の色が薄くなくてもかぶったほうがいいのに。


「おーい、ケイトリヒ。始めるよ、こっちにおいで」

「アロイジウス兄上! はーい! カーリンゼン兄上、スタンリー、いこー!」


カーリンゼンが元気よく走る。俺もそれにつられて走ろうとしたが、テラスの段差で足がもつれた。こける!と思った瞬間、ふわりと体が浮く。


「ケイトリヒ様、走らなくて大丈夫ですよ。足下にお気をつけて」

スタンリーが手を差し出してくる。その反対側の手には杖。スタンリーが魔法で助けてくれたのか! すごいなー!

スタンリーの手をにぎって、ぴょんぴょん跳ねながら子どもたちの輪へ。


後ろで父上と紳士たちが話す声がよく聞こえてきた。


「あの側近の子は何者ですか? 素晴らしい制御で魔法を使いますね」

「ケイトリヒ様だけでなく、あのような才ある子を見つけてくるとは! ザムエル様、これもまたヒメネス卿の功績なのだろうか?」

「あのような側近がいてくれたら、ケイトリヒ様の小さな体でも入学に安心できるな」


スタンリー褒められて俺ニコニコ!

そうでしょうそうでしょう! みんな自慢の側近ですからね!


「ケイトリヒ、はじめるよ」


アロイジウスの掛け声のもと、クラレンツがうすら茶色いスクロールを開くと、そこから光が上へと伸びる。太陽の下なのであまり目立たないが、なかなかキレイ。


そのスクロールから半透明の巨大な馬がにゅるん、と次々に出てきて無音のまま(いなな)くように首をふりかざし、走り去って消える。若干、CGっぽいポリゴン感というか、ディテールの粗さみたいなのが残る解像度。でも立体映像だと考えると前の世界よりもすごいっちゃすごい。

1つめのスクロールはそれだけだったが、集まった子どもたちは満足そうだ。


「すごくリアルな動きでしたねえ!」

「1頭だけかと思ったら、次々出てきましたね! すごい、すごい!」


あ、すごいんだ。

ポカンとしていたらアロイジウスがこちらを見ている。


「ケイトリヒ、これが幻影魔法陣だよ。どう? すごいだろ?」

「うん」


「反応うっすいな。次はドラゴンだぜ! イェレミアスが冒険者から買ったんだとよ! いくぜー!」

クラレンツが自分のことのように声を張り上げる。

さっきから思ってたけど、イェレミアスってだれ?


次に展開された魔法陣も、出てきたのが巨大な赤いドラゴンであること以外はほぼ同じ。

この世界での一般的なドラゴンって、西洋ドラゴンなんだなーと思いながらぼんやりしてた。手のような前足に大きな後ろ足、長い尻尾と背中にはコウモリのような巨大な膜翼。

大きくなったギンコと同じくらいなので、あまり驚きはない。相変わらず解像度は低めで首を大きくうねらせたり、翼を大きく広げたりしたあとにふわりと消えた。先程の馬と同様に、無音でだいたい1分から1分半くらい。

無音って、やっぱりちょっとイマイチ迫力に欠ける。


「どうだよ、ケイトリヒ! すげえだろ! イェレミアス、すげえな! 今までで一番大きいんじゃないか!?」


クラレンツが言うと、嬉しそうに照れる少年がいる。キミがイェレミアスか。

なんだか、アロイジウスとカーリンゼンが期待に満ちた目でこちらを見ているな。


「ケイトリヒ、どういうものかはわかったろう? どうだい、設計できそう?」

アロイジウスが言うと、周囲の子どもも大人たちもどよめいた。


「えー! ケイトリヒ様、魔法陣が書けるの!?」

「まさか! あんな小さいんだぜ、せいぜい記号の配置を考えるくらいじゃないか?」

「設計? まさか、ケイトリヒ様は魔法陣設計も!?」

「魔導学院首席の教育はとんでもないな」

「子どもが設計する幻影魔法陣とは、興味深いな」


大人と子供の声が入り交じる。子どもが魔法陣設計するって、ここまで非常識なことなのか。ペシュティーノさんよ?


「スタンリー。CADくん、つかってもいいかペシュに聞いて」

「はい。……、……、構わないそうです。思いっきり見せつけろ、と仰ってます」


いつになく積極的な姿勢。

ペシュティーノさんよ、ほんとに大丈夫かね?

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