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4章_0051話_帝立魔導学院 3

――――――――――――


「はぁ……」


暗い赤色の髪を両手で抱え込んで、植物園の中でうずくまる青年。

土で汚れた手には何かの書類が握りつぶされ、今にも倒れ込みそうだ。


「アヒム先輩! アヒム先輩、たいへんです! 落ち込んでる場合じゃないッスよ!」


3人の大柄な男子生徒がうずくまる青年に駆け寄る。

立場の弱い平民の彼らが周囲を気にせず会話するには、この植物園しかなかった。


「騒がしいな……ゆっくり絶望に浸らせてくれよ。また予算の増額申請が却下されたんだぞ。去年の新種の芋の開発は、まるであのいけ好かないやつの手柄のように言われてる。やっぱりこの魔導学院じゃ、俺たち旧ラウプフォーゲル派閥は……」


「それっすよ、それ!!」

「今まさに! 風が、風の予感がするッス!」

「元気だして下さい、先輩! 来年はきっと潮目のかわり時です!」


3人の大柄な男子生徒がうずくまる青年を無理やり立たせ、近くにあったガーデンテーブルセットの椅子に座らせる。青年はぐったりして何も反応しない。


「なにが風だ、潮目だ……ハービヒトの末息子が入ってきても何も変わらなかった……影響力の大きいインペリウム特別寮に、今や旧ラウプフォーゲル貴族は彼だけだ。俺たちがいくら研究しようと、きっと日の目は……」


「アヒム先輩! 我らがラウプフォーゲルの! ご令息をお連れになって、領主閣下自らが! いらしてたんです!! 大ラウプフォーゲルの王、旧ラウプフォーゲルの全てを統べるファッシュ家の正統なる直系氏族、ザムエル様、御自らが!」


ぐったりしていた青年がポカンと目を見開いて口を開く。


「しかも噂のご令息と、兄君のお3方、つまり全員のご子息をお連れになって、魔導学院を訪問されたんですよ! 校長が出迎え、トロッチェル先生が案内していました」


「公爵閣下が……校長……トロッチェルせんせい……」

ぐったりしていた青年の目が、カッと見開かれる。


「僕、アクエウォーテルネ寮の屋上から見ました! インペリウム特別寮を視察して、すぐに出て行って……学内をゆっくり見学されてました。慌てて近づこうとしたのですが、さすがに護衛騎士に止められてしまいました。魔導演習場を見学されてたことは間違いないです」


「インペリウム特別寮を……魔導演習場……」

青年の手が震え、くしゃくしゃの紙がぱさりとテーブルに落ちる。


「噂の天才魔術師のご令息に加え、もしかすると……兄殿下たちもご入学されるかもしれません! もしも、もしもラウプフォーゲルのファッシュ家令息がおふた方、あわよくばお3方もご入学されたらどうなるか! アヒム先輩、わかりますよね!」


「てんさいまじゅつし」

ここで何故か思考が停止したのか、アヒムと呼ばれた青年はポカンとした顔になった。


「アヒム先輩、しっかりしてください!」

「先輩の卒業は来年ですけど、もう少し堪えてくだされば必ず潮目が変わります!」

「俺たちが在籍するうちにラウプフォーゲル領主令息が、まさか魔導学院に入学してくれるなんて……アヒム先輩、院生になるか悩んでましたよね? 是非なってください! 諦めず、研究を続けましょう!」


アヒムはガバッと勢いよく立ち上がるとせわしなく視線を泳がせてなにやらブツブツと呟く。


「喜んでる場合じゃない……根回しだ。グランツオイレの父上にご報告して、領主閣下のお耳に入れなければ」


そのときバタンと温室のドアが開いて、ズカズカと軍靴を高鳴らせるような足音で近づいてくる男子生徒。かなり大柄で、教師と見紛うほど大人びているが、皆と同じ制服を身に着けている。


「聞いたか、ハニッシュ! 俺もたった今、レントゲン兄弟から聞いて飛んできたのだ。我らの王の珠のご子息が、魔導学院へ入学するぞ! あの噂は本当だったのだ!」


体も声も大きなその生徒の後ろには、同じく大柄のそっくりの兄弟が騎士然としてくっついている。不敵に笑う糸目も、髪型も意図的に似せてあるようだ。2人とも体格は良く、柔和そうな見た目にそぐわない「超武闘派」と呼ばれている。普段はニコニコとしていながら、旧ラウプフォーゲルのどの領であろうと彼らの前でヘマをする者はいない。例え上位貴族であろうとニコニコ顔のまま瞬時に腕を折るという狂犬っぷりだ。アヒムは彼らを見るたびにつくづく、ラウプフォーゲル男は魔導学院にそぐわないと思う。


「ああ、聞いた」

「ついに我々の時代が来るぞ! ハニッシュ、キミの研究成果だけじゃない。レントゲン兄弟は不正に成績を操作され、平民の中には覚えのない濡れ衣を着せられて停学になった者までいる。我々では力及ばなかったが、帝国を二分する公爵家の、希望の星がこの学院に降臨されるのだ! はっはっは! 中央貴族どもめ、目にもの見せてくれる!!」


「だめだ、そんなことで浮かれているようでは。根回ししなければ……魔導学院に中央貴族の死体が積み重なるぞ! 失礼!」


アヒムはバタバタと不格好な走りで温室を出ていった。


「中央貴族の死体……? 願ったり叶ったりではありませんか、腐った根は切り落とさなければ広がるばかりです」

「調子に乗った中央貴族が、希望の星の降臨でどこまで自らの立場を(かえり)みて生き延びられるか。見ものですね」

レントゲン兄弟と呼ばれたそっくりな2人が顔を見合わせてクスクス笑う。


アヒムを寄ってたかって奮い立たせていた3人の生徒は、貴族社会の言い回しに慣れていないようで気配を消すように黙って小さくなっている。


「キミたち平民を巻き込みはしない。だが協力はありがたい。何かあったら、旧ラウプフォーゲル領同士助け合おう」


大柄の男は白い歯をキラリと光らせるように笑い、兄弟を引き連れて満足そうに靴音を高鳴らせて温室を出ていった。


「ふう……行ってくれたか」

「……ああ言ってくれるのはありがたいけど、アルバン先輩、苦手なんだよな……」

「俺も。俺たちにはアヒム先輩くらいのユルイ感じが合ってるよな。ところで、アヒム先輩はどこに向かったんだろ。追っかける?」

「いや、貴族には貴族の何かがあるんだろ。あまり深入りしないほうがいい」


平民の生徒たちは互いに顔を見合わせ、風が吹こうとしている魔導学園に輝かしい未来が訪れることを想像して笑いあった。



――――――――――――



「ブハァッ!! ど、どう、だ、ケイト、リヒッ、はあ、ハアッ、みたか!! 俺だってこれくらい、どうという、ことは、ないっ」


ずぶ濡れのクラレンツがゼイゼイと肩で息をしながら俺を睨みつけてくる。ラウプフォーゲルを支えるラピスブラオ湖の姉妹湖であるフォーゲルバド湖は、小さくて水深も浅いため水棲魔獣もおらず、水面も穏やかなので子供の水遊びにはぴったり。

クラレンツは足元はフラフラだし顔色もちょっと悪いけど……。


「クラレンツ兄上、すごーい。思ったより泳げるんですね! でも、スタンリーのほうが早かったです! スタンリー、すごいねー、速いねえ!」


ついさっきまで泳いでいたとは思えないくらい全く息が乱れていないうえに、少しも濡れていないスタンリーが余裕しゃくしゃくでクラレンツに乾燥(トロッケン)の魔法をかけてあげたりしてる。湖の中央付近にある岩まで往復する水泳競争に、圧倒的勝利をおさめたにも関わらず、クールだ。


「くっ、おまえ、速すぎるぞ……はあ、はあ」

「すみません。私は水辺の土地の出身ですので。クラレンツ殿下は()()()()()()素晴らしい速さかと」


スタンリーの言葉に、クラレンツはあからさまにムッとする。俺の側近であっても、ラウプフォーゲル王子に対してかなり不敬な発言。

でもペシュティーノはあえて、スタンリーに可能な限りクラレンツを挑発するように、と言い含めている。もちろん、アデーレの許可付きだ。

もちろん狙いがあってのこと。


「クソッ、今に見てろ! 俺はラウプフォーゲル男だ、そのうち筋肉がついて父上のように立派な体になる!」

「がっしりした筋肉は泳ぎには向きませんよ」


「うるさいうるさい! とにかくオマエに勝ってやる!」

「それは楽しみです」


スタンリーが少し小馬鹿にしたように笑いながら、クラレンツの負け惜しみを受け流す。我が側近ながら、なかなかに生意気な態度だ。


「おいっ、ケイトリヒ! オマエの側近、生意気だぞっ!」

「えー。スタンリーと競争したいって言い出したのは兄上じゃないデスカー」


俺は背中にギンコ、両膝にクロルとコガネを(はべ)らせてモフモフ天国。

水辺の浅いところでは、カーリンゼンとその側近が水泳の練習をしている。カーリンゼンは水そのものが苦手なようで、顔を水につける練習を午後中ずっとやっている。


「おいケイトリヒ。オマエ、泳がないのか?」

「僕は泳いじゃいけないそーです」


俺も泳ぎたいけど、精霊からめっちゃ止められた。

理由を聞いたら「全身の激しい運動と体温保持で命属性が削られるから」だそうだ。

俺、泳ぐのも命がけ。


「ふうん」

クラレンツはちょっとバツが悪そうな顔をして、俺の座っている敷物にどっかりと腰を下ろし、レオお手製の高栄養価シェイクドリンクをグビグビ。これもペシュティーノと俺、そしてレオとで考えたクラレンツの教育とダイエットのプランのひとつ。


「これ美味いな。オマエ、こんなものいつも食べてるのか」

「うん。レオの作るものは、なんでも美味しいでしょ? 兄上、それを飲んで一息ついたら、ギンコたちとランニングです。フォーゲルバド湖を5周!」


「はあ!? な、なんでだよ! 泳ぐのは得意だからいいけど、走るのは御免だぜ。それはもう少し体重が落ちてからっていう話だっただろ?」

「クラレンツ兄上、気づいてないんですか? 顎のあたりとか、この一週間でかなり締まってますよ? そろそろ走り込みにはいってもいい頃です」


帝都から戻ってすぐクラレンツとカーリンゼンの教育をペシュティーノが手掛けることになって2週間。俺たちはユヴァフローテツに一晩だけ戻り、すぐにラウプフォーゲルに帰ってきた。兄たちの教育プランを彼らの側近にも習慣づけるため、みっちりプロデュースしている最中だ。

ペシュティーノはお城でアデーレに教育プランを講義中。

俺と2人の兄上は、側近と護衛をつけて体育の野外授業中、というわけだ。


「俺、走るのは……」

「だめです。そのシェイクを飲んだなら、走らないと。食事量と運動量は比例するんですよ。食べたら動く。動いたら食べる。バランスが崩れたら、太りすぎたり痩せすぎたりするんです」


「オマエは食ってばかりじゃねーか!」

「僕はいいんです! 特別なんです! 体が弱かったから!」


確かに激しい運動が禁じられている俺ではやや説得力に欠けるでしょうね!

でもこの小ささを見てくれよ! ようやく最近は体の骨格に見合った肉がついてきた、とペシュティーノがホクホクしていたところなんだぞ! 今まではお腹だけがぽっこりしていてアバラが浮いているというアンバランスな餓鬼体型だったんだからな!

手足がぷにぷにしてきたのは最近のことなんだからな!


「……オマエ、泳いだり走ったりできないのか?」

「体力的にはできないですけど、たぶん泳げますよ。理屈はわかってます」


俺が自信満々に言うと、クラレンツがプッと吹き出した。


「ウソくせえ」

「そ、それに僕には風の精霊と水の精霊がついてますから! 走るのも泳ぐのも、魔法でビューンとできちゃいます!」


「それ、ズルじゃん!」

「ズルくないですー」


俺とクラレンツの会話を聞いて、クラレンツの側近も護衛騎士もニコニコと笑っている。

その後はクラレンツがフォーゲルバド湖を5周するのに、俺もスタンリーも側近騎士たちも付き合った。もちろん俺はギンコの背中に乗って揺られてただけだけど。

クラレンツはまだまだ体重と体力のバランスが悪いようで1周走るだけで倒れそうなくらい疲れてたので、3周にまけてあげた。


次に戻ったときに5周走れなかったらおしおきですよ、と俺が言うとかなりムッとしてたけど、ちょっとビビってた。なにせ俺の後ろにはスタンリーがいたからね。

クラレンツと同い年ということで、スタンリーには何かとライバル心があるみたい。でも何をしたわけでもないのに、恐れてもいるようだ。

まあ……見た目はちょっと、怖い? かな? 大人の俺からすると目付きの悪い子供くらいにしか見えないけど、同年代からすると尖ったナイフのように見えるのかもしれない。

しらんけど。


夜。


「ケイトリヒ様、クラレンツ様とカーリンゼン様のカリキュラムが組み終わりました。御館様の計らいで明日は御用商人が参りますので、学用品をいくつか注文しましょう。その後は……まだ許可はおりていませんが、城下町を視察できるかもしれません」


ガノが用立ててくれた浴槽で、ペシュティーノがおれの頭をもみもみ洗いながら言う。

気持ちよくて眠っちゃいそうになってたけど、ハッと目を覚ます。


「ごようしょうにん?」

「ラウプフォーゲルを拠点にしている、領主御用達の商人ですよ。ユヴァフローテツまで来訪できる担当者候補を連れて参るそうです」


お家まで来てくれる販売員かー。貴族みたいだなー。そういえば貴族だ。


「御用商人って、どういう商品をあつかってるの?」

「ケイトリヒ様、御用商人というのは巷の商会を牛耳り、領主が必要とするあらゆるモノを集めてくる相談役のような立場なのですよ。なので、扱うものを買うのではなく探させるのです」


「そっか。ん、でも領主と繋がりが深いなら……えっと、その商人が、市場を好きに操れるってことにならない?」

「ふふ、やはり大人の魂をお持ちですね。たしかに不正な市場操作をしないよう、御用商人には公人に近いほどの行動の透明性に加え、領内外からの厳しい監視の目があるのですよ。それに反した者は一夜で廃業。御用商人は一部の有力で誠実な商人だけが勝ち得る、厳しいお役目なのです。さ、流しますよ」


目をギュッとつぶって両手で鼻をおおうと、上から温かい湯がざばっと掛けられる。

ぷるぷると頭を振ると、ペシュティーノが軽く乾燥(トロッケン)の魔法をかけてくれた。そのままぽすんと後ろの広い胸に頭を預ける。


「スタンリーに杖を作ってあげたいんだよね。今の市販の杖じゃ、強度が足りないって精霊が言うから。杖は精霊が作るとして、杖のホルダーを……あ、でもユヴァフローテツで作ってもらったほうがいいかな? きっと革職人もいるよね」

「スタンリーの杖ホルダーについてはそれでも良いですね。魔導学院入学に向けての学用品は一旦御用商人に揃えてもらいましょう」


「うん、わかった。城下町の視察の許可は、いつでるの?」

「明日の昼には。もし許可が出たとしても、今までよりもさらに大仰になることはご覚悟くださいね。城下町は今、やや緊張ムードが漂っておりますから」


「ふうん」

何かあったのかな。と、考えた瞬間、アウロラが「ユヴァフローテツを諦めた奴らは、ラウプフォーゲル城下町にはまだまだいっぱいいるよー」と話してくれた。

なるほど、ユヴァフローテツの水産加工場のように敵襲があるかもしれない。

でも大仰になるということは、おそらく父上がラウプフォーゲル騎士たちをつけるつもりなんだろう。


ざばっと湯船から抱き上げられると、抱っこしているペシュティーノごと乾燥(トロッケン)されてふわふわの寝巻きを着せられる。衝立(ついたて)のむこうでペシュティーノが湯帷子から寝巻きに着替えるのを待ちながら、城下町の視察について考える。


「おおげさになるのはイヤだけど……仕方ないもんね。市場が見たいなあ」

「何をご覧になりたいかお聞きしたいところですが、御館様と騎士隊長のご指定の場所のみの視察になります。保安上の理由ですので、何卒ご容赦を」


「市場は?」

「残念ながら。それと、建物への立ち入りは許可されません。基本的に、馬車から風景を眺めるだけになりますよ」


「えー! つまんない!」

「そう仰ると思っておりました。さすがにそれでは視察を敢行する意義が低くなりますので、騎士隊と調整中です。どこか1、2箇所では馬車を降りて市民と触れ合えないかと。ですが、難しいかもしれません。もしそうなっても気を落とさないで下さいね」


寝台にコロンと転がされてふわふわの髪を大きな手が撫でてくる。

むう、と口を尖らせて抗議したけどすぐに寝てしまった。



深夜。


女性の金切り声が聞こえたような気がしてハッと目が覚めた。

心臓がドラムのように鳴っていて鼓膜まで響く。なんだかすごく嫌な夢を見た気がする。

首には汗をびっしょりとかいていて、急に寒気までしてきた。


ぶるっと身震いして、もぞもぞと寝台の上を移動して短い足を伸ばす。ようやく寝台から降りて、よろよろとペシュティーノの部屋のドアへ向かい、俺の頭の上にあるレバー型のドアノブに手をかけるが、どういうわけか重くて回らない。


後ろの闇から何かが現れそうで、急に恐怖心が湧いてきた。


「主」


聞き慣れた声がしてハッと見上げると、ウィオラだ。


「どうされました。ここには恐ろしいものはおりませんよ」


暗い色のローブで全身が隠れているせいで、暗闇にぽっかり浮かぶ顔のようなウィオラを見て、正体不明の恐怖心がさーっと引いていくのがわかる。冷静に考えると、どちらかというとこっちのほうが怖い気がするけど。


「ウィオラ……カオナシみたい」

「かおなし、ですか。顔はありますが……ああ、空想上の生物なのですね」


ウィオラは俺の記憶を覗き見たのか、なんだか納得した。納得するんだ?

暗い場所からするりと現れた白い手が、俺を抱き上げる。


「あ、抱っこできるの」

「今できるようになったようです。ペシュティーノの寝台へ行きますか?」


腕と胸らしき部分に抱きとめられても、なんだか肩の感触がおかしい。ふわふわしていて骨格らしき感触がない。やっぱり霊体は霊体のままなんだろうけど、しっかり感触があるだけでかなりの進歩。そんな事を考えていたら、何故ペシュティーノの寝台へ向かおうとしていたのか忘れてしまっていた。


「んーん、自分の寝台でねる」

「承知しました。おやすみになるまで側におりましょうか」


「うん」


ペシュティーノよりもいくぶん丁寧に寝台に転がされ、ウィオラは寝台に腰掛けるようにして俺を撫でる。ペシュティーノよりも手は小さいけど、ちゃんと温かくて気持ちいい。


「ウィオラ、僕たまに制御できない恐怖心におそわれるんだけど、これは小さい頃のケイトリヒの記憶のせいだと思うんだよね。カタリナに虐待されてたらしいっていうのはわかるけど、何をされていたのか調べられる?」


ウィオラはゆっくり首をかしげ、目をつぶったまま考えるような仕草をする。


「……お身体の記憶を掘り起こすおつもりですか? それは、我の判断だけではできかねます。まずはペシュティーノに相談してみてはどうでしょう」

「ペシュは心配性だから、僕の記憶が戻るのをきっと嫌がるよ」


「そうでしょうね。ですが、ペシュティーノも主の下僕。記憶のない状態が主に害をなすと知れば、おそらく最も負担の少ない形で事実を教えてくれるはずです」

「ウィオラは、ペシュを信頼してるんだね」


「信頼……これが、信頼と呼ばれるものなのですね」


ウィオラがふむふむしているところを見ながら、「こうやって成長していくのか」となんだか感慨深い気持ちになっていたらいつの間にか寝ていた。

朝になってペシュティーノが起こしに来るまで、グッスリだった。


翌日。


ラウプフォーゲル城の豪華な応接室に入ると、すでに御用商人は所狭しと商品を並べ立てていたところだった。かなり信用されているらしく、護衛騎士の同席は必要ないという話なので屋敷の私兵が室外で控えているだけだ。

俺の側近騎士たちは何やらずっと父上に使われているようで姿を見ない。ペシュティーノと2人だけで外部の人間に会うというのは初めてで少し緊張する。


俺に気づいた大きな体の商会の主人らしき人物……立派な体格と鼻下のヒゲ、そして寂しい頭髪の男が俺を見て目を剥いて、深々と頭を下げて膝を付き、ニコニコと笑いながら話しかけてきた。


「初めてお目にかかります、ラウプフォーゲル公爵閣下ご令息、ケイトリヒ様! 私はデリンガー商会の主人のヘルマン・ボッジ・デリンガーと申します。どうぞ、ヘルマンとお呼び下さい。何かお求めのものがあれば、このヘルマンにお任せください」


ヘルマンの慇懃な挨拶に合わせて、小間使いの少年や青年たちも深々と俺に頭をさげて膝を付き、膝の上に両手を重ねてさらにその上に額をくっつける。どうやら商人流の貴人に対しての礼らしい。その並びから一歩前に出た3人の青年が、俺に視線を向けてにこやかに改めて頭を下げる。


「こちらは我がデリンガー商会で私の跡取り候補として教育している3人です。ケイトリヒ王子殿下のお眼鏡に適いましたらば是非、専属契約させていただければと存じます」


「魔導学院で習う科目に合わせて、主に学用品をご用意致しました」

「王子殿下のご興味をそそるものをかき集めるべし、と領主様のご命令がありましたので、自慢の品々をお持ちしましたよ!」

「他にもご希望がございましたら、何なりとお申し付けください」


3人の青年は3人とも営業マンっぽい愛想の良い笑顔で俺に売り込みをかけてくる。

跡取り候補を3人も用意することで競争させるなんて、やっぱり御用商人の道って厳しいんだな。専属契約の選抜は、精霊に任せよう。


キョロキョロと並んだ商品を見渡すだけで、ここが異世界だと痛感させられる。


細身で華奢なレイピアのような剣、ナイフ、俺の小さな体にも充分フィットしそうな胸当てやローブ。ブーツも色とりどり揃えられ、折りたたみできる棚に綺麗に並べられている。

それに謎のガラス製品、カタカタと動く木箱、アタッシュケースのような形の革製の鞄、大きなカゴ、その中にギュウギュウに詰まった……謎の半透明のボール。手術道具のような小さなナイフ、長い鉗子、薬さじ、ハニーディッパーのような棒、光る棒、小石の詰まった箱。


どれもこれも装飾がこれでもかというほど施され、「貴人御用達です!」と主張している。

一見すると用途のわからない、装飾がメインか?と思われるようなものもある。

アクセサリー型の何かなのかもしれない。


「これはなに?」

「こちらは魔導学院の調合学の授業で使われる乳鉢と乳棒、そして薬研(やげん)です」


そうなんじゃないかなとは思ってたけど装飾過多すぎて確認してしまった。

でも薬研(やげん)はかなり小さめで俺にも扱いやすそう。


「この玉は?」

「魔導学院では毎年、実践的な野外授業が行われます。そのときに使う、結界玉です。魔物や虫を寄せ付けず快適な温度を保つための結界です」


え、結界を魔道具に頼るのって、どうなの? そういうことを学ぶために野外授業をするのでは……?

色々思うところはあったが、一通り説明を聞いて魔導学院入学に必要なものをペシュティーノに選んでもらった。

俺としては教科書が早く見たかったけれど、それは生徒個人で買うものではなく学院から貸出という形をとるらしい。

この世界では魔法制御の高度な印刷技術があるが、紙がべらぼうに高い。そのため本は貴族でもなかなか手が出ない存在なんだって。ラウプフォーゲルに普通に本があるから知らなかったよ。


俺が「もっと本が欲しい」というとヘルマンが目を輝かせ、どんな本が欲しいかを詳しく聞いてくる。ペシュティーノはお砂糖は渋るくせに本は構わないのか、止めてこない。

本についてはかなり扱いが特殊なので、改めて候補者の3人に用意させると約束してその日のお買い物はおわり。


本を集める、ということがどうやら俺の専属契約レースのお題になりそう。


その後、ユヴァフローテツで俺の許可待ちの書類仕事をこなして一日が終わる。

結局、城下町の視察は馬車から降りるのは不可、という結論が出た。


なんでも俺の城下町視察に伴って一斉の浄化作戦が行われたそうだ。ラウプフォーゲルは戦闘力の高い騎士が腐るほどいる。それに加え皇帝陛下の命令でシュヴェーレン領とトリウンフ領から引き上げた圧倒的人員を使って、街中を人海戦術でしらみつぶしに調査したっていうからすごい。


アウロラとキュアに聞いたところだが、その浄化作戦で出るわ出るわ、怪しい冒険者に怪しい暗殺者に怪しい諜報員。どういう仕組みかまでは不明だけど、怪しいやつをあぶり出す魔道具を作ったんだって。ペシュティーノと精霊たちが作ったやつだからたぶん、信頼性はバッチリ。


怪しいやつは全員、城下町の外へ追放されたり拘束されたりしたけれどすべての脅威を取り除けてはいないだろうという判断で、俺は馬車から出られなくなった。

くそう、怪しいやつらめ!


というわけで俺の城下町視察は、父上のマジックミラー馬車に乗ったまま。騎士隊治安維持部の英雄と言われている若い騎士の熱血ガイド説明付き。


最初は楽しく聞いていたけど、だんだん暑苦しくなってくる熱血説明。

1刻(2時間)もすると集中力は切れ、ウトウトしちゃった。

俺のお昼寝30分休憩をはさみ、後半は半刻(1時間)見て回って終了。


想像以上につまんなかった。


街の構造は外から見ただけなので何とも言えないけど、建物はユニークな作りが多くて興味深かったけどね! 行政区画ではガウディ建物に似た曲線的な建物が多く、ラウプフォーゲル城に負けず劣らず色鮮やかで華やか。原色のタイルを使った建物なんかは、それだけで観光名所になりそうなくらいだ。

なんかこう言うの見ると、やっぱりラウプフォーゲルで南国なんだなあって思った。


以上。


感想がうすっぺらいよ!!

もっと街の機能や構造について知りたかった!

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