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4章_0050話_帝立魔導学院 2

魔導学院の基本的な寮は4つ。

いや、6つか。


インペリウム特別寮

貴族の中でも「領主」、「皇族」に準ずる生徒のみを受け入れる寮。他国の王族が所属することもある。特別なので他寮のように学科の縛りはなく、他寮の授業に好きに出入りできる。俺が所属する予定の寮ね。


グラトンソイルデ寮

為政者や外交官、さらにその補佐をする文官などの「政治」に関連のある学科を集中的に学ぶ別名「治世科」。高位貴族の令息令嬢が多く在籍しているけれど、徹底した実力主義のため平民でも成績の良い者は一目置かれて取り立てられるという夢のある寮。だがその分、競争は熾烈。エリート街道を目指すならこの寮。


アクエウォーテルネ寮

工業化学、建築、服飾、農業に至るまであらゆる「ものづくり」に関わる学科を扱う。固定観念に囚われない自由な発想を求められることから、年齢や爵位などの階級差別意識が最も希薄。別名「技術科」。魔法を使った高い技術を扱うものづくりを目指す者が所属する。


ウィンディシュトロム寮

経済、物流、金融など「カネ」に関する事を学ぶ学科。その性格故か貴族と平民という単純ではない、カネと権力が複雑に絡んだ独特の階級意識が強く存在している。別名「商業科」。やや独立した形で芸術系の学科も内包されており、芸術家を目指す者だけでなく人脈づくりの文化的な場としても利用されている。


ファイフレーヴレ第1/第2寮

この寮が正真正銘の「魔導」を学ぶ寮。この学科のみが魔導を扱うため、他寮からの外部受講を広く認めている。魔力の扱いと魔導を使った戦闘術、兵法や軍術なども含めたあらゆる「戦い」に関する学問を学ぶ。実習も多く、生徒数も教師数も他寮の倍以上。

第1寮は成績優秀者のみが所属できるとされており、成績の上下で常に第2寮との入れ替えが起こる完全序列性。しかしその実態は……。


「……しかしその実態は?」

「中央貴族が教師と癒着して成績を操作しているという(もっぱ)らの噂です」


「げー」

「……兄君たちには内緒ですよ。仮に入学されたとしても所属はインペリウム特別寮ですから、成績操作に関わることはありません」


オリンピオに背面を守られながら、ぞろぞろと校内を進む隊列の一番うしろ。

トロッチェル先生の表面的なキラキラ説明に合わせて、ペシュティーノの副音声でお送りしております。ファイフレーヴレ寮、なかなか腐ってますね?


「ペシュティーノはどの寮だったの?」

「私はファイフレーヴレ第2寮です」


「あ、そのじてんでお察し」

「そういうことです」


「成績をそうさされてる割には首席はとっちゃったんだ?」

「私はグラトンソイルデ寮の受講も多くしていましたから。ファイフレーヴレ寮だけでは操作しきれなかったのでしょう」


「じゃあ、中央貴族のえいきょうがあるのはファイフレーヴレ寮だけってことだね」

「ええ、その通りです」


グラトンソイルデ寮は学問の性質から考えても癒着を嫌いそうだし、アクエウォーテルネ寮やウィンディシュトロム寮は説明だけ聞いても小物の貴族がちょっかいかけたところでとても手に負えなそう。あくまでイメージ。

対してファイフレーヴレ寮は魔力を使うとはいえ、学んでる内容からすると体育会系だ。権力が存在しなければ暴走するであろう軍と同じで、暴力を扱うからこそ権力には弱い。いや、弱くないと困る、が正しいかな? まあそのへんは俺の個人的な考えだからよしとして。


「僕、戦場にはでないだろうから、じゅこうしないほうがいいかな?」

「従魔学はファイフレーヴレ寮の学科ですよ」


「むぬぬ」

「むしろ、ケイトリヒ様の存在はこの学院にとって風穴となるでしょうね。中央貴族の影響の濃いこの場に、それに正面から対抗しうるファッシュ家の直系子息が鳴り物入りで入学するのですから」


「……いいこと?」

「私は期待していますよ」


ふーむ? こりゃ頑張るしかないか?

キリッとして前を見ると、兄上たちと父上が何故かいっせいに俺を見た。


「え、なに?」


「ケイトリヒ、魔獣だよ」

「オマエ従魔学の授業が見たいって、言ってなかったか?」

「僕も見たいです! ケイトリヒ、近くまで行こう!」


おお……すごい、おにいちゃん! 3人とも、すごくおにいちゃん!


「みたーい!」


「別行動はならん。全員で行くぞ」


「あ、はい」


トロッチェル先生が俺たち親子のやり取りを見て、ニコニコ顔だ。

「さすがラウプフォーゲル男児は、兄弟仲がよろしいですわねえ」


ギンコを走らせたい衝動は抑えて、隊列と足並みを揃えて外へ。


木立の向こうには牧場のような開けた場所が広がっていて、ぐるりと柵が巡らせてある。その内側には、鼻の短いゾウ……みたいな生き物や、大人が10人も背中に乗れそうな巨大なヤギ。アイベックスっていうんだっけ。それの巨大版。正直前世でもアイベックスは見たこと無いからどれくらい大きさ差分があるのかわからないけど、多分絶対こっちのほうがデカい。だってペシュティーノが下をくぐれそうだもの。


「で、でっかい」

「あっちには小さな魔獣もいるみたいだよ」


アロイジウスが指さした方には、何人かの生徒と彼らの膝丈くらいの生物がチョロチョロと走り回っている。犬かな?


「あっ、ほんとだ! なんだろ……ふえッ!?」


よく見ようとした瞬間、横から大きな手が目を塞ぐ。何も見えない。


「え、なに!?」

「ケイトリヒ様、あれは魔蟲です」


え……。


「ひぇ……じゅっ、従魔学では、むしも、いるのですかッ」


「あらあら……困りましたわね。魔蟲が苦手という生徒さんは一定数いらっしゃいますけれど、見るのもイヤという方は……従魔学は難しいかもしれませんわね、おほほ」


ペシュティーノの顔は見えないが、苦手なだけならまだいいと思ってる顔をしているに違いない。ばくはつさせますからね?


「あにっ、兄上っ、虫の見えないほう、まじゅう、魔獣がみたいです!」


「ケイトリヒは虫が苦手なのか……仕方ないな。スタンリー、ちょっと協力して。僕たちがこうやって、盾になれば……ん、足りないかな? クラレンツ、キミも」

「はい」

「チッ、なんだよめんどくせえなあ〜」


ペシュティーノが手が緩んだのでおそるおそる目を開くと、先程生徒たちがいた方向には兄上たちとスタンリーが並んで壁を作ってくれている。


「あにうえ……スタンリー、ありがと……」


兄たちの心遣いに、ちょっと泣きそうになった。

大人げないけど、マジでありがとうございます。


そうこうしていると、4本足の馬に乗ったたくさんのヒトたちとそれに並走するヤギや犬や……カメ? それに牛だか鹿だかわからない草食獣っぽい獣たちがぞろぞろと現れた。彼らは隊列を組むようにキレイに列になって、ぐるりと牧場を回っている。


「あれは少し小さいけど、ムームかな」

「すげえ、本物のギードベックだ! あ、オッソムテイルもいるぞ」

「わあ、あれはハルプドゥッツェントですね。あれは何をしてるんですか?」


「従魔たちを操作して、命令通りに走らせる練習ですわ。あのように一団になって移動すれば、野生の魔獣は肉食獣でもまず近づけません。大規模な商隊になると、護衛と食用と商品輸送を兼ねてああいった多種類の魔獣を混ぜ合わせた隊列を組むことがありますの」


へー、なるほど。しかしなんだか聞いたこともない魔獣の名前が出てきた。


「クラレンツ兄上、魔獣に詳しいんですね」


「バーカ、あれくらい誰でも知ってるよ。荷運びをする魔獣だから、街に出ればそのへんに……ああ、オマエはまだ城下町には出たことないんだっけ」


クラレンツが意地悪そうに笑う。むー。


「クラレンツ、よさないか。ケイトリヒはずっと病気だったんだから仕方ないだろ」

「そ、そうですよ兄上……意地悪しちゃだめですよ。まだ小さいんですから」


「ふん、冗談だよ」


いや、小さくないけどね?

体は小さいけど、カーリンゼンとは2つしか違わないんだよ!

百倍にして言い返す事もできたけど、父上もいるし。大人らしく、流そう。


「ギードベックってどれですか?」

「前から1、2……5番目くらいにいる、茶色いやつだよ。あ、いま6番目になった」


ふむふむと見ていると、ぐるーっと回った隊列が俺たちの方へ近づいてくる。

近くで見れる! と思ったが、なんだか魔獣たちの様子がおかしい。


「なんだなんだ?」

「おい、隊列を乱すな。おい! あれ? どうした、お前たち」


馬に乗っている生徒らしきヒトが、なにやら慌てている。

ボーッと見ていると、いつの間にか俺たちの前で魔獣の群れが渋滞している。柵を飛び越えたりする様子はないが、完全に体をこちらに向けて、魔獣たちもボーッとこちらを見ている。な、なに?


「ギンコ、あれどうしたの?」

「我々の気配でいつもと違う動きをしないように、隠形の術をかけているのですが……さすがにここまで明白に目に見えてしまうと不思議に感じたようですね」


ギンコの声は魔法なので、俺の耳にだけ聞こえるように囁くことができる。


「キャン!!(愚鈍ども、主の御前である! 平伏せよ!!)」


コガネの鳴き声に副音声がついた!?


その瞬間、魔獣たちが柵の向こうで一斉に座った。


え、これなんのライオン◯ング!? 


体の構造的な理由なのか、全員が頭を下げているわけではないがそれでも全員顔を伏せて犬でいうところの「伏せ」に近い姿勢。


「こ、こら、立て! 立つんだ! そんな命令はしてないぞ!」

「おいおい、何だこの状態は……」


従魔を操っていたであろうヒトたちは混乱している。

教師か生徒かわからないけど、申し訳ないな。


「ギンコ……彼らにしたがうように、めいれいできる?」

「御意」


ギンコが「ゥオーン」と小さな遠吠えのような声を上げると、柵の向こうの魔獣たちはようやくぞろぞろと立ち上がって動き出す。従魔たちをよく見るとチラチラとこちらを気にしているようだ。彼らにとっては、従魔師よりもゲーレの拘束力のほうが上なのか。


……こりゃ予想外の効果だな。


「すっげえな、ガルムって! 魔獣の王って本当なんだ!」

「ああ、すごいよケイトリヒ! その小さなフントのような者たちも、本当にガルムなんだね。ごめん、正直疑ってたよ」

「かっこいい!」


兄上たちの尊敬の眼差しは主にギンコに向けられているけど、トロッチェル先生の視線が……どこか生温かい。


「ケイトリヒ様、従魔学は専攻する必要がなさそうですね」

「そ、そだね……」


魔獣を操っていた生徒とトロッチェル先生には、記憶を自然にぼんやりさせる魔法をかけたらしい。ウィオラが、こっそりと。まあまあの大事件だと思うんだけど、「そんなこともあったな」くらいの記憶になるそうだ。ウィオラの精神魔法、こわい。

兄上たちには……父上から言い含めてもらおう。


その後は、それぞれの寮の代表的な学科を見学した。

グラトンソイルデ寮は座学がほとんどなので見ても「ふーん」としか思わなかったが、学んでいる内容は「アンデッド対策」。アンデッドの特性を踏まえた上で、日頃からどういう習慣や仕組みを市民に持たせるべきか、そして有事の際はどういった判断をし、冒険者組合(ギルド)との連携や市民の保護の仕方など、結構リアルな内容だ。


これは俺も学んでおくべき内容だな。


アクエウォーテルネ寮では応用魔法工学。これは平たく言うと「魔導具開発」の授業。

魔法陣や魔法の術式を道具に込める方法、そして素材との組み合わせの良し悪し。これも大変興味深いですね! この寮は実技の授業が多く、座学は少ないそうだ。

前世でいうと図工とプログラミングがごっちゃになったような科、ってかんじ?


ウィンディシュトロム寮では何故か劇場へ連れて行かれた。

学院では文化、芸術を推進していてウィンディシュトロム寮の芸術学科だけはどの寮の生徒でも掛け持ちOKという部活動的な役割をしているそうだ。

芸術学科のみを専攻している生徒は寮生全体の2割程度。劇場は前世の規模に勝るとも劣らない立派なもので、照明設備や音響施設もかなりハイレベルだという。


「王子殿下のなかで芸術にご興味のある方はいらっしゃいますか?」


トロッチェル先生の問いに、明らかに父上が遠くを見つめた。

アロイジウスとクラレンツが顔を見合わせて首をふる。2人がカーリンゼンを見るが、彼も遠い目をしている。


「ケイトリヒはラウテが得意だそうだな」

「そうなのか、ケイトリヒ。すごいな」

「へー」

「クラレンツ兄上は城の音楽室に入るだけで眠気がするって……痛い、兄上!」

父上と兄上が完全に俺を差し出した。


「ケイトリヒ様はお絵描きも上手でいらっしゃいますよ」


「ちょっと、ペシュ?」


ペシュティーノまで俺を差し出した!?


「ああ、そうだったな。我が家で芸術を愛でるのはアデーレとケイトリヒだけだ」

もう、父上も兄上もラウプフォーゲル男子なんだから……。


「芸術学科は、ぐたいてきにはどのようなことをするのですか?」

「音楽に絵画はもちろんですけれど、彫刻、詩吟、調理、製菓……魔導学院独特のものでは『芸術空間魔法陣』というものもございますわね。こちらは7、8年前に王国からもたらされた分野で、今や帝国貴族の話題の中心ですわ。帝国では幻影魔法陣、などと呼ばれておりますわね」


「くうかんげいじゅつ……魔法陣?」

「オマエがさっきバカにしたやつだよ。ドラゴンの幻影が出る、アレ」


「ば、バカにはしてないですよ。あれが今にんきなんですか?」

「短い時間だけど、幻影の魔獣を出すだけでなく周囲の風景をガラリと変えるものもあったりするよ。大人たちの社交界ではそれを見せあって楽しんでいるそうだ」


うーん。無音映画どころか、それをすっ飛ばしてVR映像技術とは。魔法、恐るべし。


「ふーん、そうなんだ。ほんきで作ってみようかな」

「ケイトリヒならすごいの作れる、って話してたよね? 試作は僕たちに見せてね!」


たしかにそういうことなら……間違いなくすごいものを作れそうな気がする。

なにせ前世の映画やゲームで見聞きしたものを実現すればいいだけだ。CADくんがあれば幻影化も楽勝……な、はず。


「ではケイトリヒ様は是非、ウィンディシュトロム寮の芸術学科にお越しくださいね」

トロッチェル先生が微笑む。

……正直、芸術学科であまり学ぶことはなさそうだけど、市場調査や情報収集という意味ではいいかもしれない。


最後のファイフレーヴレ寮では、さきほど魔導演習場を先に見たので室内実技授業の生活魔法研究学を見学することに。

響きは地味だけど、やってることは一番楽しそう!


全員机に座って、目の前にある鳥の羽根や石ころに向かって杖を振って浮かせたり、ぶつからせたり。コップに水をためたり、濡らした石ころを乾かしたり。


「楽しそう」

「ケイトリヒ様には無用の授業ですよ」


「どうして!」

「こういった生活魔法は、我々側近の仕事です」


「でも便利なんだから、おぼえて損はないじゃない」

「ケイトリヒは生活魔法つかわないのかい?」


俺とペシュティーノが問答していると、アロイジウスがそれに気づいて驚いて声をかけてきた。


「アロイジウス兄上はつかえるんですか?」

「ああ、もちろん。簡単なものなら知っていたほうが便利だからね」


聞けば父上もいくつか生活魔法は使えるそうだ。

なんで俺だけ禁止されてるの! いや理由は明白だけど!


「僕も入学までにれんしゅうする!」

「ええっ。そ、それは……」


「ペシュティーノ、何故ケイトリヒにやらせんのだ? 自立には必要だぞ。其方は生活魔法も上手い。指導してやりなさい。魔力が多いのなら自分でやれるに越したことはない」

「御館様……その、魔力が多いのが問題なのです」


ガノ、ジュン、エグモントにスタンリーにオリンピオまで首を横に振っている。

なんでよ!! いや知ってるけども!!


「れんしゅうしないとずっと魔導だよ」

「くぅ……仰るとおりで」


ペシュティーノがものすごく嫌そうな顔してる!


「生活魔法が魔導に? ケイトリヒの魔法は強すぎるということですか?」


アロイジウスが追い打ちをかけてくる。あまり突っ込まないでくれ……。


見学は終わり、応接室へ。


もう日が傾いてるけど、トリューに乗ってラウプフォーゲルへ帰ればまだ完全に暗くなる前にたどり着けるだろう。


「兄上! せつめいかい、どうでした? にゅうがくしたくなった?」


「興味深い学校だよ。騎士学校とは全く違うね。魔導だけじゃなく魔術全般を鍛えるという目的があるのなら有意義な学校だろうね」

「俺は……うーん、そうだな……騎士学校よりは、いろんな学科があって楽しそうだなとは思った。応用魔法学なんて、魔力の多い少ないは関係ないみたいだし。むしろ少ない奴のほうが魔力効率を考えられるって先生の説明には、ちょっと驚いたな」

「僕、生活魔法研究学を受けてみたいな。僕の世話係は、みんな魔法が苦手だから……」


応接室の外、広いテラスで父上と校長、そしてペシュティーノの話し合いが終わるのをきょうだい4人で待つ。

ふと目をやると、少し離れたところに大人っぽい男子生徒が6人ほどコソコソモジモジしているのが見えた。


「ねえジュン、彼らは?」

「ん……旧ラウプフォーゲル出身の生徒たちだそうだ。王子殿下にご挨拶したいって言われて断ったんだが……まだいるな。おい、お前たち! そこで何をしている!」


男子生徒たちは飛び上がって驚いたが、逃げはしない。むしろその場にビシッと直立して整列した。ビクビクしつつもその目はしっかりジュンに向けられている。


「……ふむ、さすがはラウプフォーゲル男児ですね。ジュンの恫喝には、魔力が込められているので普通であれば恐怖に恐れおののくはずですが」

ガノが俺の横で呟く。


「大ラウプフォーゲルの王たるザムエル閣下のご子息、希望の星たる御方に、どうかご挨拶をさせていただけませんか!」


「ダメだと言っただろう。言って聞かねえ奴を、ラウプフォーゲルではどうするか? お前らなら知ってるよなあ? ……オラァ! 散れェ!!」


ジュンがひときわ大きな声を上げると、さすがに脱兎のごとく逃げていった。

そんな邪険にしなくても……と思うけどまあ、仕方ないよね。


校長先生とのお話が終わり、俺は父上に抱っこされてトリューまで。

もう日が傾いてるけど、トリューに乗ってラウプフォーゲルへ帰ればまだ完全に暗くなる前にたどり着けるだろう。


浮馬車(シュフィーゲン)のなかでは、兄上たちはグッスリだ。

父上と騎士たちは流石に寝なかったみたいだが、寝られるくらい快適なのはすごい、と、しきりに話していた。多分、父上も騎士たちも眠かったんだと思う。

俺もグッスリ。トリューに乗ると体がポカポカしていい気分で眠れるね!


お城に戻ったのはまだ夕日がちょっぴり残ってるくらい明るい夕方。


先に着いていたレオが夕食を用意していてくれた。

今日の家族の夕食会は、帝都で仕入れた珍しい野菜……といっても、前世の記憶のある俺からすると見慣れた野菜を使った料理。見た目も味も、完全に日本の「かぼちゃ」だ。


「まあ、この野菜はとても甘いわね! これが今帝都で話題の南瓜(キュルビス)?」


アデーレは一口食べるとにっこり笑った。お肉と一緒に甘辛いタレで炒められたかぼちゃはこっくり甘い。ただの煮付けもあるし、ネットリしたサラダもあるし、色の薄いパリパリ食感の漬物っぽいかぼちゃもある。かぼちゃづくしだね!


「とても甘みのある野菜ですので、デザートもご期待ください」

レオは俺にウインクしてくる。これは間違いなく、かぼちゃプリンが来る予感!!


「それで、クラレンツ。学校の見学はどうだったの?」

「ん……悪くなかった」

「兄上、応用魔法学が気に入ったと言ってたじゃないですか」


「バカ、カーリンゼン。あれは……その、あのときの気の迷いだ」

「ええっ! でも……」


カーリンゼンは俺とアロイジウスに助けを求めるような眼差しを送ってくる。


「そうだ。兄上たちがにゅうがくするなら、あたらしい寮のせっけいをそれ用にかんがえないと。けっきょくどうするんです? にゅうがくする? しない?」


「まあ待てケイトリヒ。あまり急かすでない」

父上はそう言うけど、クラレンツは正直入学先を決めてそれに向けて予習を始めないとなかなか難しい時期に入っている。なにせ字も怪しいという話だし……。


「だってぱぱ……僕だけ魔導学院に行くのはさびしいんだもん」


「なに今更ぶりっこしてんだよ、ケイトリヒ。ユヴァフローテツに行くときもケロッとしてやがったし、それから半年も音沙汰なしだったクセに」


「ユヴァフローテツは小領主としてむかうところだからべつにさびしくなかったもん! でも魔導学院は……僕、ほかの生徒とちがって、ちっちゃいから。ふつうに、おともだちできるかなあって……そしたら、兄上がいてくれたほうがいいでしょ」


「あのなあ、またぶりっこしやがって! 兄がいたら気楽なのは、入学した先に先輩としている場合だろ! 俺が魔導学院に入ったら、ケイトリヒと同学年だぞ!」

「むうっ! ぶりっこじゃないもん!」


「ははは、たしかにクラレンツの言う通りだけど、ケイトリヒの心配もわかるよ。そういえば、魔導学院にはジリアンがいるんじゃなかったかな? そうでしょう、父上?」


「ん? ジリアン? おお、兄上の末息子がたしか魔導学院に行ったと言ってたな! もうすぐ親戚会もある、連れてくるように兄上に伝えておくからそこでもっと詳しく話を聞くといいぞ。よく覚えていたな、アロイジウス」


褒められたアロイジウスが嬉しそうにはにかむ。

しっかり者のお兄ちゃんだけど、まだまだ子供らしい可愛さもあるね。


「ジリアンとは親戚会で話すといい。ああ、ケイトリヒは今回は小領主だ。デビュタント前ではあるが皆親戚。気楽に、だがしっかり社交の練習をしなさい」


「はい!」


魔導学院の学校説明化は、クラレンツの学習意欲を多少刺激することになったようでよかったよかった。俺も1年後に入学する学校が見られてよかったよかった。

実りの多い数日間でしたね!


皇帝? もう忘れた!



「クラレンツあにうえ、よめない読文字(アウゲ)をみつけたら、それをこの紙にかきうつしてください。そのあと、10回かきとりするんです」


「……」


「僕もつきあいます! がんばりましょう!」


クラレンツはアデーレそっくりの嫌そうな顔をしたけど、文句は言わなかった。

読文字(アウゲ)の読み書きが遅れていることは自覚しているらしい。

カーリンゼンは言われたとおりに黙々と書き取りをしている。素直でよろしい。


「ほっほっほ、クラレンツ様がようやく本気になられたのですな。私も嬉しい限りです」


デリウスおじいちゃん先生は机の上で大人しく座っているクラレンツとカーリンゼンを見てご機嫌だ。目元に何か光るものまで見えた気がする。


「鷲……鷲……鷲……と。なんか、書きすぎてわかんなくなってきた」

「ゲシュタルトほうかいですね」


「ほっほ、ケイトリヒ殿下は古代語と共通語を織り交ぜて会話されるのですねえ、全く末恐ろしい」


ほとんど日本語と同等に使われていた言葉も、こちらではちゃんと古代語(ドイツ語)扱いなのか。なんか不思議。


「ゲシュタルトってなんだ?」

「かたち……りんかく、とか、すがた……っていみです」


「すごいなあ、ケイトリヒは古代語までペラペラなんだね」

「んっ、うっ、まあ、その……好きなんです、ことばが。おもしろいでしょ、おなじ意味を表すたんごでも、ヒトに使うばあいとヒトには使わないばあいがあったり」


「全然おもしろくねー」

「うん……難しいよ」

「ふぬー」


言語には文化と思想が溶け込んでいる。と、俺は思う。

日本語に「私」を表す一人称が多いのは、社会の中で自身の立場を周囲に理解してもらうためのツールであること、そして社会もそれを求めたから、と考えられる。

英語で「笑う」を表す単語も多い。日本語でも色々な表現があるが、単語そのものが多いということは、英語圏の社会で「笑い」に対して色々な意味合いがあるからだろう。

そういった分類の多さで、その言語圏の人が何を重要視しているのかがわかる。それが文化につながり、ひいては相互理解につながると俺は前世では信じていた……けど、異世界じゃ通じねえ!


「……たのしめたほうがいいにこしたことはないけれど、どちらにせよインペリウム特別寮では覚えないと落第です。アンバイルブライブン(諦めずがんばれ)!」


「ほお、慣用句まで! ケイトリヒ様は言語の天才ですなあ!」


デリウス先生がしわくちゃの手で頭をナデナデしてくる。ちょっとびっくりした顔をして今度は両手でナデナデしてきた。僕の頭、ふわふわでしょ?


「……おいケイトリヒ、なんか魔導学院に入学するのが決定みたいに話してるけどなぁ」


「あ、そういえばきしがっこうは男子げんていですよね」


「うむ、女子の騎士学校も無くはないが、独立しておるのぅ」


「クラレンツ兄上、ペシュティーノからきいたのですが、魔導学院は帝国のだんじょ共学の学校の中でもっとも女子生徒がおおいんだそーです」


「な……」


「インペリウム特別寮となると、モテモテだそーですよ。そのうえで成績もよければ、成人をまたずに女子のほうからたくさんの婚約のもうしこみがあるんですって」


クラレンツは目と口を開いたまま黙ってしまった。多分いま、妄想タイム。


「そ、そうなんですか……?」

カーリンゼンも食いついた! やっぱり、女性比率の低いラウプフォーゲル男児にとって女性からのモテはこの上なく魅力あるシチュエーションに違いない。


「はっ……ふん、そ、そんな理由でな……別に、モテモテとか……モテモテ……別に興味ねえし! いや、まあ別にモテモテになりたくないわけじゃないけど……」


いやいや、ぜんぜん煩悩ふり払えてないよ。

モテモテって3回も言ってるよ。


「ただ魔導学院は平民の女子生徒も多いですのでな。領主夫人に据える際はさすがに身分を問われますが、第一夫人候補は空席のまま平民女性を第2、第3夫人と限定して婚約する例もございます。ゆめゆめ、第1夫人として婚約するという話が出たら簡単に了承してはなりませんぞ」


領主子息が平民女性を第1夫人とした場合、次期領主候補のなかで明確に遅れをとる、とデリウス先生は話してくれた。しかし後からペシュティーノに聞いたところそれはほとんど建前で、事実上候補から外れるのだそうだ。

それくらい、領主の第一夫人に求められるものは重くて厄介だということか。


「……」


クラレンツが猛烈な勢いで読文字(アウゲ)の書き取りをしている! 無言! 本気!

おおっとカーリンゼンもわざわざ難しい文字を選んで書き取りをしている! こちらも無言! 真剣!!


……まあ、読文字(アウゲ)が書けるなんて基本中の基本だから、成績云々の話までまだ至ってないレベル、というのが本音だけど。


モテへの執念は異世界でも同じですか!


やる気にはなってくれたみたいでよかった。

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