4章_0048話_帝都訪問 3
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「ど、どうする! どうすればいいんだ、あんなことになって……」
焦った声がぴたりと止むと、室内は耳に響くほどの静けさだ。
男たちは顔を見合わせ、誰が口を開くか押し付けあってるように見える。そのせいで、叫んでいた男の怒りは頂点に達した。
「なんとか言ったらどうなんだ、皇帝陛下への進言を提案したのは全員の意見だろう! 処分は仕方ないとしても、その後の立ち回りでなんとかして貴族内での評判の低下を最低限にとどめなければ……」
「おい、それよりも……お前、ラウプフォーゲル領主の護衛の後ろにいた2人の男がみえていなかったのか?」
「……なんだ? 2人? ……護衛騎士か? それと、フードの男だろう?」
「いや、それは全員護衛だ。その後ろにいただろう。黄色と、紫のローブを着た奴が」
「はあ? 何を言っている、そんな奴はいなかった。それにいたら何だというのだ」
激昂した男は予想外の質問を受けて少し血の気が下がり、そして混乱した。
「……いたよな?」
「ああ、俺には見えた」
「俺も見た」
「俺にはうっすら見えた」
「うっすら? おい、何の話をしている。その黄色と紫のローブを着た奴がなんだというんだ! それよりも現実的な対応策を考えなければ、俺たちはおしまいだぞ!?」
「そいつ、俺たちを見た」
「ああ」
「……目が合ったんだ。そうしたら、声が聞こえた」
「俺も聞こえた」
「……はあ?」
謎の人物が見えたと言い張る者たちは、唇の色を失くし、手を震わせ、互いに顔を見合わせては恐怖に駆られたように目を泳がせる。まるで気でも触れたかと疑うような動きだ。
「それが何だ。王子の威圧魔法はたしかに凄まじいものだった……いつのタイミングの話だ? 今日の久方ぶりのラウプフォーゲル領主訪問だ、謁見はいつもより賑やかではあったが」
「そういうんじゃない、頭の中に直接響いたんだ」
「耳から聞こえたわけじゃないってことだけは明確にわかった」
「俺もそうだ」
「お前には、見えなかったのか……何故、お前だけ……?」
男たちは寒気を感じたように体を縮こまらせ、自らを守るように腕で抱く。
「……俺たちはもうおしまい、というのは同感だ。俺は降りる。ラウプフォーゲルはどんな手を使っても、堕ちない。むしろあの白い子どもは帝国に栄華をもたらしてくれる存在かもしれん」
「な、何を言っている!? ラウプフォーゲルの子だぞ!? 我が主……シュティーリ家の仇敵だ! シュティーリが堕ちたら、我々も同じ道を辿る運命だ!」
「それはお前だけだ。俺たちはまだそこまでシュティーリ家と深い仲ではない」
「そうだ。たった今処罰を検討されているであろうヒルデベルトと、可憐さと聡明さで可愛がられるファッシュの末息子。どちらをとるかなど、明白だろう」
「き、貴様ら……!! 鞍替えするつもりか!?」
「鞍替えというほどの勝ち馬に乗った経験が俺たちにあるか? 無茶なことばかりやらせやがって、シュティーリの横暴には辟易していたんだ」
「奴隷のように扱いやがって。俺は……俺たちは……。……を握りつぶされて死ぬなんて御免だ。ファッシュには守護精霊がついている。もし害をなせば殺される」
「今何といった? 守護精霊だと? 誰に殺されると!?」
「後ろにいた黄色と紫のローブだよ!! 俺たちに語りかけてきたんだ! もし……もし事を起こせば、心臓を握りつぶすってよぉ! お前、精霊と目が合ったことが、脅されたことがあるのかよ! この世の全ての恐怖をかき集めても、あの瞬間に感じた恐ろしさのほうが絶対に上だね! シュティーリ? クソ喰らえだ! 好きに堕ちやがれ!」
頭を掻きむしって脂汗を流しながらフードを跳ね上げた男が半狂乱でそう言うと、突然その男の動きがピタリと止まった。
「精霊だと……? そのローブの者が、精霊だというのか? そんな話は」
「……、……! ああ、はい。偽りの主は捨てます……! ケイトリヒ様の敵は私の敵。お許しくださるのですか……! 改心いたします、精霊様!」
男は突然何かが見えているかのように膝をついて、暗く淀んでいた目が陽光を受けたように輝く。
「き……貴様、一体なにを言ってるんだ」
「お、おい……精霊様に許されたのか!? ああ、精霊様!! 私もお許しください! 私は道を間違えました! ですが改心します! 仰せのとおりにいたします!!」
「お、俺も!」
「精霊様、お許しを!!」
男たちが一斉に膝を付き、手を組んで天を仰いで泣き叫び始める。
異様な光景に、1人だけ後退りする者。剣に手をかけ、背中のドアノブに手をかける。
「改心の証として、竜脈の意志に背き、主を害さんとするものを屠ります!」
男たちが一斉に剣を抜き、ドアを背にした男に襲いかかる。
「うわあああ!」
「やめろ!」
「やれ!! 世界に仇なす者に精霊の裁きを!」
「精霊様のお許しを得るためだ、許せ」
複数人の男の怒号が入り乱れる誰も知らない部屋。そこで凄惨な事件が起こったことが帝都で明るみになるのは、ずっと後のことであった。
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「ケイトリヒ、おはよう。謁見は大変だったそうだね」
「アロイジウスあにうえ! クラレンツ兄上に、カーリンゼン兄上も!」
「おせーぞ」
「おなかぺこぺこー」
朝食のため食堂へ行くと、3人の兄上たちが既にテーブルに付いていて、俺と父上を待っていてくれたようだ。ほどなく父上も現れ、父子5人で朝食タイム。
ファッシュ家の益荒男たちは、朝はバラバラらしい。
兄上たちは、魔導学院の学校見学という話にも関わらず初めての父上との遠出ということではしゃいでいる。魔導学院自体はあまり話題に上がらないんだけど、大丈夫かな?
邸宅の食事はレオを連れてきた甲斐あってふわふわのオムレツとやわらかトースト、鶏ハムみたいなあっさりしたお肉に色々なソース、色鮮やかな温野菜。
父上には骨付きのグリル肉がついている。父上はガチガチに硬いものを食べないと食事した気にならないんだって。げっ歯類かな?
「昼前に出立しよう。その前にケイトリヒ、昨夜の件で進展があるから、着替えたら私の部屋に来なさい。ペシュティーノも」
「はーい」
「承知しました」
食事を終えたら、兄上たちはとっくに出発の準備をしているようでタウンハウス探検。ひとしきり屋敷を見た後は、庭で遊んでる。いいな! なんで俺はだめだったの!
ギンコの背に乗って父上の部屋に行くと、出発前なのに忙しそうに書類にサインしたりクラッセンに何かを指示したりしている。領主様って忙しいんだなあ。
「シュヴェーレン領とトリウンフ領からウチの傭兵が完全撤退することになった。もともと全体の兵の数に対して比率の少ない領ではあるが、数は相当だ。引き上げた傭兵は各地に配属する。ケイトリヒよ。例の『アンデッド討伐精鋭部隊』編成の好機だ」
シュヴェーレンはラグネス公爵シュティーリ家の領だとよーく知っているけど、トリウンフってどこだっけ。第二次大陸戦争のときに旧共和国を撃破した英雄に与えられた領ってことと、帝国領で唯一、騎士爵が領主をしているってことだけしか知らないな。
「つまりそのふたつの領が今回の謁見での騒動のしゅぼうしゃってことですか」
「そういうことだ」
父上は俺に向かってなにかの書類を差し出す。
ペシュティーノが変わりに受け取って俺に渡してくれる。
「新しいアンデッド討伐精鋭部隊の結成を許可する……皇帝陛下の許可証ですね!?」
父上がヒゲをクイッと釣り上げて笑う。
「ケイトリヒ、お前が勝ち取ったものだ。お前が使え。2つの領から引き上げる兵員の数は約4千。その人数以内であれば構わんぞ」
「しょうすうせいえいなのでそんないりません」
「安心しろ、それを受け皿にするつもりはない。派遣先はいくらでもある。だが新部隊設立のタイミングは今しかないぞ」
「はっ……じ、じゃあもっと新型トリューの改良をすすめないと!! ぱぱうえありがとうございます! あっ、新設のじゅんびもします!」
「うむ。うむ?」
「ケイトリヒ様、呼び方はパパか父上かどちらかに……」
「しつれーします!」
俺はさっそくトリューの魔法陣設計を見直し、独立飛行型のトリューを頭の中であれこれ考える。機体はすでに追従型が十分機能しているから改造する必要はなさそう。問題は戦闘機型からどれくらいの機能を削減して動力源をどうするかだな!
ギンコに乗って部屋に戻り、出立までの間「CADくん」を駆使してあーでもないこーでもないと考えていたら、あっという間に時間がたった。
「ケイトリヒ、忘れ物ない?」
魔法陣研究を切り上げて馬車に乗ろうとしていたところに、アロイジウスが声をかけてくる。お兄ちゃんぽい!
「わかんないです」
「はあ?」
「何を持ってきたかもわかんないので、どれが自分のものなんだろ?」
「お前、阿呆か」
「クラレンツ兄上、ひどい」
「あはは、ケイトリヒはなんでも側近がしてくれるものね」
「さあ、そろそろ出発しますよ。馬車にお乗りください」
「はあい」
「えっ? 父上と我々、全員が同じ馬車に乗るのですか? それは良くないと父上が仰っていたと思いますが……」
「危機管理の面での定石はそうですが、今回は私の護衛魔法陣があります。それに加えてケイトリヒ様には精霊の加護がありますので、護衛対象の王子殿下は皆様同じ馬車にお乗りいただいたほうが都合が良いのです」
ペシュティーノの説明に兄上たちは不思議そうにしていたが、父と一緒の領主用馬車に乗ることに興奮してすぐにその話題はどうでもよくなったようだ。
タウンハウスを出るときは、使用人たちが総出で見送り。
ファッシュ家の男たちは既にそれぞれ仕事に出ていたりして不在だが、一ヶ月後の親戚会で会えることだろう。
「すごい、本当に内側からはこんなにハッキリ見えるんですね!」
「おい見ろ、あの商人! ヘンな服着てるぜ!」
「本当だ、ラウプフォーゲルの城下町とは全然ちがいますね」
「えっ! カーリンゼン兄上は城下町に行ったことがあるのですか!?」
兄たちが馬車のなかではしゃぐ中、聞き捨てならない話題!
「え、ケイトリヒは行ったこと無いの?」
「ないです! ちちうえ、城下町みたいです!」
「あー、だめだ」
「なぜ!」
父上は目線を泳がせるけど、今はペシュティーノがいない。領主用の馬車はかなり広い作りだが、さすがに子供3人が乗ると大人は2人しか乗れない。アロイジウスは普通だが、クラレンツとカーリンゼンはかなり横サイズが大柄だからね。俺は父上の膝の上なのでノーカン。さすがに手狭なのでペシュティーノが遠慮して、御者台にいるというわけだ。
「危険だからだ。ペシュティーノから聞いているだろう」
「そのために護衛騎士をつけたのでわ」
「王子が城下町で狙われる状況を作りたくないのだ、わかってくれ」
「んむー。あ、でも今となってはもうそれどころじゃないかもしれませんよ!」
俺が期待を含んだ目で父上を見つめると、困ったようにクラッセンを見る。
「ほっほっほ、ケイトリヒ様はラウプフォーゲル城下町にご興味がおありなのですか」
「うん……ユヴァフローテツのとしけいかくの話になっても、ひかくたいしょうがないからこまっちゃって。統治官や建築家がよく城下町を引き合いにだしてくるから……」
父上とクラッセンは同時にハッとしたようだ。
「……御館様、一大事な気がしてまいりました」
「い、言われてみればそうだ。側近たちが補助するにしても、ケイトリヒが城下町を見たことも無いというのはさすがに……」
そーだそーだ。着々と非常識な街ができあがっているぞ!
「こんど、おりをみて城下町見学したいです!」
「そ……そうだな。なんとか敢行せねばならん」
「ケイトリヒ、そのときは輸入品を扱う面白いお店を案内してあげるよ」
「あー、あの店面白いよな! 俺もこの前は兄上と『喧嘩凧』を買ったんだ。1回で壊れちまったけど、あれ楽しかったなあ」
「あれはクラレンツ兄上が勝ったから楽しかったんでしょ? 僕はすぐに壊れたからつまんなかった」
兄上たちは一緒に遊んだりしてるのか。
思い出話に花を咲かせる兄弟の輪に入れず、じっと聞き入っているとアロイジウスがそれに気づいて「今度は4人でやろうな」と言ってくれた。優しいお兄ちゃん!
「うん! あにうえ、だいすきー!」
「はは、なんだか照れる。素直に好きだって言ってくれる弟は初めてだなあ」
「フツー言わねえし」
「は、ハズカシイですよ」
ふ、とクラレンツとアロイジウスが目を合わせて、口ごもる。
「……もしこんな素直で可愛いケイトリヒが子供の頃からいてくれたら、エーヴィッツとヴィクトールとももう少し仲良くできたかもしれないね」
「それは、俺も思った」
「お前たち……」
聞いたこと無い名前が出てきたが、父上は辛そうに眉をしかめる。
もしかして、命を落としたきょうだいが……?
「ぱぱ……」
「ああ、ケイトリヒは知らんな。エーヴィッツはクラレンツと同い年、ヴィクトールはカーリンゼンと同い年か。そんな顔をするな、生きておるぞ。亡くなった母親の兄であるヴァイスヒルシュ領の領主夫妻に養子に出したのだ」
「ヴィクトール殿下はカーリンゼン様の1つ下ですよ」
「そうだったか」
「え! 僕には、まだあにうえがいる!?」
「うむ。養子に行ってしまったが、兄弟であることは変わりない。兄と呼んでも構わん」
ん? ということは、父上は妻を2人亡くしているということ? 不幸すぎない?
しかも母を亡くした子は養子に……なんだか複雑な予感がするけどここは子供らしく。
「あいたい!」
「今年の親戚会で会えるだろう。去年も来ていたがケイトリヒとは会わなかったのだな」
思ったより悲壮感はないみたい。よかった。
「ケイトリヒはすぐ寝るからな」
「デビュタント前ですし、母君が……不在でしたので仕方ないでしょう」
アロイジウス、そこあまり口ごもらないでほしいの!
俺の母親についても、あまり悲壮感漂わせないで。微妙に気まずい!
「そうだな。今年はペシュティーノが正式にラウプフォーゲルの政務官に就任したし、ケイトリヒの後見人だ。じきに代母も決まる。小領主でもあるのだから、デビュタント前とはいえ可能な限り社交して構わんぞ?」
「あ、そうだ。ケイトリヒがすぐ退室してしまったから、お祖父様とお祖母様が残念がっていたよ。今年はちゃんとご挨拶しようね」
「はい! あっ、あにうえ見てっ! ムーム! 白いムームです!」
「うわ、本当だ! でっかいなあ! いつの間にか帝都の城門を出てたんだ」
「あれだよな、美味しい方のミルクがとれるのはムームなんだよな?」
「僕、ムームのミルクなら飲めます」
「ムームのミルクは市場でも人気のようだ。本格的に飼育規模を広げていく予定だ。いつでも新鮮で栄養価の高いミルクが手に入るぞ」
「御館様、そろそろ農場に着きます」
「ああ」
「え、農場?」
「農場で乗り換えるのですか?」
アロイジウスとクラレンツが反応するが、父上は膝の上の俺を覗き込んでニヤニヤしながら「まあ楽しみにしておれ」というだけ。
やがて馬車は農場の倉庫のような開けた場所に止まる。
「乗り換えの馬車などありませんけど……」
「ち、父上、大丈夫なのですか?」
後続の馬車からばらばらと散らばった領主直属の護衛騎士たちが周囲を確認。
馬からサッと飛び降りたジュンは、身軽に倉庫の屋根に飛び乗って周囲を警戒する。
「あの護衛、すごい身軽だな」
「ケイトリヒの護衛だな。たしかクロスリー家の三男坊だったか」
「あのローブのヒトもケイトリヒの護衛?」
カーリンゼンが指さした先には、明らかに周囲の動きに同調せずヌボーッと突っ立っているジオールとウィオラ。ちゃんと僕以外にも見えるんだ、よかった。
「あ、うん……魔術師だから、ちょっと変わってるんだ。でも腕はたしかだよ」
御者台からひらりと飛び降りたペシュティーノが、馬車を取り囲む護衛騎士に説明する。
「今から魔法陣を敷きますので、馬車で待機をお願いします」
ペシュティーノは広場になった空間で懐からスクロールを取り出して杖を振る。
「え、魔法陣で学院に向かうんですか? ヒトを移送する転移魔法陣は違法では!?」
「ああ、直接送ればな」
スクロールが風にさらわれるように舞い、地面に光の筋が走って魔法陣が描かれる。
これも見えてるの俺だけなのかな?
ぶわっ、魔法陣の中心に風が起こって、砂埃が上がる。その中に現れたのは戦闘機型トリューと追従型の5機。そして大型の浮馬車だ。重鎧の騎士でも40人乗れるタイプを改造して貴人用にしてあるので中は広々。ちょっと豪華なキャンピングカーくらいはある。座席にゆとりのある大型バスってかんじかな?
「あれ、いつのまにか浮馬車に窓ができてる」
「なんだ、無かったのか? 外が見えんとつまらんだろう」
父上がジュンと同じことをいうのでちょっとジト目になっちゃう。
騎士たちが周囲を警戒する中、父上と兄上たちは浮馬車に移動。
「うわー、すごい! これ、飛ぶんだね!? あれ、ケイトリヒは?」
「僕は馬のほうにのります」
父上と兄上たちが浮馬車に乗り込んだのを確認して、俺もペシュティーノと戦闘機型のトリューに乗り込む。
父上の直属護衛騎士たちが乗り込んだのを見届け、いざ浮上!
「追従型、全機点呼」
「1号、ガノ・バルフォア。問題なし」
「2号、エグモント・リーネル。問題なし」
「3号、オリンピオ・ブリッドモア。問題ない」
「4号、スタンリー。問題ありません」
「8号、ジュン・クロスリー。問題ねえぜ!」
ジュンが8号なのは、ラッキーナンバーだから、だそうだ。
えーっと、眼の前の「部外通信」のボタンを押しながら……。
『父上、飛びますよ。浮馬車のほうは人員、問題ありませんかー?』
『おおっ! 通信もできるようになったのか。こっちも問題ない。全員乗り込んだぞ』
『りょーかいです。では、はっしーん』
俺のユルい掛け声とともにフワリと戦闘機型トリューと巨大な浮馬車が垂直に浮く。
通信の向こうで兄上たちが「わあっ」とひときわ高い声を上げた。後ろには、野太い騎士たちの声も混じっている。
『わあっ、もう僕たちの乗ってきた馬車があんなに小さく!』
『見ろ、帝都が一望できるぞ!』
『すごい……た、高い……!』
兄上たちの感想を聞いてて楽しい。
ちなみに馬車はここからUターンして帝都のタウンハウスに戻り、レオやメイドたちを乗せてラウプフォーゲルへ帰る予定。
『見ろ、あのモートアベーゼン、ケイトリヒのガルムも乗ってるぞ』
『あいつ、たしか俺たちと同い年くらいの側近じゃなかったか? たしか、スタンリーとかいったか』
『こ、こんなに高いところであんな不安定な場所に乗って怖くないの……!?』
『アロイジウス、もうあの乗り物はモートアベーゼンと呼んではならんぞ。全く別物だからな。これはケイトリヒが開発した、トリューだ』
そこは帝国に特許申請&商標登録しているので、父上のこだわりポイントだ。
『そういえばケイトリヒ、現在流通しているトリューとこのトリューとではまたさらに別物になってしまったな。なにかしら区別する呼び名を付ける必要があるぞ』
『えぅ……あ、お、おいおいかんがえます』
『新しい名前、考えてあげるよ! ヒンメルスフェーガー、とか……シュタールフリューゲル、なんてどうだ? あ、それかクリンゲンシュトゥアムとかは?』
『うおお、さすがアロイジウス兄上! 古代語ですね! かっこいい!』
長いよ。
『それより、魔導学院の見学にはどうして全員で? アロイジウス兄上は、今は騎士学校にはいってるんですよね。転校することもありえるんですか?』
俺が聞くと、父上が『あー……』と口ごもりながら答える。
騎士たちも同じ空間にいるから、質問したのは失敗したかな?
『まあ、今回の訪問でもしアロイジウスが転校したいと言い出したらやぶさかではないがな、私から勧めるものではない。単に、子どもたちが学びに対して興味を持ってくれればと思ってな。ケイトリヒはもう入学することが決まっているわけだし、興味を持ったきょうだいがいたなら、一緒に入学させてもよいと考えておる』
『ラウプフォーゲルは古くから魔術に関する技術が遅れていると言われていますからね』
アロイジウスがなるほど、というふうに迎合する。
『魔術って……さっき、ケイトリヒの世話役が使ったような転移魔法陣とか、だよな。たしかにああいう魔法が軽々と使えたら、便利だよな……』
クラレンツも同調する。おっ!? 父上の言う「興味を持ったきょうだい」は主にキミだよ? もしかして効果抜群だった?
『使えたらたしかに便利ですよね。でも僕には才能ないだろうからなあ……』
カーリンゼンがネガティブ発言する! やめてー。
『カーリンゼン兄上、僕はちょっと特別らしいですけど、ペシュティーノくらいの使い手は帝都にはたくさんいるそうですよ。ラウプフォーゲルでは魔術に対する苦手意識があるせいで伸びないのではないか、とペシュティーノが言ってます。才能の有無は学んでみないとわからないそうですよ』
ペシュティーノくらいの使い手はたくさんいる、っていうのはウソだよね。
ちょっと盛ったでしょペシュ?
『そう……なのかな』
アロイジウスが反応した。アロイジウスは座学が苦手だそうだが、剣術は年齢の割になかなかの腕前と聞いている。でも正直、領主子息として次期領主を目指すとしたら、剣術はさほど重要ではない。
『アロイジウス兄上であればもう剣術もお上手だそうなので、魔術を学んだら……ねえペシュティーノ、魔法剣とかって……あ、無理? 魔導を使った複合技? それってどう違うの?』
『失礼します、王子殿下。ペシュティーノです。ケイトリヒ様の仰った「魔法剣」は、ある特定の剣術の流派の1つで、体得にはかなりの特殊な……付与魔法に近い魔力適正が必要となるもので使い手はクリスタロス大陸に10人もいないと言われています。対して剣術と魔導を組み合わせた複合技の使い手は、冒険者ならばB級以上に必須と言われているものです。我らがケイトリヒ様の護衛騎士隊においては、全員がその使い手です』
浮馬車で父上たちと同席している騎士たちがざわつく。
そんなにすごいの?
『専門性が高く分業と連携の強い騎士と汎用性が重要な冒険者の戦闘スタイルの違いでしょう。どちらが優れているかなど無粋な問いですが、個人の戦闘力を高めるには魔導を学ぶのは効果があります。ただそれを軍隊でどう活かすかまでは私は存じませんので、何とも申し上げられませんが』
『トリュー中隊みたいに複合技を使う部隊、みたいなのができたら戦術の幅はひろがるかも、ってことね。確かに、いまの騎士隊の1人がイキナリ魔導が使えますって言われても使いドコロにこまるだろうねえ。帝都の騎士たちには、そういう部隊があるのかな』
俺がブツブツいうと、通信がざわついた。
騎士たちと父上、兄上が何やら話し合っているようだが、通信ではザワザワとしか聞こえない。まあ、空の上では何かに警戒する必要はないから思う存分雑談するといいよ。
こういうところから未来の有望な何かが生まれるかもしれないし!
『お話が盛り上がっているところ恐縮ですが、もう既にシャッツラーガー領に入っています。あと5分もせぬうちに魔導学院の上空、離発着場に到着です』
『なんと!? 帝都から魔導学院は大街道の一本道ですが、2週間はかかる距離ですぞ! それをこんな……半刻(1時間)も経っておりません、転移魔法陣よりも早いですぞ!』
直属騎士隊の誰か、説明ありがとう。
『魔導学院には、離発着場があるのですか?』
騎士隊の誰かが質問したが、浮馬車の中では誰も答える者がいないのでペシュティーノが答える。
『帝国ではウンディーネ領などの辺境でしか飼育されていませんが、王国では輸送に使われている大人しい飛竜種が稀に飛来します。魔導学院でも一昔前に研究されていたようですが、今は飛竜飼育の権威と言われた教授が王国へ渡ってしまったため廃れていますね』
『竜種が……!?』
『いえ、その大人しい飛竜種はワイバーンやラオフェンドラッケに近い種で、厳密には竜種ではありません。リンドブルム、あるいはレーム竜と呼ばれていたかと』
『ああ、レーム竜なら見たことあります! そう……帝国では廃れたのですね』
騎士の1人が残念そうに言う。
兄上たちが、見たことあると言った騎士にどれくらいの大きさなのか、どれくらいの荷物を運べるかなどで質問攻めにしている。竜ってこの世界でも男の子の憧れなのか。
『見えてきましたよ』
ペシュティーノがそう言うと、薄い雲の下に連なる尖った山の合間に、開けた土地と巨大な城が見えた。ラウプフォーゲル本城ほど豪華な装飾はないが、大きさは何十倍もありそうだ。周囲にも離宮のような小さな城がそびえていて、渡り廊下で繋がっている。
重力を無視したデザインの建物からは何のためにあるのか解らない滑り台のような管や半透明の板などが伸びている。
おお、ちょーファンタジー……と思ったが、そのファンタジーなデザインはごく一部。
大きさは桁違いではあるがデザインは全体的にヨーロッパの城と大差なく、ところどころ不思議デザインが見えるだけだ。
城の周囲の山は植物が生い茂る様子もないゴツゴツした岩肌だが、その岩が光は反射すると青や緑に輝いて見える。かなり険しい山岳地帯だと思うが、山を縫うような街道だけが赤茶色でとても目立っている。風景さえもファンタジー。
本来魔導学院に向かう生徒たちはこの道を通るのだろう、今も多くの馬車や馬、徒歩の人々が行き交っている。
『大きい!』
『広いなあ!』
浮馬車からも感嘆の声が聞こえてくる。
『3000人以上の生徒と1000人以上の教職員や準職員を抱える巨大学院ですからね。下には学院都市も広がっていて、正式には街ではないのですがゼームリング街と呼ばれています』
巨大な城は山間に建設されたダムのような高い城壁の上にそびえ立っていて、その城壁の下には「正式には街ではない」というが立派な街並みが広がっている。
街のはずれには農地や巨大な倉庫なども見え、魔導学院を中心にした経済圏が存在することがよくわかる。
『農地も見えますよ? 街には普通に人が定住しているのに、正式に街ではないとは?』
『あくまでこの街は学院の「延長施設」という扱いなのですよ。学院に務める職員の住まいや、研究に必要な施設にしかその扱いが適用されません。農地も魔法による農作物研究の施設……ということになっています』
『ということになってる……ということは』
『学院の延長施設に認可されないと、税収の区分がここから遠く離れたシャッツラーガー領の首都の扱いになって生活が困難になるのでそういうことにしているようですよ』
トリューが速度と高度を徐々に下げると、街道や街を歩く人々の安定のリアクションがよく見える。俺達の一団を指差したり、手を振ったりしてくるお決まり行動だ。
多分、兄上たちが手を振って応えているんだろう。
『尖塔の向こうに離発着場があります。そこに付けましょう』
ペシュティーノの言葉に建物を見ると、ファンタジーな作りの縦横無尽に伸びる城の中腹あたりにヘリポートのような開けた広場が見える。
よく考えたら、これってなんとかポッターみたいな魔法の学校みたいだよね!
なんか遅ればせながら、わくわくしてきた!




