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4章_0046話_帝都訪問 1

帝都へ向かうその日。


目覚めると洗顔、軽食、そしてすぐにお着替え。

これから1刻間(2時間)は馬車の中で、帝都に着いたらファッシュ家のタウンハウス、通称「帝都ファッシュ邸」で一泊。翌日は皇帝陛下に謁見している間に兄たちが帝都に到着する予定で、さらにもう一泊。それから帝都のはずれまで馬車で向かい、その後は浮馬車(シュフィーゲン)で魔導学院までひとっとび、という日程だ。


アロイジウスも含めた兄弟全員で俺が入学する予定の魔導学院を訪問するなんてどういうわけだい、と思っていたけれど、どうやらクラレンツもあわよくば入学させるつもりらしい。何があわよくばかというと、学力だ。


詳しい話は帝都から戻ってから、と父上からは含みのある言葉で濁されたけど。

兄上と同じ学年になるんだ? そういうのってこの世界では普通なのかなと思って聞いてみると、そう珍しいことでもないそうだ。


帝都訪問1日目は移動日なので服装はいつもと大して変わらない。

でも帝都に向かうということで、ラウプフォーゲルのコケンを示すためにいつもより上等で派手め。襟のおリボンにはちょっと重いくらいの宝石のブローチがどどんと中心で輝いてるし、ブーツにも宝石が縫い付けられている。軽装にも見えるシャツのたっぷりフリルには全てのフリルに銀糸で細かな刺繍が施されているのでキラキラ光って見えるし、ボタンも白蝶貝という最高級品。手袋も杖のホルダーも親戚会のとき同様、宝石たっぷりの贅沢仕様。コケンって重い。

これって悪人がさらって身代金要求する必要もない。俺自身が身代金を身に着けて歩いてるみたいなもんだ。歩く身代金。なんかそういうフレーズあったな……。


父上は立派な装いではあるけれど宝石とかはそんなについてない。

かっこいい。ずるい。


ラウプフォーゲルの紋章旗を高々と掲げた大きな6頭立ての馬車に乗っていざ出発!

馬車は俺と父上、そして側近のペシュティーノとクラッセンを入れても充分な広さのある豪華な内装で、座面もフワフワだ。外からは鏡のようにツルリとしていてわからなかったが、中からは広い窓から外が見えるマジックミラー形式。このような技術もあると思うとやはり魔法というのは想像以上の文明をもたらしている。


「外からは中が見えないのに、中からは外が見えるのですか!」

「フフ、これは光魔法による目眩ましの魔法陣がかけられているのですよ」


マジックミラーも光の反射と透過を計算した原理だ。

目眩ましといわれると魔法のようだが、原理を知ればさほど難しいものではない。


兄上たちが見送る中、城の地下駐車場のような場所で馬車に乗り込むと滑るように城を出た。さすが領主閣下が乗る馬車は動きがいいですね!

馬車は城壁の正門からは出ずにぐるりと大きくロータリーを回って、俺が足を踏み込んだことのない東の離宮を横切って東門へ。門をくぐると巨大な橋の一本道になっていて、その先にはコロセウムのような円筒型の建物があるだけ。


「ぱぱ、あれは?」

「帝都と主要な領主が治める領地を繋ぐ、『相互転移陣』の施設だ。領主の命令がないと使えない重要な転移陣だぞ」


「主要な領主……転移陣がない領もあるのですか?」

「ええ、帝国は36の領が集まって出来ておりますが、転移陣の設置が許可されているのは約半数。その中でも相互転移陣と呼ばれるものは4つの領しか持っておりません。この4領は特に皇帝陛下の信頼厚い領として永久常任理事領と呼ばれています。俗称ですが〈四主領〉などとも言われますね」

父上の専属執事、クラッセンが丁寧に説明してくれる。


〈相互転移陣〉ではない他の領が持つ転移陣は、〈制限転移陣〉と呼ばれ、事前に転移先に許可が必要だったり利用する目的や人物、転移する人数などが制限されるのだという。


「ほんとに貴重なんですね」

「もしハービヒト領からゲイリー様方が中央へ向かう場合は、ラウプフォーゲルの転移陣をお使いになるでしょうね。ハービヒト領は20年前に出来たばかりの新しい領ですから。それに旧ラウプフォーゲルの領主の方々は、中央への転移陣を望む領は少ないのでは?」


「そうだな、それよりもラウプフォーゲル城下町への転移陣を望む声が多い。そうだ、ペシュティーノ。兄上がまさにそれを望んでいたのを覚えているか。近いうちに予算を組む予定だ」

「はい、覚えております。設置されるのですね」

「ああ。魔法陣の設計と確認を頼めるか? あと3領ほど、同様の申し出があるがひとまずハービヒトで試験運用しようと思う。問題ないようであれば、領主間だけでなく商用利用にも用途を拡大したい」

「承知しました。商用利用の設計についても調べておきましょう」


父上とペシュティーノの話を聞いていると、想像以上にペシュティーノが重用されているように思える。

「ペシュティーノは父上のお仕事も手伝っているのですか?」


「ええ、そうですよ。魔法や魔導に関わることならばお力になれることもありますので」

「ケイトリヒ、ペシュティーノは得難い人材だ。独り占めせず、父にも貸してくれ」


「それはかまいませんけど……知りませんでした。ペシュティーノはいそがしいのですね。あまりワガママをいってこまらせては悪いなとおもっただけですので」


父上の横で静かに様子を見守っていたクラッセンが、ふむ、と声を上げる。

「ケイトリヒ坊ちゃまは本当に成長なさいましたね。お言葉もしっかりなさって、側近を気遣うお優しい心をお持ちです。本当に、クリストフ様にそっくりでいらっしゃいます」


クラッセンの細めた目は心なしか濡れている。父上もペシュティーノも、それを聞いて感慨深いようにしげしげと俺を見つめてくるのが居心地悪くて、ペシュティーノの膝を枕にしてコテンと寝転んだ。


「うむ、ケイトリヒ。寝てても良いぞ。これから1刻(2時間)は馬車の中だ」

「ケイトリヒ様、抱っこしましょうか?」

「ううん、いい」


座面がふわふわなので気持ちいい。

横になると反射的にウトウトするし、今日の朝は起きるのがいつもより早かったし、ペシュティーノが優しく頭を撫でてくるのですぐに寝落ちした。体感4秒。

某国民的猫型ロボットの主よりも寝付きが良いのが自慢です。



声をかけられて目を覚ますと、外には見慣れない城のような邸宅の前の馬車回しを緩やかに進んでいるところだった。広い庭は立木も低木も綺麗に手入れされていて、石畳にはドロも枯葉もひとつも落ちていない。贅沢にも程があると言いたくなる邸宅。


「……すごい。ここ、全部が帝都のファッシュ邸?」

「そうですよ。ザムエル様の持ち物ですが、不在の間はザムエル様の叔父君であるジャレッド様が管理されています。今はゲイリー様の次男バート様と三男のヴァルター様……あとキストラー家のご子息がお住みです」


ラウプフォーゲル中央支部といったところか、と妙に納得した。


「あっ。転移まほうじん、見れなかった!」

「おや、見たかったのですか? ……トリューがあるので今後使う機会は減るでしょうが……次に使うときがあったら忘れずに起こすようにしますね」

ちょっとしょんぼりした俺のほっぺを、ペシュティーノがあやすように撫で回す。

魔法陣自体はどんなものか大体想像がつくが、どういった運用をしているのかが気になったんだ。まあ使うところを見られなかったのは残念だけど、ラウプフォーゲルにあるのなら父上に頼めばきっと見学くらい許してくれる。


3階建ての邸宅は窓を数えるだけでも大変なくらいなので部屋数もきっと多いのだろう。正面玄関には使用人と住人と思われる人物が総出で迎えに並んでいる。ファッシュ家が帝国内でどれだけ力と財力をもっているかがよくわかる豪華さ。


父上が俺を荷物のようにひっつかんで抱き上げて馬車を降りると、その総出の人々が一斉に深々とお辞儀する。

「おかえりなさいませ、ラウプフォーゲル公爵閣下、ザムエル様」

「うむ、出迎えご苦労」


「そちらがご令息の……おお、なんと珠のようにお可愛らしい御方か。どうかお顔をおみせください」

「先程まで寝ておったので挨拶は勘弁してやってくれ。案内せよ」


寝起きでぼんやりした目に、少し年をとったゲイリーに似た狼のような頭の大男と、父上と瓜二つの若い大男、そして誰とも似ていない鼻の大きな大男の3人が興味津々に俺を見つめてくる。

ファッシュ家は本当に皆、全員大男なんだな。


父上と瓜二つの大男を驚いたように見ていると、「父上と似ていて驚いたかい?」と笑いかけてきた。

「私の甥っ子だ。ゲイリー伯父様の次男だよ。お前からすると、従兄弟だな」

「バートさま」

俺が寝起きの声でぼんやりそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。

「おお、知っていてくれてたんだね。嬉しいなあ。いやあ、叔父上。可愛すぎませんか? あ、こちらは弟の」

「ヴァルターさま」

鼻の大きな大男がふにゃりと笑う。

「ファッシュ家の名前をちゃんと覚えてるのか、偉いね」

あのゲイリー様のご子息とは思えないほど、ふたりはとても落ち着いている。というか、あのファビュラスなおふたりの夫人にはこんな大きな息子がいたのか。異世界では別のニュアンスで伝わりそうなので言えないけど、いわゆる美魔女ってやつだね。


彼らの後ろでは、護衛騎士も混じって衣装の入った荷物や食料などを馬車から屋敷へ搬入している。

オリンピオはひとりで大きな長持を抱え、ガノとジュンは2人で大きな荷物を持っている。

レオもなかなか力持ちで、小さめの樽を1人で運んでいるのを邸宅の使用人が手伝おうとしている。スタンリーがそれを眺めるようにぼんやり立っているのが、なんだか面白い。


邸宅というか屋敷というか、城に近い規模のその建物はラウプフォーゲル城よりも全体的に天井の高さや廊下の広さのスケールが小さいが、装飾はこれでもかというほど豪華だ。中央でラウプフォーゲルの影響力や権威を示すために必要なのだろうが、目が疲れそう。


俺にあてがわれた部屋は、可憐な鳥や花の装飾がふんだんにあしらわれた白とピンクが基調の部屋。元の世界の感覚だと「メルヘンチックで女性的」と言いたいところだが、ペシュティーノも他の護衛騎士たちも気にする様子がないので俺も気にしないことにした。


「皇帝陛下との謁見は明日なんでしょう? 今日はこれから何するの?」

「明日に備えて休んでください」


「え。僕、ねてたから元気なんだけど」

ペシュティーノがベッドのマットレスをめくったり枕を整えたりしながらハッと俺を見る。


「……側近たちも明日の準備で忙しいはずです。残念ながらお相手できる者はおりませんので、ギンコたちか、ウィオラたちとお部屋で遊んでいていただけませんか?」


「お庭に出ちゃ」

「ダメです。……いえ、中庭でしたら少しなら……」


「屋敷の中だったらだいじょうぶ?」

「いえ、ダメです。なるべくお部屋にいらしてください……と言いたいところですが、たしかに部屋に閉じ込めるのはよろしくありませんね。カンナ、いますか?」


ドアの向こうでバタバタと音がしたかとおもうと、俺の専属メイドのカンナが優雅に現れた。めっちゃ走ってきたはずなのにきれいに隠したね。音まで隠せたら完璧だったのに!


「メイド側の準備は問題ありませんか?」

「はい、邸宅のメイドたちが十分に準備してくださっているので我々がやることはほとんどありません」


「では私は少し手が離せないので、しばらくケイトリヒ様の面倒をお願いします」

「! 光栄です!」


「表の庭には出さないように。正門は大通りに面していますし、西側の柵の向こうは崖です。ラウプフォーゲル城と違って守りは万全とは言えません」

「お任せ下さい」


俺、めっちゃちっちゃい子扱い。いや実際体は小さいんですけれどね?

別に面倒見てくれるヒトがいなくてもヘンなことしませんよ。中身大人ですから。


でもヒマにはちょっと耐えられそうにない。


「カンナ、中庭いきたい」

「では参りましょう! ギンコ様に乗りますか? もしかしたらコガネ様にも乗れるかもしれませんね。クロル様は……さすがにムリでしょうが」


「愚昧め、この私を何だと思っている!」

クロルはキャンキャンと吠えながらものすごく偉そうな女性の声で反論、というか侮辱する。肉声と魔法の発声を同時に使うタイプ。


「クロル、カンナにひどいこといわないで」


おれがキッと睨むと、クロルは耳をぺしゃんとさせてお座りしたまま肩をすくめるように上目遣いになる。くっ。かわいいな。


「主、どうぞ私の背にお乗りください。我が肉体の強度は大小を問いません!」

金色の柴犬コガネが丸い尻尾をブンブンと振って目を輝かせて提案してくれるけど……。


「うーん、そこは心配してないけど、小さいから安定しないんだよね。どこを掴んでいいかわからないし……ギンコに乗るよ。ね、ギンコ」


部屋の隅で控えていたギンコがのそりと立ち上がって、そっと俺にすり寄ってくる。

カンナが鞍をつけてくれる間、コガネとクロルはずっとムキ顔をしてた。

やめなさい。


「主、我らも随行致しましょう」

「はーい! 僕も僕もッ! 主と遊ぶ〜!」


ウィオラとジオールが現れる。

彼らは傍目からみたら立派な大人の男性なので、まあ人手としてはいいかも。ただ存在感がどうなってるのか謎。うっすら見える大人の男……あ、別の意味で怖いかもしれない。


思いのほか大所帯になった。犬3匹とメイド、そしてチャラい騎士と居眠り魔導士を連れて中庭へ。

サッカーボールサイズのボールがあったのでなんちゃってサッカーみたいなことをしたり、犬たちと鬼ごっこしたり、ジオールとお相撲っぽいことをしたり。

ウィオラとジオールは以前よりも感触がしっかりしてきた。服を着たでっかいゼリーを相手にしてるかんじ。絶対に人体ではない感触だけど、それなりに質量感と感触があるのでなんとか相撲のテイにはなった。


途中でバートさんがお相撲をしてる俺たちを見つけて乱入してきた。

俺は何回かコロンと地面に転がされたが、頭を打たないようにゆっくり転がされるので負けるのも楽しい。カンナが敷物を用意してくれたので土が付くこともない。

ペシュティーノが「そろそろお部屋に戻って下さい」と呼びに来るまで遊んでた。

中身大人のつもりでしたけれど、普通に楽しかった。


部屋に戻ってギンコの腹毛にボスンと顔を埋め、そのまま眠ってしまった。

夕方になって暗くなってきた部屋でふと目を覚ますと、ギンコに包まれた俺のお腹にクロル、背中にコガネがくっついて寝ていた。至福!! ここはモフモフ天国!


「あああ、ケイトリヒ様、どうして床で寝るのですか」

「おふとんギンコ……」


「そろそろお夕食のお時間です。お父上と一緒に、帝都のファッシュ家が集まりますからお召し替えしましょうね。こんなに土埃をつけて……洗浄(ヴァッシュン)


じゃば、と頭から生ぬるい湯が注がれて体を流れ落ちて足元で消える。ベタついた首もギシギシしていた指先もさらさらキレイ!


「ギンコたちにもかけて」

「はいはい……中庭は土なのであまり行かせたくなかったんですが、この程度で済んだのはカンナの努力なのでしょうね。洗浄(ヴァッシュン)


さっぱりした体で着替えて、食堂へ。夕食の席には父上とバートとヴァルター、出迎えの時にはいなかったキストラー家の領主、フランツの息子ハンネスが同席する。

屋敷の管理人であるジャレッドはどうしても外せない所用があるため遅れて同席するのだという。


ハンネスは親戚会で俺を気に入ったらしい少女、オレンジの髪の気の強いフランツィスカとは従兄弟になるらしい。

しかし外見は全く似ていないし、雰囲気も朗らかでおっとりした青年。


バートもヴァルターも、父であるゲイリーとは似ても似つかぬ静かさね。


「親戚会は出席できず残念です。素晴らしい会だった、と父が申しておりました」

バートがにこやかに切り出すと、ヴァルターも頷き、ハンネスは少し気まずそうな顔になった。


「ああ……親戚会では、フランツィスカが随分とケイトリヒ様にべったりだったとか。申し訳ありませんでした……」

「ハッハッハ、何を言う。積極的な子だ、ぼんやりしたケイトリヒにはピッタリだよ。沢山の女の子に囲まれて、ケイトリヒも満更ではなかっただろう? ん、どうなんだ? ケイトリヒ?」


父上がニヤニヤしながら俺に話を向ける。

「ええ、まあ……というか、そういう会だったのでしょう?」


一同がワッと笑った。

親戚会では豪快にかぶりついていた食事も、この場では全員、優雅で上品に食べている。


「親戚会では皆、豪快に食事していましたけどここにいらっしゃる皆様は上品ですね?」


ワインを傾けていたバートが思わずといった風に噴き出した。

「それはうちの父上とハロルド兄者ではないのか?」

「間違いないでしょう」

ヴァルターも同意する。さすが家族、よくわかってらっしゃる。


「中央では、大口を開けて物を食べたり口いっぱいに食べ物を入れるのは行儀が悪いと言われますからね」

ハンネスが苦笑いしながら、どうフォローしようか考えてる様子だ。


「いや、正直に言うと中央の腹の立つヤツらからはラウプフォーゲルの民は蛮族などと揶揄されるが……父上と兄上を思うと少し、反論できない気分になる」


父上も含め、再び全員がドッと笑った。


「おお、にぎやかですなぁ。やはりファッシュの者が揃うと、いいですなぁ。家に帰ってきた、と感じます」


遅れて現れたジャレッドが心から嬉しそうに着ているものを正しながら席につく。


「おお、早かったな。よかった、メインディッシュに間に合ったぞ」

「ザムエル様、この度はご令息の皇帝陛下への謁見、お喜び申し上げます」


「やめてくれ、ジャレッド叔父上。そんな他人行儀な挨拶があるか。やり直しだ」

ジャレッドはその言葉に、苦笑して同席する若者たちと俺に向けて「仕方ないな」という顔をしてみせる。


「ザムエルの小僧が可愛いらしい息子を連れて帝都に来るなど耳を疑ったぞ、まったく」


突然砕けた口調に、三度目の大笑いが部屋を包む。やはりファッシュはファッシュ、上品に食事しようが根はこのように騒がしく豪快な性分なのだろう。


「そういえば、親戚会にはシュティーリの(せがれ)が来たそうじゃないか」

「シュティーリ……」

ジャレッドがそういえば、という軽いノリで話を切り出すと、バートが顔をしかめた。だが、ハッとペシュティーノに気づいて、しかめた顔をごまかそうとする。

え? そうだったんだ? そんなヒトが親戚会にいたなんて全然気づかなかったけど、俺には関心ないのかな。


「お気兼ねなく。私はシュティーリの血族ではありますがその家名を持ったことはありませんし、今はケイトリヒ様に全てを捧げる身です。ヒルデベルト殿下の空気の読めなさと愚かさはファッシュ家の親戚会でも健在で痛々しいほどでしたよ」


俺の給仕をするペシュティーノが俺の皿の固めの根菜を器用に細かく切りながらサラリとそう言うと、堪えきれないというようにバートが「ウブフッ」と低く噴き出した。


「ペシュティーノは父上の養子になって、僕の兄になってはどうですか?」


俺の悪びれない子供発言に、ついに4度目の大爆笑の渦が生まれてしまった。


夕食会の席は和やかに終了。

食後も俺はしばらく大人たちの話を聞いていたが、お腹いっぱいになるとやっぱり眠い。

カクン、と船を漕ぎ始めた頃に父上が「そろそろ部屋に戻りなさい」の指示。

ありがたし。


ペシュティーノが抱き上げて部屋に戻るまでの間に眠ってしまった。



翌朝。


謁見の日、伝統衣装を着た俺は大きく動くことも叶わない状態で馬車に乗る。


父上はいわゆる服の造りとしてはおおまかにスーツと大差ない、中央の礼装だ。

多少、余剰の装飾はあるが動きに制限はなさそうに見える。ずるい。俺もそういうのが良かった。


ペシュティーノは変化の術がかかっているそうだけど、俺にはいつもとちょっと違う服を着ているだけにしか見えない。俺には効果なしですか?

父上がペシュティーノを見て「そんな術があるのか!」と言いながらしげしげ見ていたけど、俺の目にはいつもの姿。どんな姿なのか聞いても「ラウプフォーゲル男のようだ」としか言ってくれなかった。何の説明にもなってないよ!


俺はといえば、胸元から肩をぐるりと取り巻く、縦にはえたでかい襟|(?)がおくるみのように頭をとりかこみ、正面以外が見えにくい。そのせいで歩くのにも父上の付き添いが要る。ある意味、皇帝よりも仰々しい衣装だ。竹の中にいるかぐや姫状態。


襟は俺の白い髪にあわせた、白い布に白い刺繍のもので、デザインは上品だが重さは上品じゃない。さらにおおきく膨らんだぶかぶかのコートのような上着にも後ろに引きずるマントのような布にも豪勢な刺繍が施されていて、その全ての重さが今、俺の双肩にかかっている。ただでさえ小さい身長がさらに縮みそうだ。


「ケイトリヒ、まだ謁見前なのにそんなに疲れた顔をするんじゃない。……まあ、重いのは、わかるが」


「お館様、謁見の直前まで上着をとってはいかがでしょう。皇帝居城(カイザーブルグ)は馬車回しから謁見の間まで遠く、まだ歩かねばなりませんので、さすがにこの衣装は、ケイトリヒ様にはご負担かと……」


馬車の中で向かいに座っている父上とペシュティーノが、気付かわしげに言ってくれるけど。脱いだらまた着るのも億劫なんですよこれ。


「何を言う、この見事な衣装を着て皇帝居城(カイザーブルグ)の者たちに存在感を示せる絶好の機会だ。ケイトリヒ、我慢できるな? 歴史あるラウプフォーゲルの次世代の担い手として、其方(そなた)の名を知らしめねばならん」


「ふぁい……」


頭からしゅぽん、と紫色のシーツおばけが現れる。


「主、物質の質量に反作用する魔法を施しましょうか」

「そんな魔法があるの! やってやって!」


ウィオラが俺の頭の周りを回ると、座っていても重かった肩がふわりと軽くなった。

「おー! すごい! かるい!」


「……」「……」


父上とペシュティーノが顔を見合わせる。

「重力無視というのは魔法陣を組んで施す、複雑な魔法なんじゃなかったのか?」

「わ、私の認識も同じです。精霊様の魔法ですので、その辺りは規格外かと……」


馬車の中で行儀よく座る俺を、ふたりの大人がジッと見つめて、はぁと溜め息をつく。


皇帝居城(カイザーブルグ)の魔法障壁に弾かれなければよいのですが。私の変化の術と同様に、問題ない形で術式を組んで頂いていると思ってよろしいですか、精霊様?」

「魔法障壁か……そんなものに弾かれる心配をするなど今までなかったが、今後は用心しなければならんな」


「昨夜のうちに随身の言う皇帝居城(カイザーブルグ)をさっと視察して参りました。我々、精霊が施す魔法術式を感知するような障壁は一切ありません。ひどく稚拙で不出来な障壁にございますね、ユヴァフローテツの100分の1ほどの感度もありません」


「……」「……」


再び父上とペシュティーノが顔を見合わせた。コントか?


「ペシュティーノよ、どう思う?」

「わ、わかりかねます……が、もしその術式が何らかの形で露呈してしまえば」


「そうなったら魔導学院への飛び級入学どころの騒ぎではないな」


「ご心配なく。我々精霊の魔法術式はあの城にいる誰にも感知不可能です。ヒトの魔術は古代に比べれば著しく劣化しています。我々の扱う魔法術式は、ヒトの世では失われたもの。感知できるものがいるとすれば、それは……そうですね、ハイエルフ族であれば、あるいは」


「ハイエルフ族だと? 実在するのか?」

「……魔術省副大臣が、たしかエルフ族だったかと思いますが」


「エルフ族とハイエルフ族は近しいようで決定的に違うものがございます。それが寿命。エルフ族が300年から500年、ハイエルフ族には寿命は無いと言われていますから。それと彼の者は今、皇帝居城(カイザーブルグ)には不在です」


ハイエルフ族にも若者はいて、2、3千年くらいなら若者らしい。

古代と呼ばれる一万年とか前から生き残っているハイエルフなら、あるいは精霊の魔法を感知できるかもしれないという話だ。なんだか壮大すぎてついていけません、僕7歳。


結論、精霊がかけた魔法なら心配する必要はなさそうだということになった。


そうこうしているうちに馬車は皇帝居城(カイザーブルグ)の敷地に入った。ゆったりとした徐行で進む馬車から見えるのは、広大な庭園だ。

日本でいうところの皇居周辺の緑地帯のようなものかな。

管理の行き届いた広い敷地を贅沢に使って、見事なトピアリーや石像、石碑や噴水などがバランスよく配置されている。


「美しい庭ですね。広いので庭師は大変そうですが」

「この辺りは中央貴族が皇帝陛下のために手入れしている庭だ。区切りがあるだろう」


そう言われると、一定間隔で芝生の間には小路が伸びていて、犬も防げなさそうな上品な柵が設けられている。


「皇帝陛下に美しい庭を献上するための土地だ。毎年品評会が開かれるらしい。くだらんな。そんなことを競っている暇があるなら1体でもアンデッドを狩れと私は毎年、進言しているのだが」


「……ということは、ラウプフォーゲルの土地はこの庭には無いのですね」

「いいや、あるぞ。5代……いや、6代だか前の領主が作った庭園があるはずだ。帰りに見てみるか?」


「はい、見たいです」

俺が素直にそう言うと、困ったように父上が笑った。

ペシュティーノも何故か苦笑している。


「……? 何か、おかしいのですか?」

「いいえ、ケイトリヒ様。ただ、あまり期待なさらないでくださいね。他の庭と同じように考えてはなりませんよ。私は、ラウプフォーゲルの無駄を嫌う合理的な思考のよく表れた良い庭だと思いますが、ね」


「ほう、そういう解釈があったか……やはり其方は教養があるな」


父上が意地悪そうにニヤニヤ笑うので、余計に楽しみになってしまった。

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