3章_0044話_ラウプフォーゲル城、帰還 2
「ペシュティーノも帝都に行けるようになったんだね!? よかったあ!」
「はい、精霊様が変化の魔法を施してくださるそうです。皇帝居城にはそういった魔法を感知する結界がありますが、精霊様の魔法は術式が特殊なので問題ないということです。……今日も豊作ですね」
森のような庭園で巨大なオベルジーネをもぎとろうとしていたところにペシュティーノがやってきて、帝都行きについて話してくれた。
俺が泣くほど動揺した帝都行きだが、あっさりペシュティーノが同行してくれることになってホッとした。これで同行できなかったらまた地面ガタガタいわしたるぞ!と身構えてたけど、よかった。
渾身の力を込めて引っ張るけど……コレ絶対、手じゃもぎとれないやつ! キョロキョロとハサミを求める視線を送ると、ペシュティーノが察知してヘタの上をチョキンと半分だけ切り込みを入れてくれる。
思いっきり引っ張ると、ブチンと収穫できた。
「おっきいねー! 美味しそうだねえ! ところでヘンゲって、どうなるの?」
「さあ……ジオール様、どうなんでしょうか?」
ペシュティーノが俺の収穫したものを荷台に乗せてくれる。
「顔と髪の毛を変えるだけのつもりだけど。もっと変えたほうがいい?」
ジオールがなにかの実を茎ごとしごくように雑に収穫してザルに入れながら言う。
なんの実だろ?
「ペシュ、でっかいけど同じくらいでっかいヒトはラウプフォーゲルにはきっといっぱいいるもんねー」
ジオールを手伝おうとしたら拒否された。あとから聞いたところによると汁にふれるとものすごく痒くなる、薬草の類らしい。貴族の間で高値で取引される気付け薬の素材になるそうだ。
「……確かにラウプフォーゲル人は大柄ですが、私のような細身はあまり見かけません。ジオール様、体格ももう少し、こう……大きくできますでしょうか?」
ペシュティーノはチョキチョキと軽快な音をたててハサミで野菜を収穫していく。
とりすぎじゃない?
「いいよ、オリンピオくらいあればいい?」
「いえ、さすがに大きすぎます……御館様より少し細いくらいで」
オリンピオは背も高いけど、超人ナントカみたいにムキムキだもんね。
「帝都へ向かうにはラウプフォーゲル城の転移魔法陣を使用しますので、3日前からラウプフォーゲル城で過ごします。久しぶりに兄君とお食事ですよ」
「うん! あっ、庭園のお野菜、食べてくれるかなあ? うーん、でも兄上たちはお野菜よりもお肉が好きだもんね……一応、城の料理人には差し入れしようか。兄上たちは……何がいいかなあ? アデーレ夫人にもおみやげあったほうがいいよね」
市販されてるほうのトリューはもう持ってるみたいだし。
女性への贈り物となると正直、わからん。
「ケイトリヒ様、よろしければ贈り物を吟味するためにユヴァフローテツの研究室を視察して回りましょうか。まだラウプフォーゲル城へ戻るまでは時間がありますし、報告が上がっている研究の内容を実際に見て、研究自室にオーダーするという手もあります」
「それいい! ユヴァフローテツの名前を売るにもいい! よし、ギンコー!」
ギンコを呼びつけると、体感5秒で駆けつける。ペシュティーノが関係各所に連絡して、ジュンとオリンピオとスタンリー、そしてウィオラとジオールを連れて視察へ出発!
ガノとエグモントはユヴァフローテツの市民から事業計画の相談を受けているそうなので今日は置いていく!
「男の子が喜びそうなものってなにかなー。僕と違って、体も立派に成長してて、活発な男の子。うーん、ゲーム……乗馬……武器? あっ、カッコイイ武器なんてどうかな!」
「よい選択ですね、ケイトリヒ様。本格的なものではなく、狩猟ナイフやペーパーナイフなど普段遣いできるものではどうでしょう」
「いやいや、この流れ、剣でしょ! ガチ武器のほうが絶対喜ばれますって!」
「武器には相性もありますから……汎用性の高い防具もおすすめです。例えば外套など」
ジュンとオリンピオがすかさず意見を出してくれる。ありがたいけど、このヒトたちもうすでに強いからなあ。冒険者と傭兵の意見となると、ちょっと戦闘力が高すぎる。
外套は誰でも使うからいいと思うけど……逆に汎用的すぎて、世話人や父上から立派なものを用立ててもらってそう。兄たちは王子様なんですよ?
「スタンリーは何がいいと思う?」
水を向けると、スタンリーはしばらく黙って考え込んだ。
「兄君は貴族の中でも注目度の高い王子殿下ですので、部屋に飾って、あるいは身につけて誇らしくなるような……同年代に自慢できる装飾剣、さらにユヴァフローテツの技術が付随したようなもののほうが向いているのではないでしょうか」
なんということでしょう! ジュンやオリンピオよりも的確!
なんて賢い子なの! 大人たちが感心してる。俺の周囲には自慢の側近しかいない!
「うんうん、いいね。じゃあ、とりあえず武器や防具を作ってる工房に行ってみよう!」
「彫金などの装飾品も含めると、該当の工房は12軒あります。その中で貴族への贈答品に耐えうる品質と実績を持つのは3軒。ほかに予備で1軒、こちらは武器や防具ではなく魔法効果の付与に特化した工房です」
ペシュティーノが案内するまま、1軒目の武器工房で視察。
どのへんに魔法系の研究が絡んでるのか謎な、見るからに鍛冶屋!って感じの研究室。
屈強な若者が大きな炉を背にして汗を流しながら鉄を打っている。
ここには実践的な武器しか置いてなさそうなので、さっと見て次。
2軒目は、ガラリと雰囲気が変わって怪しい魔法研究所って感じ。
小さな暖炉のようなものがあるだけであとはほとんど薬品や本で埋め尽くされた研究所。何かの薬液に剣を浸していた。ここは既存の武器に魔法の塗料で模様を描くことで摩耗を防いだり、折れにくくしたりするんだって。そういう術を施された剣は見た目にも美しいため、貴族の間では使いもしないのに人気だそうだ。
ここはいい感じの候補になりそう。
なにせ自慢できることが重要で、使い道はどうでもいいんだからね。
3軒目は防具と服飾の工房。
戦闘特化のものもあるが、ほとんどは平民向けの機能的なもの。
これは平民向けの研究が帝都で冷遇されたせいで、この街に逃げ延びるしかなかった研究者たちの集まりだ。ここは実用的な物が多く、あまり貴族同士で自慢になるような製品はなさそう。むしろ今後の産業化に注目の工房だね。
予備で視察した4軒目の工房は、目を疑うほどのファンタジー空間。
ただの置物や見栄え重視のルームライトなどが並んでいる。とにかく「美しい」ものを作るために素材や魔法陣を研究する工房だそうだ。
「ねえペシュ、2軒目の武器工房と組んで、『美しい剣』を作ってもらえないかな」
「工房の主人に交渉してみましょうか」
髪と髭をきっちり整えたおじさんが4軒目のアーティスト工房の巨匠らしい。
ペシュティーノの交渉に難色を示していたが、俺が具体的なオーダーを出すと完成形がイメージできたのかだんだん好感触になってきた。
「鞘は室内に飾っておけるくらいの装飾を。剣身には少し派手な効果が欲しい。ぼんやり光るとか、激しい衝撃を与えると強く光るとか……」
一応、兄上たちに贈るものなのであんまり破壊的な効果をつけて怪我でもされたら困る。炎が出たり稲妻が出たりとかはナシで、せいぜい光るくらいがいい。さらにもう少し実用性があるとなおのこといいので、いざとなったら目眩ましに使えたらいいな。
それを事細かに伝えると、なんというかアーティストの挑戦精神みたいなものをくすぐったのか先程の難色はウソのようにやる気になり、追加の装飾案や効果についても提案してくる。期日についても二つ返事で了承してもらえた。巨匠、ちょろい。
視察を終えて館に戻ると、おやつが用意されていた。
お魚とお野菜たっぷりのキッシュは俺が知ってるパサパサしたものじゃなく、ものすごくジューシーで美味しかった。
「皇帝陛下への献上品もかんがえないとね」
「いえ、それは既に御館様から指定を頂いており、準備が進んでいます」
「えっ、そうなの?」
「ええ。先日ご報告した『水マユ』の繊維です」
水マユはユヴァフローテツでしか採れないシルクの仲間で、ラウプフォーゲルでは以前からその存在は知られていたそうだ。だが生産量の少なさから「幻の布」と呼ばれていた。
専門家が10年の研究を重ねてもなかなか増産の成果が出なかったが、先日ようやく製品化のメドがたったんだそーだ。
というのも、俺が街全体を冷やした「冷却魔法」がきっかけだったそうで。
詳しいことは聞いてないけど、とにかく俺のおかげだと研究者がおいおいと泣きながら報告しに来てくれたそうだ。よくわからんけどよかったね。
水マユから作られたシルクは、生成りの布のままでも光に当たると上品な虹色に輝き、染色してもその輝きが褪せない。さらにチェインメイル並の強度を持ち、ありえないほど耐火性と遮熱性が高い。
水マユのシルクで体を覆えば、焚き火の上にそのまま座っても平気なくらいだって。
「じゃあアデーレ夫人への贈り物はそれで作ったショールとかどうかな」
「……少々、時期尚早ですね。実の母に贈るのであれば問題ありませんが、アデーレ様がお相手となると皇帝陛下に献上した後に贈るべきかと。今回は見送りましょう。他に案はありませんか?」
えー、そんな順番があるの?
面倒だな……女性へのプレゼントなんて、ほんとに考えもつかない。
水マユの話を聞いて、これしかない!と思ったのに。ダメかー。
「んんん。女性への贈り物……」
「将来のことも考えて、練習だと思えば」
前世でも女性へのプレゼントは苦手だったんだ。
残念ながら練習したとて能力が伸びるとは思えんぞ! はっはっは! くうう!
「化粧品とか……? うーん、肌質とかあるしなぁ……アクセサリー? ……うーん、趣味があるしなあ。うーん、うーん」
「化粧品……ケイトリヒ様、異世界の記憶で化粧品の知識がおありで?」
「んんん、ない」
「そうですか、残念です。化粧品は、帝国では注目の産業です。少しでも肌に良いと言われる製品が出ると、1人の女性に5人の男が買い求めますから」
えっ、それ本当?
ペシュティーノを見ると、キョトンとしている。
確かに、女性の絶対数が少ないラウプフォーゲルを筆頭とした帝国ではありえる話だ。
「化粧品……スキンケア? プラセンタは何かの胎盤から作られてたはず……そういうのは量産が難しいな。ホホバオイル……ヒアルロン酸……うーん、うーん」
「何の呪文ですか?」
「あっ、温泉!? ねえ、ペシュ! ラウプフォーゲルには温泉があるよね?」
「自然温泉の公衆浴場はありますよ。しかしそれが肌に良いという話は聞いたことがありませんね」
「傷にいいとか、肌にいいとかないの?」
「傷……いえ、そのような話は」
「主、そのお話でしたらフォーゲル山のヌシにお聞きになってはいかがでしょう」
ふわりとウィオラが現れて助言してくれる。
「そっか! そういえば女性の姿だったよね。お肌もしっとりツヤツヤだったし、何かヒトにも効果ある成分知ってるかもしれない」
「ケイトリヒ様、一体いつその御方に会ったのです!?」
あ、そういえばペシュティーノが不在のときに来たんだっけ。
ガノとオリンピオには説明したはずだけど……もしかするとヌシの力の余波みたいなもので、ペシュティーノへの説明が抜け落ちたのかもしれない。
サトウキビも知らない間に消えてて、いつの間にか森(庭園)に植えられたみたいだし。
「主、フォーゲル山のヌシに聞いたところ、火山地帯に生息する魔獣たちが好んで浴びる湯があるそうです。浴びればたちまち荒れた鱗も毛も元通り!っていう霊泉らしいよ」
キュアがふわりと現れて説明してくれる。鱗……はよくわからないけど、毛に効果があるなら美髪効果は間違いない。肌につけていいかどうかはちょっと確認しないとだね。
「そのお湯、もらっても大丈夫かな」
「ヌシは、枯れない程度なら好きに持って行ってよいと申しております。よろしければバジラットと協力して、その湯が邸内に湧くようにしましょうか」
ん、それって……?
「自家源泉&自宅温泉!!! すごい、できるの!?」
テンションが一気にMAX! 俺の突然の勢いに驚いたペシュティーノだけど、キュアは嬉しそう。
「主の為ならば、喜んで!」
「主、そんなに嬉しいのか!? じゃあ俺も頑張らねえとな! やってやるぜ!」
「ケイトリヒ様、アデーレ様への贈り物の件は……」
「あそうだった! 傷や毛にいい温泉なら、肌や髪にもいいはずだよ! 成分を分析して抽出して凝縮して……化粧水にするの! 髪にも仕える化粧水」
「それは、効果が出たら皇后陛下に献上したほうがいいかもしれません。服飾品と違って効果を確認するためという名目があれば献上の前にアデーレ様が使っても問題ありませんし。しっかりした効果が出れば、社交界では垂涎の的になります。アデーレ様も今後の活動がやりやすくなるでしょう」
「アデーレ夫人の活動って?」
聞けばアデーレは中立貴族の中では敏腕と言われるほどに社交界の中心人物だったそうだ。だがラウプフォーゲルに嫁いでからというもの立場が一変し、中央貴族からは疎まれ中立貴族からは距離を置かれることに。そしてラウプフォーゲル派の貴族からは外様扱いされ、あまり好意的ではない。
「そんなヒトがどうして父上と……」
「もちろんゼーネフェルダー領との政略結婚でもありますが、実を言うと御館様のほうが惚れ込んで求婚したのですよ」
アデーレは万人が認める美人とは言い難いが、小柄で年齢を感じさせない赤ん坊のようなふっくらしたキレイな肌はたしかに魅力的だ。ゲイリー伯父上の2人の夫人や、ディアナのようなゴージャスでグラマラスな女性の多いラウプフォーゲルでは珍しいタイプ。
「ふーん?」
「ケイトリヒ様、あまり実感がないでしょうが、アデーレ様が社交界で再び返り咲くのは我々にとっても利点が多いのですよ。ハービヒト領主夫人たちよりも身近な女性を味方につけるのは、将来的にケイトリヒ様御自身の社交界での影響力を高める足がかりにもなります。……しばらく婚約者を決めるつもりもなさそうですし」
グランツオイレ領主の姪フランツィスカと、シュヴァルヴェ領主の娘マリアンネ。
今でも注目を集める次世代の社交界の華である2人、どちらかでも婚約者にすればアデーレを後援する必要はないのですけどね、とペシュティーノがボソボソ言ってる。
うーん、アデーレで!
「主、我がきょうだいが馳せ参じました。どこに控えさせましょうか」
「え! とうとつ!」
起きて朝ごはんをたっぷり食べてお勉強の時間までカウチでウトウトしていたときに、ギンコが唐突に告げた。
「ふたりとも? 姿はまだ狼だよね」
「はい、まだヒト型にはなれないはずです。互いに示し合わせて参ったようで今は台地の下の岩砂漠のはずれに控えております。街の住民を脅かさないように配慮せよと言い含めておきましたので」
ギンコがちょっとドヤ顔。
ペシュティーノに知らせると、すぐに部屋にやってきてギンコにあれこれ指示していた。
あえて街の目抜き通りを通って住民に存在を知らしめようという話になり、ジュンとオリンピオが迎えに行った。俺は館で待機。
でも新しいもふもふが楽しみすぎる!
館の正面玄関の真上に位置するバルコニーに出て、ガノに抱っこしてもらった状態で手すりに座らせてもらって待機。そこからは街に真っすぐ伸びた目抜き通りが一望できる。
「あ! もう見える、あれ! 街の入り口に……うわ」
「……見えますね。ギンコも、おそらく本来の大きさはあれくらいあるのでしょうね」
ユヴァフローテツの街は小さい。でも小さいからって、町の入口から館まではそれなりにある。高台になってるから見晴らしはいいけど……。
「二階建ての家とおなじくらいある」
だんだん近づいてくる超巨大狼をボーッと見ていると近づいてくるほど大きさが際立つ。
2頭の前をジュンとオリンピオが先導しているようだ。市民は驚いて窓から顔を出したり通りに遠巻きに野次馬したりしてるけど、パニックにはなってないみたい。
館まであと数百メートルというところで、2頭がソワソワと尻尾を揺らしながら足踏みしたりクルクル回ったりしてる。超巨大だけど、動きは犬と同じね。
「ゲーレがケイトリヒ様を見て興奮しているようなので、中で待ちましょうか」
ギンコの背に乗って謁見の間へ。
ほどなく超巨大狼たちが原寸サイズで現れる。本当にでっかいな!
「主の御前である、直れ」
玉座というにはやや簡素ながら立派な椅子に座った俺の横のギンコの声が響く。
黄金と漆黒の2頭の狼は、金色の瞳を瞬かせながらその言葉を聞いておすわりから伏せ。
でっかいけどかわいい!
「ふたりとも、よくきてくれました」
俺が言うと、スンと澄ましていた2頭の尻尾が一瞬ブンブンと揺れる。後ろにいた衛兵が風圧でよろけた。
「主に忠誠を誓う者として、まずは言葉を捧げなさい。金狼から」
ギンコがエラソーに言うと金狼はのそりと立ち上がって、背伸びをするように体を動かしてどんどん小さくなっていく。そのまま小さくなるかと思っていたが……。
「えっ!?」
「な……ばかな!!」
金狼がどんどん小さくなったと思ったら、途中から二本足で立ちオリンピオと同じくらいの身長の女性の姿になった。見えちゃいけない部分はふさふさの毛に包まれていて手足は獣のままだが、体のシルエットは完全に人間。顔もやや野性味は残っているが、ヒトと変わりない。頭に大きな耳、ボリュームのある髪が背中まで伸びて尻尾まで続いている。
「神の眷属たる金狼が、主を拝しご挨拶申し上げます。永き時を経てようやく……ようやくお会いできたこの歓び、表現する言葉もございません。主を神の道へと導く為、この身果てても忠誠を捧げます」
ゴージャスな金髪をなびかせて、ウットリするように見つめた後、深々と膝をついて頭を下げる。風の魔法で発声した言葉ではなく、しっかり口を使った声だ。
「も、もしや黒狼も」
ギンコが言うと、黒狼はニヤリと笑うように口の端を釣り上げた。
そして金狼と同じように縮むと、黒光りする髪を持った妖艶な美女に変化した。
……ゲーレって全員女性?
「ああ、我が主……これが、主を持つという至高。たしかに感じます、神の御力を。ずっと、この時を待ち続けておりました。どうか、御身のお側に侍らせて下さいますようお願い申し上げます」
金狼と同じように、ウットリした目で俺を見つめた後に、ちらりとギンコを見て勝ち誇ったように鼻で笑う。な、なんてイジワルそうな笑顔なの! 美人だけども!
ギンコはヒト型になったきょうだいを見て口が開いたままになってる。
「ヒト型になれるんだ」
「主がお望みと聞いて」
「我々は生まれ変わったばかりの銀狼と違い、すでに長い年月を生きております故、ヒト型になるなど簡単なことにございます」
黒狼はいちいちギンコに当てこすってくる。
なるほど、生まれ変わり。生きてる年数……まあつまり年齢が違うのか。そういえばギンコは生まれてすぐ俺の元へ来たんだった。
「無礼者! 銀狼などと呼ぶでないわ! 我が名はギンコ、主に賜った名がある!」
あ、ギンコが怒った。
「ケ……ケイトリヒ様。彼女らが獣人に見えたとしても、さすがに女性の護衛が3人もいるのは領主令息としてあまり外聞がよくありません。ギンコ殿のように小型のフントのように変化できないかお尋ねいただけませんか」
ペシュティーノがちょっと焦ったように俺の耳元にそう声かけてくる。
どうやら女性を大切にするラウプフォーゲルの文化では、女性を護衛騎士にするのは女性貴族だけという常識がある。それは当然、獣人やヒト族でも変わらない。今は小さな子供なので問題なくても、もう少し大きくなったら非難されるのは避けられないのだそうだ。めんどー。
「小型のフントですか。問題ありません。しかし、主の望みを恙無く叶えるためにも僭越ながら、名を賜りたく存じます」
「主、どうかその者と同じく、我々にも名を」
出た、名付け!
でも今回は絶対来ると思って用意しておいたもんね!
ギンコと同じ姿を想像してたのでちょっと長身獣人美女にはそぐわないけど、毛色は聞いていたのでまあいいでしょ。
「うん、考えておいたよ。金狼は、コガネ。黒狼は、クロル」
ふたりの美女の金色の瞳がカッと見開かれたかと思うと、狼のように高く嘶く。
「我が名はコガネ! 神たる主に仕える忠実なる眷属なり!」
「我が名はクロル! 全てを主に捧げる者なり!」
再び長身獣人美女のふたりの体がしゅるしゅると縮む。
「ええっ! すごい! すごい!! これは、これはー!」
俺も驚いて声がでちゃう。
黒狼は黒いポメラニアンに、金狼はそれより少し大きな金色の豆柴になった。
「きゃーー!! かわいいいーー!!」
玉座からぴょんと飛び降りて手を広げると、小さな2頭がキャンキャンと嬉しそうに尻尾を振りながら飛びついてくる。前世と同じサイズ感! どっちも、俺の小さな体で抱っこできる大きさ!
「ああー! かわいい! うあー、かわいいいー!」
わふわふと興奮しながら俺の顎や口を舐めてくる2頭をわしわしまとめて撫でながら、俺もコーフン。犬、かわいい! さっきの美女のことはまるっと忘れてしまった!
「……」
となりでギンコが耳をぺしょんと下げて、ものすごくションボリしている。
ごめんね、でもそんなギンコもかわいい!
「ギンコもおいで!」
俺が言うとギンコは遠慮がちに近づいてくる。
その鼻先を黒ポメが後ろ足でケリケリ。やめなさい。
「ギンコは背中に乗せてくれるもんね」
ギンコの落胆ぶりを見かねたペシュティーノが俺を抱き上げて、ギンコの背中に乗せてくれる。鞍のない背中に抱きついて首筋に顔をスリスリすると、ようやくギンコも安心したのかキュンキュンと甘えるように鳴いた。
ギンコの足元には黒ポメと豆柴が牙をむき出してそれを見ている。
アテレコするなら「ギギギ」だ。やめなさい。
「……3にんとも、なかよくしてね?」
「努力します……」
「もちろんにございます、主!」
「主が望むならば」
あ、みんな犬の姿でもちゃんと発声できるんだね。
ギンコ、コガネ、クロル。
それぞれだいぶ性格が違うみたい。ギンコの説明では性格に難ありみたいな話だったけどとりあえず俺には忠実みたいでよかった。ギンコはとりまとめ大変かもしれないけど、俺が序列をハッキリさせればきっと問題ないだろう。
狼ってそういう習性だったはず。
モフモフの追加も終わったので、ちょっと早いけどそろそろラウプフォーゲル城に里帰りしますか!
ペシュティーノはちょくちょく戻って父上と会ってたみたいだけど、俺は約半年ぶり?
その間しょっちゅう城に帰ることになるだろうと思っていたのに蓋を開けてみたら一度も帰ってない。ユヴァフローテツではお勉強の他に仕事もしてるし、解決するべき課題もやることも多くて毎日楽しい。半年ってあっという間だった。
アデーレにわたす化粧水も、フォーゲル山のヌシと精霊たちが協力してくれたおかげですぐに製品レベルのものができた。レシピは薬師の研究所に渡して量産できるメドがたったしパッケージデザインもガラス工房の特注品。オーロラ加工を施した、ゴージャスなデザインになったよ。きっとこの世界の女性たちにハートも掴めるはず!
まあアデーレのハートを掴んでも意味ないんだけどね。
自宅温泉についてはまだ「工事中」。
俺があまりにも興奮して喜んだものだから、精霊たちが張り切っているようで帝都から戻る頃には完成させておくってさ。感謝しかないね!
「ただいまー! ちちうえー!」
改良した戦闘機型トリューに乗ってのラウプフォーゲル城帰還は、父上を含め家臣や兵士が出迎える屋上で。
ジュンとオリンピオは上空10メートルくらいから先に飛び降りて着地、次にガノとエグモントが先の2人のトリューを連れて着地、そして俺の乗る戦闘機型トリューの着地。
スタンリーとギンコ、そしてコガネとクロルの乗るトリューは最後で、地上5、6メートルのところから危険を察知するため。これは俺のトリューの乗り降りを安全に遂行するための手順だ。
コガネとクロルの2人……2匹?だが、案の定というかなんというか俺と同じ機体に乗ることを要求してきた。ギンコでも抑えられなかったが、スタンリーがピシャリと叱りつけて大人しくなった。どうやらスタンリーは俺の能力で体を回復させた影響で色々と俺の影響が強いらしい。細かいことはわからないが、コガネもクロルもスタンリーがジロリと睨みをきかせるとピタリと大人しくなる。ギンコは本来ならスタンリーよりも先輩なんだけど、うるさい2匹を黙らせられるから従ってる。
わんちゃんに厳しくするなんて、俺にはできない芸当だからありがたいね!
戦闘機型は少し乗り降りを改良した。
俺がプワプワと浮いてしまうと誘拐や狙撃の格好の対象となってしまうので、ペシュティーノと同様に下から乗ることに。そのため戦闘機型トリューは着陸時も3メートルほど浮いた状態で停止し、羽先と頭と尾翼からシャキーンと棒が出てきて完全停止する。
なので駐機状態だとテーブルみたい。
「おおっ、帰ってきたか! おかえり、ケイトリヒ。これはまた、すごいトリューを作ったものだな、ハッハッハ!」
ててて、と駆け寄る俺を、腰を入れて抱き上げたとおもったらポーンと上に投げられる。
「ぷやー!」
「ハッハッハ、相変わらず小さいのう!」
一回だけ高く投げ上げられて、父上のぶあつい胸板の上。久しぶりのダイナミック高い高いで変な声がでちゃいましたが、割と好きですそれ!
「ちちうえ、もっかい、もっかい!」
「駄目だ。この後はラウプフォーゲルの家臣会議に其方も出席する。目を回している場合ではないぞ」
「ふぇっ?」
ワッツ? 家臣会議? なにそれショミミですけども! もとい、初耳ですけれども!!
「ユヴァフローテツでの其方とペシュティーノの功績は、其方が発表すべきであろう」
父上の鷲のような鼻先が、つん、と俺のちっちゃな鼻にあたる。
「こうせき」
「そうだ。ケイトリヒ、そういえばもうパパとは呼んでくれんのか? ……年齢的には父上のほうが妥当だが、その見た目だとどうしても……パパと呼んでほしくなるな」
「ぱぱ!」
「ムォッホッホ! うむ、よいよい。公的な場では父上で構わんが、私的な場ではパパと呼びなさい。それくらいの区分けはできるな?」
「はいできます!」
「うむ、よい返事だ。では昼食にしよう。アロイジウスたちも待ちかねているようだ」
「ぱぱ、おみあげ! おみやげあります!」
「食事の席でな」
興奮するとどうしても発音が雑になっちゃうね。
クラッセンや城の兵士たちもにこやかに見守る中、もふっとこめかみにヒゲキッスされながらラウプフォーゲル城、帰還!