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3章_0042話_準備期間 3

確かに、流されてきた感はある。


最初から死にかけの子供に転生して、生きて現状把握するのに精一杯だったとも言える。

前世の世界での俺は理由はよくわからないが既に死んでいると聞いていたし、新しく生まれ変わってこの世界に馴染もうと必死だった。


「世界が崩壊することはご存知の上で、神になることを拒んでいらっしゃったのかと思い込んでおりました。我々の不徳の致すところにございます。どうぞお許しを」


ウィオラが丁寧に謝ってくれたけれど、実際世界が崩壊すると聞いた今でもできれば神になんてなりたくないのは事実だ。


「フォーゲル山のヌシの言う通り、僕たち対話が足りなかったのかもしれない。確かに、主の記憶情報は僕たちは共有できるよ。イメージしたことや想像したことは、チョクで僕たちにもわかる。でも、意志や思考ってのはいつも形を持って存在するわけじゃなから僕たちではなかなか触れられない部分なんだよね」


いつもニコニコしているジオールがしょんぼりと眉尻を下げてポツポツと話してくれる。

精霊との繋がりは万能じゃないんだね。


フォーゲル山のヌシが現れて数日後。

館の外では、珍しくシトシトと小雨が降り続いていて薄暗い。

日差しがないせいか、少し肌寒いくらいだ。最近は街全体に冷却魔法があるおかげで調温魔法は外されているらしい。ブルッと体を震わせたトキ、ペシュティーノがふわふわのブランケットをかけながら教えてくれた。俺、調温魔法は全く感知できないんだね。


「それで、世界が崩壊するかもしれないからケイトリヒ様は神になると?」

ペシュティーノがそっと俺の口元にスープの匙を差し出すので、にゃむりと食らいつく。


「うーん、本気で神にはなりたくないので、代案も考えつつではありますが、一応……」


モニョモニョとベーコンとイモのスープを味わいながら視線を泳がせると、部屋の隅にはジュンとガノとオリンピオが控えている。

ミーナもいるが、俺たちの会話に入る気はないようだ。


「具体的に、神になるには何をすれば良いのでしょうか。その、フォーゲル山の主とかいう精霊王とは今は契約できないのでしょう? まだ御力が完全でないということですよね。ケイトリヒ様が成すべきことの最終目標はわかりましたが、その過程が不明です」


ガノが話を整理するように呟く。

そこは、俺も謎に思って聞いた。ちゃんと、竜脈と話しました。

あいつはかなり説明が雑だけど、聞いたことにはちゃんと応えてくれる。


「結論からいうと、今までの方向性に大きな差はないです。僕は勉学に励んで世界の理を知り、知識を増やし、ヒトとの関係を増やすことで魂を成長させる。成長不全の体を成長させる方法をエルフ族から探るために、権威と財力をつける。ただもう少し神になることを考えたら追加で頑張ったほうが良さそう、というのが2、3あります」


まずわかりやすいのは()()アンデッド討伐すること。

アンデッド魔晶石を手に入れるのとは別に、実際に討伐する必要があるんだそうだ。

理由はよくわからないけど行動としてはわかりやすい。ただ、最も困難でもある。


「帝国では既にだいぶアンデッド討伐の風習が確立していますからね。旧ラウプフォーゲル領に限るとアンデッド被害は過去数十年間、被害者数は各領地で一桁台。今からケイトリヒ様が直接出向いて討伐しようとしても、理由付けと探す方に時間がかかります」


そう、他国では年間数千人規模で出るアンデッド被害が、帝国では別格に低い。

つまり既にアンデッド討伐組織が十分機能していて、アンデッドの恐怖から既に帝国は開放されていると言ってもいい。


ジオールがわざとらしく咳をしながら言う。


「えー、ゴホン。確かに散発的なアンデッド発生には、帝国は上手に対応できてるよね。そこはわかるよ。でも、アンデッドの局地的大発生……別名、『トート・ヴィレ』ではどうだった?」


ペシュティーノがピクリと反応する。不思議に思ったけど、ジュンもガノもペシュティーノの方を見ながら言いにくそうに顔を俯けている。


「最も最近発生したアンデッド大発生(トート・ヴィレ)は7年前……たしかに、数百名の死者が出て1つの集落が半壊しました」


7年前?

あ、それって……。


「ペシュ、それって」

「……ええ。ケイトリヒ様の実父であるクリストフ様と、身重のカタリナがラウプフォーゲルへ向かう道中に立ち寄った集落で起きたアンデッド大発生(トート・ヴィレ)です」


数百名の死者のうちの1人が、俺の実父ということだ。

ラウプフォーゲルの隣領、ヴァイツェン領で起きたことなので旧ラウプフォーゲルの被害者としては計上されていない。

ヴァイツェン領主が救援要請を渋ったために被害が拡大したとも言われ、近年では最大の被害を出した例だ。実の弟を喪ったラウプフォーゲル領主である父上、ザムエルは、これに大変怒ったという。今でもヴァイツェン領とは隣同士のため商業こそ盛んだが、領主同士の関係は冷えきっている。


「うーん、なるほど。アンデッド大発生(トート・ヴィレ)対応のための、領地、または国境まで超えるエキスパート集団の結成か」


俺が声に出すと、側近たちはざわついた。

でも、俺の考える新型トリューが実現化して、ある程度数が揃えられたら不可能な話ではないよね。悲劇に見舞われた地域に颯爽と現れるヒーロー、前世の災害救助隊。

それが戦闘機レベルの乗り物に乗って連絡1つで飛び立てるとなったら強い。強すぎる。

何が強いって、なんたって国内の権威と外交カードとしての威力だ。


「それは、ケイトリヒ様のような個人がやることでは……」

そこまで言って、ガノが言葉を飲んで考え込む。きっと実現可能なんじゃないかという絵が頭の中で描けたんだろう。いや、むしろ大陸中探しても、きっと俺にしかできない。

異世界人の記憶、精霊との契約、公爵の後ろ盾、莫大な売上を約束されている事業。

うん、俺しかできないね。


「お砂糖どころの騒ぎではなくなりますね」

はあ、とペシュティーノが力なくため息をついた。ペシュティーノもイメージできたようだ。


「まあそこは、新型トリュー進捗状況と相談ですね。次に頑張るべき別の方向性というのは……『聖教』です」


俺が言うと、側近たちは明らかに「?」という顔になった。

これは確かに俺もはじめ聞いたときには、意味が分からなかった。


「僕もあまり把握していなかったんですが……もともと、異世界召喚を始めたのは聖教の教えだそうですね? この世界の神は、現状のように空席になる前は何度か世代交代をしていた。その神の候補は、常に異世界召喚勇者だった、という話です」


全員が「そうなの?」という顔をしている。

この話は、たしかに聖教の教えの中でもあまり重要でないことのようにサラリと語られているそうだ。


「聖教」はユニヴェールで一強といってもいい宗教団体。この世界の創世神話に基づいた古い歴史を持つ。神がいた頃にはその神を、不在となった今は精霊を崇めている宗派だ。

行動を制約するような教えが無く、基本的におおらかな教えなので宗教国家でない帝国でも広く浅く受け入れられている。受け入れられてるといっても経典をじっくり読むような帝国民はいない。単に、聖教の教えと帝国の連綿と受け継がれてきた一般常識がだいたい似通ってるってだけだ。

それくらい、聖教の教えはふんわりしてる。

必要以上に殺生してはいけない、とか、自然を大事にしよう、とかその程度。

もうすこしガチガチの聖殿では違うのかもしれないが、帝国の聖殿ではこの程度でないと受け入れられないのもあるだろう。


「しかし『聖教』となると、隣の……コレクト聖教共和国、の話になりますよ、ね?」


そう、大雑把に言うと上下逆のL字型(┏)をしたクリスタロス大陸で、右は王国、下は帝国の中間に位置する、共和国。正式名称はコレクト聖教共和国。

一部で親帝国派が存在する王国とちがって、バッチバチの仮想敵国同士だ。


「まあ、そう。とにかく、竜脈としては『聖教』はこの世界で唯一、竜脈の教えを正統に受け継いでいる組織、らしいんだよね。ちょっと、時代と為政者のせいで見る影もなくひんまがって、おかしなことになってるそうなんだけど……」


「なるほど。つまり、共和国を陥落し、支配せよと」


おおん? ペシュティーノさん!? めちゃくちゃ話が飛躍してません?


「なるほどな。正統な宗派が、今や邪教になってるってことか。わかるぜ」

何故かジュンが乗った! 一体何がわかったというのか! 俺はわかっていない!


「き、共和国をどうするかは置いといてですね! 竜脈が言うには、聖教を取り込むのは大筋で必須なんだそーです! 神になるうえでね。神になるということは、信者が必要らしいんで」


そこまで言って、嫌気がさす。宗教に対するこの忌避感って、俺だけのものなのかな。俺が神になるって立場のせいかもしれないけど、なんだか騙しているような気がしてならないんだよね。

さほどご立派な理念があるわけでもない俺が神になるとか……後ろめたいにも程がある。


「ケイトリヒ様が神となり、神としての信仰を集めるための礎が現存する聖教ということですか。ふむ、なるほど……興味深い」

何故かオリンピオもフムフムしている。


「つまり……つまり、少々大雑把に要約させて頂くと……大陸統一ではありませんか?」

フムフムしていたオリンピオがほんとに雑に要約してきた!!


「そうですね……」

「だよな」

「そういうことになりますね」

ペシュティーノとジュンとガノが同意した!


ええ! どうしてそーなるの!

俺の将来について語り合ってたはずなのに、全然俺と同じ方向を向いてるヒトがいない。

どういうことなの。


「アンデッドを手ずから駆除する話も、聖教を取り込む件も、どちらも帝国では難しいことですから。周辺国で調達するしかありません。そうなるとまずは、ケイトリヒ様は帝国の主……つまり、皇帝になるべきです」


ペシュティーノがキリッと言う。いやです。


「えぇ……」


「ブッ、なんつー顔だよ! でもペシュティーノ様の言う通りだぜ、なにせ帝国にはアンデッドが少ねえし、聖教も形だけしかねえもんな。まあ、ほら。体を成長させるためにつけるべき力ってやつ。えー、財力と権力?」


「資金力と政治力です」


「まあ大体あってたな、それをつけるのと、大差ねえじゃん? その後に共和国をぶっ潰して支配下に置くってんならそうすりゃいいし、とりあえず目先の目標はそれだろ」


ジュンはもう話を聞くのに飽きたのか、話をまとめたがってる。


「まあ確かに、そういうことでいいです。ジュンの言う通り、直近の目標はそれで。でも最後のひとつは、竜脈に聞いても精霊に聞いてもハッキリしなかったんです。それが」


白き玉座。


俺がそう言葉にしても、誰も反応しない。


「……それは、何かの抽象表現でしょうか?」

「玉座……実際に存在するのですか?」


ペシュティーノとガノが補足説明を求めてくるけど、この単語以上のことは何も教えてくれなかった。


「古代に作られた、神を神にするための存在……らしいんですけど、これが全く情報ゼロで。その単語しかわからないんです。竜脈は『いずれわかる』って言うだけだし、精霊たちはそもそもその情報を知らないし」


「いずれわかるのならば、保留しておいても問題なさそうですね」

「何も伝えられない状態でもその言葉を伝えるということは、ケイトリヒ様にとって重要な存在でも、今は固執するほどのものではないのでしょう。頭の片隅に置いておいて、何かつながる事柄があれば持ち寄る、そのような認識でよろしいのでは?」

ペシュティーノとガノはお手上げだ。俺もこの部類。


「古代に作られたってことは、モノなんじゃねえの? 遺跡とかにあんのかな?」

「神を神にするための存在、というのならば玉座という名称は暗喩かもしれませんね」

ジュンとオリンピオがややコーフンしている。まあ、古代に作られた謎の何かって聞くとロマンは感じるよね、ちょっとわかる。


「ギンコは、何か知らないんですか?」

「ふむ、言葉はどこか遠い昔に聞いた記憶があるような気がしますが、具体的に何を指すかまでは覚えておりませんね。なにせ、前回の『神産み』はヒトの数え方で言えば数億年前です」


「かみうみ?」

全員の視線がギンコに集中する。


「私は歴代の神の眷属ではありますが、狼としての肉体を持った生命体でもあります。肉体は一定周期で()て、新たに生まれ変わらねばなりません。神たる主に従うという使命は魂に刻まれておりますが、細かな記憶は生まれ変わるたびに目減りするのですよ」


ギンコいわく、ギンコ自身も「神が何らかの儀式だか手順だかを踏んで神になる」ということしか覚えていないそうだ。ギンコ自身は神が不在の間でも候補者を見つけ出しその儀式だか手順だかを手伝うのが使命。しかしその手順知らないのに手伝えるの?

何か特定の条件で思い出せるものなのかな?

そしてめでたく主が神になったあかつきには眷属として神性を与えられる。


「けっこうな博打(ばくち)人生だね……」

俺が言うと、ギンコは尻尾をゆらしながらフフ、と笑った。


「今まで長い間、主すら見つけられなかった人生に比べれば! 今生は『推し』が()わすだけで十分、充実しておりますよ。主が神になるかどうかは主の御心が決めることですから、私はお側に仕えるだけにございます」


ギンコは目を細めて、口の端をにっこりと上向きにする。

「推し」って……。


「神になるのを手伝うのがゲーレの使命……そうなると、もしやケイトリヒ様以外の異世界召喚勇者にも、神の候補となる資格を持つものがいるのでは?」

スタンリーがボソリと呟く。


ピンときちゃいましたよ!!


「それだー!! それ! それを代案にしよう! 一応、目指すは資金力と政治力を上げることだけど、他に神になる資格があるヒトがいるなら、そのヒトでもいいじゃない!? あんまり神になりそーな徳がないようなヒトなら、ちょっと教育したりとかしてさ? レオみたいに」


俺が早口でいうと、スタンリーを含めた全員が、なんかジト目になった。

なんでよ!


竜脈に聞いた神の条件の1つは、「異世界人であること」。であれば、レオを含めて異世界召喚勇者全てにそれなりに神になる素養があるんじゃないだろうか?

竜脈は「全員にあるわけじゃない」とだけ言ってたけど、つまり何人かには可能性が残ってるかもしれないということでもある。


「ゲーレはたしかに神候補に仕える存在で複数おります。しかし主を得たのは世界でこの私だけ。現存する異世界召喚勇者は当然ながら、主を上回る神候補がこれから召喚されるとも到底思えませんね。ただ、主がそう仰るならば私は受け入れます。表舞台にはその者を出し、実権は主が握るという形も悪くないかと」


ギンコはクワァ、とあくびをして、胸の前でクロスした前足に顎を乗せた。かわいい。

かわいいけど、ちょっとガッカリ。俺以外の異世界召喚勇者って、レオ以外は知らないからどういう生活でどういう人物なのか知りたいな。

ちょっとしごけば、もしかしたら俺の代わりに神になってくれるひとがいるかもよ?


「ゲーレは複数いるのですか」

「もし主がお望みでしたら、招集をかけましょうか。すぐにお仕えできるのはこの大陸の北にいる黒狼、ドラッケリュッヘン大陸にいる金狼がおりますが」


「え! ギンコが3匹も!?」

「ご冗談を、主から名を賜ったギンコは私だけです。まだ契約していないゲーレはゲーレとお呼びください」

ギンコはちょっとプリッとしたけど、そんなとこもかわいい。

大型犬をいっぱい連れて歩くとか、めっちゃ憧れてた! いや、今の俺だと背中に乗るんだけども。ヒトの言葉を喋るのは想定外だけどね!


「もふもふ天国〜!!」

「給金の不要な側近……ギンコ殿、その者たちは、ヒト型には?」

ペシュティーノが興味津々だ。やっぱりこの世界でも人件費は大きいらしい。


「……主がお望みであればゲーレは努力します。いずれは叶いましょうが、しばらくは難しいかと。私も、主が学舎(まなびや)に入られるまでにはなんとか」


ギンコはおもむろに立ち上がると俺の側までやってきて、椅子に座る俺の膝の上に顎を乗せて上目遣いで見つめてくる。かわいい!

わしわしと顎のあたりを揉み回すと、気持ちよさそうに口角が上がる。


「ケイトリヒ様、戦闘系の側近にオリンピオが入りましたが、まだまだ不足。さらにさきほど話に挙がった、アンデッド討伐のエキスパート集団を結成するとなれば戦力が余ることはございません。ギンコの仲間を招聘(しょうへい)しましょう」


「仲間ではありません、きょうだいです」

ペシュティーノの言葉に、ギンコが抗議する。


「似たようなもんでしょ」

「いいえ、主。仲間は同じ志を持った者同士。きょうだいは血は繋がれど、志は別です」


「神候補に仕える使命は同じでしょ?」

「……たしかにそれも志とは言えますが……」


ギンコが渋い顔をしている。顔は狼でも、表情は人間と変わらないね。


「先程、私は主が望むのならば表舞台に別人を据え、裏から実権を握るのも良い案だと申しましたね。それは、おそらく黒狼にとっては耐えられない屈辱となるでしょう。あの者は主たる神が権能を振りかざし君臨することを望みます。金狼は選民意識が強く、主以外の人間を軽視し、命を奪うことも厭いません。戦力としては問題ないですが、側仕えとしては、主との適性があるといえるかどうか」


「じゃあギンコの下につければいいじゃない?」


俺が言うと、ギンコがものすごく嫌そうな顔をした。


「そう仰ると思ったから渋っているのです」


ん〜、なんて賢くてかわいいワンちゃんでしょうね!

わしわししちゃうぞ!


「北のゲーレは共和国か王国からやってくるのでしょうか。南のゲーレはドラッケリュッヘン大陸からとなれば、なるべく情報を持ってきてもらえると助かりますが……」


「伝えておきましょう」


「え? れんらくしゅだんがあるの?」

「我々は神の眷属。精霊と同じように、竜脈を通じて繋がっています。距離に関係なく、伝える必要があるものは全て伝わります。私の主がそれを望んでいると聞けば、彼らは十分な成果をあげることでしょう」


ギンコは顎を俺の膝にのせたまま、鼻からフゥとため息をついた。


「1週間ほどで馳せ参じましょう」


「ふうん、じかんかかるんだね。ギンコみたいに転移できないの」

「いえ、色々と準備するようです。急がせますか?」

「ケイトリヒ様、こちらも受け入れ態勢を整える必要がございますので」


こっちの受け入れ態勢はともかく、ゲーレたちの準備ってなんだろうと思いつつ、ギンコはペシュティーノと相談してくれと話を終えた。


大陸統一の話は置いといて……追加のモフモフ、楽しみ!!



翌日。

今日は朝から新型トリューの設計だ。


勉強部屋にはキャスター付きのボード|(設計:俺)が運び込まれ、現状のトリュー試作型の設計図がベタベタと貼り付けてある。

CADくん1号機を駆使して魔法陣を設計しているのだが……ボトルネックは何よりもトリューの()()。つまり現状の試作品に対して魔法陣がオーバースペックすぎる。


「ガノ、設計用紙とってー」

「はいはい……どうぞ。機体設計から見直されるのですね」


「うん、やっぱりちょっと、技師の理解が追いつくの待ってられない」


トリューは現状、元となったモートアベーゼンと大きな外見の差はない。

相変わらず外見は車輪のついてない自転車のフレームと、タイヤ部分に緑色のフッサフサの毛がみっしりとついた木製。

子供用自転車が大人用になった程度のサイズ差分しかない。


時速80キロメートルで飛ぶ自転車。

地面を走るバイクと違って、俺としてはだいぶ怖いと思うんだよね。


実際、設立されたトリュー中隊のなかではいくつか大きな事故が起こっているそうだ。

ラウプフォーゲル騎士が頑丈すぎるせいで死亡事故までにはなってないけど、事故はよくない。騎士はともかく、市民が巻き込まれたりしたら大問題だ。

とはいえ、今設計すべきは騎士が使う一般的なトリューではなく俺専用のトリュー。

速度を大幅に上げるので高度も上げる必要がある。つまり……もっと怖い。


「……ケイトリヒ様、それが新型トリューの素案ですか?」

「うん。もう、(またが)るのイヤだなとおもって。僕、しばらく大きくならない予定だからもう椅子型にしちゃったほうがいいと思うんだよね」


今までは常に魔法のほうきをイメージしたバイク型で考えていたが、どうやってもやっぱり乗ってる方は怖い。騎士たちは頑丈だろうけど、俺の防御力は多分紙だ。ぺらぺらだ。ガラス細工だ。精霊が守ってくれるとはいっても、落ちるのは怖い。確実にチビる。

今回は戦闘機型でいこう。

ペシュティーノと二人乗りになることは確実なので、俺が脚の間に座るようにすれば色々と安心だろう。


「……ケイトリヒ様、ペシュティーノ様は世話役です。しかもこれはケイトリヒ様専用に設計され、注目度も高い乗り物ですよ。主であるケイトリヒ様と同じかそれよりも高い位置に世話役が座るというのは、見栄えがよろしくないです。御館様がお許しにならないでしょう」


「そんな無茶な」

俺とペシュティーノにどれだけ身長差があるとおもっているんだい! どこに座ってもペシュティーノのほうが高くなるに決まってるじゃないか。


「ですから、この位置を入れ替えて……こうしてはどうでしょう」


ガノの案どおりに設計すると、ペシュティーノに肩車されるような座面の配置になる。


「あまり高さが出ると、空気抵抗が……」


「はいはーい!! そゆことはー、あーしに任せて!」


背中にポサッと重さのない布の感触を感じて振り向くと、ヒト型のアウロラだ。

俺の背中から抱きつくような形なのに、全く重さは感じない。


「主の持ってる知識のー、空気抵抗、揚力、浮力、推進力! ぜーんぶ魔法で解決できちゃうしっ! あんまり、見た目が機能にカンケーするとか考えなくて大丈夫だよぉ」


「そんなこと言ったら丸い玉でいいってことになるじゃん……」

「そこはさー、主のいう、『ヒトにはヒトの理』ってやつだよぉ。威厳を示すデザインなんて、あーしら考えられないもーん」


まあ確かに魔法のほうき型もかなり無理のあるデザインだよな、たぶん。

専門家じゃないので詳しくはわからないが「魔法の力で飛んでいる」という説明以外では色々と物理法則やら航空力学やらを無視しているはずだ。


「あっ、つまり熱量保存の法則とおなじように、やっぱり物理法則を当てはめて設計すれば魔力のムダがなくなるんじゃないかなあ!?」


「はあ」

ガノの気のない返事は無視して、俺はカリカリと戦闘機をモチーフにした設計図を書き込んでいく。やっぱり翼はあったほうがいいよな。うーん、尾翼ってこんな形だったっけ?

本体と翼の比率が、どう見てもジャンボジェット機。


「ガノ! レオよんで、レオ!」

「承知しました」


すぐに部屋に来てくれたレオは、頼むと嬉しそうにF15とF35戦闘機のシルエットを描き始めた。ちなみに俺には……違いがわからない……。


「やー、小学校の頃に描いたなー。俺、絵は下手なんですけど戦闘機だけは夢中で描いたんッスよね! まさか異世界でそんな経験が生きるなんてなぁ。あ、おまけに戦闘機じゃないっスけどSR‐71とB-2とF‐117のステルス機も描いときますね!」


「ステルス機ってレーダーに映らないやつだっけ」

「そうです! こっちの世界じゃそんな技術不要ですけど、形が独特なんで面白いかなーと思って。B-2なんて紙飛行機みたいじゃないっすか? 爆撃機なんですけど……」


ぺらぺらと戦闘機について語りながら、いくつもの戦闘機のシルエットを描いてくれた。詳細までは覚えていないらしく、シルエットが限界だそうだ。

俺の中では旅客機以外は全部戦闘機みたいにくくってたんだけど、レオが描いた飛行機には爆撃機や輸送機、偵察機など用途に応じてフォルムも違う。


「これは、まるで……鳥のようですね」

ガノがレオの描いたものを見て考え込んでいる。アウロラも珍しく、ジッとレオの手元を見ているだけだ。

……ダメだ! ガノの頭の中では、彫像のような優雅な鳥のフォルムになってるはず!

レオ、早くなんか反論して!


「まあ……この世界のヒトから見たらたしかにまあ似てなくもないけど、速度がレベチなんで! 特に尾翼の形は鳥とは大きく違うんですよ。機体によって違うでしょ?」

「れべちって何?」

「レベル違う、って意味ですよ。あれ、使いません?」

そんな単語あるんだ?


「新型トリューの設計ッスよね。バイク型は諦めて、戦闘機型で行くんスか? それならちょっとはお役に立てるかもしれないんで、また何かあったら呼んでくださいね!」


レオはこのあとの昼食を準備するために去っていった。


「ちなみに、僕が以前設計したトリューのよくばり魔法陣設計は、このF‐35と書いてあるものをベースに考えました」

「なるほど〜? 後方から高圧の空気を排出して飛ぶ設計だね? これだとちょっと、現存のトリューの技術とはかけ離れてるなあ? あーしはコレを推すね!」


アウロラは、レオが「紙飛行機みたい」と称したB-2爆撃機がお気に入りのようだ。


「ふむ、私も同意です。鳥に似ていて違う、優美なデザインかと」

「これ爆撃機だから速度出ない設計らしいよ?」

「そこは魔法で!」


この世界の技術的に、まるまるとそのままデザイン借用できないだろうから多少変わるだろうけど、これベースでいくか。個人的にはF‐35の4枚翼がカッコいいと思ったんだけど、4枚翼はそれだけでラウプフォーゲル領主を表す紋章になるのでちょっと政治的によろしくないらしい。


本体の設計は、ざっと完成!

これを元に技術者たちでブラッシュアップ……と思ったけど、ここにきてアウロラを始めとした精霊たちがグイグイでしゃばってきた。


「設計はあーしに任せて! ね、ね! ちゃんと魔法陣との連携も考えるからぁ!」

「木製じゃ強度が足りねえ。軽い金属を使った設計なら、俺が必要だろ?」

「はいはーい! 僕も、僕もなんか作りたーい!」


……異世界の戦闘機は、風と土と光属性らしい。

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