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3章_0041話_準備期間 2

「ええっ! よ、ようじかしてる!? こ、この僕が!?」


これ以上どう幼児化するというのか!!


と、一瞬混乱したけれど、なんということはない、魂の話でしたか。

確かに昨日の感情の高ぶりは、前世の俺がそのままこの世界に来ただけならばあり得ない状況だった。中身はオトナと言い張っていたけど、前世の姿のままで同じことをしたらいわゆる「心の風邪」を心配されるほどの状態だ。


「ええ、そういうわけで、ケイトリヒ様にはもう少し事業と領地運営について介入してもらうことに決めました。お体の小ささはすぐには解決できませんが、我々側近からの『扱い』であれば如何ようにもなりますから」


「それに、もう魔導学院入学は1年半後に迫っています。学院で他の生徒や教師にナメられるわけにはいきませんから、今後は小領主様としてその権威をいかんなく発揮していただくこととします」


ナメられ……ペシュティーノが言うとなんだかすごく違和感。


「ふうん……まあいいや、わかった。それでかいぜんされるなら」


「ケイトリヒ様、そのお言葉も、です。今後は少し改めていただきます」


「えっ」


ペシュティーノとガノ、そしてその後ろにはウィオラとジオール。

朝食を運んできたミーナが、いつになく真剣そうな彼らの様子を不思議そうにチラチラ気にしながらテーブルセットしてくれる。

今日の朝食はレオ特製の栄養満点ミルクシェイクとローストポルキートのサンドイッチ、パリパリシャキシャキみずみずしいダイコンサラダ。


「見た目に合わせて、あえて子供らしい口調をしていらっしゃいますね? 我々も、御館様もそれを求めてまいりました。無垢で無知な子供であることを。それがケイトリヒ様の魂にはよろしくないのではないかと愚考いたします」


「えっと、うん」


まあ、言われてみれば……。

ちょっと演じてましたね、子供っぽさを。だって見た目が乳児だし……。


「無理に背伸びをする必要はありませんが、無理に子供を演じないようお願いしたい所存にございます。これは皇帝謁見の場にもつながり、ひいては魔導学院入学に向けての準備とお考えください。7歳の公爵令息でありながら小領主。その大役を担っている、絶対的な強者であるという、威厳を見せねばなりません」


な、なんかペシュティーノとガノが熱い。ちょっと暑苦しい。

けど、貴族社会においてナメられないようにするのは大事だというのはわかる。見た目は仕方ないとしても、見た目通りじゃないと思わせなければならないということだ。


ええっと、子供っぽさを演じなくていいなら……。


「つまり、僕には見た目以上にオトナっぽくなってほしいということですね? 対外的にも、魂の幼児化を防ぐためにも」


演じる必要もなく、脱力して喋ると基本的に舌足らずな発音になる。お口も舌もちっちゃいのは事実。一部どうしても上手く発音できないときもあるが、それでも、ちゃんと意識すれば普通に喋れる。


ペシュティーノとガノは顔を見合わせて、微妙な顔をした。


「やはり、演じていらっしゃったのですね」

「ケイトリヒ様に演じさせていたのは我々の態度のせいでもあります。申し訳ありませんでした。……今後は、外向きにはそのお姿を維持なさってください。渉外や重要な決定の通達などにはケイトリヒ様御自身でご対応いただくことも考えております」


「わかりました」


俺が頷くと、ペシュティーノが辛そうに顔を歪ませる。


「あともう1点……今後は、人前での抱っこは控えさせていただきます」


「ええっ! そんな! いや、人前だよね? あっ、人前ですよね? はっ、まさかペシュの添い寝も控えるとか言わないよね!? あれ、呼び方はペシュでいいのかな」


「ええ、当面は対外的な人前のみとさせていただきます。そして添い寝については精霊様の助言の結果、続けたほうがケイトリヒ様のためになると判断されました故、継続です。そして私の呼称については、既に人前では正しくお呼びになっているので今までのままで結構です」


ペシュティーノがニコリと微笑む。

あんまり変化が多いと寂しくなっちゃうところだったよ。

でも、事業や領地運営にもっと携われるというのは、正直嬉しい。

いままで()()()扱いだった俺に、ようやく仕事と責任が与えられるということだ。


「うむ! それならば結構です。では私は、真なる威厳を身につけるため邁進するとしましょう」


ペシュティーノとガノが微妙な顔になった。


「あまり無理に難しい言葉を使わないほうが……」

「ケイトリヒ様、子供っぽくなければよいのですよ」


「……、……ええっと、頑張ります」


加減がわからん!!

むう、と下唇を突き出すと、ペシュティーノとガノに声を上げて笑われた。



さて、気を取り直して。


午後の授業はリンドロース先生の調合学の授業!

ラウプフォーゲル城で先生をしてくれていた方々は、引き続きユヴァフローテツでも授業をしてくれている。移動はペシュティーノが設計してくれた転移魔法陣で。

転移魔法陣は設計も難しいのだが、法的な規制についてもとても厳しい。

そんな中、領内であれば領主の一存で設置できるうえ、ペシュティーノという規格外の魔法陣設計士がいてくれたこともあり。ものの数日でラウプフォーゲル・ユヴァフローテツ間の転移魔法陣が組まれたのは異例中の異例だ。


「いやぁ、ユヴァフローテツは随分住みやすい街になりましたねぇ。僕も移住しちゃおうかなあ、王子殿下の側近になりたいし……ああ、今は小領主閣下ですね!」


リンドロース先生は、相変わらず距離感近い。隙あらば抱っこしてこようとするので、それをスタンリーが止める。それが何回か続いた。

調合学の授業は、ガノ、エグモント、スタンリー、オリンピオの4人の側近が参加だ。


「先生は、僕の側近になりたいんですか?」


「あれ、なんだかお言葉がはっきりしましたね? うーん、残念だなあ、舌足らずな喋り方をわざとしている感じ、甘えられてるようですごく好きだったのに〜」


わざとなのバレてますやん!

このヒト、とっとと誓言の楔うちこんだほうがよくない?


「あ、側近希望の話ですが、この度ケイトリヒ様が小領主になられたので正式に希望を出したんですよ。今まではまあ、教師のままでも良かったんですが……ユヴァフローテツの小領主になるなんて! 考えてもいませんでしたね! 私の移住と側近入りについては実は既にペシュティーノ様が調整中です」


ニコニコしながら手際よくユヴァフローテツ特有の素材を並べ、下処理方法やそれから作られる薬、魔道具の素材、そして毒になるものも教わった。ときどき、食用のものも。


「これは今日の午前中にとってきたもので、『ジュンサイ』という珍しい野草です。食べられるんですよ! 特にこれといった味はありませんが、食感がつるんとしていてエルフ族の間では珍味として高値で売り買いされています。他の素材と組み合わせて水中呼吸薬の素材としても使えますが、その場合は『ドボンサイ』のほうが安価で大量に採れる上に効果も高いのでそちらを使う事が多いですね」


ジュンサイ……日本で知ってるものと、多分同じような見た目だ。日本のものは水中呼吸薬にはならないと思うけど。

オリンピオとガノがちゅるん、と食べたのを確認して俺もちゅるんと食べてみる。スタンリーは口に入れた瞬間、すごい顔になった。苦手らしい。エグモントは断固拒否。


「スライム食べたらこんな感じかなあ」

「確かに、味はあまり無いですね」

「……」

「スタンリー、無理しないで吐き出してもいいのですよ」


あ、ペッした。食感が苦手なのかな?


「アイスラー公国では一般的な食材です。もう少し大きくて『スライムひじき』と呼ばれていましたが」

スタンリーが吐き出したものを浄火(プッツェンフォイア)で焼き払いながら言うと、リンドロース先生が食いついた。


「そうなんだ!? 僕、何度かアイスラー公国に行ってるけど、出会ったことないよ?」


「冒険者でしたらよっぽど貧しい村で食事を求めるようなことでもない限り出会わないでしょうね。『貧乏食』と呼ばれる部類のものでしたから」


アイスラー公国では力が全ての社会なので、野菜や自然採取で得られる木の実なんかは全て『貧乏食』と呼ばれ、肉至上主義らしい。肉を狩れるのは強者の証だからだ。

なんていうか、それを聞いて俺は原始人みたい、と思ってしまった。


「そっかー! いいこと聞いたな、じゃあ村とかでお肉と交換すれば喜ばれるかな」


それからリンドロース先生のユヴァフローテツ素材授業は続き、この土地がいかに他とは違った性質を持っているかがよくわかった。


「先生、しつもんです!」

「はい、ケイトリヒ王子殿下! じゃなかった、小領主閣下!!」


相変わらずノリがいい。


「湿地に、(かじ)ると甘い汁がでる植物ってありますか?」

「おや? やけに具体的ですね? 本当はご存知なのではないですかぁ?」


リンドロース先生がニコォと悪い笑顔をしながら俺に顔を近づけてくる。

もう、このヒトさっさと側近に入ってほしい。


「風のうわさで」

「なるほど〜風の……まあいいです。おそらく『甘草(あまくさ)』のことでしょうが、あれは大変危険な植物ですよ」


「「「危険?」」」


俺とガノとオリンピオの声が重なる。


「ラウプフォーゲルの湿地帯やアイスラー公国には『甘草(あまくさ)』と呼ばれる草があることは有名でしたが、その自生地のほとんどが凶暴な水棲レプティリアンの棲家なのです」


オリンピオだけが驚いているけど、他の側近は誰もわからないようだ。


「すいせい……れぷてぃりあん?」

「はい。レプティリアンとは、ヒト型に近い体型で、鱗の肌と大きな尻尾を持ち、頭はドラゴンのような種族の『魔獣種』です。彼らを『獣人族』とするかどうか、専門家の間では意見が割れてはや300年といったところですかね。古代、ヒトに迫害された歴史がありヒトに対してとても警戒心を抱いていますので、友好は期待できませんが」


「ち、ちょっと待ってください、リンドロース先生。ユヴァフローテツに、その水棲レプティリアンがいるなどとは、一体どこの情報ですか?」

「冒険者組合(ギルド)ですよ? なので、かなり信憑性のある情報です。彼らはヒトの前には決して姿を見せませんから、近隣の村人が知らないのも無理はありません。それに凶暴とはいいましたが、それは戦った場合の話。武装した冒険者や屈強な漁師などと比べると体は小さいですし、力もラウプフォーゲル騎士と比べれば強くありませんから基本的にはヒトを避けます」


「言葉は通じるんですか?」

「それがわからないおかげで魔獣か獣人かの判断が保留されているのです。数少ない情報として知られているものが……基本的にはヒトを避けるレプティリアンが身を(てい)して断固として守るものが、卵と甘草(あまくさ)です」


レプティリアンと呼ばれる種族は、水棲のほか火山棲、海棲、岩山棲など種類がたくさんいて、どれも共通しているのは人間を恐れていること、姿をほとんど見せないこと。

冒険者組合(ギルド)の間でも位置づけは「敵対非推奨種」とされていて、言葉が通じる可能性がある上に特に利用価値も無いのでむやみやたらに討伐する種ではないらしい。


「ユヴァフローテツの冒険者に探ってもらうのは危険かもしれない」


調合学の授業を終えておやつの時間。

台湾カステラみたいなふわふわのスポンジとフルーツ、たっぷりのカスタードクリームをシェイクで流し込みながら言うとガノが頷く。


「もしリンドロース先生の言う通り湿地に水棲レプティリアンなる種族がいるならば、なるべく敵対したくないですね。その甘草(あまくさ)がケイトリヒ様の仰るサトウキビと似たものだとして、それを奪ったことで市民が狙われてしまっては防衛費が(かさ)みます」


うん、一貫して費用面だけ見るガノのブレない視点が好きだよ。

そして大体、俺の見解と一致。ムダな争いは避けたいし、経済的被害は抑えたい。


「言葉による会話はできないかもしれませんが、敵対する意志はないということを精霊様を介して伝えられないでしょうか?」

俺と一緒のおやつを食べ終えたスタンリーがそう言うので、俺に視線が集中する。

集中、と言ってもこの場にいるのはガノとスタンリーとミーナだけだ。あれ、そういえばペシュティーノがいない。


「うーん、あっ、そういえばペシュは?」

「帝都訪問の内容を調整するため、ラウプフォーゲル城へ行っています。すぐに戻りますよ、それより精霊様の調整は難しいでしょうか?」


やや間を置いて、ウィオラとジオール、そしてキュアがふわりとヒト型で現れた。


「レプティリアン……古代語でいうと、リザードマンとの意思疎通ですか。我々でも不可能ではないでしょうが、容易いことではございませんね」

「前も言ったかも知れないけどさあ、僕たちいわゆる『人工精霊』なワケよぉ。そうなるとね、僕らは彼らのことを知ってても、彼らは僕らのことを知らないんだ。知能の低い魔物は霊性しか見ないから多少効果あるけど、ヒトと同程度となると……わかるでしょ?」

「知能だけでなく、ヒト族でいうエルフのようにもう少し精霊に近い存在であれば可能性はあったのですが……レプティリアンとなると、性質はほぼヒトと同じ。小生たち精霊の存在は感じ取れず、自らの欲に忠実で、場合によっては自然を破壊することも厭わない性質です。彼らと交流を試すよりは、こっそりと甘草(あまくさ)の苗を頂くほうが現実的かと」


精霊がまさかの泥棒推奨とは。

人間と同程度の知性となると言葉が通じてもおかしくないと思うんだけど難しそう。

まあべつに土地の利権とか作物の占有権とかそういう概念はなさそうだし、彼らの生活を脅かさない程度にいただくことは合法ですかね?


「そっかあ。じゃあそのこっそり頂く案、精霊たちにお願いできる?」

俺が精霊たちに聞くと、なんか3人ともフリーズした。ダメなの?


「あぁ……主が望むからぁ。うーん、困ったな。でも仕方ない、来客だよ」

「不甲斐ない下僕で申し訳ありません」

「精進いたします……」


なんだか急に精霊たちがソワソワしだして、来客を告げた。

その場にいた全員が何が起こったか分からず顔を見合わせていると、ドアを開けてララが「小領主閣下にお目通りしたいと仰る御方がお見えです」と告げた。来客って、これ?


「何者ですか」とガノが聞いても、ララはポカンとするばかりで「お客様です」としか言わない。不思議に思っていると、精霊たちが「会うしかない」「呼んだのは主です」と言って俺を促す。一体、なにごと?


ガノやスタンリーが警戒してオリンピオを館に呼び戻し、ようやく謁見。

ギンコに乗って、ラウプフォーゲル城から比べるとこぢんまりした謁見室に入る。


そこには赤と黒のシマシマっぽい髪の毛をポニーテールにして、褐色の肌、アラビアンナイトの踊り子のような服を着たゴージャスな女性がニッコリと笑って立っていた。


彼女の後ろには、サトウキビに似た植物がどっさり山になっている。

え、どういうこと?


「あー! ほんとに、すっごいかわいー! やだ、マジかわいー!」


褐色肌のゴージャス女性は俺を見るなり、ルビーのような目をキラキラさせてはしゃぐ。

警戒するはずのオリンピオもガノもどういうわけかぼんやりしているし、館の護衛兵に至っては全員が全員、立ったままウトウトしている。おかしい。

スタンリーとギンコは意識がはっきりしているみたいだけど、警戒する様子もなくスンとしている。


ええっと、もしかして、この雰囲気……。


「も……もしかして、フォーゲル山のヌシ!? 様!? ですか!?」

「あっ、すごーい! わかるんだぁ! うん、そう! 特に名前はないんだけど、そう呼ばれてるよっ! ねえねえ、あなた私が加護するラウプフォーゲル王の子で、異世界の魂を持つんでしょ?」


いきなりほぼバレしてる!

まあ、俺の精霊たちも恐れるほどの自然発生の精霊王なら仕方ないか。


「はい、そーですけど……」

「きゃあん、声もかわいぃ〜! ねえねえ、抱っこしていい? いいよね? ああん、ヒトの子って、マジちょぉかわいいんですけどー! マジ、溶岩狼の子と張るわぁ〜」


フォーゲル山のヌシは強引だけど一応、キラキラした目で俺の反応を待ってくれている。

無理やり抱っこするほど社会性ゼロではないらしい。さすが自然発生精霊……?


「あの、護衛兵とかオリンピオとかはどうなってるの?」

「あ〜、ちょっと意識を飛ばしてもらってるだけ! だってホラ、ウチみたいな正体不明なのがイキナリ小領主に馴れ馴れしくするのって、マズイでしょ? それに、あなたが精霊と繋がってるのがバレてもマズイんでしょ?」


意外にもすっごく常識人!

やってることは非常識だけど、すごく俺の立場考えてくれてるね!


「そりゃあ、ウチはヒトの年月にすると……えーっと、ウン……ウン万年? 生きてるってことになるのかな、そーいう精霊だから! でもこんなに可愛くて小さくて魔力強くて賢いヒトの子って、まぢ初めて見る〜! ねえ、抱っこしていい?」


チラリとオリンピオとガノを見ると、やっぱりボーッとしてる。

本来なら絶対止められるけど……ま、いっか。


「いいですよ」

「やったぁ〜ん!」


フォーゲル山のヌシは、ギンコの背に乗った俺をガバリと抱き上げてくる。

ほとんど先端部分しか隠れていない豊満な胸にムギュウと抱きしめられた。しっかりした肉感のある肌。ウィオラやジオールと違って、ヒトとほぼ同じ感触だ。


「すごい、ヒトと同じ感触」

「んふふ、何年生きてると思ってんのぉ」


ほっぺ同士をこすり合わせるように頬ずりされて、ふわふわの髪の毛を楽しむようにスリスリされて、なんだか動物に懐かれているような感覚だ。


「で、あの植物は……」

「あ〜、えっとねぇ、レプティリアンと敵対したくない、って思ってくれてありがとね。あれ、一応ウチの眷属なんだワ。その御礼、みたいなもんかなぁ。ええっと、甘草(あまくさ)は生命力の強い植物だから、あの茎をこう、雑にズブッと! 土に埋めれば根付くと思うよ! あ、それとこの湿地冷やしてくれた御礼! おかげでフォーゲル山からちょっと離れるくらいならダイジョーブな感じになったんだぁ!」


よくわかんないけどイイコトしたのか。

その御礼ってことなら、よかった。


「あ、そちらの利になったんなら、よかったデス、はい」

「うんうん、助かったよぉ。熱暴走が続けば大陸中が火の海だもんね! あ、んでさ、ホントのところ、神になってくれんの?」


またもや全バレぶっ込んできた!!

精霊王には余すとこなく全バレなんですか、そうですか!


「いやぁ……あんまり乗り気じゃないんですけど」

「なんでぇ、なってよぉ〜! もうウチら、正直けっこー限界なんだよね〜」


「え、限界って……」

「あれぇ、『竜脈』から聞いてない?」


竜脈って……もしかして。


「すっごい説明雑な、ゆるい感じの喋り方する声のこと?」

「あはぁ、いや〜どうだろ。『竜脈』と声でコミュニケーションとってるの? 面倒なことするね〜? う〜ん、ってか聞いてないカンジだね、まあしょーがないかあぁ、中身は異世界人だもんね。『竜脈』って要するにただの情報の集合体だからさ。あっちからは必要な情報あまり与えてくれないんだよね〜、でも質問したら答えてくれるはずだよ〜!」


もしかしなくても、俺が神|(仮)と呼んでいる存在のことだろう。

たしかに、魔力の使い方について質問したら応えてくれた。瞳に変な模様が出るから会話は控えていたけど……。


(ふ〜、ようやく2体目かぁ。一番確実で安定してるところから攻めるタイプ? まあそのへんは任せるけどさぁ〜)


あっ、きたっ! 本人来たっ! つってもヒトじゃあないみたいだけど!

2体目? そういえば以前、神の眷属が世界中に散らばってるとかなんとか言ってた気がする。確実で安定って何のことかよくわからないけど。


「そ、そ。そゆこと〜。そこの精霊みたいに、ウチにも名前つけてくれて構わないんだけど〜……さすがにちょっと、今は無理め? まだ今はちょっと、ウチのほうが強め」


え? フォーゲル山のヌシとは、まだ契約しないほうがいいってこと?


(あ〜……そうみたい、だね。さすがにまだ、ちょっと器が……)


「ねー神、思うんだけどさぁ、たぶん、ウチと契約するより先にちゃんと『竜脈』から情報を得たほうがいいと思うよ? どーも神の随身の人間たちは、まだまだ子供だと思ってるみたいなフシあるし。こう、情報を得た上で、イシヒョーメー!っての?」


「え……意志表明? それなら、できれば神にはなりたくない、ですけど。今のとこ」


(はぁ〜?)

「ええ〜っ!? それ本気〜!?」


脳内で響く軽い男の声と、目の前のグラマラスレディの不満げな声がハモる。


「ウーン! 無理めなこというね! もう神の権能、2つも発現しちゃってるのに? 神になりたくないって? 無理無理の無理ぢゃね? 現状でもう半神っしょ?」


「2つ? 左目の『全知』だっけ。もう一つは?」


「もー、昨日ギャン泣きして地殻揺らしたっしょー? あれ、ウチの管轄じゃなかったら平地火山大噴火〜で、このへんに山がもー2、3個できてたからねー? あれ、神の5つの権能のなかの4つめの『破壊』でしょ。予想外に権能が発動しちゃったもんだから、精霊たちも慌てただろうね? でも主に話をしていないって、どういうことなん?」


ふと気がつくと、ギンコの背に乗った俺の後ろに精霊たちが6柱、ヒト型で勢ぞろいして立っている。基本4精霊なんかは、ちょっと説教されてる小学生みたいな顔になってる。


「第4の権能である『破壊』が突然現れたのはたしかに慌てたよ。でも主の魂は、今は安定してる。ペシュティーノと話して、安定させることができる。僕ら、主の下僕たる精霊は主が望まないことはしたくない。だから正直、竜脈との会話もあまり推奨してない。できれば僕たちが仲介に立って、魂に影響が出ない形で進めたいんだ、わかってもらえないかな」

「主の魂が竜脈に囚われては困ります。我々は何よりも、主が主たる所以の魂の意志を重要視しているに過ぎません」


ジオールとウィオラが訥々と話すと、フォーゲル山のヌシは双方を交互に眺めてため息をついた。


「あ〜、はい、はい、なる。魂の状況は契約してないウチじゃわかんない事情だもんね、まあある程度は理解するよ? でもねえ、さっきも言ったけどもうそろそろウチら精霊だけじゃ限界なワケ。いくら人工精霊ったって、竜脈と繋がってるんだからその辺の事情がわからないわけじゃないっしょー?」


ウィオラとジオール、そしてフォーゲル山のヌシがにらみ合うように黙る。


限界というのは……。


(そのままだよ。この世界には神がいない。神がいないこの世界がどうやってその存在を保っているかというと、精霊たちの力だ。でも本来、精霊たちは神の眷属。神のいない世界ではその力を限界まで絞り出したとしても、世界全体の限界は近いってことさ)


「え、じゃあこの世界は……ユニヴェールは」


「あ、すぐに消えてなくなるってわけじゃないよ? でも、もう既にいくつかの大陸では精霊の力では維持できなくなって崩壊が進んでる。この大陸はおそらく世界の最後の砦になると思うよ。もしあなたが神にならなかったとしても、ウチは今回冷やしてもらえたからあと2、300年は大丈夫だとして……崩壊は、たぶん北側から始まると思うな〜」


フォーゲル山のヌシが軽い口調で淡々というものだから理解が追いついていないけど、これってもしかして、ものすごい話なのでわ。


「崩壊……」


「……主、もしやご存じなかったのですか?」

「え?? は??? エエエ? いや、だって神候補ってのは知ってて、その理由を知らないわけないじゃん?」

ウィオラとジオールが混乱してる。


(あれ、言ってなかったっけ?)

竜脈がまた雑なこと言ってる。


「え、嘘でしょ? もしかして、今知ったの!?」


俺がポカンとしながらもコクリと頷くと、フォーゲル山のヌシの表情がみるみる怒りに染まっていく。髪の毛も、黒と赤のしましまだったのに黒い部分が燃えるように赤くなってきた。


あ、爆発する。

ヌシが俺をぽんとギンコの上に置いた瞬間、本物の地鳴りとともに怒号が響いた。


「信ッじらんないっ!!! 報・連・相はコミュニケーションの基本でしょぉっ!! いや人格がないからとか言い訳してっけど、竜脈の意志が雑すぎるっしょ! ちゃんとすり合わせしてよねっ!! でないとこっちも何のために心身削って世界維持してるか意味わかんないっての!!」


おお! 俺と全くの同意見で嬉しい!! そう、竜脈の説明が雑すぎるんじゃ!

いいぞもっと言え! そういうものなのかと受け入れてた俺も悪いけど!


地面がグラついたことで、城の兵士やオリンピオ、ガノがちがハッと意識を取り戻した。


「ケイトリヒ様、こちらに!」

オリンピオがギンコの上の俺を片手でひょいと持ち上げて背を丸め、腹の下に庇うように抱き込む。オリンピオが机になってくれるかんじなのね。

衛兵たちもグラつきながら、メイドや執事を庇っている。よく訓練されてるね〜、なんて気分で見てた。多分これは……現実逃避。


俺、見知らぬ竜脈さんから神になってほしいとは言われてたけど、まさかそれが世界を救うためだなんて思っていませんでした。でも正真正銘、なんの奇をてらうわけでもなく、普通に世界を救うために神として呼ばれたわけですね?


「あ〜、失礼、失礼。ダイジョーブだよぉ、今回の地鳴りは規模は大きくても、マグマは吹き出さないからぁ! と、いうわけで小領主閣下、甘草(あまくさ)は私の気持ちとして、お収めください。今後はちょくちょく顔を出しますね! じゃ、そゆわけでよろしく〜!」


フォーゲル山のヌシは、こめかみに青筋をたてながら笑顔でスタスタと去っていった。


ガノとオリンピオはずっとボーッとしてたので、何が「というわけで」かもわからず去っていく女性を見送るしかできない。衛兵たちも館を出ていく彼女を認識していないかのようにバタバタと走り回っている。


「け、ケイトリヒ様? 来客は、いまの女性だったのですよね? 一体……」


「うーん……お部屋で説明するね」


俺がため息混じりに言うと、ギンコとスタンリーが労るように話しかけてきた。


「自然発生の精霊というのは、だいぶ主の精霊たちと存在そのものが異なりますね」

「ケイト、よくわからないけど大変だったんだね。やっぱり精霊とか竜脈とかって、ヒトとは違う存在だからなのかわからないけど、意思疎通が難しいみたいだね?」


彼らは俺と同じように、フォーゲル山のヌシたちとの会話を聞いていたようだ。

このいたたまれない気持ちを共有しあえるヒトがいてよかった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 1話の前世の描写と全知を受け取る流れをみると、生殺与奪を握られたままでいるのが耐えられないタイプだと思っていたので、ここにたどり着くの長かったなあと感じました 戦略目標の確認を怠る(神になる…
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