表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/186

3章_0040話_準備期間 1

轟音と砂煙。


まだ地面が細かく揺れてる。


「ゲホッ……ケイトリヒ様、今のは?」


ペシュティーノの声がお怒りモード。顔を見るのがこわいです。


「だって、むしがいたから」


「ぺっ、ペッ!! だからって岩山ひとつ消すほどの魔導を使うんじゃねえよ! 俺たちがもうちょっと離れてたら危なかっただろうがよ!! ああなんか鼻にも砂はいった!」


ジュンが鼻をかみながら叫ぶ。ごめんって。まじごめんって。


炎天下の岩砂漠の下、簡素なタープの下には俺とペシュティーノとエグモント、ジュンとオリンピオ。ギンコもお行儀よく足をそろえて伏せている。

ガノとスタンリーはお留守番だ。

今日は魔導訓練と称して、ユヴァフローテツの街から山を下った岩砂漠でキャンプ中。


街のお魚加工場で侵入者を捕らえて、見せしめに洗脳して依頼主へ送り返して1ヶ月。あれからというもの、不審者の訪問はほぼなくなった。

正規ルートの転移魔法陣を使わずに侵入しようとするとほぼ完璧に排除されることがわかって、暗殺者だけでなく産業スパイ的なヒトたちも途絶えた。

おかげで日々のんびりすごしております。


「しかしすごい威力ですね。こんなに破壊的な魔導を見たのは初めてです」

オリンピオが言う。俺も初めて見たよ。

一応、側近や想定外のものに被害が出ないように精霊たちにもペシュティーノにも守護してもらってるから、アクシデントはないと思ってたんだけど。


「……ケイトリヒ様、杖を抜いたら動揺は禁物です。虫がお嫌ならば、風で吹き飛ばすなど被害の少ない、退ける魔法を使ってください。洗浄(ヴァッシュン)


砂にまみれたペシュティーノがちょっとプリッとしながら洗浄魔法を自身にかける。

ちなみに俺はバリアー的なものに守られていたので汚れてない。

多分、精霊が勝手に張ってくれたやつ。


「では気を取り直して、魔導の実技訓練に入りますよ。ちなみにたった今放った魔導は……いえ、岩を破壊しているから魔法でしょうか、しかし虫も跡形もなく消し飛んだので大魔導……? いえ、この際もう区切りはなんでもいいです。あれは何をイメージした魔術なのでしょう?」


あれだけ区分にうるさかったペシュティーノがとうとう放棄したね。

ラウプフォーゲルの魔導演習場では、俺の魔術が破壊的でド派手過ぎたので出禁になってしまったが、ここでは魔法打ち放題! なにせ生き物が何もいない岩砂漠!

いないわけではないか、さっきいましたわ、虫が! 3メートルくらいあるムカデが!!


「えーと、ばくはつ」

「爆発……拡散性放出(エクスプロジオン)魔法の上位ですね。土、水、風、火、どの属性にも存在しますがこれは魔導や魔法のランクでいうと『上級』にあたるはずです」


ペシュティーノの声が低い。まだ怒ってる?


「上級の魔術とは、練習せずに使えるようになるものなのですか?」

「いいえ」


オリンピオの素直な問いかけに、ペシュティーノが短く答える。

あっ、これは俺のしでかしたことというよりも俺の非常識さに困惑してる声色だな。

うんきっとそうに違いない。そうはいっても、俺も上級魔術が使えるなんて想定外でしたよ、ペシュティーノさん。


「ケイトリヒ様の中で拡散性放出(エクスプロジオン)魔法は【火】属性のイメージなのですね。炎が出ていたかと思いますが、それはもしや火薬のイメージですか?」


エグモントがいるので、前世のことは話せない。

多分そうだと答えるのが一番無難なんだろう、返事を誘導されてる感がある。


「うん……むしをやっつけるのも、【火】かなあともったから」

「まあ、間違ってはいませんね。ですが、対人にしろ対魔獣にしろアンデッドにしろ、今の魔術を使うのはお控えください。ヒトも魔獣も粉々になって証拠や素材が入手不可能になりますし、アンデッドに至っては腐肉が飛び散ってひどいことになります。よろしいですか、二度と今の魔術は使わないでください」


「ふぁい……」


生返事しながらペシュティーノからそっと離れようとしたところを、ぐいと肩を掴まれてほっぺをブニッと掴まれて無理やり目を合わせさせられた。

目の笑ってない笑顔がこわいです。


週1の頻度で岩砂漠で行われる俺の魔術訓練は、側近たちの訓練も兼ねている。

スタンリーは正直、もうペシュティーノから習うことはないというくらいまで腕を上げていて、魔術の実技に関しては免除。ガノはスタンリーほどではないが、護衛騎士としては一定の水準まで達したと判断してもう必要ないという判断になった。

残るは魔術が全般的に苦手なエグモントと、戦闘系側近のジュンとオリンピオ。

ギンコはどれだけの魔法や魔導が仕えるかを側近の間で共有しただけで、訓練は必要ないという話になった。


ユヴァフローテツの小領主になってからというもの、俺の行動範囲はとても広くなった。

視察と称して街へ繰り出し、遊覧や実地訓練と称して岩砂漠や湿地に繰り出して、魔物退治も見学した。

街のオベリスクは既に外観は完成していて、遠目から見ても明らかに異質な存在になっている。その高さ、当初の設計よりもグンと伸びて約800メートル。東京のスカイツリーよりも約200メートルほど高い。オベリスクの根本、噴水だけがいま絶賛建設中だ。

俺が考えた3つの案のどれにするかで精霊たちが揉めてるっぽい。個人的にはどれでも大差ないんだけど。

真っ白な塔が天を貫く勢いで伸びてるんだもんね、下手するとラウプフォーゲル城からも見えるかもしれないと思ったけど、さすがに見えなかった。


そして移動は専ら、トリュー。

俺の考案した新型トリューの試作品や、ユヴァフローテツの独自産業である兵員輸送トリューの試運転を兼ねているので、乗り物の難はない。優雅な小領主生活だ。


(ヴィント)拡散性放出(エクスプロジオン)


今日の俺の課題は、基本4属性の拡散性放出エクスプロジオン魔導を正確に出せるようになって終了。水の拡散性放出エクスプロジオンではかなり遠くで爆発させたはずなのに全員びしょびしょになったけど、気にしない気にしない。


今日の乗り物は新型トリュー試作14号と、牽引型兵員輸送トリュー試作6号だ。

新型トリュー試作品といっても、俺がオーダーしたとんでもない性能は何一つ搭載されていない。そりゃそうだ、俺が魔法陣設計しなければ、たぶん未来永劫あの性能は実現できないものばかり。

試作品は、あくまで「ガワ」だけのもの。

ただ一応、ユヴァフローテツと岩砂漠を往復するために高度だけは自由に変えられるように改変してある。なにせ岩砂漠からユヴァフローテツまでは、どうやら1500メートルほどの高低差があることがトリューの計器でわかったからね。

そりゃあ侵入も容易じゃないわ。


「ケイトリヒ様、そろそろ白の館に戻りましょう。お昼を食べて、午後の授業は調合学ですよ。さあ、オリンピオたちも浮馬車(シュフィーゲン)に乗りなさい」


兵員輸送用のトリューは浮馬車(シュフィーゲン)という商標登録がされた。

トリューと同じく、俺の手掛ける事業のひとつだ。

ちなみに、乗せる人が兵員でも貴人でも、3人以上が乗れるものは全て浮馬車(シュフィーゲン)

今のところ20人ほどを同時に載せて運ぶ軍用のものをメインに開発している。


オリンピオとエグモントとジュンが浮馬車(シュフィーゲン)に乗り込むと、それを牽引するための「馬」の役目をするトリューにペシュティーノと俺が乗り込む。

まあ、俺は抱っこされてですけれども。


魔法のほうき型の二人乗り(タンデム)は、正直おっかない。馬に乗るときと同じように抱っこ紐をシートベルト代わりにしているけど、俺の両脇をペシュティーノの腕が固めてくれてもスルリと落ちたらどうしようという高さになるからね。

精霊たちが「落ちても死なせない」と息巻いているけど、例えそうだとしても落ちるのは本能的に怖いもんだ。


「ケイトリヒ様、飛びますよ」

「う、うん」


ふわりと浮遊感がすると、みるみる高度を上げていく。後ろを見る余裕はないけど、牽引型とはいえ浮馬車(シュフィーゲン)も水平に浮上できる仕組みらしい。

ペシュティーノの腕を掴む俺の手の力がぎゅうぎゅうと強くなったのに気づいて、大きな手でお腹を抱え込むように抱きしめてくれる。こうなると安心できるんだけどね。

しかし、安全性はもうちょっと改善できそうな気がする。

毎回、ペシュティーノの腕に俺のちっちゃな爪の跡をつけるのは申し訳ないもんな。


ふよふよと自転車が進むくらいのスピードでゆったり空中散歩を楽しんで、白の館の屋上に到着。操作はペシュティーノに任せて、俺は魔力供給係だ。


「そうさかん、どお?」

「毎回お聞きになりますけれど、前回と大差ないですよ。やはり、ケイトリヒ様の設計通りハンドル型にしない限りは細かな操作感は伝わりづらいですね」


そう、俺のやりすぎ設計トリューではハンドルはバイクや自転車に似たT字なのだが、地面を走る車両と違って左右だけの動作ではあまり効果的な方向転換ができない。

試しに作ってみたが、どうにも操作性が悪いので現在改良中なのだ。


「じくのたいきゅうせいと、ぜんりんのしこうせいかあ」

研究者から上がっている現在の課題の報告書と、試作14号を照らし合わせながら屋上でフムフムしていると、ペシュティーノからひょいと持ち上げられた。


「ケイトリヒ様、昼食の準備ができておりますので、食堂へ向かいましょう。トリューの設計は、午後の授業の後で」


抱っこというよりペシュティーノの肩に担ぎ上げられると、ひんやりした気持ちいい風が吹く。オベリスクを中心に、街のみならず湿地全体に展開している調温魔法……もとい、冷却魔法だ。

調温魔法は熱量保存の法則をまるっと無視した術式になっていたので、俺が術式を改めて考案し直したところ、魔力消費はなんと100分の1にまで下がった。

冷却の強弱は多少できるが細かな温度調整はできないので冷却(キューロン)魔法と名付けた。名前の通り、暖房機能はない。

街は相変わらず湿度は高いものの、気温は18度前後で一定している。


「ああ、いい風ですね。多くの研究所から、調温魔法に割いていた魔力を研究に回せるようになったと感謝の声が届いています。この一件のおかげでケイトリヒ様の新設する商会への所属希望が殺到したわけですが、そういえば選別はまだお済みでないですか」


俺を抱っこしながら今思い出したかのように聞いてくるペシュティーノだけど、ちょっとチクリと棘がある。人材採用が滞っているのは俺だけのせいじゃないのに。

新設される俺の商会への所属を希望する者は、ユヴァフローテツの研究者の8割。

冷却魔法がすごすぎて、想定以上の人員が新設したばかりの商会に流れ込み、ただいまちょっと混乱中というわけなのです。

そして採用決定は全て俺の名義でやることになってたんだけど……遅々として進んでおりません。すみません。


「ねーペシュ、おもったんだけど。商会がもっとととのってからごうひ出してもいい? そのあいだにじたいするひとはしょうがないとして」


「すぐに人員がほしいと仰っていたのはケイトリヒ様でしょう」


「こんなにあつまるとはそーてーがいでしたー」


おでこをペチンと叩くとペシュティーノは笑いながらナデナデしてくる。


「ケイトリヒ様、一次採用、二次採用という形で分けてはどうですか?」

食堂の扉をくぐると、待ち構えていたガノが履歴書の書類の束をひらひらと見せながら言う。それだ、そうしよう! さすがガノ!


その日の昼食は、ユヴァフローテツでは珍しいらしい「カマロウオ」の煮付け。

お醤油をつかった魚の煮付けって、すごく久しぶりに食べた。カマロウオは独特なプリプリ感がある脂の乗った魚で、地球の「メロ|(銀ムツ)」に似てるかな?


「んん〜ッ! おいひい〜! おさかな、ぷりぷり〜」

「たくさん食べてえらいですね」


ペシュティーノは俺が美味しそうに食べるとものすごく嬉しそうにしてくれるから、ついついオーバーになっちゃう。


「ええ、そうですね。本当に、レオが料理人になってくれてよかった、と、全面的に言えればいいんですが……」

ガノが少し眉を下げてニコニコしてる。え、なにその話の切り込み方?


「ペシュティーノ様、こちら、白の館の調理場の出納帳です」

ニコニコしていたペシュティーノがそれを見てサアッと真顔になる。え? ナニゴト??


「の、農作物の多くは庭園で育てておりますし、水産物はほぼ底値で買い取り、あるいは無料提供されていますよね? 肉が比較的割高なのは理解できますが……こ、この、圧倒的高値をはじき出している額は、もしや」


「はい、砂糖です。ちなみに、そのお魚の料理にも、1食につき魚の身の半分くらいの精製砂糖が使われています」


ガノの補足に、ペシュティーノの目がクワッ!!ってなった! すごいクワッ!ってなったよ!


「食事に、砂糖を」

「ええ、どうやらレオの故郷独特の調理法には砂糖が多く使われているそうで」


ペシュティーノとガノの注目が集まった俺のお皿には、もうお魚はない。

食べ終わった皿には、黒いお醤油のタレがたっぷりと残っている。

ちょっと申し訳なくなって、フォークにちょいちょいと絡めてぺろりと舐める。

うん、煮魚は美味しかったけど、タレは直接舐めるものじゃあないね。


「い、いくらケイトリヒ様のためとはいえども、このような使い方は領民に示しがつきません。レオには少し砂糖の消費を抑えてメニューを考えるように……」


「いえ、ペシュティーノ様。問題は砂糖の量ではなく、価格だとお思いになりませんか」


「それは帝国ではどうしようもありません。砂糖は農業国である帝国で唯一自国供給できていない作物ですから。共和国と王国、2国の間との関係が悪くなれば値段も……」


「先程、レオからとんでもない情報を得られたのですよ」


ガノは俺を見ながら言う。

周囲を確認すると、もうエグモントもジュンもオリンピオもそれぞれ自室に戻ったのか、食堂には俺とガノとスタンリー、そして少し離れたところでララがデザートの準備をしてくれている。エグモントチェック、OK。


ガノはペシュティーノに話しながらも、俺に言い聞かせるように切り出す。


「砂糖が、帝国で唯一自国供給できていない農産物だと知ると、レオは驚いて『温かい地域なのに?』と言っていました。ケイトリヒ様、心当たりがございませんか?」


俺はピンときた。


「ん〜……もしかしてこのせかいのさとうって……帝国でとれないってことは、てんさいからできてるの?」


甜菜(てんさい)

日本では名前のせいもあいまって砂糖といえばサトウキビというイメージだが、一般的な白砂糖やグラニュー糖は結晶化された糖類。雑味や栄養素を完全に取り除いているものなので原材料はサトウキビでも甜菜でも同じものができあがる。

そして日本の甜菜の生産地といえば、北海道。

つまり寒冷気候向けの作物だ。中学の修学旅行で、スキーの合間に習ったもんね!


「実は、砂糖については共和国でも王国でも、帝国に対抗できる数少ないカードとして扱われています。そのため農作物の正体は、国家機密レベルで秘匿されているのです。その甜菜(てんさい)が、どういうものなのか私は存じません。しかしケイトリヒ様、今の話しぶりからしても、ケイトリヒ様はその甜菜(てんさい)とは別の、温暖な地域で育つ作物があることをご存知なのでは?」


こくり、と頷くと、ペシュティーノが恐ろしいものを見てしまったかのように胸を押さえた。日本では鹿児島や沖縄など、サトウキビは南の暑い地方でしか育たなかったはずだ。


「こちらの世界にも、おなじようなものがあるかわからないけど」


「精霊様にお尋ねになればわかるのではないでしょうか?」


んー、そうなのかな。


「だれかわかる?」


「はいはいはーい! しってる! アウロラにまかせて!」

「んだよ、そんなの知ってるに決まってるだろ、この湿地にもあるぜ、あともっと南?」

「ええ、主の仰る『サトウキビ』は水を好む植生をしておりますので、この地域でも軽く地ならしをすれば根付くでしょう」

「アウ……その植物、温かいところ好ム。でも暑すぎてもダメ。カルが、ちょうどいい温度にスル、できる!」


基本4属性のおにぎり大の精霊たちが俺の頭からスポポポポンと飛び出してきた。

ちょっと、俺の髪の毛を巣にするのやめてもらえないか!


あ、精霊の声が聞こえたのか、ペシュティーノが撃沈してる!


「ペシュ、だいじょうぶ?」


「砂糖が……帝国で……これは、ちょっと危険すぎます。もしそれが大量生産できるようになると、クリスタロス大陸の三国間バランスを大きく崩す産業になりえます。少し、お館様と相談させてください」


「ペシュティーノ様、産業にするかは置いといて……苗を探すのは問題ありませんよね? 白の館で消費する分であれば、さしあたって該当植物の捜索をしても構いませんよね」

ガノがちょっとウットリした感じでペシュティーノにグイグイ聞く。ガノは無料が大好きだからね! ペシュティーノがドン引きした調理場の出費がゼロになると思うと、興奮するんだろう。

どういう変態属性? 守銭奴? 倹約家? 本人に言うと喜びそうだ。


「そうですね、産業とするかは置いといて……植物を特定するのは問題ありません。ケイトリヒ様には美味しい食事をとって頂きたいですし」


「レオのめにゅーを帝国でひろめるには、おさとうはひっすだとおもうよ」

「確かにそれもありますね……。ともあれ、産業化については私にお任せを。ん?」


ペシュティーノがまた頭を抱えるような仕草をしたところに、メイドがやってきてなにやら耳打ちする。音選(トーンズィーヴ)すれば俺にも聞こえるんだけどね。

そういう野暮なことはしないのが大人ってやつですよ。


「わかりました」

短く言うと、ペシュティーノは、「はぁーー」とものすごく深いため息をついた。

ため息をつくと幸せの妖精がしんじゃうんだよ? 


「……ケイトリヒ様、3ヶ月後には今年の親戚会が行われますが、その前に、皇帝陛下から謁見命令が下されました。親戚会の1月前となる、2ヶ月後に御館様と共に帝都の皇帝居城(カイザーブルグ)に登城します」


「えー」


「面倒でしょうが、命令とあらば仕方ありません。御館様もご一緒ですので、危険は少ないでしょうが……ガノ、急ぎディアナに通達を。皇帝居城(カイザーブルグ)登城用の衣装を作るように伝えてください」


ガノは頷くと、少し離れて杖先に向かってボソボソと喋りだす。

城の使用人全員が両方向通信(ハイサー・ドラート)を使えるって、ありえないくらい便利だとミーナがホクホクしてたのを思い出した。

デザートのフルーツたっぷりプリン・ア・ラ・モードをぱくぱくと食べながら、父上と帝都に行くことを想像するけど……以前の旅が狩猟小屋なので、正直あまりいい思い出じゃない。


「めんどいなー」


「ええ、降って湧いた面倒です。衣装だけでなく馬車も新調しなければなりませんし、献上物に帝都のファッシュ家への挨拶回り……謁見命令が2ヶ月後というのは、貴族の常識で言えばやや非常識なレベルです。皇帝陛下と御館様は旧知ですので、これが常識なのでしょうが、それよりも」


ペシュティーノが俺をジッと見つめながら、再びため息をつく。

ため息をつくと幸せが……ため息は、周囲の人間の幸せ妖精もしなせるんだからね。


「それよりも重要なことは……ケイトリヒ様。私は諸般の事情により、帝都には入れません。皇帝居城(カイザーブルグ)へは、他の側近騎士と御館様の近衛兵とで向かってもらいます」


「え」


今口に入れようとしていた生クリームまみれのプリンが、ぼとりと俺の膝に落ちた。


「えええ」


「ですから、急ぎ側近騎士たちの訓練を見直す必要も」


「ええええーー!! やだーー! ペシュこないとやだー!」


「ケイトリヒ様……こればかりは申し訳ありませんが、仕方ないのです」


「いやだっ、やだー! 僕がペシュとはなれたら、だめってせいれいが!」


「今は前ほどではありませんよ、2週間は持つという話です。ラウプフォーゲル城から帝都へは転移魔法陣を使いますので片道で丸一日程度。3、4日滞在することになるでしょうが、合わせても見込みで1週間、子供をそんなに拘束しないでしょうからそう予定外に伸びることも考えられません」


「やだー! いやいやいや!」


ただ離れるだけならまだしも、俺はその皇帝居城(カイザーブルグ)とやらに行き、皇帝とお話しなきゃならないと考えると不安で仕方ない。そんな不安な場所に、ペシュティーノを連れていけないなんて。


感情が高ぶって、目が熱くなる。

いつの間にかぼろぼろと涙をこぼしていた。


「ケイトリヒ様……」


困った顔をするペシュティーノを見て、余計に涙が溢れてきた。

感情が制御できない。中身は大人なはずなのに、ペシュティーノと離れる不安と見知らぬ場所へ連れて行かれる恐怖が膨れ上がっていくばかりだ。


「ふっ、ゥ……うわーーーん!!」


手にしていたスプーンも落として、本格的に泣いた。

驚いたレオが厨房から飛び出してきて、ララが慌てて俺を抱き寄せる。温かい胸に包まれても不安も恐怖も消えてはくれない。


「うわっ、うわう、うわああん」


地面がプリンのように揺れているような感覚。


「け、ケイトリヒ様!?」

「ペシュティーノ様、いけません! 一旦ケイトリヒ様を落ち着かせてください!」


自分の泣き声の合間にガノの叫び声が漏れ聞こえてくる。ペシュティーノが慌ててララの腕の中にいる俺を抱き上げて、ギュッと抱きしめてきた。


「ケイトリヒ様、落ち着いて……この件は御館様と相談しますので、どうか落ち着いてください。しー……しーですよ、ほら、落ち着いて」


感情の高ぶりが少しおさまると、周囲の異様な雰囲気にようやく気づいた。

食堂に飾られた白鷲の旗が波打っていて、レオを含めた料理人たちが何やら騒がしい。

ドアからエグモントとジュンとオリンピオが飛び込んできて「ケイトリヒ様はご無事ですか!」と叫んでいる。


もしかして、俺の心象風景じゃなくて本当に揺れてた?


「ひぐっ……じしん?」

「そうですね。でももう大丈夫ですよ」


地震大国日本に住んでいた身としては、泣いてなんかいられない。

深刻な状況であれば、すぐに使用人たちを避難させないと。


「んぐっ、ひっ、ひがいは?」

「ここは大丈夫です。もう収まりましたから、使用人に状況を報告させましょう。ケイトリヒ様、しっかり深呼吸してください」


言われるままに、しゃくり上げながら深呼吸する。ララの柔らかい胸も心地良いけど、ペシュティーノの大きな手に背中を撫でられるのは格別の安心感がある。

ひぐひぐとしゃくりあげるのもちょっと収まって、だんだん冷静になってくる。


「もしかして、じしん……僕がおこした?」

「今はただ落ち着いて。原因はあとで精霊様に聞きましょう」


背中から肩、頭と大きな手で撫で回されて目がとろんとしてくる。

冷静に自己分析すると、泣き叫んだことで体力とは別の何かが放出されたような気がするけど、何かはわからない。最近ずっと訓練してきたので、魔力が放出されたならわかるはずなんだけど。


気になったけど、ペシュティーノに抱っこされて背中ぽんぽんされるともうだめだ。



――――――――――――



「下の岩砂漠で地割れが観測されました。割れた部分からマグマが噴出しましたが、地鳴りの収束とともに落ち着いて今は冷え固まって岩のスジができあがっています」


「ユヴァフローテツ周辺の第4(フィーアト)山の下でもマグマが溢れたようです。正確な数字は定かでありませんが、湿地に浸かっていた地がせり上がって陸地になっています」


騎士たちからの報告を聞いていると、不機嫌そうな土の精霊がボソッとペシュティーノに耳打ちする。


「オベリスクが2度、根本から北に傾いた。これを直すの、すごく面倒」


「バジラット様のご判断で危険がないというのなら、そのままでも構いません。正直、我々人間の目では傾きはわかりませんから。ところで先程の地鳴りは、やはり……」


報告してきた騎士たちが退室したのを見届けて、ウィオラとジオールがそっとペシュティーノに歩み寄る。


「間違いなく、主の御力によるものです」

「まいったねえ、1つめの神の権能の使い方もろくに体得してないのにさ〜。2つめに顕現した権能が、『破壊』だなんてさ。主の魂は、普通の人間の6歳とは別格に違うよ? でも体は6歳だ。ああ、7歳になったんだっけ? とにかく子供なんだよねぇ、そんな子供が持っていい力じゃあないってのはわかるよね?」


ペシュティーノが眉をひそめる。


「ヒトにとって魂と肉体は2つで1つ。肉体が傷を受ければ肉は盛り上がり、それを塞ぎます。魂と肉体についても同じ。乖離があれば、その間を埋めるようにどちらかが歩み寄ります」


「つまり……ケイトリヒ様の中にある異世界の大人の魂が……成長しない体に合わせて幼児化しているということですか?」


「まあ、そういうことになるね」


「ではこのままお体が成長しなかったら、魂はどんどん幼くなっていくと?」


「その表現はあまり正確ではありませんね。魂は肉体と同じで傷つくことも疲れることもありますが、この場合は『封印される』が正しいでしょう。肉体でも、屈強な剣士が長い時間片腕を封じられればその腕は鈍ります。それと同様に、大人として使わない知識や思考が鈍って使われなくなり、その結果『封印される』のです」


ペシュティーノがめまいを感じたかのように額に手をあてる。


「大人として使わないものは、知識や思考だけじゃなくて『理性』もあるでしょ? 感情が高ぶってもコントロールする力だよね。神の権能のひとつである『破壊』が顕現した以上、感情をコントロールできないのはものすごく危険だよ。その危険さはわかるよね?」


ウィオラとジオールの話を聞いて、ガノがペシュティーノに歩み寄る。


「ペシュティーノ様、ケイトリヒ様との接し方を見直しましょう。感情が高ぶっただけであのような破壊的な地鳴りを起こすことが知れれば、中央が危険視するだけの話では済みません。御館様でさえ持て余してしまう可能性があります。ペシュティーノ様が引き受けていたいくつかの『身代わり』をケイトリヒ様の元へ戻し、大人としての考え方を取り戻してもらいましょう。そうでなければ、ケイトリヒ様は……」


ガノの切羽詰まった視線をしっかり見据えて、ペシュティーノは頷く。


「……わかりました。これは、我々にとっても試練だと考えましょう」


痛みを堪えるようなペシュティーノの表情に、ガノも頷く。


「まずは……まずは抱っこを禁止しましょう」


「クッ……そうですね。断腸の思いですが、致し方ありません。あの尋常ならざる脚の遅さも、今ではギンコがいますから問題はありませんね」


「それともう一つ……お食事の世話か、添い寝。どちらかを()ちましょう」


「ああ、それはあまりにも辛い。辛いです。あの美味しそうに召し上がるお顔。そして安らかにお眠りになるお姿が私の癒やしであり原動力となっているのに」


ペシュティーノが力なく、よよよ、と机にふさぎ込む。

その様子を見てウィオラとジオールは顔を見合わせ、再びジッと観察する。


「えーっと……添い寝は、ちょっと別の事情で続けたほうがいいかな。うーん、食事も、ある意味ペシュティーノが食べさせたほうが効果が上がる気はする……」

「何も、いきなり全てを大人扱いする必要はありません、緩急をつければよいのではないですか? 事業や支配地の運営の判断はある程度関わりを持ち、生活の世話は続けるという案もございます。あの小さなお体ですので、生活に不便はつきものでしょう」


ペシュティーノとガノがパアッ、と顔を明るくさせる。


「たしかにウィオラ様の仰る通りですね! もっと事業と領地運営について、ケイトリヒ様にも一緒に考えてもらうようにしましょう!」


「魂の封印がそれで防げるというのなら」


急に元気を取り戻したペシュティーノが、ガノとともに事業のうちどの部分をケイトリヒに委譲するかを話し合う。

それを見ていたウィオラとジオールは、ひとまず言いたいことは伝わったとばかりに姿を消した。

しかしすぐに姿を現し、ヒトと同じようにヒトの姿を保ったまま廊下を歩いてみる。


「ねえ、ウィオラ。僕たちヒトにだんだん近づいてきた、って主から言われてるけどさ」

「ええ、ジオール。主がそれをお望みですので、我々も成長しなければなりません」


「うん、まあそうなんだけどさ、僕たちの感覚からしても、主の側近って、みんなちょっとヘンだよね?」

「……そうですか? ヘン、というのは平均的、一般的でないという意味ですね。平均的なヒトの性質というものが、私にはまだ理解できません」


「そっかぁ……ウィオラにはまだ伝わらないかぁ」

「それを私が理解したとしても、ジオールと同じ考え方になるとも限りませんよ」


ジオールはハッとして、ふふふと笑う。


「あー、たしかにそうだね! それが個性ってやつだもんね!」


納得したジオールが鼻歌を歌いながらふわりと姿を消すと、つられてウィオラもふわりと霧になって消えた。

皆様からのいいね!は制作の励みになります!

気に入った方は、ぜひいいね!をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ