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3章_0038話_楽しいまちづくり 2

ユヴァフローテツの街を、南北に貫く目抜き通りの真ん中には広大な広場がある。

その広場の周囲を取り囲むように、役所的なお仕事をする行政施設が並び、南へいけば街の出入り口。北端には白の館と呼ばれる、小領主邸。


街の中心になるであろう広場の真ん中に、「要楔(かなめくさび)」としてオベリスクを建設することに決まった。オベリスクというのは、地球上でも古代で建設されたいわゆる権力や技術などの象徴、あるいはなんらかの記念として建てられた柱のような建造物。俺が知ってるのはアメリカのワシントンにあるワシントン記念塔だが、たしか小規模なものだったら日本にもあったはずだ。


「なるほど、オベリスクの下には噴水ですか。湿原にそびえるユヴァフローテツを象徴するには素晴らしいアイデアですね。豊富な水資源と、湿原から得られる恩恵を体現したユヴァフローテツらしい存在です」


ペシュティーノが必要以上に褒め称えてくれるけども。

地球の古代とかだったらまあ技術と資源の象徴かもしれないけど、魔法のあるこの世界じゃあ噴水なんてそんなに珍しいもんじゃないよね?


「いいえ、噴水はケイトリヒ様のおっしゃるとおり権力と技術、そして豊かさの象徴ですよ。もちろん魔法制御するのが一般的ですが、制作にも維持にもコストがかかるのは想像に難くないでしょう。立像とは違って市民の憩いの場として活用される実用性もございます。素晴らしいご慧眼です」


ガノもものすごく褒めてくれる。困る。恥ずかしすぎて困る。


「おや、ケイトリヒ様。手が止まってますよ。ああ、私はこちらの案がよろしいかと思いますね。600スールもあれば、相当に圧倒される建造物となるはずです」


600スールってどのくらいだろう。

ユヴァクロコディールとかいうワニがたしかざっと10メートル前後、って認識で30シャルクだったから……約180メートルくらい? まあ確かに圧倒されるな。


「私はこの案が威厳があってよろしいかと存じます。いかがですかペシュティーノ様」

「ああそれも良いですね。塔が下にいくにつれ、優雅な曲線を描いているのがなんとも」


東京タワーやエッフェル塔をイメージしたデザインを見て、ペシュティーノが目を細めている。俺のアイデアじゃないのにそんなに褒められるとマジ申し訳ない気持ちになる。


俺がオベリスクにしたいと言い出したものだから、俺が設計する羽目になってしまった。

設計といっても、建設にあたっての専門的なことは精霊におまかせだ。

デザインの素案というだけ。そのアイデアを描きなぐっていたら、ペシュティーノとガノがやってきて楽しそうにあーだこーだ意見してくる。

意見といっても、必要以上に褒めてくるだけだけど。


「この設計なら、この俺がいれば十分だな」

「何を言うのです、噴水となれば小生の出番です。バジラットは塔だけ建てていればよろしいのです」

「なにいってんのぉ〜、こんなに高くなるならあーしの力も必要でしょっ!」

「カルも! カルもがんばる! カルがいれば、噴水、すずしい、作れル」

精霊たちも俺の設計図をみてやんややんやの大騒ぎだ。

火の精霊、カルブンクルスもこの度ようくヒト型になれた。オリンピオに似た真っ赤な縮れ毛の、真っ赤な瞳をした少年だ。オリンピオの息子だと言われたら信じてしまいそう。

俺より一回り大きいくらいの小柄で、言葉がたどたどしいこともあって、なんとなく見ててほっこりする。


「あ……そうか。シュレーマン、このまちのひとたちはみんな、ちょーんまほうつかってるんだよね?」


「はいっ? ああ、調温魔法ですか。はい、使っております。というか、それがないと生活できないくらいの気候ですから。昔から住んでいる漁師などは慣れているようですが移住者にはとても耐えられないでしょうね」


ユヴァフローテツはとんでもない高温多湿だ。とんでもなく大きな活火山フォーゲル山があるため、かなり距離は離れていても周辺地域には地熱があるのだという。不思議な力で水が溜まっているこの地域は、湿原の水が地熱で温められているのかもしれない。


「このあたりをぜんぶ冷やしたら、しぜんをこわしちゃうかな?」


わいわいしていた精霊たちが、ピタリと会話をやめて考え込む。


俺はペシュティーノの調温魔法で全く意に介さないが、魔法を使わないヒトたちが移住するとなるとかなり過酷な気候条件だ。高温多湿なくせに雨は降らず、太陽は照りつけるままに水のない土地を温め続け、水はどんどん蒸発して湿度は常に100%。なのに全く湿地の水が減る様子がないのは不思議。

もしかして子連れの女性が街を出る理由は気候なのか!? 住居に調温魔法を導入できなかった場合は、それもあり得る。


「……フォーゲル山のヌシに聞いてみたほうがよさそうだな」

「そうですね。この湿地の水源は元をたどるとあの火山です」

「うーん、冷やしたほうが喜ぶと思うけどなあ? 一応、聞いたほうがいいと思う〜」

「ぜんぶ冷やス!? すごい、主ならできル! 微精霊、喜ブ! この湿地、火山が燃え過ぎナイようにできたモノ。フォーゲル山、喜ブ!」


「「「「え?」」」」

俺とペシュティーノとガノとシュレーマンの声が重なる。

カルは急に注目を集めたので慌てたのか、俺にむぎゅっと抱きついてくる。カルの体はヒトというよりぬいぐるみっぽい柔らかさだ。温かい綿。ぬくぬくしててかわいい。反射的にぎゅっと抱きしめ返すと、他の精霊たちが我も我もと群がってくる。そういう会じゃないから!


「フォーゲル山のヌシ?」

「この湿地は……その存在がつくった場所ということですか?」

「精霊がお伺いを立てるほどの存在とは……精霊王でしょうか? そんな存在と、コミュニケーションが取れるのですか?」

「……とんでもない御方を主として頂いてしまった気がします」


「フォーゲル山のヌシ、カルたちよりずっと長生キ。カルたちよりずっと大きイ」

「火山のヌシとなるとヒトを寄せ付けぬ存在でありますので、あまりヒトに近い精神やお姿をとるとは思えません。もし訪ねるとしたら主が同行しなければ、小生たちだけでは歯牙にもかけないほどでしょう」

「さいあく、取り込まれるかもしれねえな」

「うぅ……自然発生の精霊王なんて、想像するだけでこわいよぉ。会ってみたいけど……機嫌を損ねたりなんかしたら、あーしたちなんてプチン! だからね!」


「じゃあ僕が行こうか?」

「我にお任せください、主」


ジオールとウィオラがいつの間にか部屋にいる。

現れるのも消えるのも、ほんと気配ないな。


「ジオールもウィオラも、とりこまれるしんぱいはないの?」


「左様にございます。我々も……この者たちも、自然界ではありえない純属性の精霊。基本4属性の4柱は自身よりも強大な同属性に惹かれる性質がございます。結果、融合される可能性がありますが我々は上位属性。我々以上に同属性値が高い存在など自然には存在しません」


「ま〜自然発生の精霊王がそんな横暴をすると思えないんだけどね。この子たちは精霊王の意志に関係なく惹かれちゃう心配があるから、僕らが行くってだけかな? ちなみに、主が近くにいれば意志に関係なく惹かれるってことはなくなるよ。でも主をフォーゲル山の火山地帯に連れて行くなんて、ヒトの考えだと無謀でしょ?」


俺に群がっている4柱の精霊を見ると、全員バツが悪そうに目をそらす。

ペシュティーノとガノがうんうんと頷いている。

うん、さすがに俺も火山地帯には行きたくないです。こわいもん。


「ま、僕らがお伺いたてておくから待ってて! 自然を壊すようならやめとく、ってことでいいんだよね?」


「うん。かんきょうはかいはなるべくさけたい」


「主のお心遣い、きっとフォーゲル山のヌシにも通ずることでしょう。お任せください」


ジオールはひらひらと手を降って、ウィオラは深々と頭を下げたと思ったらふわりと消えた。え、もう聞きに行ったの?


「うん、行ったみたい。大丈夫だよぉ、上位属性の2柱は竜脈つかってパパッと行ってパパッと帰ってこれるからぁ。今日の夜には戻ってくるんじゃない? あー、あーしらも竜脈自由に使えるようになりたいなあ。ま、大精霊くらいになったらいけるかな?」


「アウロラは竜脈に乗らなくても風に乗れるでしょう。小生は水脈の、しかも淡水の場所にしか行けないのが不便ですね……バジラットはその点、どこにでも行けるのでは?」


「いや、呼び寄せはいくらでもできるけど、俺自身の移動はなぁ。確かにどこにでも行けるけど移動速度が遅いんだ。ヒトが歩くくらいの速度しか出ねえ。ヒトの時間は有限だからな、遅いのは致命的だ、そうだろ? それからすると、カルのほうが便利じゃね?」


「火の精霊は、火のあるトコに転移、できる! で、でもカルは、まだできナイ……ケド……大精霊になったラきっとできル! ……タブン……」


精霊にも色々特性や制約があるんだね。


翌日に戻ってきたウィオラとジオールは、フォーゲル山のヌシと呼ばれる精霊王の意志を伝えてくれた。


どういう存在かは謎だが、「えー! あの湿地を冷やしてくれるとか、めっちゃたすかるんですけどー、どんどんやっちゃってー!」という回答だったらしい。ジオールが声色をかえて真似をするように報告してくれたので、フォーゲル山のヌシって……ギャル属性?

自然発生の精霊って、日本で言う山神みたいなもんだと思ってたのでもっとなんか「愚かなる人間共よ」みたいな荘厳なイメージしてました。



数日後。


「では今日は、オベリスク建設の下見を兼ねて目抜き通りの行政区画をお散歩しましょうか。最近は信頼できる商会がいくつか街に入っています。以前よりはるかに通りが賑やかになりましたよ」


ペシュティーノの提案を受けて、今日の散歩は行政区画。

精霊が建設した役所みたいな建物はすでに完成済み。職員のための寮を近くに作ったので目敏い商人は付近の土地に出店を目論んでいるらしく、地価が高騰している。

出店のための土地売買を担う行政区画が未整理なばかりに引っ越し直後は閑散としていたけれど、今が出店のラッシュらしい。


「白くないね」

「ええ、白はケイトリヒ様のお色として、精霊様が差別化されたようですね」


外に出るたびに遠目から目に入ってはいたけど、これで完成なのか。

……どう見ても、なんとか大聖堂にしか見えないんだが。


「むだにごうかだね?」

「そうですか? 塗装もありませんし、彫像や装飾は立派ですが、切石のままですのでそんなに過度に贅沢な印象は受けませんよ」


まあたしかにアースカラーで落ち着いた色合いなのが救いか。ちなみに白の館の白さは、塗料ではなく石そのものが白い。これは帝国ではとんでもない贅沢だそうだけど。


「ここが市民の憩いの場となるのです。質素でも豪華すぎてもよろしくありませんから、精霊様の采配はちょうどいいと思いますよ。さあ、中へ入りましょう。今の時間はもう職員たちが働いている時間です」


ちらりとペシュティーノが顔を向けた方は、大聖堂にしか見えない役所の正面にある大時計。この世界の時計は地球と大差ないデザイン。ただ、地球が1日2周するのに対してこの世界では1周、というだけの違いだ。1分が60秒というのは同じだけど、秒針のある時計を観察したところ前世の記憶より少しゆっくりしているような気がする。

これは体が子供になったことによる相対的な印象なのか、実際に1秒の間が違うのかは判断がつかない。


「おじゃまじゃないかな」

「ケイトリヒ様を邪魔と思う者などおりませんよ。いたら首を()ねます」

にっこりとそう答えるガノがこわいよ。


ヒトが通るたびに開閉するのには向かない10メートルくらいの高さの大扉は開きっぱなしになっていて、外には武器を手にした衛兵は忠誠を示すポーズで、中には……ずらりと職員らしき大人が頭を下げて並んでいる。

衛兵は騎士服に似た、職員は文官服に似た揃いの制服を着ているので、なんだかホテルにでも来たみたいだ。ギンコに乗った俺の姿に驚く様子もない。


「ようこそお越しくださいました、小領主閣下」


「(カッカ? 僕まだじょしゃくしてないよ)」

「(いずれは事実になりますから、訂正させるほどのことではありません)」

ガノがおれのコソコソ話に答えてくれる。

なんか帝国の身分制度って、思ってたよりそんなにガチガチじゃないんだね。


「小領主様自ら、行政機関としての役割を滞りなく全うできる環境であるかを確認するために視察においでです。皆、通常業務の手を止めることなく、小領主閣下の質問には速やかに答え、意見や請願のあるものは後に書面にまとめて提出するように」


ペシュティーノが拡声魔法を使ってよく通る声で言うと、ずらりと並んだ職員たちはいっせいに是を示す礼をする。すごくそろってて、ちょっとこわい。

シュレーマンが手を叩くと、皆静かに持ち場に戻った。

日本の役所と同じように、受付カウンターがあってその向こうではせわしなく書類を手に動き回っていたり、何かを仕分けしたりしている。具体的に何をしているかまではわからないけど、忙しそうだ。


「ケイトリヒ様、改めてようこそお越しくださいました。そしてペシュティーノ様、優秀な文官たちの手配ありがとう存じます。移住してきた方々の中から行政職員希望11名のおかげで行政に不慣れな職員も滞りなく業務に(あた)れております」


「彼らの希望と現場の需要が一致して何よりです。残りの4名はどうしたのですか?」

「まだ役職の呼称は決まっていないのですが、3名の方が街の研究室と行政をつなぐ立場を希望しています。研究成果に伴う法務や特許などを扱う部署を設立してはどうかという意見書を提出しておりますので、後でご確認ください。残りのお一方は……」


「ベックマンでしょう。研究を希望したのではないですか?」

「ご、ご明察で」


ペシュティーノはそのベックマンというヒトをよく知っているのか、困ったというようにため息をついた。


「まあ、シュレーマンが良しとしているなら構いません。もしあまりにも困った場合は私にご連絡ください。呼び寄せた責任というものもありますので」

「お気遣いありがとうございます。しかし彼のように興味のある分野に没頭するあまり視野が狭くなってしまう性質というのはこの街の多くの研究者と同じです。彼らと話が合うようで、調整がスムーズになる面もあるのですよ」


シュレーマンは苦笑しながらフォローする。


「ケイトリヒ様、よろしければ戸籍登録の魔道具をご覧になりますか?」


「みたい!」


俺の反応が嬉しいのか、シュレーマンとその向こうの職員たちがにこにこ笑顔。

ファンタジー世界の住民管理ってどうなってるんだろう? 純粋に興味がある。


通された部屋には、銀行の貸金庫室のような部屋。入り口のドアがある壁以外の3面の壁には、鍵のかかった小さな引き出しが床から天井までみっしりならんでいる。

部屋の中央には大きな四角のテーブルがあって、その4辺にそれぞれ職員が大きな椅子に座って作業している。


「なんのさぎょうしてるの?」

「魔導具の移設作業が完了したので、既存の登録情報に不備がないかを確認したうえで新しい登録魔法に登録し直しております。ここにある戸籍データからは住民のすべてが分かりますよ」


職員たちは抜き出した引き出しの箱に手を突っ込んでゴソゴソしているかと思ったら、ハガキより少し大きなサイズのガラスのような板を何枚か取り出し、1つ1つ専用の台に乗せて指先で撫で回している。……なんだか見覚えがある動き。


「ゆびさきでそうさするの?」

「はい、登録されている情報は膨大ですので、指先でこうやって必要な情報まで……本をめくるような感覚で動かして確認します」


ガラスの板……見た目は違うがほぼタブレットの表面には何も見えない。

そこでようやく、職員が不思議なゴーグルをしているのに気づいた。


「じょうほうは、あのメガネをつかわないとみえないの?」

「ええ、本当に繊細な情報まで事細かに登録してありますので。この部屋の職員になるには、秘密保持の誓言をしてもらうことになっています。」


魔法制御でプライバシーも安心ってか。なかなか心配りのできている戸籍登録方法だ。


「とうろくするにはどうするの?」

「今は登録希望者が毎日殺到しています。登録しているところをご覧に入れましょう」


シュレーマンがチラリと目を向けた先で、壁の一角が引き出しごと開いた。

飛行機のドアのようにヒトが通るくらいの大きさのサイズがまとめてズズズ、とせり出したとおもったら横にズレて、その向こうからガラス板を数枚手にした男性が入ってきた。

俺たちに気づいて軽く会釈すると、男性はその板を大きな机とは別の小さな机の上に乗せた。そこには簡素な木製の板に「新規登録者」と書いてある。


「小領主様のご視察ですか」

「はい、住民登録しているところをご覧に入れたいので、通らせてもらいます」


へんなゴーグルをしていない男性はシュレーマンさんの言葉に丁寧にお辞儀すると、先程開いた通路を指して譲ってくれた。


「二十余名が待機しておりますので、どうかお静かにお願い申し上げます」


たいき?

一瞬不思議に思ったが、狭い通路を通って抜けた先の部屋に入ると納得だ。

殺風景な部屋に簡素なベッドが整然と並んでいて、その上にはすやすやと眠るヒトがたしかに20人前後。白いシーツを巻き付けただけのようなだぼだぼの服を着て横になっているヒトは、ただ眠っているだけで治療が必要そうには見えない。

キョロキョロとベッドの上の人を見比べると、胸元からガラスの板がニョッキリ生えているひとが何人かいる。……もしかして、あのガラスの板ってヒトから生えてくるの?


「これはなにをしてるの?」

「住民登録板、兼、戸籍登録板を『錬成』しているのですよ。ユヴァフローテツの登録板錬成薬は他よりもずっと効果が高く、12刻、つまり丸一日で『完全版』が錬成できる優れものです」


シュレーマンがにこやかに言う。

意味がわからないけど、聞いて判断するからに……。

役所に届け出る戸籍、住民の登録のためのガラス板は、なんとかって薬を飲むと体からああやってニョッキリ生えてくるんだね? で、それにはすべての情報が含まれていると。

そして、その登録板がちゃんと全部生えてくるまでには丸一日かかる、と。

シュレーマンはすごいことみたいに言ってるけど、移住希望者はここで一日も寝たきりで過ごさないといけないなんて、ちょっと微妙。


微妙だけど……手順としては、とってもふぁんたじぃ〜。


俺が微妙な顔をしていると、ガノが補足してくれる。


「ケイトリヒ様、ピンときていないようですが、シュレーマンの言う『完全版』とは、ヒト一人の出生から今この瞬間までのすべての記憶をあの水晶板に複製するのです。そのため身分詐称は絶対不可能で、犯した罪も善行も、個人的な恥ずかしい記憶もなにもかも全て記録されています。住民登録に完全版の戸籍登録板を求める街など、他にありません。それらが納められた先程の部屋は、この街……ユヴァフローテツ限定の世界記憶(アカシック・レコード)といってもいいものですよ」


ユヴァフローテツの世界記憶(アカシック・レコード)

……これまたすごいことみたいに言ってるけど、世界記憶(アカシック・レコード)が何かっていうのもよくわかってないんですが……。とりあえず感心したフリしとこ。


「ユヴァフローテツの世界記憶(アカシック・レコード)、ですか。上手いこと仰りますね。ただ、ここにあるのはヒトの記憶のみです。世界記憶(アカシック・レコード)のように植物や魔獣、土地や風の記憶まではさすがに含まれませんがね、小規模なものと言い換えれば、たしかに近しいものと言えるかもしれません」


シュレーマンが笑う。

え、世界記憶(アカシック・レコード)ってそういうものなの? うーん、なんというかまだ全貌を把握できていない感。


「ケイトリヒ様はまだ魔法地理学を習っていないので簡単に説明しましょうか」

ペシュティーノがニコリと笑って説明してくれる。

あ、わかってない感がでちゃいました?


竜脈とは、世界の地下深くを流れるエネルギーの奔流。それはわかる。

世界記憶(アカシック・レコード)とは、その流れるエネルギー体のこと。

つまり竜脈が川ならば、世界記憶(アカシック・レコード)は水、ということだ。

ほぼイコールではあるけれど、定義は違う。なんとなくわかった気がする。


「なるほど〜」

俺がフムフムしていると、近くでベッドに横たわるヒトの脈を取っていた職員が目をむいた。「失礼ですが、今のご説明でもうご理解なさったのですか。小領主様は幼いながら、とても聡明でいらっしゃるのですね」と言って目礼して去っていった。


ペシュティーノは俺に対して子供にするような説明の仕方をしないからね。


「それにしても高度な魔法薬と、高度な保管施設が必要な方法ですね」

「そうなんです。魔法薬はそれ一本で長年研究を続けている者がいるのでその恩恵なのですが。保管施設については自然風化を防止する魔法陣が建物自体に刻まれていて、その技術者はもうこの街にはいないので。精霊様にフォローして頂けて助かりました」


「もういない技術者のひとは、ピエタリっていうひと?」

この街を設立した中心人物のエルフの名を出すと、シュレーマンはにこりと笑う。


「ご明察です、小領主様。この魔法の戸籍登録の技術は代々、エルフ一族が受け継いで今に伝えるものなのです。精霊様の助力があったとはいえ、ここまで問題なく移行できるとは思っておりませんでした」


戸籍登録魔法陣の管理者が移行を渋った理由は、魔法陣の全貌を把握しておらず移動させることで何らかの欠損や不具合が出る可能性を配慮したせいだ。

魔法陣は俺が全部解析して複製し、さらに自慢の「きゃどくん」で少々いじって勝手に改善させてもらった。


「以前の施設よりもはるかに魔力効率がいいと管理者から感謝の声が上がっております。それに、保管庫のあの新機能! 音声検索機能、でしたか? あれは画期的ですね! 今までいちいち引き出しを探していた時間が嘘のようだと職員が感動していましたよ」


シュレーマンの称賛はペシュティーノに向いているが、ペシュティーノはちょっと迷惑そうに「精霊様の言う通りにしただけですから」と言っている。いつもごめんね、ペシュ。


戸籍登録の方法がわかったので、満足して部屋を出る。


メインホールの受付窓口は、なにかの手続きに訪れたらしい市民が2、3人いるだけで閑散としている。内部は移行作業で大変だけれど、市民の生活は安定しているので問題なさそうだ。


「ケイトリヒ様。さしあたってですが、この施設の呼称を考えたほうが良さそうです。今は外観から、市民が勝手に『聖殿』などと呼んでいますが事実と異なる上、そのような呼称が広がっては誤解を招きます」

「ほかのまちでは行政しせつをなんてよんでるの?」


「決まった呼び名はありません。ラウプフォーゲル城下町は城の片隅に行政区画がありますし、騎士の詰め所がその役割を持つ街もあります。行政施設を独立して建設している街は少ないので、その建物の特徴や元々の役割で呼ばれる事が多いです」


えー、意外と統治が雑!

それでも特に大きな問題もなく国や領地のテイをしっかり成しているということは、きっと市民の生活が安定しているってことだろう。呼び名なんてどうでもいいけど、たしかに宗教施設だと思われるのは困る。


市役所(ラートハオス)でいいじゃん」

ペシュティーノとガノ、シュレーマンがパッと振り向いて俺を見る。な、なに?


市役所(ラートハオス)……確かに、政治的な偏りのない、良い名です」

「シンプルで呼びやすい。思想が含まれていない分、定着しやすそうです。いいですね」

「古代語ですね? ケイトリヒ様は、古代語も堪能でいらっしゃるのですか!」


知ってるドイツ語を当てはめただけでこんなに褒められるとか居心地悪い。

ペシュティーノの苦悩を改めて実感してしまった。

早速看板っぽいものを作ろうかと3人が話しているところだが、俺の興味はもう別方向。


「シュレーマン、あっち……たちいりきんしのさきには、なにがあるの?」


メインホールの両サイドには、大きな廊下が続いていてその先は立入禁止の立て看板で塞がれている。


「あちらはまだ建設中です。予定としては、南側には教育施設、北側には医療施設を建設します。まだ需要はさほど高くないので、オベリスク建設を優先しようかと」


「きょういくは……こどもが少ないからわかるけど、いりょうも? じゅようが低い?」


「この街のものは、皆魔力が高いので。癒術が使える者も他の街と比べたら少なくありません。加えて怪我しやすい子供も少なく、冒険者も少ないですから」

ガノが補足してくれる。なるほどな。

流入・流出人口が少ないって、産業が発展しない代わりに管理しやすい。

まずは人口が増加しても耐えられる、さらに魅力ある街づくりをしないとね。


「きょういくしせつ……先生がひつようだね?」

「この街には知識だけは豊富な人物がいくらでもいるではありませんか。教育者に向いてるかどうかは、精査が必要ですが」


たしかに! 研究者が研究の合間に教育に携わるのはすごくいい知識の循環だ!


「オベリスクの建設予定地に向かいましょうか。といっても、目の前ですが」


シュレーマンが先導して大聖堂、もといこれからは市役所(ラートハオス)と呼ばれる施設を出ると、目の前には大きな広場。目測だが、東京ドームの……1個分くらい?


その中心にはロープが張られていて、そこがオベリスクの建設予定地のようだ。


なんだか頭がムズムズするなと思って、手を髪の毛に突っ込むと6色の光の玉が頭からふわふわと出てきた。ちょっと、なんで髪の毛にたむろするの。っていうか見られたらどうするの!


(竜脈の地下調整は上手くいっているようですね)

(あ、大丈夫だよ主ィ、この姿なら普通のヒトには見えないから!)

(あともー少し集めたほうがいいんじゃね? だって主の支配地だぜ?)

(賛成です。あと5本ほど集めましょう)

(うんうん! 大気の竜脈も、いいかんじに集められたねぇ。地脈とつながる、いい施設になりそうだよ! 精霊たちもすごく喜んでくれてる!)

(カルもお手伝いスル……)


……なんだか、オベリスク建設が不安になってきた。

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