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3章_0036話_お引越し 3

「おはようございます、小領主様。研究中の果樹園で採れたナッツチェリーをどうぞ」

「わあ、おおきい! ありがとう!」


「お目にかかれて光栄です、小領主様! 朝穫れの魚を献上いたします! お屋敷に運んでおきますよ、ご所望の魚はございますか?」

「わー、いっぱい! ウログチとロッポン貝があれば、おねがい!」


「小領主様! 先日お見せした研究ですが、小領主様の助言をもとに改良してみました。御覧頂いてもよろしいですか!」

「あっ、音がなるおもちゃ? みるー! わあ、ずいぶんよくなったねえ!」


ユヴァフローテツに引っ越しして1ヶ月。

ラウプフォーゲルではできなかった、市街地の視察……と称した朝のお散歩を週に3回。ギンコに乗っているので最初は遠巻きだった市民は、今では親しく声をかけてくれるようになった。あと、なんだかとてもよく物をもらう。主に食べ物。


最初は断ってたんだけど、ションボリされるのがしのびなくて受け取るようになった。

ペシュティーノはかなり渋っていたけど、その場で食べずに受け取るだけならOKということになったよ。精霊たちが毒物が混ざってないか確認してからなら食べてもいいってわけだ。受け取るだけで市民はとっても喜んでくれる。

あれでしょ、子供に美味しいもの食べさせたいっていうやつ。庇護欲っていうのかな。


それに加えて、ここは魔術師たちが集まった研究の街。

俺が来ると知ると、研究者の一部は自信作を得意げにプレゼンしてくる。中にはどうあがいても誰の役にも立たない研究をしているヒトもいたり。かなり手厳しくダメ出しをしたら、そうしたヒトに限ってものすごく熱心に俺に見せてくるようになった。

そしてどうあがいても役に立たないものが目に見えて改善されているのを見て、他の研究者たちも見せに来るようになった。俺、普通に人気者になった気がする。


「小領主様、私の研究もご覧いただけませんか!? この先に研究所があるのですが」

「失礼、道中で提示できない研究物については改めて視察依頼の提出をお願いします」


防衛上の観点から、散歩中は予定してない建物に入るのは禁止。

ここ1ヶ月で着々と決まっていった、お散歩決まり事ラインだ。


何もしてないのに変わったこともある。


「あれ? あのおうち、あんな色でした? ふつか前はただのもくせいだったような」

「市民たちが小領主の館に憧れて、どれもこれも白く塗りたくっているそうですよ。塗料の研究者がどんな素材にも定着する白い塗料を生み出したとか。こちらは商業組合(ギルド)を通して増産と販売のメドが立っております。ユヴァフローテツの研究を『産業化』する、先駆けになりそうですよ」


前を歩いていたガノが答えてくれる。

ガノはさすが商人といった腕前で、この1ヶ月の間ユヴァフローテツをくまなく探索し、あらゆるヒトから情報を得ていた。地に足の付いた情報ならガノにおまかせ。裏でも表でもヒトの間で囁かれるゴシップ系の情報収集なら風の精霊アウロラが大の得意。そしてもう少し内面的な、ドロドロした愛憎渦巻く裏情報収集といえば水の精霊キュア。

ペシュティーノいわく、風の精霊はともかく水の精霊が情報収集をするなど聞いたことがないそうだ。なんだろうね、個性?


とにかく人口千人程度のユヴァフローテツの情報は、彼らのおかげでほぼ掌握したといっていい。

やはり「小領主は少年だがかなり強力な精霊と契約している」とまことしやかに囁かれているようだ。ただそれが公になると中央に連れて行かれるので広げてはいけない、というところまでしっかり伝わっているところはありがたい。

あと、幼児じゃなくて少年って言ってくれてありがとう。地味に嬉しいよ。


市民から一目置かれる立場となった俺は、子供でありながら自然と憧れの対象となっている。強大な精霊との契約は、魔力を持つものなら誰もが憧れるものだから、だそうだ。


うん、大概バレてますやん。


まあ、その憧れのおかげで民家の多くは白塗りされ、統一感がなく雑然としていた街並みがなんだか小綺麗になった。色の影響だけではなく、実際に伸び放題だった雑草が処理されていたり、舗装の甘かった道が端までしっかり舗装され直されていたり。


「なんだか、街がきれいになった?」

「そう思われますか。ではパーヴォ殿の努力の甲斐があったというものです」


ガノが何か意味ありげに言うので問いただしてみると、パーヴォはこの一ヶ月、街の景観改善に躍起になっていたそうだ。


「やはり大ラウプフォーゲルの王家筋であるファッシュ家の令息がこの街に君臨されるということは、市民にとって名誉なのです。この街の住人は半分ほどが他領の出身ですがパーヴォを始めとした残り半数は地元民。王子たるケイトリヒ様をみすぼらしい街の主にしてはならないと、周囲を焚き付けていましたよ。それに感化されたのか、他領出身者のなかでも同調する者も多く現れました。その結果が今の景観です」


ガノが淡々と説明してくれる。


「へえ〜、そんなもんなの? ありがたいねえ」


なんとなく市民の名誉の感じどころがわからない状態でぼんやりいうと、ガノがずいと顔を近づけてにらみつけるように言う。


「ケイトリヒ様はこの街の主です。『ありがとう』という気持ちを持つのは構いませんがあまり口になさらないようにしてください。それは立場が対等な者にかける言葉です。褒めるときは、『貢献を認める』や、率直に『褒めてつかわす』でも構いません」


「えぇ……」


横を歩いていたペシュティーノを見ると、こっちも頷いてる。

身分差のない世界から来た身としては、ちょっとむずかしいです。

いくら社長をやってたとはいってもそれは仕事上の立場ってだけで身分とは違う。周囲の取締役や部長なんかは全員年上のおじさんおばさんばかりで俺はぺーぺーだったし。対外的なときには一応、ちょっとは偉そうにしてたけど……あっ、そういうことか。


「テイサイってやつだね」

「そう理解していただければ問題ありません」


ペシュティーノがニッコリ笑う。

貴族の、小領主の、統治者の体裁ってことね。なんとなくわかった。

ユヴァフローテツの市民は俺の会社の社員って考えれば、うまくできそうかも。

そう考えると、今までユヴァフローテツは社長のいないフリーランス集団だったってことかな。会社になって、社名を掲げて管理体制が整って……は、まだこれからだけど、そうなるとバラバラだった研究者や市民は初めて社会の組織の一員となるんだ。

領地経営って……ちょっと会社経営にも通じるものがある。

稼ぐのがお金だけじゃないってところはあるけれど。


街の美観を向上させるのは、子供連れの女性を流出させないためにもある一定の効果がありそうだ。割れ窓理論はこの世界では確立していないが、その根底の理論は子供を持つ親ならば敏感に察知するところ。過剰に美しさを追求する必要はないけれど、街全体がちゃんと秩序によって支配されていることを認識するためにも、街の美観は重要だ。


今回は何も命令せずに改善してしまったけど、もうちょっと計画的に考えないとね。


「この街のどくじせいをいじするために、今あるぶもんごとの責任者はそのままでやくしょくをふやしましょうか」


「独自性を維持するために、役職を増やす、ですか? ……はて、どういうお考えで」

ガノが食いつく。


俺が小領主となる前のユヴァフローテツは研究者たちが研究する部門ごとになんとなく集まって、木工部門とか魔法陣部門、建築部門や魔道具部門とか勝手に名前をつけて代表者を立てている。

正直この部門は各々勝手に分かれた部門なので、作業の効率性とかはあんまり考えてないと思われる。


「ここ1ヶ月でだされたほうこくしょを見ると、やはりかってにあつまった集団だけあってほんとムダがおおいです」


たとえば木工部門や魔法陣部門は、建築にだって魔道具にだって使われている。

なのに木工が好きだ、魔法陣が研究したいというだけで建築にも魔道具にも関わらずに勝手に集まって研究しているというわけだ。自分が興味があるものだけにたっぷり時間を注いで。


「この街のなりたちからすると、それはまあいいとしましょう。ただ、それでは予算はつけられない。だから彼らのもつ代表とはべつに、やくしょくを……ふやす、だとごへいがありますね、しんせつする! です!」


「新設。ふむ、なるほど。独自研究を続ける者らとは別に、街の産業の担い手としての役職と部門を用意するということですね。希望者はそこに所属し、小領主の予算を与えて枝分かれした研究を一本化する……さながら、大商会の設立ですね?」


ガノがニヤニヤしながら俺の話をまとめる。

要約するとそういうことだ。技術者だけが集まったところに、管理者を設けて経理や人事を行う部門を設ける。そうすることで会社になる。こちらの世界でいうところの、商会。そしてそういった体制を嫌う人物は、所属しなければいい。それは自由だ。

ユヴァフローテツの研究者全員を無理やり取り込むのは、現実的じゃないし反発を生む。

あとは家族連れを呼び込むにあたっての福祉関連を充実させないとね。


「では、ケイトリヒ様。そろそろ動き出すといたしますか? 私の方でも、いくらか人材をご提供できます」

ペシュティーノが言う。

え、ペシュティーノって……あんまり顔が広いイメージがないよ、ごめん。

だってラウプフォーゲルでは結構、言っちゃ悪いけど冷遇されてたというか。あまりミーナたち以外のヒトと仲良く喋ってるところ見たこと無いからさ。


「私も、実はいくつかアテが」

ガノがニヤニヤと言う。まあガノはね、元商人だから。そりゃああるでしょう。


「ジュンは冒険者仲間、オリンピオ殿は傭兵仲間のアテがあるそうです。どちらも何らかの理由で引退していたり一線から退いた者ばかりですが、ユヴァフローテツではきっと役に立てるでしょう」


この街には魔術系の研究者とちょっとばかりの漁師と農夫しかいない。急に役職を設けても職歴がマッチするヒトがいないなと思っていたが、これだけ側近がやる気満々だったら大丈夫そうだ。


そうだな、まずはこの白いだけでごちゃまぜの街に、行政区域を作ろう。集めた人材はそこを中心に住んでもらう。


(それならそれなら、小領主の館からま〜っすぐ伸びた、目抜き通り沿いに土地があいてるよぉ! 主がまえ住んでた西の離宮と、庭園を合わせたくらいの建物ならすぐ建てられそう!)


アウロラが脳内で話しかけてくる。普通、目抜き通りって一番最初に栄えるところじゃないか? 土地が空いてるってどういうことなんだろう、と思ったが。


小領主の館に戻ってパーヴォの作った今のざっくり地図を見ると、街の中心は目抜き通りではなく魔法陣研究所と呼ばれる建物に集中している。

……生活の便利さよりも、研究のしやすさを優先しているというわけね。納得。


ラウプフォーゲル第四王子である俺を象徴する白鷲の旗がはためく会議室。この会議室は側近の間では「白鷲の間」と呼ばれてる。なんかかっこいいけど、呼び名は今はどうでもいい。


じっくり眺めていた地図をばん、と叩きつけるように机に置く。


「なんでこんなに街のしゅようきかんが東にかたよってるの」

「私も地図を見たとき、不思議に思いました。どうやら魔法陣研究所が最初に東側に陣取ったせいで、そこの周りに無計画に研究所が建てられたようですね」

ガノが俺の隣で地図を見ながら俺の心を代弁してくれる。ありがとう。


「ガノ様の仰るとおり。一応、目抜き通りと呼ばれている街道へと出るための大通りは、この白の館の前身である屋敷の持ち主であるエルフの長が整えたものなのですが……研究者たちは、思うように動いてくれなかったようで。私も、通りに沿って建物を建てたほうが……とは説得したのですが」


会議室で四角に組まれた長机。俺が座る場所の対角に座ってもじもじしながら答えてくれたのはパーヴォ。シュレーマンとラウリも両隣りにいるけど、過去の都市開発についての話はパーヴォの担当のようだ。一応、都市計画を学んだとはいっても専門だったわけではないらしい。

木造建築には明るいが、商業的な観点が不足しているせいで研究者たちを説得させられなかったようだ。いや、不足がなくても経済観念の薄い研究者たちが従ったかどうか。


「しかし、おかげで目抜き通りに必要な設備を建設できます。今後は経済を蔑ろにする研究者はどんどん隅に追いやられるでしょうから、手間が省けたと思っておきましょう」


ガノがにっこりと笑う。

貴族も青ざめるほどの黒い笑顔だ。こわいよガノ! パーヴォが若干引いてるよ!


「この位置に、街の行政を一手に担う施設を作ろうと思います。住民の戸籍管理、税制管理、社会福祉施設にゆくゆくは教育施設や治療院なども」


四角い長机組みの側面、俺とパーヴォの間の広い空間には、前世でも学校などでよく見かけた大きなスクリーン。そこに手書きの地図が映っていて、それを指さしながらペシュティーノが言う。

これはペシュティーノが以前から研究していた、映像投影の魔道具だ。


「これは素晴らしい魔道具ですね」

「非常に鮮明に見えます! 一体どういう仕組みで」

「あなた達、今はその話は控えなさい。ペシュティーノ様、その場所に行政施設を作ることには、我々としても賛成です。今は街の転出と転入だけは厳しく管理されているため戸籍もしっかりしていますが、これ以上増えては今の管理方法では難しくなるでしょう」

魔道具に傾きかけた話をラウリ・ヘイヘが軌道修正する。さすがラウプフォーゲル城に出入りしているだけあって、冷静だ。


「そ、それに戸籍管理と税制管理が同じ場所でできるのはありがたいですね! 今は街の端から端まで歩かないといけませんから。しかし、今の戸籍管理事務所を移動させるのを担当者が嫌がりそうですね」

シュレーマンが後半は独り言のように言う。そういう情報こそ、俺たちが地元民に求めるものだ。


「どうして?」


「ああ、失礼しました。戸籍管理事務所は、建物と土地に登録用の魔法陣がかけられているために移動が難しいのですよ。設計者いわく、かなり複雑な魔法陣らしく。その機能がうまく新しい施設へ引き継げるかが心配ですね……」


へえ、戸籍登録の方法ってそんな方法なんだ?


「じゃあ土地ごと動かせばいいだけだろ、何を寝ぼけた事を言ってるんだか」

聞いたことのないハスキーボイスが後ろでしたので驚いて振り向く。


浅黒い肌に、獣のような大きな三白眼。銀色のドレッドヘアの両サイドから羊のような渦巻いた角が生えた、スタンリーと同じくらいの身長の少年。上半身裸の格好でエラソーに腕組みして立っている。


「ば……バジラット?」

「へへへ! どうだよ、主! 俺、カッコいいだろ?」


(急に現れないでよ! びっくりするでしょ!)

(へへッ、ごめん。でも俺が一番乗りだぜ! 他の奴らはまだヒト型になれないんだ。主の頭の中で話しかけても良かったんだけど、これやると主の会話が止まるだろ? あんまり邪魔しちゃ悪いなと思って)


ヒト型になってもテレパシー的な会話ができることはありがたい。

これができれば、精霊だってバレずにすみそうだ。


「ゴホッ、ゴホン!! ええ、彼はケイトリヒ小領主様の側近です。まだ少年で言葉遣いは乱れがちですが、竜脈学に通じる才子です」

ペシュティーノが慌ててバジラットを紹介する。が。


「隠さなくても結構ですよ、ペシュティーノ様。そちらの少年は、精霊様でしょう?」


ラウリ・ヘイヘが確信を持ってにこやかに言う。

え? 俺も驚きのあまり、開いた口が塞がらないですが!


ペシュティーノも困惑気味に俺を見るだけ。


「ひ……ヒトと同じ姿をした、精霊様……?」

「まさか、そんな」


シュレーマンとパーヴォが困惑……というより目を輝かせている。


「主、ご心配ならば記憶を消しましょうか」


いつの間にかすぐ後ろに立っていたウィオラが腰を折って耳打ちしてくる。ちゃんと彼らに聞こえないようにしてくれるあたり、バジラットと違ってオトナ|(?)だね。


「待ってくれよ主、俺だって考えなしに姿を表したわけじゃねえぜ。コイツら、やれ都市開発は専門じゃないから〜だとか、担当者が嫌がるかも〜とか、主の言葉を受け入れやしねえじゃねえか。そんなの、主が命じてんだからやれってんだよ、わかるよな?」


「バジラット。ヒトにはヒトのいとなみってものがあってね……?」


「よく考えたら確かに、そうだね? だって主にはできるもん。僕らに命じてくれれば、こんなヒトなんかに頼らなくったってぜ〜んぶできちゃうもんね! ねえ、主。ヒトにはヒトの営みがあるってのはわかるけど、ここは主の庭でしょ? 主の支配地域でしょ? 思いっきりやっちゃおうよ! 命じてよ、主!」


さらにジオールまで出てきて、もうアカン。

思わず「オマエらまじシンジランナイ」みたいな目で見ると、バジラットとジオールは不満げに口をとがらせた。かわいいとか思ってないからな!


「強い精霊様の気配を感じておりましたが、まさかヒトの姿をかたどれる上に、ヒトの言葉さえ操るとは……それも、この感覚。【光】と【闇】、それに……こちらは【土】の精霊様でございますね?」


ラウリ・ヘイヘはぶつぶつとつぶやきながらフラフラ立ち上がると長机をひらりと飛び越して、うっとりしながら膝をついた。


「ああ……なんたる僥倖、なんたる福音! 我らエルフ族さえも手放して久しい精霊との絆を、まさか私のこの目で見ることができようとは。王子殿下……ああ、今はもう小領主様ですね。しかしもう貴方様をヒトの世の称号に当てはめることすら厭わしい。僭越ながら、ケイトリヒ様とお名前でお呼びする名誉を、この矮小な私めに許して頂けないでしょうか」


めちゃめちゃ俺に傾倒してる! むしろ倒れ込む勢いで傾いてるじゃないの! 困る。

ジオールとバジラットが「よい心がけです」とか言って頷いてるけど、俺は許してないからね!! いや名前で呼ぶのは構わないんだけど、この傾倒を許してないからね!


ラウリに並ぶように、パーヴォとシュレーマンが跪いて平伏する。もーそういうのやめてほしいの。


「わかってるとおもうけど、これがバレたら僕は皇帝陛下のようしになるから、この街をさることになるんだ」


「ええ、ええ、重々理解しております! この件は我々3人にのみ心に留め置き、なんとなく御力を感じ取っている他の者へも注意喚起いたしましょう。この街は元々閉鎖的でありますし、他にも秘密は多くございます。吹聴するような者はすでに淘汰されておりますし、そのような相手もおりません。どうぞご安心ください。もしご心配なようならば……いかがでしょう、誓言の魔法など! 精霊様ならば、驚くような精度で施せるのではないでしょうか!」


ラウリがすっごい嬉しそうに誓言魔法のことを言う。

かけてほしいの?


「白の館は、精霊様がお作りになったのですね……どうりでこの完成度。すぐにそれとは気づかないよう、入念に隠匿されているようですが、邸内に入って確信しました。これは古代石記(ラピス)期に用いられたと言われる精霊護法の術式で溢れていますね」


パーヴォが周囲をゆっくりと見渡しながら言う。

うっすらどころかしっかりバレてますやん。いや、精霊が姿を表さなければ、誰かが設計しましたーで通ったのかな?


「尋常ならざる精霊様のご加護をお持ちの御方が、我らのユヴァフローテツの主になってくださるとは……この街を作ったピエタリ様のご慧眼は、確かでした。ああ、ピエタリ様は前の小領主館の主です。この街を作ると発起したエルフ族のお一方ですが、今は故郷に戻ってしまわれました。小領主様のお力を知られれば、この街には謁見を求めるエルフ族の行列ができてしまいます」


「それは困る」

ラウリがピシャリという。……ラウリってエルフ族なんだよね?

うーん、記憶を消さなくても大丈夫かなあ?


「ペシュ、どうおもう?」


ペシュティーノは顎に手を当てて少し考えると、渋々というように答える。

「本人たちも納得しているようであれば、お望み通り誓言魔法で縛るのがよいかと」

理由は漏洩防止もあるが、そこはあまり心配していない。それよりも万一漏洩した際の原因究明が簡単にできるから、というのが大きい。


「でもなんとなく感づいてるヒトたちもいるんだよね? かれらはどうしよう?」

「なんとなく感じる程度でしたらどうとでも理由はつけられます。この土地に満ちた微精霊のせいだと言い張ってもよいでしょう。しかしこの3人は、精霊様の名前まで聞いてしまいましたから、仕方ありません」


ウィオラとジオールのほうを見ると、彼らも頷いている。

え、俺がうっかりバジラットの名前呼んじゃったせい?


ともあれ、ウィオラとジオールがユヴァフローテツの代表3人に誓言の魔法をかけるのを見届けて、会議は続行。ラウリは案の定、魔法の五寸釘を喉に刺すときウットリしてた。この一定数いるウットリ属性って何なんだろうね。

失われた魔法に対する憧れみたいなものかな。


「さて、話し合いの続行ですが」


「「「街の改革は、我々にお任せください」」」


シュレーマン、パーヴォ、ラウリのユヴァフローテツ代表3人が突然、自信満々の顔で積極的になった。なにこれ、どうしたの? 人格変える魔法とか使ってないよね?


大人しく席についたと思っていたラウリが再び立ち上がり、朗々と演説を始める。


「私、ラウリ・ヘイヘはこの街の元締めでもあったピエタリ・ヘイスカリの正当なる後継者。この街に集めた研究者の大半は、元締めであるエルフ族と、とある契約をしているのです。隷属化するほどの強制力は持ちませんが、ある程度研究者たちを命令に従わせることができます。いうなればちょっとした脅しみたいなものになってしまうのですが」


ラウリが言うには、元締めのエルフ……ピエタリという人物だったようだが、彼が研究者を集めた際に情報漏洩を防ぐため、現代版の「誓言の魔法」をかけているそうだ。

もちろんウィオラやジオールが施したものとはレベルの違う、命を奪うこともなければ言葉を奪うこともない、強制力の低いものらしい。だが漏洩した事実と、漏洩された内容がわかるだけで十分。ユヴァフローテツの機密情報はその契約によって守られてきたといってもいい。この魔法の制約があるからこそ、あまりよくお互いを知らない研究者同士が安心して自身の研究内容を明かし、助言したりされたりしあえる環境をつくったのだ。


「そのけいやくを、ラウリはひきついでるってこと? じゃあ、研究者たちを、ほんとうはかんたんにひっこしさせたり、言うことをきかせたりできるってこと?」


「左様にございます、ケイトリヒ様。ああ、我が君。元締めである私を契約で縛ったということは、ユヴァフローテツのすべての研究者もまたケイトリヒ様の麗しき御手の中。これまでは研究者とのムダな軋轢を生まないよう、意に沿わない命令は自粛しておりましたが、必要とあらばいつでも」


ラウリも農業研究に勤しむ立場から、あれこれ命令されるのが嫌なんだろう。

圧倒的に統治に向かないヒトが命令権を得ちゃってるわけだ。で、その命令権持ってる人への命令権を俺が持ってる、と。誓言魔法の孫請けみたいな? ややこしいな。


「ラウリのけいやくを、あらためて僕にけいやくしなおせないかな?」

「人同士の契約ならば契約書があるはずです。内容に変更がなければ、契約者本人の口頭での了承で簡単に変更できますよ。内容に変更が入る場合、契約書を新たに記す必要がありますので、それよりは精霊の誓言魔法に切り替えたほうが手早いかと。ただ……」

ウィオラが丁寧に答えてくれる。ただ?


「我ら精霊が施す主の誓言魔法は……彼らにしてみれば、一種の名誉のようです。今のままのほうがよろしいのではないでしょうか?」


意味がわからないよ? と思いつつラウリを見ると、大きく頷いている。

「確かに、有象無象の研究者共が得るにはあまりにも高度で崇高なる術。なれば私が契約主のまま、ケイトリヒ様の御命の赴くままに権限を(ふる)いましょう」


あそうですか。俺としては俺からラウリに、ラウリから研究者にという一手間が惜しい気がしたけど、体裁ってそういうところも含まれるもんね……?


「小領主様との直接契約は、研究者の中でもある程度実績を収め信頼を預けられる者のみに絞ってはいかがでしょう? 先程小領主様のご提案にもあった、新しい役職に就任した者などが該当するかと存じます」


「賛成します。我々の立場も上がり、指揮系統が明確になりますので」


シュレーマンとパーヴォが同意してくる。


「あたらしいやくしょくには、これから来るひとたちを入れるつもりなの。この街のみんなはホンネではけんきゅうだけしたいんでしょ? だったら統治むきのヒトをあらたに入れたほうがいいと思うんだけど、けんきゅうしゃたちが従うかがしんぱいだったんだ」


ラウリとパーヴォが顔を見合わせて、少し居心地悪そうに笑う。シュレーマンは重々しく頷いている。シュレーマン、苦労したんだね。


「新体制への移行は問題なさそうですね。では、庁舎の建築は精霊様にお任せするとしましょう。構いませんね?」


「もちろんだよぉ」

「当然至極」

「おうっ! 主の下僕が支配地域の統治のために使う場所ってことだろ? 任せとけ!」


バジラット、言い方をね……? ね? ヒトにはヒトの……ねえ?


「我らのために精霊様が……」

「なんたる僥倖、なんたる至福」

「ユヴァフローテツの未来は明るい」


ラウリさんたちが声を揃えて感謝を示す。

ペシュティーノとガノはそれを見て満足そうだ。


ヒトにはヒトの……あれ?

気にしてるの俺だけ!?

2013/10より連載頻度を変更します。「毎週金曜日」→「毎週火曜日、金曜日」

次回、37話は9/29(金)更新、38話は10/3(火)更新です。

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