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3章_0035話_お引越し 2

「白いね」


ユヴァフローテツの小領主館を見て出た感想が、これだ。

柱から壁から、敷地を囲む外壁から、目が痛くなるくらい太陽の光を100%反射しているかのような白。装飾彫刻はラウプフォーゲル城に比べたら控えめではあるけど、白すぎてなんだか……神殿っぽい。


「白いですねえ」

「これは、何の建材なんでしょうか」

「王子殿下にとてもよくお似合いの館ですわ」


ミーナとララとカンナが、俺の後ろで俺と同じポカン顔をして館を見つめている。

その後ろには城から連れてきた使用人。半分は先に館の準備をするために送り込んだが、残りは俺たちと一緒にやってきた。

と言っても、ウィオラいわく「全て魔法制御しているので人手は今ほど必要ではない」という話なので、父上が用意してくれた人数を半数に絞った。

それでも今日一緒に来た使用人は総勢12人。館には先に10人ほどが送られている。


「ほう……これは見事な館ですね」


スタッ、と馬車を降り立ったのはデフォルトで仁王立ちする、迫力ある長身美人。

そう、城から派遣された12人の中には、なんとディアナさんとお針子の女性2人、宝飾細工師の女性が1人が含まれているのだ。12人中4人がお洋服担当って、ちょっとアンバランスじゃない? と思ったけど。


「布や宝石を作ることは僕たちでも簡単にできるけど、ヒトの洋服って社会的に重要みたいだよね。デザインとなると、僕たち精霊じゃわからないんだよね〜」

というジオールの言葉で、ペシュティーノが動いた。たしかに貴族っていうのはお洋服によってステータスを誇示したり暗に意志を反映したりする、重要なツールだ、ということで、こうなりました。


ディアナさんも、その他のヒトも、みんな本人の希望で来てくれたそうだからそれは嬉しいんだけど。


館から先に送り込んでいたメイドと騎士がバタバタと表れて、出迎えの礼をする。

「遅れて申し訳ありません! おかえりなさいませ、小領主様」


おお。呼称が王子殿下から小領主様になった。

これは格上げなのかな?


「あなたたち、主たるケイトリヒ様の出迎えが遅れるとはどういうことです」

ディアナがピシャリと叱りつける。こういうところはミーナたちと比べてやっぱ頼りになるなあ。メイドは3人、騎士は4人ほどいたが、全員若い。


「も、申し訳ありません! その、邸内の魔法じかけの絡繰(からくり)の操作にまだ慣れておらず……お許しください」


「からくり?」


俺が聞き返すと、ジオールがぴょんと前に飛び出て「それは館に入ってからのお楽しみです!」と言って涙目になっているメイドと騎士に「ねっ」と言う。彼らは戸惑うばかりだったけども。


「ディアナ殿、まずは館に入りましょう。精霊様のお作りになった絡繰(からくり)がどのようなものか、我々も確認せねばなりません」


ディアナは渋々ペシュティーノの言葉に従い、ぞろぞろと館に入る。

大人3人分の高さ、手を横に広げても大人3人はあるだろう大きな両開きの扉が、主を迎え入れるように音もなく開くと、その中は……え? 外?


先頭のペシュティーノの歩きが、明らかに戸惑っているのがわかる。そのせいで後続のぞろぞろ人々がつっかえた。


「これは……」

「え? ええ? 今、俺たち館に入ったよな!?」


たしかにエントランスホールがあって、階段もあって、吹き抜けのホールの壁には2階の廊下が渡っていて、室内であろう、ということはわかるんだけど、天井がない。あと、真っ白な石膏のような見た目をした幹の巨木がうねうねとうねって1階の大理石の床から天井に向かって伸びている。豊かに茂った葉っぱがふわりと風になびいて鈴のような軽やかな音を立てる。キラキラと降り注ぐ木漏れ日、そして葉擦れの音。完全に外だ。


「エントランスホール、兼、中庭! です! 館の中に植物を茂らせるのは、ヒトの間で贅沢なこと、っていう認識みたいだったから、思い切ってどーんと! 5階のサンルームまで突き抜ける巨木だよ! オブジェじゃないよ、ちゃんと生きた樹だからね!」


「これ、雨がふったら……」


「そんなミスを僕らがするわけないでしょー! もちろん、雨は完璧に遮断するよ! 天井は無いように見えるけど、ちゃんとあるからね? 無いように見えるだけで! 主がご所望とあらば、夜でも昼のように明るいままだよっ!」


ジオールの説明に、俺とペシュティーノはポカンとしていたがミーナたちメイドとディアナたち使用人勢は「素晴らしい!」と絶賛の嵐。

え、素晴らしいの? 夜は夜でよくない?


「扉を開け放っているのに、調温の魔法陣が効いています。もしや調温の結界が?」

「もちろん! エントランスホールだけじゃなくて、使用人の部屋までこの館全体を結界が覆っているよ!」

今日到着した使用人たちがわあ、と歓声を上げる。俺はペシュティーノの調温魔法で常に適温だけど、今の時間の外の環境はきっとスチームサウナさながらだと考えると、そりゃ嬉しいよね。


「あの階段の手すりにある明かりは魔道具の『蛍火(ほたるび)の光』と似ています。もしや魔力で光っているのでしょうか?」

「然り。館の照明はすべて魔力仕掛け。万一にも壊れるようなことがあれば、館内の精霊たちがいいように()()を探して宛がうでしょう」


「精霊が、だいりをさがす?」


「主、この館はぜーんぶ精霊が管理してるんだよ。古代では、割とよくある仕組みだったんだけどねえ。とりあえず、家をメンテナンスするような作業は一切不要。ホコリがたまることもないし、カーペットが泥に汚れることもない。暖炉が灰に埋まることもないし、お庭に枯れ葉が吹き溜まることもない。ぜーんぶ精霊がやってくれるんだ」


それを聞いてメイドも騎士もひときわ大きく、わあと歓声を上げた。

相変わらず俺とペシュティーノはポカーンだ。暖炉あるの? 暑い地域なのに。


「主、いかがでしょうか。お気に召しませんか?」

ウィオラが心配そうにしているけど、大丈夫。理解が追いついてないだけだから。

とにかく、この館には魔法じかけ、というか精霊が棲み着いていて、勝手にきれいになってくれる……ってことでいいんだよね。おっけ、すごいと思う。便利だね。


「ホコリを払う魔法があるんですか?」

ミーナが尋ねると、ウィオラが「いえ、ホコリが精霊になって出ていくだけです」と答えた。うん、よくわからんけどそういうことなんだね、おっけ、とりあえずすごい!!


ウィオラとジオールが家の説明をするんだけど、ディアナをはじめ使用人の面々は「精霊の働き」について「そんなことができるんだ、すごい」くらいの雰囲気でまるっと受け入れている。逆に魔術を学んだペシュティーノのほうが頭を抱えるくらいだ。

非常識って、そもそもの常識持ってないヒトには常識になるんだな。


昇降魔法陣(エレベーター)については、既にこちらで1週間お過ごしになったメイドの方々に教わってください。あなたたち使用人が入れるのは2階まで。3階は主たるケイトリヒ小領主閣下の私室となりますので、側近と選ばれた使用人しか入れません」


ウィオラが俺とペシュティーノを筆頭とした側近集団を案内してくれる。

一旦、ディアナを含めた使用人たちとは別れ、別々の説明を受けることになった。

使用人たちは石膏の木の根本にあいた大きな穴へぞろぞろと入っていく。そっちに使用人の居住スペースがあるらしい。なんだかファンシーだ。


「さ、主はこちらへ」


ウィオラに案内されるまま昇降魔法陣(エレベーター)のスペースへ。

昇降魔法陣(エレベーター)はその名の通り魔法陣が描かれた空間で、丸い魔法陣に合わせて丸い空間になっているのが一般的で、開閉する扉はない。

この世界でおそらく最も普及している魔法陣、だそうだ。というのは数が多いからではなく、悪用防止のためその床には魔法陣がしっかり目に見えるように描かれていて、安全設計が完成されていて、誰でも真似できるから。

魔法陣学の初心者は誰もが昇降魔法陣(エレベーター)の魔法陣を分解してその設計を学ぶところから始まる、らしい。俺は違ったけど。


「これがえべれーたー」

「ケイトリヒ様、昇降魔法陣(エレベーター)、です」


「えべ、えでっ、えれ……えべれーたー」

言えん。


俺の想像していたエレベーターとちがう。ちがうけど、便利。

前の世界のものとは違い、浮遊感も何もないまま3階へ。仕組みとしては転送陣とほぼ同じだそうだ。転送先の座標指定を、縦横は同軸のまま高さ軸だけ変えるだけ、という実に簡単な転移陣。

1階で乗ったときは魔法陣の四隅に柱が立っているだけだったけど、3階には円柱状の壁があって一方向だけがぽっかりと開いている。

まだその先の部屋に入ったわけではないのに、そこから見える景色は圧巻だ。


まず壁や柱らしきものがなく、パッと目に入ってきたのは外の風景。床から天井までが開放されているかのように、そこには幻想的な青と緑と紫が入り混じった穏やかな森とキラキラと光る不思議な水辺、そして虹色の空が見える。なんてファンシーな空間。

もちろんこんな景色は少なくともすぐ外には存在しないので、幻影だろう。

壁がスクリーンになってるのかな? 地球であったプロジェクションマッピングなんかとは比べ物にならないくらいのリアリティだ。


「こ、これは……幻影、ですよね?」

「もちろん! 実際の外の風景も見えるけど、見えるのは岩砂漠と山だけだからねえ。主がお望みならなんでも映せるよ、朝もやがたちこめる湖の風景、海辺の輝く夕焼け、星屑を散らしたような摩天楼の夜景……あ、最後はこちらの世界のものじゃないけど。とにかく、ご要望があればなんでも映し出せるよ!」


ちょっとちょっと、エグモントがいるから! と思ったけどいない!


「あ、あれ? エグモントは?」

「ジュンとオリンピオと共に、自室を見に行きましたよ。ケイトリヒ様の身の回りのお世話をするのは、ほぼここにいるメンバーなので問題ないでしょう」

ガノが笑う。そ、そうか。あの3人は戦闘系の側近って言ってたもんな。

ここにいるのはペシュティーノとガノとスタンリー、そしてミーナとララとカンナ。

3人のメイドにも、今回ユヴァフローテツお引越しにあたって「誓言の魔法」を施した。もちろん本人の同意の上でだ。


「わあ……すごいですわ……!」

「こんな広い、こんなに天井の高いお部屋、とっても贅沢です。しかもお掃除する必要がないなんて夢のよう……」

「私、ケイトリヒ王子殿下にお仕えしてよかったです。こんなに素敵なお部屋で働けるなんて! ここはいわゆるリビングダイニングですよね? 寝所はどちらになりますか?」


俺を抱っこしたペシュティーノが呆けている間に、メイドたちがパーッと散って部屋の中をあれこれいじりたおす。

ソファの柔らかさを確かめたり、カーテンの仕組みを確認したり、収納スペースに何が入っているか、何を入れられるか、照明をつけたり消したり。

まあ、これは仕事のうちだと思うので任せておこう。


「階下に入浴のスペースがあるそうですが……ケイトリヒ様、ご覧になる前にお腹は空いていませんか?」

ペシュティーノが聞いてくる。そういえばちょっとお腹すいたかも。


レオはラウプフォーゲル城から2人ほど助手を雇って、先にユヴァフローテツに到着している組だ。今頃は俺の昼食を作ってくれているはず。

ちなみに助手を雇ったのは父上の命令。レオの異世界メニューを伝授されたら定期的に次の助手に入れ替える契約なんだそうだ。目的はもちろん、異世界メニューをラウプフォーゲルにも定着させるため。

まあ俺としてもレオの異世界メニューが俺のためだけに使われるのももったいないので、父上がいい感じに社交界で利用してくれればありがたい。俺としては金になるネタは他にいくらでもあるし、俺が食べられるご飯を作ってくれるだけでありがたいからね。


「主、お持ちの杖を使えば魔法は使わずともレオと会話が可能です。この館の中では、主の杖はマスターキーのようなもの。この館にいるすべてのものと会話が可能です」


「え、そーなの」

「同じ機能を全ての側近の杖に仕込んであります。わざわざケイトリヒ様がお命じになる必要はございませんよ、私達がそばにいるときは、私達にお申し付けください」


ガノがそう言うと、スタンリーもコクリと頷く。こちらを見ていたミーナも頷く。


「ミーナも杖、もってるの?」

「もちろんですわ。私は元々持っておりましたけれど、ララとカンナはユヴァフローテツ配属に当たって用意いたしました。私は自力では両方向通信(ハイサー・ドラート)を使うことはできませんでしたけれど、この館では魔法が使えない者も精霊の手助けを得て自由に使えるんです。魔法って便利ですわね……まあ、このブランケットはとってもふわふわ!」


「館を見学する前に、軽く昼食にしましょうか。スタンリー、ガノ。貴方たちも自室を見てきてはどうですか。ミーナ、ララ、カンナも。半刻(1時間)経ったら戻っておいでなさい。ジュンたちには館の周囲も見ておくように伝えてください」


「は、はい」

彼らも自分の部屋が気になったのだろう。みんな遠慮がちに嬉しそうに出ていった。


「ペシュのおへやはどこにあるの?」

「私の私室もありますよ。西の離宮と同様に、ケイトリヒ様の寝室の横にドア続きで私の寝室があります。お休みの際に何かあったときは、私にお申し付けください」


西の離宮では何度か寝苦しいときにペシュティーノの部屋にメソメソしながら忍び込んだことがある。寝ているペシュの横に潜り込んで寝入り、朝になるといつの間にか自分の寝台だった。最近はなくなったと思いますけど!


「そいねサービスぞっこう!」

「お望みとあらば。ああ、ただし私の部屋に入るのはなるべく控えて頂き、御用の際は杖をお使いください。側近の部屋は2階にあるのですが、そのなかで私の部屋にだけ2階と3階をつなぐ階段がございます。その階段は側近とケイトリヒ様しか使えない仕組みになっていますが、念のため」


「はーい」

「では昼食にしましょう」


昼食はサーモンとホタテとほうれん草のグラタン。

正しくはオオカイゼンマスとロッポン貝というらしい。味も触感も、完全にサーモンとホタテ。ほうれん草は、こちらでケルートと呼ばれる野菜。真っ赤な見た目で最初はギョッとするけど、クセがなくて美味しい。


「いやあ、魔法制御の大型オーブンを入れてもらったので張り切っちゃいましたよ! 次なる目標は、圧力鍋ですね! 楽しみになさっててください!」

そう言ってレオは自慢げにローストビーフっぽいものやピザっぽものも出してきたけど俺はグラタンでお腹いっぱいよ。一口ずつ味見程度に食べて、残りは別室で食事していた側近たちに食べてもらうことになり、一瞬で消えたそうだ。


食事を終えたら、浴室の確認!

ガノが手配してくれたご立派な浴槽はラウプフォーゲル城の西の離宮に置いてきた。しょっちゅう戻るし、泊まることもあるだろうからね。


「わあ、ひろい」

前の世界で言う、銭湯みたいに広い。いや、スパリゾート級といったほうがいいか。壁からはお湯が滝のように流れていて、もわもわと湯気がたっている。


「はいって、はいっていい!?」

「はいはい、では午後は、ゆっくり湯浴みのお時間にしましょうか」


「いいの!」

「使用人を館に慣れさせるため、ケイトリヒ様は3日間はお勉強もお仕事もしないことになっております。やりたいことをやっていいのですよ」


俺がモタモタとお洋服を脱ごうとしていたら、後ろからディアナが現れて一瞬で裸んぼにされた。さすがの手際! 追い剥ぎ級!


「わーい!」

「ケイトリヒ様、走ってはいけません! 滑りますよ」


ペシュティーノも上着を脱いで、シャツとスラックスを捲ったスタイルでついてくる。


「だいじょーぶ、主はこの館で滑ったり転んだり落ちたりして怪我を負うことはないよ」

「我々の守護が何重にもかかっておりますから。溺れることもありません」


ウィオラとジオールがふわりと湯気の間から現れる。


「あらわれかたをどうにかできないかな。あんまり消えたり、あらわれたりすると怪しまれるんじゃない?」


「我々の存在を正しく認識できるのは主だけです。主以外の人間からすれば我々は意識外の存在ですから、消えたこともどうやって現れたかも正しく理解できないでしょう」

「ま、つまり気にしなくていいよってことだよ、主。それより浴室はどお? 主はお風呂が好きだから、けっこー頑張ったんだけど!」


「そっか! うん、うん! すごくいい! ひろいし、きれいだし、ごうか!」


浴槽、というより銭湯か温泉のように広い湯船の底はゆるやかな階段状になっていて、ちゃぷんと足をつけると俺の(すね)くらいの深さ。足元は砂のような感触で少しふわふわしててスポンジっぽいので、滑らなくて安全そう。じゃぶじゃぶと進むとどんどん深くなって、足がつかなくなった。


「およげる!」

「ケイトリヒ様。湯の中で泳ぐのは体力を消耗しますから、程々になさってください」


ペシュティーノは一番浅いところで腰掛けて、足だけを湯船につけて気持ちよさそうにしている。裾捲りの格好もあいまって、足湯を楽しんでるお父さんみたいだ。

広い湯船の周囲の壁には、城の庭園でも見たことのない植物がみっしり茂っている。

ジャングル風呂だ。


その合間には、青や緑や赤の微精霊がポワポワと光って飛び交っている……ん?

なんだか大きめの微精霊がいる?


「ペシュ、ペシュ、ペシュこっちきて!」

「どうしました? なにか気になることでも?」


ペシュティーノは服を着たままじゃぶじゃぶと入ってきて俺を抱き上げる。

え、服着たままですか!? もう、魔法で乾かせるからって。

まあ、この世界のヒトはスマホとか電子キーとか持ってないから気にしないよね。


「おおきい精霊がいた! ペシュにもみえる?」

「は……あ、えっ。み、見えますね……これは、一体」


「この館は、主の魔力と僕たちの設計で築き上げた空間だからね、精霊にとっては楽園みたいに棲みやすいはずさ! だからほんとによく集まるんだよねえ。まさかここ2,3ヶ月で主精霊になれるくらい集まっちゃうなんてね」


ジオールも普通に服を着たまま湯の中に立っている。こっちは実体が微妙なので、水をかき分ける音もしなければ立っているところに波紋も立たない。ほんとに幽霊みたい。


「このまま自然精霊を集めるままにしておけば、我々が力を増すことになります」


ウィオラも同じように立っている。


「精霊様が力を増すと、どうなるのですか」

ペシュティーノが心配そうに俺を抱きしめながら聞くと、ウィオラとジオールは顔を見合わせた。


「微精霊が集まると半精霊になります。さらにその半精霊が集まると、主精霊になり、それから大精霊となり、最後は精霊王となります。我とジオールは今、外見だけの定義では大精霊となります。基本4属性のキュアノエイデスやバジラットたちも、間もなく大精霊になるでしょう。主が学舎に入るという2年後には、おそらく精霊王にも手が届くほどの力を得られるはずです」


「だ、大精霊……に、精霊王……」

ペシュティーノが困惑気味に俺を見る。マズイの?


「いえ、今言って頂けて助かりました。ケイトリヒ様。精霊学は魔導学院で習うので割愛していましたが、少し学ぶ必要がありそうです。いいですか、種族を問わなければ、精霊と契約する者は多いです。代表的な例はエルフやノーム……ヒト族でも、従魔術師は魔獣よりも先に精霊と契約できた場合はスムーズに魔獣を従えられるといいます。つまり、基本4属性精霊と契約は従魔よりも容易い」


「まあ、精霊は不安定だから、ヒトが契約を維持するのは難しいけどね〜」

「余程魔力が高く精霊に注ぎ込めるほどの余力がない限り、精霊とは時が経てば自然に消えるもの。我々は誕生の経緯が特例なので少しその辺りは変質していますが、ガノ程度の魔力を持つヒトが契約した主精霊ならば5、6年持てばいいほうでしょう」


「その通り。魔力が高く、精霊と親和性が高いといわれるエルフも、ノームも、契約した例があるのは()()()どまり。大精霊との契約は不可能だと言われてきたのです」


「え」


すでにヒト型になった大精霊がここにいる……ということは。


「言葉を交わせる時点で異例だとは思っていましたが……大精霊という名を出されると、さすがに中央も黙ってはいられなくなるでしょう。さらに、希少属性である闇と光の大精霊などと知れれば王国も共和国、さらには他大陸の国まで巻き込んで大騒動です」


「神こうほよりもいちだいじ?」


「神候補であることは証明できませんが、大精霊は証明できてしまいますからね」


「あ、2年もすれば精霊王だよ?」


「それは……今は置いといてください」


ペシュティーノが頭を抱えるように額に手をあてて溜息をつく。

それよりも……。


「ペシュ……だいたいわかったけど、ちょっとくらくらしてきちゃった」

「はっ! いけません、すぐに出ましょう」


俺を抱えてじゃばじゃばとお湯から出ると、すぐさま乾燥(トロッケン)

魔法で乾かして、タオルで包まれたまま部屋へ。

部屋では自室の確認と昼食を終えたディアナとメイドたちがキャッキャしていたが、俺を見て駆け寄る。


「まあ、湯あたりですか?」

「カンナ、お水を。ララ、寝台を整えて!」

「「はいっ」」


「怪我も溺れもしないという話でしたが、湯あたりは例外なのですね」

「え〜、湯あたりなんて初めて見たも〜ん」

「対処します。体内の深部体温が上がらないようにすれば良いようです」


深部体温が上がらないと、お風呂のポカポカ感がなくなっちゃわない?


「たいしょしなくていい……きをつける」


「ケイトリヒ様、お水ですよ」

ララがきれいなコップに入った水を口元にあてがう。水そのものが、なんか光ってるように見えるんですけど。


(深部体温を下げる、鎮静の作用をもった水です。危険はありません)

頭の中でキュアが話す。

こんなところまで精霊の力が。


ゴクリと飲むと、異様に美味しく感じる。これも精霊効果?

ぐびぐびと水を飲み干すと、とろんとなって眠ってしまった。



――――――――――――



「石の床……小さな窓。簡素なベッドに、収納は一切なく、長持がひとつ……」


「おい、スタンリー! オマエの部屋はどんな……って、狭っ!! なんだよ、なんでこんなに狭いんだ!? おい、これ不公平じゃねえか! 王子に言って……」


「いいんです」


狭い部屋の中央に佇んで、一つ一つ確認するように見渡していたスタンリーがゆっくりジュンのほうを振り向く。


「私は、これくらいがいい。広い部屋は落ち着かないんです。床も、石がいい」


ジュンが眉をしかめて部屋を見渡す。ジュンは兄弟が多かったこともあり、広い部屋に住むのが憧れだった。大きなベッド、豪華とまではいかなくてもそれなりに贅沢な家具や調度品のある部屋。天井も高く、室内で運動もできる部屋。

今回、その理想の部屋を与えられた。

西の離宮の個室もそれなりに満足していたがジュンの理想が詰まったこの個室は嬉しすぎるとばかりに興奮し、他の部屋を見に行ったのだ。


ガノの部屋は、落ち着いた……ジュンから見たら、ややおじさんっぽい部屋だった。

エグモントの部屋は広くはないものの貴族らしい豪華な部屋。

オリンピオの部屋は質実剛健というか、シンプルで無駄のない作りだが全体的に大きい。

レオの部屋はオリンピオの部屋と似てシンプルだが、家具が見たことのない雰囲気だ。

スタンリーは、と見に来たら、これだ。ジュンからしてみれば、これは清潔な牢獄。


「いや、いくらなんでもこれは」

「私が満足しているんです、いいでしょう」


スタンリーは、不思議と恍惚とした表情で部屋を見ている。

側近の間ではいつも体を固くして無表情を決め込んでいるスタンリーが喜ぶ顔に、ジュンは複雑な気持ちになった。


「な、入っていいか?」

「え? ああ、はい。どうぞ」


足を踏み出すと、石造りの床は「ジャリッ」と細かい砂を踏む音がした。


「……これも、オマエの理想なのか?」

「ええそうです。侵入者にすぐ気付けるでしょう?」


この館で、一体誰がスタンリーの部屋に侵入しようというのか。ツッコミたかったがジュンは黙って寝室をちらりとのぞきこむ。装飾も手すりもない、少し高さのある木組みのベッドの上にはふんわりした寝具が乗っている。よかった、せめて寝具は上等で。


「精霊サマが理想の部屋を作ってくれるって聞いたときは、俺は飛び上がって喜んだもんだがよ。こんだけ無欲なのも、心配になっちゃうぜ」

「住んでるうちに理想が変わったら改築してくれるとも仰ったでしょう。今は、安心して眠れる寝床があるだけで私は満足なんです。それ以上は、今はいらない」


寝室と、メインルーム。たった2部屋の狭い空間に、外の景色が見えるはずもない、スタンリーの身長では手も届かないであろう高さに小さな窓がひとつ。

その窓の存在はまるでスタンリーとスタンリー以外の全てとの距離を表しているかのようで、ジュンの心はざわめいた。この子をこのまま放っておいてはいけない、と無意識に危機感を持ってしまう。


「ふーん、そうかよ。まあ、オマエがイイってんなら、いいんだけど……。ま、部屋に飾っておきたくなるようなものが……増えるといいな」


ぼんやりしていたスタンリーは、ジュンのその言葉にハッとする。


「……そうですね」


スタンリーは、自信の中の空虚にようやく気づいた。

今の自分は、空っぽだ。何もないから、こんな部屋が落ち着くんだ。


「部屋を改装したくなったら、相談に乗ってくださいね」


複雑な表情をしていたジュンが、ぱあと明るくなって「おお、任せろ!」と言って笑う。

他人のそんな表情を、引き出す言葉が言えたことにスタンリーはホッとした。

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