3章_0034話_お引越し 1
「さて、ユヴァフローテツの視察も終わったことですし。トリューの上位型について少ししっかりお話しましょう。ケイトリヒ様が書き上げた設計図ですが、専属技師のギーゼラに見せたところ途方に暮れておりました」
「だろうねえ」
「当然でしょう」
ラウプフォーゲル城に戻って数日。
ペシュティーノが魔法陣のお勉強の時間に切り出した言葉に、何故かヒト型のウィオラとジオールが乗っかる。いやいや、キミたち俺の設計にめちゃめちゃ口出してきたじゃん!この世界で実現可能な方向で設計したはずなのに、そこでキミたちに見放されちゃ俺としてもどうしようもないよ?
「じつげんかのうって言ってたのに!」
「我々、精霊が製造を手掛ければもちろんです」
「実際のところはねぇ〜、まああの程度のモートアベーゼン改良しかできない技師じゃあ途方に暮れるのも仕方ないっしょぉ。大丈夫だよぉ、主の技量に合わせて、技師のほうも成長してくれれば!」
ペシュティーノから「思う存分やってみろ」と言われて書いたトリューの欲張り改良設計は、父上からぜひ実現させたいというGOサインが出たそうだ。
その設計の内容は、この世界で実現可能と判断したうえで要件定義した内容であり、素材の目星もある程度ついているものだ。
・最高飛行速度マッハ2.5|(時速3000キロメートル)
・計算上では初速5秒でマッハ1|(時速1234キロメートル)まで到達可能。
・速度計、高度計、角度計など各種計器
・通信機能
・並列飛行牽引機能
・空撮機能、解析、保存機能
と、どれもこれもこの世界ではオーバーテクノロジーなのでギーゼラが途方に暮れるのもわかる。前の世界で俺が生きていた時代でも最新鋭の戦闘機と同レベルだとレオが言っていた。兵器が搭載されてないだけだね。対地ミサイルとか搭載したら……いやいや、やめとこう。
通信や撮影の機能はこの世界にも原型が存在するが、俺が求めているものはそんな原始的なものとは桁違い。それだけとっても単体で画期的と言われるレベルになる。
ただし、俺が乗って魔力供給することが大前提!! この前提が崩れるだけで、どれもこれも実現不可能であるとペシュティーノからお墨付きをもらっている。
そんなお墨付きいらないけど。
そしてこれらを一部ユヴァフローテツの研究者に外注しながら実現せよとのお達しだ。
できれば2年以内に。
「なんで2年なの?」
「2年後には、ケイトリヒ様の魔導学院入学が控えています」
うん、それだけじゃよくわからんよ、ペシュ。
「ケイトリヒ様が魔導学院へ入学すれば、中央から介入が入ることはもう決定項です。必ずです。それまでに、ラウプフォーゲルの主力産業の中核を担うものとしての立場を確立しておいて、中央からの介入はまだしも、引き抜きを完全に封じることが目的です」
「なるほどー?」
「実感していませんね? おそらく中央からの介入は、かなり熾烈を極めると思います。場合によっては、攫われたり脅迫されたりする可能性まであります」
「え」
貴族ってそんなに荒っぽいことするの?
「優雅な体面を保ちながら裏で血みどろの戦いを繰り広げるのが貴族ですよ。ともあれ、中央からの介入はもうすでに始まっています。親戚会でトリューの発表をしてから、ラウプフォーゲル城下町でも不穏な動きをする商人の報告が数件。おそらく中央の密偵であろうというのが騎士隊の見解です」
なんと。もうすでに始まっていた……!?
まあ、こういう事があるから俺をユヴァフローテツの小領主にさせるんだろう。ラウプフォーゲル城下町は領主のお膝元。兵役や傭兵稼業で稼いだ平民が最もその金を消費するのが城下町。帝国一の治安を誇り、商業も盛んで、交易の街。人口も多い上にヒトの出入りは激しくスラム街だって存在するが、治安維持隊が軍隊並みの武力を持つこともあり、武力組織のような派手な犯罪者はすぐにお縄になる。
ただ、諜報や詐欺など知的犯罪者の検挙は武力だけでは難しい。
それでも報告が上がっているだけ上等だ。警戒度が高まっているのだろう。
実のところ、ユヴァフローテツよりも前にラウプフォーゲルの城下町を散策したいと散々言っているのだけれど実現してない。それはもしや中央貴族のせいってこと?
めんどくさー。
「と、いうわけで新しい護衛騎士を雇いました。ジュンからの情報で、以前から雇用に向けて動いていたのですが、少々手続きに手間取りまして。この度ようやく、お館様からも許可がおりましたので昼食の時間にでもご紹介したいのですが、よろしいですか?」
「えっ、あたらしい! ごえいきし! うん、会う!」
突然の報告だけど、側近が増えるのは嬉しい。
以前からもう少し増やしたいってペシュティーノとガノが言ってたもんね。今回は今の護衛騎士で不足している能力に絞って、俺が選ぶのではなくある程度能力を精査しての採用になるという話は聞いていた。ペシュティーノが選ぶならきっと大丈夫。
魔法陣の授業が終わり、昼食の時間。
今日の昼食メニューはクスクスとカナグモのトマト煮込みと、トマトとモッツァレラのカプレーゼ。クスクスってフランスでよく口にしたけど、これ、お米で同じもの作ったほうが美味しいんじゃない? っていっつも思っちゃう。日本人のサガってやつかな。
ラウプフォーゲルにもお米はあるけど、生産量は少なく品質もレオからするとまだまだという話なので、お米が出る頻度は小麦&芋が5としたら1くらい。1日8食食べるので、うち1回か2回はお米が出る感じ。欲を言うと2回に1回くらいは食べたいなぁ。
そのためには、お米農家さんに頑張ってもらわないとね。
あ、これも事業にしようかな?
さて、新しい護衛騎士とのご対面だ!
「……驚かないでくださいね。しかし精霊様の査定も入っておりますので、人柄と能力は間違いありません」
「え?」
驚くようなヒトなの?
ペシュティーノが腰から抜いた杖の先に向かって何かボソボソというと、ものの数秒で食堂の大きな入り口にガノとジュンが現れる。その後ろには……山? え、山?
ガノとジュンが縮んじゃった!? ってくらい大きな……巨人! これ巨人だ、ぜったい巨人だ! だってペシュティーノより背が高いし、肩幅とかガ◯ダムやん!ってくらい広い! 胸板なんて、ほぼ壁だ。ジュンやガノでも腰まわりにタックルしても腕が回らないだろう。あれだ、緑の巨人……超人だったか? とにかく筋肉もりもりだ!
「でっかーい!!」
俺の甲高い声に、巨人はキョトンと目をむいて、穏やかそうにふわりと微笑んだ。
ひげだ! イケひげ!
真っ赤な縮れ毛を後ろで一つにまとめたその巨人は、目の形こそキリリと鋭いものの、目つきは象みたいに優しい。俺を驚かせないためか少し離れたところまで来ると、音もなく膝をついて深く頭を下げる。身のこなしに荒っぽい部分はなく、貴族みたいだ。
「オリンピオ・ブリッドモアと申します。時の精霊からも見放され、運命の輪に繋がれて死地への道しか無いと思っていたところを……そちらの家令の御方に救われました。一度は手放すしかないと諦めたこの命、喜んで王子殿下に捧げます」
「ときの精霊?」
そんなものがいるのか、とウィオラとジオールの方を見るけど、ジオールはニコニコしているだけだしウィオラは寝てる。目をつぶってるから寝てるようにしか見えない。
まあいいや。
「でっかい、でっかいねえ! のぼってもいい!?」
「は……はい?」
オリンピオ・ブリッドモアはペシュティーノに助けを求めるような視線を向けて困惑していたが、ペシュティーノも何も言わない。
ぴょんとダイニングテーブルセットの椅子から飛び降りて駆け寄り、懇願の眼差しを向けてようやく「構いませんが……」と応えてくれた。やったね!
大きなヒトがいたら、のぼりたくなるよね!
まあ今の俺からすると大抵のヒトはでっかいんだけど、これは登れるでかさ!
立てたほうの膝だけで俺の背くらいある! 具足に俺のちっちゃな足をかけてよじ登ると、途中でペシュティーノが靴を脱がせてくれた。
うん、さすがに土足でのぼるのはよくないね!
「あの、王子殿下……」
オリンピオは困惑してるけど、落ちないようにちょっと手を添えたりしてくれる。構わず肩口によいしょと上半身を預けて、よじよじのぼる。
縮れ毛を引っ張らないようにギュッとつかまって、頂上だ。
「たかーい!」
俺が言うと、オリンピオは俺のちっちゃな足を恐る恐る掴んで立ち上がった。
グワッ、と地面が動くような感覚。
すごい、肩に腰掛けてるのにこの安定感。これは山!
「ウワーッ、すごくたかーい!! ペシュよりたかーい! すごーい! オリンピオ、おそとに出よう! きっと木にのぼれちゃうよ! このままきのえだにすわれちゃうよ!」
「ケイトリヒ様、いけませんよ。これからオリンピオはこの館での過ごし方を学ばなければなりません。お庭の散策は、また今度にしましょう」
ペシュティーノが俺をひょいとオリンピオから引き剥がして抱っこする。
「そっかー、じゃあまたこんど……オリンピオ、よろしくね!」
「は、はい。私は防御系の護衛騎士になります。お側に仕えるのは稀ですが、是非お庭まわりをご一緒させてください」
「わあい! そのときは、かたぐるまね!」
オリンピオは困惑しつつも俺の可愛さに当てられたようだ。後から聞いた話だが、オリンピオを見て最初からこれほどまでに接近してくる子供は稀だったらしい。
まあ、俺としても大きさには驚いたけど、ひと目見ただけで善良で誠実な人物だと半ば確信していた。よくわからないけど、間違いない! だって全身から暖かそうな色のオーラがむんむん出てるもん! すごくいい感じのオーラ。
「さて、今後はオリンピオも授業に参加していただく予定ですが、午後の授業は……ミェスの調合学ですか。さすがに調合学は器具などが足らないので、すぐには受けられませんね。オリンピオ、調合の経験は?」
ペシュティーノが内側の胸ポケットから小さなバインダー状のメモ帳を取り出して何かを確認する。なにそれ欲しい。
「傭兵をやっておりましたから、簡単な傷薬や下痢止めなどでしたら素材の判別くらいはできます。しかし素材をそのまま口にしていただけですので、調合までは」
オリンピオは傭兵だったのか。
「ねえオリンピオ、ようへいとぼうけんしゃって、何がちがうの?」
「傭兵は対人戦、つまりヒトと戦うのが専門です。対して冒険者は魔獣がメインですが、対人戦が得意な冒険者という者も稀におります。騎士は魔獣もヒトも関係なく戦いますが戦って勝つことではなく、拠点や市民を守ることが目的です。雇い主にも違いがありますね。騎士だけは主を持ちますが、傭兵や冒険者は報酬で立場を変えます。ううむ、少し難しいでしょうか。すみません、子供向けの説明には慣れておらず」
「んーん、わかったよ! きしは公僕、ぼうけんしゃはフリーランス。そのなかでも対人戦がとくいなひとがようへいね。アンデッドがとくいなひとは?」
俺が要約すると、オリンピオは驚いたように目を見張る。
「驚きました、話に聞くとおり、幼い見た目に反してとても聡明でいらっしゃる。私は王国の出身で、王国ではアンデッド討伐隊という特別な軍隊が結成されていました。しかし帝国では、騎士、傭兵、冒険者問わず全員が見つけ次第速やかにアンデッドを倒すと聞いております」
「その通り。ケイトリヒ様、アンデッドは討伐するだけで魔獣とは別格の報酬が出ます。ラウプフォーゲルではその報酬を目当てに、傭兵や騎士のような戦闘職に就く者だけでなく一般市民もアンデッドを倒しますよ。さらに戦闘職にありながら格下のアンデッドを放置したことが発覚した場合はかなり厳しい罰が下ります。騎士だけでなく傭兵も、冒険者もです」
ペシュティーノが言うと、オリンピオも頷く。
「私も帝国で傭兵業の登録をしたときにその制度は驚きました。しかしそのおかげで、戦闘職に就く者は積極的にアンデッドを狩り、市民が怯えずに暮らせる社会を作っているのですね。帝国に来て、アンデッドの脅威のない生活がいかに素晴らしいものかを実感いたしました」
冒険者組合に広がっているアンデッド魔晶石買い取りのシステムのおかげで毎週毎月一定量が集められる事を考えたらわかる。帝国のアンデッド駆逐制度は素晴らしい。
いや、まて。
それよりも重大なこと言ってなかったか?
「オリンピオ、王国しゅっしん?」
「はい。王国には色々な派閥がありまして。その中でも私は、古くから帝国とは仲良くしている一派におりました。帝国の歴史はよく存じておりますよ」
あれ、帝国は周辺国ぜんぶと戦争してるんじゃなかったの?
王国には親帝国派が存在するのか。
「ケイトリヒ様は歴史は学んでいますが、近代はあまり習っていないでしょう。帝国と王国は、一部で戦争、一部で蜜月関係にあるのですよ」
「ん、だからてつづきに時間がかかったの?」
「いえ、オリンピオは王国籍をとうに棄てて、帝国籍を獲得した傭兵ですのでそこは問題ないのですが……」
ちらりとペシュティーノがオリンピオの方を見る。なんだろう、言いにくそう。
「ペシュティーノ様、ここは私が。王子殿下、ご気分を害してしまったら申し訳ないですが……そちらのペシュティーノ様から護衛騎士の打診を受けたとき、私はラウプフォーゲルの地下牢におりました」
ちかろう? 地下牢……牢屋? ってことは、犯罪者? ……でも、今ここにいるってことは理由があって入ってたんだよね、きっと。
俺が小さく頷くと、オリンピオは少し不安げにペシュティーノを見る。ペシュティーノが話を続けるよう促すと、滔々と語りだした。声が低いので、ちょっと眠くなっちゃう語り口だ。
いわく、オリンピオは知らないうちに人身売買の片棒をかつぐ仕事を請け負ってしまったらしい。人身売買と聞くと、スタンリーのこともありギョッとしてしまったけれど。
オリンピオの場合は、扱っていたのはある程度健康な成人女性とその子供たち。
王国は寒冷国。冬は厳しく一年の半分も続き、夏になっても山の雪は溶けずに残る。そんな気候なので、王国の貧しい山村などでは子供の口減らしが後を絶たないのだそうだ。
女性が少ない帝国と違って王国は跡継ぎや働き手となる男児を大事にし、女児を手放したがる。
「ラウプフォーゲルが千年以上嫁不足に悩まされていることは、周辺国でも周知の事実。周辺国で生活に困窮した女性は皆、一様に帝国、さらにラウプフォーゲルを目指します。女性というだけで帝国にさえ入れば、簡単な手続きで帝国籍を得られますから」
なるほど。そうやって帝国、というかラウプフォーゲルは続いてきたのか。
「王国では、国を出て帝国の豪農に嫁ぎ、飢えることもなく幸せに暮らしたという話は一種の『女性の成功物語』のように語られます。我々は、そういう夢を持って王国を離れ、帝国に向かう女性を安全に送り届けるための護衛をしていたのです。真っ当な仕事だと疑ってもおりませんでした。帝国に送り届けた女性が嫁ぎ先を見つけて幸せに暮す姿も見ておりましたから」
よかった、女性たちはひどい目に遭っていたわけではないんだね。
だとしたら何が問題なんだろう?
「ケイトリヒ様、帝国では犯罪奴隷以外の奴隷は禁止というのはご存知でしょう? それはつまり、犯罪者以外の人身は売り買いしてはならぬということでもあります。いかに帝国の需要と女性たちの合意があろうとも、そこに金銭が発生すればそれは犯罪なのです。そして帝国は、その歴史から女性を巻き込んだ犯罪に対し特に重罰を課してきました」
ペシュティーノが俺の反応を見ながら、髪を撫でる。
別に、オリンピオは悪いことはしていないように思えるけど、帝国ではそれが犯罪だったってことか。
「じょせいたちは、だれかに買われて、帝国に来ていた?」
「……そうです。しかし、オリンピオたち傭兵はそれを知らなかった。主犯の商人や黒幕だった貴族は既に裁判を終え、刑を全うしています」
「オリンピオは、わるくないよね」
「ええ、私もそう思います。しかし帝国の司法では有罪となり、死刑判決が下りました」
死刑! 元死刑囚ってこと!
今の流れを聞いていたら、不当な扱いとしか思えない。冤罪だとしても、死刑囚から王子の側近とするには確かにハードル高すぎ問題。よくここまでこぎつけたね!?
さすがに元死刑囚とは思ってなかったのでパッとオリンピオを見ると、複雑な表情。
「でもいまここにいるってことは、もう大丈夫ってことだよね?」
「まあ、そういうことです。ここまで漕ぎ着けることができたのも、ひとえにオリンピオと彼の傭兵仲間の人柄ゆえ。彼らに護衛されて帝国へやってきた女性たちは、たしかに金で買われた人々ですが入国の手続きは正当なもので、今では帝国籍。帝国市民となった彼女たちが、有罪判決に異議申し立てをして処刑を引き伸ばしていたのです。さすがに無罪放免とは参りませんが、お館様のお力添えも頂いた上でようやく」
ペシュティーノが誇るように言うと、オリンピオも少し照れたように笑う。
よかったよかった。でも気になったのは……。
「むざいほうめんじゃないの?」
「さすがに有罪、しかも死刑となったものをお館様の一存で覆すのは、司法が乱れます。死刑だけ恩赦という形で取り下げられ、犯罪奴隷として側近に就任した次第です」
犯罪奴隷。オリンピオに課せられるものとしては少し重すぎる気がするけれど。
オリンピオの傭兵仲間も同様に、城の従者や騎士として再雇用したそうだ。
普通ならいくら自由を得られても犯罪者であることが取り消されなければ就職や住まいに影響が出る。でも城で雇用すればそれらの問題は解決……ということ? オリンピオいわく彼らもその結果に納得しているそうなので、俺が口を挟むことではないか。
「移動の自由がないわけではありませんし特例で婚姻も可能となればラウプフォーゲル市民とそう大差ありません。もし転職や移住を考えた場合でも、ラウプフォーゲル城で雇用されていた記録があれば少なくとも旧ラウプフォーゲル領では問題ないでしょう」
現行法で耐えうる最大の恩赦というわけだ。
それよりもラウプフォーゲル、そして帝国では戸籍法がものすごくしっかりしているという事実に驚いた。現代日本のマイナンバーカードも霞むくらいの便利さをもたらしているのはもちろん魔法制御の戸籍登録法。そして犯罪奴隷についても、魔法契約で反発できないような仕組みがあるらしい。詳しい仕組みを聞いたけどなんだかよくわからなかった。とにかく改竄も捏造も不可能という代物だから魔法ってすごい。
厳密には不可能ではないらしいけど、あまり現実的じゃないという話。
どういう仕組なんだろう? 実際に見てみたいなー!
そう言ったら、「ケイトリヒ様が見たら魔法陣を読み解かれそうなのでダメです」と言われた。読み解かれたらダメなの! いいじゃん! 王子だぞ!?
それから。
巨人オリンピオが側近になってからというもの、お城での授業は常に誰かと一緒。
スタンリーは今までも一緒だったけど、それにときどきガノとエグモントが加わり、オリンピオが加わり、ものすごくときどきジュンが加わる。
ジュンは戦闘に関係ない授業は完全にスルーするという徹底ぶりだ。
ちなみにオリンピオは犯罪奴隷としてかなり強力な誓言の魔法がかけられていた。
でも俺の秘密を扱う上ではちょっと心もとないということで、精霊が勝手に解除してかけ直したんだそーだ。それっていいの? と思ったけど、ペシュティーノがOKっていうならきっとOKなんでしょう。
さて、お勉強について。
ガノのお気に入りは俺と同じ魔法陣学。魔道具の作用や価値を鑑定するのに必要なんだって。ガノ、まだ商人気分が抜けないね? でも側近でありながら、プラスアルファで観察眼スキルを持つってとても便利。ガノは多才だね。
エグモントのお気に入りは生活魔法の授業。採用されたばかりの頃は浄火も洗浄も使えなかったけど、今では「なんて便利な魔法なんだ!」と喜んで練度を上げ、誰よりも上手になった。エグモントはきれい好き、と。
オリンピオは魔法のなかでも、強化と弱化を集中的に学んでいる。
魔法の中ではかなり魔導に近い高難易度の術なんだって。その話を精霊にしたら、「主ならすぐ使えるよ」と言われた。俺は戦闘には関与できない身分ですので、生活魔法から先に覚えるよ。
そしてジュンは、強化と身体強化。
語感だけ見ると何が違うのかと疑問に思ったけど、身体強化ってのは術者自身にしか効果のないものを指す。そして強化は、他者や物体に作用するらしい。
ジュンは魔法があまり上手くないけど、身体強化だけは別。これはこの世界の身体系戦闘職にはよくあることらしい。身体系戦闘職ってなに? ときくと、大まかには「脳筋」で理解した。オーケー。
ペシュティーノが教師となって教えた側近たちは、めきめきと魔術の腕を上げていった。
俺は……ちょっと魔力が多いので魔導訓練所でしか実演できないのだが、何度も火柱や竜巻や雷雲を起こしたせいで出入り禁止になってしまったよ。
ひどい。王子を出禁ってひどい。
正確には「他の魔導士や騎士が訓練してないときだけにしてください」っていわれただけなんだけど。そんなの稀らしいので、出禁と同じじゃん!
そして、この期間で最も成長著しいのはスタンリー。
ペシュティーノから魔力を操作する腕はピカイチだとお墨付きをもらってからというもの、自信を持ったのか俺が習得を手こずる魔法や魔導もすぐに覚えて使いこなす。
なんでもすぐ体得するものだから、ジュンが面白がって身体強化のコツや実戦型の風魔法を教えたらものすごく上手になっちゃった。これにはペシュティーノもびっくり。
ペシュティーノが教えるのは教科書的な魔導だったけど、スタンリーはジュンの我流の教えを取り込んでかなり……魔改造したらしい。
「冒険者でこういう魔法を使ってる奴を見た」って情報からも、その魔法を再現できるってすごくない? 天才じゃない? 俺、神になるらしいけど負けちゃってない?
別に勝ち負けとかじゃないけどさっ!
詳しくは教えてくれなかったけど、スタンリーは護衛としてちょっと別の仕事が与えられることになるそうだ。なんだろう。なんで教えてくれないの?
そうして、半年の月日が流れた。
「……いよいよ来週か」
夕食会の席で、父上が重苦しい声でつぶやく。
それを聞いたアロイジウスが俺を見つめて、「寂しくなるな」とこぼした。
だが、俺はさほど寂しくない。だって……。
「僕とそっきんたちはいつでもおしろに転移できますから、たぶんしょっちゅうかえってくるとおもいますよ。事業のこともあるし」
ロールキャベツに似たお料理をぱくぱくと食べながら言う俺を見て、アロイジウスは不満そうだ。でもでもだって、ユヴァフローテツに住もうが西の離宮に住もうが、兄たちとは特に交流ないし。ときどき開かれるこういう食事会で顔を合わせるくらいの頻度なら、たぶんユヴァフローテツに行ってもたいして変わらないと思う。
「西の離宮の持ち出しリストに、いくつかクリストフのものがあるな。あれは何故だ?」
「調合学でとてもさんこうになるものがたくさんあったんです! その……絵がじょうずだったんですね。薬草のみわけかたや、魔物のそざいのほぞんほうとか、べんきょうしたことがくわしく図入りでかかれてるんですよ! ほんとうはもっと持っていきたかったけど……」
なんとなく、クリストフ……実の父親の呼び方に迷ったので、濁した。
本当はもっと持って行きたかったが、クリストフの持ち物は息子である俺のものというよりも実兄である父上のものでもあるような気がして、あまり多く持ち出すのは悪い気がしたんだ。だって、俺はクリストフのことを肖像画でしか知らない。
俺の実の父は、2人の兄には全く似ていない栗色の髪の優しい顔立ちをした青年だった。
「必要ならば持っていけばいい。西の離宮の部屋はそのままにしておく。いつでも帰ってきて、見たいものはここで見ていけばいいだろう。帰ってきた日には、またこの顔ぶれで食事会をしよう」
「そうですね。今生の別れというわけでもないでしょうし……それに、ケイトリヒが作ったトリューを使えばユヴァフローテツまでなんてひとっ走りだ。僕も騎乗訓練してるんだよ! 騎士隊に混じってね」
アロイジウスが得意そうに笑う。
そう。トリューは今やラウプフォーゲルの騎士隊の間で着々と実用化されている。
まだまだ普及率は低いが騎士隊の中に「トリュー中隊」なるものが設立され、騎馬隊などとは分けて運用されているそうだ。
旧ラウプフォーゲルの資金力のある領……筆頭のグランツオイレ領などはラウプフォーゲルに倣って導入を決定。相次ぐ注文に生産工場はフル稼働、膨大な雇用を生み出し、今ラウプフォーゲル城下町はトリュー景気の始まりに浮かれている。
「あにうえ、すごい! もう乗れるんだ!」
クラレンツは?という風にチラリと視線を向けると、プイと顔を背けられた。
カーリンゼンは苦笑いだ。
アデーレはいつもツンツンしているけど、今日はちょっと……なんだか眉が下がり気味?
俺と目が合うと、何か言いたそうにモゴモゴしては食事に戻ったり、またジッと俺を見ては何かを言おうとしたりしている。なんだろう。俺が首を傾げると、意を決したようだ。
「……ヒメネス卿がついているから、大丈夫だとは思うけれど。何か、私に力になれることがあったら……相談しなさい。……、……いいわね?」
アデーレの発言に、クラレンツもアロイジウスも驚いている。
父上とカーリンゼンはニコニコしながら頷いている。……アデーレ、どうした?
でも俺のことキライじゃないんだなと明確にわかると、それなりに嬉しい。
「アデーレさま……ありがとうございます!」
なんとなくパッと後ろを振り向くと、ペシュティーノも少し微笑んでいる。
もしかして何かあった? 和解した?
「ペシュ、アデーレさまとなかよくなったn」
「いいえ」
「仲良くはなってないわ」
被せ気味に2人から否定された。タイミングバッチリだったよ? 仲良いよね?
「コホン……仲良くはなっていないけれど、悪く、は、なくなったわ。それだけよ」
「まいなすがゼロになった?」
「まあ、そういうことよ」
アデーレはいつものツンツンが戻ってきたようで、それだけ言って食事を続けた。
何があったか知らないけど、マイナスがゼロになったってことは、つまり相対的にはプラスだよね。
食事会のあとにペシュティーノに問い詰めてみても、「単に、お互いにとっての共通の敵を定めただけですよ」と言ってにっこり笑うだけだ。
えー、共通の敵って誰!? まさかアロイジウス兄上じゃないよね、と心配になって聞いてみると「そんなわけないでしょう」といって笑われた。
まあ、違うならいいや。
来週からはユヴァフローテツぐらし。
精霊たちが建設した小領主の館を見るの、楽しみだな!