3章_0033話_ユヴァフローテツ 3
3話同時公開の3話目です
案内された魔道具研究所は、思いのほか小規模だった。
生活感こそないけど、前の世界でよく見た日本サイズの庭付き一軒家って程度の建物だ。
この辺りは、微精霊の量が少ない。やっぱり基本的に自然物にたかる傾向があるみたい。
「けんきゅういんは、なんにんいるの?」
「……この団体に所属しているのはたしか、15人程度だったかと。常時いるのは半数の7、8人でしょうか。残りは素材収集に出ていたり、営業に出ていたり、渉外に出ていたりと毎日全員がいるわけではありませんので、これくらいで十分事足りるのですよ」
シュレーマンさんはそう言うと、きれいに塗装されているが飾り気のない木の扉のノッカーを上品にコツコツと鳴らす。そんな小さい音で中の人は気づくのかしら、と思っていたらすぐに出てきた。
「お待ちしておりました! どうぞどうぞ、中へ!」
家から出てきたのは中年のおじさん。明るい口調で迎え入れてくれるけど、着ている服はちょっとヘタってるし髪もボサボサ、全体的にくたびれてる。不潔とまではいかないけど見るからに見た目に頓着がない研究者、って感じ。
シュレーマンさんが先に建物に入り、続いてジュンがズカズカと入った。
「しばらくお待ちを」
建物に入るのひとつにも王子様ってめんどくさい。
ざっと中を見たのかジュンが頷いたので、本隊がずらずらと中にはいる。
外から見るより、中はずっと広い。
「ひろい!」
「空間と錯視の魔法です。この街では殆どの建物にこの魔法が使われていて、外から見るよりずっと中は広いのですよ。家主がそちらの魔法が使えない場合は得意な者に頼むなどして、協力しあってます。対価は金ではなく、技術や知識になりますがね」
そりゃあ、事足りるね。
中はちょっとしたオフィスみたいに広くて、入った瞬間香ばしい木の匂いがする。
ざっと見渡すと、3人ほどが作業中。2人がなにやらディスカッションをしていて、俺たちを迎え入れてくれたおじさんともう1人が案内をしてくれるようだ。
「この度は新型モートアベーゼン、トリューの派生製品の開発受注を頂きましてありがとう存じます! 私は木工魔道具担当の一応、代表を務めておりますパーヴォと申します」
「トリューのはせいせいひん……」
俺がボソッと言うと、ペシュティーノが耳元で補足してくれる。
「この工房に発注したのは主に兵員の大量輸送を目的とした大型のものです」
そっか、ラウプフォーゲルの主産業は傭兵派遣だものな。兵員輸送は商売の要だろう。
研究者っぽい見た目なのに挙動は営業マンっぽいおじさん、パーヴォさんは魔道具研究所の今までの実績や、いかに優秀な研究者がいるかを熱心に説明してくれたけど作るところや設計図は見せてくれなかった。ちぇっ、思ったよりつまんない。
漏洩を気にしてるのかもしれないけどこっちはいわば出資者の立場じゃないのか?
「ペシュ、せっけいずみたい」
「おお、王子殿下御自らご所望とあらば我ら自慢の設計図を……」
「なりません。その手にした製図紙を戻しなさい。王子殿下の目につかないところに」
え。
ペシュティーノが被せ気味に禁じてきた。なぜ!!
フリーズしてしまったパーヴォさんはしょんぼりと筒状の製図紙を棚に戻す。
「(設計図を見たらケイトリヒ様は口を出すでしょう。何のための隠れ蓑だとお思いですか。ユヴァフローテツの民全員に誓言の魔法をかけるとでも?)」
「(僕はだまってればいいんでしょ! みたいよー!!)」
「(ケイトリヒ様。中身が大人だということを疑ってはおりませんが、この点に関しては信用なりません。何度注意しても直接下々の者と話してしまうではありませんか)」
「あのぅ……」
俺とペシュティーノでヒソヒソ口論をしていると、パーヴォさんが恐縮しながら割り込んでくる。
「あの、我々としては王子殿下にご覧いただきたいです。予備知識のない、固定観念にしばられない子供の意見というのは、時として問題の核心を突くことがございますので……このユヴァフローテツには子供は大変少なく、そういった機会もなくなっております」
「えっ、こどもがすくないの?」
若い街とはいえ、20年以上経ってるんだから子供が成長してまた子供を生むくらいのサイクルには入ってるはずだ。
「はあ……お恥ずかしい話ですが、この街に集まった研究者というのはどうもひときわ家庭を築くことに頓着がない者が多くてですね。この街の住人は今や千人に達しますが、子供はわずか12人。私は木工も含めた建築が専門で都市開発にも携わっていたのですが、住民の平均年齢がヒト族でも40歳にも満たないのにこれほどまでに子供が少ないのは異常といえます。たとえ女性の比率が少ないラウプフォーゲルでももう少し高いですよ。……かくいう私も、実は帝都からここに移住したのですがあまりに生活が不便なので妻と2人の子供はラウプフォーゲルの城下町に移住してしまいました」
ときどき訪ねてはいるんですがね、とパーヴォさんは寂しそうに笑う。
なんてこった。子供が少ない小領地なんて、いずれ衰退してしまう!!
早く対策をしないと手遅れだ。今でも絶え間なくやってくるといわれている移住者だが、それに頼っていられない。
特に研究者の後継となると、子供の頃からの英才教育が物を言う。
知識が集まる街なのにそれを後世に引き継げないのは、悲劇だ!
「せっけいずどころじゃない! ペシュ、こどもづれのじょせいが街をでてしまうげんいんをかいぜんしないと!」
「ケイトリヒ様、ご慧眼にございます! ケイトリヒ様は技術開発にご興味がおありでしょうが、御館様に求められるは統治。開発は、彼らに任せましょうね」
ペシュティーノがものすごく嬉しそうに俺をなでなでしまくる。
そっか、そういうことですか。パーヴォさんも「たしかにそうですね」と言いながら設計図を引っ込めた。
ああ、設計図は見たかったんですが……。
それから一週間、ユヴァフローテツでの査察でわかった、小領地として格上げされるために必要な問題点は以下の通り。順位は、俺の中での優先度だ。
1、少子化問題。
これは前世の日本で言う少子化とはちょっと性格が違う。日本よりももう少し局所的な問題。小領地なので日本に置き換えると都道府県……いや市町村、もっと言えば学区くらいの規模で考えればいい。家族向けの新興住宅地をつくったのに子供を住ませられないってどういうこと!?くらいのノリだ。俺が作ったわけじゃないけどね。
2、開発中の技術の産業化
投網の魔道具しかり、水耕栽培しかり。高い技術を持っていても、それをお金に変えられるのかっていう問題。投網も水耕栽培もおそらくはこのユヴァフローテツで生活するために開発された技術。ラウプフォーゲル、あるいは帝国全土に展開するにはややニッチすぎる。今回俺のトリュー開発の部分移譲でようやく街の目玉産業が生まれそうだけど、もともと研究者の集まりであるこの街のポテンシャルは高い。高すぎて困るくらい高い。
もっと何か埋もれたお宝がありそうだ。
これは最初にシュレーマンと話した体制整備も関係してくる。
3、都市開発
街道整備はあとで、と釘をさされたので3番めだけど。本来は1の少子化問題につながるもののため緊急性が高い。ただその方向性が、外部の人間を受け入れる流通面の都市開発ではなく、内側の人間の生活水準を上げることに向いている。2の問題が解決していけば流通面の過剰な制限は必ずぶちあたる問題になるだろうから、それはその時考えればいいか。
そう、「小領地として格上げ」というのが実は、父上から俺とペシュティーノに課せられた課題でもあったのだ。正直、本当のことを言えば俺が小領主になるだけで小領地認定は終わり。だが、課題の本題はその領地の中身。
小領地、都市、村、集落。ラウプフォーゲルにはこの順番で行政が区分けされている。
ラウプフォーゲル城下町は領主直轄地で、いわゆる首都みたいな扱いなので特別だけど、それ以外の地域は父上の部下たちが統治している、というわけだ。
ユヴァフローテツは俺が統治する前から都市と同じ規模。それでもいざ小領地に格上げされるとなると、他と比べれば弱小っぷりは歴然。
人口はほどほどに多いものの、めぼしい産業はなく、交通の便も悪く、知名度だけが微妙に高い。その理由はラウプフォーゲルでは珍しい魔道具や魔術研究をする人材が異様に多いというだけだ。
この微妙に不名誉な意味で有名なユヴァフローテツを名実ともに小領地化するのは、俺とペシュティーノの手にかかっているというわけ。
ユヴァフローテツ訪問最終日。
未だに朝、目を覚ますと違和感でびっくりしちゃう部屋でペシュティーノとガノとお話。
議題は「小領主の館の改築について」だ。
予定していたものではなく、当初はユヴァフローテツの人たちに丸投げするつもりだったらしいが、ここにきて精霊たちから待ったがかかった。
「主がお住まいになる館として相応しいものができるか、甚だ不安になって参りました」
というウィオラの発言がきっかけになってからの話し合いだ。
一体何が不安なのかというと「竜脈学的な観点から」だそうなんだけど、竜脈学ってなんぞ? という点から入った。ペシュティーノいわく、ヒトの社会では研究者やその後継者があまりに少なく廃れてしまったが、エルフやノームといった自然を大事にする系の種族の間では今でも重要な学問なんだという。
小領主の住まいとしてはややこぢんまりしているものの、作りはまあまあ贅沢で木造&漆喰の外観はそれなりに立派。室内も浴槽こそないものの風呂場もあるし、まあまあ広い部屋が8つもあるし、見た目には問題はない。
外観にはあまり興味のない精霊が問題視しているのは、今の館はユヴァフローテツという広大な土地に満ちた魔力をシャットアウトする設計で作られているから、だそうだ。
魔力や魔法陣を研究する施設であれば想定外の魔力干渉を遮るのは一般的だそうだが、精霊たちにとっては非常に非効率的に見えたらしい。それなら「じゃあ周囲の魔力を取り入れる工法でお願いします」とユヴァフローテツの改築作業員に言えばいいものだが、精霊たちが設計したいと言い出したので話し合いになった、というわけ。
「……精霊様に建築設計ができるのですか」
ジュンとエグモントをお使いに出し、俺とレオとペシュティーノとガノで話す。
スタンリーとギンコは部屋の隅で丸まって俺たちの会話を聞いている。
テーブルの上にはおむすびサイズの6体の精霊がずらりと並んでいる。どうやら館を設計したいと言い出したのは水の精霊のキュアノエイデス……キュアと、土の精霊バジラットらしい。
風の精霊アウロラと火の精霊カルブンクルスはなんとなくつられて出てきただけ、と。
(この地に漂う微精霊などが集まって成る、自然発生の精霊でしたら不可能でしょう。しかし我々の主はこの世界の神たる権能をお持ちの御方。世界記憶の知識を持ちます。その膨大な情報を照らし合わせて考えても、主の威厳と魔力に見合った、相応なる居城の設計をヒトの手に任せるには不十分です)
キュアとバジラットはまだ肉声を出すことができないため、ウィオラとジオールが通訳している。キュアはものすごくエラソーに言うけど、ジオールがフィルターかけてくれる。
ジオール……空気読める子になったね……。
「世界記憶……あまり現代とかけ離れた建築物を作ってもらうと、ユヴァフローテツ市民への説明が大変なのですが」
「ペシュティーノ様。逆に言えば、ユヴァフローテツ市民にさえ疑問に思われなければ済むということではありませんか? この地はしばらくは閉鎖的なままでしょう。他領や中央の研究者が訪れることもほとんどありません。一部には可能な限り情報を開示して、場合によっては精霊様の関与をほのめかしてもよいのでは? エルフ族にはほとんどバレているのでしょう?」
(おっ、ミドリ頭、冴えてんな。俺もそう言おうと思ったんだ。どうせエルフやハーフエルフには主が何らかの精霊と契約していることくらいはバレてる。どこまで察知してるかは個人差があると思うがな)
これ、バジラット。聞こえないからって人をそういうふうに呼んじゃいけません。
(左様。さらに言えば、察知した内容を軽々しく公言することは禁忌。自らの察知能力を公言するに等しい行為です)
キュアがぷよぷよと水でできた体をひるがえらせながら言う。
ウィオラの通訳を聞いたペシュティーノは、それでもうーん、と唸っている。
「精霊様の知識を元に竜脈学に基づいた設計となると、建材も一筋縄では行かないものが多いでしょう。集めるのにもひと苦労しそうですし、さらにこの地に搬入の手立てが少ない。さらに引っ越しは半年後ですのであまり時間はかけられません」
それを聞いて精霊たちが全員、面白いものを聞いたようにお互いの顔を見合わせてケラケラと笑った。おお、精霊って笑うんだ。
(自分は転送したくせに、どの口がそれ言う〜?)
(ハッ、俺らにできないとでも?)
(この地は魔力で満ちております。我ら精霊も、この地ではいつも以上の力を発揮できます故、心配はご無用)
(か、カルも、はたらく! ひとノすみか、火のメグリにちゅういシないと、精霊スめなイ。精霊スめなイ、カルこまる)
聞こえないと思って言いたい放題だ。ウィオラがいい感じに要約して伝えると、ペシュティーノもガノも、ついでにレオも顔を見合わせる。
「……では、建材の調達も、建設も精霊様がなさるということですか?」
精霊たちが頷いている。
ペシュティーノとガノは考え込むが、レオだけは無邪気だ。
「精霊って、建築できるんスか! すごいっすねえ、知らない間に働いてくれる『妖精さん』みたいだな」
レオは何気なく言ったんだろうけど、精霊たちは不満げ。
なんでも妖精っていうのは、こちらの世界のエルフやノームと同じような「種族」なんだそうだ。対して精霊は霊体で、肉体の縛りを受けない純粋な魔力であり、そもそも生き物ではないと反論している。
ちなみにこの世界では俺のような小さな子どもを「妖精のように可愛い」と表現するが、妖精は簡単に姿を見せる種族ではない。物語や伝承の中で「大人の手のひらに乗るくらいの、虫の羽を持った小人」という認識らしい。精霊いわく、小さいのは事実だが姿は様々なんだそうだ。いくらなんでも俺は手のひらサイズじゃないと言いたいところだが、ペシュティーノの手をみているとちょっと断言できない。
「……わかりました。精霊様、現代技術とあまりにもかけ離れていないかを吟味するために、設計図だけでも書き起こしていただけますか? あまりにも逸脱している場合は、我々の意見を考慮した上で改定をお願いします」
ウィオラが受け入れたので、話を進める。
「建設もされるということですが、隠蔽は可能でしょうか? それと、なにか精霊様の意志を仲介する人間は必要ですか?」
隠蔽は可能、仲介人は不要。
ウィオラがそう答える間に、他の精霊たちは設計用紙に群がって一斉に設計図を書き上げていく。その速さ、まるでプリンターで出力しているかのようだ。
体感5分ほど待っていると設計図はほぼほぼ完成形の姿を描き始めた。大人たちがその様子を見守りながらゴニョゴニョと話し合う。俺は完全に退屈し始めたので、スタンリーとギンコのところへいってモフモフを楽しんでいる。
「昇降魔法陣に、外観隠蔽術式、この術式は……片方向の万能型転移陣? これはたしか古代に喪われたと言われる技術ですが、この場所にあるならばそう簡単には露呈しませんね……ふむ、過剰に贅沢ではありますが、ひと目見ただけではそれほど現代技術と乖離はなさそうです」
「ペシュティーノ様、この階は全て浴槽だそうですよ。ケイトリヒ様が水遊びを所望したせいでしょうか、ここには幻影の魔法陣に水質保持、環境不変……聞いたこともない術式がびっしりです」
浴槽? あっ、もしかしてスパ!?
「でっかいおふろ、うれしいなー! ギンコもにいにも、いっしょにはいろーね」
「それまでにヒト型になれるよう精進いたします。私の爪で主の柔肌を傷つけてはいけませんので」
「お風呂……」
スタンリーが微妙な表情。あれ、お風呂キライですか?
「あっ、いいえ。湯に浸かるのは好きです。ただ、今思い出したのですが……異世界召喚勇者は風呂が好きだと聞いた記憶がありまして。どこでだったか、考えていたのです」
「アイスラーこうこくでも異世界召喚してるのかな?」
「いいえ、あれはとんでもない量の魔力を必要としますし、そんな魔力を集める術も金もあの国にはありませんから……あ」
スタンリーが何かを思い出したようだが、発言するかどうか迷っているようだ。
「なに?」
「どこで聞いたか、思い出しました。……奴隷商の『倉庫』で、です」
帝国では犯罪奴隷以外の奴隷は禁止されている。が、帝国以外では奴隷制度は人口を目減りさせないための貧困救済措置、つまり福祉の一端として法制度されているそうだ。
「異世界召喚勇者が、奴隷に?」
「そこまではわかりません。『買付人』の雑談だったのか、その『買付人』が『商品』を見ながら話していたのか……その『倉庫』では鎖に繋がれていたので周りを知ることはできませんでしたから」
スタンリーは他人事のように淡々と話すが、俺は胸焼けのようにムカムカする。
子供を閉じ込めて商品として扱うなんて。そして異世界召喚勇者を奴隷にしているというのなら、わざわざ異世界から平和に暮らす人物を拉致し、商品にするなんて。
真偽はまだわからないが、スタンリーが置かれた状況を思うと奴隷制度、いや人身売買は正されるべきこの世界の「悪」だ。
「主ィ〜? なんで急に怒ってるの?」
設計図確認組の輪から、ジオールの声がこちらにかかる。
「んーん。なんでもない」
「ケイトリヒ様、精霊様の介入により、ユヴァフローテツの小領主館は素晴らしいものになりそうですよ。しかも経費がゼロ。ゼロですよ、こんなに贅沢な造りなのに、ゼロ!」
ガノがちょっと興奮して、目が「¥」マークになっている。
あ、こちらではFRか。どういうマーク書くんだろう。
「あれ? そういえば、精霊たちがそざいをよういするのは、すごくふたんなんじゃなかったっけ」
杖を作るとき、そういう話を聞いたような。
「ああ、あの話はもう解決したよ。このユヴァフローテツっていう土地の影響でもあるんだけどね、僕たちようやく主の魔力に見合った姿を取ることもできそうだよぉ。この1週間で微精霊いっぱい食べられたし!」
「え! たべたの!? たべていいの!?」
「主、精霊の申す『食べる』とは、生き物のいう『食べる』と少し異なります。微精霊はもともと自我というものが存在しませんが、我々に食べられたからといって存在が消えたり変質するわけではないのですよ。主の概念からいえば、『取り込む』に近いかもしれません」
「そうそう。取り込まれたほうはそのままフツーに存在が変質せずに続くよ。でも取り込んだほうが変質するんだ! まあ、変質するために取り込むんだけど……こういう風に」
テーブルの上にいたジオールがふわりと飛ぶと、その輪郭がくずれてウニョウニョとした光のもやみたいなものに変わって縦に伸びる。
「えっ? え?」
俺は精霊を通じて、これから何が起こるのかだいたいわかった。だいたいわかったのに、信じられずに目を見開いていると、光のウニョウニョはガノと大体同じサイズの人間の姿に。
「じゃじゃーん! どお? ヒト族にみえる?」
ガノと同じ、騎士服を来た青年。髪も瞳も輝くようなカナリアイエローで、顔立ちも髪型も、なんだか中性的なアイドルみたいな。いや、正直ちょっと昔のホストみたい。
ジオールに注目が集まるなか、皆の視界に入らないところでウィオラも変身してた。
「我々は集められた精霊漿から、主の膨大な魔力を注がれて作られた、いわば人工精霊。世界記憶との繋がりはあれど、この世界そのものとの繋がりが希薄だったため本来の精霊の力を使えずにいました」
スタンリーの魔術師服に似た格好の、少しうねりのある紫紺色の長い髪を胸元から腹あたりまで垂らした青年。ガノよりも少し背が高く、ジオールよりも肩幅がある。独特の雰囲気がある俳優って感じの顔立ちだ。髪の毛と同じ色の長いまつげは、しっかり閉じられていて瞳の色がわからないけれど、間違いなくかっこいい。
ペシュティーノもガノも、ウィオラとジオールを見て絶句している。
「わ〜、やっぱ精霊サマってかっこいいんスねえ! ね、ペシュティーノ様!」
レオだけが通常運行だ。
「あ……、……、……ああ、そうですね。これは、どうやってエグモントに説明したものでしょうか。お館様には正直にご説明差し上げるとして、対外的な対応は」
「ユヴァフローテツでスカウトしてきた、でよろしいのでは?」
「うんうん。そのへんはおまかせ! ねえ主、僕これで主の身の回りのお世話もできるようになったよ! 小さくても心配しないで、僕たちがついてるから!」
ジオールが駆け寄って俺を抱き上げようとするが、脇にズボッと差し入れられた手は……なんだか感触がおかしい。
「あれぇ?」
「うわっ、えっ、なになに、これなに!」
なんだかスライムみたいにウニョっとした感触だったので驚いて飛び退いてしまった。
ジオールが悲しげに自分の手を見つめてるので、ちょっと驚きすぎてしまったかと反省。
「あー、そっか……実体化までは、さすがに」
「失礼……」
ウィオラがそれを見てペシュティーノの肩に手を置こうとしたが、スッとすり抜ける。
えええ。触れないの!? ユーレイじゃん!
「……ケイトリヒ様を抱っこできない、ということですか?」
「そのようです。迂闊でした。ヒトの大きさになったがために、霊体の濃度が下がったようです。主の肉体であれば、かろうじて触感くらいはありそうですが……こればかりは微精霊を取り込んだくらいでは解決しませんね」
「そう、ですか。よく、わかりませんが……ケイトリヒ様を抱き上げられない、ということは護衛においても他の側近と連携が難しいですね。側近入りは見送って、別の役職を考えましょう」
「ペシュティーノ様、探している防御系の護衛騎士としては良いのではありませんか?」
「まあ、そうですね。最終防衛ラインとしては良いでしょうが、あまり抑止力にはならなそうな気がします。側近でない普通の人間に、あなた達の姿は正常に認識できるのでしょうか」
「んー……、……、多分。でも、うーん、正直、微妙かなぁ」
「やや存在感の薄い人間、くらいかと」
あ、やっぱり存在感って普通の人間と違うんだ。
俺から見たらペシュティーノやガノと同じように普通のヒトに見えるけど、他の人から見ると違うのかもしれない。
「防御系の護衛騎士については、いまジュンの心当たりを根回ししている最中ですので無理に護衛騎士に充てる必要はありません。当面は、事業の技術系相談役としての身分を作りましょう。精霊様……いえ、ウィオラ殿、ジオール殿。あなた方はエグモントを始めとした『誓言魔法範囲外』の人々には、『ユヴァフローテツから来た』とだけお答えください」
「うん、わかったぁ」
「承知」
「……」
ペシュティーノが何か言おうとして、諦めたように溜息をついた。
多分、言葉遣いだと思う。
「あーあ、主のお世話したかったなぁ」
「主のことはかろうじて触れられますので、お召し替えやお食事くらいは可能かと」
「僕はお風呂のお世話したかったの!」
「我はギンコのように背に乗せたかったです。時を経て、霊力が満ちればいずれは」
「……服や、食べ物には触れられるのですか?」
ガノが聞くと、ウィオラとジオールが顔を見合わせて「集中すれば」と答える。
不安です。
ジオールは明るく笑ったりふてくされたりクルクルと表情が変わって、とても人間じゃない存在には見えない。ウィオラは能面みたいに表情が変わらないけど口や体の動きが不自然ではなく、ただミステリアスが過ぎるヒトみたいに見える。
ペシュティーノとガノは衝撃が落ち着いて、再び2人の所属とユヴァフローテツの小領主館について話し合った。
スタンリーもギンコも、精霊のヒト型化に全く動じてない。というか、興味ない?
「あ、そうそう。ヒトの時間で半年くらいたてば他の精霊たちも今の僕たちくらいにはなれると思うよぉ。精霊体のまま肉声を出すのって実はすごく難しいから、早くヒト型になったほうが肉声も出しやすいと思うな〜」
いずれは精霊全員、ヒト型になって側近になってもらおうかな? できるのかな?
さて、ユヴァフローテツ訪問は今日でおしまい。
明日はまた棺みたいな寝箱に入って馬車で移動だ。
何か忘れてる気がする……あっ!
「獣人! 獣人のヒトと、会わせてくれるってシュレーマンさんが言ってたのに! ギンコも見たかったんじゃないの!?」
「私は会いましたよ」
「えええっ! ずるい! なんで僕には会わせてくれないのー!」
「ケイトリヒ様、ユヴァフローテツの獣人はほとんどが獣の特性を失った第3世代以降の獣人ばかりです。それに、多くが……その、あまり素行がよろしくない者が多く。また改めて獣人の里からの遣いなどがあった場合に謁見する場を設けますので、今回は諦めてください」
「ええ〜……」
しょんぼりだ。
「だい3せだいいこうって、どういうこと?」
「ラウプフォーゲルに女性が少ないのはご存知でしょう。歴史的に古くからラウプフォーゲルは、ヒトとの間に子を成せる獣人女性を受け入れてきました。彼らは多産で、奔放な性格で……ちなみに後ろ暗いものはありませんよ、念のため。純粋な獣人と、ヒトの間に生まれた子を第1世代、その子がさらにヒトと番ってできた子が第2世代、そしてさらにその子がヒトと番ったのが第3世代。この頃になると獣人の割合としては8分の1で、獣人の特性はほぼ失われます。少々、発育が良かったり五感が優れていたりする程度です」
「でも、ささつ中にとおめでみた子には、みみがあったよ?」
「あれは装飾です。獣人としての自らのルーツに誇りを持つ者は、ときどき頭に耳の飾りをつけるものがおりまして」
「……ギンコ、だい3せだいでも獣人ってわかるの?」
「カッツェ系ならば独特ですので、私にはわかりますよ。おそらく第6、7世代くらいまでは追えるかと。逆に同族に近いヴォルフ系は第3世代になるとほぼわかりませんね」
「あ〜……ヴォルフ系とカッツェ系……なるほど」
ガノが何を思い出したのか、妙に嫌そうに呟いた。なんだろう。
俺が興味津々にガノを見つめていると、頭をかきながらボソボソと教えてくれた。
「その、種族のルーツに基づいた不仲っていうものが存在するんだなあ、と……不勉強でした。彼らにとって、私達には理解できなくとも絶対に受け入れられないことがあるんでしょうね」
「その通り。私を従魔にした主、さらに匂いの染み付いた側近全員、魔獣のカッツェ系とは相容れぬと覚えておいてください。獣人は必ずしもそのとおりとは限りませんが」
ふうん、そんなこともあるんだな、と思いながらギンコの腹毛にボスンと顔を埋めると、そのまま寝てしまった。