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3章_0031話_ユヴァフローテツ 1

3話同時公開の1話目です

「この身果てるまでお側におります」


って言ったよね。ペシュティーノ、言ってたよね。俺、聞いたよね。間違いないよね?


なのになんなのこの状況は。

いきなりひとりぽっちですけれども?

いや側近たちはいるけどさあ!


長い時間離れると命に危険があるという話は、今は落ち着いている。今となっては旧ラウプフォーゲルの各地の冒険者組合(ギルド)からアンデッド魔晶石が届くようになったのだ。精霊から「2週間は離れても問題ない」と聞くやいなや、ペシュティーノはすぐにユヴァフローテツに飛んだ。1週間も前に。


「ケイトリヒ様、いつまでもむくれてないでここにお入りください。……ペシュティーノ様はケイトリヒ様のために先行してユヴァフローテツに向かったのですよ」


「むくれてないもん。わかってるもん」


俺は一応いいわけするけど、内心では完全にちょっとペシュティーノに怒っていた。でもお仕事だから仕方ないもんね! と、自分で言い聞かせてはいるけれどまだ折り合いがつかないんです! 


むくれているのは朝日が眩しいせいだと言い訳しながらガノに抱っこされて馬車に乗り込む。座席があるはずの場所には妙に立派な内張りがされたトランクルームのようなものが馬車そのものにはめ込まれているかのように口を開けている。

いや、これ実際はめ込まれてるわ。そういえば馬車の後ろがまあるく膨らんでた。なんか馬車が変な形に改造されてるなと思ったんだった。

トランクルームと言ったけど、跳ね上げのフタの下にはお布団が敷かれていて小さなカプセルホテルの小部屋みたいだ。あんまり言いたくないけど、棺、みたいな? あるいは……ちょっと出入り口の大きいキャットハウス。丸いからね。


「こ、ここにはいるの?」

「いくらラウプフォーゲル城から近いと言っても、ユヴァフローテツまでは馬車では急いで丸2日かかります。この寝台は精霊様の助言を受けて製作された、ケイトリヒ様のための特別な寝台ですよ。身体のご負担なく眠り続けられるそうです」


棺、と称したけども、フタの中身のお布団はふかふかだしほんのり明るい。閉じ込められるような感覚があって微妙に拒否反応でちゃったけど、狩猟小屋までの旅路を思うと寝続けられるのは嬉しい。


「僕だけ? にいにもいっしょにはいっちゃだめ?」

「スタンリーには少し狭いでしょう。それに、スタンリーには馬車や馬での移動に慣れてもらう訓練にもなりますので」


ちらりと馬車の外におすわりしているギンコを見ると、ギンコは「私は護衛です」と返された。むーん。


「もし中で目が覚めて退屈なときや、トイレやご所望のものなどございましたらこのレバーを引いてください。フタが開きます。フタが閉まっている間は、ペシュティーノ様の設計と精霊様の守護で絶対防御の陣が作動していますので万一馬車が崖下に転落しても火に包まれても、毒に侵されてもケイトリヒ様のお命は守られます」


「どうじょうしゃは?」

「御者は私が務めますし、レオ殿の保護はエグモントとスタンリーがいたしますので、万一のときは即座に対応可能です。ケイトリヒ様を守る必要がないというのはかなり護衛の負担が軽減されるのですよ」


そーですか。まあそれなら仕方ないか。

俺は渋々とその寝台……棺のような空間にごそごそと体を入れる。


おもいのほか内張りはふわふわで肌触りも良く、いい匂いがするし、足も伸ばせるし座ることもできる。広い! いや、俺が小さいのか!?


「いがいといいかも」

「お寂しいようでしたらこれを」


ガノはそう言って父上からのプレゼントのレディ・バーブラ……命名、バブさんを俺に抱きつかせるように渡してきた。俺と同じサイズのテディベアみたいなもんだ。ふわふわ!

気持ちよくなってコロンと寝転ぶと、条件反射的にウトウトしてきちゃう。


「ケイトリヒ様、もうおやすみになれそうですか」

「……ふ」


うん、と言いたかったのに、返事は鼻に抜けるだけ。すぐに意識は消えた。



――――――――――――



「ほんとすぐ寝るなぁ」


ジュンがガノの肩越しに眠るケイトリヒを見て笑った。


「安眠の加護がかけられているそうですからね。さて、これで道中ケイトリヒ様の心配はする必要がなくなりました。我々は当初の予定通り、1日でユヴァフローテツへ着くように早駆けで参りますよ。レオ殿、もし不調を感じたらお知らせください」


「大丈夫ですよ! この世界で何度もガッタガタの馬車に乗って平気ですから。俺は割と好きですよ、アトラクションみたいで!」


ジュンとギンコが斥候として先導し、ガノと城付きの御者が1名御者台に。追加の護衛騎士が騎士団から2名派遣されているが彼らは馬車の両脇を並走している。

馬車の中にはレオとスタンリーとエグモント。そして絶対防御の「寝箱」に入ったケイトリヒ。馬車の後ろからは軽い荷物を乗せた空馬が2頭ついている。これは万一盗賊や魔獣が出たときにガノとエグモントが騎乗戦に参加するための準備だ。


「と、いってもラウプフォーゲルの街道は帝国イチ安全だからな……しかし、王子が小領地の領主になったら俺たちだけで警護を任されるとなると、やっぱり少し戦力不足だな」


出発した隊列を先導するジュンが、ギンコに向かって普通に話しかける。


「同意です。攻撃力と機動力は高いですが、防衛力となるとペシュティーノ様の防御魔法陣とガノ頼りですからね。スタンリーの訓練を見ている限り彼の魔法特性もまたあまり防衛には向いていない用に思えます」


ギンコが女性の声でごく普通に答える。この光景を行商人や冒険者が見たら腰を抜かすだろうな、とジュンは思いながら。


「そうなのか? 魔法特性なんてあるのか」


「年若い雄の多くは意識が攻撃に向きがちです。防衛には幅広い知見と視野、そして忍耐が必要になりますから。そういった意識は、魔法の質に表れます」


街道の向こうから行商人の馬車がやってくるのが見えたので、ギンコは喋るのをやめてジュンの馬の後ろにつく。馬車の御者は、途中で馬車を止めて予想通りギンコを凝視してチラチラとジュンを見てきた。


「こいつは主の従魔だから心配しなくていいぜ!」


ジュンが大声でそう言ってすれ違いざまに何かを商隊の御者に向かって投げる。


「お守りの匂い袋だ、やるよ。こいつの毛が織り込まれているから、魔獣型の魔物が寄り付かなくなる」


商隊の御者は不安顔を急に明るくさせ、何度も礼を言って去っていった。


「……私の毛を?」

「オマエ、ブラッシングする度にもっさもさ毛が抜けるからよ、お針子たちがなにかに使えないかって言うから。ガルムの毛も有効だけど、ゲーレとなれば効果抜群だろ」


「まあ、そうでしょうけども。なんだか複雑な気分です」

「そうか? 役に立っていいじゃねえか。狼の従魔を持つ主人は、おすそ分けとか言ってこういう場面じゃ結構やることだぜ。まあ、冒険者の流儀だけどな」


そう言って、ジュンが馬にくくりつけられた麻袋を指差す。そこにはギンコの毛から作られた毛織物を小さな巾着型にした小袋がたくさん入っていて、さらに巾着の中には申し訳程度のクズ魔石が入っている。


「なるほど、冒険者の流儀ですか。領主令息がすることとしては少しおおらかすぎると思っていましたが、貴方の独断ですね?」

「使わなきゃゴミになるだけだ。まあちっとくらい王子の功績になるならいいだろ?」


「別に構いません。ただ私に断りを入れてくれてもよろしいのではと思っただけです」

「え、そこ?」


ギンコとジュンがぺちゃくちゃと喋りながらも、隙なく周囲を探りながら隊列は進む。

それを少し離れた後ろ、馬車の御者台から見ていたガノと城付き御者の青年も他愛のない雑談を楽しんでいた。


「王子殿下の従魔のガルムは本当に普通にヒトの言葉を喋るんですねえ。それに、あの黒髪の側近と話しながら、小石を蹴って道の脇に避けてます。できた従魔ですねえ」


「ええ、2人とも戦闘力は言わずもがな、忠誠心においても頼りになる従者ですよ」


「それを言うならガノ様も、才色兼備というべきか。お世話役のペシュティーノ様から王子殿下の世話役を任されていらっしゃるのに、御者もできて護衛もできる上に、金庫番もされているとか」


ガノは柔和な笑顔で「そんな大層なことでは」と謙遜しながらも、少し御者の青年を警戒した。どうしてここまで知っているのか奇妙に思えたからだ。


「私の家も小さな店をやっているので、ガノ様が商家の生まれと聞いて勝手に憧れていましたけれど、なんとその背中の遠いことか。城の使用人の間ではケイトリヒ王子殿下の側近は選りすぐりだ、と評判ですよ」


納得したガノは警戒心を解く。

憧れられるのは悪い気はしないものだが、ラウプフォーゲル内でケイトリヒに注目度が高まっている今、側近の情報まで注目が集まることは無理もない。


「ケイトリヒ様の直感ももちろんですが、ペシュティーノ様のご指導と人事が的確だから実現したことですよ。あの方は本当に王子の身の回りのこととなると真剣で厳格です」


「はあ〜、そうなんですねえ。ラウプフォーゲル男にはない見目でいらっしゃるので一部の女性には熱狂的な人気ですが、一方冷たそうに見える、なんて女性もいます。容姿はともかく、実際には有能な方なんですねえ」


「普段は愛想で笑いませんからね。しかし王子の前ではよく笑顔をみせられます。それをご覧になったら、冷たい印象もなくなるでしょうけど……ははは」


「ああ、そうなんですねえ。あんなに可愛らしい王子殿下を目の前にしたら、誰でも笑顔になるのはわかります。ははは」


朗らかに雑談が続くが、ガノの御者としての手は疎かにならない。その後も専ら御者の青年が興味を示したのは(もっぱ)らペシュティーノのことだった。単に御者の青年の話題の「ネタ」として知っている数がペシュティーノに関わる事が多かったというだけなのだろう。実際、彼はよくも悪くもラウプフォーゲルでは常に話題の人だ。


そして場所は変わって馬車の中。

御者台の会話がところどころ聞こえてくるため、話題もそちらに引っ張られた。


「いやあ、ペシュティーノさんってイケメンっスよね。あ、イケメンってのは容姿が整った男性のことを言うんですけど」


「ほう、異世界でも美形の基準はあまり変わらないのだな。貴族派の女性の中でも、彼を夫の一人にしたいという声があるくらいだ、女性には好まれる容姿なのだろう。それ故に……ああ、なんでもない」


エグモントはチラリとスタンリーを見て口ごもった。

レオとエグモントの会話は何気ない内容で口調も朗らかなのに、実は爆弾発言ばかり。

そう思ったのは無表情で無口を貫いていたスタンリーだ。


相手が異世界人と身寄りのない子供となれば口も軽くなるのだろう。エグモントからは貴族派の話がポロポロとこぼれ、スタンリーはそれを素知らぬ顔でしっかり聞いている。


「私の父は、父の姉の夫……私から見ると伯父なんだがその人に頭が上がらなくてね。その人がペシュティーノ様をなんとか排斥しようとするものだから、父も迎合して……」


「ああ、親族の間でそういう意見の違いみたいなことがあると大変ですねえ」


「そうなんだよ。伯父上に気に入られたいがために私に色々と指図してくるんだが、私は王子殿下から直接選ばれたんだ。口出しするのは勘弁してほしいよ」


「息子の立場も思いやってくれないと困りますよねえ」


「そう、キミの言う通りだ。わかってくれるか。私はリーネル家に生まれ生家に愛着も恩義も感じるが、どうにも窮屈でならん。私の母は父とは契約婚のようなもので、私の弟を産んだらさっさと家を出てしまった。女は自由でいいな」


「貴族って大変ですねえ。女性の立場は前の世界とはだいぶ違うので、そういう話を聞くと興味深いです」


「そうなのか? この前なんか、母がな……」


スタンリーはレオの話術に瞠目した。大したことは何も言ってないのにペラペラとエグモントが喋るものだから、なにか自白の魔法でも使っているのではないかと思ったほどだ。


ラウプフォーゲルの貴族派がペシュティーノを排斥したがっていることは想像に難くないが、その他にも色々と貴族派の事情が明らかになった。

あまりにもあけすけに話すものだから、途中からレオが心配そうにチラチラとスタンリーを見るのだが、エグモントの暴露話はとまらない。


途中から御者台の会話が消えていたのに気づいたのはスタンリーだけだった。



――――――――――――



むにゃむにゃと目を覚ますと、ガノに抱っこされて搬送中だった。

まぶしいのでモゾモゾと体を動かして、ガノの鎖骨におでこをくっつける。

ガノの鎖骨はあんまり尖ってない。


「ケイトリヒ様、お目覚めですか。お腹が空いているでしょう。召し上がれますか?」

「んう……もうおひる?」


「ええ、ラウプフォーゲル城を出て丸2日経ってますよ。ここはユヴァフローテツです」

「えっ?」


パッと周囲を見渡すと、見たこと無いお部屋。

部屋の柱や梁は太い木でできていて、壁や床は石造り。狩猟小屋とラウプフォーゲル城をごちゃまぜにした感じだ。


「レオが『王子が喜びそうなものを作りました』と申しておりました。早速昼食にしましょうか。丸2日寝ていらっしゃったので、可能な限り食事をするようペシュティーノ様からも言付かっております」


キョロキョロと辺りを見渡すが、室内には俺とガノとギンコだけ。バブさんが何故かテーブルセットの椅子にちょこんと座っている。


「ペシュは?」

「今、ユヴァフローテツの行政官とお話中です」


え? この俺が、というか王子の僕がやってきたというのに放置?


「ケイトリヒ様、むくれてないで昼食を」

「むくれてないもん。ちゅうしょく、たべる!」


ぽてぽてと木床の廊下を歩いて向かった先の、小さなホールで用意されていた昼食は……まさかの刺し身だ。きれいに盛り付けられた刺し身と、てんぷらの盛り合わせと、山菜の和え物みたいな小鉢。和食の極み! 

出迎えてくれたレオがにやけた顔で得意げに一礼してくる。


「こっ、これ! な……なま!? なまざかな!!?」


俺の驚愕の声に、城からついてきた臨時の護衛騎士と屋敷の使用人と思わしき人物が顔を見合わせて「やっぱり」とか言ってる。多分ちがう! ちがうからね!


「はい、王子殿下。ペシュティーノ様から事前に聞いてはいたのですが、ここユヴァフローテツでは生食可能な魚が多く生息していると聞き早速いろいろと異世界料理を試してみました! こちらの白いものはタンタンの昆布締め、この赤いのはウログチの刺し身、そしてこちらの青っぽい皮はオオカイゼンマスのマリネです!」


レオが「毒見はバッチリです」と胸を張るあたり、おそらく精霊たちの助言も生きているのだろう。レオは俺が好きな食事を作ってくれるということで精霊たちもかなり積極的に協力してくれている。


「すごいっ! これ、おしょうゆ? 完成したの!?」

「そうなんです! ちょっとお刺し身にはコクが足らない出来でしたので少し手を加えてありますが、満足いく仕上がりになっております。どうぞご賞味を!」


もう我慢できなくてガノの腕の中でタテにボスボス揺れていると、そっとおおきな椅子に座らされた。椅子が! 低いです。いや、テーブルが高いのか? まあ正確には俺の体が小さいんだけど。横からそっとスタンリーが俺の背中と尻の下にバブさんを詰め込んできて、ちょうどいいかんじ!


「いただきまあす!」


さっそく鯛に似たタンタンとやらをお醤油につけてパクリ。フォークで食べざるをえないのが残念だけど、これは確かにお刺し身! 見た目通り、味も鯛に似ていてあっさりしているのに甘みのある、ぷりぷりした身が美味しい!


「おいしいい! あまい! ぜんぜんくさくないし、このおしょうゆもうまみがある!」


続いてマグロのように見えるウログチ。大トロのようにサシが入っていて、お醤油につけるとふわりと脂が浮いた。パクリと食べると、これも旨い! じゅわりとお口の熱で脂が溶け出すのにクドくない。マグロよりも風味が強いけど、嫌な香りじゃない。むしろ山椒にも似たその香りが複雑な味を演出してくれる。


「んあああ……おいしい! あぶらがのってるのにさっぱり! あと、ふしぎなふうみ」


「ええ、ウログチは香草魚とも呼ばれるそうで、ユヴァフローテツでは魔法精製で魚脂を抽出して、家庭内の燃料にしているです。他の魚脂のように魚臭さがないので、人気だそうですよ」


「しょくようじゃないの?」

「好事家はいるみたいですが、一般的ではないみたいです」


「こんなにおいしいのに!」

「料理法が一般化すればもっと食用としての需要が上がるかもしれませんね」


「いっぱいとれるの?」

「脂を取るくらいですから、腐るほど穫れるそうで。しかも繁殖力も強いそうで放っておくと増えすぎるそうですよ。ユヴァフローテツの湿地に適応してるのでしょうね」


そういえばどれもこれもユヴァフローテツで穫れた魚ということであれば淡水魚のはずなのに、異世界でいうところの海水魚の味だ。


「これ、ぜんぶユヴァフローテツのさかな?」

「もちろんにございます。ユヴァフローテツの豊かな水源は淡水なんですが、魔力が豊富に含まれているそうで。普通の淡水とは違った魚が生息しているそうですよ」


ほえー、と俺が感心していると、先ほど眉をひそめていた護衛騎士と屋敷の使用人らしき青年が興味津々に俺の食事を見ている。さっきは「王子に生の魚を出すなんて」みたいな空気だったのに、美味しいと聞いて興味が湧いたようだ。


「なまでたべるのはユヴァフローテツではいっぱんてきじゃないんでしょ?」


「ええ、おっしゃるとおり。ユヴァフローテツは魚がよく穫れますが、生食は忌避されています。我が祖国では生で食べられる魚はすなわち新鮮で高級、という考えだったのですが……おそらく生食が叶うのは、ラウプフォーゲルでは西側の港町かこのユヴァフローテツくらいでしょうね」


異世界に来て、レオという稀有な料理人を雇えたことはほんとにラッキーだとは思っていたけど、さすがに刺し身や寿司は期待してなかった。さすがに贅沢だろ、とおもって諦めてたんだけど、これは嬉しい誤算。


最後の青っぽい皮の魚、オオカイゼンマスをぱくり。

「!!」


口の中に広がる、覚えのある風味。これは……!


「サーモン……」

「そうなんですよ。そっくりですよね」


俺がレオにしか聞こえないように小さな声で言うと、レオも笑う。


「オオカイゼンマスはユヴァフローテツでもあらゆる料理に用いられる人気の魚です。焼いてよし、煮てよし、素人が締めてもさほど臭みもなく、鱗も処理しやすいですし、子供でも簡単に釣れるほど入手しやすいとか。ユヴァフローテツの主食といってもいいそうです」


「ラウプフォーゲルでたべたガニメドの塩焼きもおいしかったけど、なまで食べられるなんて、すごいね!」

「ちなみにガニメドは4、5メートルくらいありますよ。こちらの単位では15シャルク程度ですかね」


「えー! ほんとう!?」


俺が素直に驚くと、護衛騎士たちも使用人たちも頷いていた。


そして美味しい美味しいと言いながら大人でも多いと思われる量をぺろりとたいらげてしまった。お刺し身ってほぼ空気よね。どんどん食べられちゃうよね。俺だけ?


食べ終えてご機嫌になった頃に、ペシュティーノが登場。

空になった皿を見て嬉しそうに笑っているけど、俺は許してないからね!


「大人が食べる量の2人前も召し上がったと聞いたのですが、事実のようですね」


「……」

ムッと口を突き出してジト目で見ると、ペシュティーノがふにゃりと眉を下げる。


「ケイトリヒ様。そんな意地悪しないでください」


ペシュティーノが椅子に座る俺に目線を合わせるように跪き、長い指と大きな両手を俺に差し出してくる。


「……」


一瞬だけそっぽを向いたけど、やっぱりペシュティーノの抱っこの誘惑には抗えない。

渋々と手をとると、持ち上げられてギュッと抱きしめられる。ついでに髪の毛も吸われたっぽい。


「ケイトリヒ様をお迎えするためには、やや心もとない街でしたので苦労しました。お食事はお魚好きのケイトリヒ様には言うこと無いのですが、どうしても建物が不足しておりまして。離れてしまったのは、どうかお許しください」


ユヴァフローテツは「水の荒野」である高台の湿原地帯に20年前にできた街。急激な発展を遂げた歴史の浅い街は、当然都市計画などは無視された縦横無尽な街並みとなっている。それに一つ一つの建物そのものが、集まった人々たちが勝手に作ったものなので出来にムラがある、らしい。


「このやしきは?」

「元々はユヴァフローテツの街を作り上げた旅エルフが最初に立てた屋敷です。合意の上で接収し、今はラウプフォーゲル領の持ち物となりました。ケイトリヒ様が小領主として赴任するまでに相応しい形に改築する予定です」


「僕、しょうりょうしゅになるの?」

「そうですよ。領主令息としては大変名誉なことです。正式に小領主に赴任した暁には、子爵位を授かる運びとなります。さすがに叙爵は成人……16歳を待つのが通例ですが、御館様はそれを待たずに叙爵させられないか方法を探っていらっしゃるようですよ。ともあれ6歳の時点で地方を任されるのは極めて異例のことです」


ペシュティーノは俺の前髪をちょいちょいといじりながら、俺の目を真っ直ぐに見つめると朗らかに笑う。なんだか城にいるときよりもリラックスして見える。

ここにはラウプフォーゲル貴族もいないし、ペシュティーノには居心地がいいのかも。


「僕はなにすればいいの?」

「細かいことは私とガノ、そしてこちらの管理官にお任せください。ケイトリヒ様に求められるものは統治です。今からケイトリヒ様の街をご覧になりますか? それとも、お腹いっぱいでしたら一度お休みになりますか」


いつもだったらお腹いっぱいになると眠くなるのだけど、今は元気。

馬車で丸一日寝てたからかな? あの棺のような「寝箱」は、馬車移動には必須アイテムになりそうだ。


「まち、みる!」

「畏まりました。……シュレーマン! 王子殿下が街の査察に出られる。準備を!」


「承知しました」


野太い男性の声が響いたとおもったら、俺には見えない物陰に潜んでいた人物が物陰に身を隠したまま返事をして出ていった。


「だれ?」

「この街の統治官です。街の民によって選出された人物で、今回ケイトリヒ様を小領主としてお迎えしようという提案の中心人物。のちほど正式にご挨拶しますね。……ギンコ、貴女はいつもより少し大きめになってもらえますか。ケイトリヒ様をお乗せして、私の肩くらいになるように」


「承知した」


ギンコの背中に乗ってペシュティーノの肩に届くって、けっこうでかい。俺の前世の知識だとヒグマくらいあるんじゃないかな。それに乗った小さい子。俺、金太郎?


ギンコがその場でウロウロして、伸びをするような仕草を繰り返すといつもより大きい、ペシュティーノの鳩尾くらいの体高になった。それにガノが丁寧に鞍をつけてくれる。


ギンコに乗って、両サイドにはペシュティーノとガノ、前にはジュンと臨時護衛騎士の2人、後ろはスタンリーとエグモント。

屋敷のドアを開けた瞬間に飛び込んできた風景は、言葉を失うものだった。


湿地帯とは聞いていたけれど、俺のチンケな想像を遥かに超えていた。


高台になった屋敷から見下ろす風景は、キラキラとかがやく青と、瑞々しい緑色。鮮やかな色彩のマーブル模様が、まるで現実離れした世界のようだ。ホタルのような光が水辺から立ち上がっては消え、また新たに生まれては消える。幻想的だ。


「うわぁ、きれい」


「なんと仰いました?」


「きれいだねえ!」


「はあ、まあ……そうですね」


ペシュティーノとガノは俺の言葉を不思議そうに聞いている。

この世界の人間は景色を見てきれいだと思う心すら無い……わけじゃないよね?

そこまで切羽詰まった生活してないよね。


「だってほらみて! すいめんからぽわぽわって、ひかりが」


「!! け、ケイトリヒ様それはきっと太陽の光が反射してそう見えたのでしょう、確かにきれいな風景ですね」


ペシュティーノはそう言い切ると、そっと俺の耳元に顔を寄せてくる。


「ケイトリヒ様、それはケイトリヒ様にしか見えてない光です。側近以外の人間がいる前で不用意に反応しませんよう、お願いします」


ええー!


困ったな、と冷静になって周囲を見渡していると、青やら緑やらの光がホタルのように俺の周囲を飛び回っていて、足や肩に何匹か止まってる。……これも俺にしか見えてない?

っていうか本当に虫じゃないよね……?


(自然発生する微精霊です。この土地では魔力が自然と集まりやすい条件があるようで、小生の【水】属性を筆頭に高い属性値を誇る精霊が集まっているようですね)


頭の中で声がする。この声はキュアか。


(不思議だねえ、ここは水だけじゃなくて【土】に【風】、そして僕の【光】。さらに珍しいことに、【命】属性に満ちてる。ペシュティーノに移住を迫った甲斐があったなあ!)


ジオールの声。

え、ジオールがペシュティーノに移住を迫ったの?


(主、ここに住めばラウプフォーゲル城にいるときよりも成長できるはずだよ! 人並みに……とまではいかないけど、それなりに?)


それなりってどれなりだよ!

よくわからんけど成長するならいいか! 転地療養みたいなもんか?


にしても、目の前をぱやぱやと飛んでいる微精霊たちを無視しろって、難しい。


「下の広場で、ユヴァフローテツの代表者たちがお待ちしています。参りましょう」


そう言ったペシュティーノのほうを向くと、ペシュティーノの髪の毛の周りに緑っぽい光の微精霊がまとわりついている。あ、口元に青い光が……あっ、お口に入っちゃった。

ペシュティーノは無反応だ。


高台になっている屋敷から下り坂をゆっくり下ると、たくさんの家が連なった街並みと大きな広場が見えてくる。そして、下るほど微精霊たちの濃度というか密度というか、そういうものが上がっているようだ。


なんか、子供の笑い声みたいなものが微かに聞こえるようにまでなってきた。

これ現実の子供の声じゃない。何か喋ってるようだけど、内容まではは聞き取れない。


「ペシュ」

「はい?」


「みえるのがバレると、すごくまずい? ……ちょっとむずかしい気がする」

「見えないフリが難しいということですか?」


「だってすごくいっぱいいるんだもん」

「なんと……そんなに。この地はやはり特別なのですね。契約しているほうの精霊様にどうにかしてもらえないものでしょうか」


(うーん。主の目から見えなくするのは無理だなあ。この地の微精霊を全部集めて、僕たちが食べちゃうのが一番カンタンかな)


え。た、食べちゃうの?


それはちょっと……可哀想かな。

それに、微精霊を一掃するなんて土地に影響が出そう。


どうして精霊っていつも端的なアイデアしか出して来ないのかなあ!?

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